【獗烙】『切欠』が導く突破口
広大野人
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シナリオID:2284
オープニング
王国騎士エナハルト・ティルムは冒険者達が集めた情報を整理し終わり、一息ついていた。
ソファーに寄り掛かって、ぼんやりと天井を眺める。
(……ジド・ケルジアという人物が、ジード・ランスウッドの正体……ではなかった。これで、貴族関係から追及するのは難しくなった訳だけど……)
ただ気になる事が無い訳ではない。
ジードという人物像を追う為にも、ジド・ケルジアという人物を調べる意味はきっとある……とも思う。
(それに組織の幹部も判明した。引き続き、そこから何らかの情報を得られる可能性もある)
これまでの依頼も含め、整理すると組織にはジードを筆頭に7人の幹部がいるらしい。
そのうち、フランセスという冒険者に討たれた女性はヴォルダニト家の者だと調べがついている。ただ、虐げられていたそうで死亡が確認された時点で、日を遡って追放処理されていた。ヴォルダニト家の言い分としては、家出をしてメルトウォールに参加した者は家名を傷つけた不届き者……いう事らしい。
(家との関係で抱えた欠落をジードに認められた……のか……)
哀れ――とはエナハルトは思わなかった。
何か違えば、自分自身も埋められない欠落をジードに認められていたかもしれないのだから……。
(以前から姿を見せていたフォーゲン、ルエファナータ子爵の両名に変わりは見られない。トレイシーは……帝国領内に移動したから、もう……組織との関わりは実質的に無いはずだ)
『神実』の研究が終わっているという報告には驚いたが、幹部の一人を離反させる事に成功出来たのは大きい。それも帝国領内であれば、流石の組織も容易には手が出せられないはずだ。
(ユーゲン・フォリングという人物は、組織の文官的な立ち位置だが……偽の姓名だろうな……ゾンバルダとスターシャについては、具体的な情報が不足しているか……)
全員をしっかりと調べ上げるには時間と労力が掛かるが組織の全貌を把握するには避けては通れない。それに、トレイシーのように離反させる事も不可能ではないのだ。
(後は……ウシタで住民蜂起が発生した場合の被害を最小限に抑える方策を考えないと……)
行うべき事は沢山ある。冒険者達が得た『切欠』が次に繋がるように維持していけるように手配するのも、エナハルトの大事な仕事であった。
●
父――フラビオ・クナッターラ伯爵――が戦死したと使いの者が知らせた時、ボクは伯父であるロディン・キーリュロフ伯爵が治める領都にて、退屈な日々を過ごしていた。母は知らせを聞いて驚きも涙を流す事もなかった。
ボクは知っている。母が父を愛していなかった事を……そして、ボクの事を気にも留めていない事を。まるで、最初から敷かれていたレールのように、母は一度、ウシタに足を運んだものの、すぐに実家に帰ってしまった。
物心ついた時から一緒だった執事や給仕は解雇され、ボクは一人になった。
「この程度の事すらできないのであれば、領主は務まらんぞ」
伯父は厳しかった。ボクは沢山の失敗を繰り返し、父の偉大さを知ると同時に自分の無力さに、ただ一日も早く、この地獄から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
誰か、ボクを――。
●
サーンゾ達、元山賊組は交易による仕事で辺境都市群からドワーフ王国へと荷物を運んでいた。
船長は船を守っていないといけないし、山を知らない水兵では不安だし……という事で適材適所というこじつけにて、サーンゾ達が行かされている訳である。
「……よし、次の街で最後だな……本当に遠いぜ……」
へとへとになりながら荷物を背負うサーンゾ。
目指す街はヌバッフという所らしい。
「た、大変だ、サーンゾ! 街に入る為の橋が通れないってよ!」
街道を先に確認していた仲間が戻ってきてそう告げた。
どうやら、動乱と老朽化の影響で大掛かりな補修工事らしい。
「ここまで来て迂回かよー」
「しかも……その迂回路。メルトウォールの残党が出るって話で!」
「けど、期日までに持っていかねぇとダメだし……イチかバチか行くしかねぇ! それに、俺達は戦いを経験したじゃねぇか、元山賊が山賊紛いにやられてたまるかよ!」
「それもそうだな!」
そんな訳でサーンゾ達は勇ましく迂回路へと進むのであった。
●
ウシタの古屋敷に組織の面々が集まっていた。
ただ、リロ・ルエファナータ子爵のみは『堕落と昂揚の街』ファナータを離れる事ができず、トレイシーは帝国領に出奔してしまっているので、全員といってもジード・ランスウッドを除くと4名しかいないが……。
「……人材不足は否めません。新たに幹部候補を各自、推薦してみてはいかがでしょうか?」
学者帽を被ったユーゲン・フォリングの台詞にジードは短く頷いた。
確かに、手駒がもう少し、欲しい所ではある……。
「賛成だな。俺の所からも推薦しよう」
自信満々に告げたのはゾンバルダだった。
ウシタに潜り込んでいる元山賊共を討伐し、名声を高める事に失敗はしているが、自警団の運営は順調だ。息のかかった者を幹部に推薦し、組織内での影響力を高めたいのだろう……とスターシャは推測した。
「貴方はもう少し、足元をしっかり見た方がよろしいわよ」
「伯爵が送り込んだスパイはいずれ炙りだしてやるさ。お前こそ、意見の纏まりが弱いんじゃないか?」
「私の責任ではないわ。あの冒険者のせいよ……もっとも、情報が流れているのは伯爵からでしょうけど……」
住民運動の穏健派は、冒険者の影響をすぐに受ける。
キーリュロフ伯爵と接触しているのであれば、多少、心が揺れ動くは仕方ない事だ。
「冒険者といえば、ケルジアで接触してきた者がいたそうです」
フォーゲンが険しい表情を浮かべる。
ケルジアは策源地ではないが、探りを入れられるのは不愉快でもあった。しかし、当事者であるジードはニヤリと笑っただけだった。
「想定よりも早いが予想されていた事だ。王国側の動きもあるが、来るべき日に向けて、各自より一層励め。推薦の件については随時、対応しよう」
主の言葉に幹部達は頭を下げて応えるのであった。
解説
マスターより
リプレイ
都市ヌバッフへ至る迂回路を往くサーンゾ達。
その中に紛れるようにエリザ・A・ミシャールとベルク・オスマットの姿があった。
(なんだかんだで結構前の話かね)
これまでの経緯を振り返りつつ、エリザが心の中で呟く。
ヌバッフでのメルトウォールとの死闘も、サーンゾ達との関わりも、だ。縁というのは思わぬ所で交差する。
「勢いだけでここまで来ちゃったけど……大丈夫だよな?」
サーンゾが恐る恐る周囲を警戒しながら弱音を吐く。
それに対し、ベルクは暗爪刀を構えた。
「フラグを口にするから敵を呼び込むのだ」
寂れた街道はメルトウォールの残党にとって、活動しやすいのだろう。ベルクの様子に、エリザも弓に矢を番える。
殺気にも似た雰囲気を感じたからだ。
「アタシが陽動を仕掛ける。ベルクとサーンゾは打ち合わせ通りに」
そう告げて、エリザは隊から外れるように動いた。
この地にメルトウォールの残党がいる事、その中に接触したい人物がいるかもしれない事などを事前にサーンゾ達と共有しておいたのだ。
間もなく狗人の一団が大岩の影から姿を現す。狗人共は自分達の奇襲がバレていないと思い込んでいるようだった。
その出鼻を挫くように、エリザが先制攻撃を放った。
(ピストスの姿は……ないか。いや、まだ……)
驚いたのは狗人共だ。慌てたように奇声を発して突撃してくる。
けれど、組織的な動きは感じられない。賊と化した、ただの残党のようだ。
「元山賊の意地、見せて貰うぞ」
「おぉう! いぬっころなら、こ、怖くねぇぜ!」
ベルクの呼び掛けにサーンゾが応える。
接敵するまでの間にエリザが更にもう一体を仕留めて、序盤から優位を保ちつつ、自身も狗人に迫るよう、距離を詰めた。
二人の冒険者がいる時点で力量差は明らかだった。すぐに敵わないと判断した狗人共の士気は崩壊。右往左往している所を、ベルクが素早く潜り込む。
「所詮は残党か。歯ごたえがないな」
飛び掛かるように狗人の首に暗爪刀を突きさすと、勢いを反動に変えて次の目標を定めた。雑な反撃はステップを踏んで苦も無く避けると姿勢を入れ替え、振り返るように急所を貫く。
「ほら、そっちにも行ったぞ」
「お、おりゃー!」
カッコ悪い構えからサーンゾが剣を振りぬくのであった。
結局、残党襲撃はエリザとベルクの活躍により、サーンゾ達に被害は無かった。
エリザはホッとする彼らの前に出ると矢を引き絞りながら、ある一点に向かって呼び掛ける。
「そこから見ているのは分かっているぞ」
残党との戦いの間、観察するような視線を感じていたからだ。ただ、敵意は感じなかったので残党ではないようだが……。
「強者ノ戦イヲ見届ケルノモ我ノ使命。許サレヨ」
古びたローブに身を包んだ蜥蜴人が姿を見せる――しかし、それがピストスではない事は一目瞭然だった。
「貴様は何者だ?」
ベルクが武器を鞘に納めながら訊ねる。
こんな場所を彷徨っている蜥蜴人なのだ。ただ者ではないだろう。
「我ハ名モ無キ伝道者。絶対ナル強者デアル、バイアーディスヲ信望スル一族ノ輪廻ガ正シク巡ル為ニ、積マレタ事柄ヲ記憶シ、祈祷ヲ続ケル者ダ」
「積まれた事柄か……その中にフランセスという人間の名はあるのか?」
エリザの質問に対し、蜥蜴人は頷いた。
「族長ノ一人デアル、ピストスト関ワリシ、人間ノ王国カラコノ地ニ訪レタ者ト聞イテイル」
隠すつもりはないようだ。口止めもされていないのか、あるいは『一族にとっての輪廻の為の伝道者』とは、そういう役目なのかもしれない。
更に踏み込んだ質問をベルクが投げかけた。
「ピストスとやらはどうしたのだ?」
「族長ピストスハ更ナル輪廻ニ旅立ツ為ニ、ヨリ力ヲ求メテ奥地ヘト消エタ」
どうやら、橋での戦いの後、生き残っていたようだ。
けれど最終決戦で姿を見せなかった事を鑑みると、それなりの深手は負ったようではあるし、その後、残党として活動していない様子から世俗から離れたかもしれない。
後々の脅威になる可能性はあるが、ピストスを追跡している暇も無いのが現状だ。
「フランセスとは何者かい?」
「メドゥノ指先『黄ノ中指』ジード・ランスウッドカラ遣ワサレタ者。ヌバッフニオケル策謀ヲ巡ラシ者。輪廻ヲ拒ミ大地ヘト還リシ者」
その驚くべきその返答に、エリザとベルクは顔を見合わせた。
都市ヌバッフはメルトウォールの侵攻時、住民反乱によって太守が討たれている。その際、『神実の力』が使用されたという話もあった。
組織とジードが、フランセスを通じて関わっていた訳だ。
「……そういう事か。ヌバッフでの出来事は全て『実験場』だったか」
エリザは頭の中で重なった事象を纏めた事を口にする。港町ウシタで住民蜂起が可能なのか、『神実の力』の有効性も含め、この地で試したのだ。組織らしい動き方と言えよう。
立ち去ろうとする蜥蜴人にベルクが制するように回り込む。
「フランセスとジードの関係について証言はできるか?」
「我ハ伝道者。伝エルベキ事ガアレバ、ドコニデモイコウ」
蜥蜴人は淡々と応える。
サーンゾ達が不安そうに見守る中、その蜥蜴人はヌバッフに向けてゆっくりと歩き出すのであった。
●
帝国領でトレイシーと接触した後、ルベア・ベルニはファナータの街に訪れていた。
領主であるリロ・ルエファナータは相変わらず怠惰な生活を過ごしているようだ。
「……それで、何しに来たの?」
「様子を見に来ただけだよ」
少女からトレイシーを引き離したのはルベア自身ではある訳で。
けれど、ルベアの心配は無駄のようだった。リロは研究員が一人欠けた程度は気にもしていないようだから。
「好きにしてて良いから?」
疑問形になる語尾は少女の口癖なのかもしれない。
思えば、組織の幹部は誰しも何かしら『欠け』ているのだ。リロも例外ではないはず。
「リロは組織と関わりは……なさそうね」
「そうよ? だって、何も知らないのよ?」
知らない……というよりも、何もする気が無いというべきだろうか。
「ジードの目的も?」
「リロはジード様の言う通りにするだけだから。ここに冒険者が来たら、存分にもてなせって、ね?」
「……ここに来ても時間稼ぎされているだけって事ね」
本当にリロは何も知らされていないし関わっていないのだろう。
ただ盲目的にジードの命令に従っているだけのようだ。
「それじゃ、ジドという人物は?」
「後見よ?」
どうやら、明らかに領主能力が乏しいリロがこの年齢で領主に就いていられるのは後見の存在があるようだ。ただ、ジドという人物自体、加齢による認知機能に問題があるのではないかというのが、直接会いにいった仲間からの話だ。
「他には……神実の事、知らないよね?」
「知らないわよ?」
即答した少女にルベアは苦笑する。
そして、トレイシーから得た情報を思い浮かべた。
(『神実の瞳』……授恵者を強化できる劇薬……)
ただ相当危険な代物らしい。授恵者は一般人よりも体が丈夫なはずなのだが……その為、一応、使える事は使えるが、リスクが大きすぎて使えないという理由で研究は終了したという。
(ジード自身が使うのなら、確かに『望むものじゃなかった』という事になるけれど)
この辺りの『望むものでなかった理由』については、ジードという人物像を追うしかないだろう。一先ず、リロとの接触はそれなりに意味があったのかもしれない。
(何も知らない……知らされていない……分からない……それも『欠落』なのかな?)
考え込んだルベアを放置してリロは真面目な表情で読書に耽っていた。
「……さっきから何を読んでいるの?」
「興味あるの?」
首を傾げたリロが差し出してきた本を手に取るルベア。
それは、甘々過ぎるほどの恋愛小説。表紙からして薔薇に囲まれているイケメンがやたら眩しい。
「……うーん。まぁ……今、私には、いいかな……」
そっと本を返すルベアであった。
恋愛に飢えている……というよりも娯楽そのものに飢えている……リロはそんな様子だった。
●
港町ウシタの領主館。その一室でレティシア・レインフィールは領主であるナラゼという子供と過ごしていた。
ロディン・キーリュロフ伯爵はレティシアが会いに来る事を特に気にも留めていないようだった。用意していた言い訳も、給仕に対する気の遣いも無用だった。
(……本当に、この子の事は興味の欠片もないのでございますね)
カードゲームを一緒に遊ぶナラゼの幼い顔立ちを眺めて心の中で思う。
年齢の割に、それなりの勉強はしてきたようだが、とてもではないが街を治める事はできない。ロディン伯爵からの評価や教育などは不適切としか思えないが……指摘した所で受け入れる伯爵ではないだろう。
「このカードの遊び、とても楽しいです」
ナラゼが手にしているのは、政に必要な仕組みを分かりやすい学ぶものだ。
微笑を浮かべてレティシアは頷くと、次のカードを手渡す。
「将来、立派な領主を目指すのであれば、お勉強のお手伝い致しますよ」
少年はその言葉にカードの1枚をずっと見つめる。
「……ぼく、おとうさんのように……なりたい……」
「分かりました。そしたら、まずはお手紙から書きましょうか」
「てがみ?」
レティシアからの思いもしなかった言葉に、ナラゼは首を傾げた。
「はい。お亡くなりになったお父様と、離れ離れになってしまった執事や給仕に。今のお気持ちをお伝えするのです」
ナラゼの気持ちを整理すると共に、解雇されてしまった人達と繋がる事で色々と協力を得られる可能性があるからだ。
「かいても……よんで、くれるかな……」
弱気になっている少年の手をレティシアは優しく握った。
「……私に両親は居ますが母とは血が繋がっておらず、父とはもう、会話すら殆どしておりません。だから、少しだけ……ナラゼ様のお気持ちが理解出来ます」
底の見えない孤独に怯える日々を――そして、同時に信頼できる人と繋がる事の大切さを。
「ですから、誓いましょう。私は、貴方の味方です」
「レティシアさま……ぼくは……」
安堵と嬉しさから涙を流すナラゼの言葉が途切れる。
トントンとその小さい背を、赤子をあやすように叩くレティシア。きっと、この子の心が折れずにキチンと育てば、きっと素晴らしい領主になる気がした。
しかし、その為には乗り越えるべき壁を多い。差し迫って、後見であるロディン伯爵との関係をどうするのか……いや、ロディン伯爵が、この子の将来をどうするつもりなのか、推測して先手を打たなければいけないだろう。
「……また、きてくれますか?」
「はい、勿論ですよ」
ロディン伯爵からはいつでも来て良いと言われているのだ。冒険者としての都合が悪くない限り、いつでも会いに来られるのだから。
●
シャザリアという女性に成り代わり、エミリア・シバは港町ウシタの自警団へと潜り込んでいた。彼女の役割は事務方に限定されているようで、エミリアは特に問題なく『仕事』を捌いていく。
(調査の為に出来るだけ重要な書類を確認できるよう、上役に使えるって思われるようにならないとかしらね?)
当然のことながら書類上の事だけではなく、人間関係にも気を配る。
幸いな事にシャザリアの知り合いはいなかった――きっと事務作業を任せるに当たって人選したのだろう。
(聞き込みの準備もしたいわね……それと……)
幾つか頭の中で考える。団員リストや帳簿類からゾンバルダの事まで必要となる情報は様々だ。それらの資料をエミリアは整理している振りを見せつつ、ひたすら筆写していた。
お金と人の動き、巡回ルートや組織体制、建物や備品まで徹底的に調べる。将来的にどの情報が必要になるか分からないが、きっと役に立つ日が来るだろう。
(そろそろ、時間かしら?)
部屋の外から聞こえる人々の足音にエミリアは筆を止める。
素早く着替えて変装を作り直すと周囲を警戒しながら廊下を覗き込んだ。
そして、誰もいない事を確認してから、物凄い速さで駆けると団長であるゾンバルダの部屋へと潜入。
「さてと……手掛かりはあるかしら」
自警団のリストには、ゾンバルダが帝国領から流れて来た元騎士とだけ記されていたが偽装の可能性が高い。
机や本棚を中心にザっと確認するが、本人の素性が判明するようなものは無かった。
代わりに推薦者と題名が記されたメモを発見する。名簿を確認していたエミリアは、そこに書かれていた幾人かの名前が自警団の団員という事を理解していた。
「……ここに書かれている人は……」
全員が元々、ウシタに住んでいない人物だと思い出す。
それらの名前を覚えつつ、エミリアは探波で部屋の中を確認した。隠し部屋なんかもあるかもしれないと思っての事だ。
「狙った通り、よね」
家具で巧妙にカモフラージュされているが、クローゼットのスペースを改造していた空間を見つけた。罠が無い事を確認してから入ると、古めかしい机が置いてあった。
ゾンバルダの本性を表すように色々な書類が整理もされておらず雑多に入り混じっている。
「これは……」
屋敷の地図のようなものが――幾つも。ただし、いずれも自警団の屋敷でもないようだ。
流石に筆写している時間はない。せめて、どこの屋敷なのか……と思った時、一枚の図面がどこの屋敷なのか記されていた。
「領主館……こんなに正確に?」
何かの目印だろうか『×』マークが記された所は領主の執務室になっていた。
ゾンバルダの人となりまで辿り着けなかったが、強い野望めいたものを感じる成果を得たエミリアであった。
●
スターシャという名、その美しい容姿と貴婦人である評判から、出自を確認するのは容易では無かったものの、キリアン・フィッツジェラルドはある領地へと訪れていた。
(神実に関する依頼も久しいですね……僕達はどれだけの情報を得られ、敵にどれだけの情報が流れたのか……僕の力は微力でも、出来る事をやるしかない)
そんな決意と共に歩く街は、フォフ領の領都であり、スターシャ・フォフは現領主の夫人なのだ。
領都の様子に特段、変わった様子は感じられない。
あるとすれば熱狂的な王党派なのが肌に感じられる位だが……。
「治政に問題はないし、評判も問題ないみたいですか」
スターシャは港町ウシタの住民活動において対話を主体とする穏健派の筆頭だ。それは言葉が武力にも匹敵していると理解しているからだろう。
接触できる機会を得る為に、キリアンはフォフ領で情報を集めているのだ。
「良いご婦人だよ」
「素晴らしいね。皆の憧れの的さ」
「大恋愛の末の結婚だからね」
住民達から聞こえてくるのは実績……というよりも領主との馴れ初めが多かった。
(ただ……良い話ばかりではないみたいですね)
例えば、子供が生まれない。二人一緒に旅行に出かけている様子が無い。二人の間の微妙な距離感……そんな所だ。
根も葉もない単なる噂話かもしれない。
けれど、キリアンにはどうも本当の事のような気がしていた。
そうでなければ、スターシャが主人を置いてウシタで活動する理由が無いからだ。街の人間は彼女が他の街に出かけている事すら知らないのだ。
聞き込みを続けるキリアンはやがて一人の給仕に出会った。
普段は領主屋敷で働いており、スターシャが嫁いで来たときに一緒に付いて来たというルリーカと名乗る女性だった。
「……スターシャ様と旦那様との間で何があったのか私には分かりません。ある日を境に、お一人で出掛ける事が多くなりました。最初は私も同行していたのですが……お忍びで旅行している事にはなっていますけれど……もし、お会いになられるのであれば、ご伝言をお願いします」
預かった伝言は『お戻りになりましょう』との事だった。
それがフォフ領の事なのか、元々の実家なのかまでルリーカは話さなかったが……。
(きっと、親しい人にも告げていない『欠落』を抱えたままなのかもしれませんね)
組織の幹部は誰しもが何かしら、欠けているものを持っている――というのが王国騎士エナハルト・ティルムの推測であった。スターシャにもあるのだろう。満たされる事の無い『欠落』が。
それが何かを知る為の『切欠』を、キリアンは得たのであった。
●
シルヴィア・A・カペルはケルジア領のとある別荘に居た。
ジドに会いに来たのだ。今日は比較的調子は良さそうで、手土産を受け取るとジドは丁寧に応じる。
「初めまして、都の方から来たと聞いた。都は変わらないか?」
正確に言うと『初めまして』でもなければ『都』からも来ていないのだが、シルヴィアは話を合わせる。
「はい。都はいつも通りです」
そのやり取りに立ち会っている給仕が目を反らす。
どうも、加齢による認知機能の低下を恥と感じているようだ。別荘の周囲を取り囲む塀も恐らく、世間の目に触れないように……という事なのだろう。
給仕達が一斉に異動したのは『ジドの世話』が主業務に変わった事によるものだ。
「ジド様もお変わりなくお元気なようでなによりです。今でも神出鬼没にご活躍を?」
「うむ。先日は西の国境沿いでバルバロイ共を討伐しておったわ。奴ら、なかなかにして手強い」
無論、ジドの記憶にある出来事で『先日』ではないのだが……。
「ご家族様が訪問されるご予定があれば、是非ケルジア卿の武勇伝を詳しく伺いたいものです」
「我が息子も忙しいからの。しかし、我からよく言っておこう。やがてこの国も変わる時が来る。王族でも貴族でもない。実力を持った人が、より素晴らしい世界を作る時代が」
誇らしげにジドは胸を張った。
それから幾つか会話を弾ませた所でシルヴィアは切りよく尋ねる。
「そういえば、ジド様は『ジード・ランスウッド』という人物をご存知ですか?」
「いや、知らんの。最近、忘れっぽくて、すまんの」
「いえいえ、大丈夫です」
シルヴィアは微笑を浮かべて応える。
会話の中から手掛かりになりそうなものを得られたので、あとは推測する事になりそうだった。
一方その頃、ミア=リゼルはケルジア領都で聞き込みを行っていた。
ケルジア卿の武勇伝に興味を抱いた移住希望者という形で、なるべく昔の事をよく知っていそうな人に声を掛けていた。
そして辿り着いたのは街の端にある一軒の民家だった。
「あの……すみません、ジド様の武勇伝について聞きたいのですが……」
警戒心を抱かれないように挨拶をすると出て来たのは優しそうな老婆だった。
「あら『お客さん』だなんて珍しい事。何を聴きたいの?」
「ジド様は神出鬼没と聞きまして、どのような活躍をされていたのかと」
質問を投げかけたが老婆は「そうなのよね」と答えると、ミアの事をジッと見つめる。
まるで瞳の奥、心の底まで覗かれるような、そんな視線だった。
「……『何人目』かしら。貴女がそうなのかは分かりませんが……お伝えしましょう」
不思議な前置きと共に、老婆は語り出した。
世の中に似ている人は3人いるというが、若かったジドはある日、偶然にも自らとよく似た二人と出会って意気投合したという。
「……それは影武者なのですか?」
「違うわ。ジドという人物を3人で演じるようになったのよ。この国をより良くしたい……その為には英雄になるのが早かった。英雄になるには実績が必要だった」
「確かに、3人で一人なら、その行動力は凄い事になりますね」
数々の功績も軍功もそれ故だっただろう。
「でもね……ジド様は色々な事に挑戦したけど、この国を変えられなかった。きっと無念だったと思う。巻き込んだ2人の人生が無意味になってしまったのだから……だから、もしまだジド様がお元気であれば、きっと……今も追い続けていると思うわ」
「……あの、なぜ、私にそこまでお話を?」
もっともな質問をミアは訊ねる。
老婆の話は本当か嘘か分からない。それでも、ここまで話す『理由』があるはずだ。
「人である事、ジド様はそれを強く願っておりました。貴女が人であるのなら、真実をお話するのは当たり前の事で……ジド様も望んでいると思うからですよ」
老婆は優し気な瞳をミアに向けて告げるのであった。
シルヴィアとミアはケルジア領都での情報収集を終えて王国騎士エナハルト・ティルムと合流した。
集めた情報からジードという人物像を推測する為だ。
「ミア、旦那様が来てくれたよ?」
「ま、まだ妻ではないですよ。今回はそういう設定だったというだけで……!」
二人のそんなやり取りにエナハルトは微笑を浮かべる。
「お帰りなさい、お二人とも。良い成果が得られたようですね」
「お役に……立てたでしょうか?」
自信無さ気なミアに向かってエナハルトは大いに頷く。
「実は先ほど、ドワーフ王国からの一報が届きまして、組織……ジード・ランスウッドが、メドゥの指先『黄の中指』だと判明しました。なので、次に確認しないといけないのは――」
「動機だね」
王国騎士の台詞に続くようにシルヴィアが言った。
『正体』と『動機』、この二つがセットにならないと大きな意味は持たない。シルヴィアとミアの二人がジドの人物像に迫る事で、状況は一気に王国側が有利になったのだ。
つまり、ジード・ランスウッドが『黄の中指』である事。ジードの正体は『ジド・ケルジア』を演じた一人である事、この国を根本から変えようとして出来なかった事……。
「情報統制掛けていますから相手方は、僕達がジードと組織の正体、そして、その目的を看破した事を知らないはずです」
冒険者達は、か細い『切欠』から、見事に突破口を切り開いたのだ。
エナハルトの言葉にシルヴィアが同意する。
「つまり、こちらの切札は伏せたまま、優位に立ったという事だね」
「その通りです。後はタイミングだけ……でしょうか」
「え、えと……という事は、今回の調査、きちんと成果があったという事なの、ですか?」
ミアの不安な台詞にエナハルトが返事代わりに、腰を抱き寄せた。
「自覚が足りない所も可愛いけれど、ね」
「シ、シルヴィアさんが、ま、まだ、います、からー!」
顔を真っ赤に染めて叫ぶミアであった。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年07月16日 12時58分59秒 公開
相談掲示板
シルヴィアだ。今回もよろしく頼むよ。 ジードとジド、同一人物ではなかったけれど関係性が気になるね。 私は今回も『ケルジア領』に行ってジド・ケルジア卿について調べるよ。お見舞いに伺って五年前に仕えていた人の行方や、時折ケルジア卿が口にする内容について聞いてみたい。現在の領主についても確認してみよう。 余力があればケルジア領内で聞き取り調査もしてみたいな。この辺りはまだ考え中。
エリザだ。今回も皆々頼もしいことだね。 メタ込みだが今回はサーンゾに同行する予定だ。 フランセス-ピストスのラインを調べるように、エナハルトから言われているのでね。 いつも通りの動きならベルクが同行者になるだろうか? よろしく頼むよ。 ……なぜサーンゾに同行することになったのかは追々考えるよ。
ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 私は現領主様、もといナラゼ様との接触を予定しております。 具体的には彼と交流を行い情報を得つつ 彼自身の気持ちなどをお伺いする形になるかと存じます。 他にも別の行動を行う可能性はございますが ナラゼ様との接触に支障が無い範囲内で、となります。
ヒーラーのミア=リゼルです。よろしくお願いしますね。 前回派手に誘導に引っかかってしまって申し訳なく… 無駄ではなかったと思いたいですが…うーん 行動はまだ悩み中です。みなさんの動きを見て決めようかな、と。よろしくお願いします。
シーフのベルクだ。よろしく頼む。 毎度のことだがサーンゾ一行をからかいに行こうと思う。 エリザ殿はよろしくだ。 我は前回サーンゾ達を見送っているので別口で合流することにしようと思っている。
シーフのルベアよ、よろしく。 トレイシーの転職も無事に完了したことだし、まず神実について前回訊けなかった残り半分を確認しようとは思ってるけど。 それだけだと多分プレイングの字数が余るから、誰かの行動の人手として動けたらって思ってる。 ファナータに行ってリロに接触することも考えないでもなかったけど、生憎彼女周りで私は「切欠」は得てないから、どうしても手探りになっちゃうしね…。
シーフのエミリアよ、今回もみんなよろしくね。 取り急ぎだけれど、今回は自警団周りからゾンバルダの情報をあさるわね。 今回はもう少し大胆に攻めてみるつもりね。
どうも、シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 では僕はスターシャ・フォフ女史に接触を図ってみようと思います。 対話を重んじる、というスタンスですが具体的にどのような風かを聞き出したく。 その際、洞察で事細やかにチェックしたり。
>リロ様 以はウシタを訪れていた事もございますので 此度はどうしてもファナータから離れられない事情があった可能性はございますね。 そちらから彼女について調査を進めるなり、関係構築が出来る可能性もございますけれど 二か所に渡る行動はどちらも中途半端な事になってしまいそうですから やはり私はウシタに専念させて頂く形になるかと……。
皆さん、表明ありがとうございます。そうしたら私は…ケルジア領か王都で調べ物か…まだ悩んでいるのですが、どちらかになるかと。 いずれにせよケルジア卿とジードさんの繋がりについて、になります。身分の高い方々への接触は私では難しいと思うので、下町の情報が集まりそうなところを中心に…ですね。
リロがファナータから離れられなかった理由、確かに気になるね。 私もケルジア領で動く予定だから其方を調査するのは難しそうだ……申し訳ない。 >ミア 了解だ、私が情報収集をする場合は貴族や商人に接触出来そうな場所に行ってみようと思う。下町での調査の方はよろしく頼むよ。
>リロがファナータから離れられなかった理由 なるほど、確かにそれは気になるわ……。 『切欠』は兎も角、今までもそこそこ接触はしてるから確かめに動いてみようかしらね。