【迷壞】迷夢を壊す者
崎田航輝
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シナリオID:3341
オープニング
迷宮都市エドゥノーグ。
その一角のレストランの個室にて……迷宮記者フィリーは冒険者達へ改めて労いの言葉を伝えていた。
冒険者達が迷宮中層の枝場、『冥路』の攻略を開始してから暫く。
前回の調査は特段の危険が予想されていた事もあり、フィリーは冒険者達の帰還を心待ちにしていたという。
結果として無事に調査を終えられた事で……フィリーの顔には安堵と笑顔があった。
「皆さんならば、きっと最深部までの攻略が叶う事と思います」
言いながらも、フィリーは再び表情を引き締める。
冥路は人を惑わせ、迷わせる。
それが形ばかりのものではないのだと、冒険者達は詳らかにしてきた――故にこそ、この先にもさらなる危険が待っているに違いないのだから。
「今回も、十分な備えをした上で――冥路の攻略をお願いします」
●依頼
依頼にあたって、と。
フィリーは少しばかり恐縮そうな顔を見せる。
「皆さんにはまず、謝らせてください。あれからもまた、冥路の新たな情報を求めて方方を巡っていたのですが――」
今回は新しい探索者を見つける事はできなかったのだ、と言った。
「これまでに接触した元探索者の方々に、皆さんが手に入れてくれた情報を手に再び話を聞きにいったりもしてみました」
それによって、初めて口を開いたくれた者もいたというが――
「五階層から先について語る探索者さんはいませんでした」
彼らの様子は今までとは違った。
つまり、語りたくないのではなく語る事ができない。
「元探索者の方々は……全員、五階層の先について知らないようでした」
考えられる事実は一つ。
即ち、五階層から先に進んだ者はいない。未踏の枝場「冥路」の到達地点は、現時点でそこまでだった、という事だ。
根拠はありませんが、とフィリーは続ける。
「もしかしたら、冥路の最奥はもうすぐなのかも知れません」
冒険者達は、誰もが立ち入る事の出来なかった未踏の階層にたどり着いた。
それは、迷いと苦心が何よりの障壁になる――そんな極地の、最後の喉元にまで迫ったという事なのかも知れない、と。
「もちろん、推測に過ぎませんが」
だとすれば、そこに今までにない苦難が待っている事は間違いないはずだ。
故にとフィリーは声音に力を込める。
「お気をつけて。無事に、戻ってきてくださいね」
健闘をお祈りしています、と。
解説
マスターより
リプレイ
中層、冥路。
六階層へ下りながら、一行はここまでの情報を共有中。ヴィナスの説明に、カイン・ステラは頷いていた。
「なら、この先で上位版が出ても不思議はねぇな」
「そうだね。より賢くて、こちらの弱点を的確についてくるかも知れない」
ヴィナスの言葉に、海神 江流も「そうだな」と口を開く。
「挑む者を精神的に揺さぶる――ここはそんな傾向があったからね」
それは度を増すだけでなく、深く進む程に自身に近付き、遂には隣の味方にとっての自分になった。
となれば――
「次は自分自身と向き合わなくちゃならないのかも」
「自分そのものが、立ちはだかる……?」
ララベル・サン・ディーベルは呟きを零す。
迷宮で起きた事を思えば、そこには怖さもあった。
けれど足は止めない。その先をこの目で、確かめたいから。
「行こう」
言葉に皆も同じ心で……六階層への道へ踏み出した。
●風
「あれ? みんなは何処??」
六階層。
壁に囲われた部屋をララベルは見ていた。
一瞬前までは皆がいた。が、そこに仲間の気配は無くて。
(……そうか)
皆との会話を思い出す。前の階層と似た事が起きたのだろう、と。
故にララベルは焦らず警戒。
すると――
「ここだよ」
声に、ララベルは振り向く。
そこに人影が居た。
細身の体躯。女性のような顔立ち。それは確かに――
(自分をコピーした魔物……!)
予想通りの事態に、ララベルは飛び退いた。
そして素早く観察。魔物の装備もこちらと同じだと把握する。
(なら――)
剣を持つ者同士、如何に先手を取るかの戦いになる。
そう判じたララベルは即座に戦闘開始。まずは横に回ろうとした。
が、その直後。魔物――自壊幻想もそこへ追い縋る。
(速い!)
それは確かに、こちらに劣らぬ疾さだった。
それでも――
(負けない!)
ララベルにも蓄積した経験がある。
相手の刃を受け止め、剣撃。そこから壁を蹴り、宙で廻り。天井すらも足場にして急降下し、側面を取った。
そこで放った一閃は直撃、だが。
「やるね。でも、頑張ってどうするの」
――君は結局一人だ。
自壊幻想が口を開く。
いつしか、ララベルの視界が霞んでゆく。
「ここ、は……」
気づくと、ララベルは街に居た。
知らぬ場所ではない。
そこは――自分が小さかった頃の景色。
敵がいた筈の場所に、幼い自分が居て……近所の子供達がそれを囲んでいた。
――こいつ親がいないんだぜ。
――どこで生まれたかもわからないって。
投げられるのは心無い言葉。
小さなララベルは、それに抵抗が出来なかった。
その痛みが、今と重なって。心の中にずっと抱えていたものまで、溢れ出してしまう。
(僕は……)
両親はどこに居るのか。
生きているのか、死んでいるのか。
それすら判らない寂しさ。
(一人……)
だから敵の言葉が真実に思えて……一瞬、刃を手放しそうになった。
「やめなさい。あなた達、恥ずかしくないの?」
不意に凛と声がする。
幻の中にじゃない。それはララベル自身の心が知る声だ。
(……テュリン姉!)
目に浮かぶのは、彼女が庇ってくれた事。慰めてくれた事。
ララベルは柄を握り、眼を開く。
思い出す。彼女や他のお嫁さん達。自分には家族がいて、守る人達がいる事。それを自分自身が、他の誰より知っているのだから。
――僕は一人じゃない。
瞬間、幻がかき消える。
一度だけ息を吐き、ララベルは地を蹴った。
舞い踊るように。疾風のように。
自壊幻想も跳ぶが……ララベルの方が速い。
「喰らえ、神風四連撃!!」
迷うのは終わり。
相手の足を、腕を穿ち。腹を、心臓を貫いて――ララベルは己の偽物を打ち破った。
●光
「そういう事、ね」
広い部屋で、テュリン・ヴィングは迷宮最後の罠の正体を見ていた。
(まぁ、私自身も予想はしてたけど……)
かつっ、と。
靴を鳴らし、現れたのは一人の魔術師。テュリンと同じ容姿の人形だった。
テュリンは息を零す。
「相対してみると、改めてこの迷宮の性根の悪さが良く出てるわね」
「判っているようね」
心を見透かすように敵は言った。
――私はあなた。
その声音が、背筋に寒気を奔らせる。
テュリンは儀礼短剣を握るが……相手の方が先に言葉を紡いだ。
「随分急ぐのね。きっと、目を背けたいのでしょう」
自分自身から、と。
響く声と共に、部屋に闇が降りる。
皆が、自分に背を向けて進んでゆく。
テュリンはそれを見つめていた。
(……この景色は)
不意に力が抜けたように、テュリンは動けない。
否、違う。
自分は本当に“力”が無かったのだ。
――どうして剣が振るえない?
戦士の家系に生まれながら、テュリンにはその才が無かった。
無力は己に肩身の狭い時間を長く過ごさせた。その間、テュリン自身でさえ……己に失望を感じていたのかも知れない。
その冷たい時間が、蘇る。
――けれど。
「そんなのは自覚してるわよ」
テュリンは一瞬後にはもう、心を揺らがせない。
そこから決して目を背けない。
――だって、そうでしょ?
「今、私を必要としてくれる人がいる。だから――そんな相手にみっともない姿を見せる訳にはいかないでしょ」
テュリンは刃を翳し、魔力を渦巻かす。
その輝きに、迷夢が霧散していた。
「――」
自壊幻想は顔を歪め、魔力を集める。
だが速度も眩さも、テュリンには追いつかない。
相手も魔法で仕掛けてくると、テュリンには判っていた。長期戦は不向きだとも。
ならば一撃で終わらせるだけ。
「わざわざこんな悪趣味な真似してくれたんだもの。流石の私でも――ブチ切れるわよ」
その煌めきは鮮烈。
高速展開式超魔法で凝集した、ありったけのエーテル。その全てを解き放つと――爆発的な衝撃が生まれた。
余波が吹き荒れる。
決着は一瞬。
跡形も残さず、テュリンは自壊幻想を粉々に葬っていた。
●刃
(閉じた空間、か)
自分が部屋に居ると知ると、ヴィナスは素早く状況を見取っていた。
その広さ。
出口の無い壁。
そして……対角に立つ、人影。
「予想通りか」
呟き見据えるそれは……すべらかな金髪に涼やかなおもての男。
「やあ」
言って微かに笑む――ヴィナスに瓜二つの魔物だ。
自壊幻想。易い相手ではないと、ヴィナスは悟った。
(早速か)
直感を証明するように、自壊幻想は戦闘態勢。刃に赤光を纏わせていく。
早々にこちらを縛り、優位を取るつもりだろう――が。
目を見開いたのは自壊幻想の方。
一瞬早く、ヴィナスの方がそこへ迫っていたのだ。
「そう来るとは判ってたからね」
前階層より敵の力が上なら、持てる技は利用してくるだろう。
だからこそ。それをどう活かすかは、ヴィナス自身が一番よく知っていた。
故に初手の反応速度に全てを注ぐよう、躰にエーテルを流動させて疾駆していたのだ。
ヴィナスはそのまま一刀。
爆ぜた光で糸の如く、自壊幻想の体を縛っていた。
自壊幻想も連撃を返すが……動きの鈍りは如実。ヴィナスは斜めに宙を返って二撃を避け、被害を最小限に抑える。
だけに終わらず、着地しながら一閃。
相手の血飛沫が零れる頃には、再度距離を取っていた。
「……」
自壊幻想はよろめく。
だが、まだ斃れず――
「俺の心には翳りがない。まるで空っぽじゃないか」
自壊の消滅を責め立て、惑わそうとするように。言葉と共に刃から鋭い衝撃を飛ばした。
が、それにこちらが怯むと思っているなら――お門違い。
「似てるのは顔だけだね」
ヴィナスはひらりと躱し、背後の壁に罅を刻ませて。
「魔物に心配される必要がない程度には、満たされてるよ。面倒事には対処した、それだけの話」
直後には相手の眼前へ。
自壊幻想は刃を前に出す、が、ヴィナスの速度が上を行く。
最後の一撃は、当てる事に注力した刺突。
その刃に胸を貫かれ、自壊幻想は消滅した。
「さて、と」
ヴィナスは壁の罅を広げて外へ出る。
幾つもの部屋が見えるから――
「まずは合流かな」
その一つへと駆け出した。
●道
推察通りだ、と。
静かな部屋の中、江流は敵を見て心に呟く。
視線の先に立つそれは――自身と同じ姿の人影だった。
(まるで鏡だな)
相貌も装備も瓜二つ。
だがそれ故に、江流には予測出来る。
(中身は“典型的なシーフ”か)
それを証明するように、敵――自壊幻想は疾駆した。
先んじて攻撃を当てる狙いだ、が。
「させないさ」
江流は横合いから斜めへ疾駆。冷静に間合いをはかる。
避けるべきはエーテルによる不調。故に不意の一撃を受けない事に、まずは集中していた。
相手も弧を描くように距離を詰める。
が、その頃には江流も態勢は万全。
「遅い」
相手がエーテルを纏わせ、振り下ろした一刀に――右肩を引いて空を切らせた。
直後には江流が一刀。相手をエーテルで蝕む。
「やるじゃないか。でも」
と、よろけた自壊幻想は嘲笑った。
「その刃を、生き様を。誇れるのか」
瞬間、江流の見る景色が歪んでいく。
気づくとそこは闇だった。
清廉な花だけが、薄く輝いて列を成している。
見ればもう一人の江流が、そこから目を背けていた。
(……ああ)
江流は理解する。
あれは道だ。
妹を救えなかった事。その後悔から選んだ――仙道。
自分自身で決めた筈だった。なのに、真っ直ぐ歩めない。嘗て目指した道から、その江流は逸れようとしていたのだ。
――覚悟は、思いは、その程度だったのか。
迷う背中が訴える。
それが自身の心から聞こえる気がした。
「……」
けれど、江流は惑わない。
それは知っているからだ。逃げたのではなく、異なる道を選んだのだという事を。
「守ってやりたい人が出来たんだ」
過去を捨てる事とは違う。
“剣”も“仙”も、道とは人生。その過程で違う場所に立ったとしても――
「その志を持って道を進むなら。何処に立っていようと……剣士であり仙人を目指す者であっていいんだ」
それに、と。
「カノジョが出来たら紹介しろって前に言われてるんでな」
妹の言葉を思い返し、その人を想い。
振り抜く刃が、新しい道を創るように闇を裂く。
自壊幻想は抗うよう、連撃を放つ。だが江流は感覚を研ぎ澄ませてその全てを回避。
返す三連撃で――敵を斬り捨てた。
「……よし」
静寂が戻ると、江流は合流へ急ぐ。
仲間が気がかりだった。
●華
白妙の髪をふわりと揺らがせて。
シルヴィア・A・カペルは部屋の対角に立つ敵影を見やっていた。
「己を写す魔物か」
それは推測に違わぬ姿。
髪に相貌、そして武器に立ち居。模倣したのが見目だけではないのは明らかだった。
(……ならば)
勝敗を分けるのは戦略と意志だと。
シルヴィアは瞬時に意識を集中。翻した扇に魔力を巡らせ、光の矢を放った。
それは狙い違わず敵――自壊幻想の脚を穿つ。相手も魔法の矢を撃ち出すが……予見していたシルヴィアは横へ跳んで避けた。
(――攻め切る)
そして止まらず扇を一振り。
エーテルの霞を放って相手の知覚を蝕んでいく。
それでも自壊幻想は倒れない――と。
霞の奥。
見えたその顔が、虚ろな表情で言った。
「私は、私。けれど……本当に?」
瞬間、霞が広がってゆく。
シルヴィアは瞳を細め、臨戦態勢を解かない。
だが、かつりと。
靄から出た敵影に、手元が震えるのを自覚した。
(――あれは)
それはシルヴィアに間違いなかった。
けれど時折影が滲む。それは……旅をしていた頃の自分だ。
そう、“先生”の精神が毒で蝕まれていた頃。幼いシルヴィアが、祖父に見えていたというあの時。
(私は――)
逆流するように、過去が蘇った。
外見、性格、口調、思想まで……祖父のものへと“矯正”されていった記憶。
自分が薄らいでいく感覚。
それをどこかで受け入れていた心。
自壊幻想が、自身の髪を切り落としていく。
やめろと、声が出ない。
求められているのは祖父だったから。自分は祖父のなり損ないなのだから。
シルヴィアは目を閉じて――
けれど、目を開ける。
「……」
見下ろすのは凍花の指輪だった。
(彼は私だからこそ、この華を贈ると言ってくれた)
恋人がくれた大切な証。
清らかな凍花が、この記憶が知っている。
――ただの私を選んでくれた君の傍で、私は強くなろう。
「そう、伝えたね」
だからシルヴィアは迷わない。
「私は変化を求めたい」
想う心こそ自分自身のものだから。
いつしか傍に居た自壊幻想へ、シルヴィアは引かず接近。
青薔薇の花弁にも似た、美しい光を舞い散らせ――太刀で一刀。
淀みない、真っ直ぐの剣閃でその敵を断ち斬った。
●声
広い部屋の中。
カインはその魔物――自壊幻想と対峙していた。
弓を手に、見やる相手の顔は自分と瓜二つ。
(気味は良くないけどな)
思いながらも戦闘態勢を取る。
確かにそこに怯む心は無かった。
だが……どこか、違和感にも似た予感はあったろう。
それが現実となるように――自壊幻想が、全てを拒否するように目を閉じる。
瞬間、カインの視界が薄らいだ。
(……ここは)
温い風を感じて、カインは見回す。
どこだろう、と、考えたのは一瞬。草むら、畑、静寂の家々――そこが村だとすぐに判ったから。
カインは息を呑む。
手の届かない場所に、父と母、そして祖父母が立っていた。
死んでしまった彼らは……カインに嘆かわしい声音を向ける。
「こっちに来ないなんて、冷たい子」
「ああ、そうだね。皆、こんなに苦しんでいるのに」
まるで糾弾するかのように。
カインは息が継げない。
それを見た母は泣きながら、自身の腹をさすっていた。
「ねえ、お兄ちゃんが我儘を言っているの。本当に、困った子ね」
「……」
俺は、と。
カインは何かを言おうとして、言葉が出せない。
それに呆れるように、母は皆と共に首を振った。
「同じ病気で死んだ村の人達が、可哀想。なんて親不孝な子」
そうだ、と彼らは口々に同調する。
カインは何も出来なかった。
動揺に呑まれ、ただ立ち尽くした。
大鼬のファが鳴き声を上げ、カインははっとした。
「……」
そこでようやく敵が迫るのを見て――弓を握る。
(だめ、しねない)
残った微かな戦意。それを手繰り、カインは矢を放って物陰に転がり込んだ。
傍のファを見つめる。
彼女は一人目の主を殺されているのだ。これ以上、つらい思いをさせられない。だから自分が守らなくてはならない、と。
それでも心は冷え、手は震える。
景色は部屋へと戻っていくのに……カインの浅い吐息は治らない。
けれど死ぬ事だけは出来ない。相手の動きが鈍ったと判じたカインは――再び姿を出して射撃を続けた。
ただ自壊幻想も斃れず、反撃。カインの体力も削られ始める。
が、その時。
硝子の砕けるような音と共に、横の壁が破壊された。
現れたのは――ヴィナスとシルヴィアだ。
「大丈夫かい」
ヴィナスの声が向くと、カインは……頷きだけを返す。
その様子を目に、ヴィナスは――
「――俺は敵を。回復は任せても?」
「判った」
シルヴィアも応え、即行動。カインへと治癒の光を与え、体力を保たせた。
ヴィナスは敵へ。双剣で斬撃を与え追い込んでゆく。
後は優勢。
カインも射撃を重ね……自壊幻想を撃破した。
ファが心配そうに駆け寄ると、カインは抱き寄せて撫でてあげる。
そして二人にも視線と合図で礼を述べると――二人もまた頷きを返していた。
●力
(ここ、は……?)
そこが部屋だと判った瞬間から、フロマーシュ・ダイヤドロップは違和感を覚えていた。
確かにここは迷宮の筈だった。
なのに――
(どこかで見たような……)
豪華な調度。鎮座する大きなベッド。
その全てが、不可思議な感覚を与える。
はっと仰ぐ。そこに、自分を囲う幾人もの人影がいた。
「あ……」
瞬間、噴出するように――心の奥底にある薄暗いものが記憶を捕らえた。
(ここは……奴隷にされていた時の……!?)
フロマーシュはいつしか、ベッドにまで追い込まれていた。
抵抗が出来ない。だから理解した。
これは過去。それを、世界が力づくで再演しているのだ。
(このままだと……またあの時のように……!)
人影が押し倒そうと迫ってくる。
背筋が凍り、体が震え、胸の鼓動が激しくなる。
そこにあるのは冷たくて暗い記憶だった。
自分から全てを奪う、消えない現実。
逃れられない。フロマーシュはそう、目を閉じてしまいそうになった。
――けれど。
(違う)
強く声がする。
それは他の誰でもなく、自分自身から湧き上がるものだ。
いつかは、無力だったのかも知れないけれど。
「今の私は、力のない私じゃ、ない……!」
寸前で、フロマーシュは影を振り払う。
すると景色が晴れ、人影も調度品も、屋敷も消え去った。
残ったのが――
「私がいる……!? いや」
フロマーシュは刃を握り直す。
自身の顔をした魔物、自壊幻想。これがここでの相手なのだと判ったのだ。
(みんなは別の部屋。なら)
フロマーシュは己を透明な光で包み、守りを固めた。
敵も自身の防御力を高めるが……それは予想済み。守りに長ける者同士、持久戦になると想定していたからだ。
故にフロマーシュは聴覚で仲間の居る方向を確かめ――壁の破壊を優先した。
敵も剣撃を放ってくるが、フロマーシュはしかと防御。壁を破ると、後は殺界を張って敵の通り抜けも防ぐ。
同時にダメージも稼げば――
(合流が叶えば有利に戦えるはず……!)
そこで隣の部屋の壁を発見。
自身の体力も削られたが……相手に十分な痛手を加えた状態で、仲間の姿を発見した。
●咎
ライナ・フレイヴァルツは不意に、足元に草の感触を覚えた。
一瞬前まで、そこは床だった筈だから。
違和感に視線を上げ――
(……ここは)
慣れた木々の匂い。
草花の寄り添う小道。無人、だが――遺る人家の跡。
心音が強くなる。ライナはその場所を知っていた。
(私の里……)
そう、里“だった”場所。
今はもう自然に帰った筈の場所――故におかしいと感じる。目に映るのはあの時と変わらない景色だから。
(いや、ここは迷宮だった筈だ)
そこでライナは初めて、仲間が居ない事に気づく。
天眼で周囲を確認する――が。
直後、風切り音。鋭い氷柱が、木々の間から飛来していた。
「……!」
ライナはとっさに風の流れを読み、転げる。それで回避は叶ったが……木陰に背を預け、窺った先。
そこに一瞬、見えた。自身と同じ顔の魔物を。
(敵、か)
相手も潜伏は得手だろう。故にライナも暗黒障壁を召喚。遮蔽を作り戦う態勢を整える。
だが、刃を握る手がわなないた。
木々が強く、揺れてさざめいていたから。
(――ああ)
ライナは目を閉じる。
判っていた。
1220年6月。霊木と世界樹の異変。最期を迎えた同胞達。
自分だけがそれを知らずに居た事。
木々が、この里が、それを訴えていると。
(……)
ライナは呼吸を整え、障壁から顔を出す。
と、その瞬間、敵の放った黒弾が炸裂した。
直撃こそ免れたが――
(強い、な)
そしてふと、思いが擡げた。
――私は、死に導かれているのか。
己の影が齎す痛み。
風に啼く木々。
あの時、自分が気付いていれば何か出来たんじゃないか。その罪を、後悔を、この景色が精算してくれる気がして。
ライナはその誘惑に、身を委ねようとする。
死んでいった皆のもとに、と。
「いや、違う」
呟いたのは自分だった。
――私は。
(私はそんなことの為に皆に生かされているんじゃない!)
魔法を遠方に放ち、音を鳴らす。敵がそちらに動くと、こちらは木立を迂回し背後に回る。
それは生きる為の行動だった。
この過去は、これから先も一生後悔し、背負わなければならない罪だ。
だからこそ死ぬ訳にはいかない。
心が知っていた。これは幻などに断罪できる咎ではないのだと。
狙い通り、設置しておいた霧の空間に敵が囚われた。
ライナはそこへ、黒雷。
「例えこの森を焼き尽くそうとも。これが幻である限り私の歩みを止めることはできない!」
瞬間、爆ぜる衝撃で敵を巻き込み、木々をも爆砕。
「もう隠れられまい」
「――ライナ様!」
と、そこへフロマーシュも合流。
盾となって守りつつ、ライナの傷を癒やした。
「すまない」
言ったライナはもう万全。自身も反撃を受けるが――倒れず月影氷柱。苛烈な衝撃で敵を四散させた。
その頃には、フロマーシュも自分側の敵を両断している。
「大丈夫ですか?」
フロマーシュが駆け寄ると、ライナはああと応える。
「ありがとう」
その声音は少し穏やかで。
音がして、遠くを見やる。最奥への道が開いたようで――二人は顔を見合わせて、頷きを交わした。
●陽
「無事でよかったよ」
江流はカインの姿を確認し、安堵。頭を撫でて労ってあげていた。
皆もまた、続々と合流。全員揃って冥路を踏破していた。
最奥には多少の財宝もあった。
けれどそれより、テュリンは――歩んだ道のりを思う。
――人を惑わし、迷わせ、狂わせる枝場。
「随分と悪趣味極まりない代物ではあったけど、もしかしたら迷宮そのものが人の心を映す鏡なのかもしれないわね」
ここは、そうしたものが生み出した形の一つ……と、自身は考えているけれど。
「解き明かすにはまだまだ材料やら何やらが足りないわね」
だから――
「まぁ、これからじっくりと解き明かしていきましょうかね」
今はまず踏破を喜んで。
階段を上りながら言うと……隣のララベルも頷いて、口を開く。
「テュリン姉、ありがとうね」
「?」
テュリンは少きょとんとする。
けれどララベルはそれで良いというように地上へ笑みを向けていた。
皆もようやく日の下へ出る。
カインはずっと言葉を発さなかった。
ただ迷宮を出ると、江流の袖を引っ張って。人のいない物陰で――声も出さず涙を流す。
誰かの前でこんなふうに泣いたのは、久しぶりだ。
江流も静かに……もう一度、その頭を撫でてあげていた。
その後、皆の顔を見たフィリーは喜んだ。
戦果の報告に。そして何より皆の無事に。
「俺達のかっこいい記事書いてね」
宣伝用にうちの商会にも飾りたいからね、と。
ヴィナスの言葉に、フィリーは「はい!」と返事。最高の記事にしてみせますと、明るい笑顔を見せたのだった。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い8 / 6〜8人
2023年12月07日 11時29分53秒 公開
相談掲示板
キャスター、ライナ・フレイヴァルツだ。 3階層、4階層で攻略に携わった。 顔を合わせたメンバーもそうでないメンバーもよろしく頼む。 さて、5階層の情報を報告書から確認したが…。 自壊幻想というのは前の階層から出てきているのだな。 実際に戦ったメンバーから、どんな感じだったかを聞いてみたい所だな。 しかしトラウマを元に作り出される幻か…なんて悪趣味な。 自分との戦いということで、倒しきるかどうかは正直分からない。 ただし壁を壊そうと思っても2ターンかかることからさすがにきつそうだ。 撃破できた人から、壁の破壊を試みる感じになりそうか?
ウォーリアのフロマーシュ・ダイヤドロップと申します。私もライナ様同様、3階層、4階層の攻略に携わりましたっ。 皆様よろしくお願いいたしますっ! 過去のトラウマに、自分自身のコピー… 自分を乗り越えないといけない所なのですね… また、他の皆様のもとへ向かい、お守りするにはなかなかに手間がかかるのも辛い所です… 私のコピーとなると、火力が控えめな分、耐久力があるので短期決戦はかなり厳しい感じなのも、重ねて悩ましいです… それでも、助けに向かえられるようになりましたら、そちらに駆けつけられるよう頑張りたい所ですっ!
ヒーラーのシルヴィアだ。 枝場「冥路」の攻略には初めて参加するよ。今回はよろしくね。 前回の解説には模倣幻想について、 「コピー元の冒険者と同等のステータス(装備、スキル含む)を有する。言動も一定程度模倣する。戦闘においては、ダメージを与える事を優先して戦う」とあったね。やり口が単調だとも書かれていた。 自壊幻想と模倣幻想だと傾向が違うかもしれないけれど、対策を立てて自力での撃破を目指したいと思っている。悪夢は出来る限り自身の手で乗り越えたいし、ね。 前回のように仲間と連携して倒すのも良い手だ。ただ、ライナが言ってくれているように壁を壊すのに少々時間が掛かるのと、もしかしたら『自壊』に耐える姿を誰かに見られたくないという人もいるかもしれないと気掛かりで(とはいえ今回は全ての自壊幻影を倒して迷宮を踏破するのが目標だし、重傷者も出したく無いから、危険な状況になる前に加勢するつもりだ)。 壁は2Tは耐えるらしいから、もし自分が部屋から出る事が出来たら、まだ解放されていない部屋の壁を1Tずつ攻撃していく事を考えている。衝撃は内部に響くだろうし、部屋から出たい場合は中にいる人が同じ箇所か、射程が届く壁を攻撃してくれるかなって。 もし自力での自壊幻想の撃破が困難な場合は、厄介な『自壊』を破壊した上で、壁の破壊と皆との合流を試みてみるよ。
ヴィナスだよ。よろしくね。 6階層到達前には今までの敵について説明する旨は俺の方で書いておくよ。 前回は皮の模倣という色合いが強かったけど、今回はそうじゃないってことだろうね。 俺自身はトラウマは(史実ノベルで)克服しているので、合流優先で壁を壊すのも敵を倒してから倒すのでも大丈夫だと思う。