【初夢】夢の旅の先に
崎田航輝
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シナリオID:2722
オープニング
「おや、君は――ここに迷い込んでしまったのかい」
霧の中、或いは空の上。
虹の道か、星空の只中。
ふと見回すと、貴方はどことも判然としない景色の中を歩んできていた。
どこから来たのかは判らない。
長い事彷徨っていた気もするし、目を開けたらそこに立っていたというような感覚もある。
確かなのは、続く道の前に一人の人影が立っていた事だ。
「私かい? 私はただ行きがかっただけさ。でも君にとっては、案内人のように見えるかもしれないね」
彼とも彼女ともつかぬ人影は周囲を見回して言った。
「ここは、誰もが行き着く場所じゃない。彷徨い人が、ふとしたきっかけで入り込んでしまう――そんなところだよ」
大きいのか、小さいのかは判らない。
ただ、君は心の何処かに――何か気になっているものがあるのだろう、と。
人影はそう言った。
「心の中の重りのようなもの。あるいは、何かに引っかかる鈎のようなもの。考えずにはいられない事。それが君をここに導いたんだ」
人影は、帰りたければ前方の道を進むしか無いという。
「ただ、真っ直ぐ進めば必ず脱出できるとは限らない」
道の先は迷路になっている可能性もある。
或いは美しい花園になっている場合もある。
訪れる人によって、世界は違った形を見せるだろう、と。
「君をここに留めようとするものが、この先の世界を形作るのかも知れない。だから、どうすれば出口に辿り着けるのかは……君が見つけるしかない」
だからまずは歩んでみるといい、と人影は言った。
そして貴方は道をゆっくりと進み出す。
すると景色が変容し始めた。
その世界へ視線を巡らせた貴方は――
霧の中、或いは空の上。
虹の道か、星空の只中。
ふと見回すと、貴方はどことも判然としない景色の中を歩んできていた。
どこから来たのかは判らない。
長い事彷徨っていた気もするし、目を開けたらそこに立っていたというような感覚もある。
確かなのは、続く道の前に一人の人影が立っていた事だ。
「私かい? 私はただ行きがかっただけさ。でも君にとっては、案内人のように見えるかもしれないね」
彼とも彼女ともつかぬ人影は周囲を見回して言った。
「ここは、誰もが行き着く場所じゃない。彷徨い人が、ふとしたきっかけで入り込んでしまう――そんなところだよ」
大きいのか、小さいのかは判らない。
ただ、君は心の何処かに――何か気になっているものがあるのだろう、と。
人影はそう言った。
「心の中の重りのようなもの。あるいは、何かに引っかかる鈎のようなもの。考えずにはいられない事。それが君をここに導いたんだ」
人影は、帰りたければ前方の道を進むしか無いという。
「ただ、真っ直ぐ進めば必ず脱出できるとは限らない」
道の先は迷路になっている可能性もある。
或いは美しい花園になっている場合もある。
訪れる人によって、世界は違った形を見せるだろう、と。
「君をここに留めようとするものが、この先の世界を形作るのかも知れない。だから、どうすれば出口に辿り着けるのかは……君が見つけるしかない」
だからまずは歩んでみるといい、と人影は言った。
そして貴方は道をゆっくりと進み出す。
すると景色が変容し始めた。
その世界へ視線を巡らせた貴方は――
解説
※このシナリオは「夢オチシナリオ」です。シナリオ内容は架空のものであり、アニエピカの世界観に一切影響を与えません。報酬は冒険者ギルドからのお年玉です。
●目的
夢の世界を旅し、その出口を見つける。
●状況
いつの間にか迷い込んだ道の先で、夢の世界を歩みます。
この世界は、旅する者の心象を元にした景色が広がっています。
そこに何を見るかは本人次第です。異郷の世界でも、過去の記憶にある景色でも、可能性の未来でも、どんな光景があっても構いません。
これが現実ではないと自覚していても、していなくても構いませんが、スタート地点では元の世界に帰る事は出来ません。
早かれ遅かれ、そこから脱出する方法を模索する事になるでしょう。
●夢の出口
この世界は本人の気になっている事や心の問題、考えずにはいられない事など、心の中で一定の比重を占める概念が元となっているようです。
出口への鍵は、それらの概念や問題に何かの対応をする事です。
理解するか、解決するか、ただ圧倒されるか、対応の内容は何でも構いません。
今の自分の心を、前よりもよく咀嚼出来たと自覚できれば、出口が開いて夢から覚める事が出来るでしょう。
●同行者
同じ夢の世界に複数人が同行しても構いません。
この場合、途中で別れてそれぞれの出口を見つけるか、同行者の誰かの出口に同道して脱出を図る事になるでしょう。
マスターより
夢オチを前提としたシナリオとなります。
夢の中では世界観的に有り得ないものを見ても構いません。夢の内容がアニエピカの世界観に影響は与える事はありません。
何でもありの内容となります(著しく公序良俗に反したものなどは採用されない可能性があります)。
夢を形作る概念は、深刻なものである必要はありません。根源的なものから日常の中で感じた事まで、夢を見る本人次第でしょう。
また、詳細までイメージ出来ておらずとも、どのような出口に繋がるかだけ判れば、アドリブ重視などでも構いません。
リプレイは脱出(目覚める直前)までを描写する事となるかと思います。
皆様のプレイングを心より楽しみにお待ちしております。
リプレイ
●紡ぐ物語
頬に風を感じる。
歩み出したと思ったら、突然床が開いて……エルナ・クルプファルツは滑り台を滑走し始めていた。
「わぁ――!」
感じるのは驚きだけじゃなく、新鮮な楽しさ。
というのも……景色が変遷し、いつの間にか滑り台ではないものに乗っていたのだ。
それはカラフルな色彩の――テーマパークの小型機関車。伸びる線路と、ガコンガコンと響く小気味良い振動に、エルナは未知の感動を覚えた。
「これは楽しいですね! 景色も綺麗で――!」
見回せばそこは高原で、多様な花が咲き乱れている。見た事があれば無い花もあって、不思議と目を奪われた。
だからもっとよく見ようとすると……そこでどぼん、と沈んだ感覚。
浮遊感に、視界を満たす蒼。
入ったのは、海の中だった。
機関車は鮫を模した大きな魚になっていて……先刻よりはゆったりと辺りを回遊し始めている。
(幻想的ですね……!)
流れる景色に、エルナは笑顔を零す。
多色の魚の群れ、光差す海底の岩場。際限のない美しさに見惚れる思いだった。
心躍る旅路。
その内に魚が小さくなって……水を抜けた。
次に感じるのは爽快な風。
「わぁ、空です!」
エルナは髪を靡かせながら高空に昇っていた。
乗っているのは白い鳥。周りにカモメも飛び、共に雲を横切っている。
下を見ると、遠目に街も見えた。
均一な区画で区切られた、不思議な未来感のある都市で。
(私の知る世界ではないのでしょうか?)
ただ、その先にある山や森、湖はロスガリアの一端のようでもあって――いつか見られる予感もする。
そんな空を越えると、いつしか地中にいて……モグラに乗って洞窟を進む。出口を抜けると、今度は独りでに動く自動車で鉄橋を渡っていた。
橋の先は氷の木々の生る雪原で……メリーゴーラウンドの馬で周遊する。
抱くのは既視感と未視感。
きっとこれは――異世界までもを交えた過去未来。次に何が見られるか判らない、わくわくとした思いがあった。
ただ、エルナには気になる事もある。
それはずっと、乗り物を自分で動かしてはいなかった事だ。
(そうですね、きっと)
今、自分は流されているだけなのだろう。
見える景色は楽しくとも、無限には続かない。それは、自分が選んだものじゃないから。
「それなら!」
決めたエルナは早かった。
ひらりと乗り物を降りて、歩き出す。
そこに夢の終着駅がある事も判ったから。
夢の先に何があるかは、未知だ。でも、もっと楽しい事が沢山ある気がした。
何故ならそれは、自分で選んだ道だから。
「さあ、行きますよ!」
新たな冒険を、自分自身の足で探しに。
エルナは颯爽と歩き出す。その足取りは軽やかだった。
●共に
道の先は迷路だった。
「出口までは長そうだな」
そこへ入ったイズル・M・ヴォルゴールは、呟きを零していた。
ただ――
「けど、夢の中でも一緒なんてラッキーじゃない?」
何が出て来てもぶっ倒せるよ、と。
明るい笑顔を見せるのが、隣のエフィルミア。
「ん、そうかもね」
と、ヘレン・ワーグナーも言えば、イズルも頷く。
そう、そこには気心知れた三人が一堂に会していた。
それは不思議な感覚でもあったが……何より心強いのは確かだから。
「歩こうか」
先を目指して三人は進み出す。
迷路は重厚な石造りの廊下だが、大小様々な鏡が据えられていた。
そこに何かを感じたのは、気の所為じゃないだろう。
「あれが鍵かも」
ヘレンの言葉に頷き、三人で一際大きな鏡を見ると――何かが映った。
見えたのは深い翠の森。
「これは……」
ヘレンはすぐに気づく。
素早く視界を過ぎ去る木々、野生動物、宙を走る矢。
「……覚えてる」
紛れもない自分の記憶だ、と。
「昔の事?」
「うん」
エフィルミアにヘレンは頷く。
父の背中で育ったヘレンは、赤子の頃から狩人だったと言っても過言ではない。
草木の生命力逞しい森、生と死に満ち満ちた山。人に関心を持つよりも、自然と対話しながら生きていた。
倒したゴブリン族の山賊から何故か「姉御」と呼ばれ、頭に担ぎ上げられたりしている映像も流れるけれど……森のヌシとの決闘や冒険を経て、多くは人と関わりの無い記憶が映ってゆく。
実際、冒険者となったのも使命感ではなく、金銭と飯の為だった。
――その店の樽の中に入るまでは。
「あっ、これって」
「店だな」
エフィルミアとイズルが声を零す。
映ったのは、イズルの社会勉強先でもある店内。
鏡の中のヘレンは夕刻、従業員が忙しく動き回るどさくさに紛れ……フロアの一角にある樽の中にすっと入っていた。
そして寝息を立て始めるから……エフィルミアはわぁ、と感心する。
「しのびこみ方がプロ……! さすが昼寝マスター!」
「しかし、あれに気付かないんだ俺……」
動き自体は余りに堂々としていて、イズルは絶句している。
ただ――
「でも、俺のいる店で良かった」
その言葉にヘレンも「ん」と首肯する。
結果として、樽で夜を過ごした後、ヘレンは見つかって……店に居候するようになった。
そうしてイズルと親交が深まり、エフィルミアとも友達になって――ヘレンは変わった。
顔に出さないから、見た目からは判らないだろうけれど。
――二人のことをもっと知りたい。
そう思うようになったし、今も思っている。
改めて口にするのは恥ずかしいから、簡単には出来ないけれど。
「良かった」
二人に会えて、と。
ヘレンは小さく言って歩み出す。
二人は聞こえたか聞こえていないか……見合って微笑み、それから自分達も後に続いた。
道の先にはまた新たな大鏡があった。
何が起こるかは、想像出来るが――
映ったのは、厳粛な空気の執務室で。
(ここは……)
心に呟くイズルは、それが自分の知るものだと早々に気づいていた。
室内に佇む人影が振り返る。
一人は父。そしてもう一人は、白いヴェールで顔を隠す礼装の女性だ。
イズルは血の気の引く感覚を覚える。
父が口を開いた。
「イズル、この女性と結婚して後継ぎとして戻ってきなさい」
――これは、命令だ。
響くその言葉は、イズルに呪縛のような懊悩を生む。
家長であり領主である、父の命令は絶対だ。
これは夢。
けれどそう言われるのが時間の問題だとは、判っていた。それでも聞かないふりをして、耳を塞いでいただけだ。
(俺は……)
血を守る為の女性。
遠くない未来、自分にあてがわれるそんな人と、幸せな家庭を築く事が出来るのだろうか?
血の為に増える妾達も、同様に愛せるのだろうか?
目を逸らしてきた定め。父の顔を前に、イズルは何も言う事が出来なかった。
けれど。
「嫌なんでしょ」
言ったのはヘレンだった。
イズルは向けられた視線を見る。
「ヘレン……」
「私は、逃げるのは別に恥じゃないと思う」
静かな声音で、けれどヘレンは真っ直ぐに続けた。
「危険を……自分のしたくないことを感じたら逃げるのは本能だから。それに従うのは、不自然な事じゃないよ」
「でも俺は……」
イズルは少し言い返しかける。
けれど「そうだよ!」と、声を継いだのはエフィルミアだった。
「今すぐはどうにかならなくても。でもきっと何とかなる――私達は、イズルくんが納得出来る答えを見つけるまで付き合うよ!」
皆で笑って過ごせる未来にしたいでしょ、と。
告げられた言葉に、イズルは少し、はっとする思いだった。
(この二人と一緒なら解決できるって事か?)
不安が消える訳じゃない。
けれど確かに変化はある。
以前は誰に何を聞いても、同じ答えしか返って来なかった――「跡取りだから」と。
でも今は一人じゃない。
だから、一人で悩む必要もないのかも知れない、と。
「……」
何をどこまで相談するかは、これからの自分が決めてくれる。
だからすぐには解決はしなくとも――それを気づけただけで、今は十分なんだろう。イズルにはそれが判ったから。
「ありがとう」
言って歩みを再開する。
「イヅルにとっての幸せが、見つかるといいね」
ヘレンはそう背中に声をかけ……エフィルミアとも共に先を目指す。
迷路は最奥に着きつつあった。
けれど行き止まりに最後の鏡が残っていて――エフィルミアははっとした。
そこに小さい頃の自分の姿が映ったからだ。
同時に、心が粟立つのを自覚する。
(あ、これは駄目だ――)
そうすぐに直感したからだ。
二人に見せてはいけないと、そう思うけれど……しかしそれで止まるはずもなく、鏡は映像を紡ぎ出していた。
――どうしてこんな魔法も使えないのか?
――どうしてこの程度の魔法理論が理解出来ないのか?
見えるのはエフィルミアを囲う幾つもの影。
――本当にこの家の子なのか?
――才能がない、教えるだけ無駄だ。
浴びせられる無数の言葉達。
その中でただ泣いて俯くだけの小さな自分。
それは小さくて、弱くて、何も出来ない自身を責め続けていた頃のエフィルミアだった。
「エフィルミア――」
「ごめん、えーっと……! その、気分悪くなるもの見せちゃって」
ふと声を向けたヘレンと、イズルにも……エフィルミアはしどろもどろに振り返る。
「魔法が出来なくて困ってた頃の事で……。でもね、今、私はシーフになれて良かったと思ってるんだよ!?」
この索敵能力で助けられた命があった。
この速さがあったから守れた命があったから、と。
「シーフである事に誇りを持ってる! これは間違いない!」
息せき切って続けながら、「でも」と言葉に詰まる。
「大丈夫だ。ちゃんと聞くから」
イズルが優しく言うと、エフィルミアは黙ってから「うん」と頷いた。
二人になら、少しは弱音を吐いても良いと思えたから。
「……私もね、両親や兄様みたいな優秀なキャスターになりたかったの。胸をはって『エフィルミア・L・アグラディア』です、って名乗ってみたかった」
言って、少し俯く。
「……こんな叶わない願いを引きずってるなんて、情けないね」
気にしたってどうにもならないのに、と。
零す声には翳りがあった。
けれどイズルは、素直な思いで返す。
「そんなふうに落ち込んでも、エフィはエフィだと思うけどな」
「……、イズルくん……」
「今が幸せなら、それでいいじゃないか」
イズルの言葉にヘレンも頷く。
「人にはできることとできないことがある」
鹿は空を飛べないが、地上を翔る事が出来る。
魚は地上では何も出来ないが、水中を優雅に泳げる、
「自分の得意なことを極めれば、それでいいと思う」
「ヘレンちゃん……」
二人を見るエフィルミアに、イズルは問うた。
「後悔してないんだろ?」
「……。うん」
「なら、進んだ方が俺の知ってるエフィだ」
それで間違っていない、と。
伝えられた言葉に……エフィルミアは一度だけ目を閉じて。それから再び笑みを作る。
変わらず接してくれる二人に、心が解れてゆく気がしたから。
「――私はやっぱり最速最強シーフ目指さないとね!」
見れば、いつしか前方に出口が現れている。
三人は見合ってから……明るく輝くそこへ歩んでいった。
●過去、未来
床板が軋む感覚に、カイン・ステラははっとした。
(ここは……)
見下ろしてから、周囲にも視線を巡らす。回廊と幾つかの部屋――そこが孤児院だと理解するのに時間はかからなかった。
ただ、自身のよく知る孤児院とは違う。
(こんなに廊下は長くなかったし、もっと賑やかだし……)
既に、ここが現実とは違うと直感していただろうか。
窓の外を見ると、二人の大人の姿が見えた。
「あの家族が全員亡くなった子はどうですか」
「何事もなかったようにしてますよ」
少し、カインは目を見開く。
居たのは院長先生と孤児院を支援している商人。その二人が……自分を話題にしていると気づいたのだ。
「気を付けて、見てあげてください。あの子は自分への優先順位が低いように思えます」
心配を含んだ声に、院長も「ええ」と応える。
「大きくなってもここを忘れず――それどころか買い取ってくれた君がそう言うのなら、間違いないでしょうね」
真摯な声音。彼にもまた感ずる所があるようだった。
そんな会話を背に、カインは長い廊下を歩く。
すると先に見えた部屋で、ある姿を目にして足を止めた。
(ガキの頃の俺か)
体は小さいけれど、確かに今の面影がある。
何よりそれは今も記憶に残っている姿だった。
「よしよし」と赤子を抱っこしてあやし、ぐずる表情をなごませる。出産で母を亡くした赤子がここへ来た事で、カインが面倒を見ていたのだ。
孤児院に入って間もない頃の話。
学ばねばならない事も多く、子供時分には忙しすぎる時間だったけれど。
――独りになる暇がなくて良かった。
(そう思ってたな)
“間に合った”という表現が正しいくらいに、カインは危なかったというが……カイン自身、最初は“残されてしまった”と感じていた事を覚えているから。
ただ、それ故だろう。
寂しい以上に『大人を心配させちゃ駄目だ』とも思っていた。
(ここには、俺以上に可哀想な奴もいたから)
大人はそういうカインもまた心配ではあったのだろう。それを少しだけ……実感する気がした。
だからこそ、カインは前を見る。
――俺は俺自身の為に、二人のような大人になりたいと思ってるよ。
ここで過ごしたからこそ、そう思えるのだから。
廊下の先に見知らぬドアが見える。
それが出口だと、カインには自然と判った。
(起きるか)
そうして前へ踏み出して、新たな明日へ向かおうとする。
と、さっきの部屋で……他の孤児がカインの袖を引っ張っていう声が聞こえた。
「ママー、だっこ」
「性別が違う!」
自分の大声で目覚めて、カインは微妙に悲しくなった。
「いや、問題はそこじゃねえ……」
●前へ
空が微かに烟り、遠目に稜線が映る。
気がつけばロゼットは山道を歩いていた。
(いつ戻ったのだったかしら)
そう思ったのは、水気のない乾いた砂利道で……慣れ親しんだシグモル火山だとすぐに判ったからだ。
けれど直後に、ロゼットはここが非現実だと理解する。
(あれは……)
歩いた先に、山から景色を見下ろす少女の姿がある。
今より小さくて、けれど面立ちは同じ。
それはまだ幼い日の自分だった。
少女は一度微笑むと、当たり前のようにロゼットを迎えた。
ロゼットも歩み寄ると、少女と並んで山から外の世界を眺める。
それからふと言った。
「今は、勉強が忙しい頃ね」
「今度は戦う方法も覚えなくちゃいけないみたい」
少女はあどけなさの残る口調で応える。
「勉強も大変なのに、その暇もなくなってしまうわ」
「皆、厳しいものね。でも、優しくもあるでしょう?」
ロゼットの言葉に、少女は「ええ、もちろん!」と笑顔を見せる。
神官としての教育を受ける日々は大変でもある。けれど楽しい事もまた多いのだとその表情は物語っていた。
それから少女の語る話に、ロゼットは郷愁と共に応える。
話は尽きなかった。
でもいつしか終わりの時が近づいて……少女は言う。
「そちらはどう?」
「私?」
「ええ。外の世界は楽しい?」
ロゼットはその問に少し考えた。
(外の世界、か)
幼い日を思う。
その頃、自分は幸せに育った人間で、大きな悪意には接した事がなかった。
世の中にはそれがあると知っていても……“理由があるはずだ”、“話せば分かるはずだ”と信じていた。
けれど本当の悪意には想像を超えて重く深いものがあって。
現実には、全てを自分の価値観でははかれないと知った。
シグモルから旅立って三年目。
未知の世界への憧れから冒険者になったけれど。
(私は、何か変わったかしら)
胸を張って少女の問に答えられるだろうか、と。
でも、考えたのは短い時間でもあった。
確かに知らなくて良かった事もあるだろう。外の世界に出なければと、感じる瞬間もあるだろう。
それでも。
――お前のような信仰者に、会う事が出来ていればな。
――ちっ。だから聖職者は苦手だぜ。
言葉を想起する。
脳裏に描くのは、かつて悪意の表れだった彼らの声と表情。
旅立っていなければ、理解出来なかった。言葉を交わせなかった。
だから。
「楽しいわ」
「本当?」
「ええ。もっと色んな人の話を聞きたい」
ロゼットは掛け値無く、笑顔で答える。
すると少女は笑みを見せた。
「良かった」
そして嬉しそうな様子で、山を登って神殿へと帰っていく。
ロゼットは暫しその背を見て、視線を外した。
次に向くのは山の外。
その先に、自分が元いた世界があると判っていたから――ロゼットは迷いなく、歩み出す。
●焔
いつしか見覚えのある道を歩んでいて……ナハティガル=ラーは足を止めた。
(ゴールディか? いや)
視線を巡らせてから、瞳を細める。
不揃いの石畳に、荒れた軒先。
暗色の空気に満ちるそこは、確かに見知った街にも見える。だがそこは現実とは違うのだとも気づいていた。
過ぎ去ってゆく人波――数多のゴブリンの影が、不安定に揺らいでいるからだ。
(そうか)
ナハティガルは理解する。
これは自分の心だ、と。
想起するのはドンの言葉。
彼は自分達ゴブリンを『未完成なヒト』と言い、刻印によって暴走する事を『魂に瑕疵がある』為だと告げた。
その事実はナハティガルの中に、澱のようにわだかまっている。
――唯人を始めとする〝ヒト〟と、ゴブリンの決定的な違いは一体何だ?
――その『魂の瑕疵』を克服するにはどうすれば良い?
思う程、周囲の影が希薄になってゆく。
それはナハティガルの不安が、形となった景色。
(俺は果たして“ヒト”なのか? それとも……)
一歩進むと、樹海の中だった。
見回すと無数の異形が蠢いている。
嘗てゴブリンだったもの。樹海の奥地で本能のままに生きる“獣の如き存在”。
「……これが、在るべき姿だとでも言うのか」
呟きが零れる。
イダ妃の言うように――ドンから『解放』され、本来の姿に戻るのが自然で正しい道なのか、と。
ただ、ナハティガルの中にあるのは哀しみでも諦念でも無かった。
あるのは拳を握り締める程の――怒り。
「『自然』であらねばならぬ理由は何だ? 何を以て『正しい』と断ずる?」
地を踏みしめ、異形の群れを縫う。
ゴブリンの先祖はドンに導かれ、大樹海から新天地を求めて長い旅に出た――未だ見えぬ未来がより良き世界であると信じて。
それは紛れもなく――
「今も続く俺達の希望であり、願いだ」
例え森羅万象に逆らう事であったとしても。それを否定する権利は何者にもなく。
「ましてイダ妃に運命を決めつけられる謂われは――ない」
木々を抜け、空を仰ぐ。
そこに巨影があった。
「――イダ妃」
その闇に向かい、ナハティガルは剣を抜く。
すると景色が燃え、周囲の影が薙ぎ払われてゆく。
道を塞ごうとするなら、未来であろうと否定する――それはナハティガルの怒りそのものだった。
「この世を破壊せんとする憐れな女……。絶望するなら一人でしていろ。御託を並べようと、結局俺達を家畜としか思っていないのだろう」
自分達の魂を縛り、尊厳を奪って辱めた事を……決して許しはしない。
瞬間、闇がナハティガルに降りかかる。だがナハティガルは思いと共にそれを両断した。
「首を洗って待っていろ。イダ・バルダス……!」
同時に空間も裂けて世界の出口が開く。
ナハティガルは踏み出した。煌々と燃ゆる、意志の焔を背負ったままに。
●新たな朝へ
(今の店内より昔……ってことは夢か)
歩み出してすぐ、ルーンス・ラグネルは自身が非現実に居ると気づいていた。
そこはアーダベルトの商店だ。
働く人々もいるが、皆が景色の一部のようで……ルーンスに目を留めない。まるで過去を覗き見している感覚だった。
目覚める方法は判らない、けれど。
(開店前なら、会議室行ってみようかな)
思い立って、ルーンスは歩みを向ける。
会議室に着くと、ドアが独りでに開いた。
中を窺うと……従業員の交わす会話が聞こえてくる。
どこか普通と異なる空気に、ルーンスは即座に推測出来た。
(あの話か)
ルーンスの“共犯者”たる人が障害を持つ事になった原因。異母兄の叔母も亡くなった馬車の事故の事。
(実父に頼まれた農園視察の帰りだったらしいけど……)
ルーンスは話に耳を傾ける。
「視察前の申し送り、奥様だったよな。いつもの道は魔獣騒ぎがあるから迂回って最新情報……伝え忘れてないよな?」
「まさか。現場はいつもの道と迂回路の合流地点だぞ?」
「だが……」
話す声音は、困惑に満ちていた。
ルーンスは全てを把握している訳では無い。ただ、少なくとも……従業員らにとっても寝耳に水のような出来事だったようだ。
(時間も経ってない状態らしいね)
ルーンスは会議室を出て裏手に回った。
すると隅に隠すように置かれた馬具を見つける。馬も馬車も現場処分だったようだが、これはまだ処分前らしかった。
(ハーネスに血、か)
確認してみると、乾いたそれが色濃く残っている。
(この血の量なら結構、深いな。魔獣に襲われたなら納得いく)
ルーンスは想像する。
馬が恐怖で暴走して起こった事故ならば……御者と叔母へ最新情報を申し送りしていれば防げた可能性もあったろう。
事故とは言うが……これがそのまま現実なら、人の意志の介在した事件だろう。
「ちょっとした意地悪のつもりだったんだろうね」
叔母と折り合いが悪かったらしいとは知っている。きっと、困らせるつもりでその情報を言わなかったのだろう。
こんな事になると思ってなかったと思っているから、彼女は追い出されなかった。
尤も――
「僕は許さないけど」
責任が無いと結論付けられようとも、起きた事実が消える訳じゃない。それを、ルーンスは忘れるつもりはなかった。
夢の世界、だからこそ自分の中で思いが強固になる。
(僕はアレを母と思うのに嫌悪するのか……)
それを自覚すると、目の前にぽっかりと空間が開いた。
そこへ飛び込むと世界が白んでゆく。
目を開けると、現実の寝床だった。
「いい趣味した夢だね」
呟きながらも、寝起きはすっきりとしている。
「さて、と」
――夢の実現に向けて今日も頑張ろうっと!
思いと共に、ルーンスは起き上がる。そして新しい朝へと歩き出した。
頬に風を感じる。
歩み出したと思ったら、突然床が開いて……エルナ・クルプファルツは滑り台を滑走し始めていた。
「わぁ――!」
感じるのは驚きだけじゃなく、新鮮な楽しさ。
というのも……景色が変遷し、いつの間にか滑り台ではないものに乗っていたのだ。
それはカラフルな色彩の――テーマパークの小型機関車。伸びる線路と、ガコンガコンと響く小気味良い振動に、エルナは未知の感動を覚えた。
「これは楽しいですね! 景色も綺麗で――!」
見回せばそこは高原で、多様な花が咲き乱れている。見た事があれば無い花もあって、不思議と目を奪われた。
だからもっとよく見ようとすると……そこでどぼん、と沈んだ感覚。
浮遊感に、視界を満たす蒼。
入ったのは、海の中だった。
機関車は鮫を模した大きな魚になっていて……先刻よりはゆったりと辺りを回遊し始めている。
(幻想的ですね……!)
流れる景色に、エルナは笑顔を零す。
多色の魚の群れ、光差す海底の岩場。際限のない美しさに見惚れる思いだった。
心躍る旅路。
その内に魚が小さくなって……水を抜けた。
次に感じるのは爽快な風。
「わぁ、空です!」
エルナは髪を靡かせながら高空に昇っていた。
乗っているのは白い鳥。周りにカモメも飛び、共に雲を横切っている。
下を見ると、遠目に街も見えた。
均一な区画で区切られた、不思議な未来感のある都市で。
(私の知る世界ではないのでしょうか?)
ただ、その先にある山や森、湖はロスガリアの一端のようでもあって――いつか見られる予感もする。
そんな空を越えると、いつしか地中にいて……モグラに乗って洞窟を進む。出口を抜けると、今度は独りでに動く自動車で鉄橋を渡っていた。
橋の先は氷の木々の生る雪原で……メリーゴーラウンドの馬で周遊する。
抱くのは既視感と未視感。
きっとこれは――異世界までもを交えた過去未来。次に何が見られるか判らない、わくわくとした思いがあった。
ただ、エルナには気になる事もある。
それはずっと、乗り物を自分で動かしてはいなかった事だ。
(そうですね、きっと)
今、自分は流されているだけなのだろう。
見える景色は楽しくとも、無限には続かない。それは、自分が選んだものじゃないから。
「それなら!」
決めたエルナは早かった。
ひらりと乗り物を降りて、歩き出す。
そこに夢の終着駅がある事も判ったから。
夢の先に何があるかは、未知だ。でも、もっと楽しい事が沢山ある気がした。
何故ならそれは、自分で選んだ道だから。
「さあ、行きますよ!」
新たな冒険を、自分自身の足で探しに。
エルナは颯爽と歩き出す。その足取りは軽やかだった。
●共に
道の先は迷路だった。
「出口までは長そうだな」
そこへ入ったイズル・M・ヴォルゴールは、呟きを零していた。
ただ――
「けど、夢の中でも一緒なんてラッキーじゃない?」
何が出て来てもぶっ倒せるよ、と。
明るい笑顔を見せるのが、隣のエフィルミア。
「ん、そうかもね」
と、ヘレン・ワーグナーも言えば、イズルも頷く。
そう、そこには気心知れた三人が一堂に会していた。
それは不思議な感覚でもあったが……何より心強いのは確かだから。
「歩こうか」
先を目指して三人は進み出す。
迷路は重厚な石造りの廊下だが、大小様々な鏡が据えられていた。
そこに何かを感じたのは、気の所為じゃないだろう。
「あれが鍵かも」
ヘレンの言葉に頷き、三人で一際大きな鏡を見ると――何かが映った。
見えたのは深い翠の森。
「これは……」
ヘレンはすぐに気づく。
素早く視界を過ぎ去る木々、野生動物、宙を走る矢。
「……覚えてる」
紛れもない自分の記憶だ、と。
「昔の事?」
「うん」
エフィルミアにヘレンは頷く。
父の背中で育ったヘレンは、赤子の頃から狩人だったと言っても過言ではない。
草木の生命力逞しい森、生と死に満ち満ちた山。人に関心を持つよりも、自然と対話しながら生きていた。
倒したゴブリン族の山賊から何故か「姉御」と呼ばれ、頭に担ぎ上げられたりしている映像も流れるけれど……森のヌシとの決闘や冒険を経て、多くは人と関わりの無い記憶が映ってゆく。
実際、冒険者となったのも使命感ではなく、金銭と飯の為だった。
――その店の樽の中に入るまでは。
「あっ、これって」
「店だな」
エフィルミアとイズルが声を零す。
映ったのは、イズルの社会勉強先でもある店内。
鏡の中のヘレンは夕刻、従業員が忙しく動き回るどさくさに紛れ……フロアの一角にある樽の中にすっと入っていた。
そして寝息を立て始めるから……エフィルミアはわぁ、と感心する。
「しのびこみ方がプロ……! さすが昼寝マスター!」
「しかし、あれに気付かないんだ俺……」
動き自体は余りに堂々としていて、イズルは絶句している。
ただ――
「でも、俺のいる店で良かった」
その言葉にヘレンも「ん」と首肯する。
結果として、樽で夜を過ごした後、ヘレンは見つかって……店に居候するようになった。
そうしてイズルと親交が深まり、エフィルミアとも友達になって――ヘレンは変わった。
顔に出さないから、見た目からは判らないだろうけれど。
――二人のことをもっと知りたい。
そう思うようになったし、今も思っている。
改めて口にするのは恥ずかしいから、簡単には出来ないけれど。
「良かった」
二人に会えて、と。
ヘレンは小さく言って歩み出す。
二人は聞こえたか聞こえていないか……見合って微笑み、それから自分達も後に続いた。
道の先にはまた新たな大鏡があった。
何が起こるかは、想像出来るが――
映ったのは、厳粛な空気の執務室で。
(ここは……)
心に呟くイズルは、それが自分の知るものだと早々に気づいていた。
室内に佇む人影が振り返る。
一人は父。そしてもう一人は、白いヴェールで顔を隠す礼装の女性だ。
イズルは血の気の引く感覚を覚える。
父が口を開いた。
「イズル、この女性と結婚して後継ぎとして戻ってきなさい」
――これは、命令だ。
響くその言葉は、イズルに呪縛のような懊悩を生む。
家長であり領主である、父の命令は絶対だ。
これは夢。
けれどそう言われるのが時間の問題だとは、判っていた。それでも聞かないふりをして、耳を塞いでいただけだ。
(俺は……)
血を守る為の女性。
遠くない未来、自分にあてがわれるそんな人と、幸せな家庭を築く事が出来るのだろうか?
血の為に増える妾達も、同様に愛せるのだろうか?
目を逸らしてきた定め。父の顔を前に、イズルは何も言う事が出来なかった。
けれど。
「嫌なんでしょ」
言ったのはヘレンだった。
イズルは向けられた視線を見る。
「ヘレン……」
「私は、逃げるのは別に恥じゃないと思う」
静かな声音で、けれどヘレンは真っ直ぐに続けた。
「危険を……自分のしたくないことを感じたら逃げるのは本能だから。それに従うのは、不自然な事じゃないよ」
「でも俺は……」
イズルは少し言い返しかける。
けれど「そうだよ!」と、声を継いだのはエフィルミアだった。
「今すぐはどうにかならなくても。でもきっと何とかなる――私達は、イズルくんが納得出来る答えを見つけるまで付き合うよ!」
皆で笑って過ごせる未来にしたいでしょ、と。
告げられた言葉に、イズルは少し、はっとする思いだった。
(この二人と一緒なら解決できるって事か?)
不安が消える訳じゃない。
けれど確かに変化はある。
以前は誰に何を聞いても、同じ答えしか返って来なかった――「跡取りだから」と。
でも今は一人じゃない。
だから、一人で悩む必要もないのかも知れない、と。
「……」
何をどこまで相談するかは、これからの自分が決めてくれる。
だからすぐには解決はしなくとも――それを気づけただけで、今は十分なんだろう。イズルにはそれが判ったから。
「ありがとう」
言って歩みを再開する。
「イヅルにとっての幸せが、見つかるといいね」
ヘレンはそう背中に声をかけ……エフィルミアとも共に先を目指す。
迷路は最奥に着きつつあった。
けれど行き止まりに最後の鏡が残っていて――エフィルミアははっとした。
そこに小さい頃の自分の姿が映ったからだ。
同時に、心が粟立つのを自覚する。
(あ、これは駄目だ――)
そうすぐに直感したからだ。
二人に見せてはいけないと、そう思うけれど……しかしそれで止まるはずもなく、鏡は映像を紡ぎ出していた。
――どうしてこんな魔法も使えないのか?
――どうしてこの程度の魔法理論が理解出来ないのか?
見えるのはエフィルミアを囲う幾つもの影。
――本当にこの家の子なのか?
――才能がない、教えるだけ無駄だ。
浴びせられる無数の言葉達。
その中でただ泣いて俯くだけの小さな自分。
それは小さくて、弱くて、何も出来ない自身を責め続けていた頃のエフィルミアだった。
「エフィルミア――」
「ごめん、えーっと……! その、気分悪くなるもの見せちゃって」
ふと声を向けたヘレンと、イズルにも……エフィルミアはしどろもどろに振り返る。
「魔法が出来なくて困ってた頃の事で……。でもね、今、私はシーフになれて良かったと思ってるんだよ!?」
この索敵能力で助けられた命があった。
この速さがあったから守れた命があったから、と。
「シーフである事に誇りを持ってる! これは間違いない!」
息せき切って続けながら、「でも」と言葉に詰まる。
「大丈夫だ。ちゃんと聞くから」
イズルが優しく言うと、エフィルミアは黙ってから「うん」と頷いた。
二人になら、少しは弱音を吐いても良いと思えたから。
「……私もね、両親や兄様みたいな優秀なキャスターになりたかったの。胸をはって『エフィルミア・L・アグラディア』です、って名乗ってみたかった」
言って、少し俯く。
「……こんな叶わない願いを引きずってるなんて、情けないね」
気にしたってどうにもならないのに、と。
零す声には翳りがあった。
けれどイズルは、素直な思いで返す。
「そんなふうに落ち込んでも、エフィはエフィだと思うけどな」
「……、イズルくん……」
「今が幸せなら、それでいいじゃないか」
イズルの言葉にヘレンも頷く。
「人にはできることとできないことがある」
鹿は空を飛べないが、地上を翔る事が出来る。
魚は地上では何も出来ないが、水中を優雅に泳げる、
「自分の得意なことを極めれば、それでいいと思う」
「ヘレンちゃん……」
二人を見るエフィルミアに、イズルは問うた。
「後悔してないんだろ?」
「……。うん」
「なら、進んだ方が俺の知ってるエフィだ」
それで間違っていない、と。
伝えられた言葉に……エフィルミアは一度だけ目を閉じて。それから再び笑みを作る。
変わらず接してくれる二人に、心が解れてゆく気がしたから。
「――私はやっぱり最速最強シーフ目指さないとね!」
見れば、いつしか前方に出口が現れている。
三人は見合ってから……明るく輝くそこへ歩んでいった。
●過去、未来
床板が軋む感覚に、カイン・ステラははっとした。
(ここは……)
見下ろしてから、周囲にも視線を巡らす。回廊と幾つかの部屋――そこが孤児院だと理解するのに時間はかからなかった。
ただ、自身のよく知る孤児院とは違う。
(こんなに廊下は長くなかったし、もっと賑やかだし……)
既に、ここが現実とは違うと直感していただろうか。
窓の外を見ると、二人の大人の姿が見えた。
「あの家族が全員亡くなった子はどうですか」
「何事もなかったようにしてますよ」
少し、カインは目を見開く。
居たのは院長先生と孤児院を支援している商人。その二人が……自分を話題にしていると気づいたのだ。
「気を付けて、見てあげてください。あの子は自分への優先順位が低いように思えます」
心配を含んだ声に、院長も「ええ」と応える。
「大きくなってもここを忘れず――それどころか買い取ってくれた君がそう言うのなら、間違いないでしょうね」
真摯な声音。彼にもまた感ずる所があるようだった。
そんな会話を背に、カインは長い廊下を歩く。
すると先に見えた部屋で、ある姿を目にして足を止めた。
(ガキの頃の俺か)
体は小さいけれど、確かに今の面影がある。
何よりそれは今も記憶に残っている姿だった。
「よしよし」と赤子を抱っこしてあやし、ぐずる表情をなごませる。出産で母を亡くした赤子がここへ来た事で、カインが面倒を見ていたのだ。
孤児院に入って間もない頃の話。
学ばねばならない事も多く、子供時分には忙しすぎる時間だったけれど。
――独りになる暇がなくて良かった。
(そう思ってたな)
“間に合った”という表現が正しいくらいに、カインは危なかったというが……カイン自身、最初は“残されてしまった”と感じていた事を覚えているから。
ただ、それ故だろう。
寂しい以上に『大人を心配させちゃ駄目だ』とも思っていた。
(ここには、俺以上に可哀想な奴もいたから)
大人はそういうカインもまた心配ではあったのだろう。それを少しだけ……実感する気がした。
だからこそ、カインは前を見る。
――俺は俺自身の為に、二人のような大人になりたいと思ってるよ。
ここで過ごしたからこそ、そう思えるのだから。
廊下の先に見知らぬドアが見える。
それが出口だと、カインには自然と判った。
(起きるか)
そうして前へ踏み出して、新たな明日へ向かおうとする。
と、さっきの部屋で……他の孤児がカインの袖を引っ張っていう声が聞こえた。
「ママー、だっこ」
「性別が違う!」
自分の大声で目覚めて、カインは微妙に悲しくなった。
「いや、問題はそこじゃねえ……」
●前へ
空が微かに烟り、遠目に稜線が映る。
気がつけばロゼットは山道を歩いていた。
(いつ戻ったのだったかしら)
そう思ったのは、水気のない乾いた砂利道で……慣れ親しんだシグモル火山だとすぐに判ったからだ。
けれど直後に、ロゼットはここが非現実だと理解する。
(あれは……)
歩いた先に、山から景色を見下ろす少女の姿がある。
今より小さくて、けれど面立ちは同じ。
それはまだ幼い日の自分だった。
少女は一度微笑むと、当たり前のようにロゼットを迎えた。
ロゼットも歩み寄ると、少女と並んで山から外の世界を眺める。
それからふと言った。
「今は、勉強が忙しい頃ね」
「今度は戦う方法も覚えなくちゃいけないみたい」
少女はあどけなさの残る口調で応える。
「勉強も大変なのに、その暇もなくなってしまうわ」
「皆、厳しいものね。でも、優しくもあるでしょう?」
ロゼットの言葉に、少女は「ええ、もちろん!」と笑顔を見せる。
神官としての教育を受ける日々は大変でもある。けれど楽しい事もまた多いのだとその表情は物語っていた。
それから少女の語る話に、ロゼットは郷愁と共に応える。
話は尽きなかった。
でもいつしか終わりの時が近づいて……少女は言う。
「そちらはどう?」
「私?」
「ええ。外の世界は楽しい?」
ロゼットはその問に少し考えた。
(外の世界、か)
幼い日を思う。
その頃、自分は幸せに育った人間で、大きな悪意には接した事がなかった。
世の中にはそれがあると知っていても……“理由があるはずだ”、“話せば分かるはずだ”と信じていた。
けれど本当の悪意には想像を超えて重く深いものがあって。
現実には、全てを自分の価値観でははかれないと知った。
シグモルから旅立って三年目。
未知の世界への憧れから冒険者になったけれど。
(私は、何か変わったかしら)
胸を張って少女の問に答えられるだろうか、と。
でも、考えたのは短い時間でもあった。
確かに知らなくて良かった事もあるだろう。外の世界に出なければと、感じる瞬間もあるだろう。
それでも。
――お前のような信仰者に、会う事が出来ていればな。
――ちっ。だから聖職者は苦手だぜ。
言葉を想起する。
脳裏に描くのは、かつて悪意の表れだった彼らの声と表情。
旅立っていなければ、理解出来なかった。言葉を交わせなかった。
だから。
「楽しいわ」
「本当?」
「ええ。もっと色んな人の話を聞きたい」
ロゼットは掛け値無く、笑顔で答える。
すると少女は笑みを見せた。
「良かった」
そして嬉しそうな様子で、山を登って神殿へと帰っていく。
ロゼットは暫しその背を見て、視線を外した。
次に向くのは山の外。
その先に、自分が元いた世界があると判っていたから――ロゼットは迷いなく、歩み出す。
●焔
いつしか見覚えのある道を歩んでいて……ナハティガル=ラーは足を止めた。
(ゴールディか? いや)
視線を巡らせてから、瞳を細める。
不揃いの石畳に、荒れた軒先。
暗色の空気に満ちるそこは、確かに見知った街にも見える。だがそこは現実とは違うのだとも気づいていた。
過ぎ去ってゆく人波――数多のゴブリンの影が、不安定に揺らいでいるからだ。
(そうか)
ナハティガルは理解する。
これは自分の心だ、と。
想起するのはドンの言葉。
彼は自分達ゴブリンを『未完成なヒト』と言い、刻印によって暴走する事を『魂に瑕疵がある』為だと告げた。
その事実はナハティガルの中に、澱のようにわだかまっている。
――唯人を始めとする〝ヒト〟と、ゴブリンの決定的な違いは一体何だ?
――その『魂の瑕疵』を克服するにはどうすれば良い?
思う程、周囲の影が希薄になってゆく。
それはナハティガルの不安が、形となった景色。
(俺は果たして“ヒト”なのか? それとも……)
一歩進むと、樹海の中だった。
見回すと無数の異形が蠢いている。
嘗てゴブリンだったもの。樹海の奥地で本能のままに生きる“獣の如き存在”。
「……これが、在るべき姿だとでも言うのか」
呟きが零れる。
イダ妃の言うように――ドンから『解放』され、本来の姿に戻るのが自然で正しい道なのか、と。
ただ、ナハティガルの中にあるのは哀しみでも諦念でも無かった。
あるのは拳を握り締める程の――怒り。
「『自然』であらねばならぬ理由は何だ? 何を以て『正しい』と断ずる?」
地を踏みしめ、異形の群れを縫う。
ゴブリンの先祖はドンに導かれ、大樹海から新天地を求めて長い旅に出た――未だ見えぬ未来がより良き世界であると信じて。
それは紛れもなく――
「今も続く俺達の希望であり、願いだ」
例え森羅万象に逆らう事であったとしても。それを否定する権利は何者にもなく。
「ましてイダ妃に運命を決めつけられる謂われは――ない」
木々を抜け、空を仰ぐ。
そこに巨影があった。
「――イダ妃」
その闇に向かい、ナハティガルは剣を抜く。
すると景色が燃え、周囲の影が薙ぎ払われてゆく。
道を塞ごうとするなら、未来であろうと否定する――それはナハティガルの怒りそのものだった。
「この世を破壊せんとする憐れな女……。絶望するなら一人でしていろ。御託を並べようと、結局俺達を家畜としか思っていないのだろう」
自分達の魂を縛り、尊厳を奪って辱めた事を……決して許しはしない。
瞬間、闇がナハティガルに降りかかる。だがナハティガルは思いと共にそれを両断した。
「首を洗って待っていろ。イダ・バルダス……!」
同時に空間も裂けて世界の出口が開く。
ナハティガルは踏み出した。煌々と燃ゆる、意志の焔を背負ったままに。
●新たな朝へ
(今の店内より昔……ってことは夢か)
歩み出してすぐ、ルーンス・ラグネルは自身が非現実に居ると気づいていた。
そこはアーダベルトの商店だ。
働く人々もいるが、皆が景色の一部のようで……ルーンスに目を留めない。まるで過去を覗き見している感覚だった。
目覚める方法は判らない、けれど。
(開店前なら、会議室行ってみようかな)
思い立って、ルーンスは歩みを向ける。
会議室に着くと、ドアが独りでに開いた。
中を窺うと……従業員の交わす会話が聞こえてくる。
どこか普通と異なる空気に、ルーンスは即座に推測出来た。
(あの話か)
ルーンスの“共犯者”たる人が障害を持つ事になった原因。異母兄の叔母も亡くなった馬車の事故の事。
(実父に頼まれた農園視察の帰りだったらしいけど……)
ルーンスは話に耳を傾ける。
「視察前の申し送り、奥様だったよな。いつもの道は魔獣騒ぎがあるから迂回って最新情報……伝え忘れてないよな?」
「まさか。現場はいつもの道と迂回路の合流地点だぞ?」
「だが……」
話す声音は、困惑に満ちていた。
ルーンスは全てを把握している訳では無い。ただ、少なくとも……従業員らにとっても寝耳に水のような出来事だったようだ。
(時間も経ってない状態らしいね)
ルーンスは会議室を出て裏手に回った。
すると隅に隠すように置かれた馬具を見つける。馬も馬車も現場処分だったようだが、これはまだ処分前らしかった。
(ハーネスに血、か)
確認してみると、乾いたそれが色濃く残っている。
(この血の量なら結構、深いな。魔獣に襲われたなら納得いく)
ルーンスは想像する。
馬が恐怖で暴走して起こった事故ならば……御者と叔母へ最新情報を申し送りしていれば防げた可能性もあったろう。
事故とは言うが……これがそのまま現実なら、人の意志の介在した事件だろう。
「ちょっとした意地悪のつもりだったんだろうね」
叔母と折り合いが悪かったらしいとは知っている。きっと、困らせるつもりでその情報を言わなかったのだろう。
こんな事になると思ってなかったと思っているから、彼女は追い出されなかった。
尤も――
「僕は許さないけど」
責任が無いと結論付けられようとも、起きた事実が消える訳じゃない。それを、ルーンスは忘れるつもりはなかった。
夢の世界、だからこそ自分の中で思いが強固になる。
(僕はアレを母と思うのに嫌悪するのか……)
それを自覚すると、目の前にぽっかりと空間が開いた。
そこへ飛び込むと世界が白んでゆく。
目を開けると、現実の寝床だった。
「いい趣味した夢だね」
呟きながらも、寝起きはすっきりとしている。
「さて、と」
――夢の実現に向けて今日も頑張ろうっと!
思いと共に、ルーンスは起き上がる。そして新しい朝へと歩き出した。
マスターコメント
お疲れ様でした。
夢を旅し、出口にたどり着く事が出来ました。
無事に目覚め、爽やかな朝と共に新たな年を迎えられた事でしょう。
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年01月20日 09時52分40秒 公開
大成功
相談掲示板
ナハティガル=ラーだ。 あけましておめでとう。――今年も宜しく頼む。 >夢の世界 俺自身が現時点で感じている不安…… 『果たしてゴブリンはヒトか否か?』という問題が具現化した世界となる予定だ。
ロゼットよ。あけましておめでとう。 無反応で良いかな?と思ったけど、挨拶だけね。 >夢の世界 私は火山を出て冒険者になって3年目、 故郷を出て良かった?後悔ない?みたいな自問自答になるわ。 >ナハティガル 時期にあった不安ね。言い方はなんだけど、良い夢になりますように。
エフィルミアです!あけましておめでとうございますっ。 今年もよろしくお願いします! 私はこれまで見ないようにしてきた過去を見なきゃいけない状況になるかな、と思います! 過去なんてどうでもいい!っと割り切ってるつもりなんですがっ。 出てきちゃうって事は心の中では気にしてるのかなぁ…なんてしょんぼりしちゃったり!
明けましておめでとうございます!エルヴンシューターのエルナです! 皆さんしっかりした問いかけをされる夢な感じなのですね! 私はテーマパークのアトラクションの様な乗り物に乗っていくスピーディで楽しい夢を見る予定です! でも、楽しい乗り物に乗り続けていては夢を出ることは出来ませんが……! みたいな感じになるかなと思っています!