咲き誇る花の露に、星が瞬く

キャラクターノベル(グループ)制作 白葉うづき納品 2025年02月28日 08時36分01秒

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 カペル領、フロルの街。冬の厳しい寒さを乗り越えた花の街に、春の陽気が訪れていた。住民たちも芽吹きの季節を祝福するよう街に出ては市場を巡り、人々との話に花を咲かせる。街に残る自然も畑も、春の訪れとともに賑やかさを増していた。
「カイン」
 街の中にある、とある一軒家。その扉が開き、気さくな声が飛ぶ。春めかしい装いをしたシルヴィア・A・カペル、そしてアーカネラ・ユルヴェウスが姿を見せた。それをカイン・ステラが迎える。
「二人ともわざわざありがとな」
「構わないわ。気軽にお茶に呼んでくれてもいいのだから」
 客間に案内されながら、アーカネラの言葉にシルヴィアも頷く。
「こちらこそお招きいただき感謝するよ。カペルの特産品の試作、という話だったね。すると……そこにあるものがそうなのかな」
「ああ。説明するから、とりあえず座ってくれ」
 蒼玉を輝かせるシルヴィアに表情を緩めつつ、カインはコーディアルを二人へのカップに注いだ。

 ローレラウラの近郊にあるという小都市。そこにある孤児院へ、院長の後継者としてカインが赴く日が間近に迫ってきていた。ただ、出発する前に、カインはどうしてもやりたいことがあった。それは『カペル領の特産品を作ること』。これまで世話になった分の恩返しに。
「これが、今回作ってみたもんだ」
 かかっていた布を取り払う。ガラス製のクローシュの中に、パウンドケーキが現れた。上面には砂糖漬けの薔薇が咲き誇り、マーブル模様のケーキを華やかに飾っている。
「おお……! これは美しいね……薔薇の花畑だ」
 シルヴィアが顔を近づける。焼きあがったパウンドケーキの上を砂糖漬けにされた鮮やかな薔薇の花びらが飾り、花が咲いているように感じられる配置も好ましい。ガラス越しでもふわりと薔薇が香るようだ。
「華やかで悪くないわ。他に特徴はあるのかしら」
「薔薇の蜂蜜を使ってる。マーブル模様も薔薇のジャム。もちろんカペル産のな。各ご家庭でも侯爵家にお仕えする料理人はもちろん……その人だけのレシピが作れるものだったり、吟遊詩人の旅のお供になるようなものがいいと思って」
 薔薇のパウンドケーキに込めた想いについて、カインは説明する。今までもフロルの街の特産品開発に協力してきたが、領の、となれば毛色が違う。この領を象徴するともいえる逸品を作り出さなければならない。カインが目指したのはカペルを象徴し、なおかつカペルでは身近なもので作ることの出来る、愛される特産品だ。
「方向性は間違っていないと思うわ」
 彼女――アーカネラはカペル侯爵家の芸術団かつ広報部署に所属している。シルヴィアはもちろん、カペルの芸術を体現し、カペルを知り尽くした彼女に認めてもらえなければ、特産品となる未来を描くのは難しいだろう。
「味も確かめてみたいのだけれど、いいかしら」
「ああ、すぐ切り分けて、……」
 キッチンに行こうとしたカインが、ふと窓の外を見る。
「どうかしたかい?」
「いや、今聞き覚えのある声がしたような……」
 シルヴィアへ言い終わらない内に、来客を告げるチャイムが鳴った。急いで玄関に向かうと――
「こんにちは。ふふ、驚きましたか?」
「カイン兄ちゃん!」
「こんにちはー!」
 次々に元気な声が飛ぶ。そこには、メルチス・アダラードと孤児院の子どもたちがいた。

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 カインには友人や知人が多い。その中でもメルチス、並びにグナーデ教会にいる孤児たちは、カインのことを家族同然に親しく思っている者たちだ。先日、近日中に訪ねると手紙も届いていたのを、カインは思い出す。メルチスも含み、大所帯の七人で来てくれたようだ。
「メルチス、それに皆も。そっか、わざわざ来てくれてありがとな」
「明確な日付をお知らせできずすみません。皆が揃う日となると限られていて……あっ」
 メルチスがしまった、というように口元に手を当てる。先客に気付いたらしい。
「お客さんがいらっしゃいましたね……!」
「それじゃ、僕たち少し街を歩いてくるよ」
 ハーフビースト特有の耳と尻尾を揺らし、アルド・シャウアーが提案する。
「来る前に、ここの街を勉強してきたんですよ」
 花の髪留めをした桃髪から尖った耳を覗かせ、エルフのフィオが笑顔を見せた。他の子どもたちも賛成だとばかりに声を上げる。
「ごめんな……いや――悪い、ちょっと待ってくれ」
 そう呼び止めると、カインは家の中に急いで引っ込んだ。
「ちょっとワガママっつか、相談っつか」
「構わないよ」
「何も言ってねえぞ」
 眉を寄せるカインに、シルヴィアは楽しそうに笑う。
「君の友人を何年していると思っているんだ。見くびらない方がいい」
「私の答えも同様、と考えてもらっていいわ。いい出会いをしたわね」
 アーカネラも頷く――彼女は領主一族を補佐する諜報機関、『青薔薇』のトップである『花匠(マイスター)』でもある。当然彼らがカインと手紙のやりとりをしていることも、この中の数人がカインを尋ねてここに来たことも、彼ら自身のことも知っているだろう。
「……敵わねえって」
 カインはがしがし頭を掻くと、短く礼を告げた。

「――ってことで、メルチスたちも特産品の試食会に参加してほしい。突然で悪いけどさ。いいか?」
 そうカインが告げると、メルチスたちは互いに顔を見合わせ、柔らかく笑った。
「わかりました。喜んでその席にお呼ばれしちゃいますね。お二人も御同席の許可、誠に感謝いたします」
 メルチスが一礼し、シルヴィアは緩く首を振る。
「君たちもカインのことが気になってフロルまで来てくれたんだろう。遠くまでご足労いただき感謝するよ」
「ご挨拶はするつもりだったけど、早くにシルヴィアさんに会えて嬉しいな。兄ちゃん……えっと、カイン兄ちゃんがここを出発する前に、皆でここに来れればって思ってたんだ。……あの、こちらの方は?」
 待ちかねたように前に出たアルドが、アーカネラをちらりと見て、シルヴィアに視線を戻す。
「アーカネラだ。カペルが誇る芸術団、と言ったらわかるだろうか。広報としても尽くしてくれているんだよ」
「芸術団……! とても素敵な響きね」
「コーホーもツヨそうダゾ!」
「ふふ、確かに双方とも力を持っているのは違いないわね」
 可愛らしいワンピースを着た竜人族のハウラ、赤い肌を持つゴブリンのティトにアーカネラが答えると、ハーフリングの少年、スールが首を傾げる。
「げいじゅつも、こうほうも。力があるの?」
「ええ。少し難しい話になるけれど……例えば、美しいものや洗練されたものを観ると、感動という力が観た人に伝わることがあるわ。広報も、情報は力……って聞いたことがあるかしら」
「物語の中で、参謀の方が口にしているのを読んだことがあります」
 眼鏡の奥に楽しさを光らせながら、ヒューマンのピオが頷いた。アーカネラも膝を折って話をする。
「情報を御することが出来れば、盤面の操作……とある情報を、どういう風に皆に知ってもらいたい、感じてもらいたいかということをある程度決定することが出来るの」
「ぎょする……」
「上手く使う、ってことですよ」
 スールとピオの会話を聞き、ハウラとティトは目を輝かせた。
「「かっこいい!」」
 
「馴染むのがとても早いね」
「人懐っこいからな、あいつら」
 微笑まし気なシルヴィアに、カインも楽しそうに瞳を細める。子どもたちの体や心は成長したが、出会った時からの純粋さは変わらないようだ。
「カペルの特産品を作ろうとされているのですね」
「ああ。カインからの申し出でね。有難い限りだ」
 シルヴィアの答えに、メルチスは微笑む。それからふと窓の外を見た。穏やかな陽光が、柔らかく街に降り注いでいる。
「ここは、とても素晴らしい場所だと思います。人々に笑顔があって、土地も楽しそうで」
「土地が、かい?」
 不思議な言い回しにシルヴィアが尋ねると、隣に座っていたアルドが口を開いた。
「畑も花畑も多くて、植物も伸び伸びしてるって神父は言いたいんだ。あと、良いエーテルの流れがある感じがするって」
「そう、それです! アルドはかしこいですね……!」
 メルチスの手がアルドを撫でる。尻尾が忙しなく揺れるのを見て、シルヴィアは瞳を細めた。
「君が学園で、好奇心旺盛に、恐れず進める理由がわかる気がするよ」
 この少年は、この家族たちを愛して愛されて育ってきたのだろう。アルドは照れくさそうに笑った。カインも小さく笑う。
「メルチスにとっちゃいつまでも子どもか」
「大切な家族、という感覚が強いかもしれません。心を互いに砕き、共に助け合って生きてきました。今後も、笑顔でいてくれればそれ以上は望みません。もちろん、貴方も」
 真っ直ぐで、どこまでも透き通った青がカインを見据える。慈愛ともとれるその眼差しがカインにも向けられるようになったのは、共に紡いだ時間が絆を結んだからだろう。
「ありがとな、メルチス。……っと、お湯が沸いたか。お茶入れて、ケーキ切って来るな」
「私もお手伝いします!」
「フィオ。ああ、頼むな」

「シルヴィアさんにお会いできて、よかったです。お礼もしたかったから」
「フィオがか?」
「はい。……あの、カインさん」
「ん、なんだ」
「孤児院の院長先生になりたいって、きっかけはあったんでしょうか」
 皿を用意していたフィオが、カインを向いて問うた。
「そうだな……俺には恩人がいるんだ」
 沸いたお湯をポットに移しながら、これまでを振り返る。その人――ヨルク・ファウストゥスは、カインが家族を喪った頃から面倒を見ていてくれた人だ。今のカインがいるのは、ヨルクが見守り、導いてくれたからこそだろう。
「尊敬できる大人で、そうだな。ああいう大人になりたいって思う」
「そんな方がいらしたんですね」
「ああ。優しくて、どこまでも子どもたちのことを考えて、見てくれててさ。……俺に孤児院の院長の話を回してきてくれたのは、孤児たちの親になってほしいってだけじゃなくて。俺がヨルクさんに憧れてるのを気付いたからだと思う。俺に気付いたあの人がいたから、友と思ってもらえた、家族と思ってもらえたんだ」
 自分の心が壊れそうになっていた時も気付いてくれたし、話せなくなったカインが筆談できるように取り計らってくれたのも彼だ。ヨルクに対しての感謝は、抱えきれないほど大きい。
「だから……『院長先生』って響きにも惹かれたのかもな」
 コーディアルを淹れ終え、カインは目を細める。ああなれたら。子どもたちに笑顔を浮かべさせ、光を見せてやれる存在になれたら。それはとても、幸せなことのように思えた。
 笑顔を見せるカインを見ながら、フィオは思う。ヨルクという人は、きっとフィオたちにとってのメルチスだ。家族と離れ離れになった絶望から、生きることさえ諦めかけていた子どもに、生きていく道を教えてくれた人。カインのように、優しくて温かい人なんだろうなと想像した。
「素敵な方だったんですね」
「うん」
「私もお会いしてみたいです」
「機会があったら、一緒に行くか?」
「はい、喜んで!」

「――本当に、ありがとうございました」
 二人がキッチンに行った後、メルチスがシルヴィアにそう告げる。
「こうした御礼も、身勝手な気持ちだとは知っております。ただ伝えたかったのです。『私たちの大切な人の近くにいてくれてありがとう』、と」
 メルチスも子どもたちも、カインの不調を知ったのはつい最近の話だ。仕方のないこととはいえ胸に引っかかる思いだったのだろう。シルヴィアはそれを理解しながら首を振る。
「友人として当然のことをしたにすぎないさ。それに、彼には療養してもらう傍ら仕事もこなしてもらった。持ちつ持たれつだ――そうだろう、アーカネラ」
「そうね」
 いつの間にか、シルヴィアの後方に控えていたアーカネラが頷く。
「彼が手がけたフロルの特産品はどれも良質で、人気も高いわ。手伝ってもらって感謝してるくらい」
 けれど、とアーカネラは続ける。
「カペルの特産品となると訳が違うわ。皆も忌憚のない意見を聞かせていただけるかしら。……正直な感想、という意味よ」
 はてなを浮かべていたスールが、わかったと言わんばかりに大きく頷いた。

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「キレイなケーキだ。フィオ、これハナか?」
「薔薇の花の砂糖漬けよ。すごく綺麗……香りも素敵、……!」
 パウンドケーキを一口食べたフィオが、目を丸くする。それからカインを振り向いた。
「美味しいです、カインさん!」
「……そっか、よかった。皆もどうだ?」
「オイシイ!」
「とっても美味しいわ、お兄様!」
「おいしい」
「美味しいです」
 皆の感想に、カインは柔らかく瞳を細める。メルチスとアルドも一口食べ、微笑んだ。
「優しい味ですね。作った人の丁寧さが伝わってきます」
「うん、僕も好き。美味しくて、楽しくて」
 コーディアルもケーキも、メルチスと子どもたちは楽しんでくれているようだ。感謝の気持ちは伝わっただろうか。そう考えているとメルチスと目が合い、微笑んで、頷いてくれた。
「好評なようだね」
「ああ。……どうだ? 今すぐじゃなくてもいいけどよ」
 品よく食べるシルヴィアとアーカネラに、カインは尋ねる。カトラリーを置き、シルヴィアは顔を上げた。
「まずは、特産品を考えてくれたことに感謝を述べよう。領主としても個人としてもね。それでこのパウンドケーキだけれど……とても美味しいよ」
 微笑むシルヴィアに、カインは胸を撫で下ろす。
「私の考えも伝えるわ」
 ひとつ呼吸を置き、アーカネラは告げた。
「これを領都で販売してみましょう」
「それじゃ……」
「少しだけ補足させてもらうわ。……実は、初めからどんな案でも販売してみるつもりだったの。領主の思い出の品としてね」
「そうだったのか?」
 頷いたアーカネラが続ける。
「このパウンドケーキが領地の特産品となるかどうか。それは、当代を生きる人々次第よ。『青薔薇』が宣伝しても、根付かなければその名を冠する意味はなくなるわ」
 パウンドケーキは広く受け入れられているお菓子だが、だからこそ特別感を持たせるのは難しい。
「カペルという領地、領地にある街、自然、人々の営み。地域の特色と作り手の愛が必要よ。その点で言うと……この優しい味は、製菓技術に裏付けられた、貴方からカペルへの真心だと、私は思うわ」
 この地でカインが過ごしてこなければ、出来なかったお菓子だと、アーカネラは言う。そうして、パウンドケーキを見つめるカインから、シルヴィアへと視線を移した。
「シルヴィアもわかってるかしら? 貴方は、彼と私に宿題を課せられたのよ」
 告げられた言葉を咀嚼するよう間を置き、シルヴィアは頷く。
「宿題、か……確かにそうだ。この美味しいお菓子が愛されるには、この地を愛してもらってこそだろう。これからを見ていてほしい。アーカネラはもちろん、カイン。君にもね」
 蒼玉を細め、カペル家の当主は静かに、はっきりと告げる。それは凛と咲く一輪の花のように可憐で、目を焼くほどの鮮やかさを持つ花のようだった。
「わかった。……それなら、俺の願いも聞いてくれるか?」
「話してみてくれ」
「これからも、カペルに恩返ししたい」
 真っ直ぐ言い切るカインを、シルヴィアは見つめていた。それから首を振る。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。けれど、気持ちだけ受け取ることを許してほしい」
「そっか」
 そう言いだすことをある程度予想していたのだろう。その気配を感じ取っていたカインも、それ以上食い下がることはしなかった。
「君の優しさはとても尊い。けれどその優しさで君自身を縛ってほしくはないんだ。それに――」
 シルヴィアが視線を移す。その先には、楽しそうに笑う子どもたちがいた。
「君の優しさは、ああいう子どもたちのためにあるんじゃないかな」
「……そうかもな」
「それでもなお、と言ってくれるのなら……君が気のすむまで、はどうだろう」
「……いいのか?」
 突然の提案に目を瞬かせていれば、楽しそうにシルヴィアが笑った――せっかくできた繋がりが無くなることに、寂しさと不安はあるだろうから。
「いつでも帰ってきて、フロルの皆に元気な顔を見せてくれ。もちろん私にも。ああ、これも私からのお願いになるかな」
 将来、カペル領に芸術学校が出来た時。芸術を生業にしたいという才能と熱意を持つ若者がいたら紹介してほしい。頷いたカインが何かに気付き、スールを呼ぶ。
「スールはデザインとか服に興味があるみたいでさ。もしそういう方面もやるなら、ってな」
「なるほど。スール、服は好きかい?」
 戸惑っていた少年はその問いに表情を輝かせ、何度も頷いた。

「シルヴィアと仲良くしてくれてありがとう。花の領地を旅立つ貴方に、薫風が吹きますように」
「俺の方こそ。ここに居させてくれて、ありがとな」
 それはアーカネラからの感謝と祈り。カインが受け取ると、アーカネラも表情を緩める。
「君への助力は、本来なら私の領分ではないかもしれない。けれど本当に困ったときは力になるよ。友人として、ね」
「ああ、こっちこそ力になる。本当にありがとな」
 シルヴィアも満足そうに頷き、柔らかく瞳を細めた。
「マタあそんでクレヨ!」
「おはなし、してね」
 夕暮れの空の下、二人を見送る。穏やかな風がカペルに吹いていた。それは優しく、星明りのようにささやかで、誰をも温かく包み込んだ。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0