【花戦】金雀枝の花嫁
久生夕貴
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シナリオID:2152
オープニング
二月の椿祭りで春を呼び、待ち望んだ季節の到来に町中が活気づいていた。
色とりどりの花が咲き、新しい命が芽吹き始めるこの時期は、シャルガネのあちこちで『はないくさ』のお祭りが開催されている。
イヨ地区も例外ではなく、今年も豊穣を祈願する『金雀枝祭り』が始まっていた。
「なるほど、この花が金雀枝というのですね! 富と豊穣のシンボルと呼ばれるだけあって、見事なものです」
祭り会場を訪れた赤髪のエルフは、あちこちで咲き乱れる鮮やかな黄色花を満足そうに眺めた。
枝いっぱいに咲き誇るそれらは、見ているだけで気持ちを華やかにしてくれる。
「おっと、急がなければ遅れてしまいますね」
彼の目的は、このお祭りのメインイベントである、『金雀枝の花嫁』に参加すること。
この催しは富と豊穣のシンボルである金雀枝で飾り立てた花嫁たちを、その美しさに引き寄せられた妖精たちが捕まえるのだそうだ。
花嫁がひとりでも逃げ切れば、今年の豊作は叶うのだとか。
彼は確信している。
豊穣祭における”救い”は、めいっぱい盛り上げてこそ。
そのために、あらゆる手段を講じていた――
●イベント会場
「な……なんでおぬしがおるのだ……」
『金雀枝の花嫁』会場に到着したリゲル・ルースティカは、死んでも会いたくなかった人物が輝く笑顔で立っているのに愕然とした。
外見だけは美丈夫であるアルニラム・コンドルが、リゲルの姿を認めた瞬間、感極まった様子で近づいてくる。
「やあリゲル! ようやく……ようやく、君と会えましたね。最後に会ってから2,152日ぶりでしょうか。君に投げつけられたみかんの皮も、すっかり乾ききってしまいましたよ」
「こっちへ来るでない! アルニラム、わしを騙しおったな!」
怒りでわなわなと震えるリゲルを見て、アルニラムは不思議そうに小首を傾げた。
「騙すなんてとんでもない。僕は正式に”依頼”しただけですよ」
一週間ほど前、ギルド職員であるリゲルの元に、冒険者への依頼が届いた。
”シャルガネのイヨ地区で開催される『金雀枝の花嫁』祭りに参加してほしい”
やたらと長い依頼理由を要約するに、今年は祭りが始まってから100周年を迎える年で、いつもより大がかりな祭りにしたいとのこと。
そのため冒険者を招待し、メインイベントである『金雀枝の花嫁』を盛り上げて欲しいというものだった。
この手の依頼は珍しくないため、リゲルは疑問に思うこともなく参加者を募り自分も引率することにした。
というのも、イヨ地区は個人的に馴染みが深く、依頼書にリゲルにも来て欲しいと書いてあったからだ。
リゲルは己の迂闊さを呪った。
しかし一度依頼を引き受けた以上、後の祭りであることもわかっている。
一方、集められた冒険者たちの前で、アルニラムは謎の演説を始めていた。
「僕はね、日頃から不思議に思っていることがあるんです。なぜ多くのひとは特定の相手にのみ、夢中になるのでしょうね」
その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいるが、事情を知っている者には電波なソレにしか見えない。
「執着対象がひとりだと、その相手が居なくなったときに困るじゃないですか。たくさんいたほうが喜びは多く、絶望は少なくすみます。僕のいうこと間違ってますか?」
ちょっと何言ってるのかわからない。
周囲が困惑するなか、アルニラムは満面の笑みで宣言した。
「だからね、リゲル。僕は君だけでなく、全員手に入れたいんですよ」
しんと静まり返る中、白目をむくリゲルの隣で冒険者たちは悟った。
あーこれ完全にヤバいやつだ。
「ああそんなに身構えなくても大丈夫ですよ! これはあくまでゲームですからね」
うん、つまりはこういうことだ。
全員、本気でやらないと(色んな意味で)死ぬ。
解説
マスターより
リプレイ
「まぁ、とても華やかなお祭りですわね……!」
鮮やかな黄色に彩られた会場を見渡し、ネーヴェ・グラヌローザが瞳を輝かせた。
「お祭りを盛り上げるため、尽力致しますわ。殿方にはその、女装をさせても?」
「ええもちろんですよ!」
満面の笑みで応えたアルニラム・コンドルは、光の速さでリゲル・ルースティカを担いでくる。
ある意味この二人、方向性が一致している。
彼らのやりとりにナハシュは爆笑しながら、アルニラムに声をかけた。
「お前の言うことは、俺も知りてえんだよな」
なぜ、多くの人は特定の他者に執着するのか。
悲観、諦観、闇を背負うだなんてことは一切なく、ただ純粋に疑問に思う。
「ああ君もこちら側なんですね」
アルニラムは微笑みながら、嬉しそうに頷いた。
レティシア・レインフィールはもらい事故感を覚えつつも、隣で死んだ魚の目をしている、リゲルを気遣う。
「どうかお気を確かに。後で私の愛用の胃腸薬を差し上げますね」
「お、おお……すまぬな。おぬしらに気を遣わせて」
「いえ。リゲル様の様子から、それなりの過去が推測されますので」
冷静な微笑みが、むしろ刺さる。
エルファリアは極力アレの視界に入らないようにしつつ。
(ルースティカさんには「主な執着対象のようでご愁傷様です」と同情すべきか「ちゃんと見抜いてほしかった」と文句を言うべきか、難しいですが……)
とはいえ、共にアレから逃げる立場に変わりはないのならと、ひと言。
「頑張りましょう」
今後のためにアレへの対処経験者とのコネは必要ですので、ええ。
一方、カイン・ステラは切ない目をしていた。
「花嫁か……俺は花婿じゃねーのか」
2月の椿祭りに参加した縁で、今回の祭りも参加することにしたのだが。
来てみたらまさかの花嫁側だった。
懇意の職員曰く「ママが花嫁じゃないのはおかしいから」と手続したらしい。
金雀枝の花飾りとヴェール、フード付きの白マント。
カインの精悍な肉体は、ネーヴェの善意なる技術により見事に飾り立てられていた。
不本意ながら、だいぶ目立っている。
その隣では、同じく花嫁側で仁王立ちしていたキーゼが、表情筋の死んだ顔で宣言した。
「この日、妖精は思い出した。真に狩られる存在はどちらであったかと……」
めっちゃ派手なドレスで身を包み、キュートな花飾りを頭に付け、完璧なメイクを施されている。
「キーゼさん、とても美しいですわ……」
満足そうに微笑む恋人へ、真顔で頷く。
「ええ。参加する以上は手を抜きませんよ」
彼は理解していた。
これはネジの外れ具合を争う新スタイル。※個人の見解です
金雀枝祭りの新たな(黒)歴史を刻むために、最善を尽くすのだと……!
キーゼが玄人の出オチを披露するさまを、シファーは興味深く眺めていた。
「これが……玄人の楽しみ方……シファー、覚えた」
本当に覚えて大丈夫かと心配になるが、彼女はやる気だ。
「……逃げればいい? わかった。シファー、盗……追い……おいかけっこ、得意だから」
細かい話はよくわからないが、様子のおかしいエルフたちから逃げ切れ、と言うことだけはわかった。
ここは玄人の盗……逃走者としてやってみせる。
「ああ、この町も美しいね」
咲き誇る金雀枝を眺め、シルヴィア・A・カペルは故郷を思い浮かべていた。
カペル領にも花の祭りは多く、領民が企画したイベントもある。今日は花戦の祭りを視察する名目で訪れていたのだが。
「せっかくの機会だ。祭りを楽しもう」
ええそれはもう、心から本気で(笑顔)。
花嫁達を飾り立てる金雀枝が、陽の光で匂い立つ。
花嫁を巡る戦いが、始まった。
●屋台エリア
ここをスタート地点に選んだカインは、白マントを翻しながら立ち並ぶ屋台の間を駆け抜けていく。
「ラン、後ろは頼んだぞ」
自身も探知エーテルを走らせ妖精の気配を探り、死角は相棒の目を借りる。
「お、みかん屋台もあるな」
後で土産を買うかと考えつつ、屋台の裏手側へ回ると花飾りとヴェールを取り、茂みへ放り投げた。
(潜伏偽装には弱いだろうが)
周囲にマントを印象づけ、あえて痕跡を残しておく作戦だ。
同じ頃、シファーは気配を消しつつ、あちこちから漂ってくる美味しそうな香りに目を見開いていた。
「はっ……ごはんの匂い」
しょう油の焼ける香ばしい匂い、砂糖菓子の甘い香り、そしてみかんの爽やかな香りが、彼女を誘惑する。
「お、さっそく一人はっけーん!」
開始後いの一番に屋台エリアへ来ていたナハシュが、興が乗ったように駆けだす。
ごはんに反応したシファーの隠蔽を、彼の探知力が看破した。
見つけてしまえば、追跡はお手の物。瞬間的に加速し距離を詰めると、母蜘蛛糸のロープを飛ばす。
「あっ……」
シファーが気づいた時には、粘着性の紐が足に貼りついていた。
「へーい1本釣り!!」
ナハシュがロープを引っ張った途端、シファーの体が宙に浮く。咄嗟に切断し逃げようとしたものの、ナハシュの速さには敵わない。
「ほい、花嫁捕獲っと!」
掬い上げるようにシファーを掲げれば、拍手と歓声があちこちから湧き上がる。
「うう……むねん……」
開始早々に捕ってしまい、シファーはうなだれた。
ナハシュの作戦が見事だったとはいえ、これでは玄人の盗……逃走者としての矜持が――
「はっ……ごはんの匂い(二度目)」
「ん、これか?」
ナハシュが手にしていたのは、香ばしい匂いを放つ焼きそば。逃げる花嫁にぶつけて目印にするつもりだったものだ。
「これ、とてもいい匂い……」
「だよなー。食うか?」
差し出すナハシュにこの人神かと感動していると、見ていた観客からも次々に屋台飯が差し入れられた。
矜持<(越えられない壁)<<<ごはん
シファーのメンタルは復活した。
●
一方、ダンスエリア。
踊る人々の合間で、キーゼは真顔で踊りながら呟いた。
「木を隠すなら森の中。ドレス姿ならダンスの中ですね」
普通に目立っている。
そんな彼を標的にやってきたネーヴェは、エリア侵入0.1秒で恋人を発見した。
「ふふふ、キーゼさん見つけましたわ」
看破とかいらんかったレベルだが、相手も恋人が来るであろうことは百も承知。
「見つかってしまいましたか。仕方ありませんね」
キーゼはルールを熟読していた。
相手を傷つける武器やスキルは使用不可と書いてあったが、殴ってはいけないとは書かれていない。
「つまり打撃ならば実質ダメージゼロですね?(天才的発想)」
むしろこのために自分はヒーラーになったのかもしれない。
翻るドレスの裾、チラ見えする白いガーターベルトと黒のブーメラン水着。
この世の地獄をまき散らしながら、容赦無い蹴りが繰り出される。
キーゼはネーヴェのすねを攻撃した!
痛いのに回復した!
チラ見えで観客は精神的ダメージを受けた!
「やりますわね!」
脛への攻撃でバランスを崩しながらも、ネーヴェは即座に閃光塗弾を叩きつける。目くらましでキーゼが一瞬ひるんだ隙を狙い、遠慮なくぶん殴った。
「リヴァーしながら殴ればよいと、教えていただきましたので(笑顔)」
吹っ飛んだキーゼは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「いいですね、それでこそ貴女です」
よろしい、ならば戦争だ。
●
二人の地獄ぶりに巻き込まれまいとした他の面々は、各自距離を取りつつ備えていた。
シルヴィアは人々にまざって優雅なダンスを披露しながら、周囲を気にかける。その近くではレティシアとリゲルが各々物陰に隠れ辺りを伺っていた。
一方、エルファリアは比較的目立つ位置で待機している。
その様子は隠れるというよりは、むしろ待ち伏せているといってもいいが、彼女なりの考えがあった。
(この依頼の目的は『祭りを盛り上げる』ことですし……。こういった隙をあえて作るのも、アリではないかと)
一般客に見える形で、逃走劇を披露する。
ある意味大胆で、だからこそ彼はそれに応えた。
「やはりここは華があっていいですね!」
意気揚々とやってきた妖精が、速攻でエルファリアを発見。
「早速見つけましたね。僕の花嫁!」
「はあ……やっぱり来ましたか」
嫌な予感はしていたけど。
まあそうなるよねって思ったけど!
「僕のとかいうの止めてもらえますか。風評被害に遭うので」
「相変わらずそのつれない態度、いいですね。君といつか蟷螂の求愛について語り合いたいものです」
うわー死んでほしい。
エルファリアは逃走体制に入りながら、半ば無駄だと思いつつ牽制する。
「わざわざ呼んだ冒険者が早々に脱落したら、盛り上げの失敗なのでは?」
「そんなことはありません! 君みたいな人こそ、僕に捕まるのを皆見たがっているのですから!」
あーほんと死んでほしい。
無駄に観衆心理を理解しているところが、余計にイラつく。
彼女は判断した。アレを喜ばせるくらいなら、他の妖精に捕まった方がマシだ。
脱兎が駆けだし、鷹が追う。
ハイスピードで繰り広げられる鬼ごっこに、歓声が上がる。
「……っ」
進路を塞ぐように、アルニラムが回り込んだ。避けようとした次の瞬間、エルファリアの体が浮き上がる。
「捕まえましたよ!」
湧き上がる歓声、お姫様抱っこ、輝く笑顔と泡立つ鳥肌。
エルファリアは無になった。
「……盛り上がったからよしとしましょう」
彼女が生贄になっている間に、シルヴィアは人ごみに紛れて逃走。一方物陰で一部始終を見ていたレティシアが、留まるかどうか思案した時。
「久しぶりですね、秋祭り以来ですか?」
いつの間にか傍にいた紅鷹に、唖然となる。
「……見事です」
「僕は待つのと隠れるのは得意ですから」
にっこりと微笑んだアルニラムは、エルファリアを捕まえた直後に潜行し、エリア内を捜索していたようだ。
レティシアは平静を保ちつつ、会話で時間稼ぎを試みる。
「私が貴方にお会いしたのは、バスキア邸だったと記憶しておりますが」
「ああ、そうでした! 秋祭りでは僕が一方的に見ていたんでした」
「(気持ち悪い発言はスルーし)ところでリゲル様との会話から推測致しますに……つまり、長年求婚をなさっておられるのですか?」
ドゥジンシ的知識ゼロがゆえの直球質問に、アルニラムは首を傾げる。
「求婚は相手に受け入れられるためのものでしょう? 僕には必要ありません。彼が受け入れるかどうか、関係ありませんから」
あーそういうこと。
真正ストーカーぶりに周囲がドン引きする中、レティシアは挫けない。
「貴族の殿方で側室をお持ちになる方は珍しくはございませんし、同性の方を好まれる方もいらっしゃると伺っておりますが……」
まさか、お気に召した冒険者の皆様も対象だと? と問いつつ。
「仮にそうだとしても私、既に婚約しておりますので……」
「ああ大丈夫ですよ、君も婚約者もまとめて幸せにしますからね!」
あ、そっち?
そっちいったかーと観客が二人のやり取りをもはや一種の余興として見守りだした時。
突然現れた光の檻が、アルニラムを閉じ込めた。
「おぬしが隙を作ってくれたおかげで、何とかなったのう」
姿を見せたリゲルに、鷹の目がうっとりと輝いた。
「ああリゲル。君が僕を捕まえてくれるなんて、この上ない悦びですね」
「黙れ話しかけるな。レティシア、ここはわしに任せて逃げよ」
「ですが……」
「おぬしは失うものがあるであろう?」
エルファリアは距離の関係で叶わなかったが、せめて彼女だけでもと送り出す。
「どうかご無事で……!」
レティシアは駆けだした。それはもう前だけを見て。
振り返ったら終わりだって、誰かが言ってた(真顔)。
●
そのころ、カインは追手の目をかいくぐりエリア間を移動していた。
屋台エリアではナハシュの到着前にカモフラージュ工作をしていたのが功を奏し、探知の網にかからずにすんだ。
次のダンスエリアでも同じ手でいくつもりだったが――
既にそこは、地獄と化していた。
様子のおかしいヒーラーカップルが泥沼の戦いを繰り広げる一方で、リゲルが激闘の末アルニラムに捕まったところだった。
これはあかん。
即座に逃げようとするも、時すでに遅し。荒ぶる赤鷹が白マントを見逃さなかった。
「嬉しいですね。僕のところへ来てくれるなんて!」
半ば狂気じみた高揚を宿すその目を見て、カインは思った。
あれは捕食者だ。標的となってしまった以上、ただで食われるわけにはいない。
「大丈夫ですよ。安心して飛び込んできてください!」
一瞬で距離を詰めて来た相手へマントを投げつけ、身を翻す。
「まったく説得力がないな。……それよりさっきの質問のことだが」
できるだけ距離を取りつつ、会話を試みる。
「代替の利かない個への執着ではなく、代替が利く種への固執を一緒にされてもな……ケースが違うとしか」
「なるほど。君は代替の不可こそ、個への執着の本質だと言いたいんですね?」
「ああ。誰でもいいは、どうでもいいってことだろ?」
咄嗟にカインは胸元に手を突っ込んだ。反応するようにアルニラムが地を蹴る。
「これでも食らえ!」
\ぺかー/
閃光塗弾を叩きつけるのと、花嫁がGETされるのはほぼ同時だった。
カインをお姫様抱っこしたアルニラムは、めっちゃ輝いていた。
そっと目を逸らしたランと周囲の異様な盛り上がりがだいぶつらい。
「俺の精神は死んだが、これで誰かが逃げ切れれば本望だ……!」
しばらく観衆に応えていたアルニラムが、ふいにこちらを見た。
「誰でもいいわけではありませんよ」
「え?」
「僕はどうでもいいと思えば殺してしまいますから」
微笑みかける鷹の目に、カインは捕らえられる思いがした。
この男の深淵を垣間見た――そう、自覚しながら。
●
同じ頃、ダンスエリアでの惨劇から逃れたシルヴィアは、広場で潜伏していた。
「……だいぶ捕まっているね」
中央に設置された花檻には、数名の花嫁が入れられている。
辺りを確認すると、檻の番をするナハシュの姿が見えた。花嫁を助けるためには、彼の目をかいくぐる必要がありそうだが。
(真っ向勝負は分が悪いかな)
そう判断したシルヴィアは檻のメンバーと連携できるよう、あえて飛び込んでいく。
「さあ、追いかけっこだ」
極限まで高めた俊敏さで軽やかに、舞うように広場内を駆けぬければ、ナハシュも応えるように俊足を生かす。
「まだ花嫁は残ってるし、一人以外捕まえりゃあいいよな!」
縦横無尽に駆け抜ける二人を、観客の声援が後押しする。
あと少しでナハシュがシルヴィアを捕えようとしたとき、どこかで声が上がった。
「あ! 花檻が危ない!」
「あ! あんなところに冒険者の群れが!」
「(花檻をがったんがったん揺らす)」
一瞬気が逸れた瞬間をシルヴィアは逃さなかった。現れた六角系の柱が、ナハシュを捕らえる。
「やられたなー! さすがに四対一は分が悪かったな!」
閉じ込められたナハシュは愉快そうに笑う。
天高く突き上げる光檻は彼の移動力をもってしても抜けられるものではなかったが、焦った様子がないのは心底楽しんでいるからだろう。
即座にシルヴィアが花檻の鍵を外したとき、ざわめきが起きた。
「来たね」
広場入り口に、カインをお姫様抱っこしたアルニラムが現れた。
大変目立っているので潜行は止めたのだろう。もうここからは、どれほど派手にやり合うかだと言わんばかりに。
「花嫁を連れて来たところで、小休止はどうだい?」
シルヴィアは持参したチョコレートを、投げ渡した。
青と白のバタイフライピー・チョコレート。
「これはね、私の大切な人が作ったんだ。Amor de Blue Chocolate――“愛は哀より出て哀より深し”」
共にと誓った彼の手が作り出す、甘い癒し。自らも口にしながら。
「そうだ、君の質問に答えるよ。執着対象は多くあるべきか否か」
「いいですね。聞きますよ」
頷くアルニラムへ、シルヴィアは凛と笑んだ。
「私は知っている。誰かを好きになったらそんな風には言ってられない」
気づいたときには、落ちている。
「その人の事しか見えなくなるし、その人にも自分だけを見て欲しくなる。替えが効かない――選ぶ余地なんて無いんだ」
紅鷹の目に微かな憧憬が映っただろうか。
「シルヴィア様の言うこと、わかりますわ」
再びざわめきが起き、反対側から男女が現れた。
全員二度見した。
「そろそろ佳境のようですね」
微笑むネーヴェの隣で、キーゼが黒ブーメラン一丁で縛られていた。
荒縄っぽいもので締め付けられたボディはてかてか油まみれ。
うっかり触ると脱げそうでなんかもう危機一髪極まりない。
アルニラムが感慨深げに。
「脱いだんですか、脱がされたんですか?」
「回答を拒否します」
「ご想像にお任せしますわ」
「縛ったんですか、縛られたんですか?」
「回答を拒否します」
「ご想像にお任せしますわ」
花嫁を捕らえたネーヴェは、アルニラムへ告げた。
「どんなに憎らしいと思っても、絡め取られてしまう――恋とはそういうものだと思います」
落ちた相手の現状は気にしてはいけない。
アルニラムは手にしたチョコレートを見つめ、どこか懐かしげな色を目元に漂わせた。
「いいですね。この菓子のように、甘く溶かされ溺れていく」
失う恐れすらも、見えなくなるほどに。
「そんな君たちの若さが、僕は羨ましいですよ」
君はどう思いますか?
振り返った先で、姿を見せた人物。
ここまで逃げ切っていたレティシアが、ベールを脱いで向き合った。
「……友人は多ければ確かに喜びも多いかと存じますが。
全てを捧げても良い。大抵の方はそう想える程、愛せる相手はお一人でございましょう」
首飾りの装飾にそっと触れ。
「そして私はその唯一を、既に定めております」
アルニラムは彼女の顔をじっと見つめてから、射貫くように問うた。
「本当にそうですか?」
「……どういう意味でございましょう」
動揺を隠すように問い返す。
相手は答える代わりに皆を見渡し、にっこりと宣言した。
「さあ、最後の追いかけっこといきましょうか!」
役者が揃った広場では、かつてないほどの花戦が披露された。
シファーとナハシュがシーフならではのアクロバティックな走りで場を盛り上げれば、シルヴィアとネーヴェが華麗な舞いで逃走劇を演出。
キーゼの流水弾を受けたカインが「花嫁に攻撃されるとは……」と遺言を残して生贄となり、エルファリアの毒舌でアルニラムがうっとりしているうちに、レティシアは腰痛悪化したリゲルを救出。
冒険者たちが全力で挑むさまを、観客は夢中になって応援する。
花が舞い、人々の笑顔が咲き誇る。
歓声が蒼穹にこだました時、刻限を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「時間切れですね」
心底名残惜しそうに。
紅鷹が見上げた先で、一羽の燕が飛び去って行った。
●
祭りのあとは、居残る高揚と少しの寂しさ。
互いの健闘を称え合う中、シファーがぽつりと呟いた。
「特定の人にむちゅう……シファーはよくわからない」
アルニラムの視線に応えるように、感じた事を伝える。
「なにかを選んでるような余裕なんかなかった。……食べれるものは全部拾った。盗めるものは盗んだ。生きるためなら何でもした。何か一つだけなんて足りない。」
だから。
「一つのことだけを選んでいられる人、まわりが見えてないか、えらべる立場の人……恵まれてる、シファーは思う」
正直な気持だった。
世界は平等ではなく、現実はどこまでもシビアだ。
最下層で生きてきた彼女にとって、アルニラムの問い自体が理解できないのもまた、現実であるのだろう。
「ええ。僕もそう思いますよ」
アルニラムはにこりと頷いた。
「僕は追い求めるための才能も、財力も持ち合わせています。天恵を享受し尽くすだけの力もね」
伸ばされた鷹の指先が、彼女の髪を揺らす。
「能ある鷹は爪を使うべきでしょう? それがこの世界の理です」
「……そもそもですけど」
聞いていたエルファリアが、小さくため息をついた。
「相手が1人だろうが多数だろうが、失う恐れを考慮するなら”執着対象がいる時点”でダメだと思うんですけどね、私は」
その言葉に鷹の目がわずかな反応を見せる。ナハシュは確かになーと頷きつつ。
「つーかお前は何で執着してんだ? 必要なことなのか?」
他者への執着自体を不思議に思う彼にとって、アルニラムの言動には矛盾すら感じてしまう。
鷹に浮かぶのは、珍しく難しげな表情。
「必要かと問われれば答えはYESです。僕は僕の欲を追及することでしか、救われませんから」
「救われる? ふーんよくわかんねえけど、それがお前の生命線なら仕方ないんじゃねえの」
「そう思いますか?」
あっさりと肯定したナハシュに、少々意外そうに笑う。
シルヴィアも一定の理解を示しつつ。
「心の平穏を願うなら君の生き方も大いに有りだよ。特別な人がいる日々は、追いかけっこよりスリリングだからね」
一人を想い続けることは、勇気のいることだ。
自身も踏み出せずにいた頃があるからこそ、否定する気にはなれなくて。
一方でレティシアは懐に忍ばせた白い手巾にそっと触れていた。
貴族の責務である婚姻を果たしても、それだけは決して譲らない。
そう誓った筈だった――けれど。
(あの時、彼を連れ戻せないのなら、このまま彼に殺されても構わないと……本気でそう思ってしまった)
あれは、全てに対する裏切りだった。
愛しているのは、あの人だけなのに。
本当にそうですか?
鷹の目が脳裏に問いかける。
違う。嘘じゃない。
そうでなければ、私は――
「相変わらず良い顔をしますね」
はっと顔を上げると、アルニラムがこちらを見つめていた。
「そのうちまた、答えを聞きにきます」
微笑まれ黙り込む彼女の隣で、カインが言いやった。
「まあ……お前にも赤い躑躅の花が咲く日が来るといいな。……俺以外でな」
「ええ。またいつでも会いにいきますね」
一番大事なことを付け加えておいたのに、スルーされた(絶望)。
「とても楽しかったですわ。いつかまた」
お辞儀をするネーヴェの隣では、キーゼがパン一のまま自信ありげに言った。
「(ネジの外れ具合が)僕の勝ちですね」
「ええ、次は負けませんよ?」
こうして、金雀枝祭りは盛況のうちに幕を閉じた。
一部の者にささやかな棘と、リゲルの腰痛悪化を残して――
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:多い8 / 6〜8人
2022年05月24日 21時25分27秒 公開
相談掲示板
No.1
皆の者、こたびは依頼参加感謝するのう! いろいろと……不安材料もある(しかない)が……最善を尽くしてほしい。 さて、一点ルールを記載し忘れていたため、追記しておくのう! (まことに申し訳ございません) >スタート時 妖精のスタート地点は全員広場中央から。 花嫁はスタート地点を各自選べます。(記載推奨) スタート以降のエリア移動は各自自由になさってください。
さて、よろしくお願いします。 というわけですので、折角ですから花嫁側にしていきましょうかね
エルファリアと言います、よろしく。 まあ、あれもお祭りの場でそこまで変なことはしない、はず、多分、恐らく、きっと。 素直に花嫁側にしますか、私も。 こだわりは特にないんですが……
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 リゲルはルールの追記ありがとう。 私も花嫁側で参加するよ。 お祭りを楽しみつつ全力で逃げるつもりだ。
ネーヴェ・グラヌローザと申します。皆様どうぞ宜しくお願い致しますね。 ここまで花嫁が続いておりますし、折角ですから私は妖精役として参りましょうか。やるからには最善を尽くします。
ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 そしてリゲル様、追記を感謝致します。 迷ったのですけれど、一先ず私は花嫁側として参加させて頂きますね。
シーフ、シファー。よろしく。 ちょっと、発言かきなおした…… むかしから追いかけら……走るの、得意だから花嫁のほう行こうかな
ナハシュだ。 着飾るのは面倒だから妖精側で参加する予定でいるぜ。楽しい祭りになるといいな!
カイン・ステラ、よろしく。 ……花嫁、側での参加だ。