豊穣祈願の結婚式。
蓮華・水無月
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シナリオID:3014
オープニング
さてその日、ギルドにやって来たのはザワージュという村に住む、3人の老人だった。農耕と畜産、それからほんの少しの商売で成り立つ小さな村なのだという。
「結婚式の料理の手伝いをお願いしたいんですじゃ」
そう言ったのはユリエッタと名乗る、68歳の老婆だ。結婚式の、と受付嬢が繰り返した――孫の結婚式とかだろうか。
頷いたユリエッタが困り顔で、実は結婚式の料理担当が決まりませんで……、とため息を吐いたのに、ご近所さんだという2人の老人、バドルとダグラスが「仕方なかろう」と肩を叩く。
「どうやっても、今年は結婚する若者が居らんかったからな……」
「ああ……。ハッ、そうじゃ、いっそ冒険者さん達が結婚式をして下さっても良いですぞ……!」
「……はい?」
いきなり変な方に話が飛んで、受付嬢が冷静な表情のまま困惑した。そんな受付嬢に老人達が語ったことには、彼らの住むザワージュ村では毎年、農作業が一段落した6月ころに、結婚式を行う伝統、というか風習があるのだという。
何しろ、春先はどこも作付けやら家畜の出産やら何やらでとにかく忙しく、夏になればまた作物の手入れに収穫、家畜の放牧などで忙しくなるため、とてもじゃないけれど結婚式なんてしてられない。――というのは、表向きの理由で、実はザワージュ村には、いつの頃からかまことしやかに言い伝えられている話があるのだ。
「それが」
「6月に結婚式があれば、その年は豊作になる」
「…………?」
説明を聞いたら、なおさら意味が解らない。ゆえにしばし沈黙したままその意味を咀嚼しようとする、受付嬢に「何ならお嬢さんでも」とダグラスが勧誘を始め、ユリエッタとバドルが叱り飛ばす。
こほん、と咳払いを1つして、受付嬢は混乱している己の思考を元に戻した。
「――つまり、ザワージュではそういったご事情で、6月に結婚式を行うことが多い、と」
「多い、というのは正確ではないの」
「毎年の重要な、豊作祈願の儀式なんですじゃ」
「恒例行事というか、年に1度の祭りみたいに思っておる者も居りますがの」
「そのために毎年、結婚する若者が途切れないよう未婚の男女の中から、今年は誰を結婚させるか老人たちで話し合ってな」
「日々、どうにか結婚させようとあの手この手で仲を取り持ってきたんですじゃ」
すごく嫌な風習だな、そう思ったことは今度こそ完璧に隠しおおせ、受付嬢は老人達の話をいったん頭から追い出して、依頼の概要を整理することにした。まあほら、依頼は依頼だし。
そうして、村の老人達から何とか聞き出した、依頼内容が以下の通りである。
・結婚式のために、村の伝統にのっとった婚礼料理を作って欲しい。
・メニューは甘い芋のケーキ、羊肉の塩釜ロースト、羊肉のミートローフ、マッシュポテト、ニョッキのカルボナーラ、と芋のグリル、ベビーリーフのサラダ・ラムロースト載せとフルーツサラダの2種、干し果実の焼き菓子。果実酒と果実水。
・あわよくば当日の結婚式を盛り上げるため、楽器の演奏や催しなどもして欲しい。
・さらにあわよくば、いっそ冒険者の中で誰か結婚式をして欲しい。
「……最後のはさすがに無理だと思いますが?」
「あわよくば、あわよくば、ですじゃ」
「ええ、もちろん当日の新郎新婦役には、人を頼んで結婚式のフリをしてもらう予定なんじゃが」
「どうせなら、なぁ……? フリじゃなくて本物の方が、ご利益もあるじゃろし」
「………」
老人達の話に、受付嬢は頭痛を堪えるような表情になり。もうめんどくさいしこのままで良いかな、と老人達の話をそのまま依頼書に書き殴ったのだった。
「結婚式の料理の手伝いをお願いしたいんですじゃ」
そう言ったのはユリエッタと名乗る、68歳の老婆だ。結婚式の、と受付嬢が繰り返した――孫の結婚式とかだろうか。
頷いたユリエッタが困り顔で、実は結婚式の料理担当が決まりませんで……、とため息を吐いたのに、ご近所さんだという2人の老人、バドルとダグラスが「仕方なかろう」と肩を叩く。
「どうやっても、今年は結婚する若者が居らんかったからな……」
「ああ……。ハッ、そうじゃ、いっそ冒険者さん達が結婚式をして下さっても良いですぞ……!」
「……はい?」
いきなり変な方に話が飛んで、受付嬢が冷静な表情のまま困惑した。そんな受付嬢に老人達が語ったことには、彼らの住むザワージュ村では毎年、農作業が一段落した6月ころに、結婚式を行う伝統、というか風習があるのだという。
何しろ、春先はどこも作付けやら家畜の出産やら何やらでとにかく忙しく、夏になればまた作物の手入れに収穫、家畜の放牧などで忙しくなるため、とてもじゃないけれど結婚式なんてしてられない。――というのは、表向きの理由で、実はザワージュ村には、いつの頃からかまことしやかに言い伝えられている話があるのだ。
「それが」
「6月に結婚式があれば、その年は豊作になる」
「…………?」
説明を聞いたら、なおさら意味が解らない。ゆえにしばし沈黙したままその意味を咀嚼しようとする、受付嬢に「何ならお嬢さんでも」とダグラスが勧誘を始め、ユリエッタとバドルが叱り飛ばす。
こほん、と咳払いを1つして、受付嬢は混乱している己の思考を元に戻した。
「――つまり、ザワージュではそういったご事情で、6月に結婚式を行うことが多い、と」
「多い、というのは正確ではないの」
「毎年の重要な、豊作祈願の儀式なんですじゃ」
「恒例行事というか、年に1度の祭りみたいに思っておる者も居りますがの」
「そのために毎年、結婚する若者が途切れないよう未婚の男女の中から、今年は誰を結婚させるか老人たちで話し合ってな」
「日々、どうにか結婚させようとあの手この手で仲を取り持ってきたんですじゃ」
すごく嫌な風習だな、そう思ったことは今度こそ完璧に隠しおおせ、受付嬢は老人達の話をいったん頭から追い出して、依頼の概要を整理することにした。まあほら、依頼は依頼だし。
そうして、村の老人達から何とか聞き出した、依頼内容が以下の通りである。
・結婚式のために、村の伝統にのっとった婚礼料理を作って欲しい。
・メニューは甘い芋のケーキ、羊肉の塩釜ロースト、羊肉のミートローフ、マッシュポテト、ニョッキのカルボナーラ、と芋のグリル、ベビーリーフのサラダ・ラムロースト載せとフルーツサラダの2種、干し果実の焼き菓子。果実酒と果実水。
・あわよくば当日の結婚式を盛り上げるため、楽器の演奏や催しなどもして欲しい。
・さらにあわよくば、いっそ冒険者の中で誰か結婚式をして欲しい。
「……最後のはさすがに無理だと思いますが?」
「あわよくば、あわよくば、ですじゃ」
「ええ、もちろん当日の新郎新婦役には、人を頼んで結婚式のフリをしてもらう予定なんじゃが」
「どうせなら、なぁ……? フリじゃなくて本物の方が、ご利益もあるじゃろし」
「………」
老人達の話に、受付嬢は頭痛を堪えるような表情になり。もうめんどくさいしこのままで良いかな、と老人達の話をそのまま依頼書に書き殴ったのだった。
解説
◎目的
ザワージュ村で行われる、豊穣祈願の結婚式のお手伝いをして下さい。
参列者(参加者?)は村の赤子から老人まで100人ほどです。
大きく分けて、以下の3つになります。
1、結婚式の料理の作成
料理は伝統的に、両家の母親たちが担当するのですが、今年は模擬結婚式のため料理担当が居ません。
作った事がある人はたくさん居るので、人手が必要な場合お手伝いはしてもらえます。
村には既存のメニューに必要な材料や調味料は、全て用意されています。
なお、村の特産品(羊肉&各種芋類)を利用した新メニューを提案しても喜ばれるかもしれません。
そのための特殊なスパイスなどが必要な場合、ご持参頂く必要があります。
2、結婚式(いわゆる披露宴を兼ねる)の盛り上げ
例年は村人がそれぞれに出し物をしたり、スピーチをしたりしているのですが、今年は模擬結婚式のため以下略。
音楽で盛り上げたり、ダンスを見せたり、一発芸などを見せても喜ばれるでしょう。
声をかけてもかけなくても、楽しくなれば村人は勝手に踊ったり歌ったりし始めます。
3、結婚式を挙げる(フリを含む)
村の老人によれば「豊穣祈願じゃから! 結婚するモンはいくら居っても良い! あわよくば実際に(ここで記述は途切れている)」との事です。
示し合わせて結婚式の真似事をしてあげたりすると、大変喜ばれるでしょう。
なお、結婚式であれば良いそうなので、種族がとか同棲異性とか細かいことは気にされません(多分)
◎結婚式について
当日のスケジュールは以下の通りです。
午前中……
朝、日の出とともに花嫁役を花婿役が迎えに行く所からスタートです。
そのまま花嫁役と花婿役は着付けなどの支度をし、その間に結婚式料理の調理、老人達は会場の村の広場のセッティングを行います。
昼前~午後いっぱい……
村の広場に集まって、新郎新婦役を囲みつつ料理や飲み物を食べ、みんなでどんちゃん騒ぎ。
夕方……
後片付け。
伝統的には両家の親と新郎新婦の友人が担当しますが、今年は老人達が頑張るそうです。
◎その他
老人達も悪い人ではないのでしょうが、長年続けている伝統であり、豊穣祈願でもあるため必死なようです。
適齢の若者達は概ね既婚か、村の外に出てしまっているとの事。
◎登場NPC
ザワージュ村の人々……
老若男女、自分ちの結婚式じゃないから動かないだけで、手伝ってと言えば快く手伝ってくれる人たちです。
マスターより
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月と申します。
暑かったり寒かったりする今日この頃、こんな(模擬)結婚式の依頼でお邪魔致します。
結婚式といえば夢があるもの……なのでしょうが、こんな理由で結婚をごり押しされると困ってしまいますね。
ちなみに、ザワージュ村の伝統結婚式については実は過去シナリオ『お料理が決まらない!』でも登場したのですが、特に連作でもなんでもないので、ご覧にならなくても楽しんで頂くことが出来ます。
それではお気が向かれましたらお気軽に、どうぞよろしくお願い致します。
リプレイ
●そして、彼らは。
カイン・ステラは憮然としていた。だが同時に、諦念に似た思いも抱かずにはいられない。
顔見知りのギルド職員の、実に心外なコメントを思い出す。
(『カインさんはむしろ花嫁役の方が向いてるのでは?』って、なんだそれ)
憤りはすれどそれに納得のような思いも抱く、カイン18歳の初夏である。見上げた空はどこまでも青く、村を取り巻くように広がる畑の向こうには、のどかに草を食む羊達が点々と白く見えた。
そんな光景をたっぷり10分は眺め、
「……料理作るか」
「ええ、頑張りましょう! 仮とはいえハレの結婚式の料理ですし、皆さんに喜んで貰って良い想い出になるよう精一杯お手伝いさせていただきます!」
ふぅ……と色々な物を飲み込んだため息と共に呟いたカインの横で、トーラはやる気十分に両手をぐっと握る。ギルドで聞いてきた事前情報では、料理の種類と参列者の多さはなかなかのものだ、料理担当者で役割分担を決めた方が良いかもしれない。
そう告げる、トーラの言葉に確かにとカインは頷いた。
「伝統料理のレシピはちゃんと確認しないとな。あとは……花嫁花婿役の人は綺麗な衣裳を着る訳だし、手軽に食べられるものがあった方がいいか」
「わたしは、他に誰も居らっしゃらなければお肉料理を担当しようかな、と」
「我は飲み物を担当しよう。此度の主役は新郎新婦だ、なれば我は陰に徹するのみ」
ふむ、と段取りを考え始めたカインの言葉に、いかにも仕事人といった風情の雰囲気を漂わせたベルク・オスマットが、少し離れた所で腕を組みながら、生真面目な表情で名乗りを上げる。これはあくまでも依頼なのだ、ならばその完遂のために尽力するのが、依頼を受けた冒険者の使命――あたかもそう言っているかのようだ。
もちろん他の冒険者とて、手を抜くつもりは一切ない。すべては結婚式の成功のため、ひいては村の豊作を願う儀式の成功のため。
それぞれの立場で全力を尽くすべく、冒険者達は入念に相談を重ねるのだった。
●豊穣祈願の結婚式。
ザワージュ村の結婚式は、朝早くから始まる。日の出と共に花婿が花嫁を迎えに行き、そのまま身支度などを整えるのだ。
そして今年の結婚式は、村で頼んだ代役の2人と、有志で名乗りを上げてくれた冒険者達。ゆえに彼らの仮の家として準備された、空き家や村の老人達の家の1軒に向かって、朝日の中をララベル・サン・ディーベルは歩く。
(皆、きっと綺麗なんだろうな)
ぽッ、と頬を染めながら考えるララベルの言葉通り、迎えに行く家で待つ花嫁達は4人。その誰もが恋人であり、ララベルにとって大切な人であり、――本当の家族になりたいと、心から願って結婚式を迎えた女性達。
そのうちの1人であるアリエッタは、早くも村人に着せてもらったウェディングドレスを身に纏い、そわそわと何度も窓の外を覗いていた。
「ララベルまだかな?」
「まだかかるんじゃない?」
それに応えるのは、村の女性達が持ち寄ってくれたウェディングドレスを眺めている、アルラ・ニグラスである。古いものから新しいものまで、様々な型のドレスは見ているだけでも壮観だ――中には少々布面積が怪しくないかとか、色々と突っ込みたい物もあるが。
とはいえ、ここまで多種多様なウェディングドレスが取り揃えられた背景を思えば、その表情に苦いものが混じるのも仕方のない事で。
「――儀式とは言え強引なのは、集落の好きになれない部分ね」
「豊穣祈願が結婚式なんて、結構変わってるわよね」
アルラの言葉に、同意と苦笑の狭間でテュリン・ヴィングが頷けば、着付けやメイク、ヘアセットのために集まってくれた村の女性達からも、苦笑いと同意が返った。彼女達の中にももちろん、老人達の圧に負けて結婚をした者は居るので。
そんな女性達にも意見を聞きつつ、ドレスを見比べながらテュリンは「それにしても」と呟く。
「こういう形で結婚式挙げるなんて思わなかったけど――」
「ボクも不思議に思ってるよ。まさか自分が祝われる側になるとは、人生分からないものだね」
その言葉に応えるように、ルーシカがドレスを纏った自分を不思議そうに見降ろして、おかしな所はないかと点検しながらそう言った。花婿が気に入ってくれるなら、何の問題もないのだが――その1点が何よりも重要なのだ。
そうね、とアルラも諦めたように、自分の体形に一番合っていると薦められたドレスを手に取った。恐らく布の節約のため――そうであると信じたい――ピタリと身体に寄り添う形の、下品にならないギリギリまで女性らしさが強調され、デコルテが大きく開かれた、美しいドレスだ。
このドレスが一番彼女の体形に添っているという事実を、全てを悟った尼僧のような面持ちでアルラは受け入れた。何しろララベルは本気の本気で、自分達4人と結婚しようとしている――その上これは依頼なのだから、全てを受け入れ、全力で臨むべきなのだ。
ゆえにそれぞれに違うデザインのドレスを纏った4人の花嫁を、迎えに来たララベルは想像したどんな姿より綺麗だと、心の底から絶賛した。そうして最後の支度に取り掛かった5人が向かった、結婚式場となる村の広場では白いタキシードにに身を包んだアリッグ・レイダーが、実に不安そうな顔で辺りをキョロキョロ見回している。
「フリだよな? フリでいいんだよな……?」
そう、彼の今日の役割は花婿役。あくまでも役であって、花婿ではない――はずなのだが。
そんなアレッグの不安に、彼の花嫁役であるシルク・メイプルリーフは力強い笑顔で、もちろんです、と大きく頷く。もちろんシルクも美しいウェディングドレスに身を包んでいて、結婚式(仮)への気合も十分だ。
何しろ今日の結婚式は、村の豊穣祈願の儀式でもあるのだという。ならば全力で結婚式をして、全力で豊穣を祈願しなければなるまい。
ゆえにシルクは漲る笑顔で、見て下さい、とドレスを見せるべくその場でくるりとターンして、こくりと首を傾げてみせた。
「綺麗でしょう? このドレス!」
「あーいや……綺麗だぜ」
「ふふ、アリッグさんも素敵ですよ! ほら!」
そうして尋ねられた言葉に、思わず恥ずかしそうに目を逸らしつつも頷けば、シルクが嬉しそうににっこりした。かと思いきや、花嫁を抱き上げてバージンロードを歩くが如く、アリッグを抱き上げてなぜか見せびらかすように広場をぐるりと回り始める。
おいっ!? とアリッグが悲鳴を上げたのは、だから当然のことだ。
「おまっ、ちょっ、降ろ……ッ!」
「暴れると落ちますよ?」
ゆえに精一杯の抗議を叫ぶ、アリッグにきょとりとシルクが首を傾げる。そんな、賑やかな新郎新婦(仮)の姿やすっかり整った広場の様子を見て、アリッグ達と全く同じ格好(ただし男女は逆)で抱かれたゴルバルティアが恥ずかしそうに頬を染め、セリオス・オーガストの胸元に顔を埋めた。
「……ほ、ホントにみんなの前で、結婚式するのだな……」
「そのようだな。俺たち以外にも何人か居るようだ」
そんな愛らしい様子に目を細めながら、セリオスも辺りを見回し頷く。2人とも、白い礼服とウェディングドレスに身を包んで――そう、彼らもまた今日の新郎新婦の1人なのだった。
広場に姿を見せた2人に気付いた村人が、こちらへ、と案内してくれる。それに従い、セリオスはゴルバルティアを抱き上げたまま、今日の主役たちが立ち並ぶ辺りへと移動した。
その腕の中でゴルバルティアは、嬉しさと、恥ずかしさで心持ち肩を竦めるように小さくなって、セリオスの胸に顔を埋める。――身に纏ったウェディングドレスが、自分には似合っていないのではないかという不安があった。
昨日までは気にならなかったのだ、実際に結婚式を挙げる予定だと村人に伝えていたとはいえ、セリオスとゴルバルティアは力仕事などをメインに、村人に交じって準備の手伝いに奔走していたから。村人達も「おめでとうさん! 本番が楽しみだねぇ」などと笑って祝福してくれながらも、頼りになる力仕事担当として接してくれたから。
けれども今の、花嫁さんとして注目を浴びる立場はどうにも恥ずかしい。それはちょうど今朝、村のしきたり通り夜明けと共に迎えに来たセリオスに、やはりお姫様抱っこであちらこちらと移動させてもらい、ウェディングドレスに着替えた辺りから――
「――堂々としていろ。ティアが1番綺麗だ」
「……ッ、セ、セリオスも誰よりもカッコいい、んだから……!」
傍から見なくても式を前に愛を確かめ合っている2人に、周囲から暖かな眼差しが注がれる。その眼差しにセリオスが、ふ、と満足げに唇の端を上げた。
まるで、俺のティアは可愛いだろう羨ましいだろうもっと見るといい、と言わんばかりの笑みに、気付いていないのは当のゴルバルティアだけである。そうして今まさに式が始まらんとしている中、厨房代わりのとある民家では、婚礼料理の仕上げに誰もが慌ただしく手を動かしていた。
「まあ、美味しそうですわね、アルフィーさん」
「あとは焼くだけだぞ。ネーヴェも一緒にやるか?」
その片隅で、新メニューとして『香草パン粉焼き』を作ってみようと、せっせと香草を混ぜたパン粉に羊肉をくぐらせていたアルフィー・リッパーの手元を見て、ネーヴェ・グラヌローザがにっこりする。ぴくん、とその言葉に嬉しそうに耳を立てたアルフィー・リッパーが尋ねれば、ええ、と微笑みネーヴェは袖まくりをした。
参列者は100余名、全員が全員食べるわけではないにせよ、仕込む量はとにかく膨大になる。ゆえに2人で無心になってパン粉を付け、出来上がったら次はどんどんと焼いて行く作業だ。
その傍らで、やはりアルフィー考案の『ラムチョップのオレンジグリル』のタレに使うオレンジを切っていたネーヴェが、ほぅ……とその手付きにため息を吐いた。
「相変わらず素晴らしい腕前ですわね」
「そうか? ネーヴェの料理も十分に美味しいけど……」
かくいうネーヴェもプロ並みの腕前は持っているのだが、それとこれとは話が別。ゆえにうっとりと見つめたネーヴェの称賛に、アルフィーがくすぐったそうに笑いながら、先日ネーヴェが作ってくれたお弁当の事を思い出した。
そうしながらも手はどんどんと、新たな羊肉を焼いて行く。同時に、ネーヴェが切ってくれたオレンジを潰し、ローズマリーや調味料と混ぜて、ラムチョップを漬け込んで。
出来上がりが楽しみですわね、と一緒にラムチョップを漬け込みつつ、ネーヴェが「私にもコツを教えて頂けると嬉しいのですけれど……」とこくり、首を傾げた。その純真な眼差しに、「コツか……」とアルフィーは少し考えを巡らせ。
ニッ、といたずらっぽく笑う。
「最近はどんな料理だとネーヴェが喜んでくれるかなと思って作ってるぞ」
「まぁ! ふふ、なんだか少しくすぐったいですね」
そうして告げた言葉にネーヴェは、目を丸くして驚いた後に、言葉通りくすぐったそうにはにかんだ。そうしてどんどんと羊肉を捌いていく、2人とは別の作業台でカインはせっせと芋を細く切り、天板に並べてはオーブンに放り込んでいく。
村の特産品だという芋には幾つもの種類があって、それぞれ適した料理が違う。普段はそこまで使い分けたりしないようだが、こんなとっておきの料理なら話は別だろう。
ゆえにオーブンポテトに適した芋を大量に切っては焼きつつ、ポテトの味付けに工夫を凝らす事も忘れない。羊乳のヨーグルトとチーズを使ったディップを作って添える皿と、焼き上がったポテトにハーブ&ソルトをまぶしてシンプルに仕上げたものの2種類だ。
カリッ、と1本ずつ味見して、ふむ、とカインは考える。
「この味だと、蜂蜜バターもいいかもな」
味変で甘いものがあっても喜ばれるだろうし、参列者の中には子どもも少なくないので、そういう層にも喜ばれるだろう。融け過ぎないよう料理を供するタイミングも考慮しつつ、蜂蜜とバターを用意するカインに村の老人(配膳担当)が声をかけてきた。
これ、と指さしているのはカインが手軽に食べられるようにと考案した、下味をつけた羊肉のミンチと茹でたじゃが芋を具にしたオムレツを挟んだサンドイッチである。
「もう運んで良いですかの?」
「いや、そっちはまだなんだ。新郎新婦用だからさ。儀式が終わって食べる余裕が出来てからって思ってるんだが……」
「ふむ。なら様子を見て来ますじゃ」
そんなカインに頷いて、老人が向かった先の広場ではちょうどララベルが、愛しい4人の恋人達に永遠を誓っている所だった。――解ってたわよ、とアルラはそんなララベルを、諦めの境地すらもはや通り過ぎた凪いだ眼差しで見つめる。
元より恋人達みんなで行動する事も多いし、ララベルが誰に対しても真剣で、フリでも本気でも1人に絞るなんて出来ない性格だという事も、とっくに解っていた。とはいえ、
「いっそフリだって言った方が、周りへの誤解がないような気もするわね」
くすりと笑って囁けば、ララベルが顔を真っ赤にしてあわあわと辺りを見回す。それからはっと我に返り、しっかりとした眼差しでアルラを見つめた。
「アルラ、側に居るととても安心できて、寄り添って欲しい……」
「……えぇ。もちろんよ」
それに返されるのは、困った子ね、とでも言わんばかりの笑顔と頷き。それにほっとはにかみながら、恋人たち1人1人を真っすぐ見つめて愛を誓う。
「テュリン姉、昔からいつも一緒に居るのが当たり前、でも今は当たり前以上で……」
「ありきたりな言葉かもしれないけど、私もベルの事を愛してる。これからもずっと一緒だからね」
テュリンはララベルの言葉に、苦笑いでそう返した。幼馴染の弟でもあるララベルは、こうして改めて言われてみれば確かに、昔から一緒に居るのが当たり前というか、ごくごく自然な存在だったのだ。
けれども今は、テュリンにとって特別な存在。これからもずっと一緒に居たいという気持ちは同じだと、にっこり微笑んでみせる。
「ルー、料理がとても美味しくて、いつも食べていたい……」
「ボクの料理で良ければ、喜んで毎日食べさせてあげるよ」
ルーシカはララベルに、任せておけと言わんばかりに笑って大きく頷いた。飯屋の店主でもあるルーシカにとって、料理を喜んでもらえるのは嬉しい事で、ましてそれが特別な相手からの言葉となればなおさら。
ゆえに頷き受け入れる、ルーシカに嬉しそうにララベルが礼を言う。
「アリエッタ、その明るさにいつも助られてて、笑顔が素敵……」
「私も……ララベルのそんな優しいところが好き。あなたと共にいつまでも……幸せになろうね」
アリエッタはララベルの言葉に感極まり、泣きそうになるのをぐっと堪えて笑顔を浮かべた。『明るく元気に』をモットーにしているアリエッタだ、ララベルもそんな自分の笑顔が好きだと言ってくれたのだから、最高の笑顔を見せたいではないか――だって今日は特別な日なのだから。
だからララベルから目を離さないようじっと見つめ、最高の笑顔を浮かべるアリエッタに、ララベルは眩しげに目を細めた。そうして取り出したのは、4人分の指輪。
1人、1人に丁寧にはめていき、ぐるり、全員を見回した。恋人達の――妻達の眼差しが、ララベルへと注がれる。
微笑むアルラ、見守るテュリン、くすぐったそうなルーシカ、はにかむアリエッタ――誰もがララベルの大切な、特別な人。
しっかりと責任取って、彼女達と本当の家族になりたいと思った。そして、これからもずっと側に居たいと、居て欲しいと願った。
その願いと思いを受け入れてくれた妻達をゆっくりと見回して、ララベルは万感の想いで告げる。
「皆、これからもずっと僕の側に居てね、愛してる」
そうして交わした誓いのキスに、周囲から万雷の拍手が沸き起こった。どうやらいつものラッキーな事故も、今日ばかりは遠慮してくれたらしい――キスの際に少しばかり柔らかなものが手に触れたとか、その程度はノーカンである。
その拍手がひと段落した所で、次に登場したのはセリオスとゴルバルティアだ。進行役の村人に案内されて中央へと歩み出た、セリオスが抱き上げていたゴルバルティアをそっと下ろすも、ララベル達の誓いのキスに「こ、これから私達も……」と思っただけで恥ずかしくなってるゴルバルティアは、甘えるようなイヤイヤを繰り返すばかり。
ウフフ、と誰からともなく暖かな笑みが零れた。そんな微笑みに見守られる中、どうにか誓いの言葉を述べた2人だったが、いざ誓いのキスとなればまた恥ずかしさにポンッ! と音がせんばかりにゴルバルティアが真っ赤になって。
ふ、とセリオスが愛おしい者を見る眼差しで、ティア、と呼んだ。
「誓いのキスだ」
「わっ、解ってるけど……ん!」
それに、ぱっと顔を上げたゴルバルティアの隙をつくように、セリオスはその唇にキスをする。さり気なくゴルバルティアのヴェールをあげ、しっかりと見せつけながらの口付けに、村の子ども達がきゃあきゃあと手を叩いた。
うぅ、と恥ずかしいような恨めしいような恥ずかしいような、そんな気持ちで睨み上げたゴルバルティアの眼差しを、受け止めるセリオスは涼しい顔。否、むしろそんな姿も可愛いと目を細めてすらいる。
仕返しのようにゴルバルティアも、そんなセリオスの唇に自ら口付けた。わぁっ、と周囲から歓声と拍手が沸き起こり、2人の上に惜しみない祝福が降り注がれる。
同じく祝福の拍手を惜しみなく送ってから、シルクは元気に立ち上がった。
「さあ、次は私達ですよ、アリッグさん! ほらほら……」
「――よし、行くぞ、シルク」
そうしてアリッグをリードして歩き出そうとしたシルクは、逆に彼女をリードするように手を取り歩き出したアリッグに、きょとん、と目を瞬かせる。これは本当に、先ほどまで「フリで良いんだよな?」と確認していた、あのアリッグなのだろうか。
だが、もちろんそのアリッグである。事ここに至っては男らしく振舞うのだと、腹を括って堂々とした仕草でシルクを広場の中央まで導く様子に、不思議なものを見るような気持ちがしながらも、全力で儀式に取り組むと決めているシルクにも否やはない。
ゆえに他の本物の夫婦とも見劣りなく、式は粛々と進んだ。進行役の村人がそれらしい言葉を述べ、夫婦としての心掛けを語り、
「――それでは誓いのキスを」
その言葉に、シルクとアリッグは向かい合う。そうしてにっこりと自身を見つめてくるシルクを――アリッグは力強く抱き寄せ、その唇にキスをした。
抱き寄せられ、腰をかがめてそのキスを受けながら、またきょとりとするシルクである。――アリッグさん?
けれども唇を離したアリッグは、照れたように頬を紅くしてプイッと目を逸らしてしまったので、その真意を尋ねるタイミングを逃してしまった。わぁぁぁぁ……ッ、と周囲からまた割れるような祝福の拍手が降り注がれるのに、はたと気付いてシルクはにっこり微笑み、またアリッグを抱き上げる。
「ほらアリッグさん、笑顔ですよ!」
「ちょっ、だから抱き上げるのやめろって!」
そうしてシルクの腕の中で暴れるアリッグは、もうすっかりいつも通りだ。これですべての儀式が終わったようで、村人達は早くも披露宴を始めたくてソワソワしている。
広場の周りを取り囲むように設置されていた机には、すでに色とりどりのサラダや美味しそうな肉料理が並べられていた。式場となっていた広場の中央部分にも手早く机が設置され、丈夫な木箱を並べた上に新郎新婦の席が設えられた。
わーい、と嬉しそうに早速席につく子ども達の盃に、給仕を務めるベルクが次々と果実水を入れてやる。
「ボク、お父さんのといっしょが良い!」
「こちらの特別な果実水を入れてやろう。お父さんには内緒だぞ」
「はーい!」
時にそんなやり取りをしながら、ベルクは広場の隅々まで目を光らせ、盃が空になっている者が居ないか注意を払った。大人は放っておいても勝手に果実酒を継いで飲んでいるが、その果実酒が無くなっていないかも注意が必要だ。
村人の誰かが音頭を取ったのだか、よく解らないまま始まった披露宴は、お祭りだと思っている者も居るというだけあって、めいめい勝手に盛り上がり始めている。早くも空になりかけている皿もあって、ベルクが素早く回収した所に、ちょうど出来立ての料理を皿ごとマジカルポケットで運んできたトーラが、次のお料理です! と作ってきた塩釜ローストの皿を並べた。
マジカルポケットのおかげで出来立てホカホカのローストに、おぉ、と村人から感動の声が上がる。その様子や、賑やかで楽しげな村人の様子を眺めながら――ふと、この人達の中にも豊穣祈願のためにと言われて結婚した人が居るのだろうか、と考えた。
(ああいう風に結婚に圧をかけられるのも、繊細なカップルだと逃げたり駄目になったりしてしまいそうですね……)
ギルドで聞いた話によれば、ちょっと仲を取り持つ、なんて可愛らしいレベルではない圧の掛け方である。実は内心で思い合ってるカップルが居たとしても、その圧の前では逃げ出してしまったりするかもしれない。
新郎新婦席で涙を流して「ありがとうございますじゃ……!」とお礼を言っている、老人達を見ながらトーラは、その辺りを改善出来ないものだろうかと息を吐き。だがまずは目の前の仕事だと、目に付いた空いてる皿をマジカルポケットに入れ、入らない分は両手に持って、厨房へと急いで戻る。
「新郎新婦も落ち着いてきたようですよ」
「お、サンキュ。なら、新郎新婦用の料理を持ってってもらえるか?」
そうして厨房に報告したトーラに、頷いたカインはオムレツサンドと、それからちょうど焼き上がった1口サイズのラビオリの皿を指差した。わかりました、と配膳担当の村人がオムレツサンドの皿を持ち、ラビオリは温かいままの方が良いだろうと、トーラが大きな皿にまとめて載せてまたマジカルポケットへ。
同じく戻って来たベルクが、追加の果実水を作りながら問いかけた。
「あれは?」
「羊の肉とチーズを中に入れたんだ。茹でるより、オーブンで焼いた方が気軽に食えるだろ?」
何しろ新郎新婦はみな、純白のドレスやタキシードに身を包んでいるのである。汚さないように――そしてちょっとした隙にも食べられるようにという、カインの気遣いだった。
ほら、と味見用に残されていたラビオリを、カインがベルクの口に放り込む。カリッと噛めば口一杯に肉とチーズの旨味が広がって、なるほど食べやすい。
と、そこにやって来たのが今日の主役の1人であるはずのルーシカだ。
「少々調理場を借りられるかな? 創作意欲が湧いて来てしまって」
そうしてひょいと肩を竦め、ドレスは汚さないよう気を付けるから、と言い添える。――料理を生業にするものとして、特産品の料理は味わっておきたいとルーシカは、並べられていた料理を少しずつ味見して回ったらしい。
(どれも、素材の味を感じられて良いものだった)
村の伝統料理も、今日のために料理担当の冒険者が考案した料理も、どれもこれも美味しくて。食べているうちにルーシカの中に、自分も作りたい、という欲求が沸き起こって来たのだった。
とはいえ自身でも言った通り、今日は花嫁なのだからドレスを汚すつもりはない。軽くたくし上げて留め、作ろうとするのは芋のポタージュだ。
その様子に、せめて芋の皮むきは手伝うとカインが申し出たのを聞きながら、両手に果実水の瓶を持ってベルクが会場に戻れば、先ほどまで好き勝手に盛り上がっていた人々は今は、ネーヴェの歌声に耳を傾けている所。
「新郎新婦に村の人々、この場にいらっしゃる皆様方に幸いが訪れますよう祈って――」
結婚式の余興に――と前置きながら奏で始めた歌は、ネーヴェ自身の素晴らしい歌唱力であっという間に、居並ぶ人々の多くを惹きつけたようだ。最後の一節を歌い終え、一礼をしたネーヴェの上に、大きな拍手が降り注ぐ。
それにはにかみながらアルフィーの元へと戻れば、すごいぞ! とキラキラした瞳と拍手で迎えられた。ふふ、とその様子に微笑んで隣に座り、宴席の様子を見つめる。
どうやら「よし歌おう!」という雰囲気になったようで、先ほどまでネーヴェが居た所には、今は別の村人が立って自慢の喉を響かせ始めていた。その向こうに見える新郎新婦達もまた、楽しげに、嬉しげに宴を眺めたり、互いに話したり、村人に話しかけられたりしている。
その――新婦達の様々に美しいウェディングドレスを見ていたアルフィーが、ぽつりと零した。
「――ネーヴェが着たら、綺麗だろうな」
「えっ、そ、そうですか?」
その言葉と、彼の目線の先にある物の両方に、ネーヴェがぽっと頬を赤らめる。それから柔らかく微笑んで、近くに飾られていた白い花を1輪取り、アルフィーの胸元にそっと挿した。
「……アルフィーさんこそ、きっとお似合いになると思いますよ。ね?」
「お、俺はそんな……似合わないぞ! でも嬉しい、ありがとな」
その花と、微かに触れたネーヴェの指の感触にこちらも頬を赤らめながら、アルフィーはピンと尻尾を断てて嬉しそうにはにかむ。そうして「俺も」と差し出した1輪の薔薇に、まあ、と目を見開いたネーヴェの顔が嬉しそうな笑顔に彩られたのを、眩しそうに見つめた。
いつしか会場に戻って来ていたルーシカが、作ってきた芋のポタージュを参列者に振る舞っている。それを見つめながらアリエッタは、そっと自身の唇に触れ――その感触を思い出してほにゃりと笑った。
アリエッタ? とララベルが小首を傾げる。ううん、とアリエッタは首を振る。
今日まで、本当に色々な事があって、そのたびに乗り越えてきた。きっとこれからも色々な事がって、同じように乗り越えていくことになるのだろう。
だから。これからもずっと、あなたと一緒に歩いて行こう――そう願いを込めてアリエッタは、そっとララベルの手を握り締め。ララベルはその手を、しっかりと握り返したのだった。
●宴の後に。
大いに盛り上がった披露宴は、夕暮れになる頃には驚くほどスムーズに終了した。残されたのは、文字通り宴の後といった風情の広場と、その後片付けにせっせと――時によろよろと――動き回る老人達の姿である。
その中にあって、トーラも彼らを手伝い後片付けに精を出していた。他にも、机を片付けたりお皿を回収して厨房に運んだり――と動き回る者が居て。
先ほどまでは主役側だった、シルクとアレッグもその中の1人である。自分達が座っていた机を脇に避け、台になっていた木箱を積み上げ――
精力的に働きながら、ふふふ、とシルクがおかしそうに笑う。
「今日のアリッグさんは積極的でしたね。新郎新婦らしく、あーん、のしあいっこも楽しかったですよ」
「……」
「タキシード姿も、とても可愛らしかったですし……アリッグさん?」
「――俺は」
そんなシルクの手を、アリッグがぐっと握って留めた。きょとん、と今日何度目かに目を瞬かせたシルクの顔を――そうしてアリッグは真剣に見上げ。
俺は、ともう1度呟く。――しっかりと、想いを言葉にして紡ぐ。
「……俺は1人の女として、お前の事が好きだからな」
その言葉の意味合いを、刹那、シルクは考えた。否、意味合いは単純だ――アリッグがシルクを、フリではなく本当の意味で好きだ、という事。
そうして2人は今日、人々の前で愛を誓い、口付けを交わした。――ならば。
「今夜から夫婦ですかね? 豊作祈願の効果アップです」
「……ッ! 俺のようなロクデナシでいいのかよ」
にっこりと微笑んで、アリッグを抱き締め耳元でそう囁いたシルクに、囁かれたアリッグはこの上なく顔を真っ赤にしながら、プイ、と視線を逸らしてそんな憎まれ口を叩く。けれども本心では喜んでいる事は、アリッグの表情を見れば明らかだ。
ゆえに2人は茜色の空の下で、今度は本当の誓いの口付けを交わしたのだった。
●その頃、2人は。
新郎新婦としてザワージュ村へやって来た人々には、村人達が空き家などをその日の宿として提供してくれている。そのうちの1軒で、いまだ純白のウェディングドレスとタキシード姿のまま、セリオスとゴルバルティアは抱き締め合っていた。
セリオスの胸元に甘えるようにギュッと額を押し付ける、ゴルバルティアに瞳を細めてセリオスは、その髪を手で一筋梳く。
「――ティア、愛している」
「わ、私だって……セ、セリオスの事……あ、愛してるんだし! ……大好きだよ……ず、ずっと、大切に、してね?」
その言葉に、なぜか張り合うように必死に言い募るゴルバルティアは、どこまでも愛らしい。とどめに、ちら、とセリオスの顔を見ながらそんな事を言えば、抜群の破壊力があった。
ゆえにセリオスは甘く目を細め、その唇に幾度目かの誓いの口付けを落とす。
「……ん、誓おう、ティアと死が分かつまでともにあることを」
「ん……」
今は人目がないからか、その口付けをゴルバルティアは素直に受け止めた。しっかりとその唇を味わってから、間近でセリオスは揶揄うように――だがどこまでも真剣に囁く。
「ふむ、子供は何人でもいいぞ。しっかりできるように頑張るのでな」
「っば! ばか………っ! ……わ、私も、頑張るから……」
その言葉にゴルバルティアは、真っ赤になって言い返し――だが最後は口の中でごにょごにょと呟きながら、またセリオスの胸にぽすりと顔を伏せた。なかなかに、大胆なセリフを吐いた自覚はある。
文字通りの、甘い蜜月が始まったばかりの2人の夜は、まだこれからだった。
カイン・ステラは憮然としていた。だが同時に、諦念に似た思いも抱かずにはいられない。
顔見知りのギルド職員の、実に心外なコメントを思い出す。
(『カインさんはむしろ花嫁役の方が向いてるのでは?』って、なんだそれ)
憤りはすれどそれに納得のような思いも抱く、カイン18歳の初夏である。見上げた空はどこまでも青く、村を取り巻くように広がる畑の向こうには、のどかに草を食む羊達が点々と白く見えた。
そんな光景をたっぷり10分は眺め、
「……料理作るか」
「ええ、頑張りましょう! 仮とはいえハレの結婚式の料理ですし、皆さんに喜んで貰って良い想い出になるよう精一杯お手伝いさせていただきます!」
ふぅ……と色々な物を飲み込んだため息と共に呟いたカインの横で、トーラはやる気十分に両手をぐっと握る。ギルドで聞いてきた事前情報では、料理の種類と参列者の多さはなかなかのものだ、料理担当者で役割分担を決めた方が良いかもしれない。
そう告げる、トーラの言葉に確かにとカインは頷いた。
「伝統料理のレシピはちゃんと確認しないとな。あとは……花嫁花婿役の人は綺麗な衣裳を着る訳だし、手軽に食べられるものがあった方がいいか」
「わたしは、他に誰も居らっしゃらなければお肉料理を担当しようかな、と」
「我は飲み物を担当しよう。此度の主役は新郎新婦だ、なれば我は陰に徹するのみ」
ふむ、と段取りを考え始めたカインの言葉に、いかにも仕事人といった風情の雰囲気を漂わせたベルク・オスマットが、少し離れた所で腕を組みながら、生真面目な表情で名乗りを上げる。これはあくまでも依頼なのだ、ならばその完遂のために尽力するのが、依頼を受けた冒険者の使命――あたかもそう言っているかのようだ。
もちろん他の冒険者とて、手を抜くつもりは一切ない。すべては結婚式の成功のため、ひいては村の豊作を願う儀式の成功のため。
それぞれの立場で全力を尽くすべく、冒険者達は入念に相談を重ねるのだった。
●豊穣祈願の結婚式。
ザワージュ村の結婚式は、朝早くから始まる。日の出と共に花婿が花嫁を迎えに行き、そのまま身支度などを整えるのだ。
そして今年の結婚式は、村で頼んだ代役の2人と、有志で名乗りを上げてくれた冒険者達。ゆえに彼らの仮の家として準備された、空き家や村の老人達の家の1軒に向かって、朝日の中をララベル・サン・ディーベルは歩く。
(皆、きっと綺麗なんだろうな)
ぽッ、と頬を染めながら考えるララベルの言葉通り、迎えに行く家で待つ花嫁達は4人。その誰もが恋人であり、ララベルにとって大切な人であり、――本当の家族になりたいと、心から願って結婚式を迎えた女性達。
そのうちの1人であるアリエッタは、早くも村人に着せてもらったウェディングドレスを身に纏い、そわそわと何度も窓の外を覗いていた。
「ララベルまだかな?」
「まだかかるんじゃない?」
それに応えるのは、村の女性達が持ち寄ってくれたウェディングドレスを眺めている、アルラ・ニグラスである。古いものから新しいものまで、様々な型のドレスは見ているだけでも壮観だ――中には少々布面積が怪しくないかとか、色々と突っ込みたい物もあるが。
とはいえ、ここまで多種多様なウェディングドレスが取り揃えられた背景を思えば、その表情に苦いものが混じるのも仕方のない事で。
「――儀式とは言え強引なのは、集落の好きになれない部分ね」
「豊穣祈願が結婚式なんて、結構変わってるわよね」
アルラの言葉に、同意と苦笑の狭間でテュリン・ヴィングが頷けば、着付けやメイク、ヘアセットのために集まってくれた村の女性達からも、苦笑いと同意が返った。彼女達の中にももちろん、老人達の圧に負けて結婚をした者は居るので。
そんな女性達にも意見を聞きつつ、ドレスを見比べながらテュリンは「それにしても」と呟く。
「こういう形で結婚式挙げるなんて思わなかったけど――」
「ボクも不思議に思ってるよ。まさか自分が祝われる側になるとは、人生分からないものだね」
その言葉に応えるように、ルーシカがドレスを纏った自分を不思議そうに見降ろして、おかしな所はないかと点検しながらそう言った。花婿が気に入ってくれるなら、何の問題もないのだが――その1点が何よりも重要なのだ。
そうね、とアルラも諦めたように、自分の体形に一番合っていると薦められたドレスを手に取った。恐らく布の節約のため――そうであると信じたい――ピタリと身体に寄り添う形の、下品にならないギリギリまで女性らしさが強調され、デコルテが大きく開かれた、美しいドレスだ。
このドレスが一番彼女の体形に添っているという事実を、全てを悟った尼僧のような面持ちでアルラは受け入れた。何しろララベルは本気の本気で、自分達4人と結婚しようとしている――その上これは依頼なのだから、全てを受け入れ、全力で臨むべきなのだ。
ゆえにそれぞれに違うデザインのドレスを纏った4人の花嫁を、迎えに来たララベルは想像したどんな姿より綺麗だと、心の底から絶賛した。そうして最後の支度に取り掛かった5人が向かった、結婚式場となる村の広場では白いタキシードにに身を包んだアリッグ・レイダーが、実に不安そうな顔で辺りをキョロキョロ見回している。
「フリだよな? フリでいいんだよな……?」
そう、彼の今日の役割は花婿役。あくまでも役であって、花婿ではない――はずなのだが。
そんなアレッグの不安に、彼の花嫁役であるシルク・メイプルリーフは力強い笑顔で、もちろんです、と大きく頷く。もちろんシルクも美しいウェディングドレスに身を包んでいて、結婚式(仮)への気合も十分だ。
何しろ今日の結婚式は、村の豊穣祈願の儀式でもあるのだという。ならば全力で結婚式をして、全力で豊穣を祈願しなければなるまい。
ゆえにシルクは漲る笑顔で、見て下さい、とドレスを見せるべくその場でくるりとターンして、こくりと首を傾げてみせた。
「綺麗でしょう? このドレス!」
「あーいや……綺麗だぜ」
「ふふ、アリッグさんも素敵ですよ! ほら!」
そうして尋ねられた言葉に、思わず恥ずかしそうに目を逸らしつつも頷けば、シルクが嬉しそうににっこりした。かと思いきや、花嫁を抱き上げてバージンロードを歩くが如く、アリッグを抱き上げてなぜか見せびらかすように広場をぐるりと回り始める。
おいっ!? とアリッグが悲鳴を上げたのは、だから当然のことだ。
「おまっ、ちょっ、降ろ……ッ!」
「暴れると落ちますよ?」
ゆえに精一杯の抗議を叫ぶ、アリッグにきょとりとシルクが首を傾げる。そんな、賑やかな新郎新婦(仮)の姿やすっかり整った広場の様子を見て、アリッグ達と全く同じ格好(ただし男女は逆)で抱かれたゴルバルティアが恥ずかしそうに頬を染め、セリオス・オーガストの胸元に顔を埋めた。
「……ほ、ホントにみんなの前で、結婚式するのだな……」
「そのようだな。俺たち以外にも何人か居るようだ」
そんな愛らしい様子に目を細めながら、セリオスも辺りを見回し頷く。2人とも、白い礼服とウェディングドレスに身を包んで――そう、彼らもまた今日の新郎新婦の1人なのだった。
広場に姿を見せた2人に気付いた村人が、こちらへ、と案内してくれる。それに従い、セリオスはゴルバルティアを抱き上げたまま、今日の主役たちが立ち並ぶ辺りへと移動した。
その腕の中でゴルバルティアは、嬉しさと、恥ずかしさで心持ち肩を竦めるように小さくなって、セリオスの胸に顔を埋める。――身に纏ったウェディングドレスが、自分には似合っていないのではないかという不安があった。
昨日までは気にならなかったのだ、実際に結婚式を挙げる予定だと村人に伝えていたとはいえ、セリオスとゴルバルティアは力仕事などをメインに、村人に交じって準備の手伝いに奔走していたから。村人達も「おめでとうさん! 本番が楽しみだねぇ」などと笑って祝福してくれながらも、頼りになる力仕事担当として接してくれたから。
けれども今の、花嫁さんとして注目を浴びる立場はどうにも恥ずかしい。それはちょうど今朝、村のしきたり通り夜明けと共に迎えに来たセリオスに、やはりお姫様抱っこであちらこちらと移動させてもらい、ウェディングドレスに着替えた辺りから――
「――堂々としていろ。ティアが1番綺麗だ」
「……ッ、セ、セリオスも誰よりもカッコいい、んだから……!」
傍から見なくても式を前に愛を確かめ合っている2人に、周囲から暖かな眼差しが注がれる。その眼差しにセリオスが、ふ、と満足げに唇の端を上げた。
まるで、俺のティアは可愛いだろう羨ましいだろうもっと見るといい、と言わんばかりの笑みに、気付いていないのは当のゴルバルティアだけである。そうして今まさに式が始まらんとしている中、厨房代わりのとある民家では、婚礼料理の仕上げに誰もが慌ただしく手を動かしていた。
「まあ、美味しそうですわね、アルフィーさん」
「あとは焼くだけだぞ。ネーヴェも一緒にやるか?」
その片隅で、新メニューとして『香草パン粉焼き』を作ってみようと、せっせと香草を混ぜたパン粉に羊肉をくぐらせていたアルフィー・リッパーの手元を見て、ネーヴェ・グラヌローザがにっこりする。ぴくん、とその言葉に嬉しそうに耳を立てたアルフィー・リッパーが尋ねれば、ええ、と微笑みネーヴェは袖まくりをした。
参列者は100余名、全員が全員食べるわけではないにせよ、仕込む量はとにかく膨大になる。ゆえに2人で無心になってパン粉を付け、出来上がったら次はどんどんと焼いて行く作業だ。
その傍らで、やはりアルフィー考案の『ラムチョップのオレンジグリル』のタレに使うオレンジを切っていたネーヴェが、ほぅ……とその手付きにため息を吐いた。
「相変わらず素晴らしい腕前ですわね」
「そうか? ネーヴェの料理も十分に美味しいけど……」
かくいうネーヴェもプロ並みの腕前は持っているのだが、それとこれとは話が別。ゆえにうっとりと見つめたネーヴェの称賛に、アルフィーがくすぐったそうに笑いながら、先日ネーヴェが作ってくれたお弁当の事を思い出した。
そうしながらも手はどんどんと、新たな羊肉を焼いて行く。同時に、ネーヴェが切ってくれたオレンジを潰し、ローズマリーや調味料と混ぜて、ラムチョップを漬け込んで。
出来上がりが楽しみですわね、と一緒にラムチョップを漬け込みつつ、ネーヴェが「私にもコツを教えて頂けると嬉しいのですけれど……」とこくり、首を傾げた。その純真な眼差しに、「コツか……」とアルフィーは少し考えを巡らせ。
ニッ、といたずらっぽく笑う。
「最近はどんな料理だとネーヴェが喜んでくれるかなと思って作ってるぞ」
「まぁ! ふふ、なんだか少しくすぐったいですね」
そうして告げた言葉にネーヴェは、目を丸くして驚いた後に、言葉通りくすぐったそうにはにかんだ。そうしてどんどんと羊肉を捌いていく、2人とは別の作業台でカインはせっせと芋を細く切り、天板に並べてはオーブンに放り込んでいく。
村の特産品だという芋には幾つもの種類があって、それぞれ適した料理が違う。普段はそこまで使い分けたりしないようだが、こんなとっておきの料理なら話は別だろう。
ゆえにオーブンポテトに適した芋を大量に切っては焼きつつ、ポテトの味付けに工夫を凝らす事も忘れない。羊乳のヨーグルトとチーズを使ったディップを作って添える皿と、焼き上がったポテトにハーブ&ソルトをまぶしてシンプルに仕上げたものの2種類だ。
カリッ、と1本ずつ味見して、ふむ、とカインは考える。
「この味だと、蜂蜜バターもいいかもな」
味変で甘いものがあっても喜ばれるだろうし、参列者の中には子どもも少なくないので、そういう層にも喜ばれるだろう。融け過ぎないよう料理を供するタイミングも考慮しつつ、蜂蜜とバターを用意するカインに村の老人(配膳担当)が声をかけてきた。
これ、と指さしているのはカインが手軽に食べられるようにと考案した、下味をつけた羊肉のミンチと茹でたじゃが芋を具にしたオムレツを挟んだサンドイッチである。
「もう運んで良いですかの?」
「いや、そっちはまだなんだ。新郎新婦用だからさ。儀式が終わって食べる余裕が出来てからって思ってるんだが……」
「ふむ。なら様子を見て来ますじゃ」
そんなカインに頷いて、老人が向かった先の広場ではちょうどララベルが、愛しい4人の恋人達に永遠を誓っている所だった。――解ってたわよ、とアルラはそんなララベルを、諦めの境地すらもはや通り過ぎた凪いだ眼差しで見つめる。
元より恋人達みんなで行動する事も多いし、ララベルが誰に対しても真剣で、フリでも本気でも1人に絞るなんて出来ない性格だという事も、とっくに解っていた。とはいえ、
「いっそフリだって言った方が、周りへの誤解がないような気もするわね」
くすりと笑って囁けば、ララベルが顔を真っ赤にしてあわあわと辺りを見回す。それからはっと我に返り、しっかりとした眼差しでアルラを見つめた。
「アルラ、側に居るととても安心できて、寄り添って欲しい……」
「……えぇ。もちろんよ」
それに返されるのは、困った子ね、とでも言わんばかりの笑顔と頷き。それにほっとはにかみながら、恋人たち1人1人を真っすぐ見つめて愛を誓う。
「テュリン姉、昔からいつも一緒に居るのが当たり前、でも今は当たり前以上で……」
「ありきたりな言葉かもしれないけど、私もベルの事を愛してる。これからもずっと一緒だからね」
テュリンはララベルの言葉に、苦笑いでそう返した。幼馴染の弟でもあるララベルは、こうして改めて言われてみれば確かに、昔から一緒に居るのが当たり前というか、ごくごく自然な存在だったのだ。
けれども今は、テュリンにとって特別な存在。これからもずっと一緒に居たいという気持ちは同じだと、にっこり微笑んでみせる。
「ルー、料理がとても美味しくて、いつも食べていたい……」
「ボクの料理で良ければ、喜んで毎日食べさせてあげるよ」
ルーシカはララベルに、任せておけと言わんばかりに笑って大きく頷いた。飯屋の店主でもあるルーシカにとって、料理を喜んでもらえるのは嬉しい事で、ましてそれが特別な相手からの言葉となればなおさら。
ゆえに頷き受け入れる、ルーシカに嬉しそうにララベルが礼を言う。
「アリエッタ、その明るさにいつも助られてて、笑顔が素敵……」
「私も……ララベルのそんな優しいところが好き。あなたと共にいつまでも……幸せになろうね」
アリエッタはララベルの言葉に感極まり、泣きそうになるのをぐっと堪えて笑顔を浮かべた。『明るく元気に』をモットーにしているアリエッタだ、ララベルもそんな自分の笑顔が好きだと言ってくれたのだから、最高の笑顔を見せたいではないか――だって今日は特別な日なのだから。
だからララベルから目を離さないようじっと見つめ、最高の笑顔を浮かべるアリエッタに、ララベルは眩しげに目を細めた。そうして取り出したのは、4人分の指輪。
1人、1人に丁寧にはめていき、ぐるり、全員を見回した。恋人達の――妻達の眼差しが、ララベルへと注がれる。
微笑むアルラ、見守るテュリン、くすぐったそうなルーシカ、はにかむアリエッタ――誰もがララベルの大切な、特別な人。
しっかりと責任取って、彼女達と本当の家族になりたいと思った。そして、これからもずっと側に居たいと、居て欲しいと願った。
その願いと思いを受け入れてくれた妻達をゆっくりと見回して、ララベルは万感の想いで告げる。
「皆、これからもずっと僕の側に居てね、愛してる」
そうして交わした誓いのキスに、周囲から万雷の拍手が沸き起こった。どうやらいつものラッキーな事故も、今日ばかりは遠慮してくれたらしい――キスの際に少しばかり柔らかなものが手に触れたとか、その程度はノーカンである。
その拍手がひと段落した所で、次に登場したのはセリオスとゴルバルティアだ。進行役の村人に案内されて中央へと歩み出た、セリオスが抱き上げていたゴルバルティアをそっと下ろすも、ララベル達の誓いのキスに「こ、これから私達も……」と思っただけで恥ずかしくなってるゴルバルティアは、甘えるようなイヤイヤを繰り返すばかり。
ウフフ、と誰からともなく暖かな笑みが零れた。そんな微笑みに見守られる中、どうにか誓いの言葉を述べた2人だったが、いざ誓いのキスとなればまた恥ずかしさにポンッ! と音がせんばかりにゴルバルティアが真っ赤になって。
ふ、とセリオスが愛おしい者を見る眼差しで、ティア、と呼んだ。
「誓いのキスだ」
「わっ、解ってるけど……ん!」
それに、ぱっと顔を上げたゴルバルティアの隙をつくように、セリオスはその唇にキスをする。さり気なくゴルバルティアのヴェールをあげ、しっかりと見せつけながらの口付けに、村の子ども達がきゃあきゃあと手を叩いた。
うぅ、と恥ずかしいような恨めしいような恥ずかしいような、そんな気持ちで睨み上げたゴルバルティアの眼差しを、受け止めるセリオスは涼しい顔。否、むしろそんな姿も可愛いと目を細めてすらいる。
仕返しのようにゴルバルティアも、そんなセリオスの唇に自ら口付けた。わぁっ、と周囲から歓声と拍手が沸き起こり、2人の上に惜しみない祝福が降り注がれる。
同じく祝福の拍手を惜しみなく送ってから、シルクは元気に立ち上がった。
「さあ、次は私達ですよ、アリッグさん! ほらほら……」
「――よし、行くぞ、シルク」
そうしてアリッグをリードして歩き出そうとしたシルクは、逆に彼女をリードするように手を取り歩き出したアリッグに、きょとん、と目を瞬かせる。これは本当に、先ほどまで「フリで良いんだよな?」と確認していた、あのアリッグなのだろうか。
だが、もちろんそのアリッグである。事ここに至っては男らしく振舞うのだと、腹を括って堂々とした仕草でシルクを広場の中央まで導く様子に、不思議なものを見るような気持ちがしながらも、全力で儀式に取り組むと決めているシルクにも否やはない。
ゆえに他の本物の夫婦とも見劣りなく、式は粛々と進んだ。進行役の村人がそれらしい言葉を述べ、夫婦としての心掛けを語り、
「――それでは誓いのキスを」
その言葉に、シルクとアリッグは向かい合う。そうしてにっこりと自身を見つめてくるシルクを――アリッグは力強く抱き寄せ、その唇にキスをした。
抱き寄せられ、腰をかがめてそのキスを受けながら、またきょとりとするシルクである。――アリッグさん?
けれども唇を離したアリッグは、照れたように頬を紅くしてプイッと目を逸らしてしまったので、その真意を尋ねるタイミングを逃してしまった。わぁぁぁぁ……ッ、と周囲からまた割れるような祝福の拍手が降り注がれるのに、はたと気付いてシルクはにっこり微笑み、またアリッグを抱き上げる。
「ほらアリッグさん、笑顔ですよ!」
「ちょっ、だから抱き上げるのやめろって!」
そうしてシルクの腕の中で暴れるアリッグは、もうすっかりいつも通りだ。これですべての儀式が終わったようで、村人達は早くも披露宴を始めたくてソワソワしている。
広場の周りを取り囲むように設置されていた机には、すでに色とりどりのサラダや美味しそうな肉料理が並べられていた。式場となっていた広場の中央部分にも手早く机が設置され、丈夫な木箱を並べた上に新郎新婦の席が設えられた。
わーい、と嬉しそうに早速席につく子ども達の盃に、給仕を務めるベルクが次々と果実水を入れてやる。
「ボク、お父さんのといっしょが良い!」
「こちらの特別な果実水を入れてやろう。お父さんには内緒だぞ」
「はーい!」
時にそんなやり取りをしながら、ベルクは広場の隅々まで目を光らせ、盃が空になっている者が居ないか注意を払った。大人は放っておいても勝手に果実酒を継いで飲んでいるが、その果実酒が無くなっていないかも注意が必要だ。
村人の誰かが音頭を取ったのだか、よく解らないまま始まった披露宴は、お祭りだと思っている者も居るというだけあって、めいめい勝手に盛り上がり始めている。早くも空になりかけている皿もあって、ベルクが素早く回収した所に、ちょうど出来立ての料理を皿ごとマジカルポケットで運んできたトーラが、次のお料理です! と作ってきた塩釜ローストの皿を並べた。
マジカルポケットのおかげで出来立てホカホカのローストに、おぉ、と村人から感動の声が上がる。その様子や、賑やかで楽しげな村人の様子を眺めながら――ふと、この人達の中にも豊穣祈願のためにと言われて結婚した人が居るのだろうか、と考えた。
(ああいう風に結婚に圧をかけられるのも、繊細なカップルだと逃げたり駄目になったりしてしまいそうですね……)
ギルドで聞いた話によれば、ちょっと仲を取り持つ、なんて可愛らしいレベルではない圧の掛け方である。実は内心で思い合ってるカップルが居たとしても、その圧の前では逃げ出してしまったりするかもしれない。
新郎新婦席で涙を流して「ありがとうございますじゃ……!」とお礼を言っている、老人達を見ながらトーラは、その辺りを改善出来ないものだろうかと息を吐き。だがまずは目の前の仕事だと、目に付いた空いてる皿をマジカルポケットに入れ、入らない分は両手に持って、厨房へと急いで戻る。
「新郎新婦も落ち着いてきたようですよ」
「お、サンキュ。なら、新郎新婦用の料理を持ってってもらえるか?」
そうして厨房に報告したトーラに、頷いたカインはオムレツサンドと、それからちょうど焼き上がった1口サイズのラビオリの皿を指差した。わかりました、と配膳担当の村人がオムレツサンドの皿を持ち、ラビオリは温かいままの方が良いだろうと、トーラが大きな皿にまとめて載せてまたマジカルポケットへ。
同じく戻って来たベルクが、追加の果実水を作りながら問いかけた。
「あれは?」
「羊の肉とチーズを中に入れたんだ。茹でるより、オーブンで焼いた方が気軽に食えるだろ?」
何しろ新郎新婦はみな、純白のドレスやタキシードに身を包んでいるのである。汚さないように――そしてちょっとした隙にも食べられるようにという、カインの気遣いだった。
ほら、と味見用に残されていたラビオリを、カインがベルクの口に放り込む。カリッと噛めば口一杯に肉とチーズの旨味が広がって、なるほど食べやすい。
と、そこにやって来たのが今日の主役の1人であるはずのルーシカだ。
「少々調理場を借りられるかな? 創作意欲が湧いて来てしまって」
そうしてひょいと肩を竦め、ドレスは汚さないよう気を付けるから、と言い添える。――料理を生業にするものとして、特産品の料理は味わっておきたいとルーシカは、並べられていた料理を少しずつ味見して回ったらしい。
(どれも、素材の味を感じられて良いものだった)
村の伝統料理も、今日のために料理担当の冒険者が考案した料理も、どれもこれも美味しくて。食べているうちにルーシカの中に、自分も作りたい、という欲求が沸き起こって来たのだった。
とはいえ自身でも言った通り、今日は花嫁なのだからドレスを汚すつもりはない。軽くたくし上げて留め、作ろうとするのは芋のポタージュだ。
その様子に、せめて芋の皮むきは手伝うとカインが申し出たのを聞きながら、両手に果実水の瓶を持ってベルクが会場に戻れば、先ほどまで好き勝手に盛り上がっていた人々は今は、ネーヴェの歌声に耳を傾けている所。
「新郎新婦に村の人々、この場にいらっしゃる皆様方に幸いが訪れますよう祈って――」
結婚式の余興に――と前置きながら奏で始めた歌は、ネーヴェ自身の素晴らしい歌唱力であっという間に、居並ぶ人々の多くを惹きつけたようだ。最後の一節を歌い終え、一礼をしたネーヴェの上に、大きな拍手が降り注ぐ。
それにはにかみながらアルフィーの元へと戻れば、すごいぞ! とキラキラした瞳と拍手で迎えられた。ふふ、とその様子に微笑んで隣に座り、宴席の様子を見つめる。
どうやら「よし歌おう!」という雰囲気になったようで、先ほどまでネーヴェが居た所には、今は別の村人が立って自慢の喉を響かせ始めていた。その向こうに見える新郎新婦達もまた、楽しげに、嬉しげに宴を眺めたり、互いに話したり、村人に話しかけられたりしている。
その――新婦達の様々に美しいウェディングドレスを見ていたアルフィーが、ぽつりと零した。
「――ネーヴェが着たら、綺麗だろうな」
「えっ、そ、そうですか?」
その言葉と、彼の目線の先にある物の両方に、ネーヴェがぽっと頬を赤らめる。それから柔らかく微笑んで、近くに飾られていた白い花を1輪取り、アルフィーの胸元にそっと挿した。
「……アルフィーさんこそ、きっとお似合いになると思いますよ。ね?」
「お、俺はそんな……似合わないぞ! でも嬉しい、ありがとな」
その花と、微かに触れたネーヴェの指の感触にこちらも頬を赤らめながら、アルフィーはピンと尻尾を断てて嬉しそうにはにかむ。そうして「俺も」と差し出した1輪の薔薇に、まあ、と目を見開いたネーヴェの顔が嬉しそうな笑顔に彩られたのを、眩しそうに見つめた。
いつしか会場に戻って来ていたルーシカが、作ってきた芋のポタージュを参列者に振る舞っている。それを見つめながらアリエッタは、そっと自身の唇に触れ――その感触を思い出してほにゃりと笑った。
アリエッタ? とララベルが小首を傾げる。ううん、とアリエッタは首を振る。
今日まで、本当に色々な事があって、そのたびに乗り越えてきた。きっとこれからも色々な事がって、同じように乗り越えていくことになるのだろう。
だから。これからもずっと、あなたと一緒に歩いて行こう――そう願いを込めてアリエッタは、そっとララベルの手を握り締め。ララベルはその手を、しっかりと握り返したのだった。
●宴の後に。
大いに盛り上がった披露宴は、夕暮れになる頃には驚くほどスムーズに終了した。残されたのは、文字通り宴の後といった風情の広場と、その後片付けにせっせと――時によろよろと――動き回る老人達の姿である。
その中にあって、トーラも彼らを手伝い後片付けに精を出していた。他にも、机を片付けたりお皿を回収して厨房に運んだり――と動き回る者が居て。
先ほどまでは主役側だった、シルクとアレッグもその中の1人である。自分達が座っていた机を脇に避け、台になっていた木箱を積み上げ――
精力的に働きながら、ふふふ、とシルクがおかしそうに笑う。
「今日のアリッグさんは積極的でしたね。新郎新婦らしく、あーん、のしあいっこも楽しかったですよ」
「……」
「タキシード姿も、とても可愛らしかったですし……アリッグさん?」
「――俺は」
そんなシルクの手を、アリッグがぐっと握って留めた。きょとん、と今日何度目かに目を瞬かせたシルクの顔を――そうしてアリッグは真剣に見上げ。
俺は、ともう1度呟く。――しっかりと、想いを言葉にして紡ぐ。
「……俺は1人の女として、お前の事が好きだからな」
その言葉の意味合いを、刹那、シルクは考えた。否、意味合いは単純だ――アリッグがシルクを、フリではなく本当の意味で好きだ、という事。
そうして2人は今日、人々の前で愛を誓い、口付けを交わした。――ならば。
「今夜から夫婦ですかね? 豊作祈願の効果アップです」
「……ッ! 俺のようなロクデナシでいいのかよ」
にっこりと微笑んで、アリッグを抱き締め耳元でそう囁いたシルクに、囁かれたアリッグはこの上なく顔を真っ赤にしながら、プイ、と視線を逸らしてそんな憎まれ口を叩く。けれども本心では喜んでいる事は、アリッグの表情を見れば明らかだ。
ゆえに2人は茜色の空の下で、今度は本当の誓いの口付けを交わしたのだった。
●その頃、2人は。
新郎新婦としてザワージュ村へやって来た人々には、村人達が空き家などをその日の宿として提供してくれている。そのうちの1軒で、いまだ純白のウェディングドレスとタキシード姿のまま、セリオスとゴルバルティアは抱き締め合っていた。
セリオスの胸元に甘えるようにギュッと額を押し付ける、ゴルバルティアに瞳を細めてセリオスは、その髪を手で一筋梳く。
「――ティア、愛している」
「わ、私だって……セ、セリオスの事……あ、愛してるんだし! ……大好きだよ……ず、ずっと、大切に、してね?」
その言葉に、なぜか張り合うように必死に言い募るゴルバルティアは、どこまでも愛らしい。とどめに、ちら、とセリオスの顔を見ながらそんな事を言えば、抜群の破壊力があった。
ゆえにセリオスは甘く目を細め、その唇に幾度目かの誓いの口付けを落とす。
「……ん、誓おう、ティアと死が分かつまでともにあることを」
「ん……」
今は人目がないからか、その口付けをゴルバルティアは素直に受け止めた。しっかりとその唇を味わってから、間近でセリオスは揶揄うように――だがどこまでも真剣に囁く。
「ふむ、子供は何人でもいいぞ。しっかりできるように頑張るのでな」
「っば! ばか………っ! ……わ、私も、頑張るから……」
その言葉にゴルバルティアは、真っ赤になって言い返し――だが最後は口の中でごにょごにょと呟きながら、またセリオスの胸にぽすりと顔を伏せた。なかなかに、大胆なセリフを吐いた自覚はある。
文字通りの、甘い蜜月が始まったばかりの2人の夜は、まだこれからだった。
マスターコメント
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月です。
この度はご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
豊穣祈願のために結婚式をしたり、結婚式のためのお手伝いをする物語、如何でしたでしょうか。
皆さまのプレイングに蓮華もうふふと嬉しくなったり、ありがとうございますと頭を下げたりしながら、精いっぱい紡がせて頂きました。
来年の6月からはもしかしたら、ザワージュ村の豊穣祈願ももう少し穏やかに(?)なったりするのかも知れません。
別に村人が結婚しなくても良いのでは? と言い出す若者はきっと居ますね……今後、老人達のターゲットになった若者とかは特に……
このシナリオが皆様にとって、楽しんで頂けるものでしたら幸いです。
またのご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします(深々と
イベントシナリオ易しい 報酬:標準14 / 4〜25人
2023年06月27日 22時33分22秒 公開
大成功