青と紅
キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2023年01月03日 10時54分10秒
それはアルヴィン・カペルが“カペル”ではなかった時代の話。
濁り無き青が、美しき紅に歩み寄る――その端緒だ。
●三人
草花萌ゆる中庭に、美しい音色が響く。
パンクリアース学園。
その放課後、アルヴィンは令嬢達に請われてハープを爪弾いていた。
「あまり時間は取れないけれど」
そう言ったのに、令嬢達は奏でて貰えるだけで嬉しいと黄色い声音。流麗なメロディが紡がれれば、皆が聞き惚れる。
だけでなく――柔く靡く白髪、奥深い青の瞳、靭やかな指。令嬢達はアルヴィンが演奏する姿にこそ見惚れていた。
小さな演奏会。最近では、珍しくない光景だ。
「では、残念だけれど」
言って曲を終えると、令嬢達は残念がるが――
「機会があれば、また」
アルヴィンが一礼すれば洗練された身振りに誰も不平を零さない。
同時に気取った色もない振る舞いで……背を見せ去ってゆくその姿に、令嬢達は一層熱を上げていた。
出てきたアルヴィンを迎える、エルフの青年がいた。
すべらかな金髪に切れ長の瞳――ディヴァンス・ファルヴェント。門の内に、令嬢達の姿を垣間見て……おおよその雰囲気を察していた。
「良いのか、まだ望まれているようだが」
「大丈夫」
アルヴィンは言って楽しみな笑みを浮かべる。
ディヴァンスはその顔だけで理解した。
「冒険の事を考えているな」
「二日ぶりだからね」
言葉に、ディヴァンスはふっと笑みを零す。
「相変わらずだ」
アルヴィンは学園の令嬢から人気があるが……誰とも深い仲になる事はなかった。
ではどこに興味があるかと言えば、冒険だ。
学園行事から逃げ、代わりに調査や危険地帯に赴く。歴戦の冒険者たるディヴァンスをして、その熱量には舌を巻く程だった。
ただ――
「……」
ディヴァンスはその中で一つ、変化にも気づいている。
相棒が他の令嬢に靡かぬのには、別の理由もあるのだと。
エクトル様が探していたよ、と。
同学年の生徒に伝えられて、振り返る令嬢がいた。
「あら、ありがとう」
そう微笑みを見せる――イザベラ・カペル。仕草一つも美しいその様に、自然と周囲の目を惹きつけていた。
「きっと、またイザベラを誘おうとしているのよ」
伝えに来たその女子が話すのは、イザベラに懸想する男子の事。
決して珍しい事ではない。イザベラを見初め、誘う貴族子息は多くいたから。
けれど――
「今はタイミングではないの」
イザベラは表向きにはそうとだけ言う。
諜報活動組織を有するカペルでは、結婚相手に慎重にならざるを得ないという内情もある。
ただ、イザベラ自身も今の所そういう相手を作る気持ちは無かったのだ。
だから――
(出口にいるかも知れないわね)
如何な相手でもあしらえるイザベラだけれど……物理的に逃げ場のない所で待ち伏せされれば時間は取られる。
(今日は用事もあるし……)
思うと回廊の先で曲がった。
そこは二階で出口にも続かない為、人がいない。
ただ窓があって……イザベラは周囲を見回してから、スカートの端をそっとつまみ――ひらり。地面へ飛び降りていた。
まさか誰も、侯爵令嬢が窓から逃げるとは思わないだろう。
ふふっ、とお転婆な笑みを秘め、イザベラは悠々と外に向かう。
そこで――別の男子を見つけた。
ディヴァンスと共に居るアルヴィンだ。
二人は貴族同士、知らぬ仲でもない。
顔を合わすとアルヴィンは挨拶をした。
「イザベラさん。ご機嫌はいかがですか」
「あら。学園生同士、くだけた言葉で良いと言ったでしょう?」
イザベラが笑むと、アルヴィンも「そうだね」と頷いて。
「冒険の出先ではそういう必要もあるから、つい」
「活躍は聞いているわよ」
交わす言葉は、特別なものではなかった。
伯爵家三男と侯爵令嬢、近くも遠くもない距離で――スマートなやり取りをするのが日常。
けれどイザベラはどこかで気づいてもいたろう。
シェラード家は伯爵家だが、歴史はある。だがアルヴィンという人にはそこへの不必要な卑下も奢りもなかった。
あるのは冒険への熱量と、目の前の女性――自分を気にかけているらしい事だと。
●友
「学園行事?」
「うん。今度は逃げられなさそうで」
アルヴィンはディヴァンスにそう悩みを告げていた。
冒険帰りの夕刻、学園傍のカフェだ。
話は、クラブ主催の催しの事。
一応強制ではないが……音頭を取ったのが侯爵家嫡男。その上アルヴィンは名指しで参加を求められていて、実質選択肢は無かった。
相棒の表情に、ディヴァンスは息をつく。
(唯人の社会は面倒だな……)
ただ、ふと思い立ってリュートを弾いた。
するとアルヴィンも小さな竪琴で旋律を重ねるから――ディヴァンスは口を開く。
「やはり音色が変わったな」
「え、そうかな?」
「気になっている事があるのだろう。彼女――イザベラの事だ」
「……」
アルヴィンは一瞬黙る。
だが、それが答え。朴念仁なディヴァンスだが、相棒の心の機微は察していた。
「お前が出るほどの催しだ。彼女も出るのだろう」
そこできっかけを、とディヴァンスは言ったのだ。
「でも――」
アルヴィンは、迷う。
それには理由があった。
貴族同士と考えた時、シェラードは伯爵家。カペル家にとって歴史はあれど強い旨味はない。
確かにイザベラは憧れの君。だからこそ、遠くから眺められれば良いとも思っていたから。
「王国騎士になればカペルに行く事もあるよ。だからそれでも――」
「好いているのだろう」
ディヴァンスは言った。
「そんな者が現れる事などそうはない」
相棒だから判る、と。
言葉に、アルヴィンは――
●騎士
訓練場の中心に三十余りの生徒が集まっていた。
催しの本番。
夕刻より始まるそれは、半々に分かれての交代制“追いかけっこ”。
ただし男子は模造刀を持つ「騎士」となり、味方女子の守護や敵騎士の邪魔が出来るルールだった。
「用意は良いな」
言ったのは眉目秀麗な、侯爵家嫡男。
催しの発案者で……参加者が気合の声を返すと、アルヴィンはこれが只の戯れではないとすぐに理解した。
(成程ね)
参加者は皆良家の出で……観客の生徒も居るから、多少なりとも威信がかかる。
情けない姿を晒せば恥。活躍すれば他の家の鼻を明かせる。
これは多少の“おいた”も折込済みの――立派な模擬戦。『この面々の中で活躍した』という実績を作る為、アルヴィンの参加も求められたのだ。
男子を中心に、皆が血気盛んに開始を待っている。
(確かに本気になるのも判るかな)
が、アルヴィンはその中で衆目よりも、参加者の一人――イザベラに目を向けていた。
始めの位置取りは、くじで決まる。
結果、アルヴィンは防御側の端となり……物理的に出遅れた。
実はそのくじにも恣意的なものを感じていたが――重要なのは、開始直後に味方だったイザベラが敵に捕まった事だ。
傍の騎士が早々にやられてしまった結果らしい。
「どうする?」
仲間に言われてアルヴィンは体育館を見た。
捕まった者はそこへ入れられ、交代時に減点として計上される。奪還はルール上可能だが、敵もそれが判っている為守りが堅く、非現実的だ。
リスクを冒してそこへ突っ込もうとする味方も、居ない。
別段、アルヴィンもこの催しを適度に“こなす”事は可能だったろう。
けれど。
体育館で、イザベラは大人しく捕まっていた。
(こういう催しも、興味深いものね)
考えつつ見回してみる。
逃げられない訳ではないし、本気を出せば捕まるのも免れたかも知れない。ただ、敢えて令嬢らしさを崩す必要もないかと花を演じていた。
折角だから派手な立ち回りも、と。
思う気持ちも無いではなかったが――
「あら?」
と、そこで違和に気づく。
館内は観覧の為開放され、窓も開いている。
その高い窓を照らす灯りが一つ、翳った。
見張りもすぐにざわつく。直後にその窓から館内へと飛び込んできたのが――
「アルヴィン!?」
「令嬢を、返して貰いに来たよ」
そう告げたアルヴィン。
ロープを欄干に掛けて落下しつつ、壁を蹴り――振り子の要領で場の中心に舞い降りた。
「に、逃がすな!」
敵が慌てて集まるが、アルヴィンは剣舞を踊るよう、迫る攻撃を躱す。
そしてイザベラの手を引いて。
「走るけど良いかな?」
「――、ええ」
イザベラが笑みを返すと、二人は大立ち回りで外へ脱出した。
奪還を許す事が一番の恥。故に敵も追うが……アルヴィンはイザベラと共に中庭を走り、花園の間を抜けて、何人も触れさせない。
仮にも学内の使い手が集まる中、悠々と走る様はまるで逃避行。歓声も上がるが……アルヴィンを阻む者も居た。
それが催しの発案者にして侯爵家嫡男――エクトル。
「渡してもらおう」
エクトルは模造刀を振り上げた。
挙動に手加減は無い。おそらく、アルヴィンを痛めつけたい意図もあったろう。
故にこそアルヴィンは退かず、横一閃。真っ向から相手の刀を弾き、足元を打ち据えて膝をつかせていた。
「悪いけど、渡せない」
アルヴィンは言って、再びイザベラと走る。
それが流れを決定づけたろう。結果として、勝利はアルヴィン達の元に訪れた。
ホールで舞踏会が開かれていた。
これも最初から予定されていたらしい。
アルヴィンはそこへの参加は免れたが――学園から出た訳ではなく。灯りが零れる中庭で……イザベラと花の傍に座っていた。
「どうしてあそこまで?」
イザベラは問う。
怪我や不名誉のリスクを考えれば、アルヴィンの行動は賢明ではなかった筈だ、と。
アルヴィンは答えた。
「君だったから」
――奪われぬよう、自分が守りたいと思ったのだ、と。
伝えた言葉は催しの中だけの意味じゃない。
それがイザベラにも判った。
これはきっかけの一つに過ぎない。
けれど確かに、青と紅が惹かれ合う第一歩。
遠くに音楽が響く中、二人はそっと手を取り合い、静かなステップを踏んでいた。
濁り無き青が、美しき紅に歩み寄る――その端緒だ。
●三人
草花萌ゆる中庭に、美しい音色が響く。
パンクリアース学園。
その放課後、アルヴィンは令嬢達に請われてハープを爪弾いていた。
「あまり時間は取れないけれど」
そう言ったのに、令嬢達は奏でて貰えるだけで嬉しいと黄色い声音。流麗なメロディが紡がれれば、皆が聞き惚れる。
だけでなく――柔く靡く白髪、奥深い青の瞳、靭やかな指。令嬢達はアルヴィンが演奏する姿にこそ見惚れていた。
小さな演奏会。最近では、珍しくない光景だ。
「では、残念だけれど」
言って曲を終えると、令嬢達は残念がるが――
「機会があれば、また」
アルヴィンが一礼すれば洗練された身振りに誰も不平を零さない。
同時に気取った色もない振る舞いで……背を見せ去ってゆくその姿に、令嬢達は一層熱を上げていた。
出てきたアルヴィンを迎える、エルフの青年がいた。
すべらかな金髪に切れ長の瞳――ディヴァンス・ファルヴェント。門の内に、令嬢達の姿を垣間見て……おおよその雰囲気を察していた。
「良いのか、まだ望まれているようだが」
「大丈夫」
アルヴィンは言って楽しみな笑みを浮かべる。
ディヴァンスはその顔だけで理解した。
「冒険の事を考えているな」
「二日ぶりだからね」
言葉に、ディヴァンスはふっと笑みを零す。
「相変わらずだ」
アルヴィンは学園の令嬢から人気があるが……誰とも深い仲になる事はなかった。
ではどこに興味があるかと言えば、冒険だ。
学園行事から逃げ、代わりに調査や危険地帯に赴く。歴戦の冒険者たるディヴァンスをして、その熱量には舌を巻く程だった。
ただ――
「……」
ディヴァンスはその中で一つ、変化にも気づいている。
相棒が他の令嬢に靡かぬのには、別の理由もあるのだと。
エクトル様が探していたよ、と。
同学年の生徒に伝えられて、振り返る令嬢がいた。
「あら、ありがとう」
そう微笑みを見せる――イザベラ・カペル。仕草一つも美しいその様に、自然と周囲の目を惹きつけていた。
「きっと、またイザベラを誘おうとしているのよ」
伝えに来たその女子が話すのは、イザベラに懸想する男子の事。
決して珍しい事ではない。イザベラを見初め、誘う貴族子息は多くいたから。
けれど――
「今はタイミングではないの」
イザベラは表向きにはそうとだけ言う。
諜報活動組織を有するカペルでは、結婚相手に慎重にならざるを得ないという内情もある。
ただ、イザベラ自身も今の所そういう相手を作る気持ちは無かったのだ。
だから――
(出口にいるかも知れないわね)
如何な相手でもあしらえるイザベラだけれど……物理的に逃げ場のない所で待ち伏せされれば時間は取られる。
(今日は用事もあるし……)
思うと回廊の先で曲がった。
そこは二階で出口にも続かない為、人がいない。
ただ窓があって……イザベラは周囲を見回してから、スカートの端をそっとつまみ――ひらり。地面へ飛び降りていた。
まさか誰も、侯爵令嬢が窓から逃げるとは思わないだろう。
ふふっ、とお転婆な笑みを秘め、イザベラは悠々と外に向かう。
そこで――別の男子を見つけた。
ディヴァンスと共に居るアルヴィンだ。
二人は貴族同士、知らぬ仲でもない。
顔を合わすとアルヴィンは挨拶をした。
「イザベラさん。ご機嫌はいかがですか」
「あら。学園生同士、くだけた言葉で良いと言ったでしょう?」
イザベラが笑むと、アルヴィンも「そうだね」と頷いて。
「冒険の出先ではそういう必要もあるから、つい」
「活躍は聞いているわよ」
交わす言葉は、特別なものではなかった。
伯爵家三男と侯爵令嬢、近くも遠くもない距離で――スマートなやり取りをするのが日常。
けれどイザベラはどこかで気づいてもいたろう。
シェラード家は伯爵家だが、歴史はある。だがアルヴィンという人にはそこへの不必要な卑下も奢りもなかった。
あるのは冒険への熱量と、目の前の女性――自分を気にかけているらしい事だと。
●友
「学園行事?」
「うん。今度は逃げられなさそうで」
アルヴィンはディヴァンスにそう悩みを告げていた。
冒険帰りの夕刻、学園傍のカフェだ。
話は、クラブ主催の催しの事。
一応強制ではないが……音頭を取ったのが侯爵家嫡男。その上アルヴィンは名指しで参加を求められていて、実質選択肢は無かった。
相棒の表情に、ディヴァンスは息をつく。
(唯人の社会は面倒だな……)
ただ、ふと思い立ってリュートを弾いた。
するとアルヴィンも小さな竪琴で旋律を重ねるから――ディヴァンスは口を開く。
「やはり音色が変わったな」
「え、そうかな?」
「気になっている事があるのだろう。彼女――イザベラの事だ」
「……」
アルヴィンは一瞬黙る。
だが、それが答え。朴念仁なディヴァンスだが、相棒の心の機微は察していた。
「お前が出るほどの催しだ。彼女も出るのだろう」
そこできっかけを、とディヴァンスは言ったのだ。
「でも――」
アルヴィンは、迷う。
それには理由があった。
貴族同士と考えた時、シェラードは伯爵家。カペル家にとって歴史はあれど強い旨味はない。
確かにイザベラは憧れの君。だからこそ、遠くから眺められれば良いとも思っていたから。
「王国騎士になればカペルに行く事もあるよ。だからそれでも――」
「好いているのだろう」
ディヴァンスは言った。
「そんな者が現れる事などそうはない」
相棒だから判る、と。
言葉に、アルヴィンは――
●騎士
訓練場の中心に三十余りの生徒が集まっていた。
催しの本番。
夕刻より始まるそれは、半々に分かれての交代制“追いかけっこ”。
ただし男子は模造刀を持つ「騎士」となり、味方女子の守護や敵騎士の邪魔が出来るルールだった。
「用意は良いな」
言ったのは眉目秀麗な、侯爵家嫡男。
催しの発案者で……参加者が気合の声を返すと、アルヴィンはこれが只の戯れではないとすぐに理解した。
(成程ね)
参加者は皆良家の出で……観客の生徒も居るから、多少なりとも威信がかかる。
情けない姿を晒せば恥。活躍すれば他の家の鼻を明かせる。
これは多少の“おいた”も折込済みの――立派な模擬戦。『この面々の中で活躍した』という実績を作る為、アルヴィンの参加も求められたのだ。
男子を中心に、皆が血気盛んに開始を待っている。
(確かに本気になるのも判るかな)
が、アルヴィンはその中で衆目よりも、参加者の一人――イザベラに目を向けていた。
始めの位置取りは、くじで決まる。
結果、アルヴィンは防御側の端となり……物理的に出遅れた。
実はそのくじにも恣意的なものを感じていたが――重要なのは、開始直後に味方だったイザベラが敵に捕まった事だ。
傍の騎士が早々にやられてしまった結果らしい。
「どうする?」
仲間に言われてアルヴィンは体育館を見た。
捕まった者はそこへ入れられ、交代時に減点として計上される。奪還はルール上可能だが、敵もそれが判っている為守りが堅く、非現実的だ。
リスクを冒してそこへ突っ込もうとする味方も、居ない。
別段、アルヴィンもこの催しを適度に“こなす”事は可能だったろう。
けれど。
体育館で、イザベラは大人しく捕まっていた。
(こういう催しも、興味深いものね)
考えつつ見回してみる。
逃げられない訳ではないし、本気を出せば捕まるのも免れたかも知れない。ただ、敢えて令嬢らしさを崩す必要もないかと花を演じていた。
折角だから派手な立ち回りも、と。
思う気持ちも無いではなかったが――
「あら?」
と、そこで違和に気づく。
館内は観覧の為開放され、窓も開いている。
その高い窓を照らす灯りが一つ、翳った。
見張りもすぐにざわつく。直後にその窓から館内へと飛び込んできたのが――
「アルヴィン!?」
「令嬢を、返して貰いに来たよ」
そう告げたアルヴィン。
ロープを欄干に掛けて落下しつつ、壁を蹴り――振り子の要領で場の中心に舞い降りた。
「に、逃がすな!」
敵が慌てて集まるが、アルヴィンは剣舞を踊るよう、迫る攻撃を躱す。
そしてイザベラの手を引いて。
「走るけど良いかな?」
「――、ええ」
イザベラが笑みを返すと、二人は大立ち回りで外へ脱出した。
奪還を許す事が一番の恥。故に敵も追うが……アルヴィンはイザベラと共に中庭を走り、花園の間を抜けて、何人も触れさせない。
仮にも学内の使い手が集まる中、悠々と走る様はまるで逃避行。歓声も上がるが……アルヴィンを阻む者も居た。
それが催しの発案者にして侯爵家嫡男――エクトル。
「渡してもらおう」
エクトルは模造刀を振り上げた。
挙動に手加減は無い。おそらく、アルヴィンを痛めつけたい意図もあったろう。
故にこそアルヴィンは退かず、横一閃。真っ向から相手の刀を弾き、足元を打ち据えて膝をつかせていた。
「悪いけど、渡せない」
アルヴィンは言って、再びイザベラと走る。
それが流れを決定づけたろう。結果として、勝利はアルヴィン達の元に訪れた。
ホールで舞踏会が開かれていた。
これも最初から予定されていたらしい。
アルヴィンはそこへの参加は免れたが――学園から出た訳ではなく。灯りが零れる中庭で……イザベラと花の傍に座っていた。
「どうしてあそこまで?」
イザベラは問う。
怪我や不名誉のリスクを考えれば、アルヴィンの行動は賢明ではなかった筈だ、と。
アルヴィンは答えた。
「君だったから」
――奪われぬよう、自分が守りたいと思ったのだ、と。
伝えた言葉は催しの中だけの意味じゃない。
それがイザベラにも判った。
これはきっかけの一つに過ぎない。
けれど確かに、青と紅が惹かれ合う第一歩。
遠くに音楽が響く中、二人はそっと手を取り合い、静かなステップを踏んでいた。