【黒白】白き曙光は銀と射す
弓月 蒼
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シナリオID:3510
オープニング
『白銀』侯爵領――――領都『白銀の古城』シルヴァリオ内。
『白銀』侯爵家本邸2階、応接室ではその日、一人の老女と一人の男が向き合っていた。
「……久方ぶりですね、ガレシウス。元気にしていましたか」
「フォルトゥナ様こそ、御変わりなく御健勝な御様子。此度は御時間を頂き恐悦に存じます」
両者を表す言葉は多い。家門の支配者とその係累。貴族の重鎮と一介の傭兵。或いはより直截に、祖母と孫か。
いや。膝を付く『黒槍の守り人』ガレス・コーニッシュと椅子に腰かけるフォルトゥナ・アルヴァ・クラティアス。
両名のその在り様を客観的に見たなら。そのような“甘え”の通じる間柄で“無い”事は一目瞭然と言って良い。
彼は未だかつて彼女に能動的に逢いに来た事は無く。彼女もまた、彼を呼び寄せた事は無い。
血の繋がりこそあれ。2人の関係性は家族、と呼ぶには余りにも他人行儀な物に過ぎない。
「エドワーズから話は聞きました。当家の危機を救う為、随分と骨を折ってくれたそうですね」
「滅相も御座いません。微力及ばず徒に場を乱すばかり。あれはあくまで冒険者らの功かと」
「過ぎた謙遜は、必ずしも美徳とは言い難い物ですよ。……それに、冒険者らと貴方では立場が違います」
過日。『白銀』領内で起きたメドゥの指先『星詠み』に端を発する騒動は、どうにか水面下で収束を見た。
同件の功労者である 冒険者への論功行賞はいずれ場を設けなければならない。
しかし傭兵として依頼を経ておらず、独自に功を為した彼。ガレスの実績をここに並べる訳には行かない。
未だ彼が職業倫理に則った結果として成果を上げたのであれば、話は早かったのだが。
少なくとも客観的に。此度、彼の行動動機となるものと言えば『白銀』との血縁のみであり。
である以上彼は“家族を護る為”に尽力したのだと。あくまで公正に判断するならそれを認めざるを得ない。
「少なくとも。当家は貴族家の名誉に掛けて貴方の功に報いねばなりません」
「ですが、自分はその様な――――「これは決定事項です」」
有無を言わさぬ、とはこの事。ぴしゃりと告げたフォルトゥナに納得の行かない風でガレスが沈黙を落とすも。
一つ嘆息を零した『女傑』等と呼ばれる老女は、呆れたと言わんばかりの眼差しで、孫を見遣り呟いた。
「今すぐ、とまでは言えませんが。貴方の汚名を返上する事を確約しましょう。
……好いた女を前に身嗜みも整えず出向くなど。到底紳士の所業とは呼べませんよ、ガレシウス」
「……は!?」
「御祖母様に任せておきなさい。全く、うちの孫達と来たら困ったものだわ。
見た目ばかり立派になって、何時までも子供なのだから……」
『パンクリアース学園長』フォルトゥナの懊悩は深い。だが多忙を割いて事を為してこその”傑物”。
こういった物を時に人は、余計なお節介、と呼ぶ。
■
“ちょ、え、噓でしょ……!?”
“……お嬢様、人目もございますので”
『王都』グランスパーダ内、『学園』校舎裏。
人目を忍ぶ主従。『白銀』主席家令長エドワーズの言に、驚愕を禁じ得ないのは『白銀の薔薇』。
こと、もう間もなく家を出るとされている『白銀』令嬢オルファレナ・アルヴァ・クラティアスである。
そんな彼女に、同家から課された指示は彼女の予測の斜め上を行く代物だと言えた。
“でも、輿入れに連れて行く私的な家臣なんてそんなに簡単に見つかる訳……”
“ですが、今後『集権派』の旗頭となられるウィリアム王子の下となると。
『王党派』の重鎮である『白銀』より家臣を派遣する、と言うのも些か障りが御座います”
“それ、エドワーズでは駄目なのかしら……”
“お嬢様……一体何処の家に家令長を引き抜いて他家に嫁ぐ姫君が居りましょう”
よくよく考えてみれば、至極当たり前の話ではある。
他家に嫁いでも家との繋がりが途切れる訳ではないにせよ。あくまで身分は“嫁入り先”に依存する。
となれば、派閥が異なる貴族家に自家から家臣団を連れ立っていく訳にも行かず。
凡そ嫁ぎ先がこれを支援する物ではあるが、とは言え最低限身の回りの世話は専属の侍女が担う物。
オルファレナの場合は加えて側室。つまり複数の寵姫の一人と言う立場も考えれば。
信頼の置ける家臣の存在は必要不可欠と言えた……が、此処で彼女特有の大きな問題に直面する。
長らく遠隔地で隠遁生活同然の日々を送っていた彼女には、私的な家臣と言える存在が居ない。
「流石に御祖母様も、永久就職……とは、言わないわよね?」
「はい。とりあえずお嬢様が足場を固める間を凌げればそれで十分だと」
「……うー……んー……分かりました。であれば、私なりに手は尽くしてみます」
頭を抱えて呻いたオルファレナは、けれど一つ首を振るとこの難題の解決へと動き出す。
かつてであれば悲鳴を上げるばかりで、結局何も為せなかったろうと考えれば確かな進歩だと言えた。
その成長を見守り続けた初老の男が天を仰ぐと。空にはちらほらと桜色の花雨が舞う。
■
今より半年ほど前の話。『白銀』侯爵家はメドゥの指先の暗躍によって家が傾く寸前に在った。
それは長きに渡って仕組まれた周到な罠に依る物ではあったが。間一髪であった事に変わりはない。
冒険者の活躍もあり、現在はその窮状を脱したと言える同家であったが。
その感謝を示す催しを“行うに足るだけの余裕”を確保する為にこれほど時間を擁した事。
そのものが、『白銀』が一時的にどれほどの混乱に包まれたのかを証明している。
「……やはり、自分は場違いでは?」
「何を言ってるんです兄様。兄様だって立派な功労者の一人でしょう」
「……僕も……そう、思います」
「ほら、エミールもそう言っています!」
「そうですか。……であれば、まあ……止むを得ませんね」
これも恐らく。汚名返上の一環、と言った所だろう。
普段黒衣の傭兵として通っているガレスは此度、『黒槍』よりの客人の体で祝典に参加する。
彼が血縁者である事を知らされていなかった義弟、エミールとの面通しも経て。
望むと望まざると、その立場の複雑さは少しずつ解消されつつある様だったが――――
「オルファレナ様、此度は当家の親族が真にご迷惑をお掛けしました」
「何とお詫び申し上げたら良いか……」
「良いのよルーベル伯、それにクローディアも。貴女方に責は有りません。
これは御祖母様もお認めになられた事。これからも、どうぞ仲良くして下さいな」
他方。どちらかと言えば巻き込まれた側であるにせよ。縁者がメドゥと繋がりを持っていた。
と言う事から当事者の立場である『白筆』ロクサーヌ伯爵家からの当主と令嬢。
以外にも主に『王党派』、特に“白薔薇系”と括られる貴族家からの訪問が後を絶たない。
それには無論――――
「――――アーチボルト北方辺境伯、御到着為されました……!」
態々、幾ら『王党派』の若手代表の様な立場に在るとは言え、“北方の英雄”を招いた事。
夜会は避ける傾向の強い同辺境伯が了承した事からも。その意図は透けて見えるという物。
つまりこれには冒険者の功績を称えると共に、『白銀』の健在を示す意図も含まれている。
変わらず輝ける貴族の夜。けれど、日々夜天を彩る星の巡りが正しくそうである様に。
どれほど同じように見えようとも、変わらぬ物など在りはしない。
解説
マスターより
リプレイ
――――北方辺境伯領領都『ノストガルデン』中央。辺境伯執政府二階踊り場。
「あの、確かに道中と夜会の護衛は了承しましたが……この盛装は一体……」
「ちょ、待って下さい知りません知りませんそんなの事前には全然聞いてま――――」
「――――――――っっっ!?!?!? う――――」
「嘘でしょう――――!?」
灰猫が呆れたように、にぁー、と鳴く。
●銀と輝く古城の夕べ
『王国』中央近郊『白銀』侯爵家領都。
――――『白銀の古城』シルファリオ内――――『白銀』本邸。
「さぁ~て、王国のお貴族様達にガツンとお見舞いしてやんぜ!」
「良いですか、ヴォルファング殿。先にもお伝えした様に白銀は生粋の貴族家。
その夜会に参加する以上、亜人には有形無形、無数の制限が掛かる物と御覚悟下さい」
傭兵業の主である『ブレイブファング傭兵団団長』ハヤト=ガラン=ヴォルファングの礼儀作法に。
『黒槍の守り人』ガレス・コーニッシュが心と胃を痛める傍ら。連れ添った淑女が袖を引く。
「……ガレシウス様」
より心配な人の方に意識が向くのは、それはまあ……ある程度仕方が無いにせよ。
未だ嘗てなく気合を入れて衣装を。装飾を整えて夜会に臨んだ『夜に咲く白月』レティシア・レインフィール。
彼女からすれば自分の先導をする男性が、他の男性に付きっ切りなのが嬉しい訳は無い。
それは勿論。他の女性に付きっきりなのよりはマシではあるにせよ。今宵の彼は彼女の騎士なのだから。
「これは失礼。今日は普段にも増して輝いて見えますよ、レティシア」
「有り難く存じます。ガレシウス様も“白薔薇”が良くお似合いです」
「~~~……それは、有難うございます」
心の底から笑顔で応じるレティシアに悪気は一切無い。が、ガレスの側には思う所が有るに決まっていた。
彼が今宵纏っている礼装の色は白。左胸には銀糸で白い薔薇の紋が刻まれている。
『白銀』が彼の為にと用意したとの事だったが、見れば誰しもが『白薔薇』の親類縁者と察せよう。
『黒騎士』は貴族界では有名人だ。が、この姿の彼をして悪し様に罵ろう等と言う恐い物知らずは流石に居ない。
「全く……フォルトゥナ様も何を考えてらっしゃるやら」
「事情は分からねえけどよ。まあ、ここは一丁俺に任せておけって」
良い笑顔で親指を立てるハヤトだが、その根拠の怪しい自信にガレスの不安は刻一刻と募る。
そんな彼と隣のレティシアを見て。自分を見て。『魔女の騎士』イヴェール・イリュジオンは挙げかけた手を下げた。
「おやあれは……レインフィール殿では。挨拶に行かなくても?」
「良いんです! 人目がある内は近付いても迷惑が掛かるだけですから……!」
今日は至って顔色の良い『アーチボルト辺境伯』メルヴィンが、後ろから押され一瞬で人込みに消え行くも。
奇しくも至麗しき『白銀』の夜会にも関わらず、胃を痛めている人間は更にもう一名居た。
「名高き白剣の騎士にお会い出来て光栄ですわ。ラーガイル様には在学中大変お世話になりました」
「ちょちょちょ姉やん姉やんカペルの姉やん、うちの兄やんそっだら洒落通じる程頭やわこくねぇべさ痛゛ァ!」
「ラーガイル。言葉遣いに気を付けろとあれ程……申し訳ない、カペルの姫君とは露知らず無作法な真似を」
『白騎』ことブリード子爵家は白薔薇の一派である。が、それはあくまで本家の話だ。
分家筋の『王国騎士』ラーガイルは平民であるし、異父兄弟の『白剣騎士』フォルクスも半分平民である。
しかし兄弟は共に白薔薇と王家の騎士に取り立てられる事で、こういった場へ足を踏み入れる権利を得た。
『咲き誇る未来の青薔薇』シルヴィア・A・カペルにとって。それは心から尊敬出来る偉業だと言える。
「いえ、相変わらずで安心しました。此度は弟君が王国の剣となって下さった事、大変喜ばしく思います。
もし縁が許せば『蒼玉』の剣となって頂きたかった気持ちも御座いましたのよ?」
今の時世、貴族とて安定した地位ではない。其処で平民が成り上がる事が如何に難しいか。
良く知っている。幾つも見て来た。だからこそ、掛け値無しに賞賛に値するのだと微笑む。
勿論。借りて来た猫の様なラーガイルの振る舞いが余りに『学園』と違って可笑しかった。
……と言う理由もまあ、流石に一摘まみ位は混ざっていたかもしれないが。
■
「こんばんは、落ち着いてお話しできるのは久しぶりですね」
「考えてみたら貴族の夜会だなんて初めてかも……神殿で泣くほど指導された礼儀作法が役立つ日が来るなんて」
「本当に。私も父から社交界での立ち居振る舞いを教わった時は、何処で使うのかと真面目に疑っていたんですが」
「意外と何でも身につけておいて損はない、と言う事なのかしら」
『白銀の親愛』リサ・ベイカーと『虹星の誓い』ロゼットが顔を合わせるのも久しぶりだ。
冒険者、と言う大きな接点が縁遠くなると、『商人』と『神官』では必然一期一会とならざるを得ない。
それは寂しくもあるけれど、同時に各人が自ら選んだ道を確かに歩んでいる証明でもある。
であれば、敢えてしんみりする事も無いだろうと。四方山話に花を咲かせていた物の――――
「ロゼット様、リサ様、御来城有り難く存じます」
白い盛装の裾を摘まんで『白銀の薔薇』オルファレナが近付いて来ると流石にそうも行かない。
周囲から向けられる視線の密度が変わった事が肌身に沁みて分かる。彼女は今宵は主催者側だが。
“『集権派』盟主の公爵家夫人”と言う将来的な立場を考えれば、その注目度は従来を上回る。
「「こちらこそ、お招き頂き有り難く存じます」」
「どうぞ楽しんでらしてね。舞踏の時間になりましたらまたお話しましょう」
リサとロゼットが即応出来たのは、各都市での教育の賜物だと言えたろう。
何処となく面白い物を見たと言う風情でオルファレナが嬉しそうに踵を返すのと入れ替わり。
やって来たのは筆を家紋とする伯爵家。『白筆』の父娘と、『破雷の盾』エルゼリオ・レイノーラ。
そして『『白銀』の恩人』ジュスト・ヴェルジーの王国貴族一同だ。
「クローディアさんは家臣としてオルファレナさんの嫁ぎ先に付いていくの?」
エルゼリオの問に、クローディアは先ずきょとんとして、次いで少し考えるようにしてみせた。
彼女は現在『学園』第三学年生。少なくとも、学友の嫁ぎ先に付いて行く予定は一切無い。
ただ、卒業後。の進路としてはどうだろう。良家の子女が高位貴族の侍女として花嫁修業に出る。
と言うケースは往々にして存在する。可能性としては、無いではない……位の重さではあるものの。
「私は当面学業専念かと思います。レイノーラ様は、冒険者を辞められた後どうなさるのですか?」
「ボクは……王国騎士を、目指してみようかと思って」
それは、貴族の子息として考えた場合に“箔付け”を一回り以上は上回る難事である。
クローディアもまあ、と口元を抑えたまま次の言を失う程だが。けれどエルゼリオの決意は固い。
そんなやり取りを横目に見ていたジュストはと言えば。彼は彼で中々難度の高い野心を抱えている。
現状、“国庫”を預かるほどの深度に居る法衣貴族は『王党派』が主流である。
此処から幾らかが『集権派』に鞍替えしても即、勢力図が塗り替わる程の速度感はない。
現在のジュストにとって必要なのは即効果のある後ろ盾であり、『白薔薇』系はその最適解と言えた。
「先じての一件、勿論恩義を売る気などは毛頭ありませんが」
「ヴェルジーには借りが出来た。君個人にもね。出来る範囲で返させて頂こう」
穏やかな。しかし野心に乏しい好人物と見える『白筆伯』ルーベルは穏やかに微笑んでいたが。
敢えて“ヴェルジーに”と括ったのはケレスが『集権派』に鞍替えした事を受けての事だろう。
他派閥でも同家格の家に対し支援する程度は問題無いが、格上の後押しをすれば障りがある。
貴族らしい貴族の振る舞いとして、その判断は若輩であるジュストから見ても安心感があった。
主家である『白薔薇』を掲げる同家門は、断じて侮れる勢力ではないのだ。
●白き薔薇は咲き誇る
「フォルトゥナ様、兄姉制度と学園交流部について。様々にご助力頂き誠に有難く存じます」
膝を付き、贈り物を持って来たシルヴィアに。『白銀』の支配者は鷹揚に頷いた。
『学園長』である彼女にとって、『学園』を良くする為に彼女が尽力した事は自明の理。
あくまで自主自立を重んじるフォルトゥナが、その為の労を惜しむ事は無い訳だが――――
「学園副会長で得た経験を活かし、現在当家では大森林との文化交流を進めています。
いずれ試作品が出来た暁には、是非一番にフォルトゥナ様にお贈りしたいのですが、構わないでしょうか」
「あら、それは楽しみ。シルヴィア・カペル。いえ、次はカペル侯爵と呼ぶ事になるのでしょうね」
「……! はい」
「女の身で領主を継ぐ事は未だ、想像を絶する労苦を生じます。ですが貴女もまた次代の旗手。
貴女が正しいと信じる道を進みなさい。それを『学園』から学べたなら、私は嬉しい」
そう微笑む仕草には一辺の陰りも無く。或いはそれが彼女が傑物とされる所以なのだろう。
だからこそ、談笑を終え彼女が夜会の壇上に姿を現した時。人々は周囲の時間が止まった様に感じた。
「皆様、此度は我が『白銀』の夜会へ御参会頂きありがとうございます」
「長きに渡る帝都奪還の戦いが終わり、『王国』にも新たな時代がやって来る事でしょう」
「この激動の時代に在って尚、私達はあくまで王家を規範とするその在り様を貫かねばなりません」
「嘗胆の時が続くでしょう。けれど私は確信しております。その忠節は必ず王家に届く物と」
「至貴く穢れ無き白薔薇に誓って。その道行きに栄光と祝福の在らん事を――――乾杯」
「「「「「至貴く穢れ無き白薔薇に誓って――――乾杯」」」」」
良く通る声に各人各様酒杯が掲げられる。それはある種神々しさすら感じられる光景だったが。
同時に『王党派』とは如何なる物か。と言う事をこれほどに明確に示すものも無い。
血と系譜に結び付いた結束より成る鋼鉄の誓い。不純を赦さぬ真白き薔薇の血族。
それこそが『王党派』であり、今後『集権派』が実権を握るに当たりいずれ少しずつ突き崩す必要のある壁だ。
(……だから手堅い。特に、中枢の求心力は健在か)
(蒼玉に永遠の友はない。けれど、永遠の敵もない)
対立派閥だからと、敢えて敵対する必要は無い。それは『迷迭香』にせよ、『蒼玉』にせよ。
『学園』と言う場所で多くの貴族達を見て来たジュスト、シルヴィアがぞれぞれに導き出した結論である。
同じ王家に忠を捧げる者として。彼らの存在は国家にとって少なくとも当分毒にはならない。
あとはどう利用し、どう利用されるか。その天秤の見極めこそが、貴族家当主としての課題なのだ。
その為には少しでも縁を強く結ぶ必要がある、と。歩を進めようとした2人に対し。
けれどその場の空気を完全に無視して、一人の亜人が誰より早く手を挙げた。
「あー……悪いんですがフォルトゥナ……様? ちょっとばかり時間貰っても良いっスか」
その不躾を大きく通り越した発言に場が凍った。思わず会場を警備する衛兵の動きまで止まっていた。
数度瞬いた『白銀』の支配者は。確り一拍置いたあと思わずくつくつと笑い手招いて見せた。
2人が部屋の奥へ消えて行くまで。誰一人追従出来ないままに。
そうして――――思い出したかのように奏でられ始めた三拍子に。漸く止まった時間が流れ出す。
■
「ロゼット、リサ。来てくれてありがとう」
ぎゅーっ、っと。盛装姿のオルファレナが2人へ次々に抱き着いた。
舞踊の時間に人集りを作るのは礼に失する。漸く解放された彼女だが、それでも舞台袖には下がらざるを得ない。
それほどの立場を得てしまったのは分かるとは言え、一抹の寂しさを憶えながらも。
きっとこれからはもっと逢い難くなるだろう。ロゼットは改めてオルファレナと目線を合わせる。
「実は冒険者をお休みして、いちど火山に帰ることにしたの。
火神が眠りについた火山は王様不在の王国みたいなもので、その信仰と平和を守ることは私の責務だから」
「!……そう。本当は、寂しいけど。でもお休みって事はまた再開するかも――――」
「……本音を言えば侍従の募集、応募しようか迷ったの」
出会った、あの潸涙紗の朝から長い時間が流れた。色々な。本当に色々な出来事を超えて来た。
ぎゅ、と抱き返したロゼットに。オルファレナが瞬いた。
「貴族に憧れはないけど貴方の近くなら楽しそうだなって……だけど駄目ね。きっと永久就職したくなっちゃう」
リサからは『白銀の薔薇』が。王国貴族でも最上位の立場を得ようと言う姫君が唇を噛む姿が見えた。
そうしなければ、折角の夜会で子供の様に泣き出してしまいそうなのが目に見えていた。
「5年後10年後、貴方の美徳を大事に育ててくれたら、貴方はきっと素敵な女性になると思う。
だから私も、自分が試される場所で自分を磨こうと思う。これから少し、お互いの距離は遠くなるけど……」
それは今生の別れではなくとも。これまで程気安く逢える距離ではなくなる。
いつかは来ると分かり切っていた時がやって来た。それだけのこと。きっと、それだけのことだけれど。
「差し支えなければ、これからもオーロラと呼んで良いかしら」
「勿論よ! ロゼット。きっと憶えていて。ずっとずうっと憶えていて。
私はね、貴女から貰った名前を抱いて生きていく。出逢えた奇跡を神様に何度でも感謝するわ。約束よ」
我慢しきれず一滴毀れた涙は。2人の培った関係が、きっとこの先も続いていく証であるに違いない。
「そう言えば……オルファレナ様、御成婚おめでとうございます」
「……っ! ご、ごめんなさいっ直ぐお化粧直すから――――」
「あ、いえいえ大丈夫です。それで、わたしもお見合いしたんですよ」
「――――!?」
慌てて涙の跡を消していたオルファレナとロゼットが揃ってリサを見た。
確かに、恋愛に余り興味無さそうに見えたリサがどんな相手を選ぶのか。気にならない訳も無かったが。
「多分、その人と結婚する事になると思います」
「結婚式には絶対呼んでね」
「あー……そういう理由なら流石に神殿も遠出を御許し下さるかも」
手を握って断じて離さない。とばかりに捕獲を試みるオルファレナに、火に油を注ぐロゼット。
2人に囲まれては思わず笑う他は無い。自分は友人に恵まれた。それは、誇っても良い様に思う。
「まあ、もう少し先の話だとは思うので。オルファさんもこの先色々大変でしょうし?
わたしに何か出来るなら、今の内に何でも――――と、思ったのですが」
つい数十秒前まで別離に涙していた『白銀の薔薇』の瞳が猛禽類のそれの光を帯びていた。
最高の人材を前にして。絶対に逃がすべきではないと言う目でリサの事を見ている。少し恐い。
「……もしかして、すでに困ってます?」
「リサ、丁度困ってるわ。私達、これからもずっと親友よね?」
「あー……あはは。何だか生徒会選挙を思い出しますね」
オルファレナの満面笑顔に、リサが仕方ない、と言うように肩を竦めた。
●穢れ無き白銀の名の下に
嘆願は『慈涙』伯爵家からも届いていた。月が夜と寄り添える様に、とは。
“穢れ無き”とされる『白銀』へ乞う願いとしては詩的に過ぎようが。ハヤトが並べた2つの勲章。
加えて王から贈られた感謝状を示して『王国』への貢献であると訴えられたなら。さしもの“女傑”。
フォルトゥナとてそれを無碍に扱う事は難しい。彼女は信賞必罰を旨とする教育者でもあるからだ。
「ガレス……いや、ガレシウス殿の汚名返上と貴族への復帰を何とか願えませんでしょうか」
「なるほど、では私から1つ要求させて頂きます。その対価として。貴方の願いの1つを叶えましょう」
今後、傭兵として『王家』との対立を禁じる。それがフォルトゥナより示された条件だった。
それを順守するも、破棄するも彼次第ではある。が、それも見越した上での要求だろう。
苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべたハヤトに。『白銀』の支配者は座っていた椅子から立ち上がると。
夜会の開場へと向かう。その途上、待っていた様に佇むジュストの姿が目に入る。
「話は聞いています。この『王国』に沈まぬ太陽を齎すのだとか」
「はい、その為には“貴く穢れ無き”『白銀』とは是非“仲良く”させて頂きたく存じます」
「少なくとも、結果を出すまでは若さを理由に侮られましょう。それでも“先を行きたい”と?」
「今の自分なら、正しく使える自信があります」
嘆息は一つ。野心家は、皆そう言う。けれどそれを成し遂げらえるのは一握りの幸運な者だけだ。
彼はどうだろう。ただ間違い無い事に。『白銀』は彼に確かな恩がある。
「やってみなさい。猫の手より少しはマシな者を貸せるでしょう」
恭しく首を垂れたジュストが先導し、夜会の会場への扉を両手で押し開く。
彼の憶測が正しければ、これが夜会の本題。そして――――彼女の今夜最後の仕事になる筈だ。
――――一方。舞踏会の始まった会場中央でロゼットとオルファレナが喝采を受けている最中。
会場外の露台では、2組の男女が互いに面と向き合い何とも言えない表情をしていた。
「時間の問題なのは分かってました……が……選りに選って、その人ですかぁ……」
「……伯、自分に資格がない事は分かっています。が、敢えて申し上げれば……止めませんか?」
「イヴェ、いえエル様……イル、さん? あ、えっと。御成婚、おめでとう、ございます?」
「……ガレス。私は貴公の名誉回復を助すると決めた。そう決められたのも、彼女が居てくれたからだ」
……、……。
「「「――――え?!」」」
辺境伯以外の3人から驚きの声が漏れた。全員の意思疎通が上手く行っていない証左である。
「ち、違いますよ! 私はあくまで護衛で――――」「ありがとうございます、レインフィール殿もお幸せに」
「メルヴィンさんも既成事実を作ろうとしない!」
「伯、自分は……ですが決して赦されない過ちを」
「それを決めるのも本来は私の役割だった。これまで決断出来なかった事を、赦して欲しい」
「えっと……私はただ、ガレシウス様と共に生きられたら、それだけで幸福なので」
「……こんな健気なレティシアさんに槍を向けた上に泣かせた事、私は忘れていませんからね?」
「二度とその様な過ちを侵さぬよう、彼女を生涯必ず護り抜き、幸せにすると誓います」
「その誓い。今度こそ騎士として必ず果たすと良い」「忘れませんからね! ……私の友達を、お願いします」
実に互い違いにこんがらがった言葉の応酬は天変地異か嵐の様に過ぎ去って。
三拍子の奏でられる会場に、2組の男女の視線が戻る。丁度、わっと拍手が上がった頃合いだった。
「イヴェール。改めて、私の妻となって欲しい」
「……一人に執着して、アーチボルト家が後継ぎに困るような状況にならないのであれば」
「例えそうなるとしても、私は“貴女が良い”と言っている」
弓を引く。細くとも芯の通った手に。剣を振るうばかりだったもう一つの手が添えられる。
「だったら……今だけ、私を見てくれると嬉しいです」
他方。その様を目の当たりにしていたレティシアが物言いたげな眼差しを隣へ向ける。
現状、恋人。と言う立場ではあれ婚約には至っていない2人にとっては。
何時の間にか元主君と親友に一歩先を行かれていると言う事実。戦慄して余りある訳だが。
「……待って、いますからね?」
「速やかに御期待に沿えるよう、微力を尽くします」
何処か道化た言葉に、目を合わせくすりと笑い合うと。どちらとも無く手を取り合う。
痛みがあった。誤解があった。すれ違いがあって、漸く。2人は互いの意思で同じ道を選ぶ事が出来た。
その手をもう二度と離さぬよう、2組の影は会場へ舞い戻る。
■
「王国騎士ハスラム・レイノーラが次男、エルゼリオ・レイノーラ。
『白銀』侯爵家の推挙を願います。王国の未来のため、剣を捧げるチャンスをボクに下さい」
会場へ戻ったフォルトゥナへ、エルゼリオが投げた宣誓は。
この場に於いて“そういう事も有り得るかもしれない”と考えていた貴族家をして驚かせる物だった。
本来、そういった約定は内々に結ぶ物だ。けれど彼は敢えて退路を断つ事を選んだ。
それは若さであったろう。未熟さであったろう。先ず沈黙で以て応じるフォルトゥナに、けれど。
1人の王国騎士が最初に手を叩いた。隣に居た白薔薇の騎士が。『蒼玉』と『迷迭香』の継嗣たちが。
北の英雄とその妻が。黒槍の傭兵とその恋人が。白銀の薔薇とシグモルの神官、同盟の女商人が。
そして『王党派』の貴族達が拍手で以てその決意を祝福した。フォルトゥナは厳かに頷く。
「貴方の覚悟は受け取りました。ですが然と刻みなさい。王国騎士はこの国の要。
王家への忠と、王国への愛を以て、ただ真っ直ぐ生きる者だけが相応しい栄誉ある職です」
「……はい」
「貴方の最も貴いと思うものに誓いなさい。この先決して、その志を曲げない事を」
「――――僕は、貴方のお陰で前を向く事ができたよ。
いつかガレスさんと肩を並べられる騎士になりたい。いや、必ずなってみせるから!」
声の先、向けられた黒衣の傭兵に視線が向く。被せる様にフォルトゥナの声が響いた。
「その者は当家の第一子。『白銀』の危機に駆けつけた真なる忠愛の士。
ガレシウス・アルヴァ・クラティアスです。彼の助力が無ければ今日この日は訪れなかった事でしょう」
視線が集う。『白銀』の兄妹の目が壇上へ向くのに合わせ。
「『白銀』を守る為とは言え。貴方を当家から追放した事は私の生涯ただ一度の過ちでした。
フォルトゥナ・アルヴァ・クラティアスの名に於いて、心よりの謝罪と、感謝を示します」
彼女は、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう」
その日、長く続いた。余りにも長く続いた夜はかくの如く。穢れ無き白に痕を刻み終わりを告げた。
けれども尚、白き曙光は銀と射して恥ずる処なく――――そうして、また。
新たな時代がやってくる。
マスターコメント
ミドルシナリオ易しい 報酬:少ない8 / 8〜8人
2024年04月18日 13時09分47秒 公開
相談掲示板
ここでの挨拶も最後になりそうなので… イヴェール・イリュジオンです。どうぞよろしくお願い致します。 まぁ特に相談するべき事がある訳ではありませんが注意点として以下があるのでそこだけ注意する必要があるでしょうか? 「礼儀作法Lv3以下の振る舞いは、『夜会』開催会場内で為される全ての判定を不利にする。 また、王国基準のドレスコードが適応される為、礼装or準礼装での参加が求められる。」 これを満たしていない場合、自分が恥をかくだけならまだいいですが、誰かと関わるのであればその方にも恥をかかせてしまう恐れがあるので、参加にあたって実質必須になる技能になると思いますのでご注意を。
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ガラン=ヴォルファングだ、みんなこれまでお疲れさんだぜ!! 俺は個人的にはフォルトゥナ学園長にガレスについて話しをしにいくつもりでいんぜ! ガレスが貴族の立場なりそれなりの地位につけるように取り計らってくれんなら晴れて胸を張って嫁さんを迎えられんだろーしよ! そーなるならうちの傭兵団からは正式に退団って手筈を整えるつもりだからよ。 あとはオーロラを激励するってとこだな! ま、そんな感じで考えてんでよろしく頼むぜ!!
ロゼットよ。 【黒白】の参加者はお疲れさま。 オルファレナに関わる最後の機会ということで、 【黒白】は関わり浅くて申し訳ないけど参加させてもらったわ。 彼女に、最後という訳じゃないでしょうけど区切りの挨拶に。 あと知った顔ばかりだから。皆にも。 駆け出しの頃に知り合いになって今日まで続いた人も、 連作タグの依頼で何度も同行して顔馴染になった人も、 危険な依頼に突っ込んだり、平和な時間に遊んだり、 色々とありがとう。おかげで楽しかったわ。
(……あれ?顔(アイコン)が出ない?) エルゼリオ・レイノーラです、今回もヨロシクね! こんな風に皆と話すのもこれが最後になるのかな……? >夜会 ボクは「王国騎士見習い」に応募しようと思ってるよ!
ごきげんよう。 レティシア・レインフィールと申します。 改めて、皆様お疲れ様でございました。 これまでのご縁等には、感謝の言葉もございません。 当日は、そしてこれからの生も 皆様が良き時を過ごせます事をお祈りしております。 ……あとは、その。ハヤト様。 ガレス様へのご配慮、感謝致します。