針と糸とでお手伝い。

蓮華・水無月

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シナリオID:2636

オープニング

 さてその日、冒険者ギルドを訪れたのはリブラネスタのとある街角にあるという、小さな衣装屋の店主アグリアだった。

「今度うちで、猫の衣装を作る事になったのです」

 そうして真面目な顔で事情を語ったことには、その衣装屋〈ヴェスチド〉――もちろんと言うべきか、れっきとした人類用(種族は問わないがどっちかと言えば平民用)の衣装を仕立てる店である――に先ごろ、とあるお客さまがやって来たのだという。赤いリボンを首に巻いた茶トラの毛玉、もといスラリとした茶トラの雄猫を連れた、今年11歳になる少女だ。
 少女は茶トラの雄猫――カリンという名前らしい――をアグリアに見せると、真っすぐな瞳でこう言った。

「来月、カリンが3歳になるから、お誕生日に冬用の外套を作ってあげたいの!」

 いわく、少女リィゼの住むシルキンス村は、雪こそ積もらないものの少し行った森には天然氷室がある程度には例年、冷え込む傾向にある。ゆえに愛猫が風邪を引かないか毎年心配していたリィゼは、今年、一念発起してカリンのために、とっておきの外套を誂えたいと思ったのだとか。
 もちろん、アグリアは一般的な常識を持つ大人として、リィゼにこう忠告した。

「猫は冬毛がありますし、外套は必要ないと思いますよ。むしろ、動き回った時にどこかに引っ掛けて、そのまま宙吊りになったりしたら危ないでしょう」

 リィゼはその忠告を一応受け入れはしたものの、ならばせめてお家の中で着られるお洋服を、と希望した。つまり恐らく、彼女は『愛猫にお洋服を誂えてあげたい』という希望だけが膨れ上がっているのだろう。
 ゆえにアグリアは「期待に添えるかは解りませんが」と断った上で依頼を受け、ギルドにやって来たのだと言う。

「――で、どんなご依頼を?」

 その話をすべて聞き終えて、受付嬢はそう小首を傾げた。今のところ、冒険者に何か助けを求めるような内容が、特になかったように思うのだが。
 そう指摘する受付嬢に、アグリアはここで初めて何とも言えない表情になり、困ったような息を細く吐いた。

「……今の時期は冬に向けて仕立のご依頼が多くて、実はあまり余裕がないのです。冒険者の中には衣装や裁縫に詳しい方も居ると聞きますから、もし良ければ助けて頂けないか、と」

 カリンの衣装を考案して、仕立ててもらえたら大変助かるのだ、という。商売柄、端切れや余りボタンなどは豊富なので入用な物があれば自由に使ってもらって構わないし、もし希望があるならついでに自分のペットのための何かを仕立てても構わない。
 そう説明してアグリアは、最後にため息を零すように呟いた。

「実は彼女は、私の祖母が住む村の子どもでして。村の人には何かと祖母を気にかけて頂いているので……少しでもお役に立てれば、と」

 つまりすごく真面目な良い人なんだろうな、と思いながら受付嬢は、承りましたと頭を下げた。

解説

◎目的 衣装屋〈ヴェスチド〉にて、猫の室内着の提案と縫製をしよう。 皆さんは冒険者ギルドで依頼を見て、色々思う所はあったかと思いますが、衣装屋〈ヴェスチド〉までやって来ました。 ぜひ、アグリアを助けてやってください。 ◎具体的には? 依頼当日はお店は通常営業をしていますが、奥の作業場(10m四方くらいの部屋とお考え下さい)は自由に使えるよう、店主が手配してくれています。 端切れや余りボタン、余ったリボンやレースなども同じ部屋にあります。 種類だけは豊富なので、小さな服を作ったり、小物を作ったりするには問題ないでしょう。 縫製に必要な道具などは、アグリアが貸してくれます。 ◎つまり何をする依頼なの? 猫を可愛がったり、リィゼの希望を聞いたり、逆に説得したり、ご自身の何かを作ったり、アグリアを労ったりする依頼だとお考え下さい。 他にも何か思いつくことがあれば、世界観などに反しない範囲でご自由に行って頂くことが出来ます。 作ったものはお持ち帰り頂くことが出来ます(描写のみとなります)。 ◎登場NPC アグリア……  28歳。  栗色の髪と金の瞳の青年で、衣装屋の店主。  若い頃から修業を積んで、5年前に独立し衣装屋〈ヴェスチド〉を開店した。  どちらかと言えば義理堅い真面目な性格。 カリン……  茶トラの好奇心旺盛な2歳の雄猫。  首に巻いた赤いリボンがトレードマーク。  人懐こく、人が多い場所を好む。  大好物は甘い果物。 リィゼ……  11歳。  はしばみ色の髪と瞳の、可愛いお人形が大好きな少女。  ご近所のボス猫が生んだ子猫のカリンに一目惚れして、一週間のハンストを決行して飼う事を了承してもらった。  カリンの事を弟か息子のように大事にしている。

マスターより

いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月と申します。 本来ならそろそろ冬支度も終わっている頃合いでしょうに、こんなお困りごとで失礼いたします。 街を歩いていると、ペットのワンちゃんが愛らしいお洋服を着て歩いていたり、見た目にも可愛らしいですね。 が、猫だとその辺りがどうなってしまうのか、元猫飼いとしてもちょっと気になるところです。 そもそも首輪を嫌がる猫ちゃんも多いですが、カリンはリボンをつけているのでそこは大丈夫なのでしょう。 そんなこんなでとあるお店のお困りごと、お気が向かれましたらどうぞお気軽に、お助け頂けますようよろしくお願い致します。

リプレイ

 手土産を携えて、アンリ・フロイスはその店を訪れた。

「初めまして、アンリだ、よろしくな」

 そう言いながら依頼人達(2人と1匹)に手渡したのは、店主(アグリア)へは茶葉、リィゼとカリンにはそれぞれ気に入りそうな奇麗な縫い目のレースに甘い果実(今時期おススメと言われたリンゴ)。申し訳なさそうな色を浮かべるアグリアに対し、姉弟(リィゼとカリン)はぱっと顔を輝かせて(嬉しそうにヒゲをひくひくさせて)受け取って。
 もちろん礼儀正しく「ありがとう!」とお礼を言った、少女に1つ頷きアンリは静かに距離を置く。――今日はゆっくり過ごそう、と決めていた。
 対する少女は喜色を浮かべたまま、おじさん、と店主(アグリア)を振り返る。

「このリボンをお洋服に使ったらどうかしら? とっても可愛いと思うのよ!」
「そ・の・ま・え・に!」

 その、店主(アグリア)との間にどーんと立ちはだかったのは、カイン・ステラである。顔見知りの(以前に怒られた事のある)冒険者に、姉弟(リィゼとカリン)はぴたり、と動きを止めた。
 よし、と頷いたカインはシア(彼の飼い猫)にカリンに挨拶するよう促してから、膝に手を突きリィゼと目を合わせる。

「作る前に約束してくれ。カリンが嫌がった時は、無理に着せねぇこと」

 カイン自身、シアには夏にリボン、冬はレース編みのケープを着せているが、それはあくまでもシアの機嫌を見ての事だ。彼女(シア)がその気じゃない時は、絶対に着せたりしない。

「リィゼは、自分はそういう気分じゃねぇとか趣味に合わねぇなって服、その服を着せたい人が好きじゃねぇ服着せられて、好きじゃねぇ髪型(『自分が着せたいからリィゼも同じ』って)させられたらイヤじゃね?」
「う……それは嫌だわ」
「だろ。その時自分が着たい服、好きな髪型が良いだろ。だから、それが約束できるなら作ってやる」

 そう言い聞かせる、カインにリィゼは弟分(カリン)とシアを見比べてから、はぁい、と良いお返事をした。よし、とその頭を撫でてやると、ちょっと嬉しそう。
 その、カイン達のやり取りを見て、

(え、あれで11歳)

 随分と幼い、というのが言動を見たルーンス・ラグネルの率直な感想だった。恐らく親が相当甘やかしているのだろうが――色んな意味で苦労しそうだ、と思う。
 その思いが、アグリア(広義の同業者)へと向ける言葉に滲み出た。もし彼女があちらこちらで、今回の話を吹聴して回ったら。

「安値……どんな形でもいいから、親御さんからちゃんと代価を貰って。他の店が困る」
「ご心配ありがとうございます」

 その話を聞いた誰かが、そんな店もあるのだと他の仕立て屋に無理を言う可能性だってある。そう案ずるルーンスに頷き、お代は彼女のお小遣いから貰ったのだと、アグリアは情報不足の非礼を詫びた。
 けれどもその言葉にヴィナスには、別の懸念が湧いて出る。恐らく彼女は村からリブラネスタへきているのだろう、と推測するが、

「彼女の保護者は? まず親へ、単独行動させないよう注意した方が良いんじゃないかな」
「そうですね。いつも、ご苦労されていますから」
「なら猶更。何かあった時に、こんなことになるなんて思わなかったとか想像力がないこと、言わないよね?」

 祖母が世話になっているのならもっと配慮が必要ではと、告げるヴィナスにアグリアが「仰る通りです」とため息を吐き、カインが遠い眼差しになったのだった。


●
 さて、と1人と1匹(リィゼとカリン)を前にして、ロゼットがまず声を上げた。

「じゃ、カリンにどんな服なら着せられるかを、一緒に考えてみましょうか」

 そもそも猫に服は不要では、という話は既に店主(アグリア)が伝えている。ならばその上で、少女の希望に付き合ってあげよう、というのがロゼットの気持ちだ。
 とはいえ、

「暖かいなら気に入るかもしれませんけど、毛繕いの邪魔にもなりますしずっと着ているかは難しいかもです」
「猫のグルーミングは血行促進とかリラックス手段でもあるので、健康面考えると実は良くないぞ」

 トーラの言葉に、サイラスが少し離れた所からぼそっと付け加える。仕事はきっちりこなす(依頼には基本手は抜かない)彼は、まあ希望があるんなら聞くけどな、とまずは要件定義を確認しに来て至る現在。
 2人の言葉にリィゼが、そうなの? と目を丸くした。そうなのよ、とロゼットが微笑む。

「猫の毛づくろいは私たちのお風呂みたいなもので、これが出来なくなると猫ってイライラしちゃうの。私たちも、髪を洗うとスッキリするでしょ」
「うん……でもでも、すっごく寒いのよ」

 そう訴えるリィゼの表情は真剣なのだが、こればかりは猫の生態の問題だ。とはいえ本猫(カリン)の希望にもよるし、ちょっと聞いて(動物交感して)みましょうか、とトーラが申し出ると、リィゼは不思議そうに首を傾けた後、トーラの説明を聞いて「すごいわ!」と顔を輝かせた。
 自分も出来るようになりたいと言う少女に、御邑 都がうんうんわかるわかる、と頷く。その様子にちょっとホッとして、トーラはカリンの背に触れた。

(リィゼさんが暖かい服をプレゼントしたいそうです。欲しいですか?)

 【動物交感】はあくまでも動物の感情を読み取り、自分の感情を伝えるだけのスキルだし、そもそも猫には『暖かい服』が判らないかも知れない。そう思ったが、手の平から伝わってくる感情は肯定的だ。
 そう伝えたトーラに、良かった、と安堵したのは実のところ、ヨル・スレイマンも同じだった。とはいえヨルの場合、猫の服を作ることそのものに、というよりは余り服を着たがらない相手にいかに防寒してもらうかという、主に彼の特定の友人を想定した悩みを抱いていたからで。

(寒いのにあんまり防寒してくれない子はいるよね、猫もヒトも……)

 見ていて風邪を引きそうだし寒々しい、と思っていた所に猫への室内着をという依頼を見て、ちょっと面白そうだと思ったり共感したりして、やって来たヨルである。否、友人(人類)と違って猫(動物)には確かに室内着自体が必要ないかもしれないが、本猫(カリン)が嫌がらないなら作ってあげる価値は、十分にあるのではないだろうか。
 そう告げる、ヨルにリィゼが味方を得たように顔を輝かせ、そうよね、と力強く頷く。とはいえ、今までリボンしか身に着けていなかった相手(ヨル的には友人)に、いきなりお洋服を……というのもなかなかに無茶だ。
 ふむ、と少し考える。

「――例えば首回りだけのケープとか、そのあたりから攻めてみるのはどうだろう?」
「あとは、チョッキなんてどうかしら。前足を通して着る、袖なしの短い丈のが良いわ」

 丈が短いのは毛づくろいの邪魔にならないためよ、と注釈するロゼットに、少し離れた所でうんうん頷くサイラス。何しろ着ている所はもれなく毛繕い出来なくなるので、過剰にやり過ぎてしまうとか、怪我している部分を保護するとか、何らかの理由で抜け毛を防ぎたいというならともかく、単に服を着せるだけならそのぐらいが妥協点だろう。
 どうやら仕様は固まったようだと、判断して作成の布を探し始めたサイラスを何となく見送ってから、御邑 奈月は胸に手をそっと当ててリィゼの顔を覗き込んだ。

「あの……頑張って、可愛いお洋服を作ります、ね……!」
「んふふ~、僕も月ちゃんと一緒に頑張るよ♪ 2人とも、楽しみに待っててね♪」

 そんな奈月の横で都も、リィゼとカリンにドーンと胸を叩いて請け負えば、少女達は楽しげに大きく頷く。――嗚呼なるほど、

(リィゼ君が楽しそうにしていれば、猫も楽しくなるものかもしれないしな)

 その様子を見てヨルはそう思いつつ、この場には居ない友人の楽しげな顔を思い出したのだった。


●
 衣装屋〈ヴェスチド〉の作業室では、あちらこちらで針と糸、それから色とりどりの布を前に、頭を悩ませたり、相談し合ったり、はたまた猫達を愛でたりする人々が居て、何やらとても華やかだ。その、猫達の中の2匹を連れて来たエル=バ=ノイアンとシルヴィア・A・カペルもまた、そんな人々の中に在って楽しげに、愛猫達(さく&みつき)を見つめていた。
 まだまだ仔猫だとばかり思っていたら、あっという間にもう1歳半の、立派な成猫になってしまっていた2匹である。とはいえどんな大きさでも、何歳になったとしても、可愛い猫達(2人にとってオンリーツー)であるのに変わりはない。
 ――のだが。

(たしかに、枝に引っ掛けると危ないからな……)

 依頼の話にノイアンには少しばかり、思う所もあった様子。具体的に愛猫達に何かお洋服を着せようと計画していたわけではないが、もしこの子達がうっかりどこかに引っ掛けて宙吊りになってしまったりしたら――想像するだに恐ろしい。
 むぅ、と渋面を作ったノイアンに、シルヴィアが軽く目を瞬かせる。そんな恋人の様子に気付いて軽く首を振ると、ノイアンはみつきの頭を撫でてから、するりと首元のスカーフを解いてやった。

「とりあえず。今身につけさせているスカーフのほつれを手直しして……」
「――いや、折角だから新しいスカーフを作ろう」

 そんなノイアンの手に軽く己が手を添えて、シルヴィアがそう提案した。ね、と優しく声を掛けながらさくの首元のスカーフを解き、その布に刺繍された薔薇の意匠をそっと撫でる。
 これももちろん、愛猫達には良く似合っているけれど、

「来年に向けて、新しい意匠にするのも良いんじゃないかな」
「……そうだな、新しいものを作ろう」

 そうして微笑んだシルヴィアに、微笑まれたノイアンは少し考え、頷いた。じ、と見上げてくる2匹の頭を順番に撫でて、このスカーフはお前達のベッドに入れてやろうか、と告げれば愛猫達が嬉しそうにヒゲをひくひくさせる。
 決まりだね、と微笑んだシルヴィアが2匹に似合う色合いの端切れを探すべく、席を立つ。その後を追ったノイアンとも、すれ違いざまに軽く会釈して席に戻ったヴィナスは、良さそうな色があったよ、と手にした布を弟にひらめかせた。

「どれ? ――ああ、良さそうだね。手触りも悪くないし、織りも丁寧で」
「ルーンが言うと、目利きをしているように聞こえるね」

 そんな兄から布を受け取って、ついじっくりと検分するルーンスに、ヴィナスがくすりと目を細める。服飾関係も手掛ける商会をいずれ負って立つ身に、それは染みついた習い性のようなものなのだろう。
 その微笑みと、声色に孕んだ優しい響きにルーンスもまた、嬉しそうに笑んで兄を見る。――と、その間に割って入った雄の虎猫(ワルター)が、何か物言いたげにルーンスの持つ布をじっと見た。
 ああ、とその眼差しに本猫の言わんとする事に気が付いて、ヴィナスがひょいと抱き上げる。

「お前のじゃないよ。これはあっちの茶トラ(カリン)の分。――ワルターにはかっこいい色を選ぶから」
「ワルターはかっこいい系なんだ。楽しみだね」

 そんなヴィナスの言葉と、横から言い添えたルーンスの言葉にワルターが、満足そうにぴくぴくと鼻を動かした。その姿はどこからどう見ても可愛いのだが、本猫はどうにもそれが嫌らしい。
 ――多分、ワルターがかっこいい系を身に着けてもかっこ可愛いになるだろうけれど。
 そう、兄弟揃って同じ思いでいる事は決して口にしないまま、微笑んで(生暖かい笑みで)そう言い含めれば、ついに納得したワルターはぴょいと作業台に飛び降り、お澄ましのポーズをとった。その弟猫(同じく虎猫のロジャー)はと言えば、こちらはむしろもっと可愛い方が良いとばかりに、様々な大きさや模様で編まれたレースの余りが並ぶ棚を見てそわそわしている。
 はいはい、とロジャーの頭を撫でて、幾つか本猫の視線が向かっていたようなレースを見繕って戻ってくると、そのうちの1つがお目に適ったようだ。ならロジャーにはこれでケープを作ろう、と笑うととっても満足そう。
 最初に持ってきた布を断っていたヴィナスが、その様子にくすりと笑った。

「ロジャーは可愛い系だね」
「多分ロジャーは自分が可愛いと知ってるから……」
「兄弟でも違うね」

 どこかげんなりしたようなルーンスの言葉に、ヴィナスが笑いながら断った布の端を縫い始める。――これはカリンのためのマフラー風スカーフ(依頼の品)だ。
 毛皮に面する方には何もせず、表側にだけ点々と猫の足跡を刺繍すれば、いかにもソレっぽく可愛らしい。色合いも、カリンの毛並みに合わせて選んだのできっと似合うだろう。
 兄さま刺繍も上手い、と敬愛の眼差しを向けたルーンスももちろん、依頼の事は忘れていない。レースのついでに選んできた布をやはりスカーフ風に断ち、端を処理したらワンポイントにカリン(果実の方)の刺繍を施す――それも2枚。

「これは彼らに」

 告げた眼差しの先に居るのは、茶トラ(カリン)とその飼い主(リィゼ)。少女の分も作ってやった弟に、優しい子だ、とヴィナスが嬉しそうに目を細める。
 とまれ、依頼の品が片付けば後はフリータイム(自分達の猫のための制作)だ。ゆえに2人はまた賑やかに、ああでもない、こうでもない、こっちの方が、と愛猫達を間に挟みつつ楽しげに話し始める。
 その中に在って、だがレイラ=ルナフィニスと水瀬・希はと言えば、作業台からは少し離れた所で、思い思いに寛いだり、ゴロゴロしたり、のんびりしたりしている猫達と遊んでいた。猫達が作業の邪魔をしないように――というのも恐らくあるが、

(お裁縫……は少し苦手なので)

 元より猫と遊ぶためにやって来たレイラである。そんなレイラと共に猫と遊ぶべくやって来た、希と2人で端切れの棚の並びにあった組紐をゆらゆらしたり――この部屋にある端切れ類はすべて自由に使って良いと店主(アグリア)の許可は出ている――持ってきた羽根ペンを動かしたりすると、カリンを含む何匹かが興味を惹かれたようで、ぴくん、と耳を動かした。
 そこにやって来た、アンリが猫達を見て軽く目を見張る。

「――増えてる、か?」
「カリンちゃん以外にも皆さん……猫ちゃんを連れて来られた方も居ます、し」
「なんか、ついて来たからとりあえず連れて来たんや、って子ぉもおったなぁ」

 そんなアンリの疑問に、レイラが頬に手を当てて微笑み、希がからりと笑って答えたのに、ふぅん、と目を瞬きながらアンリは猫達を見回した。その中に見知った猫(茶トラのカリン)を見つけてちょっと息を吐きつつ、ひょい、とそのまましゃがみ込む。
 おや、とレイラと希は顔を見合わせた。

「お裁縫せぇへんの?」
「あんた達もしてないじゃん。――ちょっと邪魔するぞ、っと」

 そうして尋ねた希にひらりと少しばかり気だるげに手を振りながら、アンリはコロコロしたり、ゴロゴロ喉を鳴らしたり、動く組紐に果敢にタックルする猫達を眺める。――実のところ、アンリもまた今日は1日ずっと、カリンとじゃれようと決めてやって来ていたのだった。
 もちろん、仕事として引き受けたのだから、依頼に必要なことは事前にちゃんと調べてある。調べて、その上で

(やっぱ無理っぽいよなぁ、針と糸)

 ちら、と作業台を眺めれば小さな針と、それに通した細い糸を操って、楽しげに布を縫ったり、刺繍を施したり、レースを縫い付けたりしている人々の姿。――ああいうのをやった事がない以上、これは手を出さない方が良さそうだな、と思ったのだ。
 何より、考えていただけでちょっと面倒臭くなってきたようなアンリである。そこにダウナー系の性格が融合した結果、出来るだけ自分のペースでやって行こう、猫が居るのだけは楽しみだからとにかくその為だけには依頼に行こうと決意して、今日の日を迎えたのだった。
 ――という事を、もちろんアンリは詳細に2人に語ったわけではなかったが、猫の遊び仲間が増えるのはそれだけで歓迎すべき事である。猫の方がどう考えているかは生憎、知る術(動物交感とか)は持たない3人だったが、嫌がられて無さそうだからそれで良し。
 そんな楽しげな空気に満ちた作業場に在って、けれどもサイラスはただ真剣な顔で黙々と、針と糸を操り依頼の遂行(猫の室内着作成)に集中していた。何しろこれは仕事なのである、そうである以上は完璧にやりおおせて当たり前、というプロ意識が強い。
 ちら、とたまに遠くに居る飼い主(リィゼ)に視線をやって、手元の布切れと見比べるのもそれ故。

(もう少しひだ取った方が……いやあかんな、これ以上やると引っ掛かりやすくなる)

 彼女の着ている服がすなわち、彼女の趣味嗜好だと言えよう。ならばそれを意識しつつ(おしゃれさんパワーを発揮し)、出来るだけ引っ掛かりにくいよう突起物のない服を、比較的に裂けても問題ない(万一引っ掛かった時も吊られたりしない)よう仕立にも気を使って(裁縫スキルを遺憾なく発揮して)、縫い上げていくチョッキ風衣装は可愛らしく、それでいてシンプルで実用的という、一見矛盾した機能が存分に込められていて。
 そんなサイラスがまた視線を向けた、リィゼがじっと手元を見ているロゼットが作っているのは比較的にしっかりとした、糸の解れ難い生地を使ったチョッキ風衣装だ。厚手の頑丈な生地は、裂けにくくはあるがそもそも枝などには引っ掛かりにくい素材でもあるので、これまた比較的安全と言えるだろう。
 ちょうど良さそうな生成り色の端切れが見つかったので、これは試しね、と前置きしながらざっくりと裁断し、端を処理しつつ言い聞かせる。

「解れないようにこうして縫い付けはするけれど、着せているうちにどうしたって解れて来るわ。リィゼのお洋服だってそうでしょう?」
「うん」
「カリンがその解れた糸を、間違って飲み込んでしまったら危ないから、気を付けてあげて。――これは私が作ってあげる服だけじゃなく、どんな服もそうよ」

 そう言いながら針を動かすロゼットに、うん、ともう1つリィゼが頷いた。その顔がとても真剣なのを見て微笑み、カリンが喜んでくれると良いわね、とロゼットは目を細めたのだった。


●
 最終的にカインが作ってやったのは、榛色(リィゼの色)の、着脱しやすい丈の短いケープである。

「ほれ、弟(カリン)に着せてみ」
「うん! カリーン! カリン、おいで!」

 それを受け取るや否や、ぱっと顔を輝かせてカリンの所へすっ飛んで行ったリィゼに、すぅ、と吸い込んだ息をけれども、やれやれ、とため息に変えて吐き出したカインだ。母ちゃんが相変わらず苦労してんだろうな、と夏に1度だけ顔を合わせた女性に同情の念を深くする。
 そんな事は露知らず、リィゼは遊んでいた猫達の中からカリンを見つけると、お洋服を作ってくれたのよ、と嬉しそうに榛色のケープを見せた。カインがふんふん、と鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐ。
 色合いは良さそうだな、とその様子を眺めていたカインの前で、リィゼがケープを着せてやるとカリンは、やはり気になるようで首を後ろに回しながらクルクル回った。ごくり、真剣な顔で息を飲むリィゼ(と釣られたカイン以下何名か)の見守る中、身体を揺すったり伸びたりしていたカリンは最終的に、にゃぅ、と1つ鳴いて落ち着く。
 わぁ! とリィゼが嬉しそうな歓声を上げた。

「カリン、気に入ったの? とっても似合ってるのよ!」
「ん、良かった。――ほれ、こっちはリィゼに。お姉ちゃんもお洒落しねぇと、弟が気を遣うだろ」

 そんなリィゼの頭をポンと撫でたカインが、次に見せたのはカリンの毛並み(茶トラの毛玉)によく似た布地に、カリンの目の色(琥珀色)に近い糸で刺繍をしたリボン。それとカリンを見比べて、初めてそれが互いの色を纏うお揃いだと気付いたリィゼが、わぁ! と何度目かの歓声を上げた。
 いそいそと嬉しそうに受け取って髪に結わえ、頬を染めて「すっごく嬉しいわ! ありがとう! ……ございます!」と礼を言う。最後に付け加えたのは母ちゃんの教育だな、とまた同情しつつぽんぽんとその頭を撫でるカインの横から、私も、とトーラがひょっこり顔を出した。
 そうして差し出したのは、綺麗な2本のお揃いのリボン。

「リィゼさんとカリンちゃん、お揃いのリボンを作ってみました。えへへ、今もおリボンはつけてるから、リボンならカリンちゃんも慣れてるかと思って……」
「うわぁ! うわぁぁぁ! すごい! ありがとう!」

 服を作ってみよう、という事になり、どうやら無事に着てもらえそうな塩梅にもなったものの、着てもらえない可能性も十分にあった。その場合でも、新しいリボンを誂えたらリィゼも満足してくれないだろうか、カリンも身に着けてくれるだろうかと、考えながら作った2本のリボンを差し出すと、リィゼは喜びを通り越して興奮状態でぴょんぴょん飛び跳ねながら、しっかりと受け取ってお礼を言う――興奮のあまり『ございます』はすっぽ抜けた。
 良かったです、と安堵に胸を撫で下ろすトーラの他にも、何着ものスカーフやチョッキが出来上がって来て、そのたびにリィゼは嬉しそうにカリンに着せ――ようとして嫌がられたので身体に当てては、すごいすごい、と大喜びである。その中の一着である、外套風デザインのチョッキを誂えた奈月と都はリィゼの興奮ぶりに驚きつつ、顔を見合わせてほっこりにっこり笑い合った。

「喜んでもらえて、良かった、です……」
「ね、良かったね、月ちゃん♪ 僕も頑張った甲斐があったよ~。教えてくれてありがとうね♪」

 おどおどしながらも喜びにはにかむ奈月の両手を握り、ぶんぶん振りながらそう言う都は実のところ、お裁縫という面では妹の奈月に教えて貰いながら……という状態だった。それでも、ゆっくり丁寧に針を刺し、姉妹で仕上げた外套風チョッキは我ながら、なかなか悪くない出来栄えなのでは!? と嬉しくなってしまう。
 本当の本当は外套を誂えたかったというリィゼも、このデザインをすっかり気に入ったようだった。これなら外でも着せて良いかしら、と目を輝かせた彼女に店主(アグリア)が静かな笑顔で「お母さんにも見せてあげて下さいね(そのセリフをお母さんの前で言ってみてはどうですか)」と声を掛ける。
 途端に良い子になったリィゼは、作業場をぐるりと見回してから、ぺこりと深く頭を下げた。

「アグリアおじさん、冒険者さん、ありがとうございました!」

 そんなリィゼを一瞥して、カリンはすとん、と試着のために乗せられていた作業台から飛び降りると、希やレイラ達(今日の遊び相手)が居る方へ歩いて行く。あ、と一緒に遊びたかった御邑姉妹がその後を追いかけていくと、ちょうど猫達を覗きに来ていたヨルが、ひょい、と漆黒の猫を持ち上げた所だった。

「やあ、ここに居たんだね。ネコ君にもケープを作ってみたから、着てみてよ」

 そう言ったヨルの持っていたケープは、ユールフェスのイメージの赤色。店までやって来る時にたまたまついてきた黒猫にも、折角だからと誂えてみたのである。
 ヨルが作った赤いケープを、金の瞳で見つめていたネコ君は、はむ、とおもむろにケープを口でくわえて歩いて行ってしまった。ふむ、とその後姿を見つめながら、気に入ったけど着る気分じゃないという事かな、と考え吐息を零す。

「ネコ君もか。――となると、この帽子は被ってくれるか?」

 懐から取り出した黒い帽子は、ネコ君用ではなく友人用。本当はセーターとコートを着て欲しい友人は、けれどもこの季節であってもなお服を着ようとしない。
 それが猫と同じだとぼやいたあとでのネコ君のこの反応を、幸先悪いと考えるべきか、厄払いが出来たと前向きに捉えるべきか。考えながら巡らせた眼差しに嬉しそうなリィゼが映り、そうだった、と大切に帽子を仕舞う。
 嬉しそうな飼い主(リィゼ)の前で猫(カリン)が満更ではなかったように、もしかしたらネコ君も、友人だってあるいはヨル次第で着てくれるようになるのかも知れないし。

「布量の少ないところから徐々に行こう。どっちも」

 うん、と自分に言い聞かせながら赤いケープを噛んで遊ぶネコ君に、その辺にしといてくれよ、と声を掛けてまた持ち上げる。バタバタと足をばたつかせて抗議の意を示すネコ君から、そうしてケープを取り上げたヨルから少し離れた所では、ノイアンとシルヴィアが刺繍を終えたスカーフを、愛猫達に結んでやっている所だった。
 薔薇に代わり、新たに刺した意匠はデルフィニア。ノイアンからシルヴィアに『清明、高貴、幸せを振りまく、あなたを幸せにします』といった花言葉を持つこともあるその花が贈られたのは、けれども2人が恋人同士になる前の事だ。
 それをふと思い出し、そういえば、とシルヴィアは恋人を振り返る。

「ノイアンは花言葉を知っていたのかな?」
「……さあ、どうだかな。確か、売り娘に熱心に説明されて……」
「…………え、女の子に?」

 それにノイアンが遠くを見つめるように考え、考え答えた瞬間、心なしかシルヴィアの温度が下がった気がした。笑顔だ。笑顔なのだが、少しばかりいつもと違う。
 その笑顔を静かに見つめ、対応を誤ればことだと直感してノイアンは、ごく慎重に恋人へと告げた。

「……特に心配するようなことはないから安心してくれ」
「――勿論、君のことは信じているけどね」

 そうして紡がれた言葉に、シルヴィアはそう微笑みながらも少しばかり、安堵の息を吐き出す。少し妬けるな、と呟いたのはかけ値のない本心だろう。
 2人が恋人になる前の話だとしても、面白からぬものは仕方ない。仕方ないけれども、それを言った所で結局は過去の話なのだからそれこそ、仕方のない話。
 ゆえにノイアンへの、というよりは己自身の心をため息1つで務めて押し流し、シルヴィアは丁寧に結んだスカーフを身に着けた愛猫達(さくとみつき)を満足そうに見つめた。似合っているな、とこちらも満足そうな声色のノイアンに、そうだね、と頷く。
 2人で刺繍を刺したスカーフは、けれども裁断や縫製といった裁縫の部分は実のところ、ノイアンの技術と知識による所が大きかった。貴族令嬢の嗜みで刺繍は刺し慣れているシルヴィアは、だが刺す物と言えばすでに出来上がっているハンカチやスカーフ、手袋といったものが殆どだから、今回のように1から作り上げる技術には疎い。
 ゆえにノイアンに教えを請い、その指導に従って作り上げたこのスカーフは、シルヴィアにとっては色んな意味で特別。ゆえに感慨深く見つめながら、また、と恋人に微笑んだ。

「機会があればまた、裁縫を教えてくれるかな。――しっかり覚えたいんだ」
「さっきも言った通り、針と糸の使い方は俺も、冒険者に求められる技術以上のものではないが……それでも良ければまた、教えよう」
「うん。また、頼むよ」
「ああ、また」

 そうして2人は見つめ合い、またの約束を大切に交わして微笑み合う。その前では愛猫達(さくとみつき)が、新しいスカーフを誇らしげに見つめ、ひげを揺らしていたのだった。

マスターコメント

いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月です。 この度はご参加頂きまして、本当にありがとうございました。 刺繍をしたり、お裁縫をしたり、わがまま娘を怒ったり、猫達と遊んだりする物語、如何でしたでしょうか。 皆さまの優しいプレイングに「うちの子が本当に申し訳ございません……」と五体投地しながら、楽しげな雰囲気を感じて頂けるよう精いっぱい紡がせて頂きました。 多分リィゼは村に帰ってから母親に、父親(非登場)と一緒にまとめて怒られている事と思います。 もう怒られてから来たかもしれない。 蓮華は猫や、可愛くて綺麗なものをたくさん書けて、とっても幸せでした。 このシナリオが皆様にとって、楽しんで頂けるものでしたら幸いです。 またのご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします(深々と
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:無し14 / 4〜25人

2022年12月21日 23時54分39秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ロゼット

    ロゼットよ。よろしくね。 リィゼに付き合って、服の考案をしようと思っているわ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0