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キャラクターノベル(グループ)制作 伊治納品 2024年02月25日 15時32分53秒
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リーンエス王国カペル侯爵領フロルは東西南北に季節ごとの花畑が広がる街だ。
カペル侯爵領は花の領地らしく、各街ごとに特産品となる単花蜜が存在しているのだが、フロルは咲く花の多彩さ、採取可能な単花蜜が複数あったことより選定に時間がかかっていた。
蓮華の単花蜜へ選定した後、青薔薇の花匠アーカネラ・ユルヴェウスの提案で次代蒼玉侯シルヴィア・A・カペルと共に冒険者からも意見を聞く席があった。
そうして、フロルの街は動き出し――
イザベラ・カペルは、単花蜜に関連した商業、観光業の報告を受ける為フロルへ赴いていた。
「既に商品化したものもございますが、まだ開発中のものも幾つかございます」
「報告書の内容を見る限り、年単位で話を動かすものもあるでしょう」
冒険者が様々な視点で提案してくれたことにも感謝しているが、それ以上に注意喚起の進言が助かった。子どもにしか効かない毒は完全に盲点で単花蜜を扱うからこそ注意しなければならないと思い、すぐに領内の街へ周知を徹底する指示を出したのは記憶に新しい。
と、イザベラの前に4つのカップにそれぞれ入ったヨーグルトが置かれた。続いて、先程より小振りのカップに入った蜂蜜のカップが置かれる。こちらも4つだ。
「こちらは蓮華のシーズンに合わせ、売り出すものになります」
フロルで採取できる単花蜜は、4種。
春は蓮華、夏は菩提樹、秋はダリア、冬は椿――食べ比べについて提案した冒険者の意見を基に、慈愛、恋愛、親愛、敬愛の蜂蜜として考案したのである。
イザベラが食べてみると、食べ比べるからこそ判る魅力があった、
「パンケーキ、トースト、ヨーグルトから選んでもらうような形ですね」
「蜂蜜を主役にするなら、その辺りでしょう」
合間に紅茶を飲んで口を直せば、味が解らなくなることもない。
ところで、と町長が切り出した。
「実はその時の冒険者の1人がフロルに滞在してくださっています。次代様より託された方なのですが――」
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海神 江流は、シルヴィアから手渡された報告書に目を通していた。
「俺はカイン君の話をどれだけ理解できていただろうか」
報告書に記されているのは、カイン・ステラのことだ。
一部の者から母親扱いされることもあるこの彼、江流とは不思議な縁を持っていた。
カインは幼少期に江流の両親から命を救われており、そのことを知ったのは冒険者として交友を深めてだいぶ後の話だ。その時も知らなかったが、カインは心的要因で限定的な発声に関する障害を持っていた。
子どもの頃、故郷の農村に流行り病が蔓延した際、自身は何とか生還したが家族は全員病死してしまった為、自身の弱い部分、仮に言葉にならないような慟哭ですら発声できなくなるらしい。一応改善されて文字に記せるようになったらしいが……。
江流は命の恩人の息子であったこと、それだけでなく自分が信頼できる人間だと思ってくれたから話してくれただろうと思っている。その自分が理解できていたのだろうかと、思えてならない。
「{治癒師では治せない心の傷を見たような気がしたよ」
シルヴィアが、そう零した。
彼は周囲に悟らせない位巧妙にそのことを伏せていた。つまり、自分の異常について正確に把握はできている。その彼が繕えない位のダメージを負ったのは辺境の迷宮の最深部。踏破の依頼中の話だ。
個々に転移させられるギミックであった為、実際にどのようなものを見てしまったかは判らないが、合流した時にはカインはもう一言も喋っていなかった。地上に戻った後江流を連れて物陰に行った為後を追ったら泣いていた。
(おばあ様が頭を撫でていた。……泣いていた?)
あの心の傷は今も苛んでいると思うと、シルヴィアは無力感を覚えてならなかった。友の傷も治せないなど何が{治癒師だ。
帝都事変解決後、皆がそれぞれの道へとなる中、彼はこう言った。
『イザベラさまに、ありがとうっていっておいてほしいな』
幼いと思う言葉に本人が驚き目を見開いた後、顔を顰めたまま黙ってしまった。
それで、シルヴィアはカインに声を掛けたのだ。
『フロルを手伝ってもらえないか? フロル家庭料理の確立にカインの力が欲しい』
自身の権限でフロルに家を確保し、町長へ内々の指示を出し、様子を見てもらう。つまり、事実上療養の手配をした。
現在、状態を見つつ、フロルの特産物関係で手伝ってくれている。
「俺はカイン君の信頼に応えきれているのか判らない」
「信頼してない方に話すような方ではないでしょう」
江流が顔を上げると、シルヴィアも驚いた顔でその声の方角に顔を向けている。イザベラが微笑んで立っていたからだ。
「彼女達を怒らないでね。私が2人の話を聞かせてほしいので声を掛けないよう言いました」
本来先触れがあるのにそれもなく、そして来たことも知らせない意図は2人の会話を聞くことにある。
友人同士とは言え、互いに婚約者もいる未婚の男女なので部屋には侍女は複数いたが、イザベラの指示に従わない者はいない。
「カインさんにお会いしましたよ、シルヴィア。フロルの者は随分感謝しているようでした」
イザベラはそのことを話し始めた。
●
あの時出会った孫の友人の話をフロルの町長からされた時、イザベラは本当に驚いた。
咲き始めの花畑の視察に行った先に本人が独りぼんやりしていた表情が何もなかった。町長が気づかない振りをして声を掛けた瞬間に戻ったのが余計に彼の気質を表しているようで胸が痛む。
「カインさん、お久し振りです。私のことを覚えていますか?」
「……イザベラさま、はい、もちろんです」
「フロルの特産品のお手伝いをしてくれていると聞きました。ありがとう」
イザベラはその名目で、頭を下げているカインの頭をよしよしと撫でた。
傍らで、町長がイザベラへ改めてカインの話をしてくれる。
「フロルの街にとって、貴方は家族のような存在となっているようです。心より嬉しく思いますよ」
イザベラがそう微笑むと、一瞬驚いた顔をしたが、少しはにかんだ。
●
実際に会ったイザベラから近況を聞き、シルヴィアと江流はフロルの街にいるカインに思いを馳せる。
「立ち直らないといけないと理解しているからこそ、か」
自分でどうにかできる段階は越えているが、発声を阻害されているから訴えることはできない。町長の報告では夜中に人をやって様子を見た時に悪夢を見ているのか苦しそうな顔をして涙を流しても声は一切出なかったらしく、その根は深い。
「カイン君は、人が離れたらもう終わりと思ってしまうのかな」
帝国事変が解決し、皆それぞれの道を行く。
江流も伯爵家の養子を経て侯爵家へ婿入りする道を選んだ。それは自分が自分の為に生きていくこと。巡り巡って家族や仲間の為になる。そう信じて生きているし、そう思える自分の土台の1つにカインはいる。
それだけでは駄目なのか――そう思った時もあった。
時の流れて人は様々に変わっていくが、変わらないものだってある。なくなる訳ではない。世界は全て繋がっている。
「生き残ってしまった……そういう意識が強いのかもしれないな」
実際、家族の話は普通にできるし、死別している話も取材でしたことは聞いたことがある。ヴェルクリエでも不思議なカクテルを飲んで家族の幻影を見た時も取り乱した姿は見せていない。隣に座っていた江流は誰よりも知っている。
唯一、火神が消滅するかもしれないとなった際、地神信仰ではあるものの、相当動揺していたこと位。
つまり、あの状態にする威力を持つ迷宮が見せたものは恐らくその家族に関係するもの。生死に纏わる箇所を咎められた可能性が非常に高い。
最も触れられたくなかったものを的確に衝かれて、帝国事変までどうにか保たせていたと言った方が正しいのだろう。
「明らかに元気がなくとも、カイン君が立っていられたのは……ここで終わらせないと、孤児が増えるから、か」
それはかつての自分であり、すべきことが終わったと別れを告げた教会都市シャイネの彼らであり。
自分の心の傷の優先順位を一番下に結果が今である。
「シルヴィア様、ヨルク・ファウストゥス様がいらっしゃいました。
今度は侍女が声を掛けた。
リブラネスタにあるファウストゥス商会の長と知り合ったのは、帝国事変の後だ。
授恵者であり、冒険者ギルドにも登録している彼は冒険者ギルドを通じて、2人へ面会の打診を取ってきた。
そこで、2人はこの商会長がカインが身を寄せていた孤児院を支援し、事実上カインの後見役であることを知った。
王国での依頼を終え、カペルへやってきたヨルクはシルヴィアの紹介状を見せ、やってきた。
「この度はあの子がお世話になっています」
シルヴィアが報告書を提示しながら、カインの状態を説明すると、ヨルクの眉が僅かに寄せられた。
「カイン君の知っていること、教えてもらえないでしょうか」
江流は自分が知っている範囲のカインをヨルクに伝え、頭を下げる。
現在の江流は非常に不安定な立場の人間で、簡単に頭を下げることもいいのかどうかも判らないが、教えを乞う立場で頭を下げないなどありえない。
年下の友人に会いに行かないという選択肢などないのだ、彼のことを知りたかった。
「私があの子と知り合ったのは、友人を介してです」
そう言い、ヨルクが話し始めた。
ヨルクも幼少期に両親と死別し孤児院に身を寄せた後、ファウストゥス商会の跡継ぎとして養子に迎え入れられた身だ。
商会としての方針で奉仕活動に力を入れていたこともあり、孤児院を買い取り、支援しているそうだ。副業で冒険者しつつ、妻子共々充実した日々を送っている。
怪我が原因で少し前に引退していた冒険者の友人から孤児院の空きについて尋ねられた。
自身の父親が村長を務める故郷が流行り病で大きな被害を受けた。
自分達家族は辺境に赴いていた為無事だったが、父も亡くなり、再建している最中だという。
一家全滅の家も出ているが、子どもが唯一生存してしまった家が1つある。協力し合って育てることも可能だが、父の跡を継いで村長になった友人が孤児院に入れることを決めたという。
『大人は子どもが言うほど大人ではないから、自分がいると泣けない』
彼はそう言われ、この村からこの子を少しでも物理的に距離を離した方がいいと判断したそうだ。
ヨルクはすぐに支援している孤児院に確認すると、ちょうど養子縁組や卒業が連続で発生しており、数人の空きがあることが分かったので、カインという名の子どもを孤児院へ入れた。
同じ時期に出産時に母親を亡くした赤子が孤児院に入り、世話を焼いている姿を見て面倒見が良いと思ったが、それにしては物わかりが良すぎる。
一家全員を亡くしたとは思えない程普通過ぎて――それこそが、彼の強さであり危うさであるような気がした。
「家族を皆失ったばかりの7歳の子どもが言う言葉ではありません。多くの大人にとってその言葉は弱さに寄り添う言葉でしょうが、あの子には今尚呪いのような、枷であるように思っています」
元々しっかりした子どもであった。
けれども、流行り病で失う前にも流産や病気で4人の弟妹と既に死別し、更に死んだ母の腹にも弟か妹がいたらしく、そのことも大きいだろうとは孤児院の院長の見解だそうだ。
恐らく、弟妹を喪った時の両親の嘆きを見て子どもなりに理解したことだったのだろう、と。
家族を全て失った子どもは、そのことを理解した為に被害が大きい村で自分が弱っていることを見せることを本能で許さなかった。恐ろしく愛他的になってしまった意識が今もそうさせているのではないか。
「いつかは上手に別れなければいけないと思う自分も、どこにいても仲間や友達は変わらないと思う自分もどちらもいて、折り合おうと藻掻いていたと思います」
「それを、あの迷宮が砕いた……か」
江流はぽつりと呟いた。
自分の精神が崩壊もあり得るレベルの弱点であることも、恐らく自覚していた。暫く明かしていなかったところを考えると、知られたくなかったに違いない。
両親に命を救われたとは言え、その息子は別物なのだから、話してくれた時点で相当心を許しているし、迷宮から出てきた時も独りで物陰に行かなかったことを思えば、数少ない甘えられる人間と思われているのだろう。
「明日一緒に見舞いに行きましょう。祖母の話によれば状態は良いと聞いています。きっと喜びますよ」
「ありがとうございます。今後もあの子をよろしくお願いします」
そう言ったシルヴィアへヨルクが頭を下げたのを見ながら、江流はあの両親は今どこの空にいるのだろうと思った。
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息子が思いを馳せている頃、海神 波流と海神 波美はカペルの領都にある宿にいた。
「本来なら若者ならば1人で立ち上がらないと、という所だが……」
実際1人でできることなど、そう多くない。まして、これは1人でどうにかなる範囲を越えている。カペルの侯爵令嬢が依頼でできた縁を活用して自領の街を勧めたのも無理はない話だ。
状況を把握した波流へ、カペル領へ行くと判断したのは波美の方。
「お世話したあの子が大変だと聞いたのに、そうなの、で終わらせる訳ないでしょう?」
愛する妻が行くべきと思ったからこそ、共に行くことが波流にとって大事なこと。
そもそも、今、カペル領に滞在し、明日にはフロルへ向かうであろう息子もいるのだ、それは当たり前のように思えた。
あの子に最後に会ったのは、帝国事変発生よりも前だったか――
ファウストゥス商会へ薬草を仕入れる馬車が車両故障した為修理に立ち寄った農村が流行り病で大きな被害が出ていた為、馬車は村に入れずにどうにか次の街まで行ってもらい、留まった海神夫妻は手持ちの薬を使って彼らの看病に奔走した。
子どもが唯一生き残っている家は、その子どもも危険な状態らしい。話によると、家族が罹患しすぐに家族から隔離された為罹患が遅かったとか。
病で娘を亡くしていることもあり、すぐに投与を決断した。生死の境は彷徨ったものの、無事に生還した。
後に村長経由で距離を離した方がいい判断で孤児院に身を寄せた後も何度か会いに行き、家族の話はしたし、聞いた。
その時には異変を感じなかったが……。
「江流が独り立ちして、帰る家をシャルガネから廃して、家族皆で世界を巡ると決めた時から私が愛すべき子どもは沢山になったわ」
だから、あの子が自分でもどうにもならない状態になっていると聞いて放ってはおけない。
●
シルヴィアが江流とヨルクを伴ってフロルの街にあるカインの家を訪れると、先客がいた。
「親父、母さん……」
「情報収集で俺に後れを取っているようでは足を掬われるぞ? 今後は人の噂話にも注意しておけ」
江流は波流のその言葉で養子縁組や縁談の話を正確に把握していることを察した。
ここでそれ以上言う気がないのは、適切な場ではないからだろう。
「噂は風より早いんだから」
波美は椅子に座っているカインをよしよししてあげながら言っている。何て言ったらいいのか分からない表情をしているが、自分達が知っている表情より幾分か幼い印象を受ける。
「カインさん、お久し振りです。依頼で近くに来たものですから、会いに来ました」
「おひさしぶりです、ヨルクさん」
波美に代わってもらってヨルクが頭を撫でると、カインはやはりその幼い表情のまま挨拶した。
状態的には無意識の内に7歳頃に精神年齢が戻っているのだろうが、自覚した瞬間を覚えているシルヴィアはそのままだ。
「フロルの町長から助かっていると聞いているよ。カインが考えてくれたスイーツ、依頼時点でレシピがしっかりしていたから既に商品化して、人気になっているとか。観光客にも住民にも好評で私も嬉しい」
「コツとかも聞かれる。……助けになってて良かった」
「薔薇とラズベリーのコーディアルは商品化が進んでいる。売り上げの一部を奉仕活動に回す許可も得た」
「ありがとう」
「こちらこそ。うちの料理人がコーディアルを感心していてね、やはり、カインには料理の才があると思ったよ」
カペル侯爵家に仕える料理人は当然一流なのだが、その彼らが18歳とは思えないと絶賛したのがこのコーディアルだ。
本人と交渉し、レシピの提供を受けて領都で商品化することとなったのだ。
「Capell's honeyも父が領都での販売はどうかと言ったのだけど、これは私が独占したいから断った。私だけが知りたい美味しさだからね」
各街の単花蜜キャンディは当代の蒼玉侯も関心を持ったが、シルヴィアは味見すら許していない。誰であろうと却下である。
レース編みの膝掛けの制作者について職人から質問を受けることもあるが、そちらはシルヴィアが手紙にしてカインへ纏めて伝えてある。
「フロルの街の人々は君の滞在を喜んでいる。勿論、私もね」
声が途絶えた。
そうだと理解したシルヴィアは「ゆっくりで良い。私は待っている」と微笑む。早く元気になってほしいからこそ、急がなくてもいいのだと伝えなければ。
「カイン君は少しのんびりした方がいい。お母さんだって休日は必要だ」
江流は敢えてそう言った。
母親という年齢じゃないと言いながらも年上の友人から母親扱いされても最終的に妥協したのは、きっと無意識に母を自身の中で再現していたから。母だけでなく、亡くなった家族を再現している。
それもまたカインかもしれないが、それだけが世界ではない。そして、それだけではない世界を融合するにはもう少し時間が必要だろう。
江流は手を伸ばし、カインの頭を撫でた。
「そう、母親もお休みが必要なの。今日は息子でいいのよ」
先程から子ども扱いしていたような波美は微笑んだ。
「何処まで遠くへ行き、どれだけ沢山の人に出会ったのか。それが今の私の思う人の値打ちなのだけど、同じ空の下で息子達が多くの人達の為に生きていると聞く度にととても誇らしい気持ちになるわ」
「時から時、人から人、そうして想いを継いでいくもの。地神様はそのことをご存知だろう?」
そうしていると、ヨルクが軽やかにカインを背後から抱きしめ頭を撫でた。
「私が一番この子の頭を撫でたいのですが」
「母親の先輩は私よ」
困惑しているが悪い気分ではないらしいカインが小さい声で笑った。
見たことない笑みだったが、シルヴィアにはそれが本来の笑顔であるような気がした。
●
江流は両親達と共に先にカインの家を後にした。
これからフロルの町長が来訪する予定だそうで、カインと共に面会する予定のシルヴィアとフロルの町長へも挨拶したいというヨルクはそのまま留まったからだ。
「養子縁組の話、知らないとでも思ったか?」
「連絡手段を教えないのにどう教えろと」
「彼の紫の君のことを思えばそうでもないだろう。お前は……前から思ってたが、母さん似だな」
そのやり取りを聞いて初耳ながら大よそは察したらしい波美も吐息を零すように笑った。
「好きな娘の為にと言われたら……ねぇ。母さんも人のことは言えないわ」
「波美もこう言ってる。全部終わってからでも構わない。ちゃんと報告はしに来い」
「解ってる。だから……」
連絡手段教えろとばかりに江流が手をひらひらさせた。
近い将来、自分でどうにかしろとは言えなくなってくるだろうから、波流は連絡取りやすい手段を教えてやった。
波美がのほほんと言う。
「肝心な事を全部終わってから報告してくる所はお父さん似かしらね」
江流は大いに反論したかったが、両親達は風のように去っていった。
次に会えるのはいつかは判らないが、家族であることに変わりはない。
離れていても会えば繋がるんだよ。
絆ってそういうものだろう?
江流は口の中で呟き、目を閉じた。
時が彼の世界を上手く融合してくれるよう願って。
リーンエス王国カペル侯爵領フロルは東西南北に季節ごとの花畑が広がる街だ。
カペル侯爵領は花の領地らしく、各街ごとに特産品となる単花蜜が存在しているのだが、フロルは咲く花の多彩さ、採取可能な単花蜜が複数あったことより選定に時間がかかっていた。
蓮華の単花蜜へ選定した後、青薔薇の花匠アーカネラ・ユルヴェウスの提案で次代蒼玉侯シルヴィア・A・カペルと共に冒険者からも意見を聞く席があった。
そうして、フロルの街は動き出し――
イザベラ・カペルは、単花蜜に関連した商業、観光業の報告を受ける為フロルへ赴いていた。
「既に商品化したものもございますが、まだ開発中のものも幾つかございます」
「報告書の内容を見る限り、年単位で話を動かすものもあるでしょう」
冒険者が様々な視点で提案してくれたことにも感謝しているが、それ以上に注意喚起の進言が助かった。子どもにしか効かない毒は完全に盲点で単花蜜を扱うからこそ注意しなければならないと思い、すぐに領内の街へ周知を徹底する指示を出したのは記憶に新しい。
と、イザベラの前に4つのカップにそれぞれ入ったヨーグルトが置かれた。続いて、先程より小振りのカップに入った蜂蜜のカップが置かれる。こちらも4つだ。
「こちらは蓮華のシーズンに合わせ、売り出すものになります」
フロルで採取できる単花蜜は、4種。
春は蓮華、夏は菩提樹、秋はダリア、冬は椿――食べ比べについて提案した冒険者の意見を基に、慈愛、恋愛、親愛、敬愛の蜂蜜として考案したのである。
イザベラが食べてみると、食べ比べるからこそ判る魅力があった、
「パンケーキ、トースト、ヨーグルトから選んでもらうような形ですね」
「蜂蜜を主役にするなら、その辺りでしょう」
合間に紅茶を飲んで口を直せば、味が解らなくなることもない。
ところで、と町長が切り出した。
「実はその時の冒険者の1人がフロルに滞在してくださっています。次代様より託された方なのですが――」
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海神 江流は、シルヴィアから手渡された報告書に目を通していた。
「俺はカイン君の話をどれだけ理解できていただろうか」
報告書に記されているのは、カイン・ステラのことだ。
一部の者から母親扱いされることもあるこの彼、江流とは不思議な縁を持っていた。
カインは幼少期に江流の両親から命を救われており、そのことを知ったのは冒険者として交友を深めてだいぶ後の話だ。その時も知らなかったが、カインは心的要因で限定的な発声に関する障害を持っていた。
子どもの頃、故郷の農村に流行り病が蔓延した際、自身は何とか生還したが家族は全員病死してしまった為、自身の弱い部分、仮に言葉にならないような慟哭ですら発声できなくなるらしい。一応改善されて文字に記せるようになったらしいが……。
江流は命の恩人の息子であったこと、それだけでなく自分が信頼できる人間だと思ってくれたから話してくれただろうと思っている。その自分が理解できていたのだろうかと、思えてならない。
「{治癒師では治せない心の傷を見たような気がしたよ」
シルヴィアが、そう零した。
彼は周囲に悟らせない位巧妙にそのことを伏せていた。つまり、自分の異常について正確に把握はできている。その彼が繕えない位のダメージを負ったのは辺境の迷宮の最深部。踏破の依頼中の話だ。
個々に転移させられるギミックであった為、実際にどのようなものを見てしまったかは判らないが、合流した時にはカインはもう一言も喋っていなかった。地上に戻った後江流を連れて物陰に行った為後を追ったら泣いていた。
(おばあ様が頭を撫でていた。……泣いていた?)
あの心の傷は今も苛んでいると思うと、シルヴィアは無力感を覚えてならなかった。友の傷も治せないなど何が{治癒師だ。
帝都事変解決後、皆がそれぞれの道へとなる中、彼はこう言った。
『イザベラさまに、ありがとうっていっておいてほしいな』
幼いと思う言葉に本人が驚き目を見開いた後、顔を顰めたまま黙ってしまった。
それで、シルヴィアはカインに声を掛けたのだ。
『フロルを手伝ってもらえないか? フロル家庭料理の確立にカインの力が欲しい』
自身の権限でフロルに家を確保し、町長へ内々の指示を出し、様子を見てもらう。つまり、事実上療養の手配をした。
現在、状態を見つつ、フロルの特産物関係で手伝ってくれている。
「俺はカイン君の信頼に応えきれているのか判らない」
「信頼してない方に話すような方ではないでしょう」
江流が顔を上げると、シルヴィアも驚いた顔でその声の方角に顔を向けている。イザベラが微笑んで立っていたからだ。
「彼女達を怒らないでね。私が2人の話を聞かせてほしいので声を掛けないよう言いました」
本来先触れがあるのにそれもなく、そして来たことも知らせない意図は2人の会話を聞くことにある。
友人同士とは言え、互いに婚約者もいる未婚の男女なので部屋には侍女は複数いたが、イザベラの指示に従わない者はいない。
「カインさんにお会いしましたよ、シルヴィア。フロルの者は随分感謝しているようでした」
イザベラはそのことを話し始めた。
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あの時出会った孫の友人の話をフロルの町長からされた時、イザベラは本当に驚いた。
咲き始めの花畑の視察に行った先に本人が独りぼんやりしていた表情が何もなかった。町長が気づかない振りをして声を掛けた瞬間に戻ったのが余計に彼の気質を表しているようで胸が痛む。
「カインさん、お久し振りです。私のことを覚えていますか?」
「……イザベラさま、はい、もちろんです」
「フロルの特産品のお手伝いをしてくれていると聞きました。ありがとう」
イザベラはその名目で、頭を下げているカインの頭をよしよしと撫でた。
傍らで、町長がイザベラへ改めてカインの話をしてくれる。
「フロルの街にとって、貴方は家族のような存在となっているようです。心より嬉しく思いますよ」
イザベラがそう微笑むと、一瞬驚いた顔をしたが、少しはにかんだ。
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実際に会ったイザベラから近況を聞き、シルヴィアと江流はフロルの街にいるカインに思いを馳せる。
「立ち直らないといけないと理解しているからこそ、か」
自分でどうにかできる段階は越えているが、発声を阻害されているから訴えることはできない。町長の報告では夜中に人をやって様子を見た時に悪夢を見ているのか苦しそうな顔をして涙を流しても声は一切出なかったらしく、その根は深い。
「カイン君は、人が離れたらもう終わりと思ってしまうのかな」
帝国事変が解決し、皆それぞれの道を行く。
江流も伯爵家の養子を経て侯爵家へ婿入りする道を選んだ。それは自分が自分の為に生きていくこと。巡り巡って家族や仲間の為になる。そう信じて生きているし、そう思える自分の土台の1つにカインはいる。
それだけでは駄目なのか――そう思った時もあった。
時の流れて人は様々に変わっていくが、変わらないものだってある。なくなる訳ではない。世界は全て繋がっている。
「生き残ってしまった……そういう意識が強いのかもしれないな」
実際、家族の話は普通にできるし、死別している話も取材でしたことは聞いたことがある。ヴェルクリエでも不思議なカクテルを飲んで家族の幻影を見た時も取り乱した姿は見せていない。隣に座っていた江流は誰よりも知っている。
唯一、火神が消滅するかもしれないとなった際、地神信仰ではあるものの、相当動揺していたこと位。
つまり、あの状態にする威力を持つ迷宮が見せたものは恐らくその家族に関係するもの。生死に纏わる箇所を咎められた可能性が非常に高い。
最も触れられたくなかったものを的確に衝かれて、帝国事変までどうにか保たせていたと言った方が正しいのだろう。
「明らかに元気がなくとも、カイン君が立っていられたのは……ここで終わらせないと、孤児が増えるから、か」
それはかつての自分であり、すべきことが終わったと別れを告げた教会都市シャイネの彼らであり。
自分の心の傷の優先順位を一番下に結果が今である。
「シルヴィア様、ヨルク・ファウストゥス様がいらっしゃいました。
今度は侍女が声を掛けた。
リブラネスタにあるファウストゥス商会の長と知り合ったのは、帝国事変の後だ。
授恵者であり、冒険者ギルドにも登録している彼は冒険者ギルドを通じて、2人へ面会の打診を取ってきた。
そこで、2人はこの商会長がカインが身を寄せていた孤児院を支援し、事実上カインの後見役であることを知った。
王国での依頼を終え、カペルへやってきたヨルクはシルヴィアの紹介状を見せ、やってきた。
「この度はあの子がお世話になっています」
シルヴィアが報告書を提示しながら、カインの状態を説明すると、ヨルクの眉が僅かに寄せられた。
「カイン君の知っていること、教えてもらえないでしょうか」
江流は自分が知っている範囲のカインをヨルクに伝え、頭を下げる。
現在の江流は非常に不安定な立場の人間で、簡単に頭を下げることもいいのかどうかも判らないが、教えを乞う立場で頭を下げないなどありえない。
年下の友人に会いに行かないという選択肢などないのだ、彼のことを知りたかった。
「私があの子と知り合ったのは、友人を介してです」
そう言い、ヨルクが話し始めた。
ヨルクも幼少期に両親と死別し孤児院に身を寄せた後、ファウストゥス商会の跡継ぎとして養子に迎え入れられた身だ。
商会としての方針で奉仕活動に力を入れていたこともあり、孤児院を買い取り、支援しているそうだ。副業で冒険者しつつ、妻子共々充実した日々を送っている。
怪我が原因で少し前に引退していた冒険者の友人から孤児院の空きについて尋ねられた。
自身の父親が村長を務める故郷が流行り病で大きな被害を受けた。
自分達家族は辺境に赴いていた為無事だったが、父も亡くなり、再建している最中だという。
一家全滅の家も出ているが、子どもが唯一生存してしまった家が1つある。協力し合って育てることも可能だが、父の跡を継いで村長になった友人が孤児院に入れることを決めたという。
『大人は子どもが言うほど大人ではないから、自分がいると泣けない』
彼はそう言われ、この村からこの子を少しでも物理的に距離を離した方がいいと判断したそうだ。
ヨルクはすぐに支援している孤児院に確認すると、ちょうど養子縁組や卒業が連続で発生しており、数人の空きがあることが分かったので、カインという名の子どもを孤児院へ入れた。
同じ時期に出産時に母親を亡くした赤子が孤児院に入り、世話を焼いている姿を見て面倒見が良いと思ったが、それにしては物わかりが良すぎる。
一家全員を亡くしたとは思えない程普通過ぎて――それこそが、彼の強さであり危うさであるような気がした。
「家族を皆失ったばかりの7歳の子どもが言う言葉ではありません。多くの大人にとってその言葉は弱さに寄り添う言葉でしょうが、あの子には今尚呪いのような、枷であるように思っています」
元々しっかりした子どもであった。
けれども、流行り病で失う前にも流産や病気で4人の弟妹と既に死別し、更に死んだ母の腹にも弟か妹がいたらしく、そのことも大きいだろうとは孤児院の院長の見解だそうだ。
恐らく、弟妹を喪った時の両親の嘆きを見て子どもなりに理解したことだったのだろう、と。
家族を全て失った子どもは、そのことを理解した為に被害が大きい村で自分が弱っていることを見せることを本能で許さなかった。恐ろしく愛他的になってしまった意識が今もそうさせているのではないか。
「いつかは上手に別れなければいけないと思う自分も、どこにいても仲間や友達は変わらないと思う自分もどちらもいて、折り合おうと藻掻いていたと思います」
「それを、あの迷宮が砕いた……か」
江流はぽつりと呟いた。
自分の精神が崩壊もあり得るレベルの弱点であることも、恐らく自覚していた。暫く明かしていなかったところを考えると、知られたくなかったに違いない。
両親に命を救われたとは言え、その息子は別物なのだから、話してくれた時点で相当心を許しているし、迷宮から出てきた時も独りで物陰に行かなかったことを思えば、数少ない甘えられる人間と思われているのだろう。
「明日一緒に見舞いに行きましょう。祖母の話によれば状態は良いと聞いています。きっと喜びますよ」
「ありがとうございます。今後もあの子をよろしくお願いします」
そう言ったシルヴィアへヨルクが頭を下げたのを見ながら、江流はあの両親は今どこの空にいるのだろうと思った。
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息子が思いを馳せている頃、海神 波流と海神 波美はカペルの領都にある宿にいた。
「本来なら若者ならば1人で立ち上がらないと、という所だが……」
実際1人でできることなど、そう多くない。まして、これは1人でどうにかなる範囲を越えている。カペルの侯爵令嬢が依頼でできた縁を活用して自領の街を勧めたのも無理はない話だ。
状況を把握した波流へ、カペル領へ行くと判断したのは波美の方。
「お世話したあの子が大変だと聞いたのに、そうなの、で終わらせる訳ないでしょう?」
愛する妻が行くべきと思ったからこそ、共に行くことが波流にとって大事なこと。
そもそも、今、カペル領に滞在し、明日にはフロルへ向かうであろう息子もいるのだ、それは当たり前のように思えた。
あの子に最後に会ったのは、帝国事変発生よりも前だったか――
ファウストゥス商会へ薬草を仕入れる馬車が車両故障した為修理に立ち寄った農村が流行り病で大きな被害が出ていた為、馬車は村に入れずにどうにか次の街まで行ってもらい、留まった海神夫妻は手持ちの薬を使って彼らの看病に奔走した。
子どもが唯一生き残っている家は、その子どもも危険な状態らしい。話によると、家族が罹患しすぐに家族から隔離された為罹患が遅かったとか。
病で娘を亡くしていることもあり、すぐに投与を決断した。生死の境は彷徨ったものの、無事に生還した。
後に村長経由で距離を離した方がいい判断で孤児院に身を寄せた後も何度か会いに行き、家族の話はしたし、聞いた。
その時には異変を感じなかったが……。
「江流が独り立ちして、帰る家をシャルガネから廃して、家族皆で世界を巡ると決めた時から私が愛すべき子どもは沢山になったわ」
だから、あの子が自分でもどうにもならない状態になっていると聞いて放ってはおけない。
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シルヴィアが江流とヨルクを伴ってフロルの街にあるカインの家を訪れると、先客がいた。
「親父、母さん……」
「情報収集で俺に後れを取っているようでは足を掬われるぞ? 今後は人の噂話にも注意しておけ」
江流は波流のその言葉で養子縁組や縁談の話を正確に把握していることを察した。
ここでそれ以上言う気がないのは、適切な場ではないからだろう。
「噂は風より早いんだから」
波美は椅子に座っているカインをよしよししてあげながら言っている。何て言ったらいいのか分からない表情をしているが、自分達が知っている表情より幾分か幼い印象を受ける。
「カインさん、お久し振りです。依頼で近くに来たものですから、会いに来ました」
「おひさしぶりです、ヨルクさん」
波美に代わってもらってヨルクが頭を撫でると、カインはやはりその幼い表情のまま挨拶した。
状態的には無意識の内に7歳頃に精神年齢が戻っているのだろうが、自覚した瞬間を覚えているシルヴィアはそのままだ。
「フロルの町長から助かっていると聞いているよ。カインが考えてくれたスイーツ、依頼時点でレシピがしっかりしていたから既に商品化して、人気になっているとか。観光客にも住民にも好評で私も嬉しい」
「コツとかも聞かれる。……助けになってて良かった」
「薔薇とラズベリーのコーディアルは商品化が進んでいる。売り上げの一部を奉仕活動に回す許可も得た」
「ありがとう」
「こちらこそ。うちの料理人がコーディアルを感心していてね、やはり、カインには料理の才があると思ったよ」
カペル侯爵家に仕える料理人は当然一流なのだが、その彼らが18歳とは思えないと絶賛したのがこのコーディアルだ。
本人と交渉し、レシピの提供を受けて領都で商品化することとなったのだ。
「Capell's honeyも父が領都での販売はどうかと言ったのだけど、これは私が独占したいから断った。私だけが知りたい美味しさだからね」
各街の単花蜜キャンディは当代の蒼玉侯も関心を持ったが、シルヴィアは味見すら許していない。誰であろうと却下である。
レース編みの膝掛けの制作者について職人から質問を受けることもあるが、そちらはシルヴィアが手紙にしてカインへ纏めて伝えてある。
「フロルの街の人々は君の滞在を喜んでいる。勿論、私もね」
声が途絶えた。
そうだと理解したシルヴィアは「ゆっくりで良い。私は待っている」と微笑む。早く元気になってほしいからこそ、急がなくてもいいのだと伝えなければ。
「カイン君は少しのんびりした方がいい。お母さんだって休日は必要だ」
江流は敢えてそう言った。
母親という年齢じゃないと言いながらも年上の友人から母親扱いされても最終的に妥協したのは、きっと無意識に母を自身の中で再現していたから。母だけでなく、亡くなった家族を再現している。
それもまたカインかもしれないが、それだけが世界ではない。そして、それだけではない世界を融合するにはもう少し時間が必要だろう。
江流は手を伸ばし、カインの頭を撫でた。
「そう、母親もお休みが必要なの。今日は息子でいいのよ」
先程から子ども扱いしていたような波美は微笑んだ。
「何処まで遠くへ行き、どれだけ沢山の人に出会ったのか。それが今の私の思う人の値打ちなのだけど、同じ空の下で息子達が多くの人達の為に生きていると聞く度にととても誇らしい気持ちになるわ」
「時から時、人から人、そうして想いを継いでいくもの。地神様はそのことをご存知だろう?」
そうしていると、ヨルクが軽やかにカインを背後から抱きしめ頭を撫でた。
「私が一番この子の頭を撫でたいのですが」
「母親の先輩は私よ」
困惑しているが悪い気分ではないらしいカインが小さい声で笑った。
見たことない笑みだったが、シルヴィアにはそれが本来の笑顔であるような気がした。
●
江流は両親達と共に先にカインの家を後にした。
これからフロルの町長が来訪する予定だそうで、カインと共に面会する予定のシルヴィアとフロルの町長へも挨拶したいというヨルクはそのまま留まったからだ。
「養子縁組の話、知らないとでも思ったか?」
「連絡手段を教えないのにどう教えろと」
「彼の紫の君のことを思えばそうでもないだろう。お前は……前から思ってたが、母さん似だな」
そのやり取りを聞いて初耳ながら大よそは察したらしい波美も吐息を零すように笑った。
「好きな娘の為にと言われたら……ねぇ。母さんも人のことは言えないわ」
「波美もこう言ってる。全部終わってからでも構わない。ちゃんと報告はしに来い」
「解ってる。だから……」
連絡手段教えろとばかりに江流が手をひらひらさせた。
近い将来、自分でどうにかしろとは言えなくなってくるだろうから、波流は連絡取りやすい手段を教えてやった。
波美がのほほんと言う。
「肝心な事を全部終わってから報告してくる所はお父さん似かしらね」
江流は大いに反論したかったが、両親達は風のように去っていった。
次に会えるのはいつかは判らないが、家族であることに変わりはない。
離れていても会えば繋がるんだよ。
絆ってそういうものだろう?
江流は口の中で呟き、目を閉じた。
時が彼の世界を上手く融合してくれるよう願って。