『征竜の巫女』の迷い

真柄 葉

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シナリオID:3015

オープニング

 夏の兆しが見え始めた湖を一陣の風が吹き抜ける。
 風は光を湛える湖を揺らし、穏やかに波立たせた。

「……」

 透明度の高いガラス窓から外の様子を見つめる。
 揺り椅子に深く腰掛け、ただぼーっと移り行く季節を眺めていた。
 そして、力なく膝上に置かれた掌の中には、一通の手紙が――――。

『――――こういう御伽噺がある』

 宛名や差出人の名前すらないその手紙は、そう始まっていた。
 一枚目には、怪物に飲み込まれた青年(主人公)が、怪物(閉ざされた世界)を体内から倒したという、ありふれたおとぎ話(与太話)が面白おかしく書かれている。
 二枚目には、ただ『このままでいいのか?』の一文だけが。
 そして、最後の三枚目にはメッセージが記されている。それぞれ筆致の違う文字で、ヒルルクへ向けた想いを綴る言葉が沢山寄せられていた。

「……みんな」

 メッセージの文字を指で追う。
 そこには、励ましがあった。
 叱咤があった。
 感謝があった。
――――愛に溢れていた。

 ヒルルクは手紙を折りたたみぎゅっと胸に抱き寄せる。
 ただ懸命に涙をこらえ、必死で痛みに耐えている。
 その顔に、笑みはなかった――――。

●
「ヒルルクの様子はどうだい」

 先月の倍ほども増えた書類の山から顔を覗かせ、ヴィルジニア・テレーザ・セルッティは部下に問いかける。

「変化はありません」
「……そうか。あの事(三人目の巫女)はあの子には知られてないんだね」
「はい、情報遮断は完璧です」
「それならいい」

 ヴィルジニアは革張りの椅子に深くもたれかかり、大きく息を吐いた。

「……それにしてもあの男からは、結局何も聞き出せずじまいか」

 引き出しから一枚の書類を取り出したヴィルジニアは、僅かに眉をしかめる。
 それはリブラネスタ市が公式に出した『死亡診断書』。そこに記された名前は、先日ヴィルジニアの名を騙り、イダのクリーパーと接触を持った『詐欺師』のものだった。

「一体何がしたかったのか。ただの阿呆かそれとも狂人か、あるいは……。まぁ、なんにせよ哀れな奴だよ」

 ヴィルジニアは目を伏せ首を振ると、書類を引き出しに戻す。

「……ヴィルジニア様、その件について一つご報告が」

 と、そんなヴィルジニアに部下が声をかけた。

「なんだい、その明らかに悪い報告ですって顔は」
「ご明察の通り、悪い知らせです。彼の者の死体の行方が分かりません」
「……どういう事だい」

 ヴィルジニアは背もたれから背を浮かすと、部下の顔を睨み付ける。
 部下は時を金とする商人らしく、要点をかいつまんで説明した。

 部下曰く、男の死に不審な点はなく、先日クリーパーに負わされた傷が元で亡くなったとの診断だった。そして、その遺体はリブラネスタ郊外の集合墓所へと埋葬される事となっていた。
 数日経った埋葬の当日、墓守が棺の中を確認しようと蓋をずらしたところ、その中には誰も入ってなかったそうだ。

 顔色を変える事無く淡々と報告した部下に、ヴィルジニアは一層鋭い視線を向ける。

「死体の行方は」
「わかりません。追わせますか?」
「……ちっ。このくそ忙しい時に面倒事を増やしてくれて……まあいいよ、死体が動いたんじゃ寝覚めが悪いからね、そっちの捜索も進めておくれ」
「はっ」

 小さく舌打ちしたヴィルジニアは部下に死体の捜索を命じると、念のためにヒルルクが滞在する屋敷の警護の人員を増やす様に伝え退室を促した。

「まったく……もうすぐ『アレ』があるっていうのに一向に仕事が減らないじゃないか……」

 誰もいなくなった執務室で、ヴィルジニアは小さく呟いたのだった――――。

解説

●目的 ヒルルクのメンタルケア(カウンセリング)をお願いします。 ●場所 リブラネスタ郊外のセルッティ商会所有の湖付き別荘。 今はヒルルクへと貸し出されています。 ●人物 ・ヒルルク 征竜の巫女。征竜の命令を遂行するため、単身で帝都に居るだろうイダを討伐へと向かったが返り討ちにあったが先日冒険者に助け出され、今は静かな日々を送っています。 ・ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ セルッティ商会当主。 彼女自身、ヒルルクに会いに行きましたが、会話らしい会話をする事も出来ず別れています。 ●補足 ヒルルクと関りのある方は既にご存知かと思いますが、彼女は根っからの征竜信者です。征竜が最も大切な存在であり、征竜の言うことは全て正しいと信じ、その声に従う事を無上の喜びと感じるほどに熱狂的で妄信的です。例え征竜からかけられる言葉に「心」がなくとも、彼女の一番は今も征竜です。 ヒルルクが極北から南へ下ってきて約3年。こちら側の人々と触れ合って、その光の部分も闇の部分も沢山見てきました。そしてそれは彼女の心の中に様々な感情を生み出しました。善いものも悪いものもです。 そして、ヒルルクは悟りました。竜の里に住む者達と、南に暮らす人々が決定的に違う価値観を持っている事を。それは決して相いれないものである事も。 ヒルルクは自分の役目を理解しているからこそ、人と距離を置こうとしています。それは拒絶ではなく、彼女なりの愛の形なのだと思います。だからこそ、向けられる親愛や友情、そして愛情は今の彼女にとってとても辛いものでしょう。相容れないと理解し、距離を置こうと頑張っていても寄せられる好意は、嬉しい反面、彼女の心を圧し潰そうとしています。それは「苦痛」と言ってもいいかもしれません。 そんなヒルルクの心をわかった上で、皆様はどの様な言葉をかけてくれるのでしょうか。 優しい言葉でしょうか。 厳しい言葉でしょうか。 そのどちらとも違う言葉でしょうか。 皆様の言葉が、想いが、ヒルルクの心に届く事を願っております。

マスターより

お世話になっております。真柄と申します。 今回のお話はヒルルクとの対話シナリオになります。 アニエピカ終了まであと半年余り。きっとこのシナリオが今後彼女の向かう先を決定付けるお話になるでしょう。だから、どうか後悔のないように彼女と話をしてあげてください。 皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

リプレイ


「さぁ、勝負だよ!」

 ヒルルクを庭へと連れだしたトゥーリは、いきなり『宣戦布告』を叩きつけた。
 ここに来る前、トゥーリはヒルルクに何ができるか考えた。それはもう頭から煙が出るほど考えに考えて――――投げた。
 難しい話は親友&恋人にまるっとお任せして、自分は自分に出来ることをする。それがトゥーリの出した答えだった。

「トゥーリ、わたし別に戦いたいわけじゃないんだけど……」

 とはいえ、ヒルルクもいきなりの決闘宣言に困惑する。今はそういう気分じゃないと何度も言ったが、トゥーリはただ笑って手をひいた。

「色々考えるのは大切だと思うよ。でも、人って考えてばかりじゃダメだと思うんだ!」

 トゥーリの拳がヒルルクの頬を掠める。風圧だけで頬を裂きそうなほどに鋭い一撃に、ヒルルクは瞬きすらできない。

「どう? ワタシ強くなったでしょ。いつまでも下に見てたら痛い目見るよ?」
「だから、わたしは戦うつもりなんてないって言ってるでしょ。いくら煽っても闘わないからね」
「んー、なるほど。それじゃサンドバッグになってくれるって事だね」
「むっ」
「言っとくけど、ワタシは本気だからね! 手加減なんて一切しないからっ!」

 顔をしかめたヒルルクに満面の笑みを向けたトゥーリの怒涛の攻勢が始まった。
 回避型ヒーラーの名に恥じぬ軽快なステップと踏み込みで、絶妙な距離を取りつつ鋭い拳を叩きこむ。しかし、相手は頑丈さが取り柄のヒルルク。生半可な攻撃は通じない。だからこそ、蒼の祝福(【ハウリング・オブ・ブルーフレア】)と命の楔(【ライフアンカー】)をもって短期決戦に出た。

「ねぇ、ヒルルクさんが抱えてる悩みって、誰にも相談できないって思ってる? それとも、相談したって無駄って思ってる? あー、単純にあれやこれや構われるのが鬱陶しい?」

 一切躊躇の無い拳を繰り出しながら、トゥーリは問いかけた。

「そう思っているのなら、それでいいわ」

 心の壁すら破壊してやるという強い意思を感じさせる拳を、ヒルルクは頑なに閉じたガードではじき返す。
 そして、濃密な1分間が過ぎ去った――――。

「はぁ、かったーい! でも、いい線行ったかな」
「……結局何がしたかったのよ」
「運動だよ。本気で身体動かしたら結構スッキリしない?」

 赤く腫れたヒルルクの腕にヒールしながらトゥーリは首を傾げる。

「ワタシね、決めたんだ。ヒルルクさんが色々考えて自分でやるっていうなら、ワタシだって自分で考えたことをするって。だから――――」

 青の祝福が霧散すると、トゥーリは煌く笑みに汗を散らせた。

「相談してよ。もし勝手に居なくなったら、どこまでも追いかけるよっ!」

●
「今日はボクの『愛ツチノコ』のツッチーを連れてきたよ! よかったら触ってあげて。この子、人の温もりが好きなんだ」

 ヒルルクの途へ訪れたエルゼリオ・レイノーラは見た事もない生物の登場に驚く彼女に微笑みかけると、その膝の上にツッチーを置いた。ヒルルクは膝の上で大人しくしているツッチーに恐る恐る手を伸ばし、指でつついている。

 そんな微笑ましい光景を見つめながら、エルゼリオは考える。
 征竜を頂点とした独自の世界が構築されている極北と、自分が生まれ育った王国の価値観が大きく違う事はわかっているつもりだ。彼女が抱える「征竜の声が聞こえない苦しみ」も、自分にとっては遠い痛みでしかない。環境と信仰の相違。自分と彼女を隔てるものがこんなにも大きいのかと改めて自覚してしまう。
 こんなにも違う彼女に、自分は何ができるだろうか。
 もう何度も考えた事だけど、いまだに答えは出ていない。

「どうかした?」
「あ、ううん。ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

 突然声をかけられて思わず苦笑い。ツッチーを受け取って改めて彼女に向かう。

「ねぇ、ヒルルクさん。ボクも含めてみんなキミの事を心配している。でもそれがキミの重荷になっているのかもしれないね」

 俯いてしまったヒルルクをじっと見つめ、エルゼリオは続けた。

「ボク達と距離を取る事でキミの心が楽になるのなら、それも一つの手段かと思う」
「……うん」
「そんな顔しないでよ。ほら、距離を取ったからって言っても、今生の分かれっていう訳でもないしさ」

 ヒルルクの声は沈んでいる。エルゼリオは彼女の心の内を慮りながらも、ここで退いてはいけないと内心で自分を鼓舞した。

「前にも言ったとおもうんだけど」

 隔絶された距離を埋めるように、一歩前へ。

「ボクにだってキミの泣く場所を貸すくらい……涙を拭いてあげたり、気持ちのはけ口になることくらいできるんだよ。だって、ボクは――――」

 俯くヒルルクの前に立ったエルゼリオは。

「キミのことが好きだから」

 そう言って、触れるように一瞬だけヒルルクを抱きしめた。

「あ、あの、ごめん! それじゃボクは行くね! またツッチーのお話し相手になってあげてくれると嬉しいな」

 照れを隠すように笑い距離を取ったエルゼリオは、呆然と佇むヒルルクに別れを告げ、部屋を後にする。

「……」

 後ろ手にドアを閉めたエルゼリオがそのままドアに背を預けた。

「はぁ……ダメだな、ボク」

 自分が言いたかったことがどれくらい伝わっただろうか。きっと、数%も伝わっていない。

「言葉で伝えるのって難しいな……」

 エルゼリオは痛みと高ぶりで鼓動を早める胸を押さえ、ドアの前から立ち去った。

●
「お役目に従い進む貴方を引き留めることは、我々の勝手な意志に過ぎないのかもしれません」

 ヒルルクの部屋を訪れたハリス・アル・ターミルは、彼女の無事な姿に安堵し、律儀な生還祝いの言葉を述べた後、そう言った。

「しかし、私たちと同じく貴方も当たり前に悩み苦しむ一人の人間です。それが信仰と加護のおかげでそれに気づくのが遅れただけに過ぎない」

 彼女の立場や信仰を理解し、自分達と征竜の『存在レベル』での隔絶を許容しながら、ハリスはどうしても諦めたくないという強い意思の元、言葉を続けた。

「貴方は突然、我々の前から姿を消しました。それもお役目があるからだと理解しています。しかし、誰にも頼れず孤独に去ることが正しいなどとは、私にはどうしても思えません。まして到底かなわぬような敵のいる死地に向かうなど……。
 ヒルルク殿、貴方にとって何が真実の『救い』になるのかは私にはわからない。だからこそ、共にそれを探したい。例えそれが相容れぬ道であろうとも、私は貴方の力になりたいのです!」

 同じ征竜を敬う者として、相手の立場と思いを理解できるからこその言葉。しかし、それを聞いて尚、ヒルルクは『自分』の言葉を口にしない。――――代わりに。

「……汝、征竜さまを慕う者か」
「っ!」

 沈黙を破って発せられた言葉に、ハリスはハッと顔を上げた。

「慕う者であるならば、世を保て。無用な変革を拒め。征竜さまのご意思に従い、その力を振るいなさい」

 二十歳にも満たない少女から発せられる威厳と神聖にハリスは息をのむ。
 それは紛う事なき『征竜の巫女』の言葉だった。

「……これがわたしのお役目。ハリスならわかってくれると思ってたんだけど、ちょっと違ったのかな」

 しかし、それは一瞬のことだった。驚くハリスにヒルルクは力ない笑みを向ける。

「……そうですね。残念ながら、私は巫女ではありませんから。そして、真の征竜信徒にもなり得ない半端者です」
「そう……」
「ヒルルク殿、我々はその姿かたちだけでなく、掲げる理想も違う『他人』です。しかし、『他人』だからこそ出来る事がある」

 残念そうに俯いたヒルルクに、ハリスは語り掛けた。

「我々は他人同士とはいえ、農家と害虫のような不倶戴天の敵同士という訳ではありません。『貴女を救いたい』という想いの元に集い、戦い、こうして言葉を交わす事を良しとする者達です。ですから、ヒルルク殿。また何も言わず去るような事はどうかお控えください。仮に交わらぬ道であったとて、歩調を合わせて歩くことはできるのですから」

 自分を見つめるハリスの視線に一瞬だけ目を合わせたヒルルクは、一言「そうね」とだけ呟いて顔を伏せた。

●
「――――ごちそうさま」
「美味かったか?」

 フォークを置いたヒルルクにハヤト=ガラン=ヴォルファングは問いかける。少しでも不安が和らげばと持ち込んだ食事をヒルルクは完食した。

「そうか、そりゃよかった。そんじゃ、腹が落ち着くまでちょっと話でもしようぜ」

 食事を終えた二人は窓から湖畔の景色を眺めながら、何気ない話をした。
 ヒルルクの表情はどこか冴えないが、それでも会話を楽しんでくれている。ハヤトは無理に話を聞こうとせず、自らの『武勇伝』を面白おかしく聞かせた。
 そして、話題も尽きかけた頃、ハヤトは思い切って尋ねる。

「なぁ、お前の本当の気持ちを聞かせてくれねぇか」

 何に対するなんて野暮なことは聞かない。話すまでもなくヒルルクにもわかっているだろう。
 ハヤトは対面に座るヒルルクの瞳をじっと見つめながら、その声を待った。
 しかし、ヒルルクは何度か口を開きかけるものの、声には出さない。

「……そうか、やっぱ話しにくいよな。じゃ、俺の気持ちを聞いてくれるか?」
「え?」
「俺はお前に命令だからとかじゃなくてお前自身の心に素直になって欲しいんだ。さっきの飯だって旨かっただろう? あれはお前が食事を欲したから口に運んだ。気持ちも一緒だ。しなければじゃなくて、お前自身のしたいを大事にして生きてくれ」
「したいこと……」
「ああ、そうだ。何かないのか? もっとうまい飯が食いたいとか、うまい酒――――はまだ無理か。いろんな場所に行きたいとか、友達といっぱい遊びたいとか。あとはそうだな――――」
「……征竜さまの役に立ちたい」
「……」

 ぽつりと呟いたヒルルクの言葉に、ハヤトは口を閉ざす。
 ハヤトはヒルルクと会話をしている間、その様子を観察していた。彼女の言葉や仕草から感情の機微を見極め、体調の変化を嗅ぎ取っている。だからこそ、先ほどの答えが本心から出たものだとわかってしまった。

「それがお前の本心なんだな」

 ハヤトがそう問いかけると、ヒルルクは小さく頷く。

「そうか……でもな、それって別に一人じゃなくてもいいじゃねぇか? 俺なんてガキの頃から傭兵として色んな地域を渡り歩いてきたから人の価値観や考え方が違うなんて当たり前に目にしてきたし、それが当然だと思ってる。
 でもな、傭兵ってそんな価値観バラバラの奴らが一つの目標に向かって進むんだぜ。まぁ、纏まらなきゃ死ぬからなんだけど……って、そうじゃなくて、進むのに一人である必要はないんじゃねぇか?」
「でも……」
「ヒルルク、お前も俺達の大切な仲間なんだぜ」

 そう言ってハヤトはヒルルクを強く抱きしめる。

「ごめん、そうじゃないの……大切だからこそ……そうじゃないの」

 強く抱かれた腕の中で、ヒルルクは嗚咽混じりにそう呟いた。

●
「……もう大丈夫だ。身体に異常は見られない。回復おめでとう」
「ありがとう」
「しかし、心の方はまだ癒えていないようだな」

 診察道具を片付け終えたフェイサル・セイフが再び前を向くと、ヒルルクはその視線から逃れるように俯いた。

「よければ、皆と話してどう感じたのか聞かせてはくれないか」

 フェイサルの言葉に一瞬肩を震わせたヒルルクだったが、何も言わずじっと待つフェイサルに根負けしたのか、ゆっくりと口を開いた。

「――――話してくれてありがとう。その感想は君自身が得た尊いものだ。大切にするといい。実は私にも君と同じ悩みを抱えていた時期があったんだ」
「え……」

 ヒルルクの話を聞き終えたフェイサルは少し照れながら口を開く。

「これはハリスやトゥーリも知らない話なんだが、私の出身は剣技と礼節、部の誉れを何より尊ぶ一族でな。命は何より重く、そのやり取りは神聖な、魂を磨く儀式だと小さな頃から耳にタコができるほど聞かされたよ」
「すごい教えね」
「リザードマンの間では珍しくはないんだがな。まぁ、話には続きあってな。ある日、私と同じ日に卵より産まれた親友二人の決闘に立ち会った。先ほども言ったが、命を賭した戦いは我が一族では何よりも尊ぶべきであるもの、らしい」
「らしい?」

 どういう事だと視線で訴えるヒルルクに、薄く微笑んでからフェイサルは続ける。

「結局、二人は戦いの末に相打ちになった。まさに死闘だったよ。一族の皆は二人の健闘を称え、迎えるべき死を祝った――――そう、私以外は」
「……もしかして」
「ああ、私は二人を癒した。友が無為に死にゆく様を許せなかった。まあ、おかげで神聖な決闘を汚したとして郷からは追放され、おまけにこの角も折られた」

 そう言ってフェイサルは破角を指さした。

「郷を追われた私は世界を彷徨ったよ。間違っていたのは自分だったのかと何度も自問した。結局答えは出ずに君の知る通り、医者の真似事をする冒険者になったんだがね。
 だが、最近少しだけ答えが見えた気がする。きっと、正しさは一つでなくて良いのだ」
「正しさは一つじゃない……」
「今回、君を助けた者達も主義主張を完全に同じにする訳ではない。自分を曲げず、他人を否定せず、時に争う事もあるが、共に戦う事もある。
 私は、この世界が白と黒だけでは語れぬ濃淡がある灰色だと思っている。共感しろとは言わないが、君にはそういう曖昧な世界もあると知ってほしい。それはきっと、君自身の心を救う薬となるはずだ」

 フェイサルはそう言うと、返事も求めず立ち上がる。

「では、また往診に来る。闇医者の診察で悪いが、我慢してくれると助かるよ」

 そして、振り返ることなく部屋を後にした。

●
 蒼天が移り込む湖の対岸にはヒルルクが住む屋敷が見える。

「ようやく来ましたか。遅かったですね」

 森の獣道を進み、ごつごつとした岩場を越えた先に辿り着いた、とっておきの場所で釣り糸を垂らすトーラは、ようやく追いついてきたヒルルクに問いかけた。

「なんで……こんなとこに、来なきゃいけないのよ」
「気分転換ですよ。あんな小さな世界(部屋)に閉じこもっていたら、気分がどんどんマイナスに転がって行ってしまいますからね」

 強行軍に息を切らすヒルルクに問答無用に釣竿を押し付けたトーラは、隣に座れと地面を叩く。
 ヒルルクは眉間にしわを寄せながらも、言われた通りに隣に座った。

 二人で釣り糸を垂らすだけの静かな時間が過ぎる。

「ヒルルク」
「なに?」
「ヒルルクはこれからどうしたいんですか?」
「……これまでと変わらず、わたしの使命を果たすわ」
「それはまた無謀な戦いに挑むという事ですか?」
「……そうね。そうなるかも」
「あなたはそれでいいんですか? わたしたちの助力を拒んで、勝てる見込みもないのに一人で突っ込んで、大怪我して、心配させて……あなたはそれで満足なんですか?」
「別に、そういうんじゃ……」
「わたしたちは冒険者です。依頼を受ければあなたの力になりますよ?」

 トーラは針にかかった魚を釣り上げると、手際よく魚籠に放り込む。

「征竜さまの使命を果たすために、利用できるのなら利用するのも手だと思いませんか?」
「……気持ちは嬉しい。でも、頼めない」
「なぜですか? わたしたちはあなたが手も足も出なかった敵(クリーパー)にも勝ちました。腕は確かですよ」
「……そうかも。でも、あなたたちは征竜さまのために命を捨てられるの?」
「それは……征竜さまの為は無理かもしれませんけど、あなたの為なら命を張ることはできますし、冒険者っていうのは死と隣り合わせの危険な仕事だっていう事は理解しています」
「……やっぱりだめ。それじゃ、頼めない」
「なぜですか」
「あなたたちが征竜さまの為に命を賭けられないと思っているから。わたしはね、同じ使命を持つ人になら力を貸してってお願いする事もするわ。でも、みんなは違うでしょ? だから命を懸けるべき別の何かを持っている人には頼めない」
「なんでそこに固執するんですか! わたしはただ友達を助けたいだけなのに!」
「……それが『征竜さまの信徒』だもの」
「ヒルルク……」
「あ、引いてる!? 釣れたのっ!? どど、どうすればいいのっ!?」
「……もぉ、ヒルルクは手がかかりますね。こうやるんですよ」

 あわあわと釣り竿に弄ばれるヒルルクに溜息をついたトーラは、彼女の竿に手を添えてやった。

●
「はぁ……モフモフに溺れるかと思ったわ」
「ご、ごめんなさいなのだ。ヒルルクと会えたのが嬉しすぎてちょっとやりすぎちゃったのだ……」
「ううん、ありがとう。心配かけてごめんね」

 しゅんと項垂れる大福の頭をヒルルクはなでなでしながら落ち着くのを待つ。
 先ほどまでの大福は、ようやく会えたヒルルクに粽と一緒に突撃したはいいが、色々な感情が爆発してごっちゃ混ぜのぐじゅぐじゅ状態だった。

「大福、ヒルルクがちゃんと食べてるか心配で、ずーーーっとお菓子を持ち歩いてたのだ。征竜さんのチョコもあるから、食べるのだ」

 ようやく落ち着きを取り戻した大福は、リュックからおかしを取り出し机に広げると、お茶の用意を始めた。

「最初にヒルルクにあった時、なんかとってもカッコいいと思ったのだ」
「最初って言うと……ローレラウラの時だっけ」
「そうなのだ! ちょっとお鼻ツーンとする依頼の時なのだ!」
「あー……あれはきつかったわね」

 おかしとお茶を楽しみながら、二人は沢山の話をした。依頼の話や何気ない日常の話、楽しかったことや不安だったこと。征竜の話に仲間の話。今までちゃんとした事が無かった話を沢山した。

「でも大福は、なんとなくじゃないヒルルクの本当が知りたいのだ」
「わたしの本当?」
「粽は大福の一番なのだ。誰も代わりにはなれないしこれからも変わらないのだ。でも、大福は家族も仲間も好きだし、大事だからずっとそばに居たいのだ」
「そう……大福は我儘なのね」
「そうなのだ。大福は我儘なのだ。だから、ヒルルクともずっと一緒に居るのだ。大事な人の笑顔は傍に居ないと見られないのだ。大福はこれからもヒルルクと一緒にご飯食べたりお話したり冒険に行ったり遊びに行ったりしたいのだ」
「……うん、わたしもそう思うわ」
「本当なのだ? それがヒルルクの本当の本当なのだ?」

 じっと見上げてくる大福に、ヒルルクは何も答えず少し困ったように笑った。

「あ! 征竜さんにお礼伝えるにはどうしたらいいのだ!」
「えっ、突然どうしたの……?」
「この前会った時にお世話になったから、お礼を言いたいのだ! 征竜さんが教えてくれなかったらヒルルクを追いかける事も出来なかったのだ!」
「……そう。でも、征竜さまには会おうと思って会えるものじゃないの。わたしが呼びかけても気付いてくださらない時の方が多いし、こちらに来る事もほとんどないわ。竜の里(ドラグエンダ)でさえ、お会いできるかは運だし……」
「そうなのだ……。じゃ、今度お話しできた時は教えて欲しいのだ! 大福、どうしてもお礼が言いたいのだ!」
「……わかったわ。その時は大福がお礼を言っていたって伝えておくわね」

 そう言って微笑んだヒルルクに、大福は満面の笑みを返した。

●
「傍に行ってもいい?」

 部屋を訪れたハーヴィに、ヒルルクは「どうぞ」と座っていたベンチを横にずれた。

「僕ね、ヒルルクさんと最初に対峙した時からずっと、どうしたら君にとって一番良いんだろうって考えてた」
「わたしにとって?」
「うん、君にとって」
「どうして、わたしにとって、なの……? あなたにとってじゃないの?」
「う、うーん、そう真正面から質問されると答えに困るんだけど……えっと、ヒルルクさんにとっての征竜様って、何よりも大きな存在で、何よりも尊ぶべきもので……ずっと征竜様のために頑張って来たよね」
「うん、それがわたしの使命だもの」
「……使命か。ねぇ、ヒルルクさん、それってさ、嫌になった事とかはないの?」
「嫌になった事……?」

 答えたヒルルクは不思議そうに首をかしげる。

「あー、ううん。ごめん、なんでもない。そうだよね、それを果たすために君はこっちに下ってきたんだもんね」
「うん、だからあなたにも出会えたわ」

 ヒルルクから返ってきた答えにハーヴィは、思わず彼女を見た。

「そうだね、おかげで出会えた。……ねぇ、ヒルルクさん。僕はこの出会いを大切にしたい。これからも君と一緒に居たい。もし叶うのなら君の隣を歩きたい。
 前に言った事覚えてる? 苦しい時や悲しい時は君の傍に寄り添いたいって。征竜様の為に命を賭けられるかっていう質問の答えは見つかっていないけど、ヒルルクさんの為になら命を賭けられるよ」

 ハーヴィは隣に座るヒルルクの肩に手を回し、優しく触れる。

「僕は、君のことが好きだから」
「ハーヴィ……」
「ご、ごめん。迷惑だったかな、はは……」

 ハーヴィは慌ててヒルルクの肩から手を離し、おどける様に頭を掻いた。

「わたしと恋仲になりたいって事……?」
「こいっ!? ……う、うん、ありていに言えば……そんな、感じ、かも……?」
「……」
「わわっ! 別に今すぐどうとか、そういうんじゃないから! 色々な事が終わって、色々な事が上手くいって、それで笑って結末を迎えられたら、その時は改めて考えてくれると嬉しいなってくらいで……だから、あの……あー、僕は何言ってんだろ!」
「……ふふ、可笑しいね」
「……だね。えっと、僕は……ううん、僕達はね、ヒルルクさんの苦しみや悲しみ、もちろん喜びも、君が抱えている色んな感情の全てを分かち合いたいんだ。……一緒に背負わせて、ほしいんだよ。君の隣を歩いて行きたいんだよ」

 ハーヴィはヒルルクの瞳を真っ直ぐに見つめながら、その手を取る。

「……ありがとう。その気持ちは嬉しい。でもごめん、その期待には応えられそうにない」

 しかし、ヒルルクは添えられたハーヴィの手をそっと掴むと彼の膝へと戻した。

「みんな、わたしの事を本当に知ろうとしてくれているんだなって感じた。それはとても嬉しかったわ。でも、同時に感じちゃったの。ああ、この人たちはわたしとは違うんだって。わたしなんかを友達や仲間だと思ってくれるのはすごく光栄だけど、わたしたちの進むべき道はきっと交わらないわ。
 あーあ、みんなが征竜さまの信徒だったらいいのに……なんてね」

 そう言って笑ったヒルルクの顔には、諦めの色が浮かんでいた――――。

マスターコメント

おつかれさまでした。 皆さんはヒルルクに伝えたい言葉を伝えることが出来たでしょうか。 そして、ヒルルクから返ってきた言葉は皆さんの望むものだったでしょうか。 ここからは少しメタな話になります。 アニエピカ終了まで残り半年ですね。ヒルルクはきっと激動の渦中に身を置くことになるでしょう。それこそ彼女や皆さんが望まない道を歩く事になるかもしれません。それでも、彼女の中には皆さんとの思い出や友情が確かにあります。それはヒルルクにとって替えの利かない大切なものです。 ヒルルクはヒルルクの「本当」に従って歩いていくでしょう。辿り着く先がどのよう唸場所であれ、これからもヒルルクの歩みを見ていていただけるとうれしいです。 称号付与理由はヒルルクからの一言メッセージです。どうぞ、受け取ってやってください。
ミドルシナリオ

ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人

2023年06月10日 01時45分47秒 公開

成功

相談掲示板

  1. トーラ

    トーラです。 ヒルルクに言いたいことはいろいろあるんですけれど、征竜さまの捉え方をもう少し別の角度から見れないか話してみるつもりです。 それと、三人目の征竜の巫女についてはまだ隠しておく方が良いですよね?

  2. ハーヴィ

    ハーヴィだよ、よろしくね。 何をどう伝えようか、……伝えることが押し付けにならないだろうか、凄く悩んでる。 何であれ、ヒルルクさんにとって最善の方向に進めたらいいなって。僕なりに尽力するよ。 3人目の征竜の巫女については、僕も話さない方がいいとは思う。 いずれ本人の耳に入るのであれば、可能な限り現実を受け入れ易いように伝える……とは思いつつ、それは今じゃない、と言うのが僕個人の考え。 とは言え、それぞれ思うところはあると思うから、話すことを否定する訳じゃないよ。 今のところはこんな感じかな。

  3. 大福

    大福なのだ。よろしくなのだ。 ヒルルクを取り戻すことが出来て本当に良かったのだ。 大福は難しい事は分からないから、ヒルルクにもふもふしてもらってお菓子を渡すのだ。 …ヒルルクはもっと欲張りさんになっていいと思うのだ。 大福も3人目の巫女さんの事はまだ聞かせたくないのだ… ヒルルクが自分を取り戻してからで良いと思うのだ そういえばケムマキどうなったのだ?(フンス びるじにあさんに確認したりしなくていいのだ? 今回はヒルルクの事だけ考えてていいのだ?

  4. ハリス・アル・ターミル

    ハリスと申します、どうぞ宜しく。 ヒルルク殿を取り戻すことはできました。皆様と共に戦えたことに感謝を。 しかし……今のヒルルク殿にとって、何が真実『救い』であるのか。 情けないことですが、私には解らないのです…。 >第三の巫女 確かに、隠し通したほうが良いでしょう。 何れ気付かれる事とはいえ、今聞かせるような話でないことは確かです。

  5. ハヤト=ガラン=ヴォルファング

    おーっす! ハヤトだ、みんなこないだの紫水晶亀退治はお疲れちゃんだったな♪ さて、ヒルルクとどう話そうかはまだ考え中だが… 第三の巫女って奴の話は伏せとくってのは俺も賛成だな。 別に今ヒルルクに話さなきゃいけねー事でもねーだろーしよ。

  6. フェイサル・セイフ

    フェイサル・セイフだ、宜しくお願いする。 まずは強大な敵に打ち勝った喜びを分かち合いたいところだが…… 今回はある意味、今までで最大の試練なのかも知れんな。 ……私は何も、考えの相容れぬ者同士でも共に在る事はできると思うのだがなぁ。 >第三の巫女 伏せておく方針で異論は無い。 隠したりする訳ではなく、今の彼女にあえて話す理由が無いと言うべきか。 >消えた死体の行方 ……此度に関しては、特に気にしなくても良いのではないかな。 正直アレに関しては個人的にかなり複雑な気持ちもあるし状況も不自然だが、今は目の前の彼女に注力すべきと思う。

  7. トーラ

    >三人目の巫女 もしかしたら伝えたら前向きに会いに行ったりする可能性もあるかなという気もしますけど、それよりも落ち込んだり暴走したりの可能性が高い気がするんですよね…。 いつかは知ることになると思うんですけれど、それをいつ伝えるかは難しいですね…。 >ケムマキさん 何かしらの手がかりがあればとは思うんですけど、イダ妃に執着している事くらいしか無いんですよね…。 ヴィルジニアさんの部下の捜索を待つ方が確実かなと思います。

  8. トゥーリ

    トゥーリだよ、よろしくね! いつもの通りハリスさんやフェイサルさんと相談しながら行動は決めるかなぁ…… 三人目の巫女さんの存在は伏せとくって方針は了解したよ。ワタシもそっちの方がいいと思う!

  9. エルゼリオ・レイノーラ

    エルゼリオ・レイノーラです、今回もヨロシクね! >三人目の巫女 いつかはヒルルクさんの耳にも入るだろうけど…… 今回は特に伝えなくちゃならない理由もないし、伏せておく方針に賛成だよ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0