未来のために

影絵 企鵝

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シナリオID:3509

オープニング

●二人の歩む道
 ヘーゼル城、フリードリヒの書斎で若い夫婦が盤上遊戯に興じていた。ミネルヴァ・フィーギルとフリードリヒ・ホーエンバッハ。婚約が成ってからおよそ2年間、主にミネルヴァが世界各地を飛び回っていたが、ついに腰を落ち着けた形である。
 お互いにすいすいと駒を進めていくミネルヴァとフリードリヒだったが、段々と旗色はフリードリヒ側に傾いていく。最後に騎士の駒で君主の駒に詰め寄り、フリードリヒはふと口元を緩める。
「詰みだな」
 ミネルヴァは肩を竦め、自分の君主を横倒しにした。
「相変わらず容赦がないんだから。私はもう貴方の伴侶だってのに」
「容赦したって君は喜ばないだろ」
「ふん」
 口を尖らせたミネルヴァは、素早く立ち上がって組手の構えを取る。
「じゃあ今度は組手で勝負しましょうよ」
 フリードリヒは溜め息をつく。盤上遊戯では負けなしのフリードリヒだったが、組手では昔から勝ちなしだった。
「また今度だ。これから夕食会の支度をしないといけない」
「あーあ、そうやって勝ち逃げする」
 ミネルヴァは唸り、書斎の机へ向かうフリードリヒの背中をじっと睨む。フリードリヒは羊皮紙を目の前に引っ張り寄せながら首を振った。
「勘弁してくれ。そもそも君だって今日は茶会の予定があるんだろ」
「それはその通りです」
 ミネルヴァはスカートを摘まんでひらりとさせる。
「これからもどんどん人脈を広げていかないとね。いざという時に頼れる人は多い方がいいでしょ?」
 それを聞いたフリードリヒは頬を緩めた。
「全く、どうして君とは考える事が同じなのだろうな」
 ミネルヴァもフリードリヒに合わせて微笑むと、彼の傍に立って肩を寄せる。
「……これからは肩を並べてやっていかないとね」
「頼むぞ、相棒」

●未来に生きていく
 激動の中で数年が経ち、ようやく訪れた平穏。この先がどうなっていくかはわからない。しかし少なくとも、今は皆が希望を持って前を向いているだろう。私は相変わらず影の中に生きているけれど、まあそれなりに折り合いをつけてこの平和の中に生きている。
 だから今回は、君達の未来を覗かせてほしい。君達が何を望み、何をしているのか。

 私もささやかながら見守っていきたいと思うから。

解説

メイン 平和な世界で日常生活を送る NPC ☆ミネルヴァ  世の中が一旦平和になったため、フリードリヒと正式に結婚した。平穏の中でも生家と嫁ぎ先を繁栄させていくために、知り合いを茶会に招いて改めて人脈を作ろうとしている。 (過去登場シナリオ:【渡鴉】シリーズ、【随想】シリーズなど) ☆フリードリヒ  未来に生きる改革者。領民への教育と訓練を重んじる政策を進める彼は、知見を広めるべく各地で領地経営に励む者を招いて意見交換をしようとしている。 (過去登場シナリオ:鷲の騎兵、など) ☆エレアノール(カトリーヌ)  カトリーヌとして相変わらずマティアスに仕えている。大きな戦は終わったため、彼女もまた戦士ではなくマティアスの使節として各地を飛び回る事になるだろうと考えている。 (過去登場シナリオ:【渡鴉】シリーズ、【追憶】【随想】シリーズなど) FIELD ☆ヘーゼル城の庭  ミネルヴァが茶会を開いている。お茶請けはシャルガネやゴールディなど各地で作られた珍しいお菓子が並ぶ。 ☆ヘーゼル城の広間  フリードリヒが会食している。目的は政策意見の交換。 ☆ティロール領屋敷  カトリーヌとマティアスが木工所を指揮して家具を生産させている。客が来ればもてなしてくれる。 ☆その他  指定に応じて TIPS  PC達の戦後に何をしているかは自由(世界観的に認められる範囲で)。  →ただし、文字数には限界があるのでごくごく短いワンシーンの描写となる事には留意。  →時系列も今現在の状況(=ミネルヴァやフリードリヒが茶会や食事会をやってる前後1日程度)のものとなる。

マスターより

遅くなりまして申し訳ありません。影絵企鵝です。 ラストの締めくくりということで、ちょっとしたノベルのような形になればと思いこの設計にしました。 皆さんの目指す将来をお見せください。 ではよろしくお願いします。

リプレイ

●新たな世界を目指して
 ヘーゼル城。ザワークラウトを挟んだトーストサンドイッチを片手に、フリードリヒはアウレーリア・フォン・ネーベルベルクが持ち込んだ分厚い資料の束にバラバラと目を通していく。国の垣根を越えた、相互協力関係を結ぶための計画だ。アウレーリアはソーセージを煮込んだポトフを味わいつつ、強気な笑みを浮かべて彼に尋ねる。
「今後の交易路の整備予定なのだけど、いかがかしら?」
 フリードリヒは顔をしかめた。
「採用する街道も含めて概ねに異存はない。……が、どうにも我々側の持ち出しが多いように見えるな。隊商護衛費は自領を通過する分は各々で、他の領地を通過する分は折半という話ではなかったか?」
「フィーギル家は今やホーエンバッハ家の縁戚なのだから、それならその領地を通過する分も貴方側が持つのが道理でしょう?」
「ふむ……じゃあこっちはどうだ。我々の輸出品に対する関税率が高すぎやしないか?」
 フリードリヒは開いたままの資料をアウレーリアへと押し戻す。アウレーリアはくすりと笑って資料を反転させると、もう一度彼へ突き出した。
「こちらはようやく領民が生活を立て直している段階です。そんな状況でそちらからやってきた隊商の方々が薄利多売で商売してしまっては、立ち直るものも立ち直れなくなってしまいます。ここはそちらの懐の広さを見せて頂けませんか?」
「ああ言えばこう言う女だ。全く頼もしい」
 フリードリヒは紅茶を啜って溜め息をつくと、資料を畳んで脇に置いた。
「……君が滞在している間に修正案を纏めて提示する。それでいいか」
「わかりました。……それから、以前お願いしていた資料は準備して頂けましたか?」
「抜かりはない」
 彼はアウレーリアに紐綴じされた資料を差し出す。彼が進めてきた学校教育の計画をまとめたものだ。アウレーリアは恭しく受け取ると、それを懐に収める。
「次会う時までに目を通しておきます。この世界がどのような未来へ向かうべきか、より深く話し合えるように」
 アウレーリアはふと言葉を切ると、悪戯っぽい顔でフリードリヒに尋ねる。
「未来といえば。ミーナとは相変わらず仲睦まじくやっているようですね。そちらの“懐刀”からお話は伺っていますよ。もうすぐご懐妊の報告も聞けるのかしら」
「……またあの人は余計な事だけぺらぺらと……」
 フリードリヒは思わず詰襟のシャツで隠れた首筋を撫でる。
「もし仮に私の大切なお友達を泣かせるような事をしたら、こちらにも準備がありますから、心に留めておいてくださいね」
「その時は、せめてあいつが嘘で泣いていないかどうか判断してからにしてくれよ」
 彼は肩を竦めると、席を立って窓の外を見つめる。ヘーゼル家自慢の庭園では、ミネルヴァと数人の女子達が茶会に興じていた。
「あいつが一筋縄でいかないのは私が一番よくわかっているよ。だから頼りにしているんだ。あいつも、あいつが信頼している君のような人間もね」

●茶会にて
「ミーナさん! ご結婚おめでとうございます♪」
 ルアンナ・ミュラーは籠からカップケーキを取り出し、庭のテーブルの上に並べる。それでも籠の中にはいくつも余る。ルアンナは籠を閉じると、そのままミーナに差し出した。
「これはお二人で食べてください♪」
「ありがとうございます。こうしてルアンナさんの焼いたパンやケーキを食べるのも久しぶりですね。最近は気軽にどこかへ出かけるということもなくなってしまったので」
「私もです。冒険者として戦うことはもうやめにして、今はパン屋一筋です」
 ルアンナはカップに注がれた紅茶の香りを楽しみながら相槌を打つ。冒険者として戦うことはなくなったが、それでも冒険者だった頃に出来た縁で訪ねてくる客は尽きない。共に戦った経験は、今もルアンナにとって大事な宝となっていた。ルアンナはコルネリウス・アーラに向き直って尋ねる。
「コルネさんもお久しぶりです。最近はどのようにお過ごしですか?」
「学園でずっと勉強、勉強、勉強です。学んでいる分野も覚えなければならない量も、今までの倍くらいになってしまいましたね。そうなると、私もまた王都に箱詰めになってしまって……」
 そんな日々の中、ミーナから茶会の誘いを受けたコルネはどうにか時間を作って飛んできた。ミーナと話が出来る機会は逃したくなかったのだ。
「ミーナさん、ルアンナさん。これは私の所信表明のようなものですが……少し聞いてもらえますか?」
「どうぞ。貴方が見据えるこれからの未来、私達に教えてください」
 ミーナとルアンナはコルネの顔を真っ直ぐに見つめる。笑みの中にある真剣な眼差しを受けて、コルネは耳が少し震えるのを感じた。
「私ね、冒険者になってから、ずっと夢見ていたことがあるんです」
 コルネは今までの旅と戦いを振り返る。本当に数え切れないくらいの人に出会ってきた。
「種族が異なって、身分の違いがあって……自分の世界で培ってきた大切なものを、皆それぞれ持っているけれど、そこには見えない壁があって、乗り越えたり共存することが出来なくて……」
 死霊術師グノーシスの言葉を思い出す。この世界にはまだ沢山の苦しいものが満ちている。誰もが幸せになれる世界には程遠い。しかし、それを諦めて受け容れるつもりは無かった。
「望んだ人が、自分の力で未来を掴めるように、望んだ人と共に居られる世界になるように、私はエルフとして長い時を生きながら、少しずつ変えていけたらと思ったんです。……でも、もっと急ぎたくなりました」
 戦いを乗り越えて、無二の存在と呼べる人と出逢った。彼にとっても無二の存在であるとわかった。しかし王国の仕来りが二人で歩む道を塞いでいる。
 コルネの時間から見れば、彼の時間は余りにも短い。漠然と過ごしていたら、すぐに零れ落ちてしまう。だから彼女は突き進むための翼を求める。大切な人と共に生きる道を探し、彼の目指す場所へ辿り着くための翼を。
「だから、ミーナさん。王国や、貴族の事について、貴方の知っている事を教えて頂けませんか? 歴史も、作法も、派閥の事も」
 王国貴族と平民のエルフが垣根を越えて名実共に結ばれるには、遠い未来でなく、今を変えなければならない。そのためには、学べることは全て学ばなければならない。
「本や狭い世界から得る知識だけでは限界がありますし、友人であるミーナさん達からも学ばせて頂きたいのです」
「……私なんて、大したものじゃないですよ。所詮は田舎領主の娘です。学園にも通えなくて、知識はおよそフリッツに教えてもらいました。……フリッツに掛け合ってみましょうか。あの人は誰かにモノを教える事が好きですから。一緒に勉強しましょう」
 ミーナはそう言って目を細める。かつて出会った時の天真爛漫な風情はどこへやら、少しすっかり大人らしく振舞うようになっていた。
「是非お願いします」
 ぺこりと頭を下げるコルネ。二人のやり取りを横で聞いていたルアンナは、ふとミーナに気になっていた事を問いかける。
「そういえば、お兄さんの家宝探しはどうなったんですか?」
「……家宝探しはおしまいです」
 ミーナは足下に置いてあった箱を開くと、漆黒に塗られた一張の弓を取り出す。
「この通りですから」
「あったんですか? 鴉の弓!」
 ルアンナは目を見開く。ミーナは得意げに弦を引き、びんと震わせる。
「最初から見当はついていたんです。あるとしたら、グランツ城の宝物庫の中だって」
「……じゃあ、鴉の弓を探して飛び回るっていうのは……」
「ほとんど嘘なんです。鴉の弓を探して冒険者になり、東西南北あちこち飛び回る阿呆なお嬢様、という構図が欲しかっただけで」
「つまり、鴉の弓を探すことが目的じゃなくて、世界を飛び回ることそれ自体が目的だった、ってことですか?」
 ルアンナが尋ねると、ミーナはにっこりと頷く。
「私は貴族です。貴族の娘として生まれたからには、いつかはどこかに嫁いで、その人の世継ぎを身籠る事になる。いつまでも自由に世界中を走り回るなんて、土台無理な話なんです」
 ちらりと城を見遣ったミーナ。その横顔は晴れやかだった。
「その時が来ても、コルネさんやルアンナさんみたいな人と知り合っておけば、いつでも外の世界と繋がれる。それがフリッツの助けになるかもしれない、なんて」
「ずっと先々の事を見据えて動いていたんですね。ミーナさんは」
 先々の事。ルアンナは自分で発した言葉を噛みしめる。コルネもミーナも、大切な人と過ごす未来を考えながら、幾つも行動を起こしている。そこで我が身を振り返ってみると、ほんのりと将来を共に過ごしたい思う相方はいるが、何となく日々を共にするばかりで、身を固めようという話には至らない。
 しかし、二人の熱意を前にして、いよいよルアンナも大きな一歩を踏み出してみようという気になってくる。
「あのー……相談したいことがあるんですけれど」
 ミーナとコルネは揃って首を傾げる。ルアンナは少し頬を赤らめながら、おずおずと切り出した。
「女性の方から付き合っている相手に結婚を申し込むのって、どう思いますか?」
「結婚!」
 ルアンナが思い切ったようにいうと、二人は目を丸くして顔を見合わせる。
「……素晴らしい事だと思います!」
 コルネはルアンナへずいと身を乗り出す。運命の巡り合わせに翻弄されながらもひたむきに想いを示し、誓いを交わすに至った彼女が賛成しない謂れはなかった。
「想いは伝えて初めて形になるものですよ」
 ミーナも頷く。二人の言葉に励まされ、ルアンナは心を決めた。
「……わかりました! 頑張ってみます!」

●幸せのために


 ミネルヴァ様、フリードリヒ様
 どうか、末永くお幸せに
 私も共に生きる事を望む方と
 幸福になりたいと思います


 ある日、レティシア・レインフィールはティロール家の屋敷を訪れていた。真新しい家具が並ぶ広間に通されると、レティシアはそれを見渡しながら、円卓に腰を落ち着ける。ティロール子爵の忠実な従者、カトリーヌが紅茶を差し出すと、仄かに甘い匂いが漂った。
「……さてレティシア嬢、斯様な片田舎にどのような御用で」
 向かい合うように座る屋敷の主、マティアス。レティシアは上品にお茶を楽しみ、それからカトリーヌを横目で窺う。
「少し、近況をお話ししたいと思ったのです」
「近況ですか。……どのような事がございましたか?」
 カトリーヌが問うと、レティシアは深く息を吸い込むと、きっぱりと言い放った。
「長らくの婚約をご破算といたしました」
「……なんと」
 マティアスは目を見開く。カトリーヌも戸惑いに肩を震わせる。
「お二人は学園に在籍している当時から交際していると耳にしておりましたが」
「実はそうではないのです。私が家の……義母の意向に従っただけなのです」
 レティシアははっきりカトリーヌに向き直る。仮面に隠れた素顔を見通すように、レティシアは真っ直ぐ彼女を見つめた。
「私はずっと諦めていたのです。大切な人達を犠牲にした私に、幸せになる資格はないと。貧しさに喘ぐ人に比べれば、貴族として生まれただけで充分幸福なのだと、そう言い聞かせてきました。ですが共に生き、幸福になりたいと、そう望む方と出会ってしまったのです」
 レティシアはそっと耳元に手をやり、碧い耳飾りを撫でる。こうすると、耳飾りの片割れを通して、彼と心が繋がるような気がするのだ。
「彼もまた、騎士の身でありながら故あって敵の手に落ち、主命に叛し、追放され罪人となった方でした。……今は傭兵として暮らしております」
「強く生きておられるのですね。その方は」
 カトリーヌが感じ入ったように呟くと、レティシアも柔和に微笑む。
「私は貴族として正しくない事をしている。ただの我儘である事は理解しております。それでも、こんな私を愛してくれた方の手を離す事はもう出来そうにありません」
「……月並みな事を申し上げるが、無事に事は運びそうなのですか?」
 マティアスが眉間に皺寄せ尋ねると、レティシアは小さく首を振る。
「もちろん、まだ困難は山積みです。……だからこそ、失くし、溢し、傷付けた物の数だけ必ず、互いを、周囲を幸福に出来るように、二人で力を尽くしたいと思っています」
 彼女は両の拳を握りしめた。かつての彼女からは及びもつかないほど力強く。
「彼の傍に居られるのなら、私はきっと何処でも生きていけます。……願わくばマティアス様、貴方も愛する女性と幸福になれますように」
 レティシアが静かに頭を垂れると、マティアスとカトリーヌはちらと顔を見合わせる。二人は僅かに相好を崩すと、こっそり肩を寄せ合った。

「問題ありません。こちらもそれなりに上手くやっていくつもりです」

●居残った者
 冒険者ギルドから離れ、己の道を進んでいく者が現れる中、今まで通りの道を歩く者もいる。アヴェラ・ウッチェロもその一人、大陸中の門戸が開かれても、アヴェラはリブラネスタの冒険者ギルドに留まったまま、相変わらずギルドに投げ込まれる依頼をこなしていく日々を過ごしていた。

 アヴェラはギルドの運営する酒場の中で、掲示板に張り出された有象無象の依頼を眺めていた。平和になった世の中では、命を危険に晒して巨悪へ挑む、などという依頼は見当たらない。未だに跋扈する悪党を退治したり、森の魔獣から隊商を護衛したり、ほどほどの依頼ばかりだ。
 かつての主人に出会ってから、『彼女の面倒を見る』事に己の存在意義を見出し、その存在意義を頼って生きてきた。後に主人は自活の道を見出し、同時にアヴェラ自身も自分の価値を彼女に見出すことを止めにした……つもりだったが、今度は冒険者として依頼を果たし続ける日々にのめり込んでしまっている。自分の外にあるものに自分の存在意義を求めようとする。それはもう習い性となっていて、とても治りそうにない。
「ふぅ……」
 円卓の一つに腰を落ち着けて、アヴェラはグラスたっぷりのレモネードを飲む。
(皆元気かしらね)
 その脳裏にふと過ぎるのは、共に戦ってきた仲間達の事。彼らは彼らなりの道を見つけ、ギルドを旅立っていった。その中でアヴェラは自分の道を見つける事が出来なくて、リブラネスタのギルドに残ってしまった。
(まぁ、でも、これも一つの生き方かしらね)
 目の前にある仕事をただこなしていくだけの日々。しかしそれに目一杯打ち込むなら、生きている実感が得られる。少なくとも、暗殺者よりは世の人のためになっている確信はある。
(少なくとも、親切にしてくれた人達の力にはなれたはずね)

 不幸な事故で今日死んだとして、きっとそれなりに悪くない人生だったと思えるだろう。アヴェラはただそれだけは確信していた。
「さあ、今日の仕事はどうなるかしら」
 アヴェラはメイド服の裾からナイフを一本取り出す。酒場のテーブルからこっそり拝借したものだ。掲示板に狙いを定めて、鋭く擲つ。そのナイフは掲示板に張り出された一枚の依頼表に突き刺さり、びんと乾いた音を立てる。鮮やかな手捌きに、酒場の冒険者達は思わず誰もが彼女に目を奪われた。そんな視線など気にも留めず、彼女はナイフの刺さった依頼表を引き剥がす。
「ふむ……農村を荒らす大猪の群れを討伐する依頼、ね……」
 アヴェラは依頼表を周囲に突き出し、首を傾げて尋ねた。
「誰かついてくる人はいる?」

●新しい夢
 帝国南部のとある深い森の中、レピド・クロサイトはその奥深くに位置する小さな集落の跡地を訪れていた。かつては優れた死霊術師を輩出してきたその集落も、今では石の墓標が立ち並ぶのみである。
 レピドは亜麻布に包んでもらった花束を一つの墓標に供える。惨たらしい死の果てになおこの世に縛られたホムンクルスに心を痛め、道を誤った死霊術師の為に。
「マトリクス界とは、一体どんな場所なんだろうな」
 墓標に刻まれた名前をなぞり、レピドは尋ねる。死後の世界がいかばかりか、幾つも憶測は語られるが、その実を知る者は誰もいない。だからレピドは思う。そこは安らぎに満ちた幸せな世界であればと。疲れ切った狼も思わず癒されるような、そんな場所であればと。
「俺にも夢が出来たんだ。叶えたい夢が」
 ひとしきり祈りを捧げた後、レピドは狼へと切り出す。
「アンタがイヴ達を助けようとしたように……皆がそれぞれの人生を、後悔なく生き抜けるように、親を喪った子ども達を導きたいんだ」
 しかし、無知のままでは悲劇を招きかねない。心に封じ込められた痛みに気付かぬまま、それを明らかにしてしまうような。もっと知らなければならない。世界も、人の心も。
「……だから、沢山学ぶことにした。学園にも通って。俺みたいな存在にどれだけの時間が遺されているかはわからないが……それでも焦らずに頑張ろうと思う」
 レピドは立ち上がると、空を見上げて話しかける。
「あちらでゆっくり休んだら、少しは変わるだろうこの世界を見に来てくれ」

 隠れ里の跡地を離れたレピドは、その足で近くのドライバッハ家の領地を訪ねた。ホムンクルスの知己の一人が、彼をいつもの無表情で出迎える。
「お久しぶりですね。レピドさん」
「イヴ、元気だったか。……他の皆はどうしている?」
 イヴは畑の方角を手で示す。若い女や子供達が、揃って畑仕事に取り掛かっていた。
「何とかやっていますよ。少しずつ昔の事を夢に見たりしてうなされる事もありますが……それでも皆で力を合わせています」
「あ、笛の人!」
 彼に気付いた一人の少女が、畑を飛び出し駆け寄ってくる。
「ねえ! 今日もいつもの演奏聞かせてくれるの?」
 レピドは目を細めると、懐から横笛を取り出した。
「わかった。……すぐに吹いてやるから、そう焦らないでくれ」

「――最近はそんな風に過ごしていた」
 ヘーゼル城の庭園。コルネやルアンナに少し遅れてミーナの茶会へ合流したレピドは、ルアンナの作ったカップケーキをお供に近況報告を済ませていた。彼の話を聞いたコルネは、ほっと息を吐く。
「イヴさん達は無事なんですね。よかった」
「みんなで力を合わせて良くやっているようだった。……俺も頑張らないと、と思った」
 しみじみと呟くレピドの横顔をルアンナは見つめる。
「学園にも通うようになったんですよね?」
「ああ。これからはコルネリウスの後輩として頑張っていくことになるな。しばらくは王都で暮らすことになるし、コルネリウスにはよく世話になりそうだ」
「はい。ぜひ頼ってくださいね」
 コルネの弾む声を聞いて、レピドは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「自分に出来る事を一つずつ増やしていくんだ。……夢の為に」

●我思う故に
 グレイブ・ヤードはとある農村の広場に人々を集め、医術についての授業をしていた。藁の莚を広げて、少年少女達が思い思いに集めてきた野草をそこに並べる。
「ここにあるのはどれも皆さんが見慣れている野草ですが、この中にも使い方によって良い薬になるものが混じっています。……例えばこれですが」
 グレイブは白い花をつけた野草を一つ手に取る。
「この草には食あたりを抑える効能があり、葉を乾燥させたものを煎じた茶を飲めば、症状を和らげることが出来ます。また、こちらの野草には良い消炎作用があり……」
 彼は小さな三角の葉をつけたハーブを手に取ると、乳鉢に入れて丁寧にすり潰していく。
「こうして練り物としたものを捻挫や打撲の傷に当てておくと、腫れがより早く引いていきます。ただし、そうした外傷を負った際に何より大事なのはその患部を動かさないようにすることです。布を用いて適切に固定することで、傷の悪化は大きく緩和されます。今日は皆で三角巾の作り方とその固定法を覚えてもらいたい」

 グレイブは世界の村々を回って、自らの知る医療技術を広く人々に伝える日々を送っていた。世に巨悪は尽きようと、怪我と病気が尽きることはない。優れた医師のいる都市ならばいざ知らず、村の人々はそんな災難に漠然とした不安を抱えて生きている。グレイブはそんな彼らに少しの安らぎを与えようとしているのである。

 グレイブは領民に二人一組を作らせ、腕や足を折った時の固定法を教えていく。大抵は一度教えたくらいで上手くいかないが、中にはてきぱきと身につけてしまう者もいる。今日も一人の少年が一枚の三角巾で相手の腕をしっかり固定していた。
(悪くない手並みだ。彼には才能があるかもしれない)
 今教えているのは、応急手当や薬草の選別のような、慣れれば誰にでも出来る手業である。だが、それを学んでおくことで、いつかそこから発展し、医師として身を立てていく者が現れるかもしれない。グレイブはそんな未来も見越していた。

「しかし兄ちゃんは随分と詳しいな。冒険者なんだから、エーテルを使ってちょいちょい、じゃないのか?」
 一人の男がグレイブに尋ねる。鞘に納めたままの得物を手に取ったグレイブは、口元を緩めて小さく首を振る。
「確かにエーテルを用いた治療は便利です。……ですが、知識は分け与えられます。皆さんに伝えれば、皆さんにも実践してもらえる。これが良いのです」
「はあ……大層なご考えだねえ」
 男はただただ感心するばかりだ。そこへ、別の女もやってくる。彼女は大きくなったお腹を重そうに抱えていた。
「あの……一つ教えて欲しいのですけれど、お腹の子が無事に生まれてくるために、役に立つことって、どんな事があるでしょうか?」
「おお、めでたい事です。もちろん私が教えられるだけの事は教えますが、その前に……」
 グレイブは女に向き直る。人の営み、命の営み、生きる者を悦び、寿ぐのが、彼が彼に定めた使命だった。

 我思う、故に我有り。喩え目の前に広がる全てがエーテルの変移に過ぎないのだとしても、仮初なのだとしても、今まさに己が考え、感じているという事実だけは、己にとって揺るぎのない真実なのだ。

 刀を抜き放ったグレイブは、その刃にエーテルと共に祈りを込め、大きく張り出したお腹の前で捧げ持つ。
「これより生まれ出でる新たな命に幸いあれ」



 ロスガリア大陸に流れる安寧の時。誰もが各々の道を歩いている。

 その前途はきっと洋々だ。

マスターコメント

皆さんご参加ありがとうございました。 これにて影絵のアニエピカのシナリオも終了です。 また別のところでお世話になる事はあると思いますが、それはそれ。 皆さんのPCの幸福を祈りながら、この物語は幕引きとします。 ではでは。
ミドルシナリオ

ミドルシナリオ易しい 報酬:無し7 / 6〜8人

2024年04月22日 11時46分32秒 公開

大成功

相談掲示板

投稿はありません

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0