キミにイマの話をしよう

奇古譚

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シナリオID:2416

オープニング

●
 とある民族の習慣では。
 この時期には死者が帰って来るのだという。
 己がいなくなったあとの世界への興味を押さえきれず、或いは今を生きている者たちがきちんと“今を生きている”か、もしや己の事を思い悩んでいやしないかとヒョイと様子を見に来るのだそうな。
 生者は彼らを火で迎え、少しの間ともに過ごした後、火や彫刻でもって再び冥府に送り出す。
 だが、其の中には悪さをする悪戯っ子もいるようで。そういう者たちを慰め、静かにお帰り頂くために、この民族にはシャーマンが必ず一人いるらしい。


 この話はさておき。
 イェルノー荒野の傍に小さな街がある。何が原因だったかは既に判らないが、すっかりと住民が立ち去った寂しい空の街だ。
 ――この時期を除いては。
 最初は立ち寄った旅人が、数年前に逝った妻の影を見た。らしい。次に其の旅人から伝わった噂をしった怖いもの見たさの若者たちが、顔のわからぬ影が揺らいでいるのを見た。そうだ。全て噂でしかない、ないけれども――噂は広がり、訪れる者は増え、彼らは口々にこう言った。

「此処には死者の影が帰って来る」。

 其れはエーテルの揺らぎが見せる、一瞬の幻影かもしれない。
 いや、きっとそうなのだろう。
 死者と生者を隔てる川は深く、決してこれを越える事、渡る事はかなわない。
 けれど、人は夢を見る。
 語りたい今がある。こんな事があったと、貴方がいなくなって変わった事があったと伝えたいから、似ている顔をこの街で探して、そっと語る。
 返答はない。彼らは静かに、頷くように揺れるだけ。

 君に語りたい今がある。
 今だから言える過去がある。
 君が例え、揺らぎが生んだ幻だとしても――其れでも、言わせて欲しいんだ。
 そうすればきっと、明日への一歩が少しだけ軽くなるから。

解説

●目的  死者を思おう ●立地  辺境都市群、イェルノー荒野の傍に位置するとある小さな街です。  既に打ち捨てられた家ばかりの空っぽの街ですが、何故かこの時期は人で賑わっています。  エーテルの揺らぎによる錯覚だと推測されていますが、詳しい事は判りません。始めは通りがかった旅人が、そして次には興味を持った若者たちが、「喪った顔に似た人がいる」と噂を立て――気付けばこの時期には人々が立ち寄り、似た顔を見付けては静かに彼らに今を語り、弔いとするようになりました。  学者たちは来訪者たちが見る「影」について様々な学説を立てていますが、いまだに真相には至っていません。寧ろ真相を突き止めてしまうのは無粋だ、というロマンチストたちの声も上がっています。 ●出来ること  辛うじて面影を察する事が出来る程度の影が街に揺れています。  貴方がたは彼らに静かに話しかける事しか出来ません。彼らは返事をしませんが、頷くように揺れています。  今を、過去を、これからの事を、語り掛けてみてはいかがでしょうか。 ●注意事項  迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。  また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。

マスターより

 こんにちは、奇古譚です。  さて、お盆なのでお盆らしいシナリオです。  恋バナがしたいのは私だったりします。皆さんのステキな恋バナを是非死者にしてあげて下さい。 ●  イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。  皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってイベントを楽しみましょう。  では、いってらっしゃい。

リプレイ

●
 ゆっくりと。
 ディレイン・オールドケイジは影の前に屈んで、酒器を一つ、二つ、置いた。
 寄り添って揺れる影は、いつか命を救うために生きた二人に似ていた。そう、あの時も。二人を見送ったあの時も、二人は寄り添っていた。行って来る、と告げたあの背を今も覚えている。

「恋バナとかさ、……二人が喜びそうな話はないんだけど」

 己も酒器を持ち、たくたくと酒を注ぐ。色のない酒に己の顔を一度映して、ちりん、と乾杯。
 何を話せば良いか、と、酒に再び己の顔を注ぐ。老けて見えると言われる顔に思わず苦笑いした。影はゆっくりと佇んでいる。静かに、ディレインの独白をただ聴くためにいるかのように。
 酒を一息に煽る。少しだけ奮発して買った酒はするりと喉を通って、胃の中でかっと燃えるように熱くなる。良い酒だ。そうだよ、良い酒を選んだんだ。例え目の前にいるものがただの影で、かつての養父と養母でない事を判っていても、そうせねばならないと思ったのだ。

 例え思い込みでも。
 例え面影でも。
 其れでも――会いたかった。

 自分は今も生きていると伝えたかった、のかも知れない。ディレイン自身にも判らない。
 こんなナリで生きてはいるが、命だけは大事にしていると。自分の命だけでなく、他人の命も大事にして生きていると。
 影はゆらゆらと揺れていた。語らずとも其れで十分だと、数度頷くかのようだった。見間違いかも知れないが。

「――喋っては……くれないよなあ。そりゃあ」

 喋ってくれたとして、何を話したら良いのか判らないのだから。寧ろ喋ってくれない方が好都合だったのかもしれない。

「大人になったら一緒に酒でも飲もうなって言ってただろ」

 俺は、大人になったよ。
 ディレインはそう一人ごち、酒をまた一口煽る。ゆらゆら揺れる影は酒を呑みはしないけれど。いつも墓にするように、酒を供えるのだ。


●
 キオルティスは確信していた。
 ゆらゆらとまるで陽炎のように揺れている影の中に其の“人”はいた。
 間違いない、と脚を向ける。無視なんて出来る訳がない。其の影の前まで足を進めて、声を掛けようと口を開き、……でも、溜息しか出なかった。

 ――師匠。

 安心と虚脱が一気に襲い掛かってきて、足元がふらつくのを懸命に抑えた。
 影なのに何処か寂しそうで。影なのに、判る。
 ああ、だからきっと此処に訪れる人は絶えないんだとキオルティスは確信しながら、しゃらしゃらという音を聞いた。
 ……しゃらしゃら? 鈴の音がする。
 ぽろん、と指先が竪琴の弦を弾いた。置いてきたと思っていたのに。

 気付けばキオルティスは、いつだったか、彼女が一番好きだと言っていた曲を奏でていた。
 頬が濡れていた。何もかも気が付かぬ間に終わっていた。
 いつだってそうだ。何もかも、何もかもが知らぬ間に過ぎ去ってゆく。
 この曲だって終わる。目の前の影もきっと消える。そうして時は過ぎる。俺がこうやって、忘れられないまま成長してきたように。
 曲が終わらなければ良いのにと思いながら、キオルティスは最後のフレーズを弾き、鈴を鳴らす。まるで頷くように影は揺らぎ。

 ――眩暈がしたかと思えば、其処には最初から何もなかったかのように、影は消えていた。

 そうだ。
 師匠はもういない。
 あれもきっと、……いや、其れでも。師匠じゃない、ただの影だとしても。

 キオルティスは影が在った場所に、そっと酒とゴブリナ草を置く。
 そうして自分もゴブリナ草に火をつけた。
 ――……。煙は天へ向かって昇って行く。其れを見上げて、濡れた頬をようやく手の甲で拭い、……声なく呟いた。
 師匠、と。


●
 ねぇね、貴方。

 リーザヴェールは亡き夫の影を間違えたりしない。
 影だって解ってる。面影だとも判ってる。だけれども、其れは亡き夫に限りなく似ていた。
 小太りで、ハンサムなんて言葉の似合わない貴方。文官の出だから口が巧くて厳しいけれど、いつだって紳士的で優しくしてくれた。
 本妻は高名な貴族出身。だけれど、私も含めた側室は何かしらの難がある家から娶られた娘ばかりだった。私もそう。大きく傾いた男爵家から、50も上の公爵様のもとに。そして、私が最後の妻だった。
 契約は7歳。何も知らず、ああ、大きくなったらこの人のおよめさんになるんだと思ったわ。
 そうしてパンクリアース学園に入学して、自分の身分を知っているから楚々と暮らしたものだった。今みたいに開かれた学園じゃなかった頃の話よ、何だか恥ずかしいわ。でもね、恋をしたの。淡い薔薇みたいな恋だった。閉じなきゃいけない恋だったから、そっと宝箱に封じたわ。

 ――ねぇね、貴方。
 嫁いで数年で、貴方は逝ってしまったわね。逢瀬の回数ですら、両手を折って……開いて。其の程度。私の事、もしかして覚えていらっしゃらない? いいえ。貴方は頭が良かったから、きっと覚えていらっしゃる。

 あのね。
 貴方に嫁いだ事、ちっとも後悔はしていないのよ。
 今の幸せがあるのは貴方のおかげ。小さなお屋敷と、生きるのに困らない程度のお金。そして庭には、沢山の愛らしい花を咲かせたわ。枯らすのは可哀想だから、ドライフラワーにしているの。欲しいって言って下さる方もいるのよ。

「あら、貴方」

 私、思わず笑ってしまった。
 だって貴方、俯いているのだもの。なぁに? やっぱりそばかすはお気に召さないかしら? 私のチャームポイント、残さず愛してくださいな。

 ころころと笑って、未亡人。
 ねぇね、とまた夫の面影に語り掛ける。これまで何があったのか。これから何をするのかを。


●
 シルヴィア・A・カペルは祖父に瓜二つである。
 祖父の名はアルヴィン・カペル。シルヴィアと同じ銀髪に、青い眸。そしてシルヴィアが名に飾る「A」は祖父の名の頭文字。
 孫が生まれる前にこの世を去ってしまったが、今でも慕う人は多い。様々な友人を持つ人だった。種族も、思想も多様な友人を持つ人だった。

 ――だからシルヴィアは、祖父になろうとしていた。

 比喩ではない。
 皆が望む“アルヴィン・カペル”に、なろうとしたのだ。
 去年、祖父の友人である“先生”から文を貰うまで、シルヴィアはそうあろうとしていた。
 一挙手一投足まで、祖父のように。受け答えも、理想も、発言も、祖父のように。
 けれどシルヴィアは其れをやめた。あるがままにあるという事はとても難しいが、自由というものは――幾分か、息がしやすいように思う。
 シルヴィアはハープを取り出す。祖父もまた、楽器を嗜む人だった。個人紋にもハープを飾る人だったから、シルヴィアもまた、飾っていた。始まりの百家の輝く星、そしてカペル侯爵家の青薔薇。だけれど、シルヴィアは其処に水仙を咲かせた。
 静かに奏でれば、寂しげな旋律が響き渡る。楽しい曲は奏でられない。死者を悼むように、静かに、旋律を奏でる。

「好きな人が……出来ました」

 お祖母様にも報告しました。
 旋律の合間に、シルヴィアはそっと呟く。唇に乗せた其の言葉は、思いのほか強い意志を持っていた。其れはシルヴィア自身が驚くほど。
 故郷への愛と忠誠心がないかというと、そんな事はない。
 例え祖父の真似事をやめても、シルヴィア自身は故郷を、家族を愛していた。

 けれど彼は言った。
 “シルヴィアの故郷”ではなく、“シルヴィア”と運命を共にしたいと。
 彼はシルヴィアの中にアルヴィン・カペルを見ない。シルヴィアの中にカペルを見ない。ただ一人のシルヴィアとして、手を取ってくれたのだ。
 其れが震えるほど嬉しかった。どれ程シルヴィアの心を震わせたか、……其れは、シルヴィア自身にしか判らないだろう。

「彼に返せるものは返したい。けれど、――故郷への恩も、勿論忘れてはいません」

 両方とも叶えたいと思っています。
 叶えてみせます。
 お祖父様。どうか見守っていて下さい。シルヴィア・A・カペルとして歩く私を。お祖父様になるのではなく、其の偉大なる名を抱いて生きる私を、どうか。

 ハープの音の余韻が、そっと青い空へ溶けた。


●
「叔父上?」
 ジュスト・ヴェルジーは其の姿を認めた気がして、思わず新緑の目を瞠った。
 父の弟であり、王国騎士であり、二年ほど前に其の誇りと共に散った叔父を見た気がしたのだ。
 どうして暗色ばかりの影に、叔父の影を見てしまうのか。其れはジュストには判らなかった。けれど、其の姿から目が離せなくて――此処に訪れる人たちの心を、理解してしまった。

 ジュストは叔父に憧れていた。
 父や兄と同じほど、――いや。其れ以上だったかもしれない。叔父は優秀な密偵で、ずっと独り身だったけれど、女性たちは彼が通るだけで色めき立ったものだった。
 彼から沢山の事を教わった。女性の扱い、学園への生活、……其れから、悪い遊びを一つ二つ。

 ――こういうのは、少しだけ知ってるくらいが良いんだ。

 そう言った叔父の悪戯っぽい顔と言ったら。
 憧れて、少年だったジュストは一人称を変えた。叔父みたいになりたくて、俺、と己を呼称した。其れだけで、空っぽの器に何かが満たされていく気がしたものだった。
 ――ただのスペア。替えの利く存在。そうして見られていたジュストだったが、叔父だけは違った。
 何かを一つ為すたびに、“流石俺の甥(ジュスト)”と言って、頭を撫でてくれた。少し乱暴な其の撫で方が本当に好きだったのだ。

 あれから、ジュストは授恵者になった。座らされていたスペアの席を立ち、冒険者になった。心も体も強くなった。そして……婚約者が出来た。大切な深桃の薔薇。いつか深紅に咲き誇るのを、両手に抱いて見ていたい。

 気が付けば、とつとつとジュストは面影に語り掛けていた。
 独り言のように、静かに。流れるように呟いていた。返答はきっとないと判っていたし、伝えたいと思う自分が、この影を叔父に似せたんだと聡明なジュストは判っていたから。

「貴方が教えてくれた“遊び”も、忘れてはいないんですよ」

 ――流石、俺の甥だ。
 笑い交じりにジュストが零した言葉に、何処かから笑い交じりの声が聞こえた気がした。

 風が、青年の髪を掻き撫ぜて吹き抜けていく。


●
 アラン・スミシーとダヴィーズ=ベニト=エヴェンは、共に街を訪れていた。
 影がそこかしこに佇んでいる。言われなければ人影だと判らないような、武骨な彫像のような影が並んでいる。
 けれど――其処にアランは、両親を見た。ダヴィーズは、今はもう亡き家族を見た。確かに逝ってしまった人たちが、其処にいた。

「ああ、うん。懐かしい。懐かしいね」

 アランはエルフだ。だから、親が逝ってしまったのはもう100年近く前になる。其れでも覚えていた。記憶の水底に在ったものが浮き上がるように、其れは間違いなく、アランの両親だった。
 語り合わずとも、全て判った。そうしてきっと、判って貰えていると確信していた。里を出た事も、まだ得手不得手がある事も、全てきっと、両親は判ってくれている。

 ダヴィーズは静かに、家族の影に語り掛ける。
 きっと輪廻の輪に乗っているだろう。そうして竜へ至る研鑽の道をたどっているに違いない。けれど、其処に面影があれば、懐かしく思わずにはいられないのだ。

「せっつかれて、漸く重い腰を上げましたよ」

 魂を磨くために、と。周りに言われに言われてようやく里を出たダヴィーズ。里は大丈夫ですよ、と付け加える。
 相も変わらず彼らは襲って来るけれども、集落は平穏だ。だから、自分も里を出られたのだと。

「貴方達はきっと、輪廻の輪から私たちを見守ってくれているのだと思います。私はそう思っています」

 答えなんて判らない。
 隣で静かに聞いているアランでさえ、其の答えに至る事はないのだろう。どのような命もいずれは燃え尽きる。そうして……輪廻の輪に乗って、魂を磨いて、いつか、到るのだろう。其れでも――何であれ、どうであれ、加護よあれと願わずにはいられない。だって、大切な家族なのだから。

「……報告は終わった?」
「ええ。アランさんは、どなたか見えましたか」
「うん。両親が。……広いなぁ」

 アランは空を仰ぐ。
 世界は広い。狭いと見せかけて広く、かと思えば時折狭い。もっと色んな景色を見たい、とアランは思う。両親にもそう言ったのだ。

 もっと色んな景色を見て。
 色んな事を知って。
 そうして――生きていくよ。

 輪廻しようとも、そうでなくとも。
 死者を悼む気持ちに何の変わりがあるだろう。
 アランとダヴィーズは何処かすっきりしたような顔で微笑み合い、面影に背を向けるのだった。

マスターコメント

お疲れ様でした。 様々に教義や思想が違っても、きっと死者を思う気持ちに変わりはありませんね。 ご参加ありがとうございました。 皆様がこれからを歩んでいける一助になりますように。
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:標準7 / 4〜25人

2022年08月25日 03時33分38秒 公開

大成功

相談掲示板

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0