【聖祭】緋玖国後宮物語 ~徒花は謀り咲く~
真柄 葉
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シナリオID:1774
オープニング
広い東部地域を支配する強大な国で、代々『皇帝』が国を治めています。
『始皇帝』の東域統一より数百年。国は栄え、土地は肥え、人々は増えました。
緋玖国の都には、世界中から人々が集まり、この世で最も栄える都ともいわれていました。
しかし、絶対的な権力を誇る『皇帝』が治める大国も、永遠ではありません。
人が老いて死ぬように、国も老いていきます。
もし国に寿命があるのだとしたら、それはもう目の前に迫っているのかもしれません。
そして、先日――――大政変が起こったのです。
大政変を起こした人物は、ヤコブ様というお名前でした。
ヤコブ様は病弱だった先帝を弑逆すると、幼帝バルディを擁立し、自分自身は摂政に就いたのです。
ヤコブ様は、政治の「せ」の字もわからない幼帝を裏から操り、国を好き勝手に引っ掻き回しました。
挙句、いよいよ最高位が欲しくなったのか、その欲望を爆発させたのです。
ヤコブ様は幼帝バルディのちょっとした我儘に難癖をつけると、激しく叱責します。幼帝バルディは泣いて許しを請いますが、ヤコブ様は聴く耳を持ちません。
ついには許す代わりに皇帝位を譲れと言いました。
幼帝バルディはそれで許してもらえるならと、喜んで皇帝の証である玉璽を差し出します。
この傍若無人ぶりを見てさえ、他の家臣たちは声を上げる事が出来ませんでした。家臣たちはヤコブ様の力と怖さをよーくわかっています。口出しなんてしようものなら、物理的に首が飛ぶからです。
こうしてヤコブ様は皇帝の臣下たちを恐怖で押さえつけ、幼帝バルディから強引に禅譲を成し遂げたのでした。
●
「んんん~~~!! スウィィィトォ!!」
後宮へ続く長い廊下を歩きながら、ヤコブ様は思わず声を上げます。
後宮へと近づくたびに薫ってくる花とも果実ともいわれぬ甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだヤコブ様は、とても上機嫌でした。
数日後に帝位の禅譲を控えていながら、フライング気味に後宮へと赴くヤコブ様。
「待っていてください、私の可愛い可愛い花達」
付き従う宦官から「いや、まだお前のじゃねぇだろ」という視線が突き刺さりますが、ヤコブ様は当然気付きません。
ご自慢のヤコブ様親衛隊を引き連れて、どかどかと無作法に後宮へと急ぎます。
皇帝しか足を踏み入れる事の出来ないこの世の楽園がそこにある。
ヤコブ様は楽しみでなりませんでした。
ついに念願の「マイ・スウィート・後宮」を手に入れられるのです。帝位簒奪もこの後宮を手に入れる為であったと半分位本気で考えているくらいです。
逸る気持ちに背中を押される様に、ついにはスキップで廊下を往くヤコブ様。
そこに何が待ち受けているかも知らずに――――。
解説
マスターより
リプレイ
「ヤコブ様、ここより後宮となります」
ルーチェンに迎えられ、ヤコブ様はついに緋玖国後宮へと入内を果たす。
「おぉぉ……! なぁんとスゥィートなかほりっ! こここそがこの世の楽園、私が求めて止まなかっ――」
「あ、そういうのは結構ですのでさっさと行きましょう。妃候補たちがお待ちです」
「え、あ、はい……そ、そうでしたね、私の入内を心待ちにし――」
「特にそういう事はありま――いえ、なんでもございません、こちらです」
親衛隊を引き連れたヤコブ様は、ルーチェンに導かれるまま後宮へと足を踏み入れた。
●
「……は? ここは一体どこでしょう」
見た事もない景色。
見た事もない部屋。
フリーダ=ブロムヴィストは目覚めた場所に困惑していた。
「フ、フリーダ様……? どうかされましたか」
首をひねるフリーダに侍女が恐る恐る声をかける。
「えっと……貴方は誰でしょう」
「えっ!? わたしです! 侍女のゲルダ・クラインです! 本当にどうされたんですかフリーダ様……」
「侍女……メイドさんという事で――はっ」
主の異変におろおろするゲルダを前に、フリーダが突然天を見上げた。
「――――妃になっておまけの水〇黄〇プレイで夢オチ。ふむ、なかなか複雑な事情があるようですね。――さてゲルダ様」
「は、はいっ!」
「どうやら、私は新皇帝なる人物と会わなければならないようです」
「えっ、ヤコブ様にですか……?」
「ヤコブ……ふむ、ここにもヤコブが」
「え……ここにも?」
「ゲルダ様、今生での私の役割が決定しました。そのヤコブの元へ私を案内してください」
頭の天辺に沢山の「?」を浮かべるゲルダを従え、フリーダは宮を後にした。
●
「外が騒がしいですね」
作りかけの刺繍を静かに机に置いたエリカ・プレトリウスは侍女を呼ぶ。どこかそわそわと落ち着かない侍女に詳しい話を聞いたエリカは、その理由に納得した。
「そうですか、新皇帝が入内しましたか」
窓から見える景色はいつもと変わらない。緋玖国が誇る豪奢な庭園には花々が咲き誇り鳥たちが美声を競う。
そんな景色を眺めながら、エリカは改めて侍女に声をかけた。
「侍女に下女、私に仕える者達を皆、宮の中へ集めてください」
突然の申し出に、侍女達は困惑する。
「そして、しばらく部屋に鍵をかけ、この場を動かないように指示を出してください」
エリカは困惑する侍女に柔らかく微笑みかけると、席を立つ。
「エ、エリカ様、どこへ」
「心配しないでください。少しお散歩へ行くだけですから」
振り返ることなく答えたエリカは、そのまま部屋を後にした。
●
後宮の奥の奥。後宮創世の頃より存在する『薫風宮』という建物があった。
「アンネ、聞いたか」
「ええ、聞いたわ」
そんな歴史ある建物の中で、妃候補と侍女の二人が言葉を交わす。
侍女の衣をまとうアンネエルカが朗らかに微笑み、妃候補である薫風妃ク・サーヤ・クッセーワに茶を注ぐ。
一見、どこにでもある様な平和な後宮の風景。しかし、誰にも届かない言葉の応酬は決して平穏なものではない。
「薫風妃、私は行くわ」
「ほう、そちが動くか」
「……わるい?」
「いや。そちが動くのであるなら、わらわも付き合うかの」
「え? あなたはこういう事には興味がないと思っていたのだけれど」
「もちろん興味など無い。わらわの安穏たる生活が維持されるのであれば、誰がトップに立とうが関係はない」
「……なら、なぜ」
「そちと同じ理由じゃ」
訝し気な視線を向けるアンネに、サーヤは笑いかけた。
「ここはまだ帰って来とらんあやつが愛した場所じゃろ」
「……彼は関係ないわ」
「くく、そうか。では関係ない事にしておくかの。まぁ、なんじゃ。そんな場所をゴミムシが我が物顔で歩くのが単に気に食わん」
口元に着物の袖を当て上品に笑うサーヤは、一見すれば淑やかな妃である。その声が不敵でなければ。
「……物好きね」
「くく、それをそちが言うのか。まぁ、いい。それで具体的にはどうするつもりじゃ?」
「斬るわ」
「脳筋めが。しかし、本当にそれでいいのかの?」
「……どういう事」
「愛しの彼の血統を奪った男に、死などという安楽を与えてやるのかという事じゃ」
「……なにか考えがあるのなら、さっさと話しなさいな」
「くくく、そう焦るな。ほれ、その頭の天辺に着いとる耳を寄こすのじゃ」
そう言われ一瞬表情を曇らせたアンネは、渋々サーヤに顔を近づけた。
●
「――という訳で、協力してくださいね。幽霊さん」
宮の一室。人払いを済ませた妃候補ルアンナ・ミュラーは、怪しげな水晶球の向こうに浮かぶ人物ににこりと微笑みかけた。
「はぁ……まぁ何の因果か再び戻ってきましたので、お手伝いする事はやぶさかではありませんが……実体のない私に何をしろと?」
ルアンナに対する人物セツリは、文字通り宙に浮かびながら問いかける。
「国家転覆のお手伝いです」
自らの呪術で呼び出した過去の刺客に、ルアンナは満面の笑みで答えた。
「なるほど。まぁ、私も昔はそういう使命でここに居ましたし……。しかしながら、幽霊の私に何ができるとも思いませんが」
「必要なら実体を与えますよ。ほら、もう用意してあるんです」
と、ルアンナは寝台を指さす。そこにはこんもりと盛り上がった布団があった。
「わざわざ死体まで用意しているんですか。用意周到な事で」
セツリは特に気にする様子もなく寝台に近づくと、そこに横になる肉体にそっと手を添える。
「魂の定着が難しそうなら私が……って、心配なかったですね」
むくりと起き上がってきた死体に、ルアンナは薄く微笑んだ。
●
「ルーチェン! 私の妃はどこにいるのでェすか!」
「そうですね。下級妃であればそこら中に居りますが……ヤコブ様ほどのお人であればやはり上級妃を相手されるのがよろしいかと」
「むふっ! わかっているじゃァないですか、ルーチェン!」
上機嫌に案内を受けるヤコブ様&親衛隊を引き連れ、ルーチェンは広い後宮を奥へと進む。
「なんじゃ、『そち』もおったのか」
すると、正面から一人の妃候補が歩いてきた。
「これは薫風妃様、ご機嫌麗しゅうございます」
ルーチェンはサーヤの言葉に応えず、頭を下げる。
「薫風妃とな! なんと……なんと可愛らしい姫ではありませんかっ! それになんと香しいか・ほ・りっ!!」
一方、ヤコブ様ときたらサーヤの可愛らしさに一発で心を射貫かれていた。
「主様が新しい皇帝かの」
「うむうむ! 私こそが新皇帝ヤコブ、その人でございます!」
あざと可愛く首を傾げたサーヤに、ヤコブ様は鼻息荒く胸を張る。
「ふむ、ヤコブ様というのじゃな。よろしく頼むのじゃ」
サーヤは礼儀正しく膝を折り挨拶すると、ちらりとルーチェンに視線を移した。
(おい、龍の)
(……なんだ、わざわざ念話で話しかけるんじゃない)
(どういう計画じゃ。話せ)
(……いきなりなんだ。不躾にもほどがあるぞ)
(躾など糞喰らえじゃ。いいからとっとと話せ)
(まったく……話してやるから、台無しにするなよ)
(ふん、わらわを誰と思っておる)
視線を交える宦官と妃候補。
そんな二人の様子にヤコブ様がかくりと首を傾げた。
(――あの小娘じゃな。よかろう)
「なぁ、主様よ」
と、ルーチェンと交えていた視線を切ったサーヤは、シナを作りヤコブに腕を絡める。
「こんな不愛想よりも、わらわがここを案内してやるのじゃ」
「なんと! このような可愛らしい姫に案内していただけるのですか!?」
身体を押し付けぐいぐいと引っ張るサーヤに、ヤコブ様は鼻の下を伸ばし大層上機嫌。
横でルーチェンの気が膨れるのも気にせず、サーヤはヤコブ様を連れ渡り廊下を歩いていく――。
●
「……ネム。行くよ」
宮の物陰に潜む影。
長い桃色の髪を束ね、おおよそ後宮に似つかわしくない姿をした人物が短弓を構え渡り廊下を睨み付ける。
懐には相棒の栗鼠。小さな頭を指で撫で付け、解き放った。
私は身代わり。
妃候補として後宮に入ったのはすべて偽りだった。仕えていた貴族の命により、後宮入りするはずだった娘に成り代わり、ここへと来た。
そもそも妃候補に等なれる身分ではない。薄汚い孤児であり、手を血に染めてきた者である自分は――。
後宮での生活はとても素晴らしかった。替え玉として送り込まれる事に暗澹たる思いもあったが、贅を凝らした食事、衣装、住居――ここでの暮らしは、私に安らぎをくれた。
だからこそ、その平穏を脅かす者を許しはしない。例え再び手を血に染めようとも――。
エリカは偵察から戻った相棒と額を合わせ、見聞きした情報を共有する。
「多勢ね。でも」
エリカは短弓を構えると矢先を空へと向けた。
――ヒュン……ドスッ!
「ひぃぃぃ!!」
いきなり目の前に突き刺さった矢に、ヤコブ様は盛大に尻餅をついた。
「ななな、なんですかこれはっ!?」
「ヤコブ様、お下がりください」
すぐさまルーチェンがヤコブ様の前に立ち、親衛隊の女子達も主人を囲む。
「どうやらよからぬ事を企む輩が紛れているようです。狙いはヤコブ様のお命と玉璽でしょう」
そう言うと、ルーチェンは矢の軌跡を追う。すると、建物の影に蠢く人があった。
「オレに護衛を数名お貸しください。曲者を捕えて御覧に入れましょう。その隙にヤコブ様はあの宮に避難を」
「う、うむ! 任せたぞルーチェン!」
「はっ」
ルーチェンは宮を指さすと、護衛を数名借り受け渡り廊下を飛び降りた。
「……大丈夫、計画通りよ」
向かってくるルーチェンたちに不安を覚えたのか、見上げてくるネムに笑顔を返したエリカは再び弓を取ると矢を番えた。
「貴方にここを好きにはさせない」
エリカは矢先を再び空へと向ける。狙いは――。
「貴方の盾と矛、削らせてもらうわ」
そう呟いて放った矢は、ルーチェンを飛び越えヤコブ様との中間地点へと着弾。盛大な煙幕で辺りを包んだ。
●
「始まりましたね」
宮の窓から見えた煙幕に、ルアンナがほくそ笑む。
「では、セツリさん、よろしくお願いしますね」
そして、幼帝バルディと戯れていたセツリに声をかけた。
「はい、では行ってきます。殿下、また後程遊びましょうね」
セツリは残念そうに見上げるバルディに別れを告げると、ルアンナの元へ。
(随分馴染んでますね)
(まぁ、子供は嫌いじゃないので)
耳打ちされた言葉に肩を竦めたセツリは、そのまま宮を出ていった。
●
「ヤコブ様、お迎えに上がりました」
「はぁはぁ……え? うむうむ! 私がヤコブである!」
襲撃からの逃走で荒く乱れた息を慌てて整えたヤコブ様は、渡り廊下の先に現れた下女に尊大な態度を示した。
「我が主が陛下をお待ちでございます」
ほほぉ、これは中々と下女の足先から頭の天辺まで舐めるように品定めしていたヤコブ様を案内する様に、セツリは歩き出す。
その後ろ姿がなんとも艶めかしく、ヤコブ様はホイホイと後をついて行った。
「ようこそおいでくださいました、ヤコブ様」
宮でヤコブ様を迎えたのは、朗らかに微笑む美人であった。
「いやぁ、ひどい目に遭いました。まさか後宮にまで私の命を狙うものが現れるとはっ!」
「ふふ、ここは安全でございます。どうかゆるりとおくつろぎください」
不埒な者どもめ! と拳を握るヤコブ様に、ルアンナはすっと自分の口元に手を添え微笑んだ。
●
「――なるほど、設定は理解しました」
「せ、設定……?」
よくわからない事を口走る妃候補に、ゲルダは相変わらず困惑していた。
「ああ、気にしないでください。一先ずは相手戦力の削減ですね。ゲルダ様、剣はありますか?」
「は……え? け、剣ですか?」
「はい、剣です。出来れば斬れるやつがいいですね」
ずっと仕えてきた妃候補がいきなり剣を所望するなんて思いもよらず、ゲルダは呆然とする。
「い、いえ、ここは後宮ですので武器の類は……」
「なるほど、そういう仕様ですか。致し方ありません」
そう言うとフリーダは部屋のあちこちを物色し、手頃な鉄の棒をゲットしてきた。
「まぁ、こんな所でしょう。では、ゲルダ様行ってきます」
「は、はい、いってらっしゃ――って、待って、くださいっ!?」
では、と額に手をかざして部屋を出ようとするフリーダにゲルダは慌ててしがみ付く。
「何処へ行かれるんですかっ!」
「何処って、悪者退治ですが?」
「悪者……まさか、ヤコ――」
名前を口走りそうになった自分の口を慌てて両手で塞ぎ、ゲルダはフリーダを見る。
しかし、フリーダはなぜか天に視線を向けていた。
「……ふむ、啓示でしたら仕方ありません。ゲルダ様」
「は、はい……?」
「行きましょう」
「は、はい……えっ!? ど、どこへ、行くんですかっ!?!?」
当然の様にゲルダの手を取ったフリーダに引きずられ、二人は宮を後にした。
●
複雑に建物が入り組む後宮をまるで我が庭の如く逃げ続ける人影を、親衛隊を引き連れたルーチェンが追いかける。
「――誰だい」
人影を追い、池の畔へと差し掛かったルーチェンが突然足を止めた。
「貴方達が悪者の一味ですか」
すると、建物の角から二つの影が姿を現した。
「フリーダ妃……いや、お前は誰だ?」
「フリーダです。初めまして、龍の人」
腰のものに手を添えたルーチェンに、フリーダは鉄棒を地面へ突き刺し頭を下げる。
「ふ、ふえっ!? 貴方様は……っ! フリーダ様! あれはルーチェン様です! 皇帝陛下の護衛武官の方ですっ……!」
「ふむ、武官ですか。どちらかと言えば私もそちら側が希望だったのですが」
おろおろと慌てるゲルダを前に、フリーダは天に不満を向けた。
「お前は確か……ゲルダだったか。どういう事か説明してくれるか」
一方、ルーチェンは剣の柄から手を離し、ゲルダに問いかける。
「あ、あの……今朝起きたら、こうなって、いまして……」
答えるゲルダは、自分にもよくわからないと続けた。
「まぁ、細かい事はどうでもよろしいかと。要するに、目的を達成すればいいのでしょう?」
「何を知って……いや、それを知っているのなら……味方か」
「そういう事です」
こくりと頷いたフリーダは持参した鉄棒を構える。
「オレ一人でどうとでもなるが……まぁ、いいだろう」
合わせるようにルーチェンは反転、ぎょっとする親衛隊達に向け剣を抜いた。
「え、え、えーーーーっ!?」
ゲルダの悲鳴木霊す中、戦いの幕が切って落とされる――。
●
――カチリ。
「……さて、これでお役目終了ですかね」
小さな鍵を懐にしまいながらセツリは離れを後にする。
これで呼び戻してもらった義理は果たした。後は好きにさせてもらおう。
もう何者にも縛られる必要はないのだから――。
セツリが去った離れの中では――。
「ふふ……そうです、ゆっくりとお眠りなさい」
怪しげな香が焚かれた室内。
朗らかだったルアンナの笑顔は、妖艶に歪む。
視線の先には今にも寝そうに体を揺らすヤコブ様の姿。
ルアンナはそんなヤコブ様の懐から小袋を抜き取ると、中身を確認した。
「そう……これが緋玖国の玉璽」
ルアンナは薄く微笑むと小袋を懐にしまい込む。
「それでは、ご機嫌よう。愚鈍な簒奪者さん」
微睡みに揺れるヤコブ様に囁きかけ、ルアンナは近くの燭台を蹴倒す。燭台の火は瞬く間に家具に燃え移り、建物を紅蓮の炎で覆った。
●
突如離れを包んだ炎に、親衛隊は慌てて駆けだすが――。
「何処へ行くのかしら」
離れへと続く唯一の路である湖上橋に立つ人影がその行く手を阻む。
「ここはお前達のような下賤の輩が足を踏み入れていい場所ではないの」
金色に光る瞳が見つめる先は、驚き戸惑う烏合の衆。
鋭く尖った槍を突き出し、かかってこいと挑発する。
「お前達の主もすぐに後を追わせてあげる。だから、先に逝っていなさい」
剣を抜き向かってくる親衛隊達を前に、アンネは大きく口角を持ち上げた――。
●
「はぁはぁ……な、なんなんですか……い、一体どういうこと、ですか……!」
「はぁはぁ……ななな、なんなんですかここはっ!! この世の楽園とは嘘八百ではないですか!?」
「「……」」
バッタリ。
「「ひあああぁぁっ!!??」」
激しい戦闘から命辛々逃げて来たゲルダと、激しい炎から何とか生還したヤコブ様が、建物の角で鉢合わせた。
「だだだ、誰ですかっ!!」
ゲルダは足元に転がっていた棒切れを拾い、震える手で相手に向ける。
「そそそ、それはこっちの台詞ですっ! 貴方は……なんですか、ただの侍女ではありませんか」
一方、慌てふためいていたヤコブ様は、小さなゲルダの姿を改めて確認すると、余裕の笑みを浮かべた。
「私はヤコブ! 緋玖国皇帝ヤコブであります! さぁ、侍女よ。私を安全な場所まで案内するのです!」
「ヤ、ヤコブ様……?」
ゲルダはそう言われ改めて目の前の人物を見る。
顔は炭で真っ黒に汚れ、髪の毛はチリチリアフロ。全身焼け焦げ衣装はずたボロで最低限の部分しか覆っていない。
「ほ、本当に……ヤコブ様、なんですか……?」
後宮の外で見た事があるのでヤコブ様は知っている。しかし、この人物が本当に当人なのか、あまりの汚れ様に判別がつかない。
ゲルダは目を凝らし、頭の天辺からじっくりと相手を観察する。
――はらり。
その時だった、最後の一葉がヤコブ様の身体から剥がれて落ちたのは――。
「ひっ……ひあぁぁっ!!??」
再び後宮にゲルダの絶叫が木霊すと同時、木の棒を持っていた手の震えがピタリと止まる。
「な、なんですか!? うるさ――ごぶっ!?」
側頭部へ水平の一打は、神速。
「ななな、なにを――――ぐへっ!?」
流れるように、突き出された両手を払い退け。
「一体どういうこ――げふんっ!?」
空いた腹部に痛打を打ち込むと。
「ぐへぇ!! わ、私を誰だと――ぎゃんっ!?」
下がった頭へ渾身の一打を見舞った。
「や、やめなさいっ!? 話せばわか――――」
大きく見開いたヤコブ様の涙目に映ったのは、一本足から繰り出される流麗な軌跡。
全身全霊。思いっきり、力の限り、まるでスローモーションのように光の軌跡を引き、振りかぶられた木の棒は――。
――カキーーーーン。
ヤコブ様の急所に吸い込まれ、後宮に誰も聞いた事も無い様な快音を響かせた。
●
「ひ、ひどい目に遭いました……こんな恐ろしい所、早々に退去せねば命がいくらあっても足りません。私の親衛隊はどこに――」
渾身の一撃を放ったゲルダは顔を真っ赤に逃げていった。おかげで何とか逃げおおせたヤコブ様は、身を隠しつつ味方を探していた。
「あの子達なら、もういないわ」
しかし、そんなヤコブ様の希望を打ち砕く声が背後から聞こえる。
「後宮での甘い夢。どうだったかしら。充分に楽しんでいただけた?」
血に濡れた槍を翻し、そこに立っていたのは金羊の妖。
愕然と目を見開くヤコブ様に、ゆっくりと近づいていく。
「あああ、妖ぃぃ!? なぜ、お前のような者が後宮にぃぃ!??!」
「その言葉はそっくりそのままお返しするわ。緋玖国を貪り喰う害虫さん」
金羊は感情を映さない笑みを浮かべながら、ヤコブ様の視界に影を奔らせた。
「は……?」
何が起こったのか、ヤコブ様の瞳には捉えきれなかった。ただ一つ、わかる事があるとすれば、それは――。
肩から槍が生えている。
「ひ、ひぎゃぁぁっ!?」
ヤコブ様の情けない絶叫が後宮に響き渡る。
「痛い? それとも怖い?」
槍に縫い付けられ身動きが取れないヤコブ様に、金羊は顔を近づける。
「なら、その痛みと恐怖から逃れる術を教えてあげるわ」
逃げようと必死でもがくヤコブ様。しかし、肩を貫通した槍は深々と壁へ突き刺さっている。
「私の眼を見なさい」
涙と鼻水とアフロでぐちゃぐちゃなヤコブ様は、言われた通り金羊の瞳を覗き込む。
『……これは夢。月に揺られて微睡み見る幻』
金光を纏う淡翠の瞳がぐにゃりと歪む。
『瞼は重く、夢と現の境は溶けて……』
耳へ染み入る声に、ヤコブ様の首ががくりと垂れた。
「……さようなら。お前はもう二度とこの地を思い出すことはないわ」
夢の中へと旅立ったヤコブ様から槍を抜き、金羊は何処かへと去っていった。
●
そんな様子を遠くから見つめる二つの影。
「見ましたか。あれが簒奪者のなれの果てです」
幼帝を従え、一部始終を見ていたセツリがくいっと眼鏡を持ち上げた。
「バルディ様もあの様にはなりたくないでしょう?」
小さく震える幼帝にセツリは優しく囁きかける。
「あの様な者の傀儡となってはいけません。皇帝という地位に甘えず、日々研鑽と慈愛を積み重ね、民に愛される皇帝となって下さい」
真剣な瞳を向けてくるセツリに、幼帝はこくりと頷いた。
「聡明な君なら、きっとうまくやれますよ。だから――――泣かないで」
持ち上げられた幼手が、何かを掴もうと必死で宙を掻く。
「少しの間でしたが、楽しかったです――――さようなら、バルディくん」
それだけを言い残し、セツリの姿は後宮の空に消えた――。
●
「――さて、完成ですね」
仕上がった玉璽を小袋に仕舞い、ルアンナは席を立つ。
「これで、この国も――」
「この国がどうしたのじゃ?」
「……薫風妃。ここは私の宮ですよ。無断で入ってくるのはいかがなものでしょう?」
いつの間にかそこに居たサーヤに、ルアンナは咄嗟に小袋を背後に隠した。
「悪いが、これは余所者にやれるような代物ではない」
「あっ!」
折角隠した小袋も、あっという間にルーチェンが巻き上げる。
「フリーダ」
「では、拝見……あー、呪いですね。なかなか粘っこい効果が期待できそうです」
ルーチェンから小袋を受け取ったフリーダが中身を見て、顔をしかめた。
「さて、これについて説明する気があるのかそれとも出ていくのか。そちに決めさせてやるのじゃ」
奥歯を噛むルアンナに、サーヤが問いかける。
「竜人? 異界人? 仙人? まったく、この国の後宮はどうなっているんですか」
「私もそう思います。なかなか楽しい場所ですよね」
ルアンナの呟きにこくこくと頷くフリーダ。
「……はぁ、わかりました。好きにしてください」
そんなフリーダの仕草に毒気を抜かれたのか、ルアンナは盛大に溜息をつくと両手を上げ降参の意を示した。
こうして、ヤコブ様が生涯をかけ燃やした帝位簒奪の野望は、後宮という楽園へ手を出したが故に、無残に散ったのでした――。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年01月08日 09時43分57秒 公開
相談掲示板
ルアンナ・ミュラーです、よろしくお願いします♪ 私は妃候補の女性になろうと思ってます。もちろん裏の顔もありますけどね☆
セツリと言います、よろしくお願いします。 侍女か下女かどちらかで考え中、ですね。 裏については、有り無しを含めてまだ考え中ですが……とりあえず新皇帝さんに対しては大分好感度マイナスな予定です。
エリカ・プレトリウスです、よろしくお願いいたします。 妃候補の1人を予定しておりますけれど、真に高貴なお方(入内する筈だった方)の身代わり…所謂“影”です。 何をされても良いような、主家の体裁を思えばどうでもは良くないような。 新帝に関しては玉璽を奪うか暗殺するかとのことですがいかがいたしましょう…?いずれにせよ親衛隊の方々はかなり厄介な気がいたします。
>奪う?暗殺? どちらにしても親衛隊が一緒だと不都合なので、離れるようなシチュエーションを作りたいですね。 私が囮になって、バルディ皇帝を通じて手紙を渡して後宮の離れとかに呼び出してみましょうか。そこで油断した所を狙って玉璽を奪うというのはどうでしょう?
>奪う? 暗殺? 奪う、方が「転落」を味わっていただける、というのはあるかな、と。 玉璽を現皇帝に戻して、その上で傀儡が傀儡でなくなれば……といったところでしょうか。 幼いとはいえ、ついた以上はしっかりしていただくようにちょっとアプローチしてみるつもりです。
アンネエルカよ、アンネって呼んでくれても大丈夫…… と、言うより今回は。 夢の中ではアンネとだけ名乗るつもりよ、よろしくね。 役は侍女で、正体は永い時を生きる妖。 去年見た夢のつづき、のような役で動こうと思っているわ。 >奪う? 暗殺? 本当はあんなのを後宮に踏み入らせたくするないのだけれど…… こうなったら、きっちりかっちり正面から痛い目を見せてあげたいわ。 対面して喧嘩を売りたいから、奪う方に1票よ。
ゲルダです。よろしくお願いします。 立場としては侍女……生家の意向で行儀見習いのために後宮へ、といった形を考えています。 その、お世話をする妃候補の方はおまかせとさせていただきますので、もしご縁がありましたらよろしくお願いしますね。 >奪うか暗殺か 暗殺よりは奪う形がよいかな、と思います。 ……ですが、その。夢の中のわたしは、おそらく戦い方を知らなさそうかな、と。 戦う以外の、何らかの形でお役に立てるように、少し考えてみますね。
情報屋のルチルだ。 夢の中では別の名を名乗らせてもらうがね。アタイも前回の夢の続き…男装した宦官という形で後宮にいる。 側近として懐に潜り込み、隙を見て玉璽を奪うか玉璽を奪う隙を作るか…どちらでも立ち回れるつもりだ。
玉璽に関しては奪う形で良さそうですね。 あと、前回(去年の初夢でしたでしょうか)につきましては後ろの方は「把握した」と言っております。私自身が知ることはありませんが必要に応じて鑑みたプレイングには出来るかと。 そうですね…折角“影”なのですし、私は敢えて暗殺者の動きをしようかと思います。 これまでの相談を台無しにする気ではなくて、弓が扱える様に衣装を着替えた後皆様が玉璽を奪いやすいように動くことと、万が一間に合わない時の為のデッドライン死守(=最悪帝を直接殺す)の為に。後者に関してはやらずに済めばそれに越したことはございませんね。 基本的には帝を狙ったが親衛隊に防がれた、という形にして親衛隊をこちらに引き付けてみようかと。煙幕を使うべきか、単純な回避を重視するべきかは悩み所ですが…。 隙づくりをされる方とは協力できると思います。必要なことがあればお申し付けください。
フリーダです。よろしくお願いします。 玉璽を取り返すという方針は了解しました。 とりあえず妃候補の一人として行動しようかと考えています。 主に障害となりそうな親衛隊の方々をどうにかしようかと思います。物理で。
現在わかっている範囲でエリカ、フリーダが親衛隊の対処。 ルアンナが手紙で呼び付けて油断した所を狙うなら、騒動のどさくさに紛れて玉璽をルアンナに預けるように…と進言でも入れようか。 勿論、その言葉を受け入れてもらえる程度に忠臣のフリをするつもりだ。 後は難しい依頼でもないし、ちょっとやそっとの方向性の違いくらいうまい事まとめてくれるだろう(
ではフリーダ様、全ての引き付けは叶わないこともあり、新帝の傍に残ってしまうであろう親衛隊についてはお願いいたします。 私が引き付けた分はギリギリまで私を追わせ、煙幕で逃げ遂せることを狙ってみましょう。 流れとしてはルアンナ様が呼び出した所に物陰から一射(新帝に掠らせる程度を狙います)、その後私に宛がわれた宮殿へ逃げる形で。内部構造の分かった所なら逃走経路の確保も楽ですから。 夢でございますからね。出来ることを出来るだけいたしますが、あとはお任せするということで。
皆さんありがとうございます。 私はヤコブが離れに入った所で自分が従えてる侍女に外から鍵を掛けてもらいますので、逃げ道を失ったヤコブから玉璽を奪いますね!