【遺言】喪われた隠れ里
影絵 企鵝
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シナリオID:3206
オープニング
あれは1年と少し前だった。旧帝国の領土を彷徨っていた折に、私は二人の少女に出会った。その額には得体の知れない宝珠が埋まり、その身の上を尋ねても、名前らしきもの以外は何一つ覚えていないようだった。当然ながら身寄りはなく、彼女達は途方に暮れていた。そこで私は彼女達に提案した。私の術を以てすれば、失われた記憶を取り戻すことが出来ると。見た目にもわかる傷跡が多く、ろくでもない目に遭ったことは明らかだったが、それでも己が何者かわかり、帰るべき場所がわかればその苦しみを癒すあてもあろうという考えからだった。
しかしそれは間違いだった。リリスと名乗った少女の魂に封じ込められていた記憶は、私の想像を絶していた。蘇らせたのはたった一時。しかしその一時に、彼女はあらゆる痛みを与えられ、尊厳は欠片も残らぬほど踏み躙られていた。死に至る絶望を思い出した彼女は錯乱して逃げ出し、追いついた時には自ら命を断っていた。私は後悔し、イヴの記憶を蘇らせることは取りやめた。彼女までも二度苦しめるわけにはいかなかった。
彼女達がホムンクルスという人造種族であって、悍ましい行状の果てに変わり果てた人間と知ったのは、その後しばらくしてのことだった。私はせめてイヴの生が安らかなものになればと、彼女の為に私に出来るあらゆる手を尽くした。だがこんなものは場当たり的な対応に過ぎない。私一人ではいかようにも出来ない何かを変えなくては、彼女のような者を救うことは出来ない。
ともあれ、死は誰にも奪われるべきではない。支配によって自由を奪われ、戦によって秩序を奪われ、飢餓によって安寧を奪われてなお、死だけは人のそばになければならない。此岸の苦しみを終わりにしてくれる最期の味方であるべきなのだ。
だが、どうやらこの世の神はそうお考えでないらしい。ただの人間が、同じ人間の魂をかくも弄び、死すらも取り上げこの世界に縛り付ける。斯様な蛮行をこの世において可能にするとは。
何もかもを奪われた者の声を、彼らは聞いているのだろうか。
●森の奥の隠れ家
――君達には、領内の森林の調査に赴いてもらいたい。先日あの森を闊歩するアンデッドは討伐されたが、その折にそのアンデッドを操るホムンクルスの存在を一名確認したとの報告を受けている。我々は今だ復興の途上、軍備は心許ない。調査には万全を期したい故、君達に力を貸してもらうことにした。くれぐれも気を付けて調査に臨んでほしい。
かくして領主に頼まれた冒険者達は、帝国南東にあるとある森の中にいた。その傍らには、分厚いローブに身を包んだエレアノールの姿もあった。調査に臨む冒険者達の姿を捉え、ふらりと接触を図ってきたのである。
「この獣道を行けば、調査報告には十分過ぎる成果が得られるはずよ」
そう言って、君達の先頭に立ってエルは森を進む。彼女はこの森に潜む隠れ里の位置を知っていた。彼女自身の因縁もあって隠れ里の調査を試みようとしていたものの、道連れも無く一人で潜り込むのは少し心許なかったというわけだ。
「気を付けて。少なくとも、死霊術の心得のあるホムンクルスが一人いるわけだから」
杖を手に取り、彼女は先の茂みを慎重に掻き分け様子を窺う。木々が取り囲む草原の中に、土を掘り下げ枝葉を屋根にして作った粗末な小屋が幾つか並んでいる。小さな畑には粗末な衣服をまとった人々が集まり、細々と土の手入れをしている。奇妙なほどに長閑な空間がそこに広がっていた。
「とうとうここへ自ら足を踏み入れる方が現れましたね」
ふと声がして、冒険者達は咄嗟に背後を振り返る。そこにはホムンクルスの少女、イヴが立っていた。エルは咄嗟に杖を取るが、イヴは小さく首を振った。
「戦うつもりはありません。私一人では貴方達に敵うわけがないと知っていますから」
「じゃあどうするつもり? 降伏するの?」
エルが尋ねると、イヴは重ねて首を振った。
「私に出来るのは、貴方達の配慮を願うことだけです」
ローブの裾を払い、彼女は隠れ里へと足を踏み入れる。畑の土をいじっていた人々は、顔を上げて彼女を見つめた。
「ここにいるのは皆、帝国が滅んだ折に寄る辺を失い、救いの手を差し伸べられることなく死ぬところだった方々ばかりです。それが、グノーシスによって手を差し伸べられここに集った。以来、ここでずっと隠れて過ごしているのです」
人々はどこか怯えたような顔で冒険者達の様子を窺っている。成人した男はおらず、女子供ばかりだ。
「私達の生活は、ここに生えている僅かな食用植物と、グノーシスが外から運んでくる物資によってどうにかなり立っています。皆様をもてなすことは出来ませんが……調べたいことがあるのなら、どうぞ調べていってください」
イヴの声はか細いが、それでも芯が通っている。エルは肩を竦めると、そっと杖を背に隠した。
「貴方の殊勝な態度に敬意を表するわ。私は貴方達を傷つけないと約束する」
エルは冒険者達に向き直る。
「皆はどう?」
解説
マスターより
リプレイ
「約束いたします。レインフィールの名にかけて、皆様の事を傷つける真似は致しません」
レティシア・レインフィールはイヴへと一歩踏み出し、胸元に手を当て誓う。周りの冒険者達も相槌を打つと、イヴはしずしずと頭を下げた。
「お心遣いに感謝します」
「その代わり、というわけではありませんが……一度この里にいる方々をこの場に集めて頂けませんか。私達は危害を加えに来たわけではないこと、皆様に紹介して頂きたいのです」
イヴはじっとレティシアの目を見つめる。レティシアも己の誠意を伝えるよう、視線をそらさず対峙する。やがて、イヴはくるりと踵を返した。
「わかりました。……皆、どうか此方へ」
彼女が手招きをすると、隠れ里の人々はリスか何かのようにこわごわ周囲を窺いながらイヴの周囲へと集まってくる。少女は人々を見渡すと、冒険者達を手で示した。
「安心してください。彼らは皆さんに危害を加えたりはしません」
「なら、何しに来たの?」
一人の少女が問いかけると、コルネリウス・アーラが一歩前に踏み出した。
「付近一帯を治める領主の方から、森の中を調べるように言われてやってきました」
「何を調べるの? 私達、何にも持っていないのに……」
女が一人、いかにも頼りない調子で呟く。コルネは頷いた。
「その理由を知りたいんです。ここで暮らしているのはここにいる方だけですか?」
「うん。満月ごとに白い狼の人が来るけど、ここに住んでるわけじゃないし」
「満月ごとに……」
およそ一か月に一回のペース。コルネとレティシアはちらりと顔を見合わせると、今度はレティシアが尋ねた。
「その人がこちらに来た時、皆様とはどのように接していらっしゃるのでしょうか」
「いつも私達に魔法をかけるの。病気が治るからってずっと言ってるけど、もうみんな病気なんてしてないのにまだそうしてる。よくわかんない」
また別の少女が答える。コルネは軽く屈むと、そんな彼女に目線を合わせて尋ねる。
「病気をしていたことがあるのですか?」
「そんな気がするの。ここに来た時、とっても身体が熱かったから」
「ここに来る時……そもそも、ここにはいつ、どうやって来たんですか?」
さらに問いを重ねると、今度は年端もいかない少年が答えた。
「お空から。大きな翼の生えた生き物に乗って……多分、一年前くらい」
「翼の生えた生き物……」
コルネは眉根を寄せる。その生き物にコルネは逢った事があった。グノーシスの駆る、まるで魔獣とも見紛うアンデッドだ。
「その人のこと、どうしてそんなに気になるの」
少年がコルネ達をじっと見渡して尋ねる。まさか何度か戦ったとも応えられない。レティシアはそっと目を伏せた。
「王国の方で何度かお会いしたことがあったからです」
「ふうん……」
少年は口を尖らせる。まだ二人を不審に思っているらしい。イヴは肩を竦めると、里の真ん中の広場を指差した。
「里の隅っこに群れて立ち話、というのも落ち着かないでしょう。あちらへどうぞ。皆さんは元の作業へ戻ってください」
言うと、住民たちを散らして彼女はすたすたと広場へ行ってしまう。コルネとレティシアが顔を見合わせていると、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクが彼女達を追い越していく。
「私達も行きましょう。……特にイヴにはまだまだ聞くべきことがあるでしょう?」
「……ですね」
二人もレティシアの後を追って広場へ向かった。エルは足を止めたまま、そんな彼女達の背中を見送る。
「さて、私はどうしたものかしら」
「エレアノールさんも、彼女としっかり話をした方がいいだろう。この里をこのまま維持すると、領主はどう受け取るだろうとか、他に周囲とどんな問題が起こりそうとか、開墾を進めるとか、この里を広げるような行為は大丈夫かどうかとか、な」
そんな彼女へロッカード=キリヤが歩み寄る。エルが黙ったまま目を瞬かせるので、キリヤはさらに続けた。
「この里の今後については、この辺りの状況に詳しそうなあなたの方が適切だろう」
「そうかしらね」
エルが首を傾げると、キリヤは溜め息交じりに肩を竦めてみせる。
「手頃な依頼と思って引き受けたんだが、思っていたより面倒そうだからな。俺みたいなまだまだ駆け出しの冒険者としては、込み入った事情は詳しい人間に任せておきたいんだ」
「……まあ、そういうことなら引き受けておきましょうか」
彼女は愁眉を開くと、悠然と広場へ歩いて行った。それを見送ったキリヤは、里に点々と並ぶ掘っ立て小屋へと足を向ける。
「さて、俺は現状調査といこうか」
イヴは杖を振るい、広場の中央に組まれた焚き火を燃やす。その焚き火を囲うように並んだ丸太に腰掛け、レピド・クロサイトは彼女をじっと観察した。
「こんな里があるとはな」
「大昔にはもう少し村らしい構えをしていたそうです」
「……元々あったものは完全に破壊しつくされた、というわけか」
イヴの額に光る宝玉。腕に固く巻かれた包帯。奇縁を感じつつ、レピドは身を乗り出す。
「俺はレピドという。ここに来た理由は先に説明したとおりだが……何か要望があれば依頼人に伝えるつもりだ」
「放っておいて頂ければそれが一番ですが……そんなわけにはいかないでしょう」
眉をぴくりとも動かさずにイヴは答える。アウレーリアも足組みしたまま頷いた。
「ええ。私達はグノーシスが王国で幾度も扇動行為を働くところを見てきました。その所業は王国内だけでなく、帝国にも噂が届くところとなっています。いかにこの里に住む人々に手を差し伸べていようと、アレに頼るのは望ましい状況ではないでしょう」
「……どうやら、状況は予想よりも良くないようですね」
イヴが顔を曇らせ俯く。アウレーリアは足組みを解くと、開いた手を差し伸べてみせる。
「とはいえ、私も帝国貴族に名を連ねる人間です。必要なら、帝国軍や外の貴族と交渉し、部外者立入を制限してもらうよう掛け合ってもいいと思っています。今、貴方達と対立するつもりもありませんから」
「それが叶うならありがたいことです。私は貴重な戦力を失ってしまった。前に散々脅かしたから山賊も静かですが、今や脅威が無いと分かれば、彼らもまたここを狙うでしょう」
「その辺りは大丈夫だろう。ここの領主が周囲の治安を維持するために動くはずだ」
レピドはそう言ってみるが、イヴは眉を顰めたままだ。
「ふむ……」
「俺達からも言うだけの事は言うさ。……だから、そろそろ話題を変えてもいいか」
「他に何か、私に聞きたいことが?」
「ああ」
レピドは頭巾を脱ぐと、髪を掻き上げ自らの賢者の石を示して見せた。
「俺もあんたと同じだ。ホムンクルスで……一度死んで生き返った人間だ。そのお陰で、それまでの記憶は全部飛んでしまった」
「私と同じ、ですか」
イヴからじっと注がれる視線。レピドは隠したい衝動を堪えながら、そのまま続ける。
「俺も自分が何者なのか知りたくて、グノーシスに出会うことになった。それが最初の遭遇だった。……アンタがどうグノーシスに出会ったか、よかったら教えてくれないか?」
「特に聞いて面白いことも無いでしょうが」
彼女はやや逡巡したが、彼女に向き直ったレピドの真剣な顔を前に、訥々と語り出す。
「私は元々一人ではありませんでした。リリスという者がいたのです。ですが、抜け殻が二つ集まっても話は始まりません。途方に暮れていたところに、彼が通りかかったのです」
リリスは額の石を軽く押さえる。
「彼も同じように抜け殻でしたが、それでも彼は自分が何者かを知っていた。だから彼は何者かすら知らない私達を憐れみ、私達の記憶を蘇らせようとしたのです。リリスもそれを望んだ。何もわからないよりはいいと」
「……だが、ってとこか」
「リリスは自ら命を断ち、取り残された彼は、惨い、とだけ。彼は私には術をかけないと言い、私もそれは望まなかった」
「だろうな」
相槌を打ちながら、レピドは自分の出会いを思い出す。彼はあっさりと術をかけた。過去の苦い思いなどおくびにも出さず。
「アンタは、グノーシスが何を想い、何を目指しているのか聞いているか?」
レピドが尋ねると、イヴは遠い目で空を見上げた。
「……彼は怨嗟に満ちたこの世界を終わりにしたいと言っています。でも、彼に神のような力があってさえ、そんな事は出来やしないと知っている」
「つまり?」
アウレーリアが腕組みすると、イヴは横目に彼女を見遣る。
「彼に目的は無いのでしょう。彼ではないものにただ突き動かされているんです」
リディリディ・トゥラ・イェレミースは、広場からも畑からも離れ、里の中をとことこと歩き回っていた。その眼は、畑の土いじりを手伝っているコルネへと向いている。彼女は人々の警戒を解しつつ何か話を聞いているようだが、自分も混ざってそうする気にはなれなかった。何故なら自分はヒトと話すのに不向きだから。彼女はそう自覚していた。
そんな彼女が足を向けたのは、里の中の掘っ立て小屋。里の皆が出払って不在のうちに、こっそり調べてしまおうという算段だった。屋根や入口は枝を束ねた被いで隠されただけ。捲ってみると、中は土や藁の上に擦り切れた布が並んでいるだけだ。とても人の住処には見えない。
(ずいぶん簡易的ですね。これでは野宿をする時に作る寝床とそう変わりません)
小屋の隅に目を向けてみると、樽や木箱が並んでいる。入り口の方をちらちらと見ながら、リディはこっそりと樽の蓋を開けてみた。
「これは……干し肉に人参、芋ですか?」
リディは樽に詰め込まれた食料を手に取る。日持ちさせるためか、どれも水分が抜けてからからだ。見た目からしてひもじい。食いしん坊のリディは見ているだけで飢えてしまいそうだった。
うんうん唸っていると、いきなり背後から影が差す。
「これは……外から運んできたのか?」
「ひゃっ」
リディは悲鳴を上げて振り返る。そこにはキリヤが立っていた。
「い、いつからこちらに……」
「普段、ここの人たちがどんなのを食べているか気になってね。この辺に食料を保存していると聞いたから」
「そうですか……」
キリヤは樽の底まで手を伸ばし、肉の質を確かめている。リディはもじもじと足を擦った。初対面の人と二人きりでいるのはどうしても落ち着かない。
「では、私はちょっと違うところを調べます……」
「ああ、そうか」
そそくさといなくなったリディを横目に、キリヤは萎びた野菜を手に取る。
(肉も野菜もあるが、こんな質の悪いものばかり食べていても気分は晴れないだろう)
「折角だから、この里の人があまり食べないような料理でも作ってみるか」
キリヤは独り呟くと、踵を返して足早に立ち去った。
掘っ立て小屋を出たリディは、掘っ立て小屋も遠ざけられた里の隅の隅へと歩いていく。そこには等間隔で四角四面に切り出された石がずらりと並んでいた。その佇まいは、街や村にある墓地にも似ていた。そこには既に先客もいる。『墓守』のグレイブ・ヤードだ。リディはそろそろと歩み寄り、背後からその顔を覗き込む。
「えーと、ヤード……さん?」
「おや。こんなところに興味があるのは私だけだと思っていましたが」
グレイブはリディを一瞥すると、その場に跪いて目の前の墓石をそっと手で撫でる。土埃は幾らか被っているが、それでもかなり状態はいい。
「シュヴァリエ女史の話によれば、この里は百数十年前に滅んだそうで。一方、あらゆるホムンクルスはここ数年に生まれた存在ですから、この集落が形成されたのも精々一年前というところでしょう。ですが、この墓石は手入れが行き届いている」
リディもグレイブに言われて墓石を眺め回してみた。どの墓石も、細やかな筆致で祈りの言葉が書き記されている。死者の名を呼び、その人となりを讃え、安らかな魂の眠りを願う。お決まりだが丁寧な文句だ。
「どれも字の癖が同じです。同じ人が全てこの墓場を作ったのでしょうか……」
「恐らくはそうでしょうね。そしてその墓守は十中八九グノーシスのはず。となれば、ここに眠っているのも……」
「そこにおられるのは、ミレナリア一族の方々です」
背後で声がして二人は振り返る。ルアンナ・ミュラーとイヴが並んでやってくるところだった。イヴは墓に向かって恭しく祈りを捧げ、ルアンナは屈み込んで墓石を覗き込む。
「百年以上経って少しも風化している様子が無い所から見るに、きっとグノーシスはずっとここに眠る人達を弔い続けていたんだと思います。……この隠れ里に住んでいた人達を、きっと大事に思っていたんでしょうね」
イヴは頷く。
「彼らはこの地を狙った傭兵の集団に滅ぼされました。彼らは掟で死者の魂を使役することを禁じており、それは最期まで変わらなかったのです」
「互いに争って滅んだという逸話は偽りということですか?」
ルアンナが振り返ると、イヴは眉根を寄せた。
「経緯はわかりません。グノーシスも当時は行き倒れた死者の魂を弔う旅に出ており、当時の里の状況は詳しく知らないと言っていましたから」
語り終えたイヴは背後を見渡す。広場にいたレティシア達が、イヴの様子を見に集まってくるところだった。冒険者に囲まれたイヴはしばらく唇を結んでいたが、やがて眦を決した。
「随分と貴方達は私達に興味がお有りのように見えます」
「ならばいっそ全てお見せしましょう。……ついてきてください」
●運命の分水嶺
冒険者達を引き連れ、イヴは石畳の階段を下へ下へと降りていく。その先は、六本の石柱に支えられた地下祭壇。その真ん中には、鎧兜とローブに身を包んだ女の人狼が物言わぬ彫像の如く立ち尽くしていた。しかしその顔には生気も意思も無い。死んでいるのだ。
「アンデッドが……眠っている……?」
キリヤがまじまじと人狼の顔を覗き込む。それでもそれは動かない。
「アンゲロス『シルヴィア』です。素体となったのはおそらく、彼の最も親しい人」
「親しい人をアンデッドにする……なんて」
リディがぽつりと呟く。
「恐らくはそれが彼女の望みだったのだと思います。グノーシスの……ミレナリアの使命は死者の魂を鎮め送る事。でも彼女はきっと、どうしてもそれを望まなかった。今まで彼が作ったアンゲロスも、どうしても“ここ”から去る事を嫌がっていたと言いますから」
イヴの言うのを聞きながら、アウレーリアは祭壇を見渡す。石畳の敷き詰め方や、柱に刻まれた紋様の一つ一つまでじっくりと観察する。
「これまでのアンゲロスもここで製造されていたのでしょうか……」
「いえ。ここはそうした儀式をする場所ではありません。元々ここは一つの神具を封じるための場所。……グノーシスと会ったことがあるなら、ご覧になったことがあるでしょう」
レティシアは白狼と対面した時の事を思い出す。彼の持つ蛇を模した杖は、どこでも印象深くその記憶に残っていた。
「あの白い杖ですね」
「かの杖は神具『メルクリウス』。エーテルを直接魂に融け込ませる力を持ち、その効用は主に常軌を逸した治癒として顕出します。本来なら死ぬような傷病を抱えていても、そこに治る望みが一つでもあるなら、癒してしまう。……ですが、その作用とは裏腹に力を受けた者が一時的に記憶を失ってしまう一面もあります。正確なところは不明ですが、グノーシスは、魂に直接エーテルを流し込むことで自己の存在が希薄になってしまうからだと考えています」
イヴの話を聞きながら、レピドは一人のホムンクルスを思い起こしていた。己の負傷も厭わぬ荒々しい戦いの果てに、その戦いの理由すら忘れてしまった彼の最期を。
「そうか、イザークがあの時ああなったのはそれでか……」
顔を険しくするレピド。その横で、コルネはシルヴィアを眺め続けていた。
「それにしても、私達が来た時にはシルヴィアを動かすことはしなかったのですね。ヒッポリテが貴方に譲られ里の守りとしていたのなら、こちらも……」
「いえ。彼女はそう易々と動かすことが出来ないのです」
イヴは首を振る。
「目覚めた彼女は強力ですが……多少死霊術の手ほどきを受けただけの私には手に余るほどのものです。ですから、グノーシスは『どうしても必要になったとき』だけ動かせと」
「どうしても必要に……」
ルアンナは唇を結ぶ。今までヒッポリテに威嚇されて身動きが取れなかった山賊達。だが、今や彼らを妨げるものはなくなってしまった。
(このまま無防備だと、その時が来てしまうかも)
イヴも口を閉ざし、地下はふと沈黙に包まれる。キリヤは一歩離れてそんな様子を見守っていたが、やがてその両手をぽんと打つ。
「さて、話せることはこの辺りか? 大分時間も経ったし、よければ俺が料理を振舞おうと思うのだが、料理の為の道具や場所を貸してもらって構わないか?」
「……最低限のものしかありませんが」
「上々だ。案内してくれ」
キリヤに請われたイヴは、相変わらず顔色一つ変えずに祭壇の外へ向かって歩き出す。グレイブはその背中を見送ったあと、改めてシルヴィアと対面する。眼を開いたまま、髭先一つ動かさずに立ち尽くす彼女。アンデッドとなり、とっくに彼女の人格など消え去っているはずだったが、その眼の奥には今もなお、何かを案じるような深い念慮が籠っているような気がした。
「現世という苦界に留まってまでやらねばならないことがあるのでしょう。それは誰もいなくなったはずのこの里を守る事なのか、それとも……」
シルヴィアは応えない。グレイブは肩を竦めると、自らも踵を返してそこを後にした。
●鴉に繋がる道
隠れ里の広場に戻ったキリヤは、近くのかまどや鍋を借り、野菜の煮込みを作っていた。萎びた野菜でも、煮汁を吸わせてやればそれなりの見てくれにはなる。器に掬って少年に渡すと、彼は少し不思議そうな顔をした。
「スープとは違う。シャルガネの方にある料理だ」
「……甘い」
煮込んだ人参を口に運ぶと、少年はぽつりと呟いた。キリヤは軽く笑ってみせる。
「興味があるなら作り方も教えるぞ」
そんな彼らの横では、レピドが横笛を奏でている。彼の周りにも里の住人達が集まって、彼の指先の動きをじっと眺めていた。
イヴは変わらず無表情でそんな彼らの様子を見守っていた。その隣に腰掛けたコルネは彼女の横顔をちらりと窺う。
「グノーシスは、この里の人々を彼なりに護ろうとしているのですね」
「あるいは罪滅ぼしでしょうか。……私がかつて寂しいと言ったがために」
溜め息交じりに呟くイヴ。レティシアもまた顔を曇らせていた。
「事情や理由はどうあれ、今の皆様の立場は、森を縄張りにする山賊とそう変わりません。今のうちに領主に恭順の意思を示しておかないと、今後は……」
「身の上も知れず、王国で罪を重ねた死霊術師と関わりのある者を受け容れるような余地は無いでしょう。期待はしていません」
イヴがきっぱりと言うと、レティシアは眉を落とす。
「ええ。皆様の無事を考えるなら、グノーシス様との繋がりを保つかどうかは考えなければなりません」
「私は覚悟しておりますが、彼女達は……」
イヴは少女達を見遣る。ルアンナはその物憂げな視線の意味に気が付いた。
「身体が治った後もこの人達にグノーシスが術をかけ続けていたのは、この里に来る前の記憶を封じるためなんですね。聞く限り、生存も危ぶまれるような境遇のようでしたし、辛い目に遭っていたことは想像できます。そして、時間が経つと術の効果が薄れて記憶は蘇ってしまう……と」
ルアンナはちらとエルを見遣る。
「まあそういうことでしょうね」
苦い顔をしたエル。彼女達の話を聞きながら、アウレーリアは空を見上げた。
「少し昔話をしましょう」
心の奥に収めた記憶を引き出す。焚き火の前にいるのに、目の前が昏くなった。
「……私の知り合いに随分優秀な人がいたのだけど、戦う能力だけが足りなかった。だから授恵者に憧れて、自らホムンクルスに志願した。でも結果はお察し。心底絶望しきった挙句、最後は誰にも看取られずに化け物として処理されたわ」
その記憶は彼女の心に今も残る鋭い棘。触れる度に血が流れる。しかし忘れてしまうつもりもなかった。アウレーリアは立ち上がって向き直る。
「誰もがそういう過去に向き合えるほど強いわけじゃないのは、知ってるつもりよ。だから、グノーシスに頼るしかないなら、それをやめろとも言えないわ」
「でも、いつかは向き合わなければならない時は来るのでしょう。彼もいつまで生きているかわからない。私が出会った時には、もう疲れ果てておりましたし」
「200年ですからね。私にとってはまだ先ですが、彼にとっては非常に長い時間でしょう」
故郷を襲われ、残ったのは一族の使命だけ。自分も同じ立場に有ったら耐えられただろうか。コルネは自らに問いかけてみる。その横でリディは首を傾げていた。
「そもそも、ハーフビーストが200年も生きている事が特異な事です。寿命の三倍、いや四倍かも…………そんなの、なんというか、怖い気がします。おかしくなりそうで……」
リディは煮物を口に運びながら、ぶるりと震える。コルネは相槌を打った。同時に、イヴが彼を破綻させない最後の拠り所なのだろうかと、そんな考えが脳裏を過ぎる。
「でも、このままというわけにもいきません。何か折り合いをつけないとなりませんが……」
唸るコルネ。エルは目を細めると、旅嚢を担いで立ち上がる。
「ミネルヴァに話してみるわ。何かいい思い付きをしてくれるかもしれないし」
コルネ達のやり取りを黙々と眺めていたグレイブは、一旦の結末を見て立ち上がる。彼の答えは最初から決まっていた。今、未来において敵になるつもりが無いなら、彼も刃を向けるつもりはない。皆同じ人の子だからだ。墓標へと向かいながら、彼は思案を巡らせる。
一度目の命を生きている自分も、二度目の命を生きるホムンクルスも、肉に閉じ込められた魂という意味では変わりない。精霊や、大いなる存在はおよそ純粋なエーテル体であり、遍く人はそんな存在に憧れを抱き信仰していた。皆がそれを無謬であると信じている。
「グノーシス。貴方は一体何を正しいと思っているのです」
グレイブはグノーシスに問いかける。
知ったような理屈をこねる姿が簡単に想像できた。
つづく
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年09月25日 02時17分42秒 公開
参加者
相談掲示板
ヒーラー、グレイブ・ヤードです。 聞き込みはいろいろ気を付けながらでしょうかね
シーフのロッカードだ 「掘っ立て小屋」の食料の詰まった箱や樽を調べてみようかと。 料理の心得があるので、村の人たちが食べているいつもとは違った何かを作ってみようか……的なアプローチをと考えている 日々の食料の質を確認することで、わかることもあるかもしれない
レピド・クロサイト、シーフだ。よろしく頼む。 同族のイヴがやはり気になるな。 なので彼女と話が出来ればと思うが……他はまだ考え中だ。
ウォーリアのコルネリウスです、よろしくお願いします。 記載の通り得意分野で各々動くのが良さそうですね。 普通に調査をするぶんには大丈夫かと思いますが、住民を怖がらせない事や、触れてはいけないものがあればイヴさんに確認しておく事などは気をつけておきたいなと思います。 イヴさんからグノーシスについて聞いたり住民の方々とお話を伺いたいなと思います。 どちらに比重を置くかは未だ考え中です。
キャスターのルアンナです、よろしくお願いします。 私は隠れ里の住人の皆さんへの聞き込みと、墓標の調査をしようかなと。 地下祭壇は調査ポイントが貯まっていると情報の追加がある見たいですし、最後に皆で訪れるのが良いかなと思います。
私は「墓標」の調査に回ろうと思います。 『祈りの言葉』の内容が少し気になりますし
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 私はイヴと里の人々に接触してみようと思います。 彼女らの暮らしを脅かす心算はないことを伝えた上で、事情を聞ければ良いのですが。
No.8
リディリディです。 その・・・、よろしくお願いします。 私はお話を聞くことには向いていないでしょうし・・・。 えっと、墓標と掘っ立て小屋を見て回ろうと思います。
ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 イヴ様と隠れ里の皆様からお話を伺う事を検討をしておりますが 墓標の方も気掛かりではございますね……。 基本的には各自の判断に任せて行動しつつ 隠れ里の地下祭壇を目指す形となりますでしょうか。 ただグノーシス様と私達の関係及び彼の外部での行いについて どの点は話し、どの点は伏せられるのか これらについては擦り合わせを行った方がよろしいかもしれません。 私は少なくとも偽りを述べる事は避けたく存じますので 伏せるべきと決められた事に関しましては触れられませんよう ある程度は会話の誘導を行う事を想定しております。
ちょっと気になったんだが、(NPCの)エレアノールへの割り当てはどうする? イヴに、この里の今後について聞いてもらうのが、まあ無難かなと思っているが。 異論が無いようなら、(プレイング文字数には余裕あるので)俺が頼んでおくつもりだが……
>グノーシスとの関係 あくまで私個人としてはですが、「聞かれた場合は正直に話す」と言う所でしょうか? (私目線ではどの事件にしても、直接的にというよりも間接的に・・・言い換えれば「悪意自体はもともとある人」がほとんどでしたからね。悪事の中心は。唆している分たちが悪いと言われればそれはそう) なので「(諸々の関係上)捕縛したい相手ではある」というのが私の正直な感想ですね。 >全体的に この隠れ里から外に出たい人っていないのでしょうかね? もしいるのであればギルド紹介して案内して保護をしてもらうことも可能なのではとは思いますが
すまない、間が空いた。 イヴとの対話と、隠れ里の住民に調査させてくれる礼代わりに音楽でも提供出来ればと考えていた。 >グノーシスとの関係 少なくとも、アンゲロスを倒してる現場を直に見たイヴには正直に話してしまっても良さそうな気はしている。 隠れ里の住民にはどうだろう……敵対していることは一応伏せる、か? >エレアノールの割り当て 俺としてはロッカードの意見に特に異論はない。 任せていいのであればお願いしたい。