【帝国】黒曜子、重き思いと飲み込む声
狐野径
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シナリオID:3317
オープニング
シルトラース帝国の南部鎮守都市ヴィント。
帝都奪還に向けて、拠点となる古砦シャルトに向け、レイウェスト・バルダスらが出発する――その準備が整った夜。
レイウェストは眠れず、ベッドを離れた。
外を見れば、暗く沈んだ景色。
(夜は暗い……もっと、今は暗い……)
無意識に動く手は心臓をつかみだそうとしているよう。
先日世界樹を訪れた際見たフィルエス大森林はまぶしすぎるぐらいだった。
緑あふれ、命の豊かさを感じた。
一方で、帝国は【天霧りに消ゆる幽界樹】の影響で黒い霧が漂い、エーテルが吸われ不毛の大地と化していく。また、冷たさが空気を満たし、前に進もうという気持ちも凍てさせる。
幽界樹を倒さなければ、大地の疲弊は止められない。それに、不毛な大地は帝国にとどまらず、大陸全土に広がっていくだろう。
(帝都奪還は幽界樹を討伐することとつながる。そこには母上がいる)
幽界樹をエフレムに召喚させたのはレイウェストの母イダ・バルダス。そして、自分を倒すためにヨゼフ・バルダスが征竜を連れてくると知っている。幽界樹はエーテルを吸い上げ、力を蓄えている。
超越者たるイダとヨゼフ、世界の守護者の征竜――これらの戦いにくちばしを突っ込むのは並大抵ではない。しかし、突っ込まなければ、世界は変わる、滅ぶ。
征竜は人類の数を減らすことを宣言している。どういうことにつながるかはわからないが、今の世が続くとは到底思えない。
世界樹は人類に力を分け与え、世界を託した。守り、慈しむように、と。託されたもののためにも、多くのものを乗り越えなければならない。
だから、次期皇帝としてのレイウェストを旗頭に、他国や地域が連合を組んだ。帝都奪還だけでなく、今後自分たちの生きる世界を得るために。
(帝都奪還をする――幽界樹を倒し、イダ及びヨゼフを倒す、征竜も――)
途方もなく大きなことで、考えが追い付かない。
今日明日自分が生きるための決断ではなく、世界の存続を左右する決断が連続することともいえる。
それは人も多く命を落とすことにつながるかもしれない。
人を守れても失う何かがあるかもしれない。
イダとヨゼフ、征竜の戦いの勝敗がついた時の対応を誤れば、勝者がさらに力を得ることもある。どう介入をするのかはこれから考えていくことになるだろう。
すべてが手探りの中、判断していく、そして、命令を出さないとならない。
(覚悟は決めた、帝国の未来を背負う、という)
オルセン太閤コンラート・マフダルに言った言葉に偽りはない。
(私の身命はともかくとしても……)
各地であった人々、助けてくれた冒険者――笑顔も苦しい顔も、疑いも信頼も様々な感情もそこにあった。
(戦わなければより多くの人が死ぬ)
――恐ろしい。
――何が?
――死が?
――誰の?
――私は――いい――。
答えのない問いかけが頭の中をぐるぐるとめぐる。
かかわったもの、人、こと……様々浮かぶ。
幽界樹を召喚したエフレムのことが過った。
(でも、彼は私のために知恵を貸してくれた、なぜ? どうして?)
エフレムは幽界樹をイダに言われて召喚した。
幽界樹により壊滅した帝都、影響を受けた帝国の大地。そこで、レイウェストは生き残った。
そのエフレムはレイウェストと縁が切れた後も人類に力を貸して来た。
レイウェストのために。
(征竜は私がエフレムを動かし得るというが、私だけが特別な存在ではない)
シグルランがエフレムについてレイウェストを「結構トクベツに思ってる」と思っているらしいが。
レイウェストとしては、頼まれれば断れぬ人物である。だから、自分だけが特別とは思えない。幽界樹も召喚したのだから。
(今は母上の下にいるのだろうか?)
その場合、帝都で鉢合わせることもありうる。
敵なのか、どうなのかわからない。
バルコニーに出る。
薄着では非常に寒い。
ただ、その冷たさが、どこか心地よい。
何も考えないで済む。何もかもが凍てつく。
冷たい、寒い、頬が、目が痛い、喉が焼ける――。
近くは建物や夜警の明かり、遠くは一様に暗い空。
(冬は植物が生えないとしても、大地は芽吹きに向かい力を蓄えている――でも、幽霊樹にエーテルを吸い上げられそれもかなわない。討伐しなければ、私たちも同じ)
――芽吹かない。
深紅の瞳は決意が湧くが、街の灯りの一つが消えた瞬間、息を飲んだ。
恐怖が足下から一気に駆け上がり、心臓に達する。
不安に瞳が揺れ、悲鳴を飲み込む。
(私は……命令を下さなければならない――次期皇帝として、前に出なければならない……いや、これまでも人と話し、前には出た……しかし、国について何も学んできていない……)
見えない戦場、先の見えない現実、そして、第八皇子であり皇帝となるための教育を受けていないこと――多岐にわたる不安がのしかかり、息ができなくなる――。
見回りだろう光がちらりと見える。
足音や扉の開閉音など静かに響く。
ここには人がいるという意識が戻って来た。
(少し……歩いてこようか……眠れないのだから、夜風に当たるのも)
部屋で上着を羽織、庭に向かった。
帝都奪還に向けて、拠点となる古砦シャルトに向け、レイウェスト・バルダスらが出発する――その準備が整った夜。
レイウェストは眠れず、ベッドを離れた。
外を見れば、暗く沈んだ景色。
(夜は暗い……もっと、今は暗い……)
無意識に動く手は心臓をつかみだそうとしているよう。
先日世界樹を訪れた際見たフィルエス大森林はまぶしすぎるぐらいだった。
緑あふれ、命の豊かさを感じた。
一方で、帝国は【天霧りに消ゆる幽界樹】の影響で黒い霧が漂い、エーテルが吸われ不毛の大地と化していく。また、冷たさが空気を満たし、前に進もうという気持ちも凍てさせる。
幽界樹を倒さなければ、大地の疲弊は止められない。それに、不毛な大地は帝国にとどまらず、大陸全土に広がっていくだろう。
(帝都奪還は幽界樹を討伐することとつながる。そこには母上がいる)
幽界樹をエフレムに召喚させたのはレイウェストの母イダ・バルダス。そして、自分を倒すためにヨゼフ・バルダスが征竜を連れてくると知っている。幽界樹はエーテルを吸い上げ、力を蓄えている。
超越者たるイダとヨゼフ、世界の守護者の征竜――これらの戦いにくちばしを突っ込むのは並大抵ではない。しかし、突っ込まなければ、世界は変わる、滅ぶ。
征竜は人類の数を減らすことを宣言している。どういうことにつながるかはわからないが、今の世が続くとは到底思えない。
世界樹は人類に力を分け与え、世界を託した。守り、慈しむように、と。託されたもののためにも、多くのものを乗り越えなければならない。
だから、次期皇帝としてのレイウェストを旗頭に、他国や地域が連合を組んだ。帝都奪還だけでなく、今後自分たちの生きる世界を得るために。
(帝都奪還をする――幽界樹を倒し、イダ及びヨゼフを倒す、征竜も――)
途方もなく大きなことで、考えが追い付かない。
今日明日自分が生きるための決断ではなく、世界の存続を左右する決断が連続することともいえる。
それは人も多く命を落とすことにつながるかもしれない。
人を守れても失う何かがあるかもしれない。
イダとヨゼフ、征竜の戦いの勝敗がついた時の対応を誤れば、勝者がさらに力を得ることもある。どう介入をするのかはこれから考えていくことになるだろう。
すべてが手探りの中、判断していく、そして、命令を出さないとならない。
(覚悟は決めた、帝国の未来を背負う、という)
オルセン太閤コンラート・マフダルに言った言葉に偽りはない。
(私の身命はともかくとしても……)
各地であった人々、助けてくれた冒険者――笑顔も苦しい顔も、疑いも信頼も様々な感情もそこにあった。
(戦わなければより多くの人が死ぬ)
――恐ろしい。
――何が?
――死が?
――誰の?
――私は――いい――。
答えのない問いかけが頭の中をぐるぐるとめぐる。
かかわったもの、人、こと……様々浮かぶ。
幽界樹を召喚したエフレムのことが過った。
(でも、彼は私のために知恵を貸してくれた、なぜ? どうして?)
エフレムは幽界樹をイダに言われて召喚した。
幽界樹により壊滅した帝都、影響を受けた帝国の大地。そこで、レイウェストは生き残った。
そのエフレムはレイウェストと縁が切れた後も人類に力を貸して来た。
レイウェストのために。
(征竜は私がエフレムを動かし得るというが、私だけが特別な存在ではない)
シグルランがエフレムについてレイウェストを「結構トクベツに思ってる」と思っているらしいが。
レイウェストとしては、頼まれれば断れぬ人物である。だから、自分だけが特別とは思えない。幽界樹も召喚したのだから。
(今は母上の下にいるのだろうか?)
その場合、帝都で鉢合わせることもありうる。
敵なのか、どうなのかわからない。
バルコニーに出る。
薄着では非常に寒い。
ただ、その冷たさが、どこか心地よい。
何も考えないで済む。何もかもが凍てつく。
冷たい、寒い、頬が、目が痛い、喉が焼ける――。
近くは建物や夜警の明かり、遠くは一様に暗い空。
(冬は植物が生えないとしても、大地は芽吹きに向かい力を蓄えている――でも、幽霊樹にエーテルを吸い上げられそれもかなわない。討伐しなければ、私たちも同じ)
――芽吹かない。
深紅の瞳は決意が湧くが、街の灯りの一つが消えた瞬間、息を飲んだ。
恐怖が足下から一気に駆け上がり、心臓に達する。
不安に瞳が揺れ、悲鳴を飲み込む。
(私は……命令を下さなければならない――次期皇帝として、前に出なければならない……いや、これまでも人と話し、前には出た……しかし、国について何も学んできていない……)
見えない戦場、先の見えない現実、そして、第八皇子であり皇帝となるための教育を受けていないこと――多岐にわたる不安がのしかかり、息ができなくなる――。
見回りだろう光がちらりと見える。
足音や扉の開閉音など静かに響く。
ここには人がいるという意識が戻って来た。
(少し……歩いてこようか……眠れないのだから、夜風に当たるのも)
部屋で上着を羽織、庭に向かった。
解説
●状況
帝都奪還に向けた行動が進む日の夜の出来事。
雨は降っていないが、大変寒い。
冒険者たちはレイウェスト・バルダスがいる建物等の警備・護衛として雇われています。
ヴィントの中でも、レイウェストがいる建物は厳重な警備体制が敷かれています。帝国の兵士もいますが、冒険者の力も借りています。
※PL情報として、念のためにいうならば、ここで事件が起こるということはないです。
庭には小道とベンチがあります。
また、警備もいるし、人の目は適度にあります。
●レイウェスト・バルダス
帝都奪還の旗頭であり、帝国の次期皇帝。
第八皇子であり、生き残った帝国の皇族ということで、復興のため奔走。
帝都奪還や帝国の国民とともにあるという気持ち、決意はあります。
帝都奪還が今必要なことだと分かっているけれども、状況の重さに心は悲鳴すら上げることはなくなっています。
眠れず、庭に赴き、夜風に当たっています。
誰かいること、話しをすることで気がまぎれることもあります。
マスターより
こんにちは、狐野径です。
帝都奪還に向け一気に事態は加速していきます。
そこではイダと幽界樹、ヨゼフと征竜の戦いは決して静観できるような状況ではありません。介入しなければ世界樹に託された世界を守ることも慈しむこともできない――今の世界が変わり自分たちの在り方も変わる事になるのです。
レイウェストに決意があっても、そこには冒険者や兵士たち、多くの協力が必要です。
レイウェストは耐えてきていますが、心がつぶれるのは何時かわかりません。
よろしくお願いします。
リプレイ
●ひとり、歩く
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは扉が開閉する音に気付く。
確認に行くとレイウェスト・バルダスが庭に向かっていた。
(今回の帝都奪還作戦が帝国のみならず、人類の命運を大きく左右するという大きなプレッシャーに悩んでいらっしゃるようだ。何とかお力になれないものか……)
ひとまず見守る。
ベルク・オスマットはレイウェストが庭に出ていくのを見かける。
「エフレムめ、どこまでも殿下の御心をざわつかせて、揺さぶってくれる」
帝都奪還であるだろう状況や話から、エフレムを埋めることが叶わぬ己のふがいなさにいら立つ。
一旦ここを離れ、台所に向かった。
トーラは建物内を歩いているとき、レイウェストを見かけた。
寝ている頃合いでもあるため、驚き、追いかける。
(こ、声をかけないと……)
庭に出てそちらに向かおうとしたが、足が動かない。
話しかける勇気が欲しかった。
ロゼットは庭に出てくるレイウェストに気付いた。
(連合軍の代表というだけでも重い責任だけど、相対するのがイダ・バルダスとヨゼフ・バルダス、征竜にエフレムとなれば気も休まらない……か)
声をかけようと庭に向かう。
(せめて、気持ちが前を向くように話せればいいのだけど)
ヴィルヘルミナは自室に向かっている最中、レイウェストを見かけた。
警備もあるし危険がないだろうけれども様子を見る。声をかけるつもりも。
ナハト・シュライバーは休憩を取っていた。
温かいホットチョコレートの入ったカップを手にしたとき、風の流れにレイウェストの匂いを嗅ぎ取る。
気になり、向かった。
●思い一つ
ナハトはレイウェストの心中を慮る。人柄や立場上、逃げたり弱音を吐くことはできないのだ、と。
「お供させてください」
レイウェストは、誰かがいると認識していなかった、そんな感じの顔をした。
「構わない」
レイウェストはベンチに座ろうとした。
ナハトは「これを使ってください」とブランケットを手渡す。
「こちらも……甘く温かいものを取ると元気になるので……」
レイウェストは受け取ったコップを両手で包み込むように持った。何を考えているかわからない、無に近い表情で。
ナハトは風上に体をずらし「持っているだけでも温かいですよね」と、話しかけるが、レイウェストの反応は薄い。
ナハトはレイウェストの悩みの一助になれば、と、思いを話し始める。
「僕は殿下の剣になると誓った身ですが、最近まで悩んでいました。というか、情けない話ではあるのですが、怖かったのです」
なぜ、と問うような目が向けられる。
「敬愛していた兄がバルダス陛下のもとにいること、戦場で兄と邂逅することが」
「……」
「今でもやっぱり怖いです。でも、考えたんです。戦わなければいけないにしても、ちゃんと会って話をしようって。心の整理をつけなきゃ、この先ずっと後悔しそうだから、逃げずに向き合うと決めたんです」
レイウェストは「そうか」と小さく漏らした。
「兄になんと言われようとも、僕はレイウェスト殿下の剣です。殿下は、エフレム様にお会いするのが怖いですか?」
「それは……」
「僕は悔いなく前に進むためにも向き合った方がいいと思います。偉そうなことは言えた身ではないのですが」
苦笑した。
「わからないことは直接聞きましょう、会えたら」
「聞いて答えてくれるものだろうか」
「聞いてみないと分かりません」
ナハトは警備につく。
ヴィルヘルミナはレイウェストに「これで顔を合わせるのは3度目でしょうか」と告げる。
1度目はエドゥノーグ、2度目はヨゼフとの会談。
「まだ、2~3年程度の話ではあるのですが」
「ずいぶん状況が変わった」
レイウェストは冷たい空気を見るように顔を上げる。
ヴィルヘルミナは「私も適当に飲むので、温かいうちに、お飲みください」と勧める。
レイウェストはコップのことを思い出し、中身を口に含んだ。
ヴィルヘルミナは話し始める。
「その肩にかかる重圧は途方もないでしょう。少なくとも私には想像もつかない程度は」
レイウェストはヴィルヘルミナの方に目を向ける。
「何も備えなく放り出され、激動する時代に翻弄され、今もなお、険しい道を選んでいる感じですし」
ヴィルヘルミナが蒸留酒を口に含むと、レイウェストもつられるようにコップを口に運んだ。
「今も先も色々と思うことも悩むこともあるでしょうが、まずは生きて帰ることですね」
「……ああ」
「ここから先は荒れ狂う災害に飛び込んでいくようなものですから、そこで果ててれば悩みは終わります。責任感があることは悪いことでもないのですが、まずは、今ですしね」
ヴィルヘルミナは蒸留酒をあおる。
「戦う理由なんて私は単純ですしね。大事な人と一緒にいたい、やってみたいことがあるとか、なんてことのないごく普通のことなので」
「……」
「弱音でも愚痴でも言ってしまいたいことがあれば聞きますよ。あなたに親身な方々もいますが、身近であるからこそ吐けないこともあるでしょうし」
レイウェストは考えこみ、ホットチョコレートを飲みほした。
「気にしない方もいるでしょうが、相手が気にしなくても話し手が気にすることとかありますからね」
「私は……いや……」
「自分の問題だから……というのも、心の中にとどめておくと意外と心労になりますし。私はやんごとなき生まれでもない、かといって、しがらみが多いわけでもない、ただのヒトですからね、気楽なものです」
ヴィルヘルミナは蒸留酒をあおりながら、レイウェストを見た。
(簡単に喋れていたら、苦労はないか)
人影に気付いたので「それは持っていきますね」と空のカップを回収して、離れた。
トーラはどう話しかけるか決まっていなかったが、コーヒーが温かいうちに決断する必要があった。
緊張のあまり動きがカチコチな状況かつ、コーヒーをレイウェストにぶちまけないように注意しながら、何とか近くまでたどり着く。
「具合悪いなら、お水持ってきましょうか?」
迷宮都市エドゥノーグで出会ったときの言葉。
「覚えていますか? 3年前にもこうやってお会いしましたよね」
「ああ、ハンカチを……あの頃は、こうなるとは考えもしなかった」
「そうですね……今日は水ではなくてコーヒーです」
レイウェストはコップを受け取り「温かいな」とつぶやく。
トーラは渡せてホッとしたし、言葉も嬉しかった。
「あの時は一人で帝国を支えるため重圧に押し潰されぬよう必死にしていたレイウェストさま。ですが、今では見違えるように強くなりました」
「そう見えるなら喜ばしいことだが……」
「もちろんですよ! 多くの国や人を味方に付け、帝都を奪還するどころか世界を救おうとしているのです。超越者でない個人の力なんて微々たるものです。それでも、困難と責任に真摯に立ち向かう……多くの人を惹き付ける力をレイウェストさまは持っています」
「買い被りすぎだ」
トーラは首を横に振る。
「不安なこともあるかと思いますけれど、レイウェストさまには多くの人がついているのですから。きっと上手くいきますよ!!」
力いっぱい告げる。
「こんな事、誰にも出来ることでは無いんです。もっと胸を張って下さい。本当に、たった3年でレイウェストさまはこんなに強くなりました」
「そういってもらえると嬉しいよ」
「……はいっ!」
レイウェストとの会話が途切れた。
会話できたことや、レイウェストの表情が緩んだように見えたのは嬉しい。
ただ、トーラは本当に言いたいことを言葉にすることができなかった。
(こんなチャンスなのに、想いを伝えれないわたしなんて、レイウェストさまと違って本当に弱虫ですね……)
トーラはお辞儀して場を離れた。
ロゼットは「今よろしいでしょうか?」と声をかける。
レイウェストは「構わない」と答えるが、冷たい風が喉を刺激するのか、かすれた小さな声だった。
ロゼットはレイウェストのカップを見た。
「せっかくなのです、お飲みください。喉も潤いますよ」
レイウェストはコーヒーを飲む。
ロゼットは丁寧にあいさつする。
「お初にお目にかかります。シグモルの神官ロゼットと申します」
「シグモル?」
どういう心情で反芻したかわからないが、ロゼットは話しを進めた。
「そうです……眠れないようでしたら、少し私の話にお付き合い頂けますか」
レイウェストは何も言わないので、肯定と捉えロゼットは続けた。
「私はシグモル火山帯で、皇帝ヨゼフと対面しました」
レイウェストの目が見開かれる。あの地であったことを聞いているからだろう。
ロゼットは様子に注意を払いつつ、話す。
「ボルガニスク様の御力を奪い、民を殺め、怒りを感じています。ですが、あの皇帝が君臨していた帝国が、かつて大陸最大の強国であったことには納得がいきました」
レイウェストは何と言っていいかわからない様子だ。
「あのような覇者に憧れる人間も多いかもしれません」
レイウェストが苦しそうな表情をしたため、ロゼッタは首を横に振る。
「それでも私は、殿下に皇帝になって欲しいと思います」
「しかし」
「殿下は御自身を、未熟と思っておいでかもしれませんが、帝国の崩壊から3年、殿下は多くの指導者と相対してきました」
「未熟だから、そうするしかなかったからであって……」
ロゼットは首を横に振った。
「リーンエス王国、エラトゥーン都市同盟、ゴールディや他にも。助力だけでなく、様々な指導者の在り方を学んでこられた。ヨゼフが覇者であるように、殿下もまた王者であられますよ」
「私は帝王学を学んでいない」
「どう学ぶかは人それぞれでしょう。出会った方々を手本に、あるいは教訓としてお考えください。そうすれば、きっと良い指導者となられるでしょう」
レイウェストは驚いたような顔をしていた。
「……偉そうなことを申し上げました。ご容赦ください」
「いや……そういう考え方があるのか……」
「一助になれば、幸いです」
ロゼットは「近くにはおります」とお辞儀して、場を後にした。
ベルクはホットチョコレートの入ったカップを手に、
「失礼いたします殿下。まもなく出発故、気が高ぶっておられるやもしれませぬが、今宵も帝国の夜は寒うございます。温かい物をお持ちしましたゆえ、お体を温めくだされ」
と、声をかけた。その際、レイウェストが手にしているカップに気付いた。
「すでにお持ちでしたか」
「皆、親切にしてくれている。これは空だから、いただこう」
ベルクはコップを交換する。
空のコップからは、レイウェストの手のぬくもりだけでなく、他の人の思いも感じられるようだった。
「殿下、我には殿下の悩み事は分かりませぬ。それは身分の上下に関わらず、我は我であり殿下は殿下であるからでございます。我にできることは殿下のお傍に侍ること、そして殿下の耳目、手足となることなれば。我でなくともバルディオン将軍閣下でもメアリー・リーンエスでも、もしくは……」
ベルクは言葉を切り、若干いやいやながら固有名詞を続けた。
「……ウィリアム・リーンエスでも構いませぬゆえ、どうか周囲の者を頼り、その御心を打ち明けくだされ。殿下の御心分らざれば、我らにお支えできることか、お手をお貸しすることが叶う物かも分らぬのです」
「しかし、これまでもそなたたちは私を支え、力を貸してくれている」
ベルクとしてはもっと頼って欲しいとも思う。一方で、気持ちを告げる前に何を告げていいかもわからないことがあると理解できる。
レイウェストが抱えるのは様々なしがらみや思いがあるだろうから。
ベルクはカップをベンチに置くと、
「我は殿下に侍る者、この身尽きるまで殿下と共に。殿下の描く道筋や未来のために、この身いかようにもお使いくだされ」
と、深く頭を垂れる。忠義を示すために。
「気持ちは嬉しく思う。どんな事であっても、無理なことはしてほしくはない。生きて、ともに前に進んでくれるといい」
「は」
一人で考える時間もいるだろうと、ベルクはその場を離れた。
アルベルトはナハトやベルクなどの姿を認め、レイウェストが一人でないことで安堵する。
「殿下、お寒うございませんか?」
手にカップを持つレイウェストは「確かに」とつぶやく。
「でも、どこか、心地いい」
アルベルトはうなずくと、風が吹いてくる方に立った。
コップを持っていることから話を進め、レイウェストの悩みに触れていく。
「自分は殿下の【高潔なる志】に魅かれて忠誠を誓いました。殿下には今後も変わることなく帝国の民をより良い方向に導くためにお力を注いでいただきたいのです。その為なら、このアルベルトいかなる労苦も厭わない覚悟です」
アルベルトを騎士として認めたときのことをレイウェストは思い出す。
変わることなく――変わらないでいられるのだろうか、と、レイウェストは考えた。
祖父や母の状況、皇族として何も学んでいなかった自分。
アルベルトは訥々と言葉を紡ぐ。
「帝国の臣民も、これまでの民をより良い方向に導くために尽くしてこられた殿下のご功績を十分に理解しているはずです。臣民も殿下についてまいりましょう」
レイウェストは「臣民……功績……」部分的に言葉を反芻した後、はっきりと告げる。
「一人でしてきたわけではない。そなたや冒険者が手を貸してくれ、他の国や地域の人たちがいた」
「ですが、手を貸してくれと動かれたのは殿下です。殿下だったからこそ、自分のようについてくるものがいたのです」
「……」
「殿下は、今回の帝都奪還の戦いが帝国のみならず人類の命運を左右するということをお考えになられ、その重大性に圧し潰されそうになっていらっしゃいますね」
レイウェストは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「なぜ、殿下はその重荷をお一人で抱えようとされるのですか? 自分は頼りになりませんか?」
「そうではない」
「自分は殿下の騎士であります。その重荷を一緒に支えるためにこれまでも闘ってまいりました。殿下、どうかこのアルベルトにお命じください。『共にこの重荷を背負え』と」
レイウェストは唇をかむ。顔色は白く、凍り付いているようだった。
「アルベルト、そなたの忠誠はありがたく、嬉しく思う。だが一方で、もし私の命でそなたが死ぬような事があっては、胸が締め付けられる想いになる」
レイウェストは言葉を切り、少し考えた。
「……未熟な私はこう願おう。どうか私と共に在ってくれ。だが、決して死ぬな」
「はっ」
アルベルトは頭を垂れた。
レイウェストはしばらくして、部屋に戻った。
悩みの解決が難しいことは分かっていた。
それでも、支え、見守ってくれる人たちがいること、前に進むことで、多くの民が救える可能性があること――手に残ったぬくもりを抱きしめた。
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは扉が開閉する音に気付く。
確認に行くとレイウェスト・バルダスが庭に向かっていた。
(今回の帝都奪還作戦が帝国のみならず、人類の命運を大きく左右するという大きなプレッシャーに悩んでいらっしゃるようだ。何とかお力になれないものか……)
ひとまず見守る。
ベルク・オスマットはレイウェストが庭に出ていくのを見かける。
「エフレムめ、どこまでも殿下の御心をざわつかせて、揺さぶってくれる」
帝都奪還であるだろう状況や話から、エフレムを埋めることが叶わぬ己のふがいなさにいら立つ。
一旦ここを離れ、台所に向かった。
トーラは建物内を歩いているとき、レイウェストを見かけた。
寝ている頃合いでもあるため、驚き、追いかける。
(こ、声をかけないと……)
庭に出てそちらに向かおうとしたが、足が動かない。
話しかける勇気が欲しかった。
ロゼットは庭に出てくるレイウェストに気付いた。
(連合軍の代表というだけでも重い責任だけど、相対するのがイダ・バルダスとヨゼフ・バルダス、征竜にエフレムとなれば気も休まらない……か)
声をかけようと庭に向かう。
(せめて、気持ちが前を向くように話せればいいのだけど)
ヴィルヘルミナは自室に向かっている最中、レイウェストを見かけた。
警備もあるし危険がないだろうけれども様子を見る。声をかけるつもりも。
ナハト・シュライバーは休憩を取っていた。
温かいホットチョコレートの入ったカップを手にしたとき、風の流れにレイウェストの匂いを嗅ぎ取る。
気になり、向かった。
●思い一つ
ナハトはレイウェストの心中を慮る。人柄や立場上、逃げたり弱音を吐くことはできないのだ、と。
「お供させてください」
レイウェストは、誰かがいると認識していなかった、そんな感じの顔をした。
「構わない」
レイウェストはベンチに座ろうとした。
ナハトは「これを使ってください」とブランケットを手渡す。
「こちらも……甘く温かいものを取ると元気になるので……」
レイウェストは受け取ったコップを両手で包み込むように持った。何を考えているかわからない、無に近い表情で。
ナハトは風上に体をずらし「持っているだけでも温かいですよね」と、話しかけるが、レイウェストの反応は薄い。
ナハトはレイウェストの悩みの一助になれば、と、思いを話し始める。
「僕は殿下の剣になると誓った身ですが、最近まで悩んでいました。というか、情けない話ではあるのですが、怖かったのです」
なぜ、と問うような目が向けられる。
「敬愛していた兄がバルダス陛下のもとにいること、戦場で兄と邂逅することが」
「……」
「今でもやっぱり怖いです。でも、考えたんです。戦わなければいけないにしても、ちゃんと会って話をしようって。心の整理をつけなきゃ、この先ずっと後悔しそうだから、逃げずに向き合うと決めたんです」
レイウェストは「そうか」と小さく漏らした。
「兄になんと言われようとも、僕はレイウェスト殿下の剣です。殿下は、エフレム様にお会いするのが怖いですか?」
「それは……」
「僕は悔いなく前に進むためにも向き合った方がいいと思います。偉そうなことは言えた身ではないのですが」
苦笑した。
「わからないことは直接聞きましょう、会えたら」
「聞いて答えてくれるものだろうか」
「聞いてみないと分かりません」
ナハトは警備につく。
ヴィルヘルミナはレイウェストに「これで顔を合わせるのは3度目でしょうか」と告げる。
1度目はエドゥノーグ、2度目はヨゼフとの会談。
「まだ、2~3年程度の話ではあるのですが」
「ずいぶん状況が変わった」
レイウェストは冷たい空気を見るように顔を上げる。
ヴィルヘルミナは「私も適当に飲むので、温かいうちに、お飲みください」と勧める。
レイウェストはコップのことを思い出し、中身を口に含んだ。
ヴィルヘルミナは話し始める。
「その肩にかかる重圧は途方もないでしょう。少なくとも私には想像もつかない程度は」
レイウェストはヴィルヘルミナの方に目を向ける。
「何も備えなく放り出され、激動する時代に翻弄され、今もなお、険しい道を選んでいる感じですし」
ヴィルヘルミナが蒸留酒を口に含むと、レイウェストもつられるようにコップを口に運んだ。
「今も先も色々と思うことも悩むこともあるでしょうが、まずは生きて帰ることですね」
「……ああ」
「ここから先は荒れ狂う災害に飛び込んでいくようなものですから、そこで果ててれば悩みは終わります。責任感があることは悪いことでもないのですが、まずは、今ですしね」
ヴィルヘルミナは蒸留酒をあおる。
「戦う理由なんて私は単純ですしね。大事な人と一緒にいたい、やってみたいことがあるとか、なんてことのないごく普通のことなので」
「……」
「弱音でも愚痴でも言ってしまいたいことがあれば聞きますよ。あなたに親身な方々もいますが、身近であるからこそ吐けないこともあるでしょうし」
レイウェストは考えこみ、ホットチョコレートを飲みほした。
「気にしない方もいるでしょうが、相手が気にしなくても話し手が気にすることとかありますからね」
「私は……いや……」
「自分の問題だから……というのも、心の中にとどめておくと意外と心労になりますし。私はやんごとなき生まれでもない、かといって、しがらみが多いわけでもない、ただのヒトですからね、気楽なものです」
ヴィルヘルミナは蒸留酒をあおりながら、レイウェストを見た。
(簡単に喋れていたら、苦労はないか)
人影に気付いたので「それは持っていきますね」と空のカップを回収して、離れた。
トーラはどう話しかけるか決まっていなかったが、コーヒーが温かいうちに決断する必要があった。
緊張のあまり動きがカチコチな状況かつ、コーヒーをレイウェストにぶちまけないように注意しながら、何とか近くまでたどり着く。
「具合悪いなら、お水持ってきましょうか?」
迷宮都市エドゥノーグで出会ったときの言葉。
「覚えていますか? 3年前にもこうやってお会いしましたよね」
「ああ、ハンカチを……あの頃は、こうなるとは考えもしなかった」
「そうですね……今日は水ではなくてコーヒーです」
レイウェストはコップを受け取り「温かいな」とつぶやく。
トーラは渡せてホッとしたし、言葉も嬉しかった。
「あの時は一人で帝国を支えるため重圧に押し潰されぬよう必死にしていたレイウェストさま。ですが、今では見違えるように強くなりました」
「そう見えるなら喜ばしいことだが……」
「もちろんですよ! 多くの国や人を味方に付け、帝都を奪還するどころか世界を救おうとしているのです。超越者でない個人の力なんて微々たるものです。それでも、困難と責任に真摯に立ち向かう……多くの人を惹き付ける力をレイウェストさまは持っています」
「買い被りすぎだ」
トーラは首を横に振る。
「不安なこともあるかと思いますけれど、レイウェストさまには多くの人がついているのですから。きっと上手くいきますよ!!」
力いっぱい告げる。
「こんな事、誰にも出来ることでは無いんです。もっと胸を張って下さい。本当に、たった3年でレイウェストさまはこんなに強くなりました」
「そういってもらえると嬉しいよ」
「……はいっ!」
レイウェストとの会話が途切れた。
会話できたことや、レイウェストの表情が緩んだように見えたのは嬉しい。
ただ、トーラは本当に言いたいことを言葉にすることができなかった。
(こんなチャンスなのに、想いを伝えれないわたしなんて、レイウェストさまと違って本当に弱虫ですね……)
トーラはお辞儀して場を離れた。
ロゼットは「今よろしいでしょうか?」と声をかける。
レイウェストは「構わない」と答えるが、冷たい風が喉を刺激するのか、かすれた小さな声だった。
ロゼットはレイウェストのカップを見た。
「せっかくなのです、お飲みください。喉も潤いますよ」
レイウェストはコーヒーを飲む。
ロゼットは丁寧にあいさつする。
「お初にお目にかかります。シグモルの神官ロゼットと申します」
「シグモル?」
どういう心情で反芻したかわからないが、ロゼットは話しを進めた。
「そうです……眠れないようでしたら、少し私の話にお付き合い頂けますか」
レイウェストは何も言わないので、肯定と捉えロゼットは続けた。
「私はシグモル火山帯で、皇帝ヨゼフと対面しました」
レイウェストの目が見開かれる。あの地であったことを聞いているからだろう。
ロゼットは様子に注意を払いつつ、話す。
「ボルガニスク様の御力を奪い、民を殺め、怒りを感じています。ですが、あの皇帝が君臨していた帝国が、かつて大陸最大の強国であったことには納得がいきました」
レイウェストは何と言っていいかわからない様子だ。
「あのような覇者に憧れる人間も多いかもしれません」
レイウェストが苦しそうな表情をしたため、ロゼッタは首を横に振る。
「それでも私は、殿下に皇帝になって欲しいと思います」
「しかし」
「殿下は御自身を、未熟と思っておいでかもしれませんが、帝国の崩壊から3年、殿下は多くの指導者と相対してきました」
「未熟だから、そうするしかなかったからであって……」
ロゼットは首を横に振った。
「リーンエス王国、エラトゥーン都市同盟、ゴールディや他にも。助力だけでなく、様々な指導者の在り方を学んでこられた。ヨゼフが覇者であるように、殿下もまた王者であられますよ」
「私は帝王学を学んでいない」
「どう学ぶかは人それぞれでしょう。出会った方々を手本に、あるいは教訓としてお考えください。そうすれば、きっと良い指導者となられるでしょう」
レイウェストは驚いたような顔をしていた。
「……偉そうなことを申し上げました。ご容赦ください」
「いや……そういう考え方があるのか……」
「一助になれば、幸いです」
ロゼットは「近くにはおります」とお辞儀して、場を後にした。
ベルクはホットチョコレートの入ったカップを手に、
「失礼いたします殿下。まもなく出発故、気が高ぶっておられるやもしれませぬが、今宵も帝国の夜は寒うございます。温かい物をお持ちしましたゆえ、お体を温めくだされ」
と、声をかけた。その際、レイウェストが手にしているカップに気付いた。
「すでにお持ちでしたか」
「皆、親切にしてくれている。これは空だから、いただこう」
ベルクはコップを交換する。
空のコップからは、レイウェストの手のぬくもりだけでなく、他の人の思いも感じられるようだった。
「殿下、我には殿下の悩み事は分かりませぬ。それは身分の上下に関わらず、我は我であり殿下は殿下であるからでございます。我にできることは殿下のお傍に侍ること、そして殿下の耳目、手足となることなれば。我でなくともバルディオン将軍閣下でもメアリー・リーンエスでも、もしくは……」
ベルクは言葉を切り、若干いやいやながら固有名詞を続けた。
「……ウィリアム・リーンエスでも構いませぬゆえ、どうか周囲の者を頼り、その御心を打ち明けくだされ。殿下の御心分らざれば、我らにお支えできることか、お手をお貸しすることが叶う物かも分らぬのです」
「しかし、これまでもそなたたちは私を支え、力を貸してくれている」
ベルクとしてはもっと頼って欲しいとも思う。一方で、気持ちを告げる前に何を告げていいかもわからないことがあると理解できる。
レイウェストが抱えるのは様々なしがらみや思いがあるだろうから。
ベルクはカップをベンチに置くと、
「我は殿下に侍る者、この身尽きるまで殿下と共に。殿下の描く道筋や未来のために、この身いかようにもお使いくだされ」
と、深く頭を垂れる。忠義を示すために。
「気持ちは嬉しく思う。どんな事であっても、無理なことはしてほしくはない。生きて、ともに前に進んでくれるといい」
「は」
一人で考える時間もいるだろうと、ベルクはその場を離れた。
アルベルトはナハトやベルクなどの姿を認め、レイウェストが一人でないことで安堵する。
「殿下、お寒うございませんか?」
手にカップを持つレイウェストは「確かに」とつぶやく。
「でも、どこか、心地いい」
アルベルトはうなずくと、風が吹いてくる方に立った。
コップを持っていることから話を進め、レイウェストの悩みに触れていく。
「自分は殿下の【高潔なる志】に魅かれて忠誠を誓いました。殿下には今後も変わることなく帝国の民をより良い方向に導くためにお力を注いでいただきたいのです。その為なら、このアルベルトいかなる労苦も厭わない覚悟です」
アルベルトを騎士として認めたときのことをレイウェストは思い出す。
変わることなく――変わらないでいられるのだろうか、と、レイウェストは考えた。
祖父や母の状況、皇族として何も学んでいなかった自分。
アルベルトは訥々と言葉を紡ぐ。
「帝国の臣民も、これまでの民をより良い方向に導くために尽くしてこられた殿下のご功績を十分に理解しているはずです。臣民も殿下についてまいりましょう」
レイウェストは「臣民……功績……」部分的に言葉を反芻した後、はっきりと告げる。
「一人でしてきたわけではない。そなたや冒険者が手を貸してくれ、他の国や地域の人たちがいた」
「ですが、手を貸してくれと動かれたのは殿下です。殿下だったからこそ、自分のようについてくるものがいたのです」
「……」
「殿下は、今回の帝都奪還の戦いが帝国のみならず人類の命運を左右するということをお考えになられ、その重大性に圧し潰されそうになっていらっしゃいますね」
レイウェストは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「なぜ、殿下はその重荷をお一人で抱えようとされるのですか? 自分は頼りになりませんか?」
「そうではない」
「自分は殿下の騎士であります。その重荷を一緒に支えるためにこれまでも闘ってまいりました。殿下、どうかこのアルベルトにお命じください。『共にこの重荷を背負え』と」
レイウェストは唇をかむ。顔色は白く、凍り付いているようだった。
「アルベルト、そなたの忠誠はありがたく、嬉しく思う。だが一方で、もし私の命でそなたが死ぬような事があっては、胸が締め付けられる想いになる」
レイウェストは言葉を切り、少し考えた。
「……未熟な私はこう願おう。どうか私と共に在ってくれ。だが、決して死ぬな」
「はっ」
アルベルトは頭を垂れた。
レイウェストはしばらくして、部屋に戻った。
悩みの解決が難しいことは分かっていた。
それでも、支え、見守ってくれる人たちがいること、前に進むことで、多くの民が救える可能性があること――手に残ったぬくもりを抱きしめた。
マスターコメント
ご参加ありがとうございました。
巻き付いた糸は簡単にとけませんが、共にあってくれる人がいるということは力強いことです。そのような感じになっているかとは思いますが、いかがでしょうか?
ご縁があればお会いしましょう。
ショートシナリオ普通 報酬:標準6 / 4〜6人
2023年11月21日 10時33分36秒 公開
大成功