【渡鴉】ノズドランマーケット
影絵 企鵝
コメント 6
シナリオID:2269
オープニング
●飛び立つカラス
風の心地よいある朝。ミネルヴァ・フィーギルは旅嚢を担いで婚約者の書斎へ押しかけていた。フリードリヒ・ホーエンバッハは朝食のパンを齧りつつ、目の前で胸を張るミーナを見遣った。
「……今度はどこに行くつもりなんだ」
「目的地はゴールディ! 狙いはノズドランマーケット!」
ミーナは羊皮紙を一つ開くと、フリッツへと押し付ける。彼は厭そうな顔で文面を覗き込んだ。
「ノズドランマーケット……」
「レッドブーツ参加のノズドランファミリーが開く大市場よ。そこに行けば何でも揃うの。服や食器みたいな日用品から、装身具や家具、武器や防具まで、何でもね」
鼻高々に彼女が説明すると、フリッツは肩を竦める。
「君に説明されるまでもない。商人からその市場の話はいくらでも耳に入ってくるよ。その市場では文字通りに何でも手に入る。盗品や奴隷がゴールディで売られるのはそう珍しいことではないが……ノズドランマーケットは格が違う。脛に傷を持つ連中がいくらでも集まって、曰く付きの品をとっとと金に換えようとするんだ」
フリッツがすらすら言ってのけると、ミーナは口を尖らせる。
「どうしてそんなに詳しいのよ」
「“彼女”は君だけの姉御殿ではないってことだよ」
ミーナの背後で扉がすっと開く。つば広の帽子を被った妙齢の女が、これまた旅装を整え部屋に入ってきた。彼女は帽子を取ると、フリッツに向かって恭しく礼をする。
「エレアノール・シュヴァリエ、参上仕りました……っと」
「姉御殿、また変な事をミーナに吹き込んだな。とうとうゴールディに行くなんて言い出したぞ」
「面白そうな催事を教えてくれって言うんだもの。可愛い妹分の頼みじゃ断れないわね」
フリッツが早速エレアノールを叱責するが、彼女はどこ吹く風である。帽子をふわふわと弄び、これ以上の説教は丸ごと聞き流す構えだ。フリッツは溜め息を吐くと、羊皮紙を一枚丸めて彼女へ向かって放る。
「ならせめて年長者としての責務を果たしてくれ。ミネルヴァと共にゴールディへ行き、その身の安全を確保しろ。“魔弾の射手”なら容易い仕事だろう?」
「はいはい。元よりそのつもりでしたとも」
フリッツに上手を取られてむくれていたミーナは、二人のやり取りを聞いてぱっと顔を輝かせる。ぴょんと飛び跳ね振り返り、エレアノールの空色の瞳をじっと覗き込んだ。
「姐さん、来てくれるの?」
「ええ。ミーナがどれだけ成長したのか、ちょっと自分の目で見てみたいもの」
ニコニコする二人。頬杖ついて眺め、フリッツは深々と溜め息を吐いた。
「……二人とも、くれぐれも気を付けてくれよ」
●闇市の日常茶飯事
そんなわけで、二人は遥々ゴールディへとやってきた。山脈の裾に位置するティロール領とは打って変わって、熱帯に属するゴールディはとにかく暑い。風通しの良い旅装に切り替えてもなお暑い。ミーナはシャルガネで手に入れた扇子で自らを扇ぎながら、水筒の水を呷る。
「ここがゴールディ……うちとは全然景色が違うね」
道の上にまで張り出した大きな屋根、常に開け放たれた大きな窓。ミーナがちらっと覗くと、食卓を囲んだゴブリン達がフォークとスプーンを両手に持ち、歌いながら食卓をどんどんとリズミカルに叩いている。三角帽子のつばを少し持ち上げ、エレアノールもミーナの視線を追いかける。
「屋根を大きくして日陰を作って、窓を開け放って風通しを良くする。そうすると少しくらいは熱が逃げて暮らしやすくなるのよ。ゴールディ暮らしのゴブリン達にとっては慣れた気候なんでしょうけど、それでも暮らしやすいに越したことはないでしょ」
「へえ……」
こんな調子で観光しながら歩いていると、目当ての景色が見えてきた。木製のアーチに『ノズドランマーケット』の名前が掲げられ、広場には大勢の商人が集まっているのが遠目にも見える。
「ご丁寧に出迎えの看板まであるんだ」
「表向きはシルバードが出来た頃からずっと続いてる派手なお祭り市場の一つだもの。曰く付きの商品を商人達が持ち込んでくるのも昔からみたいだけどね」
それを聞いたミーナは、僅かに目をぎらつかせる。
「面白いことがありそうね」
少し意地の悪い顔をしている妹分の頭を、エレアノールがわしゃわしゃと撫でた。
「まずは買い物しましょ。ついでに面白い話が色々聞けるかもしれないわ」
ミーナ達が市場に入る頃、君達冒険者も様々な理由でノズドランマーケットを訪れていた。この市場に集まる様々な珍品を物色しに来たのか、様々な欲が渦巻くこの街で一働きしようと思ったのか。
「寄っといで! 面白いもの一杯あるよ!」
近くの商人が、絨毯の上に商品を広げて手招きする。君は導かれるようにその商人の下へと歩み寄った。
風の心地よいある朝。ミネルヴァ・フィーギルは旅嚢を担いで婚約者の書斎へ押しかけていた。フリードリヒ・ホーエンバッハは朝食のパンを齧りつつ、目の前で胸を張るミーナを見遣った。
「……今度はどこに行くつもりなんだ」
「目的地はゴールディ! 狙いはノズドランマーケット!」
ミーナは羊皮紙を一つ開くと、フリッツへと押し付ける。彼は厭そうな顔で文面を覗き込んだ。
「ノズドランマーケット……」
「レッドブーツ参加のノズドランファミリーが開く大市場よ。そこに行けば何でも揃うの。服や食器みたいな日用品から、装身具や家具、武器や防具まで、何でもね」
鼻高々に彼女が説明すると、フリッツは肩を竦める。
「君に説明されるまでもない。商人からその市場の話はいくらでも耳に入ってくるよ。その市場では文字通りに何でも手に入る。盗品や奴隷がゴールディで売られるのはそう珍しいことではないが……ノズドランマーケットは格が違う。脛に傷を持つ連中がいくらでも集まって、曰く付きの品をとっとと金に換えようとするんだ」
フリッツがすらすら言ってのけると、ミーナは口を尖らせる。
「どうしてそんなに詳しいのよ」
「“彼女”は君だけの姉御殿ではないってことだよ」
ミーナの背後で扉がすっと開く。つば広の帽子を被った妙齢の女が、これまた旅装を整え部屋に入ってきた。彼女は帽子を取ると、フリッツに向かって恭しく礼をする。
「エレアノール・シュヴァリエ、参上仕りました……っと」
「姉御殿、また変な事をミーナに吹き込んだな。とうとうゴールディに行くなんて言い出したぞ」
「面白そうな催事を教えてくれって言うんだもの。可愛い妹分の頼みじゃ断れないわね」
フリッツが早速エレアノールを叱責するが、彼女はどこ吹く風である。帽子をふわふわと弄び、これ以上の説教は丸ごと聞き流す構えだ。フリッツは溜め息を吐くと、羊皮紙を一枚丸めて彼女へ向かって放る。
「ならせめて年長者としての責務を果たしてくれ。ミネルヴァと共にゴールディへ行き、その身の安全を確保しろ。“魔弾の射手”なら容易い仕事だろう?」
「はいはい。元よりそのつもりでしたとも」
フリッツに上手を取られてむくれていたミーナは、二人のやり取りを聞いてぱっと顔を輝かせる。ぴょんと飛び跳ね振り返り、エレアノールの空色の瞳をじっと覗き込んだ。
「姐さん、来てくれるの?」
「ええ。ミーナがどれだけ成長したのか、ちょっと自分の目で見てみたいもの」
ニコニコする二人。頬杖ついて眺め、フリッツは深々と溜め息を吐いた。
「……二人とも、くれぐれも気を付けてくれよ」
●闇市の日常茶飯事
そんなわけで、二人は遥々ゴールディへとやってきた。山脈の裾に位置するティロール領とは打って変わって、熱帯に属するゴールディはとにかく暑い。風通しの良い旅装に切り替えてもなお暑い。ミーナはシャルガネで手に入れた扇子で自らを扇ぎながら、水筒の水を呷る。
「ここがゴールディ……うちとは全然景色が違うね」
道の上にまで張り出した大きな屋根、常に開け放たれた大きな窓。ミーナがちらっと覗くと、食卓を囲んだゴブリン達がフォークとスプーンを両手に持ち、歌いながら食卓をどんどんとリズミカルに叩いている。三角帽子のつばを少し持ち上げ、エレアノールもミーナの視線を追いかける。
「屋根を大きくして日陰を作って、窓を開け放って風通しを良くする。そうすると少しくらいは熱が逃げて暮らしやすくなるのよ。ゴールディ暮らしのゴブリン達にとっては慣れた気候なんでしょうけど、それでも暮らしやすいに越したことはないでしょ」
「へえ……」
こんな調子で観光しながら歩いていると、目当ての景色が見えてきた。木製のアーチに『ノズドランマーケット』の名前が掲げられ、広場には大勢の商人が集まっているのが遠目にも見える。
「ご丁寧に出迎えの看板まであるんだ」
「表向きはシルバードが出来た頃からずっと続いてる派手なお祭り市場の一つだもの。曰く付きの商品を商人達が持ち込んでくるのも昔からみたいだけどね」
それを聞いたミーナは、僅かに目をぎらつかせる。
「面白いことがありそうね」
少し意地の悪い顔をしている妹分の頭を、エレアノールがわしゃわしゃと撫でた。
「まずは買い物しましょ。ついでに面白い話が色々聞けるかもしれないわ」
ミーナ達が市場に入る頃、君達冒険者も様々な理由でノズドランマーケットを訪れていた。この市場に集まる様々な珍品を物色しに来たのか、様々な欲が渦巻くこの街で一働きしようと思ったのか。
「寄っといで! 面白いもの一杯あるよ!」
近くの商人が、絨毯の上に商品を広げて手招きする。君は導かれるようにその商人の下へと歩み寄った。
解説
メイン ノズドランマーケットで一日過ごす
サブ ノズドランマーケットで噂を集める
NPC
ミネルヴァ・フィーギル(17)
フリードリヒの婚約者。失われた家宝『鴉の弓』を探す傍ら、将来のヘーゼル伯夫人としてひたすら世間に顔を売りつけている。以前はシャルガネに赴き独自のコネを手に入れてきた。今回もゴールディで何かをやらかそうとしているらしい。
エレアノール・シュヴァリエ(24)
フリードリヒのはとこ。『魔弾の射手』の異名をとる凄腕のキャスター。かつては将来有望な王国騎士だったが、今ではたまに自家の騎兵団を纏めつつも、諸国を遍歴したり趣味の魔装備開発に勤しんだりとすっかり自由な人になっている。ミーナに彼女の生き方を示した師匠。
FIELD
ノズドランマーケット
ゴールディで一年に一度開かれる大市場の一つ。レッドブーツ傘下のノズドランファミリーによって運営されている。各地から商人が集まってきて盛んに商売が行われる様はさながらお祭りだが、その裏ではゴールディらしく、盗品や奴隷取引もまかり通っているようだ。
☆可能な行動
・買い物
一般的に手に入る商品はとりあえず何でも手に入る。武器や防具、家具や装飾品なども購入可能。
また、各地から集まった料理人が屋台などを開いており、好きに食べ歩くことも可能。
・商売
ちょっとした手続きを取れば誰でも商売が可能。売りたい物を売ることが出来る。
(盗品や奴隷は売らないでください)
・噂収集
商人達の話に耳を傾ければ、真偽定かではない噂話が聞こえてくる。奴隷市場がどこで開かれる、どこかで売られている商品は略奪品である……など。
(好きにいろんな話を聞いたことにして構いませんが、国王がお忍びでやってきている、などの世界情勢に影響を与えるレベルの噂話は偽情報となります)
・NPC交流
ミーナ達は特にこそこそもしていないためすぐ会える。
(過去依頼で対面していれば相応の反応になります)
マスターより
影絵企鵝です。
今回からおそらく4話分使って【渡鴉】の連作シナリオを展開したいと思います。よろしくお願いします。
というわけで今回は遊びついでの準備編。
文字数の都合上あっちもこっちもだと事実の羅列になってしまうので、やりたいことは一つか二つに絞る事をお勧めします。大量のお店で料理を買い集めて一か所で食べまくってるとか、友達へのお土産を買うために装飾品周りを眺めているとか……
ちなみにミーナはノータッチだと小物を色々買いつつ噂話を集めている予定です。
良ければお付き合いください。
リプレイ
●広場の陽気
天から降り注ぐ陽気の中、キリアン・フィッツジェラルドとアウレーリア・フォン・ネーベルベルクはずらりと並んだ露店を眺めてぶらついていた。アウレーリアにとっては久方ぶりの街。王国や同盟とはまるで違う景色に目を惹かれる。彼女は露店の一つに足を止めると、キリアンの腕を引いて売り物を指差す。
「見て。へんてこだらけよ」
「……何です、これは」
キリアンは顔をしかめる。ごわごわした安っぽい服を着て、ついでに砂で軽く汚れ化粧を施した彼は、いかにも無学な小間使いだ。そんな彼に向かって、リザードマンの男は、藁で出来た人形を見せつける。
「これは身代わり人形よ。悪運をこいつが吸ってくれるんだ。一つ買って行きな」
「身代わり?」
旅人を騙すちんけなおまじない。キリアンは鼻白んだが、当の主人はくすりと笑って金を投げつける。
「面白いわね。一個貰うわ」
「そうですか……」
露天商から藁人形を受け取り、キリアンはさっさと歩きだすアウレーリアの後を追う。彼の抱える籠の中には、安っぽく怪しい装飾品がたくさん入っていた。
「さっきから変なものばかり増えていきますね」
「当たり前でしょ。折角来たんだもの。ここでしか買えないものを買わないと」
そう言って揚々と歩いていると、広場の向こうからミーナとエレアノールがやってくる。
「アウレーリア、来てたんですね!」
気付いたミーナが早速手を振る。アウレーリアは溜め息交じりに目配せした。
「フリードリヒがあの二人だけだと心配だから、お目付けを頼まれたのよ」
「あら、信用ないわね」
エレアノールは口を尖らせる。ミーナはにっこりすると、アウレーリアの横顔をじっと覗き込んだ。
「ついでに貴族のあなたが大っぴらにここへ来る理由が出来て一挙両得……ですか?」
「……さあ、どうかしら」
アウレーリアは顔を背ける。図星だったが、口に出して認めるわけにはいかなかった。
四人が合流した頃、コルネリウス・アーラは日除けの外套で顔を隠して広場に立っていた。腕に提げた篭にはたくさんの花飾りや匂い袋が詰められている。
そこへ、豪奢なビロードの服を身に纏った男が一人、足を止めてずんずんと彼女の下へとやってきた。彼は匂い袋を一つ手に取る。
「よく出来ているな。香りの組み合わせもよく練られているようだ」
「ええ、それはもう頑張って作りましたから」
褒められて少し嬉しいコルネ。しかし、男はそのままポプリを籠に戻してしまう。
「だが私には似合わないな」
それだけ言い残し、男は立ち去る。コルネは頬を引き攣らせた。
「一体何なの……」
「コルネ! それ一つ貰える?」
そこへやってくるミーナ達。コルネは思わず目を丸くした。
「ミーナさん。こんなところでどうしたんですか?」
「何でも集まる市場なら、家宝の一つも見つからないかなって」
コルネに小銭を手渡しながら、ミーナはにっこり笑う。コルネは思わず苦笑した。
「フリッツさんの心労が尽きないわけです。でも、ここで会うのも何かの縁、協力します」
「ほんとに?」
コルネは深く頷いた。
「ゴールディに来たのは初めてじゃないですから」
ミーナの下へ着実に人手が集まっている頃、サイラスは露店を開いて軽い商売をしていた。売り物は粘土を練り込み炉で焼いた陶磁器の人形。釉薬を丁寧に塗ってこれまで目にしたことのある各国の著名人と姿を似せてある。それに適当な人物評を添えて売っていくやり方が周囲の興味を惹いて、中々良い売れ行きをしている。育ちの悪い少年が狙いを定めるくらいには。
人混みに紛れ、少年がサイラスの作った魔獣の像へと手を伸ばそうとする。しかしサイラスがその動きに気付かないわけもない。素早くその腕を抑え込むと、自分の目の前まで無理矢理引き寄せる。
「欲しいならくれてやるよ」
サイラスは少年の懐から財布をむしり取ると、そのまま元の人混みへと追い払った。鮮やかな手並みを見せつつ、サイラスは通りへと目を向ける。赤いドレスの女が、武器商人の店へ堂々と入っていくところだった。
「……適当に切り上げるか」
赤いドレスの裾をひらりと泳がせ、ルアンナ・ミュラーは揚々と武器商人の家へと足を踏み込む。窓から微かに光が差し込むだけの薄暗い店内で、大柄なゴブリンが一人退屈そうな顔で頬杖をついていた。
「なんだ。こんな騒がしい日にわざわざこんなところ来やがって」
文句を言われながら、ルアンナは店の中をぐるりと見渡す。どれも鉄の地色が丸出しの無愛想な武器ばかり。店主と同じだ。
「外にあるのは宝飾だらけのお飾りですから。武器は使ってこそ初めて価値のあるものです。お金だってそうです。持ってるのならば貯めこまず使わなくては!」
ルアンナはベルトにぶら下げていた財布を取り出すと、店主の眼前にどんと置く。
「私、狩猟を始めてみたいと思ってまして、弓を探してるんです! 高名な方が使用していた弓ならばきっと百発百中ですよね!」
「……うちは金物を扱ってるんだ。弓なら他を当たりな」
店主は気だるげにルアンナを追い払おうとするが、彼女は手に提げたバッグから鋸刃の鉈を一振り取り出す。
「この“ノコギリ鉈”という武器も他のお店から買ったんですよ! ほら、こんなに刃がギザギザで獲物を〆るのに最適だと思いません? これで斬れば血なんてあっという間に抜けちゃいそうでしょう!」
「あん?」
店主が顔をしかめる横で、ルアンナは恍惚として天を仰いだ。
「もう今から使うのが待ち遠しい! 帰ったら生ハムで試し切りしようかしら?」
「おい、その肉はほんとに豚肉なんだろうな?」
首を傾げるルアンナ。店主は身震いすると、店の外をびしりと指差す。
「……あんたの探してるものなんかここにねえよ。あっち行け」
「あっち?」
「ああ。向こうの通りの店は何でも扱ってるからな」
「わかりました! ありがとうございます!」
ルアンナは叫ぶと、そのまま店を飛び出す。店主は溜め息を吐いた。
「……勘弁してくれ」
軽やかに表通りを走り去るルアンナ。露店の席に腰を下ろして、シルヴィア・A・カペルは優雅にその背中を見送った。シャルガネ菓子のわらび餅に舌鼓を打ちながら、ゴールディの雑多な街頭の景色を眺める。そこへ通りかかるは、見覚えのある一人の少女。シルヴィアは彼女へ手を振った。
「ミーナ!」
呼び止められたミーナは、ひょこひょこ近づいてくる。シルヴィアは小さく微笑んだ。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
今のシルヴィアが纏うは質素な旅装。有名な美しい白髪もバンダナの中にひっつめ隠している。だが、碧い瞳に溢れる気品までは隠せない。ミーナは目を丸くすると、
「まさか、ここで貴女の様な方とお会いするだなんて」
ミーナは恭しく礼をして、そのまま隣に腰掛ける。
「一度はゴールディの混沌をこの目で見ておきたくてね。さ、君も食べたまえ」
シルヴィアはミーナへわらび餅を差し出す。ミーナは小さく頷く。
「では」
「君の許婚から聞いたよ。シャルガネに行っていたんだろう? どんな所だった」
「……面白いところでした」
ミーナはシルヴィアに旅のかくかくしかじかを話す。仕事ばかりの日々において、気儘な物見遊山の話は特に興味深い。
「なるほど。鴉の弓、か。……見てみたいな」
シルヴィアは抹茶を飲み干すと、静かに腰を上げる。
「さて、私も少し動いてみるとしようか」
●陰気な路地裏
ミーナ達と分かれたシルヴィアは、早速街中へと繰り出した。彼女の狙いはご老体のゴブリン達。シルバードの経緯を目の当たりにしてきたであろう者達だ。屋台の傍の食卓で鶏の丸焼きに齧りついている一団に目を留めると、彼女はバンダナを結び直して傍に腰掛ける。
「やあ。すっかりお祭り騒ぎだね」
「おう嬢ちゃん。あんたも食うか?」
「ありがとう。せっかくだし、私からもご馳走させてくれ」
シルヴィアは財布を取り出すと、屋台の店主へ適当に注文する。店主があくせくと料理を始めるのを眺めながら、彼女は出し抜けに切り出す。
「ノズドランマーケットか。ファミリーの名前がそのまま冠されるくらいなんだから、よほど力のある組織なんだろうね」
「ああ、昔はな。でもある時の頭領が犬死しちまってからあっという間に凋落さ。今はレッドブーツがケツ持ちになってるよ。一応今もこの祭りを仕切らせてもらえてるようだが」
「なるほどね……」
豪快に食べ続ける老人達を横目に、シルヴィアは声を潜める。
「こういう祭りだと、曰く付きの品も集まってくるんだろう? どこにあるかな」
ルアンナは鍛冶屋に教えられた店へとやってきた。路地裏の奥に入り口を構えたその店は、天窓からやっと光が差し込むばかりでひどく薄暗い。その分、店に漂う血生臭さがはっきりと感じ取れる。
「はあ……雰囲気ありますね、ここ!」
「随分嬉しそうだな。さてはお前もやばい奴か」
小柄なゴブリンの店主がにやりとすると、ルアンナは深々と頷く。
「そりゃもう。こんなところに“普通な”お客様なんて来ないでしょう? 私もそう。とにかく強い武器が欲しいんです。例えば、『鴉の弓』とか……」
「鴉の弓? 何だそりゃ」
首を傾げる店主。ルアンナが首を傾げると、サイラスが店の隅からのそりと姿を現した。
「その名前で言っても通じないぞ」
彼は血塗られた書物を目の前に掲げ、装丁にじっくりと目を凝らす。闇市には曰く付きの商品ももちろんだが、まがい物もたくさんある。並みの鑑定眼では見抜けない。
「一里弓。一般的にはそんな綽名が付いてる」
「一里弓?」
ルアンナがオウム返しにすると、サイラスは金文字を眺めながら頷く。
「何でも、王国の辺境に襲い掛かってきたドラゴンの眼を一里先からぶち抜いたとこから名前が付いたらしいぞ。さすがに眉唾だが、もしそれが本当なら、一度はどんな作りになってるか見てみたいもんだな。手に入れられるなら俺が手に入れたいくらいだ」
自分の理想を追い求める飽くなき欲求。薄暗い部屋の中でも彼の眼は爛々としている。書を閉じた彼は、店主へと突き出す。
「これを寄越せ。どうやら本物の『狂奔の書』だ」
持ち主達の血で汚れた書をまじまじと見つめ、ゴブリンの店主は思わず溜め息を吐く。
「あー、なるほどな。ヤバい物ばっかこの辺で探し回ってる奴って、アンタの事か?」
サイラスはにやりと笑うと、財布を彼に向かって差し出す。
「……何かいいこと知ってるなら教えてくれよ。追加で払うぞ」
気迫のこもった佇まいに、ゴブリンは角を撫でながら縮こまった。
「うむむ……」
肩で風を切るように歩くアウレーリアと、たくさんの荷物を抱えてひいこら歩くキリアン。そんな二人は武器商人達が集う広場に足を踏み入れていた。珍品を買いながら集めた噂の糸を手繰ってここまで来たのである。
「……結構な眺めね」
アウレーリアは背後のキリアンに耳打ちする。護衛を付けた商人達が各々武器を並べ、客を迎え入れている。氏素性も知れない傭兵から、いかにもゴブリンマフィアらしい面子まで、ずらりと揃って武器を品定めしている。キリアンはわざとらしくよろめきながら、武器、特に弓へと目を走らせる。弓は常日頃愛用している得物。見ればその価値はわかる。
「どれも悪くない品物に見えます。……が、ミーナの言う弓とは特徴が一致しませんね」
「ふうん……」
アウレーリアは首を傾げると、近くにいた黒ずくめのゴブリンにいきなり話しかける。
「もっと曰く付きの面白い武器は無いのかしら?」
「ここは堅気の品物しか並ばない。昔からそういう決まりだ」
「堅気じゃない品物もあるってわけね? 興味深いわ」
言うと、アウレーリアは男の手に宝石を一つ握らせる。
「私にも教えてくれないかしら」
「……それがお前の誠意か」
マフィアの男は宝石を品定めすると、懐に滑り込ませて声を潜める。
「なら……一つくらいは教えてやってもいい」
一方その頃、コルネは一人路地裏に足を踏み入れていた。相変わらず花の香を詰めた篭を腕に下げているが、品揃えは少し違う。陰に生きる者達が好みそうな品物を揃えてきた。
「薬草売りがこんなところに何の用だ?」
壁にもたれていた男が、コルネの籠を覗き込む。彼女はうっすら笑みを浮かべた。
「あなたが気に入りそうな面白いものを持ってきたのよ」
コルネは籠からハーブの粉を一包み取り出す。
「このハーブ……燻すだけならただの導眠剤だけれど、煮詰めて飲むと酔って何でも話したくなっちゃうの。どう?」
「……そんなもんをちらつかせて何だってんだ?」
身構える男。コルネは押し切りに行く。
「私も奴隷を買った事があるの」
嘘は言っていない。目的はその奴隷を救うためだったが。
「そろそろ庭も大きくなるし、新しい子が欲しいのだけど。良い売り手を知らない?」
コルネは男の手を取り、ハーブの粉を握らせる。男は粉を握りしめて溜め息を吐く。
「……ここに来る女はみんなろくでもない奴ばっかりだ」
●鴉の渡世
やがて日が暮れ、冒険者達は旅籠へと戻ってきた。彼女達は騒がしい酒場を離れ、寝室で集めた情報を交換していく。
「どうやら鴉の弓はこの市場には無さそうですね」
ルアンナはがっかりした調子で報告する。ミーナはうんうんと頷く。
「まあ、期待はしていませんでした。どうせこのマーケットに鴉の弓があっても、買い戻すための元手がないですから。……それよりも、気になるのはこいつです」
ミーナは懐から羊皮紙を一枚取り出すと、テーブルの上に広げる。そこには一人の男の似顔絵が描かれていた。
「あ、この人……」
コルネは目を見張る。今日彼女の商品を見るだけ見て何も買って行かなかった商人だ。
「メチヤ・アクドイ。最近この界隈で頭角を顕してる実力者だとか」
その名前も聞いていた。似顔絵を手に取り、コルネは溜め息を吐く。
「聞くところによれば、近々彼が仕切る奴隷市場が地下で開かれるとか。……なるほど。この人がそうだったんですね」
「それだけじゃないわ。盗品市場も仕切ってるらしいわよ。規模も小さくないらしいわね」
アウレーリアも付け加える。
「どれも面白そうな話ですね」
ミーナの眼がギラリと光る。獲物を見つけた猛禽のような眼だ。みすぼらしい顔の泥汚れを落としたキリアンは、彼女の横顔をじっと見る。
「ミーナ。貴方の目標は一体何ですか。世の腐敗を払拭することですか? 恵まれぬ人々に恵みの光を与える事ですか?」
それは敵を作る生き方だ。果たしてミーナにその覚悟があるのか。言葉に出さずそう問いかけるキリアンだったが、ミーナは肩を竦める。
「まさか。私にそんな高邁な目標はありません。ただ業突く張りを小突き回して痛い目見せてやりたいだけです。それで誰かに恩を売れるならもっといい」
ミーナはぺろりと舌を見せた。
「狡く生き抜くのが鴉ってもんです」
つづく
天から降り注ぐ陽気の中、キリアン・フィッツジェラルドとアウレーリア・フォン・ネーベルベルクはずらりと並んだ露店を眺めてぶらついていた。アウレーリアにとっては久方ぶりの街。王国や同盟とはまるで違う景色に目を惹かれる。彼女は露店の一つに足を止めると、キリアンの腕を引いて売り物を指差す。
「見て。へんてこだらけよ」
「……何です、これは」
キリアンは顔をしかめる。ごわごわした安っぽい服を着て、ついでに砂で軽く汚れ化粧を施した彼は、いかにも無学な小間使いだ。そんな彼に向かって、リザードマンの男は、藁で出来た人形を見せつける。
「これは身代わり人形よ。悪運をこいつが吸ってくれるんだ。一つ買って行きな」
「身代わり?」
旅人を騙すちんけなおまじない。キリアンは鼻白んだが、当の主人はくすりと笑って金を投げつける。
「面白いわね。一個貰うわ」
「そうですか……」
露天商から藁人形を受け取り、キリアンはさっさと歩きだすアウレーリアの後を追う。彼の抱える籠の中には、安っぽく怪しい装飾品がたくさん入っていた。
「さっきから変なものばかり増えていきますね」
「当たり前でしょ。折角来たんだもの。ここでしか買えないものを買わないと」
そう言って揚々と歩いていると、広場の向こうからミーナとエレアノールがやってくる。
「アウレーリア、来てたんですね!」
気付いたミーナが早速手を振る。アウレーリアは溜め息交じりに目配せした。
「フリードリヒがあの二人だけだと心配だから、お目付けを頼まれたのよ」
「あら、信用ないわね」
エレアノールは口を尖らせる。ミーナはにっこりすると、アウレーリアの横顔をじっと覗き込んだ。
「ついでに貴族のあなたが大っぴらにここへ来る理由が出来て一挙両得……ですか?」
「……さあ、どうかしら」
アウレーリアは顔を背ける。図星だったが、口に出して認めるわけにはいかなかった。
四人が合流した頃、コルネリウス・アーラは日除けの外套で顔を隠して広場に立っていた。腕に提げた篭にはたくさんの花飾りや匂い袋が詰められている。
そこへ、豪奢なビロードの服を身に纏った男が一人、足を止めてずんずんと彼女の下へとやってきた。彼は匂い袋を一つ手に取る。
「よく出来ているな。香りの組み合わせもよく練られているようだ」
「ええ、それはもう頑張って作りましたから」
褒められて少し嬉しいコルネ。しかし、男はそのままポプリを籠に戻してしまう。
「だが私には似合わないな」
それだけ言い残し、男は立ち去る。コルネは頬を引き攣らせた。
「一体何なの……」
「コルネ! それ一つ貰える?」
そこへやってくるミーナ達。コルネは思わず目を丸くした。
「ミーナさん。こんなところでどうしたんですか?」
「何でも集まる市場なら、家宝の一つも見つからないかなって」
コルネに小銭を手渡しながら、ミーナはにっこり笑う。コルネは思わず苦笑した。
「フリッツさんの心労が尽きないわけです。でも、ここで会うのも何かの縁、協力します」
「ほんとに?」
コルネは深く頷いた。
「ゴールディに来たのは初めてじゃないですから」
ミーナの下へ着実に人手が集まっている頃、サイラスは露店を開いて軽い商売をしていた。売り物は粘土を練り込み炉で焼いた陶磁器の人形。釉薬を丁寧に塗ってこれまで目にしたことのある各国の著名人と姿を似せてある。それに適当な人物評を添えて売っていくやり方が周囲の興味を惹いて、中々良い売れ行きをしている。育ちの悪い少年が狙いを定めるくらいには。
人混みに紛れ、少年がサイラスの作った魔獣の像へと手を伸ばそうとする。しかしサイラスがその動きに気付かないわけもない。素早くその腕を抑え込むと、自分の目の前まで無理矢理引き寄せる。
「欲しいならくれてやるよ」
サイラスは少年の懐から財布をむしり取ると、そのまま元の人混みへと追い払った。鮮やかな手並みを見せつつ、サイラスは通りへと目を向ける。赤いドレスの女が、武器商人の店へ堂々と入っていくところだった。
「……適当に切り上げるか」
赤いドレスの裾をひらりと泳がせ、ルアンナ・ミュラーは揚々と武器商人の家へと足を踏み込む。窓から微かに光が差し込むだけの薄暗い店内で、大柄なゴブリンが一人退屈そうな顔で頬杖をついていた。
「なんだ。こんな騒がしい日にわざわざこんなところ来やがって」
文句を言われながら、ルアンナは店の中をぐるりと見渡す。どれも鉄の地色が丸出しの無愛想な武器ばかり。店主と同じだ。
「外にあるのは宝飾だらけのお飾りですから。武器は使ってこそ初めて価値のあるものです。お金だってそうです。持ってるのならば貯めこまず使わなくては!」
ルアンナはベルトにぶら下げていた財布を取り出すと、店主の眼前にどんと置く。
「私、狩猟を始めてみたいと思ってまして、弓を探してるんです! 高名な方が使用していた弓ならばきっと百発百中ですよね!」
「……うちは金物を扱ってるんだ。弓なら他を当たりな」
店主は気だるげにルアンナを追い払おうとするが、彼女は手に提げたバッグから鋸刃の鉈を一振り取り出す。
「この“ノコギリ鉈”という武器も他のお店から買ったんですよ! ほら、こんなに刃がギザギザで獲物を〆るのに最適だと思いません? これで斬れば血なんてあっという間に抜けちゃいそうでしょう!」
「あん?」
店主が顔をしかめる横で、ルアンナは恍惚として天を仰いだ。
「もう今から使うのが待ち遠しい! 帰ったら生ハムで試し切りしようかしら?」
「おい、その肉はほんとに豚肉なんだろうな?」
首を傾げるルアンナ。店主は身震いすると、店の外をびしりと指差す。
「……あんたの探してるものなんかここにねえよ。あっち行け」
「あっち?」
「ああ。向こうの通りの店は何でも扱ってるからな」
「わかりました! ありがとうございます!」
ルアンナは叫ぶと、そのまま店を飛び出す。店主は溜め息を吐いた。
「……勘弁してくれ」
軽やかに表通りを走り去るルアンナ。露店の席に腰を下ろして、シルヴィア・A・カペルは優雅にその背中を見送った。シャルガネ菓子のわらび餅に舌鼓を打ちながら、ゴールディの雑多な街頭の景色を眺める。そこへ通りかかるは、見覚えのある一人の少女。シルヴィアは彼女へ手を振った。
「ミーナ!」
呼び止められたミーナは、ひょこひょこ近づいてくる。シルヴィアは小さく微笑んだ。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
今のシルヴィアが纏うは質素な旅装。有名な美しい白髪もバンダナの中にひっつめ隠している。だが、碧い瞳に溢れる気品までは隠せない。ミーナは目を丸くすると、
「まさか、ここで貴女の様な方とお会いするだなんて」
ミーナは恭しく礼をして、そのまま隣に腰掛ける。
「一度はゴールディの混沌をこの目で見ておきたくてね。さ、君も食べたまえ」
シルヴィアはミーナへわらび餅を差し出す。ミーナは小さく頷く。
「では」
「君の許婚から聞いたよ。シャルガネに行っていたんだろう? どんな所だった」
「……面白いところでした」
ミーナはシルヴィアに旅のかくかくしかじかを話す。仕事ばかりの日々において、気儘な物見遊山の話は特に興味深い。
「なるほど。鴉の弓、か。……見てみたいな」
シルヴィアは抹茶を飲み干すと、静かに腰を上げる。
「さて、私も少し動いてみるとしようか」
●陰気な路地裏
ミーナ達と分かれたシルヴィアは、早速街中へと繰り出した。彼女の狙いはご老体のゴブリン達。シルバードの経緯を目の当たりにしてきたであろう者達だ。屋台の傍の食卓で鶏の丸焼きに齧りついている一団に目を留めると、彼女はバンダナを結び直して傍に腰掛ける。
「やあ。すっかりお祭り騒ぎだね」
「おう嬢ちゃん。あんたも食うか?」
「ありがとう。せっかくだし、私からもご馳走させてくれ」
シルヴィアは財布を取り出すと、屋台の店主へ適当に注文する。店主があくせくと料理を始めるのを眺めながら、彼女は出し抜けに切り出す。
「ノズドランマーケットか。ファミリーの名前がそのまま冠されるくらいなんだから、よほど力のある組織なんだろうね」
「ああ、昔はな。でもある時の頭領が犬死しちまってからあっという間に凋落さ。今はレッドブーツがケツ持ちになってるよ。一応今もこの祭りを仕切らせてもらえてるようだが」
「なるほどね……」
豪快に食べ続ける老人達を横目に、シルヴィアは声を潜める。
「こういう祭りだと、曰く付きの品も集まってくるんだろう? どこにあるかな」
ルアンナは鍛冶屋に教えられた店へとやってきた。路地裏の奥に入り口を構えたその店は、天窓からやっと光が差し込むばかりでひどく薄暗い。その分、店に漂う血生臭さがはっきりと感じ取れる。
「はあ……雰囲気ありますね、ここ!」
「随分嬉しそうだな。さてはお前もやばい奴か」
小柄なゴブリンの店主がにやりとすると、ルアンナは深々と頷く。
「そりゃもう。こんなところに“普通な”お客様なんて来ないでしょう? 私もそう。とにかく強い武器が欲しいんです。例えば、『鴉の弓』とか……」
「鴉の弓? 何だそりゃ」
首を傾げる店主。ルアンナが首を傾げると、サイラスが店の隅からのそりと姿を現した。
「その名前で言っても通じないぞ」
彼は血塗られた書物を目の前に掲げ、装丁にじっくりと目を凝らす。闇市には曰く付きの商品ももちろんだが、まがい物もたくさんある。並みの鑑定眼では見抜けない。
「一里弓。一般的にはそんな綽名が付いてる」
「一里弓?」
ルアンナがオウム返しにすると、サイラスは金文字を眺めながら頷く。
「何でも、王国の辺境に襲い掛かってきたドラゴンの眼を一里先からぶち抜いたとこから名前が付いたらしいぞ。さすがに眉唾だが、もしそれが本当なら、一度はどんな作りになってるか見てみたいもんだな。手に入れられるなら俺が手に入れたいくらいだ」
自分の理想を追い求める飽くなき欲求。薄暗い部屋の中でも彼の眼は爛々としている。書を閉じた彼は、店主へと突き出す。
「これを寄越せ。どうやら本物の『狂奔の書』だ」
持ち主達の血で汚れた書をまじまじと見つめ、ゴブリンの店主は思わず溜め息を吐く。
「あー、なるほどな。ヤバい物ばっかこの辺で探し回ってる奴って、アンタの事か?」
サイラスはにやりと笑うと、財布を彼に向かって差し出す。
「……何かいいこと知ってるなら教えてくれよ。追加で払うぞ」
気迫のこもった佇まいに、ゴブリンは角を撫でながら縮こまった。
「うむむ……」
肩で風を切るように歩くアウレーリアと、たくさんの荷物を抱えてひいこら歩くキリアン。そんな二人は武器商人達が集う広場に足を踏み入れていた。珍品を買いながら集めた噂の糸を手繰ってここまで来たのである。
「……結構な眺めね」
アウレーリアは背後のキリアンに耳打ちする。護衛を付けた商人達が各々武器を並べ、客を迎え入れている。氏素性も知れない傭兵から、いかにもゴブリンマフィアらしい面子まで、ずらりと揃って武器を品定めしている。キリアンはわざとらしくよろめきながら、武器、特に弓へと目を走らせる。弓は常日頃愛用している得物。見ればその価値はわかる。
「どれも悪くない品物に見えます。……が、ミーナの言う弓とは特徴が一致しませんね」
「ふうん……」
アウレーリアは首を傾げると、近くにいた黒ずくめのゴブリンにいきなり話しかける。
「もっと曰く付きの面白い武器は無いのかしら?」
「ここは堅気の品物しか並ばない。昔からそういう決まりだ」
「堅気じゃない品物もあるってわけね? 興味深いわ」
言うと、アウレーリアは男の手に宝石を一つ握らせる。
「私にも教えてくれないかしら」
「……それがお前の誠意か」
マフィアの男は宝石を品定めすると、懐に滑り込ませて声を潜める。
「なら……一つくらいは教えてやってもいい」
一方その頃、コルネは一人路地裏に足を踏み入れていた。相変わらず花の香を詰めた篭を腕に下げているが、品揃えは少し違う。陰に生きる者達が好みそうな品物を揃えてきた。
「薬草売りがこんなところに何の用だ?」
壁にもたれていた男が、コルネの籠を覗き込む。彼女はうっすら笑みを浮かべた。
「あなたが気に入りそうな面白いものを持ってきたのよ」
コルネは籠からハーブの粉を一包み取り出す。
「このハーブ……燻すだけならただの導眠剤だけれど、煮詰めて飲むと酔って何でも話したくなっちゃうの。どう?」
「……そんなもんをちらつかせて何だってんだ?」
身構える男。コルネは押し切りに行く。
「私も奴隷を買った事があるの」
嘘は言っていない。目的はその奴隷を救うためだったが。
「そろそろ庭も大きくなるし、新しい子が欲しいのだけど。良い売り手を知らない?」
コルネは男の手を取り、ハーブの粉を握らせる。男は粉を握りしめて溜め息を吐く。
「……ここに来る女はみんなろくでもない奴ばっかりだ」
●鴉の渡世
やがて日が暮れ、冒険者達は旅籠へと戻ってきた。彼女達は騒がしい酒場を離れ、寝室で集めた情報を交換していく。
「どうやら鴉の弓はこの市場には無さそうですね」
ルアンナはがっかりした調子で報告する。ミーナはうんうんと頷く。
「まあ、期待はしていませんでした。どうせこのマーケットに鴉の弓があっても、買い戻すための元手がないですから。……それよりも、気になるのはこいつです」
ミーナは懐から羊皮紙を一枚取り出すと、テーブルの上に広げる。そこには一人の男の似顔絵が描かれていた。
「あ、この人……」
コルネは目を見張る。今日彼女の商品を見るだけ見て何も買って行かなかった商人だ。
「メチヤ・アクドイ。最近この界隈で頭角を顕してる実力者だとか」
その名前も聞いていた。似顔絵を手に取り、コルネは溜め息を吐く。
「聞くところによれば、近々彼が仕切る奴隷市場が地下で開かれるとか。……なるほど。この人がそうだったんですね」
「それだけじゃないわ。盗品市場も仕切ってるらしいわよ。規模も小さくないらしいわね」
アウレーリアも付け加える。
「どれも面白そうな話ですね」
ミーナの眼がギラリと光る。獲物を見つけた猛禽のような眼だ。みすぼらしい顔の泥汚れを落としたキリアンは、彼女の横顔をじっと見る。
「ミーナ。貴方の目標は一体何ですか。世の腐敗を払拭することですか? 恵まれぬ人々に恵みの光を与える事ですか?」
それは敵を作る生き方だ。果たしてミーナにその覚悟があるのか。言葉に出さずそう問いかけるキリアンだったが、ミーナは肩を竦める。
「まさか。私にそんな高邁な目標はありません。ただ業突く張りを小突き回して痛い目見せてやりたいだけです。それで誰かに恩を売れるならもっといい」
ミーナはぺろりと舌を見せた。
「狡く生き抜くのが鴉ってもんです」
つづく
マスターコメント
皆様ご参加ありがとうございました。当初予定より一人当たりの文字数は増えているはずなのに結局かつかつになってしまいました。日常シナリオは文字数が厳しい……
もっと早くリプレイをお届けできればと思ったのですが、結局遅めの仕上がりになってしまいました。
近いうちに続きのシナリオを準備しますので、参加していただければ幸いです。
ショートシナリオ易しい 報酬:無し6 / 4〜8人
2022年07月03日 21時30分29秒 公開
成功
相談掲示板
どうも、シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 ノズドランマーケットで噂を集める、というのがサブ案件でしょうけど、基本的には思い思いに過ごそうという事ですか。 サブの目標の達成の為に、汎用枠の1つはモブパワーでいくとして、もう1枠は看破と洞察のどっちにしましょうかね……? 屋外が多めとなればホークアイも活きてくるでしょうし。 メインですと今の所、食べ歩きを予定しています。
ルアンナです、よろしくお願いします。 闇マーケットで家宝の弓らしき物がないか情報集めですか。 私は武器コレクターのお金持ちを装って、武器を扱っている店に行こうと考えてます。
No.3
サイラスだ、よろしくなー とりあえず売買して遊んでるのがメインだなーと
気づけばもう明日出発でした……。 アウレーリアです、宜しく。 そうね、ミーナと一緒にお買い物しつつ情報収集かな。 キリアンも良ければ一緒にいらっしゃいな。
すっかり遅くなりまして… コルネリウスです、よろしくお願いします。 私は売る側になりながら情報収集してみようかなぁと思っています。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 ミーナに挨拶しつつ、買い物を楽しむつもりだ。噂も集めてみよう。