ハーレムごろし~元カレピの蜂蜜ハント!編~
眞石ユキヒロ
コメント 9
シナリオID:2995
オープニング
その日、辺境都市群冒険者ギルドは震撼した。
「今回の依頼は! ビー型亜人ハーレムの討伐です!」
「つまり……ワタシたちが勝利すれば新鮮な蜂蜜を手に入れられると!?」
黒鱗のリザードマン――アーキルは、依頼板の横で説明を始めたギルド職員、ライリー・ベルに食い気味に確認する。
アーキルの妻――ギルド職員ツェレンは現在妊娠中であり、体調が安定しない。妻に栄養のあるものを食べさせたいアーキルにとっては、報酬以上の利益が見込める依頼であった。
「多分そうです! 巣の近くで蜂蜜の匂いがしたそうですよ! 搾り取ってやりましょう!!」
「そうですか!! では、ワタシは巣を傷つけないように慎重に魔法を使いますね!!」
「よろしくお願いします!! 皆さんで亜人ハーレムをぶっ潰して、美味しいとこだけいただいちゃいましょう!!」
テンションを上げるアーキルに、ライリーも胸の前でぐっと両手を握りテンションを上乗せする。
「ライリーさ……先輩。確かに蜂蜜の匂いはしましたが、ここにいる全員分を確実に入手できるとは言い切れませんよ」
依頼の説明が済まないうちから勝手に盛り上がる二人に、ギルドの半分職員、ティボーが正確な情報を差し挟む。
「これまでの記録と比較すると、巣はかなり小さいです。女王ビーと兵隊ビーや働きビーがいるようです」
現在の彼はツェレンから仕事を引き継いでいる最中である。よって依頼の説明にも参加する。
なお引き継ぎが完了次第、彼は正式なギルド職員となる。ハーフリング故にこれまで職に関して様々な苦労を強いられてきたため、やる気は非常に高い。
「働きビーはともかく、特異個体である兵隊ビーや女王ビーには何らかの対策が必要かもしれませんね……」
ライリーの役割を奪う程度には。
「おおー! 説明上手ですね、ティボーさん!」
ほぼ完璧な説明ぶりに、ライリーが感心の声を上げる。それから大切な情報を補足した。
「場所は辺境都市群近くの森付近、到着は昼の予定です! 森までは馬車を出しますのでご安心を!」
「近隣の村の住人が働きビーに襲われるなどの被害が出ているので、早めに叩いてしまいたいところですね。僕も同行します」
ティボーも負けじと情報を出す。アーキルが杖でトン、と床を叩いた。
「皆さん、力を合わせて一緒に戦いましょう!」
(ツェレン、ワタシは必ず君に新鮮な蜂蜜を届けるよ!)
アーキルの表情が友好的な笑顔に変化する。思考は先走っているが、協調は決して忘れない。
「あっ。あたし食パン作ってきますよ! 亜人ハーレムから勝ち取った蜂蜜を塗ってみんなで食べましょう!」
ライリーが両手をパンッと合わせて、アーキルに釣られるようににっこり笑う。
「それは良いですね! ツェレンの分も頼んで良いですか?」
「当然です!! ……えっと、ティボーさんは、いりますか?」
再び先走ったと思えば一転して、恐る恐る、探るような口調でライリーが尋ねる。ティボーとライリーは紆余曲折の末、つい二ヶ月前に和解したばかりだ。
しかしティボーが不要な接触を好まないことはライリーも理解している。よって尋ね方もどこか遠回しになってしまう。
「それって僕だけお金を払う必要とかあるんですか?」
ティボーの受け答えは率直かつズレていた。ライリーから塩対応を受けた期間が長かったため、友好的な態度をとられると思考がバグってしまう。
「そ、そんなわけないですよ! ティボーさんも一緒に食べましょう!!」
「あ、そうですか。……はい」
再度両手をぐっと握りしめるライリーから、ティボーは露骨なまでに目を逸らす。
「もしかして……一人で食べたいとかですか?」
ライリーの実家に向かった際には、美味しそうにパンを食べていた。パンが嫌いということはないだろうと判断し、ライリーはそう尋ねる。
「いえ、そういうわけでもなく……」
じーっとティボーの様子を観察するライリーと視線を合わせないまま、ティボーは言葉を濁した。
これも仕事だ。もっと友好的な態度をとる方が良いのだろうけれど、それを発するほど彼は現状になじめていない。
(ちょっとは進展している……のかな?)
アーキルはそんな二人を、蒼い瞳を細めて微笑ましげに眺めていた。
●薫風香る森にて
依頼当日。馬車は荒野を行き、やがてビー型亜人ハーレムの巣の近くへと辿り着いた。
「おおっと。……春が来たんだなぁ」
大地に芽吹いた新緑を踏みそうになって、アーキルはピタリと足を止める。森林をくぐり抜け瑞々しい匂いを運ぶ風に、白いフード付きマントがふわりと靡いた。
「そうですね。……戦闘中にはそういうの気にしないでくれたら大丈夫ですので」
先導するティボーは、感動するアーキルに極めて冷静に言い放つ。些か冷たい物言いだとは思うがそれもそうだと、アーキルは新たな命に緩んだ表情を硬く引き締めた。
「ワタシもキャスターとしてできる限りのことはしますよ。授恵者としてはティボーさんの方が先輩のようだけれど」
「先輩みたい、じゃなくて先輩なんですよ。アーキルさんより年上でもありますからね」
「よろしくお願いします、先輩」
ここで「ティボーが気にしていること」を喉奥に引っ込めておくことが出来るのがアーキルの長所である。
●結成二ヶ月のひよっこミツバチハーレム
『女王様は良い方だ!』『多分最高の方だ!』『良い方は決して滅びない!』
出来て二ヶ月ほどの規模の小さな巣の中で、兵隊ビーたちが女王を称える声を上げる。
『アンタたち静かにしな!!』
自分を称える声に、しかし女王ビーは苛立ちを隠さない。巣を作ったはよいが、この地のエーテルは薄い。自分のハーレムも身体も思うように育たない現状に、怒りが募る。
『失礼しました、女王様……』
以降、兵隊ビーたちは巣を出て、押し黙ったまま鍛錬を開始した。
(腹立たしくてたまんないよアタシゃ……!)
エーテルを扱える人間を捕食すれば、自らにエーテルを蓄えることも可能なのではないか?
妄想に酔いしれる女王ビーは、甘やかな蜜の香り漂う巣の中でよだれを垂らした。
解説
マスターより
リプレイ
辺境都市群冒険者ギルド。今日もやたらと騒がしく、熱量高い依頼板前。
「蜂はごく少数の雄以外は雌の筈ですけれど、ハーレムとは……?」
トーラがぽつりと呟いた疑問に、ブレイドも眉根を寄せる。
(はーれむ……?)
過去に百合ハーレムや薔薇ハーレムもあったから、今更突っ込むことではないのかもしれない。とはいえ信仰の形が人それぞれであるように、ハーレムの解釈に違いが生ずることもあるだろう。
「まぁ、蜂蜜……!」
首を傾げるトーラや、眉根を寄せるブレイドをよそに、東雲・更紗がきらきら輝く代赭色の瞳を細める。
「無事討伐の暁にはみんなでてぃーたいむ、などいかがでしょうか?」
蜂蜜と紅茶はよく合う。その魅力はハーレムに関する疑問など容易く吹き飛ばすもので。
「ライリーさんのパンもあるんですよね! 量が少なければアーキルさん優先で構いませんが、沢山とれたら是非蜂蜜と一緒にいただきましょう」
訝しんでいたトーラは紅葉色の瞳を大きく見開き、頭頂部でくるんと主張する髪の毛を揺らす。チラリとティボーを見ると、露骨に目を逸らされた。
ライリー・ベルとティボーの外堀を埋める作業完了の目処はなかなか立たない。確実に土を放り込んではいるのだが。
「自分も蜂蜜の採取に尽力するつもりだ。ある程度の大きさまでなら自力でマジカルポケット可能だからな」
ブレイドもごく僅かに表情を和らげ、ティボーを一瞥した。こちらはどちらかというとお兄さん的な感情からだ。
(これならばティボーさんも正式な職員としてやっていけそうだな)
納得したように小さく頷いてから、更紗の輝く瞳と視線を合わせる。ブレイドのまっすぐな視線が、更紗の微笑みを照れを含んだはにかみに変化させた。
●
時折、鞭打つ音と馬のいななきが聞こえる。ガタゴトと揺れる馬車の荷台にて、依頼を受けた冒険者たちは車座になっていた。
「――って感じでいいんだよな。はい、おしまいっと」
金色の双眸を細め、一本角のゴブリンロード――ナハシュがニカッと笑う。それから褐色の両手をパンッとたたき合わせた。
作戦会議は道すがら行うこととなった。幸いにして全員の行動の方向性が似通っていたため、実にスムーズに閉幕したが。
「それにしても、暑いな」
荷台を覆う幌は直射日光を遮ってはくれるが、極端に気温を下げてくれるわけではない。
丸みを帯びた斑模様の耳をぺたりと寝かせ、セリオス・オーガストがうなだれる。無論、戦闘となれば凜々しい表情を見せるのだが、それはそれ。
固体であるはずの身体が液状化するかのような、奇妙な倦怠感に抗いながら馬車に揺られている。
「その分、風は気持ちいいですよ」
幌の内側を吹き抜ける乾いた風に浅緑の髪を抑え、ヴィルヘルミナが呟く。本当にそう思ってはいるのだが、表情はなかなか動かない。
若紫の瞳を僅かに細めたが、それはひときわ強い風が吹いたからだ。その様子すら目映いのだから、自覚なき美しさは罪だ。
●
森と荒野の境目付近に、それはデデン! と存在していた。
「何ともシュールな光景ですね」
ヴィルヘルミナの率直な感想が風に攫われ、消えた。巨大な蜂の巣が遠くでこちらに背を向けているのだ。
「巣の周りにハチが居るようです」
その周囲に目を向けたアーキルが、見張りの存在を周知する。
「森からも『女王』『巣』『蜜』だの、結構な数のハチの声が聞こえてきますね」
ナハシュからハチの様子の実況を任されたティボーは、森に注意するよう顎を向けた。
「風は……森の中から巣の側面に吹き付けているな」
ブレイドが揺らぐ草木の向こう――風上たる森を見つめる。茂る緑の隙間から、働きバチの大きな羽がチラリと見えた。
「……居るな」「でしたら、先に倒すべきですね」
敵を発見したブレイドから、セリオスとトーラに緊張が伝播する。
「まずは今いる奴らを片っ端からぶっ倒す、でいいよな?」
できれば先に敵の総数を把握しておきたいが、現状どんな横やりが入るかわからない。ナハシュも竜牙の暗針を手にひとまず戦うべきと判断した。
「安全の確保はお任せください」
更紗もぎゅっと竜石の杖を握る。今回の更紗の立ち回りは、まさに安全に直結するものだ。薄紅色の唇をきゅっと結んで、神経を研ぎ澄ます。
(しかし……話を聞く限り、近くに居るのは働きバチばかりのようだな)
花の蜜に顔を寄せる二匹の働きバチへ、ブレイドは光の刃を伸ばす竜爪の篭手を大きく振るう。
『人間! 人間が来たぞー!』
薙ぎ払うような一閃をかろうじて回避した働きバチたちが、声を上げながら巣の方角へと逃げてゆく。ティボーも巨大な光塊で追い打ちをかけるが、するりと躱された。
「逃がしません!」
遠ざかるハチたちの背にトーラが爆風を見舞う。膨らんだエーテルが直撃し、二体の働きバチが地に落ちた。
「まとめて仕留めるぞ!」
耳を立たせたセリオスが、猛スピードで退散する働きバチの群れに光の矢を放つ。爆ぜたエーテルは三体の働きバチを永遠の眠りへ誘った。
アーキルも他のハチに狙いを定め、エーテル球で撃ち落とす。
「ハチたちは巣の方へ行ってしまいましたね」
「ああ、風上に蜜を設置するなら今だろうな」
辺りを見回すブレイドの後ろへ、更紗が駆け寄る。あっという間の逃走劇だった。
「逃げるハチの様子を見て、コレを使ったらどうなるかと考えたのですが」
艶香の蜜花を取り出すブレイドとは対照的に、ヴィルヘルミナはマジカルポケットから妙な雰囲気を放つ四角い陶器を一瞬だけ取り出し仕舞った。ヴィルヘルミナにとってあらゆる意味で最後の手段に相当するモノなので、あまり出しておきたくはなかったのだ。
「俺はコレも持ってきたぜ」
ナハシュは実に楽しげに円筒形の缶を見せつける。ヴィルヘルミナはナハシュも自分と同じものを持ってきたのだなと悟り、無表情に磨きをかけた。
ナハシュは巣の側面から宗波を繰り出し、軽やかな足取りでヴィルヘルミナの後ろへと舞い戻った。
「中に十匹は居たぜ。奥の方でじっとしてるヤツがいたけど、多分アレが女王じゃねーか?」
森から聞こえた声はみんな巣へと向かっていったそうだ。
巣は大きく、近くには兵隊バチが漂っている。一人で調べるには限界があり、全員で近づけば乱戦は免れない。
「どれだけ呼び寄せられるかによって、あとの動きは大きく変わりますね」
そしてどれだけ討てるか、でもある。トーラは輝石の長杖を構え、いつでも狙い撃つ覚悟を示した。
「自分は蜜を置きに行く。ところでヴィルヘルミナさんとナハシュさんはそれをどうするつもりだろうか?」
察してはいる。しかし全体に共有しようと考え、ブレイドはあえて問いかける。
「……匂いを発するものなので、敵の誘導には有効だと考えています」
声に明確な芯はあるが、できれば使いたくないという感情が僅かばかり滲んでいた。
「自分に引っかかんねーように気を付けねーとだな」
ナハシュはどこ吹く風、と快活な笑顔を見せる。男女の考えの違いのようなものが垣間見えるやりとりであった。
周囲の地形や危険性などの確認はすんだ。
(さて、寄ってきてくれればいいが)
瑞々しい匂いが立ち上る森に、蜜花の甘さを解き放つ。タイミングよく強い風が吹いて、この場の空気が巣へと運ばれた。
やがて羽音と共に兵隊バチが現れた。体高は働きバチの二倍近くあり、見間違えることは決してないだろう。
『蜜は女王様のものです!』
六体の兵隊バチが、ブレイド目がけて光線を放つ。
迫り来る光をひらりひらりと躱しながらも、自分に到達しそうになる次の攻撃を見定め続ける。最後の攻撃を回避するころには、見切りを使い切ってしまった。
(致し方ないが……!)
自分だけで対処しきるのはほぼ不可能、と考えるべき事態になった。瞬間。
「敵はこっちにも居ますからね!!」
トーラの声が、彼女が放つ無数の光弾と共に勇ましく飛ぶ。光弾はブレイドの近くを通りがかった働きバチを中心として、ブレイドに夢中な兵隊バチにも降り注いだ。
(兵隊バチは頑丈なようですね……!)
働きバチは墜ちた。しかし兵隊バチは高威力のエーテル光を食らいながらもギラつく瞳をブレイドに向けたままだ。足元の蜜――ハチの猛攻によりすでにビンは割れてしまっている――がよほど欲しいと見受けられる。
数秒の観察の間にも、働きバチは次から次へと森へやってきた。うち数匹はトーラを脅威と定め、群がり攻撃を加える。それはブレイドを囲う兵隊バチを守る遮蔽にもなった。
それだけでなく――。
「っ!! まだまだ戦えます!」
トーラは全神経を集中して、先を読むかのような動きで回避した。しかし全てを捌ききることは不可能であり、危うく意識を失いそうになる。
長杖を文字通り杖にして、倒れかけながらもトーラは立つ。
(絶対に負けません!)
トーラには人生の目標があり、それはまだ果たされていない。だからこそ、こんなところで負けていられないのだ。
(現状、ブレイドの近くを狙えるのは俺だけか)
一人静かに息を潜めるセリオスにとっては、働きバチたちの遮蔽は意味を成さない。
「俺はあっちを狙う」
セリオスは蜜の守護者と化したブレイドに近寄らんとするハチの群れへ弓を引き絞った。エーテルの籠もった矢は木々の隙間をまっすぐに飛び、兵隊バチたちを撃ち抜く。衝撃に巻き込まれた働きバチが一匹、獣道に横たわった。
ティボーは挟み撃ちするようにトーラの前方に飛び出し、群がる働きバチを光塊で沈めた。一匹逃したが、もはや遮蔽にはならない。
「今、参りますからね」
更紗はその隙を見逃さず、駆けた。
(絶対に守りますから、ブレイドさん……!)
杖を翳し、荒れ狂う稲光を広く発生させる。それらはバチバチと音を立てながら、ブレイドを狙うハチどもを絡め取った。
「ブレイドさん、ご無事でしょうか?」
「……っ! 更紗さん、気をつけろ。女王の登場のようだ」
その言葉に、更紗は代赭色の髪を靡かせ振り返る。
「私の……二倍くらい、でしょうか?」
稲光の向こうを、二メートルの巨体を持つ女王バチがひときわうるさい羽の音を響かせ、飛んで行く。兵隊バチや働きバチに比べれば緩慢と言える速度だが、同時に貫禄も湛えていた。
「あれだけ大きければ的にもなりますね。それでは失礼します」
それでもヴィルヘルミナは臆せず女王に駆け寄る。密閉する蓋を手早く取り外すと、すごく臭い発酵食品の容器を女王バチの顔面目がけて力一杯ぶん投げた。
ビチャア!
『ギャアアアアアアア!!!』
亜人語適正はないが、苦しみ叫んでいるのはヴィルヘルミナにもわかる。一秒未満匂いを嗅いだだけのヴィルヘルミナの鼻にも、強烈な匂いがまだ残っているからだ。
動揺のあまり顔をべしゃべしゃにしながら奇妙なダンスを始めた女王バチを眺めながら、ヴィルヘルミナは考える。
(ギルドに戻ったら真っ先にシャワーを借りましょうか)
自分に匂いがついていないという自信が全くない。
敵の攻勢が止んだところでアーキルがトーラに癒やしに満ちた光を放った。
「ありがとうございます!」
トーラは一瞬アーキルを振り返ってから、相対する働きバチに向き直る。
「んじゃ、俺も行くぞ!」
白い歯を見せて、ナハシュがニカッと笑う。それをすぐに鋭い顔つきに変化させ、異臭放つ女王バチの足にエーテルを纏わせた暗針を突き刺す。
『あ”あ”あ”あ”あ”!!』
体内に流れ込んだエーテルに、女王バチの動きが鈍る。
「ずっとこの場で踊っててくれて構わねぇんだぞ?」
いたずらに成功した子供のように笑いながら、ナハシュが軽やかに後退してゆく。
女王バチはその場で芋虫のように不自由に身体を動かしている。
「その匂い、気に入ったか?」
規則性の狂った羽音に近づく。ナハシュは女王バチにエーテルの刃を突き刺し、注入した。女王バチの巨体がビクンッと震え、三度目の悲鳴が上がる。
悲鳴のリズムに合わせナハシュはステップを踏む。それを皮切りに、各陣営が急速に動き出す。
「自分も反撃といかせてもらおうか!」
ブレイドは自分を取り囲むハーレム構成員たちを光の刃で力強く薙ぎ払った。兵隊バチの一匹が地面に転がるのを確認する前に、アーケインを盾にするような形で更紗の元へと後退する。
纏わり付かれながらもアーケインを抜け出した兵隊バチ、働きバチらは、距離の近いヴィルヘルミナ、トーラ、ティボーを集中して狙った。体当りや魔法攻撃が容赦なく飛び交う。
「っあああ!」
ヴィルヘルミナは額から汗を流しながらも、攻撃を全て受けきった。一気に襲いかかってきたダメージに耐える足が震える。もうほとんど気力のみで立っているような状態だ。
「そんなっ……!」
銀朱色のショートヘアーが大きく揺れ、小さなトーラの身体が若草の絨毯に倒れた。その瑞々しい香りに喜びを感じる余裕もなく、全身の痛みに悶え苦しむ。
体当りと魔法の集中砲火を浴びたティボーはすでに意識を失っていた。
「すまないが、いかせてもらう」
ぽつりと、静かな断りが落ちる。
トーラとティボーに群がるハチの軍団に星の如く、輝きの破片が降り注いだ。
(狙うなら今しかなかった、と言い訳をするつもりはない。より大きな被害を防げるなら……!)
セリオスだ。この一射により働きバチは全滅し、兵隊バチも一匹墜落した。大きな戦果を出したと言えよう。
「今の光は……?」
反射的に振り向いた更紗に、セリオスが強い視線を送った。
「……トーラの回復を頼む」
(これは……逃げ切れませんね)
一方、ヴィルヘルミナも決断を迫られていた。兵隊バチ共がこちらの隙を伺い続けている。下手に撤退すれば次こそ倒れてしまうかもしれない。
「ならば月虹の技、ご覧に入れましょう」
刀にエーテルを通す。執拗に自分を狙った敵たちへ、光の塊を鋭く振り下ろした。
あとに残るは、兵隊どもの亡骸と、ヴィルヘルミナの命のみである。すかさずアーキルが光を放ち、勇敢なるヴィルヘルミナを癒やした。
「トーラさん、大丈夫でしょうか」
更紗はトーラへと近寄り、癒やしのエーテルを素速く注ぐ。
「……申し訳、ありません」
ふらつきながらもなんとか身を起こしたトーラは、更紗に深く頭を下げた。
「いえ、トーラさんが勇敢に戦われていたから、こうなったのだと思います」
「……! ありがとうございます!」
頭を上げたトーラの瞳は、眩しいものを映したかのように輝いていた。
『ふざっけんじゃない! なんなのこの匂いは!?』
女王バチの鼻が悪臭に少し慣れてきたらしい。状況を確認する余裕が出てきたようだ。魚の身と何かの液体で汚れた視界の中にトーラと更紗が入る。
『食べやすそうな子供たちだねぇ!』
急におしゃべりになった。殆ど動けなくなっている為、脅威度は果てしなく低いが。二人に向かって、確かめるようにゆっくりと飛んで行く。
「おい、今アイツなんて言って……って。おい」
ティボーは倒れたままだ。
なお次の瞬間、ナハシュのエーテルに蝕まれている女王バチが地面に墜落しそうになり、ティボーは心底嫌そうな顔で立ち上がった。自分がそれに相応しくないからできれば使いたくなかったのだ。
「自分は先に兵隊の方を仕留める!」
ブレイドは更紗の近くに居る兵隊バチを一閃で始末し、更紗が残したアーケインに未だ捕らわれている最後の兵隊バチへと二閃贈る。
「止まっているように見えたのだが、それは攻撃か?」
お返しの魔法攻撃は、スマートに回避した。
「女王バチが何言ってるかわかるか?」
「『子供』『食べ』だそうです」
「目ぇ見えなくしてやった方が良いんじゃねぇかな、アイツ」
事の重大さはイマイチ理解できないが、世間体のようなものを考えそう言っておく。ナハシュは女王バチの黒光りする瞳に閃光塗弾の内袋を叩きつけた。
『ぶぇっほぉ!』
そのまま女王バチの死角へと駆け抜ける。こうなってしまえばもう、どこも死角みたいなものだが。
「よくも散々やってくれましたね!」
トーラはエーテルを光弾に変え、兵隊バチへと鋭く放った。自分だけじゃない、ブレイドやヴィルヘルミナやティボーも大変な目に遭ったのだ。
「トドメだ。観念しろ」
セリオスは女王の巨体を白銅色の瞳で睨み据え、竜骨の強弓を構える。言葉も、視線も、混乱の最中にある女王バチには届かない。しかし。
(これで最期だ)
風を切るように放たれた極光纏う一射は女王の巨体に届き、その命ごと貫いた。
「折角ですから、あなたには私の炎をお見せいたします」
ヴィルヘルミナは月虹の柄を握る両手に力を込めて大地を蹴る。
蒼き炎が描く強力無比なる一撃は、恐るべき速さと強さをもって兵隊バチの命を切り捨てた。
「幼虫すら残っていませんね」
ナハシュ、ブレイドと手分けして行った宗波の結果から、トーラが導き出した結論はそれだ。彼らはこのハーレムの全勢力に打ち勝ったのである。
「蜂蜜のある部分を持って行くにも、切りわける必要はあるだろう」
ブレイドは竜爪の短剣、トーラは小人の薄刃片手に率先して解体作業に乗り出す。
冒険者全員で力を合わせて解体した蜂の巣は、三回の往復で全て撤収できた。
なお、冒険者ギルドに戻って真っ先に、ヴィルヘルミナはシャワーを借りた。
●
数日後。辺境都市群冒険者ギルドの食堂には甘い香りが漂っていた。
「こんなにも沢山、ありがとうございます!」
巣からごっそりと採取した蜂蜜。透き通る琥珀色で満たされた瓶をアーキルが受け取る。
「ダー……アーキルが御世話になりました。本当にありがとうございます」
傍らにはツェレンが座っていた。子を宿した腹は大きく膨らんでおり、アーキルが優しく撫でるとツェレンの表情が幸福を形作る。
「皆さんの口に合うといいですが」
テーブルの上では、ヴィルヘルミナが焼いたスコーンと、蜂蜜を混ぜたパウンドケーキがほんわりと熱気を漂わせていた。
(上手く焼けて良かったです)
何度か練習していたが、不安はあった。安堵は表情に出ていないが、椅子に預けた身体からは僅かに力が抜けていた。
「紅茶も今、準備が終わりましたよ」
トレイを手にそろりそろりと歩を進める更紗の声が、柔らかく空気を揺らす。桜や桃といった、可愛らしくも美しい花々が描かれたティーセットは見た目にも美しく。
ティーポットの中では茶葉が自由に舞を披露している。もうじきちょうどよい味になるだろう。
「ハニートーストもできましたよ! みなさんお一つずつどうぞ!」
厚めに切った食パンに惜しみなく注がれた蜂蜜が眩しい。まぶされたスライスアーモンドがさっくりとしたアクセントを付ける。
それを調理したトーラは一人一人に配り、ティボーの正面に陣取った。さりげなく外堀を埋める作戦は続いている。
「おっ、これで全部か! どれからいくか?」
「先に出されたものからがいいんじゃないか」
意気込むナハシュに、セリオスがアドバイスをする。目の前のハニートーストを切りわけながらなので説得力はないが、ナハシュが「だな!」と暖かいスコーンを掴み、たっぷりと蜂蜜を塗ったので良しとする。
「美味い! 全部一人で食ってもいいか?」
「全員で食べられるように私が取り分けますので、それで我慢してください」
ナハシュの冗談に、ヴィルヘルミナが腰を上げて対応する。美味しいもの盛りだくさんの皿を受け取ったナハシュは、遠慮という言葉を忘れ、ガツガツと口に放り込んだ。
「俺にも頼む」「了解しました」
ハニートーストをもぐもぐする合間に、セリオスも皿を差し出す。ヴィルヘルミナはそれを受け取り、スコーンとパウンドケーキを淀みなく乗せた。
「ん、ありがとう」
セリオスはパウンドケーキを一口大に切り、口の中へ運ぶ。表情にこそ出てはいない。しかし黙々と食べるということは美味しいと言っているのとほぼ同義だ。
ヴィルヘルミナも表情はそのままに、心の中で喜んだ。
「紅茶はそろそろか?」「はい。私が注ぎますので、ブレイドさんは少々お待ちくださいね?」
更紗はティーポットを手に取ると、その蓋を指先で軽く押さえた。そのままコポコポと、湯気の立つ紅茶を注いでゆく。
(これだけでも、この依頼に参加した価値はあったんじゃないだろうか)
真剣な更紗の様子を眺めながら、ブレイドはぼんやりと考える。ぼんやりするということ自体あまりブレイドらしくないのだが、更紗が関わるといつもブレイドの調子は乱れるのだ。
「蜂蜜はお好みで入れてくださいね。……ブレイドさん?」
「あ、ああ。ありがとう」
飾り気のない感謝の言葉に、更紗がはにかみを湛える。
「どういたしまして」
ブレイドとの何気ない会話は、更紗の心を甘やかに揺らす。
それがなんなのかは更紗にはまだわからないけれど。なんだか心地よい、ということだけは事実だった。
「ライリーさんのパン、美味しいですね?」
トーラはハニートーストに四苦八苦するティボーに声をかけた。
「そうですね」
ティボーがじとりと瞳を細める。
(誘拐犯と被害者の恋愛を推奨するとは、なんと言いますか)
ライリー側に自分とくっつく利点があるとは思えない。この話はそれで終わりだ。ティボーにとっては。
「トーラさんのハニートースト、すっごく美味しいです!」
ライリーにとっては始まったばかりだ。ライリーからの好評に、トーラは目映いばかりの笑顔を見せる。思うようにいかないことはあっても、思わぬところに幸運は落ちているもので。
「私は調理しただけですよ! パンが美味しいから美味しくなったんです」
トーラの謙虚な言葉を受けて、ライリーの瞳が憧れに満ちる。トーラとしては見込み違いの結果ではある。それが悪いというわけでは決してないが。
テーブルの上を占領する甘やかで蠱惑的な香りは、全て彼らの胃の中へと収まった。
残るは幸福感と、満腹感ばかりである。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い6 / 6〜10人
2023年06月12日 01時58分50秒 公開
相談掲示板
シーフのトーラです。 よろしくお願いします! 蜂の巣取り……じゃなくて蜂の亜人退治ですね! 匂いに敏感なら、香水や匂い系のスキルで誘い出したり出来ないでしょうか? とりあえずわたしは前に出ての攻撃役をやろうと思います。 そして美味しいハチミツを手に入れましょう! ところで、蜂は少数の雄蜂を除けば全て雌の筈ですけど、同性同士のハーレムということに……?
成立まであと1人?か…シーフのブレイドだ、よろしく頼む。 匂いに敏感…風上に蜂蜜の小瓶でも置いてみるとしようかな 戦闘の方は命中にあまり自信がないので兵隊バチをメインに行こうと思う 大事な事なので…な占有ヘクス飛び越えはアーキルさんと更紗さんに アーケインストリームを広く展開してもらえればどうにかなりそうか?
これで一応成立ですか。 ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 飛んでいるので、前衛が盾になって後ろを守るとかは意味が無さそうですね。 近接攻撃が主のようなので、距離を取ればいきなり攻撃を受けるという事も無さそうです。 巣を残すなら巣自体には攻撃せず、中にいる女王だけを引きずり出す必要がありますか。 外にいる兵隊を全滅させれば流石に出て来ると思いますが。 匂いに敏感なので、既に挙げられている通り匂いで誘き出す感じですか。
成立ですね。 改めてよろしくお願いします! 前衛の方が多いようですし、予定を変更して杖での魔法攻撃に切り替えますね。数も多いので範囲攻撃もあった方が良さそうですし。 蜂蜜で誘い出すなら、香水での撹乱は止めておきますね。
・・・ん、シューターのセリオスだ、よろしく頼む 蜂らしく煙で燻して巣から引っ張り出そうかと思ったが蜂蜜をとるならやめておいた方がいいか。 今出てるようににおいでおびき出す案でいいと思う とりあえず数が多いから範囲攻撃を多めに持っていくつもりだ
目出度く成立、ですね。 キャスターの東雲更紗と申します、よろしくお願いしますね。 後日に味わう用?でもありますし蜂蜜で釣れそうなら何よりですが、 念のため他の手段も文字数次第でアリといえばアリ…でしょうか。 飛び越え接近の阻止にアーケインも了解です。 1へくすより高く飛んでくるかどうかで展開位置を調整しますね。 あとはメテオライトなりの範囲攻撃を持っていこうと思います。
シーフのナハシュだ。今回はよろしく。 基本蜂蜜で外に釣り出す、で同じく異論ねえな! 女王は見た感じエーテルが高い奴を食べたがってそうだったから、部下から大量の授恵者が来たと報告がいけばその内出てきてくれる気はする。するか? 後々蜂蜜が食えるなら残しておきてえもんな。 臭いが敏感なら、外に誘い出した後すごく臭い発酵食品とかで刺激物を嗅がせたら多少動揺や混乱させたりできねえかね。 とりあえず個人としては前衛でドンパチかな! 抵抗が高くなさそうなら回避低下やその辺のBSを持って行こうと思うわ。
冒険者の皆様、当依頼にご参加いただきありがとうございます! 辺境都市群冒険者ギルド職員、ライリー・ベルです。 当依頼は本日19時の出発となります。 お手数をおかけしますが、今一度、プレイング・装備・スキルのご確認をお願いいたします。 皆さんと蜂蜜パンを食べる日を、楽しみにしてますからねー!
行動は提出済みです! 蜂蜜、たくさん取れると良いですね!