【再起】桃髪の新人代官
馬車猪
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シナリオID:2191
オープニング
昨日まで荒野だった土地を馬が耕している。
授恵者でようやく使える重さの農具が硬い表面を砕いて土を掘り起こす。
あの日までは日常だった豊かな土のにおいが、微かに宙に漂った。
馬は1頭2頭という数ではない。
あの日に小麦畑だった土地に2頭ずつ、害獣や魔獣に壊された用水路に沿って10頭近くいる。
貧しい農村では考えられないほどの、凄まじい数と規模の労働力だ。
とても現実とは思えない。
あの日に村人を率いて逃げ、過酷な流浪生活に苦しみ、ようやくここに戻ってからも幼子にすらろくに食べさせられない生活だった。
なのに今、村人だけなら10年かけてもできるか分からない復旧工事が行われている。
乾いた笑いが漏れた。
これが夢なら現実に戻りたくない。
もう、彼は限界だった。
「聞こえないの? 村長が倒れても選び直す時間はあげられないわよ」
見慣れない声と見慣れない顔が近づいて来る。
決して大柄ではなく、月1で見回りにくる帝国軍兵士と比べると横幅は半分程度だ。
なのに怖い。
クリーパーに間近に迫られているかのように、体は恐怖で震え思考が空転する。
汗も止まらず酷い臭いがした。
「姐御! 村を囲う柵を作り始めちまっていいんですかい?」
荷車から太い杭を抱え上げた大男がそれに尋ねる。
大男は自分自身の半分の年齢と体重のそれ相手に、本心から納得した上で従順に振る舞っている。
「代官の部下が民を無視するつもり? いいから話を聞ける民を連れて来なさい」
「へい!」
桃色髪の自称代官が、昨日まで放棄される寸前だった村を王国風開拓村に作り替えようとしていた。
●
ある村長がショックで寝込む数日前。
帝国皇子レイウェストはヴァイセントラフ砦で悩んでいた。
「バルディオンは期待以上にやってくれているが……」
帝国軍司令官と南部鎮守都市ヴィント太守を兼ねる超人的働きをしているがそれが限界だ。
あの日から今までに多数の貴族と代官が討ち死にし、復興が進まぬ貴族領や直轄領がとても多いのだ。
魔獣やクリーパーの討伐が進んだ南部ですらそうなのだ。
金がない。
物資がない。
何より人材が足りない。
本格的な復興が始まった地域も余裕などないので引き抜けず、帝国出身の冒険者を引き抜くとギルドとの手切れになりかねないのでこれも無理だ。
「駄目だ」
レイウェストは思考が袋小路に入ってしまったことに気付き、砦の見回りをして兵士達を力づけようとした。
(馬が多い?)
いななきが普段の倍聞こえる気がする。
前庭に近付くほど音は大きくなり、庭に出ると大量の馬が出迎えた。
軍馬と違って気迫もない。
落ち着きもなく声ばかり大きい。
しかし重機としては非授恵者の兵士数人分にも匹敵する貴重な存在だ。
「全員頭を下げなさい」
馬が大人しくなる。
兵士でもない馬借や御者が、動作は見苦しくはあるが忠実に命令に従っている。
その先頭で恭しく跪いているのは桃色髪の少女。
所作も肌の色艶も貴族令嬢であるのに、纏った気配は高位の授恵者のものだ。
(何者だ?)
(帝国騎士の婚約者であることは確かです)
皇子は近くにいた士官から情報を受け取る。
「レイウェスト・バルダスだ。官姓名、およびここにいる目的を答えよ」
「平民のセニャと申します。帝国の復興事業に関わることを志し、全ての財産を馬と資材に換えてここへ参りました」
姿形は見目麗しい少女の言葉に、兵士達が感動する。
官吏や補給担当の士官は馬と荷馬車と大量の糧秣から目が離せない。
皇子も思いは同じだが、各国有力者相手の過酷な交渉で鍛えられた彼は油断を見せず余裕を崩さない。
「貢献には応えよう。何を求める」
「はい。許して頂けるなら、復興の間、指揮に必要な立場を」
「臨時の代官職か。そなたが自弁で復興させるのであれば報酬にはならないな」
少女が華やかに微笑む。
「成功報酬で構いません。私が復興した土地の10分の1の土地を任せて頂ければ」
「控えめだな」
本当に控えめだ。
新規開拓よりはマシとはいえ、通常なら貴族が時間をかけて取り組む大事業だ。
それを金も物も人も自弁で復旧させるのなら、数倍の報酬を望んでも強欲とはいえない。
「認めよう。復興する土地は関係部署の指示に従い、前任が生き残っているときは話を聞くように」
途中で破綻しても、村1つの代官職は与えようと内心考えている。
レイウェスト皇子は知らない。
砂漠の財宝を資金と物資に変えて帝国に持ち込んだこの少女は、伯爵代理の経験すらある王国人であった。
●
「依頼の説……」
冒険者ギルド職員の言葉は、魔獣の悲鳴でかき消された。
杭が大気を貫くたびに骨や肉が弾ける異音が響く。
農耕馬を狙って現れた狼型魔獣が、頭や腹の一部を失い地面に倒れて痙攣する。
「うるさくしてごめんなさい。続けて」
見張りは何をしてたの、すいやせんっ、と騒々しい会話がされている。
「依頼の説明を始めさせて頂きます」
職員は背後の騒ぎを完全に無視して話を続ける。
「帝国で新しい復興事業が立ち上げられました」
農耕馬と豊富な資材による農地と村落と防御施設の復旧。
政治に関わる帝国人なら誰しも1度は考え、予算という現実に負けて諦めたり規模を縮小したりする事業だ。
「予算は潤沢です」
元手は王国のイグノ砂漠奥地から回収した財宝だ。
人材について考えないなら、広範囲の復旧事業を行うのに十分な予算がある。
「方針は大規模な畜力導入による短期間での復旧です。
南から畑や村を直しては移動しを繰り返す予定だ。今回扱うのは帝国南部の村2つ。
「主要街道や復旧が進んでいる土地とは無縁の事業になりますので……」
人間にとって貴重な財産である農耕馬を賊から守る必要がある。
魔獣にとって食いごたえのある獲物である農耕馬を守る必要もある。
「盗賊や魔獣が頻繁に襲ってくると思われます。みなさんにお願いしたいのは農耕馬と村人の防衛です」
よほど危険でない限り農耕馬の作業を止める訳にはいかない。
参加した冒険者は賊や魔獣が現れ次第現地に急行して戦うか、少人数に別れて馬の護衛をすることになる。
「ここは帝国南部なので魔獣やクリーパーの掃討も進んでいます」
なので敵はそれほど強くない。
問題は防衛対象の多さだ。
「既に2つの村の復旧が始まっています」
ヴィントに近い方が害獣が少なく賊が多い。馬は1頭でも高額だ。山賊や強盗よりも、忍び込んで盗む賊の方が多いかもしれない。
ヴィントから遠い方が狼が多く出没する。セニャが雇った男達が時間稼ぎ出来る程度の相手だ。
「冒険者なら走って1時間で着く距離ですが1人で2つの村を同時に守るのは無理です」
複数の班に分かれての活動をお勧めしますと言って、職員は依頼の説明を終える。
「新人代官っぽい立場のセニャよ」
紫と金の瞳に悪戯っぽい光が浮かぶ。
「この復興事業は始まったばかりで実績もないし立場も不安定なの。助けてくれると嬉しいわ」
魔獣の血を吸った細剣を手に、にこやかに微笑んでいた。
解説
マスターより
リプレイ
「久しぶりだな、セニャ」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトがにこやかに話しかけると、桃色髪の新人代官がくすりと微笑んだ。
「久しぶりというほど時間は経っていないわよ」
言葉はそっけないのに響きは甘い。
「そうかもな。今日は一緒に開拓をするか」
アルベルトの言葉に、セニャは立てた指を自らの唇に当てることで返事とする。
少なくとも村人達にとっては村はまだ消えていないのだ。心情に配慮する必要があった。
ミア=リゼルは小首を傾げている。
(お手伝いに来たら、お世話になった先輩がいるのです。あれ……どうしてこんなところに……??)
ミアにとってはパンクリアース学園で下級生として世話になったことのある先輩だ。
しかも公的には行方不明で生死不明。
「おはようございます、依頼人さん。冒険者のミア=リゼルです。よろしくお願いします」
華奢な肢体を包むのは純白のドレスと白銀の鎧。
白いレースの日傘が日光を防ぎ、腰に下げているのは小花の装飾が施された細剣。
セニャと並べると誰が見てもミアの方が貴族令嬢らしい。
「代官のセニャよ。よろしく、冒険者さん」
懐かしいさと寂しさが一瞬だけ感じられた。
「セニャさんもう復興の許可取って動いてたんだー……判断が早い」
アルマ・ヴァレンタインの声は農耕馬の群れの中から聞こえた。
馬借が扱っているときと違う滑らかさで数頭ずつに別れて本来の持ち場に帰っていく。
「ということでお手伝いにきたよー!」
手を振る様は無邪気なお子様にも見える。
柄の悪い人足がちょっかいをかけようとして、エーテルの気配が少し分かる上役に青い顔で連れて行かれた。
(レイウェスト殿は帝国の為になるなら王国貴族だって起用するだろう。思惑は兎も角裏切る事はないだろうし腕も立つ事は見てわかる)
セニャの行状と実績と成績をようく知っているストレガ・L・リベルガストラは納得している。
少なくとも現時点では、皇子とセニャの利益は対立していない。
(セニャ殿は良い立場に就いたのだ)
農耕馬と村人の護衛依頼を完璧に実行するのはもちろん、復興事業について深く知るために村とその周辺を精力的に巡察し始める。
「ヴァイセントラフ砦からの通達です」
「確かに受け取ったわ」
書類を差し出すのが華奢で小柄なハーフビースト少女でも、受け取る側が一応令嬢に見える少女でも、濃い殺生とエーテルの気配を纏っていれば勘違いする馬鹿はいない。
皇子の代理人である代官という名目が、ベルク・オスマットの行動により事実に近づいていく。
「臨時とは言え代官職をこんな短時間で得るとか敏腕すぎじゃろ」
ベルクは新人代官を立てる態度を維持したまま、授恵者にのみ聞こえる音量でセニャへ言葉をなげかけた。
「アルマには言いそびれたけど本当に偶然よ」
セニャは素早く目を通して立ったまま返事をしたためる。
手元が不安定で普段より字が乱れているのに美しい。
「アルベルトの伝を使って許可を求めるつもりだったのだけどね」
機会に気付くのも機会を掴むのも上に立つ者の実力の一部。つまり皇子殿下は実力者ということねとセニャが言う。
おもねりでも皮肉でもない本心からの言葉だ。
ベルクは外見的には丁重な態度を維持したまま周囲を見る。
体格は比較的良いが人材の質としては下の下から下の中あたりの連中がほとんどで、なのに畏怖と餌により普通よりやや劣る程度に働いている。
あれから帝国軍が調べた所、王国からセニャについてきた家臣は国外で家畜と物資の調達に専念している。
つまりこの光景はセニャ単独の仕事だ。
「警戒するのは分かるがこれだけの才姫を腐らせようとした伯の評価が妾の中で駄々下がりなんじゃが」
セニャの兄に対する評価は既に底に達して潜りつつある。
「そう言わないであげて。四十路でようやく初めての子供で男子が産まれたのよ。即座に私を始末しなかっただけで十分理性的と思うわ。……事業を成功させた後で報復するけどね」
金の瞳が、獰猛に光った。
●
かつて鍛冶場だった小屋は痛み、中は道具ごと埃を被っていた。
「避難失敗か」
あの日の帝国ではありふれていた悲劇だ。
サイラスは埃を払って手に取り、持ち込んだ罠の調整に使う。
「隠密可能な魔獣ね」
複数の罠を軽々抱えて仕掛けに向かう。
小さな村だが畑と用水とまで含めるとかなりの広さであり、冒険者は手分けして警戒するしかなかった。
それから数時間して、予想外の場所から悲鳴があがった。
罠の作動音もしたが地面で魔獣がもがく音と悲鳴の方が大きい。
「油断したつもりはないんだけどな」
意識して悠然と進む。
馬は繊細だ。しかもここの村にいる農耕馬は戦闘訓練を受けていない。
非常に体格が良く攻撃手段も派手なサイラスが全力を出すと、馬が暴走し怪我人と負傷馬がでてしまう可能性大だった。
「近くで見ればいるのが分かるけどね」
特別大きな狼が、体格以上の力で罠を壊して怒りを露わにする。
サイラスの万力鎖が大気を貫く。
濃厚なエーテルをまとったそれは狼の回避能力を上回り毛と筋の防御をものともしない。
魔獣が内臓複数を破壊されて脱力し、急速に迫る死と苦痛で喘ぐことになる。
「世話が焼ける」
閃光塗弾が誤って作動しないよう懐に仕舞い、エーテルを使って近くにいた農耕馬の至近へ移動する。
翼にも見えるエーテルが消える前に、重く勢いのある何かがぶつかり砕け散る。
「買取値が下がる色してる……」
枯れかけた地面に紛れ込む狼の色は、華やかでも美しくもない。
移動速度はさほど変わらず、しかし射程でも破壊力でも圧倒するサイラスは一切の逃亡を許さず2頭の魔獣を叩き殺すのだった。
「新人代官様よぉ、見切り発車が過ぎるんじゃねぇか?」
ハヤト=ガラン=ヴォルファングの言葉は荒く揶揄いの色も濃いが、心配する気持ちも強かった。
セニャが始めた事業の意義は分かるし巧くやっているとは思う。
それでも、安全確認が不十分なまま走り出してしまった馬車のような気配もあるのだ。
「悠長に準備していたら畑も家も消えてしまうわ。手入れがされないと消えるのはすぐよ」
「それは分かるがな」
鼻を微かに動かす。
超嗅覚で感じられるのは土と砂のにおいばかりだが他のにおいもある。
人間や馬の体臭や、肉食獣の臭いだ。
「俺の鼻から逃げられると思うなよ……」
探波で地形を正確に捉えて捜波で生き物の有無と位置を特定する。
「1、2、そこにもだ」
腐れ縁の現帝国代官は、ハヤトの指示に即座に従い移動を終えた。
桃色髪が背中に戻るより早く杭が繰り出され、3つの穴が開いた狼が地面に倒れる。
「さ~て、新人代官様のお手柄に力を貸すとしますかね」
拳を握りしめると生き残りの狼が警戒する。
が、ハヤトは時間稼ぎするかのように距離を保つ。
(捜波や双波を使えるのは俺以外には南の村へ1人だけときた。人足でも時間稼ぎだけならできそうな奴だが……)
緊張に耐えきれずに狼が飛びかかってくる。
ハヤトはわずかに下がって衝突時のタイミングを支配する。
狼の鼻へ拳を、喉に刃を、守りが消えた腹に籠手に埋め込まれた爪牙を叩き込み背骨まで届かせる。
そして残心ではなく再加速。
セニャが処理しきれなかった狼の前に立ち塞がり農耕馬への接近を防ぐ。
「ここにお前等の食い物はねーよ」
また1つ、死骸が増えた。
「狩りの準備はしてこなかったのだ」
道具は置いてきたが知識はある。
巡察で把握した馬と人と建物の位置の情報をもとに、ストレガは魔獣の行動を予測する。
狙いを絞って足跡を探して耳を使う。
2、3頭いそうだ。
「おーい!」
そのうちの1頭は、ハヤトがマークしたのを教えてくれた。
「戦場は狭義では村、広義では帝国南部なのだ」
狼が1度に現れるとは限らない。
ストレガは今のように少数見つけたときは光弾だけで片付ける。
「……最低限の下ごしらえだけなのだ」
冷やすために縄をかけて小川に放り込んでいると、上流で水を飲んでいる馬達に近づく小さな音に気付いた。
「使い時なのだ」
馬を驚かせるのを避けるため、光が強い雷蛇禍ではなく重力場を使う。
忍び寄っていた狼が動揺し、聞こえる足音が4頭分に増えた。
「任せるのだ」
馬が怯えて騒ぎ出す前に狼の群れへ突撃。
ウォーリアではないので突撃用スキルもなく物理的な攻撃力も低く、しかしストレガが巻き起こした氷嵐は毛も皮膚も肉も関係なく切り刻む。
倒れるのを免れた大柄な個体が反撃を試み、しかしストレガが展開したバリアを貫くこともできなかった。
「行くぞセニャ! 俺たちの力を見せつけるぞ!」
見回り中だったアルベルトとセニャが合流する。
「狼型魔獣共め! 貴様を殲滅する!」
「後ろからも来るのだ」
「任せた!!」
アルベルトは迷いなく前へ出る。
複数方向から、1方向を除いてほぼ死角から攻撃されても止まらない。
左後方からの体当たりは盾で防いで、右からの足首への噛みつきは輝くエーテルを装甲に収束させて耐える。
「帝国は俺が守る!」
巨大な光を放つ大太刀を旋回させる。
光は刀身を超え肩まで覆い、至近距離も前方も関係なく敵を蹂躙。死にかけの残骸だけが地面に転がった。
「防衛戦は本当に強いのよね」
「見ているだけでなく働くのだ代官」
アルベルトを恐れて逃げようとした群れをストレガの術が足止めする。
セニャは軽く息を吐き、ストレガと共に淡々と片付けていった。
●
「それじゃお馬さんの負担が大きすぎるかな」
アルマは村の北側で護衛兼現場監督をしている。
士官ほどの戦術知識はないが多種かつ大量の戦闘経験はあるし牧畜知識で馬への負担の予想可能だ。
馬の生活と防衛の両方に役立つ形で完成するよう指揮して柵を建てさせながら、人足への差し入れと兼ねて狼おびき寄せのための肉を焼く。
馬には「動物のおやつ」だ。
「来た!」
光縛封で柵とは比較にならない強度の障害物を出現させる。
約15秒で消えるが今はその時間こそが重要だ。
「しつこい!」
狼も生きることには真剣だ。
迎撃の魔矢に囮を差し出しつつ、主力に柵を跳び越えさせ逃げ遅れた馬を狙おうとする。
気合いの入った人足が足止めするが1頭がすり抜けて、怯えた農耕馬の足に噛みついた。
ひひーん、という断末魔は響かない。
アルマがスケープセイントでダメージを引き受けたので馬は無傷だ。
なお、馬にとっては再起不能級のダメージだがアルマにとってはちょっと痛いだけだ。
十字架型の鈍器が振り下ろされ、戦闘不能の狼がまた1つ増えた。
「確かに農耕馬は貴重な財産ではありますが……」
傘を差して考え込むミアに、移動中の農耕馬が軽く頭を下げた。
単身でセニャに勝てる可能性のある強者であるからかもしれない。
「すぐ手に入るような食糧や生活用品を狙わないということは、賊もそこまで生活に差し迫るものがないということなのでしょうか……あるいは馬を奪ってすぐに換金できる伝手があるのか……」
荒野から離れ、人間の領域の奥に行くほど寄生虫が増える。
「相手は非授恵者とのことですので、あまり手荒なことはしたくないのですが」
風が吹く。
人足が目が目を覆い、馬が嫌がってその場をぐるぐるする。
ミアは日傘で風を受け流し、全く揺れもせずに遠くから近付く十数の人影に気付く。
「むずかしいかもしれません」
殺さず事態を収拾するのは、殺して静かにさせるより大変なのだ。
●
「慌てる必要はありません。わたし達が必ず守ります」
ミィアは怯える家畜に言葉と態度で語りかけている。
賊が侵入したことを認識した上での冷静な態度に触れ、語りかけられた馬は落ち着き近くにいた馬もミィアにすがるように近づいて来る。
内心のよからぬ企みが顔に出た若者が、左右から退路を断つ動きでミィアに迫る。
「あなた達、その道を通って厩舎で待っていてください」
ミィアは賊を相手にせず家畜達に優しく指示する。
普段は都市の外縁でゆすりたかりをしている男達は、相手にされていないことに気付いて激高した。
「使い慣れない刃物は貴方達自身を傷つけるわ」
ミィアは敵に対しては冷静だ。
真横からのナイフによる刺突を、最初から見えているかのように余裕をもって回避する。
「もっとも」
祭刀を中心に光が溢れて特大の鉄槌の形をとる。
「今から武器を手放しても遅い」
「組み付け!」
「馬を盾にっ」
賊の企みは光塊の一閃で砕け散る。
障害物も味方もすりぬけ、賊にだけ痛打を浴びせたのだ。
「尋問は得意な方に任せます」
静かに見下ろすミィアの目は、出荷される家畜を見る目に似ていた。
●
フェミナ・ノ・リビディーネは誰よりも早くその優れた目で敵の接近に気付いていた。
「賊が出ました。農耕馬と人足の方は私の後ろに集まってください」
馬も人も動きが鈍い。
冒険者を信用しているが集団行動に慣れていないのだ。
(せっかく復興してきた所を襲うなんて絶対許せません)
自らより他者を優先する傾向が強いフェミナは、人足達を落ち着かせるため悠然たる態度を選択していているが内心ではとても怒っている。
(これ以上被害が出る前に解決してしまいましょう)
思い浮かべた手段はどれもかなり苛烈だ。これも彼女の一面だった
「おーい、取り引きを」
一応商人のふりをしていた職業犯罪者達に、身の丈を超える棍で打ちかかる。
美貌と男を魅惑する体とは正反対に、冷たい殺意と技術が先端まで行き届いている。
胸を強く打たれた男が倒れて嘔吐する。
「やりやがったな」
商人と言い張るには武装が物騒な男達が、人と家畜を浚うのを慣れた動きでフェミナを包囲する。
ここで人足や馬を目指せば、少しは展開が変わっていたかもしれない。
フェミナの思う通りに誘導されているので無意味な仮定だが。
「突っ立てるだけで終わる仕事と思ったんだがな」
ケン・Z・ブラッドリーが姿を現す。
ヒューマン基準では大柄ではなく、しかしその武威を甘く見る者は馬鹿しかいない。
大太刀という大きな武器を片手で持っても切っ先は静止したままで、ケンの体力と戦闘技術がずば抜けたものであることが本能的に分かってしまう。
「さっきまでの威勢はどうした。その縄で手足を縛って自首すれば……」
アルベルトの知り合い(?)の顔を思い浮かべて肩をすくめる。
「苦しまずにすませてくれるんじゃねぇか?」
「ふざけやがって」
手斧が投擲される。
ケンは動き始めも斧の回転も全て把握し、盾を使うことすらせず半歩前に出て躱す。
地面にぶつかった斧の刃の一部が欠け、明後日の方向へ滑っていった。
「そいじゃ、ま……さっさと終わらせちまおうか」
フェミナが祈り、ケンの刃が輝きを増す。
大型武器であるのによく研がれたカミソリのように鋭そうで、複数の賊が無意識に唾を飲み込み冷や汗を流す。
(まだ逃げないとは舐められたもんだ)
突撃。
戦闘開始まで時間があると思っていた賊が防御も陣形も間に合わない。
加速のため膝の高さまで姿勢を落としていたケンが、そのままの体勢で地面と水平に大太刀を振るう。
避け辛いのは、副次的効果でしかなかった。
「ぁ」
賊が現実を認識できない。
最も効率の良い速度と角度で当たった刃により、革の防具も太い骨も関係なく切断されたのだ。
腹や頭に当たれば即死があり得たことを考えれば、足の1本か2本で済んだのは幸運かもしれない。
賊達は受け身もとれずに地面に打ち付けられ、痛みに悶えながら傷口を押さえて絶叫した。
「騒ぐな。こいつらはあんた等の命や財産を奪いに来たんだ」
血の惨劇に動揺しかけた人足達や馬が急に落ち着く。恐怖を怒りが上回ったのだ。
「さて、仕掛けてきたのはてめぇらだ……いまさら逃げれると思うなよ」
手当をしようなどと思わず、殺害より封殺を目的に殺気をぶつける。
巻きこまれた賊は逃げることもできなくなるが、運良く効果範囲外だった者もいた。
「私がいる戦場で脱落者を出すわけにはいきません。皆様もう少し耐えてください。今、回復いたします」
フェミナのヒールの対象は馬と非授恵者だ。
慌てて地面や荷物に体をぶつけたり、馬と馬や馬と人がぶつかったりで軽度の負傷者がかなりの割合でいる。
負傷は落ち着きを妨げる。
フェミナの目的のためには必要な行為だ。
「逃がしませんし、傷つけさせもしません」
治療を終えて追撃する。
白兵戦ではフェミナはケンに劣る。
一撃で殺しかねない威力もないし、それを複数相手に使う技もない。
それでも、授恵者ですらない賊に追い付き長い棒で小突き回すには十分以上の実力がある。
「やめっ」
賊が命乞いをしても止めない。
まだ武器も捨てていないし、ここで逃がせば武力を持たず護衛もいない人々が見えるからだ。
棒が止まる。
賊がほっとする。
もう1人の賊がフェミナに追い付かれて足止めされ、直前まで戦っていた賊はケンに近づかれて武器を捨てその場に四つん這いになり必死に命乞いをする。
「多いな」
「……はい」
賊の多さに、少し困惑する2人であった。
いくつもある馬のたまり場の1つに、忍び足で近づく余所者がいた。
「休憩中のお馬さんに近づくなんて」
やれやれです、と首をふる仕草にも品がある。
ドレスの裾を乱さず静かに駈ける。
怪しい人間が気付いたときには、ミアの剣の間合になっている。
「すみません、案内を」
ふわりと動いた日傘が、不意討ちのナイフを横へと逸らす。
ミアを人質にするつもりだった賊は、ほとんど無意識の動きでミアに殴りかかろうとして今度はミアの細剣で手の甲を削られる。
花弁のように散るエーテルに重なるように、血と骨の欠片が混じっていた。
●
(帝国領に王国貴族関係のが入り込んだとか次期侯爵の恋人としていたとしてもしーらない)
サイラスは気付いた上で知らないふりをして、魔獣の死体の運搬や防御施設建設のための資材運びを手伝っている。
並の馬よりずっと力強いサイラスに、農耕馬も人足も呆気にとられている。
「その毛皮、使えるのは使えるだろうけどさー」
「防寒具として使えるなら十分なのだ。厩の守りの強化は頼むのだ」
ストレガは戦闘中より忙しい。
血抜き、戦場、皮剥ぎ、骨抜き。
干肉と皮は村の助けになり、内臓は中身を調べることで魔獣の生態と近隣の状況を推測するための手がかりにする。内臓はその後焼却だ。
乾燥を兼ねてトーテムとして組んだ皮と骨は、魔獣や賊に対する強烈な威嚇であると同時に、ゴブリンの関与を高らかに宣言しているように見えた。
「はい、もうだいじょうぶです」
フェミナに手当をされた人足も馬も彼女に対しては従順だ。
「成功報酬が10分の1だけって話だし後々は軸になる産業のある村を自領に組み入れたい所だけど、まずは羊さんを育ててた北側の村を再興させて実績に上乗せしてみるとかー……?」
「1つの村に時間をかける訳にはいかないと思うの。家も畑も人の手が入らなくなると急速に劣化するでしょう?」
「それは分かるけどー……」
アルマとセニャが話し込んでいる。
アルマはセニャの実家が新規事業を立ち上げるときに関わったことがあり、牧畜については実績がある。
「羊さんなら毛の付いた皮と毛だけでも帰還民さんも増えて寒さの厳しい帝国で需要が多いだろうし、お肉もすこーしにおいや固さがあるけどしっかりした旨みのある通常肉のマトンとクセがなくてそのまま上流階層向けの高級食材になる若いラム肉の2本立てができる強みで軌道にのせればリーラントの鶏さんを超えるポテンシャルがあるかなーって」
だからとても熱心で少し早口だ。
「ある程度復興できたら帝国に引き渡すつもりなのよ」
「そんなー……」
「仕方がないじゃない。アルマが代官か貴族なら私から渡すことも……ごめん今のなし。忘れて」
信頼する相手との会話ではセニャの口も少し軽くなる。
「そもそもこの事業、アルマの家畜所有証明を見て没プランの流用を思いついたのが発端……ってこれも忘れて」
とても、軽くなっているのかもしれない。
「セニャ。帝国はいい所だろ?」
アルベルトは誇らしげだ。
故国が消えていた状況からここまで持ち直せたことと、そこに自らも関与していることも誇っている。
「ええ、私が得たものだけで挑戦できるなんて夢のようよ」
実家から切り捨てられても日の当たる場所にいられるのは、アルベルトに口説き落とされたからだ。
「いつでも俺を呼んでくれ!」
にやりと笑い、アルベルトが力強く断言した。
日が落ち、廃屋から光が漏れていた。
「ここは今臨時とは言え代官であるセニアーラ殿が居り、馬はセニアーラ殿の資財。これはつまり一時的とはいえ殿下の資財ともいえる状況である、何が言いたいか? 殿下の財を騙し取ろうというなら命はいらんのであろう?」
ベルクは降って湧いた力に酔う未熟者ではなく、与えられた力も道具として使いこなす専門家だ。
代理とはいえ領主経験者であるセニャから暗黙の了解も得て、ベルクはとても手際よく情報収集を行っている。
「なんであんたみたいなのが代官の手下」
言い終える前に痛みで悶絶する。
ベルクはレイウェスト皇子の配下であってセニャの部下では断じてない。
残留思念感応と洞察術という、準備と時間の余裕があるなら情報抜き取り放題のスキルを駆使。
「全く裏がないというのも新鮮じゃな。さて、賊の類なら塒があるはず、こんなご時世じゃから数は少ないだろうが多少の蓄えはあるから根こそぎ回収すれば今後の足しにはなるだろう」
ゴールディのときと違って仲介料を払う必要もないからなと、酷薄な笑みを浮かべて賊達を戦慄させる。
「生活に困っているのなら、復興作業に従事することで生活できるようにしてくれるってセニャさんが言っていました」
外から聞こえるミアの穏やかな言葉は、タイミングも内容も最高の説得であった。
帝国代官セニャが復興を担当中の村は2つ。
来週には3つめにとりかかる予定である。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:多い10 / 6〜10人
2022年05月27日 01時43分05秒 公開
参加者
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー とりあえず北は狼中心、南は人間中心時々狼 狼は看破とかないと低隠蔽で奇襲され放題の危険がある、代わりに弱い。 とかかね? とりあえず二手に分かれてそれぞれ村守る、看破や洞察、双波とか索敵系があると良し(特に北側)、襲撃で馬が暴れる可能性もあるし動物交感とか宥める手段があると良い?かね
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! そうだな、今回は南北2班に分かれての対応が良さそーだな。 俺は《双波》も《看破》も使えるから北側でも良いが、他の面子の希望にも合わせるつもりだぜ!
ヒーラーのミィアです。 動物交感をつかい、南側の村で水路、畑、村と避難誘導しようと思います。 もちろん必要でしたら北側の村でもかまいません。 よろしくお願いします。
ヒーラーのアルマだよ、どーぞよろしくねー 今のところは看破ー…と復興にお役立ちしそうなスキルで 北側の村を担当しようかなと思ってるよ
ヒーラーのミア=リゼルです。よろしくお願いしますね。 ふむふむ……敵はいずれも説得は難しそうな相手。懲らしめてしまいましょう! でも、南側の敵さんは…お馬さんを狙うんですね? 掠奪行為を行うにしても、食糧ではなく農耕馬を狙うというのは、何か意図あってのことなんでしょうか…少し気にかかります。考え過ぎならいいんですけど… というわけで、もしよければ南側に行こうかと考えています。【祈雷】を使う予定ですので、発動まで守ってくださる方がいらっしゃると心強いのですが…
No.6
南希望多いし北行くわ 看破持ち込んでこうかと
ストレガなのだ。よろしくなのだ。 私も北へ。馬は喰わせぬ。そして狼は喰える。 移動3ならグラビティで無力化できるのだ。
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 俺は、北側の村に行く予定だぜ。 俺も『看破』を持ち込む予定だ。狼型魔獣を殲滅してやるぜ。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 え~と二人に分かれるのは確定として、現在の班分けは北が4の南が2、未定1か。 南に行くとしよう。 北集落 ・アルマ ・サイラス ・ストレガ ・アルベルト 南集落 ・ミィア ・ミア ・ベルク 未定 ・ハヤト殿
んじゃ、ひとまず俺も北ってことにしとくぜ! 調整が必要になりゃ変更も構わねぇ。 北集落 ・アルマ ・サイラス ・ストレガ ・アルベルト ・ハヤト 南集落 ・ミィア ・ミア ・ベルク
シーフで新人代官(?)のセニャよ。よろしくね。 質問があれば、現地に到着した瞬間までに分かること限定で回答可能よ。
顔出しが遅れてすまん ウォーリアーのケンだ そうだな・・・・南北に分かれて殲滅でいいと思うぜ んじゃ、俺は人で少ない南側に回ろう 北集落 ・アルマ ・サイラス ・ストレガ ・アルベルト ・ハヤト 南集落 ・ミィア ・ミア ・ベルク ・ケン ところで臨時代官のセニャも俺らと一緒に討伐に当たるってことでいいのか? その場合は・・・・・やっぱりアルベルトと同じ方で動くってみていいんだろうか?
遅れてしまい申し訳ありません。 私はヒーラーのフェミナ・ノ・リビディーネと申します。 今回はよろしくお願いいたしますね 今の割り振りでいきますと私は南側集落に回ったほうがよろしいでしょうか?
あわわ、気づけば出発前日になってましたごめんなさい!フェミナさんも来られるのであればぜひ!頼りにさせていただきますね