【呑竜】メアリー王女誘拐計画?
真柄 葉
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シナリオID:3189
オープニング
「……持ち込まれた『龍逓架』が一つとは限らない。それにルートの特定もしなければ、新たな『龍逓架』を持ち込まれる可能性もある」
レイウェストは王都内に持ち込まれた龍逓架の所在と搬入路を掴むため、用意された屋敷の一室で思案を巡らせる。
本来龍逓架の捜索は王国国内の問題であり、外様の皇子が協力する必要はないと意見する者もいた。しかし、レイウェストはあえて本件の解決に乗り出すことにより、王国内での評価の向上を狙っていた。
「人海戦術には限界があるか……やはり、持ち込んだ者を特定――――」
――――コンコン。
突然ドアがノックされ、レイウェストは思考の海から浮き上がる。
しかし、返事はせずじっとドアを見つめた。
そもそも、来客の予定は聞いていない。何か火急の用があり、部下が報告に来たのかとも思ったが、その割にはノックが穏やかだ。
屋敷は手の者が護衛しており、不審者が入り込む可能性は限りなく低い。
ならば誰が。
レイウェストは身構えながらも、「入れ」と短く返事をした。
「――――ヴィルジニア……? なぜ、そなたがここに」
ドアをくぐり現れた人物に、レイウェストは驚いた。
そこには濃紺のサマードレスに身を包んだ麗人ヴィルジニア・テレーザ・セルッティが立っていたのだ。
「なぜってのは随分だね。庇護者として、婚姻の祝福に来るのは当然だろう?」
「……その件に関しては書面にていただいたはずだが」
「おやおや、可愛い可愛い黒曜子の成婚祝いを、このアタシが紙切れ一枚で済ますと思っていたのかい? まったく親不孝な子だねぇ」
公の場であれば相手の立場を尊重し敬語をもって接するヴィルジニアであるが、ここにはレイウェストとヴィルジニアの二人しかいない。
ヴィルジニアは少し毒を含んだ口調と悪戯な笑みを口元にたたえながら、大仰に肩をすくめてみせた。
「ま、アンタへの祝福はついでだ」
「ついでだと……? ついでで王都まで訪問できるほど、同盟の代表殿は暇ではないと認識していたが」
「ああ、ほんと、天手古舞さね。まったく、忙しいったりゃありゃしない」
レイウェストの言葉に、ヴィルジニアは笑みを崩し大きくため息をつく。
彼の言うように、同盟領には今、未曽有の災厄が間近に迫っている。他国の事など構っていられるほどの余裕などない状況なのだ。
「ならばなぜ」
「ちょっと野暮用があってね」
「……なるほど、そちらが本命か」
鋭い視線を向けてくるレイウェストに、ヴィルジニアは答えではなく笑みを返す。
「知っているとは思うが、今の王国は情勢的に不安定だ」
「ああ、主にアンタのせいでね」
「……あまり下手な動きを見せるなよ。そなたは仮にも同盟の代表なのだから」
そう言ったレイウェストにヴィルジニアは「ご忠告痛み入ります、殿下」とわざわざ帝国式の礼を取り、部屋を後にした。
●
「ヴィルジニア様からの書簡? 婚姻の祝辞はすでにいただいたはずですが」
侍女が銀のトレイに乗せて持ってきたのは一枚の封書。裏にはヴィルジニアの封蝋が施されていた。
メアリーは封書と一緒に置かれていた銀のナイフを手に取ると、封を切る。
白バラの花びらが添えられた手紙を取り出し、一読。メアリーの口元に笑みが浮かんだ。
「……まぁ、ヴィルジニア様ったら」
「セルッティ様はなんと」
「別に大したことではありませんわ。先日の書簡では『おめでとう』を言い忘れたから、改めて手紙を出したですって。律儀というか、本当に商人らしいお人」
傍に侍る執事に問われ、メアリーは上品に笑い手紙を執事に渡した。
執事は「わざわざそのようなことで……」と表情を険しくする。何せ王国の情勢が非常に不安定な時期だ。些細な事でも思わぬ火種になりかねない。特にヒューマン至上主義者の憎悪を一身に集めるメアリーである、下手に隙を見せると思わぬところで足をすくわれかねない。
「そろそろ休みます。明日も謁見や視察など予定が沢山ありますからね、英気を養わなくては」
「……かしこまりました」
メアリーにそう言われ、手紙を検分していた執事は深く一礼し、侍女数名を連れて部屋を後にした。
●
無人になった部屋でメアリーはゆっくりと手を開いた。
差し込む月明かりに照らし出された小さな手のひらの上には、白いバラの花びら。
それこそが、ヴィルジニアからの真のメッセージ。
「……また手の込んだことを」
そう呟いたメアリーは窓の外に輝く月を見上げた――――。
解説
マスターより
リプレイ
『蟻の子一匹はいる隙はない』
そう形容しても差し支えのないほど、リーンエス王都グランスパーダの王宮は厳重な警備体制が敷かれている。
メアリー王女の婚姻が間近ということもあるのだろうか、至る所に警備の兵士の目が光り、絶えず行きかっていた。
そんな厳戒態勢の中、物陰に蠢く影がある。
仲間の【隠蔽】を模倣し自らの存在を隠したナハシュは、とある依頼の為に王宮の内部を探っていた。
(……音を立てるのは得策じゃないか)
作戦の合図として何気ない物音を利用しようとしていたナハシュだったが、小さな異音でさえ王宮の警備兵は敏感に反応する。
(夜の光はもっと目立つな……うーむ)
物陰に潜み、息を殺して頭をひねる。
(やっぱ『あの作戦』しかねぇか)
そう結論付けたナハシュは、闇に気配を溶かした――――。
●
「ひ、姫様? このような夜分にいかがされたのですか」
煌びやかな王宮も眠りにつく深夜。小さなランタンを片手に現れた少女の姿に、巡回していた兵士は驚いた。
「少し寝付けなくて。厨房へお水をもらいに行くところですのよ」
ランタンの薄明かりに照らされた少女は兵士に微笑みを向け、そのまま舞踏会でも通用しそうなほどに優雅なお辞儀した。
「は、はぁ……」
兵士はやけに丁寧な少女に違和感を覚えるが、気のせいだろうと自分を言い聞かせその背中を見送った。
(なぁ、なんか違和感ねぇか?)
(違和感? 俺の演技がまずかったという事か)
(んー……貴族っぽくはあるんだけどよ、メアリーって王女なんだし、もっとえらそーな態度でいいんじゃねぇか?)
(む……偉そう、か)
人気のなくなった廊下で小さな話声がする。
一人は先ほどの少女。そして、もう一人は影の薄そうな侍女。二人は寄り添いながら廊下を歩いていた。
この二人、一見すればメアリー王女とその侍女なのだが……。
「ひ、姫様っ!? このような夜分にいったいどうされたのですか!?」
「部屋が暑かったので、水を取りに行くところよ」
「そ、そのような雑務、我々メイドに――――って、貴女! なんで貴女がご用意しないのっ!」
「この子を責めてはいけないわ。これは私の我儘なのだから」
「わ、我儘ですか……?」
そう言ってメイドに小さく微笑んだメアリーは、すれ違いざまに「すぐに戻るわ」と告げると、供の侍女を伴って廊下を進んでいく。
(……どうだ)
(んー、まあ悪くねぇんじゃねえか。ちょっとえらそー感出てたしよ)
(そうか、えらそー感でてたか)
再び人気のなくなった廊下で交わされる会話。
このメアリーと侍女。実は本物ではなく、【フェイクカバー】で変装したレピド・クロサイトとハヤト=ガラン=ヴォルファングだった。
(……しかし、『リーンエスの耳』の依頼で何度か会ってはいたが、いざ演じるとなると難しいな)
(まぁ、メアリーは女だっていうのもあるしな。それに冒険者には結構フランクに接してくるからな。だけどよ、城にいる時は流石にそれじゃーダメだろ。仮にも「おうじょさま」なんだしな)
(……そうだな、善処する。しかし、あちらはうまくやっているだろうか)
(ま、あの二人なら、きっと大丈夫だろ。何より誘拐される側が共犯者だしな)
ハヤトはそう言って口元に不敵な笑みを浮かべる――――侍女の姿で。
(さてと、俺は『本物』の方へ行くぜ。そっちもがんばれよ)
(ああ、これ以上ボロを出さない様、彼女の部屋に籠っておくとする)
レピドの言葉を聞いたハヤトは小さく頷くと、そのまま暗闇に溶けた。
●
「ふふ、なんだかドキドキしますわね」
「楽しんでる場合ですか。一歩間違えれば首が飛ぶんですよ、物理的に」
王宮の外。人気のない城壁の袂でトーラとバンビが何やらこそこそと打ち合わせ中。
「その点は王女様が保証してくれますわ。なので遠慮なくド派手に参りましょう」
「だ、だからだめですって! もしばれたら、私たちだけじゃなくて、メアリーさまやヴィルジニアさんにまで迷惑がかかるんですから!」
「そんなこと、当人同士は百も承知のはずですわ。それを分かったうえで、冒険者に依頼したのでしょう。ならば、最速でドンパチやっても全て許されるのですわ」
「いやいやいや! なんでそんな結論になるんですか!?」
「あまり大きな声を出すと巡回の兵に見つかりますよ」
隠密行動だというのに随分賑やかな二人の元へ、一般市民に変装したセロンガード・シュタインドルフがやって来た。
「……おほんっ、失礼しました。準備の方はいかがですか?」
咳払いして気持ちを落ち着けたトーラがセロンガードに問いかける。
この度の密会は双方同意に元に行われるとはいえ、他の者から見れば立派な誘拐事件だ。できるだけ迅速に、隠密に、全てを知られることなく終わらせる必要がある。だからこそトーラはこの依頼を受けた時、ヴィルジニアに条件を出した。
それはヴィルジニアがメアリーに連絡をとる際に使う暗号に、とある条件を書き込んでほしいというものだった。
これにより、冒険者たちが立案した『誘拐計画』は誘拐される側のメアリーに筒抜けとなり、計画をスムーズに運べる手はずになっていた。
「ええ、滞りなく。用意してもらった馬車の偽装は完了していますし、移送ルートの選定も終えています」
「流石です。では準備を――――」
――――つんつん。
トーラと計画について話していたセロンガードをバンビがつつく。
「心配せずとも貴方から要望のあったものも調達しておきました……が、『あれ』をどうするのですか?」
「ふっふっふっ……木を隠すには森の中、といいますわ」
「ええ、それは分かりますが……森?」
首をかしげるセロンガードに、バンビは意味深な笑みを浮かべる。
「それではオレは準備がありますので、これで。王女様の到着を楽しみにしておきますわ」
そして、それだけを言い残すとバンビは馬車へと向かっていった。
●
「交代の時間だ」
ガシャリと鎧を鳴らし、兵士が門番へ声をかける。
「ん? ちょっと早くないか」
門番として立っていた兵士が顔見知りの同僚の早着に首を傾げた。
「なんだ、時間通りの方がよかったのか? なんでも詰め所にメアリー王女からの差し入れだか何だかで、えらくたけぇ酒が運ばれたって聞いたぜ」
「なに……? なんでメアリー王女が詰め所に酒なんか差し入れるんだ」
「そんなもん俺が知るかよ。王族の気まぐれかなんかなんじゃねぇか。まあ、おめでたい事もあるし、機嫌取りでもやってんのかもな」
「機嫌取りってなぁ、俺らみたいな一般兵にそんなことしてなんになるんだよ」
「だから、俺に言われても知らねぇって。ま、もう無くなってるかもしれないが」
「なっ……! か、代わってもらっていいのか?」
「ああ、いいぜ。お前も知っての通り、俺は飲めないしな。ただし、あくまで噂だからな無くても文句言うなよ?」
「わ、わかった! それじゃ、お言葉に甘えて」
門番は『気遣いのできる同僚』に何度も感謝しつつ、足早に詰め所へと戻っていった。
「はぁ……たとえ顔見知りの同僚と姿形が同じとはいえ、この程度の甘言で職場を放棄するなんて、どうやら再教育が必要なようですね」
「おいおい、やめてくれよ。そんなことしたら、お前が脱走したのバレるじゃねえか」
交代した兵士は裏口の脇に立ちつつ、影と会話する。
「わかっています、ほんの冗談ですよ」
「ほんとかねぇ。ま、いいか。それより場所は中庭の噴水脇の植え込みだ。白い花が咲いてるとこだがわかるか?」
「ええ、もちろん。ここは私の『庭』ですもの」
そう言って影から出てきたのは、目深にフードをかぶった小柄な人影だった。
人影はくすくすと上品に笑いながら、兵士の横に立つ。
「それでは兵士さん、行ってまいります」
「ああ、気ぃつけてな」
兵士は中庭に向かう少女の背を見送り、そのまま裏口の警備にあたる。
●
よく手入れされた中庭の庭園も、夜闇の中ではその美しさを感じることはできない。
そんな庭園をフードを目深にかぶった小柄な人影が、足音を殺し駆けている。
「……ここのはずですが」
指定された白花の咲く植木の袂に来た人影は、当たりに気配がないかきょろきょろと見渡した。
時折吹くそよ風に木々が揺れる葉擦れ以外に、音はない。
人影は、場所を間違ったのかと、来た道を振り返った……その時だ。
それは突然起こった。
小柄だった人影が、侍女の姿へと変貌したのだ。
「……よし、完了っと。うまくやれよ、姫さん」
侍女は小さくそう呟くと、何事もなかったかのように王宮へと戻っていく――――。
●
「姫様、このような深夜に一人で出歩かれては困ります」
部屋へと戻ったメアリーを待っていたのは、退室していたはずの執事だった。
メアリーは執事に応えず、小さく微笑み部屋へと入る。
「明日もご予定がつまっております。どうかお早いご就寝を」
机についたメアリーの傍に立ち、執事はチクリと釘を刺した。
「わかっています。ですが、これを今晩中に纏めなくてはいけなくなりました」
答えたメアリーは、部屋へと持ち込んだ書類の束を机の上に置く。
「これは……」
「ええ、『リーンエスの耳』の報告書です。わかったのなら、席を外してもらえますか?」
「しかし……」
「貴方に『リーンエスの耳』に関する情報の開示は許可されていないように記憶していますが、違いましたか?」
「……わかりました。ですが、どうか夜更かしなどなさいませんように」
「貴方の心遣いを無駄にはしないと約束しましょう」
そう言われては執事も食い下がれない。
執事はメアリーに深々と頭を下げると、部屋を出ていった。
「……ふぅ、何とか騙せたか」
部屋を離れていく足音が聞こえなくなった。
じっと聞き耳を立てていたレピドは安堵する。
計画とはいえ、それほど親しいわけではない人物、しかも貴種である彼女として振舞わなくてはならないプレッシャーは、想像の何倍も大きかった。
仲間たちの指導もあり、今のところボロは出ていないが、これ以上は人との接触を避けるべきだろう。
幸い、メアリーの身の回りの世話をする者達は、『リーンエスの耳』の話を出したことで距離を取らせることに成功した。このまま、部屋の明かりを灯しておけば不意に入室してくることもないだろう。
「……王女の部屋か」
改めてレピドは部屋を見渡した。
年頃の女性の部屋……というよりは、王族の部屋。調度品は一級品で揃えられ、煌びやかな中にも、シックで落ち着いた雰囲気を感じさせる。
――――これが全てメアリー王女の私物か……。
妙にざわつく心臓を服の上からぎゅっと握り、レピドは――――。
「何してんだ?」
「うわっ!?」
「しーーーーー!!!!」
慌ててメアリーの口を押える侍女。
「す、すまない。取り乱した」
「なんで取り乱す必要があんだよ」
「……気にするな。それで、首尾は」
「ばっちり。あとはトーラたちがうまいことやるだろう」
その報告に、そうかと胸をなでおろすメアリーは、侍女がやけにソワソワしていることに気づく。
「……どうした、何か心配事でも――――」
「いやぁ、ここが美少女の私室だと思うとなんかクルもんがあるよなぁ。なんかいい匂いがするし」
「……おい、変な気を起こすなよ」
「はっは、誰かさんと違って俺は大人なんでな、節度ってもんを心得てる」
「……ハヤト」
「さてさて、ちょっーーとだけ『調査』するかね。侍女がメアリーの身の回りの事を把握してないのはおかしいからな! あくまで依頼の為だ、依頼のな!」
メアリーの部屋で『メアリーたち』の夜は更けていく――――。
●
「……おっと、来たみたいですね」
城壁の向こう側から響いた微かな物音に、セロンガードが呟いた。
「わかりました。確認してきます」
トーラはセロンガードにそう告げると、高い城壁に脚をかけ――――一気に駆け上がる。
垂直の壁を難なく走破し、城壁の上へ顔をのぞかせたトーラは、【暗視】を使い巡回の兵がいないことを確認すると、そのまま城壁の上へと登った。
そしてすぐに、登ってきた壁にロープを垂らすと城壁の上をすばやく移動、王宮側の城壁へと取りつく。
「……いました」
城壁から城内を見下ろすと、小さな人影がきょろきょろとあたりを探っていた。
トーラは小石を投げ入れて合図を送る。すると人影も気づいたようで、薄暗い闇の中、トーラと目が合った。
「いきますよ」
トーラは小さく呟くとスキルを発動。人影と自分の場所を入れ替える。
王宮の敷地内へと移動したトーラが城壁を見上げると、小さな人影は城壁の上でこくりと頷き姿を消す。先ほど用意したロープを使って、城外へと降りる手はずだ。
人影の移動を確認したトーラは再び城壁に脚をかけ一気に登る。
登り終えると、城壁の上に人の気配が無い事を確認すると、トーラは城壁の上を一気に移動し、そのまま身を躍らせた。
「お待ちしておりました、姫君」
トーラが着地すると同時に、人影もロープを降り切ったようで、待ち受けていたセロンガードと合流する。
「なかなかスリリングな体験でした」
「ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって……」
「いえ、楽しかったですよ」
頭を下げるトーラに人影はフードを取って微笑んだ。
そこから現れたのは美しい金髪と碧眼を持つ可憐な少女。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、どうかお早く。近くに馬車を待機させております」
「わかりました。よろしくお願いします」
セロンガードはまるで執事のように傅くと、少女――――メアリー王女に向け市中を指さした。
●
夜に沈むグランスパーダの街を馬車が走る。
荷台には幌が張られ中を見えなくしているとはいえ、馬の息遣い、蹄が石畳を蹴る音、車輪が轍を抉る音……静寂の夜に走る馬車はそれだけで目立ってしまう。
「時間は惜しいですが、できる限りゆっくりと行きましょう」
「そうですね。あまり速く走ると余計に音を立ててしまいますし」
御者台に座るトーラとセロンガードは、声を殺し言葉を交わした。
深夜にも差し掛かろうかという時間帯に馬車が走る。大都市グランスパーダであっても、それは珍しい光景であり、まばらながらも道行く通行人に何事かと視線を向けられる。
人通りの少ない場所を通ろうにも、馬車が通れる道はどうしても人口密集地になる。
二人はできる限り速度を落とし、ゆっくりと進むのだが……。
「そこの馬車とまれ!」
タイミングの悪いことに、ランタンを掲げた兵士が馬車の前に立ちふさがった。
どうやら、深夜の巡回をしている兵士のようだ。
「……どうしましょう」
「そうですね。申し訳ないですが、少し眠ってもらいましょう――――姫様、よろしいですね」
セロンガードが幌の中に許可を求めると、しばらく逡巡した後、頷く気配がした。
「……わかりました。わたしが対応しますので、セロンガードさんはその隙に」
「了解です。では」
兵士に聞こえぬよう言葉を交わした二人は、手綱を引き馬を止める。
「お勤めご苦労様です。夜遅くまで大変ですね」
「労いは結構。……ふむ、一人か。とりあえず、目的地と積み荷を報告しろ。その荷台の中身はなんだ?」
「あ、はい。これはですね――――」
と、詰め寄る兵士にトーラが事前に用意していた『説明』を始める。
トーラから説明を受ける兵士は、御者台の足元に身を隠し【フェイクウッド】の効果を発揮するセロンガードの存在に気づかない。
「……話は分かった。だが、こんな夜分にするようなことでもないだろう。悪いが荷を改めさせてもらう」
兵士は御者台から荷台後方へと回り、幌の目隠しに手をかける。
同時にセロンガードの手刀が兵士の首筋に振り下ろされる――――。
――――ばさっ!
まさにその瞬間、突然幌の目隠しが勢いよく開かれた。
「……だ、誰だお前はっ!?」
荷台に仁王立ちしていたドレス姿の人影に、兵士は驚き咄嗟に剣の柄に手をかける。
一方、兵士の背後に迫っていたセロンガードは事態の急転に、状況を見極めるために兵士の背後から一旦引いた。
「誰だと聞くのでしたら、まず自分が名乗るのが筋と言うものでしょう。まあいいですわ、オレはバンビ」
「そ、そうか、それは失礼――――って、そんなことはどうでもいい! 何故そんな恰好をしているのだ!」
「何故と申されましても、『メアリー婚姻ばんざい祭』のリハーサルですもの、ドレスを着用するのは当然ですわ」
「……は?」
呆気にとられる兵士にバンビはため息をつき、荷台へ視線を向けるように指示する。
そこには、セロンガードが用意していた『あれ』が大量に積まれていた。
「そうですわ、あんたもご一緒にどうです? ちょーーっときついかも知れませんが、メアリー王女のドレスを着れる千載一遇のチャンスですわよ」
「い、いや、私は……だから、そうじゃない! なぜこんな時間にそんなものをしなければならない!」
「逆になぜわかりませんの。『メアリー婚姻ばんざい祭』はサプライズイベントですのよ。白昼堂々リハーサルなどしていてはバレバレじゃありませんか」
「そんなものは知らん! 悪いがこのような怪しげなものを通すわけには――――」
「はぁ、バレてしまいましたか」
そんな二人の元へトーラがため息交じりにやってくる。
「そうだ、お前! 先ほどの『説明』とは随分内容が違うが、これはどういうことだ!」
バンビでは埒が明かないと思ったのか、兵士は先ほど『説明』を聞いたトーラに詰め寄った。
「別に違いはしませんよ? 運んでるって言ったじゃないですか、『貴重品』を」
「それは聞いたが、どれが貴重品だというのだ。まさか、この女がそうだとでもいうのか」
「もちろんオレも貴重品に違いありませんが、本当にわかりませんの? これは全部本物ですのよ」
「本物……まさか、本物のメアリー様のドレスだというのか!?」
驚く兵士に、二人は同時に頷いた。
まったく打ち合わせなどしていないのに息ピッタリな二人。そんな淀みない二人の話に、兵士も思わず納得しかけるのだが……。
「いや、やはりおかしい。そのような貴重品を入手できることも謎であるし、もしイベントが本物なら許可証などの書類があるだろう。見せてみろ」
まっとうな兵士の申し出、二人はぎくりとした。
さぁさぁと迫る兵士。
視線を彷徨わせる二人。
「すみません、遅くなりました。……おや、トラブルですか?」
絶体絶命の中、夜闇の中からセロンガードが現れた。
「……お前は誰だ」
「私はイベ……いえ、荷主ですが、何かありましたか?」
「荷主? そうか、ではお前が証明して見せろ、この荷の目的を」
「目的……? ああ、バレてしまったのですか」
そう言ったセロンガードは兵士の後ろの二人に視線を送るとため息をつく。
「わかりました。ではこれを」
セロンガードは諦めたのか、懐から一枚の書類を取り出し兵士に見せる。
「――――こ、これは確かに正式な書類だ。しかも、このサインは……!?」
「はい、メアリー様直々のサインです」
セロンガードが用意した書類。それは二人の機転を見たセロンガードが荷台に隠れる『本物』のメアリーに人知れず接触を計り、サインを頂戴したものだった。
結局、書類に間違いはないと確認できた兵士は、怪訝な表情を浮かべながらも馬車の通行を許可した――――。
●
馬車は無事に学園へ到着した。
トーラが御者台から飛び降りると、軽々と柵を超え敷地内へ侵入。馬車から降りてきた本物のメアリーと【プリズムシャドウ】で入れ替わった。
「周辺の警戒は厳にいたしますが、くれぐれもお気をつけて」
柵を隔てた向こう側に頭を下げたセロンガードに、メアリーは「ありがとう」と小さく告げて踵を返す。
ヴィルジニアとの密会場所は冒険者からの提案で旧校舎で行う手はずとなっている。
要人二人の密会であるために冒険者の同席は許されなかったが、会談自体は10分程度で終わった。
会談を終え、戻ってきたのはヴィルジニアが先だった。ヴィルジニアはふわりと宙を舞うように柵を飛び越えると、二人に声をかける。
「助かったよ。ありがとうね」
「いえ、それが依頼ですから」
「そうだね。よくやってくれた」
「あ、あの……ヴィルジニアさん、これは、この会談はレイウェストさまのためになりますか」
トーラがそう問いかけると、ヴィルジニアは一瞬驚いたような表所を浮かべ、「なるさ」と短く答えた。
「アタシにとって弟のようなものだからね。不利益になるようなことはしないさね」
そして、それだけを言い残し、夜の闇の中へと消えていった。
「お待たせいたしました」
ヴィルジニアの言葉にどういうことだと首をかしげていた二人の元へ、メアリーが戻ってくる。
トーラは再び【プリズムシャドウ】でメアリーと位置を入れ替え彼女を外へ出すと、再び準備に入った。
今度は彼女を王宮へと戻す作業が待っている。先ほどの教訓を生かし、帰りは徒歩での移動となる。
「少し遠いですがご辛抱を」
セロンガードの気遣いににこりと微笑んだメアリーを守るように、再び夜の街へと歩みだした。
●
「お早いお帰りで、姫様」
中庭から現れたメアリーに、裏口を警備していた兵士は鎧を鳴らし敬礼した。
「ただいま戻りました」
「……んで、うまくいったのか?」
「ええ。万事滞りなく」
「ふーん……、で、なんの話だったんだ?」
「あら、お聞きになりたいです?」
交代の兵士が来るまでの間、ナハシュは警備のフリをしながら、そしてメアリーは物陰に蹲りながら言葉を交わす。
「いや、なんか背筋がゾクゾクするからやめとくわ」
「ふふ、賢明な判断だと思います」
くすくすと笑うメアリーに、ナハシュは心底嫌そうに舌を出した。
その後も、他愛のない会話をしていると、建物の奥から鎧鳴りがする。
「ん、来たみてぇだな。んじゃ、また俺がひきつけるから、さっさと部屋に戻るんだぜ」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うとナハシュは直立不動を取り、交代の兵士を迎える。メアリーはナハシュと兵士が話をしている中、闇と鎧鳴りの音に紛れ自室へと戻っていった。
こうして、メアリー王女とヴィルジニアの間で秘密裏に設けられた会談は無事に終了した。
この会談がロスガリア大陸の今後に一石を投じるものであるのか。それはまだ本人たちにもわからない――――。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い6 / 6〜8人
2023年09月07日 11時38分05秒 公開
相談掲示板
人数は揃ってないが……ひとまず挨拶だけでも。 レピド・クロサイト、シーフだ。よろしく頼む。 フェイクカバーで王女に化けて、プリズムシャドウで入れ替われたら……なんてざっくりと考えてはいた。
シーフのトーラです。 よろしくお願いします! あと一人ですし、行動を提出しておきますね。 レピドさんに入れ代わって貰えるなら、わたしもプリズムシャドウで位置を入れ替えて姿を見られない様にしましょうか。 とりあえず下の事は決めておきたいですね。 ・いつ作戦を実行するか(時間帯など) ・メアリーをどこで、どうやって連れ出すか。 ・メアリー不在をどうやって悟らせないか。 ・王宮から学園までの道中をどうするか(メアリーのみ) ・学園のどこで会談させるか ・会談内容の機密保持(冒険者の皆様も会談内容を聞かないようにしてください)
バンビですわ。 取り合えず学園迄連れ込んでしまえばある程度耳目は気にしなくてよさそうですわね。 位置を入れ替えるにしてもそんなに離れて効果あるものなのですか? 全員でメアリー王女のコスプレ大会でもします?
・いつ作戦を実行するか(時間帯など) 警備の目をどうかいくぐるかが問題ですけど、夜間がいい気がします。 多忙な王女を学園まで連れて帰ってくる時間を確保するならそれが一番かなと。 ・メアリーをどこで、どうやって連れ出すか。 寝室付近が一番警備も厳重でしょうし、プリズムシャドウを使うにも50mまで近付かないといけないんですよね。 ここは手紙に入った花弁に暗号などを仕込めないでしょうか? 『深夜に○○に来て』とか。○○は前もって調べたプリズムシャドウの届く場所ですね。 ・メアリー不在をどうやって悟らせないか。 変装したレピドさんに寝室に戻って貰い、王女が帰る時刻を決めておいて再度入れ代わる等でしょうか。 ・王宮から学園までの道中をどうするか(メアリーのみ) 姿を見せないのであれば、わたしが馬車を出そうと思います。 ・学園のどこで会談させるか 廃校舎はどうでしょう? 以下ワールドガイドより 廃校舎 学生が非常に多かった時期に建てられ、現在では使用されていない。取り壊されない理由があるはずだが、よくわかっていない。夏には学生の肝試しに使われることがあるようだ。 ・会談内容の機密保持(冒険者の皆様も会談内容を聞かないようにしてください) これは会談中は人が近付かないよう、距離を置いて警備するのがいいと思います。
>プリズムシャドウ 最大射程10あるからそこそこの距離からはいけると思うが…… (少なくとも二階の窓から顔を出して貰った相手と入れ替わった事はあります) 入れ替わりが一瞬とはいえ、その一瞬周囲の目が逸れてくれないと難しいのは確か。 >コスプレ大会 ……今の時世的に、王女に秘密裏に集められた影武者選抜会、とかでっち上げれば案外ありなのでは。 >時間帯 学園に人が少ないとはいえ道中も考えると夜が無難、か?
ぎりっぎりの参加で申し訳ねえな!シーフのナハシュだ。今回はよろしく。 とりあえず依頼の流れと相談の流れはざっと把握したつもりだが抜けとか色々あったらすまねえぜ。 基本プリズムシャドウでの入れ替わりを中心に考えるとして、現状だと王宮からメアリーを連れ出すところが一番のネックって感じか? 影武者大会でも勿論いいし、それ以外にも護衛が目を離すための何かが必要ってんなら、此処で俺の方でフェイクカバーを使うでもいいと思ってるな。衛兵やメイドになりすまし、会話等でメアリーを見てる奴らの視線を遮る乃至プリズムシャドウで切る隙を作るみたいな。 場所が廃校舎なのや、移動手段は馬車を使うなどは無論異論はない。 メアリーやヴィルジニア自身にも変装を施せたらいいとは思うんだけどな。幾ら人が少ないとはいえ、廃校舎で人や馬車がうろついてたらそれだけで何か言われそうというのはある。
とはいえ、夜や深夜を見計らうなら大丈夫か‥? 一応昼ギリギリまで見れるが、特に問題がなければ今の所先に言った城内で上手く隙を作れたらな、の方で動こうとは思ってるぜ。
おーっす! ギリギリですまねぇな、ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! だいたいの方針はりょーかいだぜ! プリズムシャドウの射程もこんだけシーフが揃ってんならプリズムシャドウのリレー方式で射程はだいぶ稼げる気もすんな。 ま、ギリギリでなかなか調整もできねーだろーから一応連携すんならってことで一応俺もプリズムシャドウ持ってくぜ!
おはようございます。 わたしは下の案を主にプリズムシャドウでの王女の移動で行動提出しました!