【雲集】芽生える力
真柄 葉
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シナリオID:2096
オープニング
北壁山脈に近しいこの居住地『イリオス』にも、遅い春の恩恵が近づきつつあった。
「よくぞ生きていてくれた、我々は貴公たちを歓迎する」
イリオスの北門前で、リカルダが疲弊の色濃い一団を迎えいれた。
一団の代表はリカルダに頭を下げると共に、安堵に涙を流す。
「すぐに住居を手配しよう。今は旅装を解きゆっくりと休んでくれ」
リカルダはすぐに部下達に命を出し、避難民たちの受け入れの準備をさせた。
帝国北部方面の拠点となった居住地イリオスには、連日、北壁山脈の住人たちが庇護を求め流れつく。
大異変からすでに二年。あの『人災』をからくも生き抜いた人々は、疲弊していた。
北壁山脈はクリーパーの大発生地『極北』から流れ出てくる脅威が跋扈する死地である。そんな中でも、人々が暮らし生活を営めていたのは、ひとえに帝国軍がその威容をもって彼等を護っていたからに他ならない。しかし、それも大異変からはパタリと途絶えている。
人々は無常に過ぎる時と容赦ない脅威からの暴力に、徐々に力尽きていった。
しかし、そんな地獄の中でも身を隠し、あるいは抵抗し生き残った者達も数多くいる。
独自のコミュニティを形成し、二年にもわたる長い時を命繋いできた彼等であったが……それもいよいよ限界が近づいていた。
「オルグ。今日この地へ入った者達の身元を調べ記録として残してくれ。ここへ辿り着くことが叶わなかった者の名もすべてだ」
「仰せのままに」
蒼鹿のハーフビーストは深く腰を折るとリカルダの前を辞す。
「銀髭公。この地へ辿り着き、生活の落ち着いた者の中から兵となれる者を募ってくれ。ただし無理強いはするなよ」
「はっ」
長い銀髭を湛えたジャッカルのハーフビーストが胸元に拳を当て退室した。
「カルラ。斥候に出した者からの報告はどうか」
「はい。北西の廃砦に身を寄せていた白虎の一族が北へと移ったと情報が入りました。説得と交渉にグリシアたちを向かわせています」
瞳を閉じた銀孤のハーフビーストが小さく頭を下げる。
「救援が必要なようであれば兵を出す。得られた情報は逐一伝えてくれ」
カルラはリカルダの命にもう一度頷くと、音もなく部屋を退出した。
●
居住地『イリオス』の変化はめまぐるしい。光陰が矢の如く過ぎ去っていく。
ベンゼル家の精兵を得た事で多方面へ捜索の手が延ばせるようになったことが大きかった。居住地に集まってくる人々は日を追うごとに着実に増えている。
当然、それに伴って増えていく事務仕事もまた膨大だった。
「ふぅ……」
「将軍さん、大丈夫?」
政務をひと段落させたリカルダが椅子の背に身を預けていると、少女の声がした。
「うん? ああ、グリシスか」
「随分お疲れみたいだけど、ちゃんと休まないとダメだよ?」
雪豹のハーフビーストである彼女が心配そうに見つめてくる。
リカルダは薄く微笑むと、椅子の背から体を離した。
「問題ない。この程度で音を上げている暇はないからな。それで、何か報告か?」
紅茶のカップを机に置いたグリシスに、リカルダが問いかけた。
「うん、お髭のおじさんから報告。募兵が完了したって」
「そうか。新たな力となってくれる者達が立ち上がってくれたか」
持ち上げたカップから薫る芳醇な香りに、リカルダは瞳を閉じる。
遠くヴィントで困難に立ち向かっている主君。半年以上その顔は見ていないが、帝国の情報を聞く限りかなりの苦労をしているのだろうと感じる。
リカルダはレイウェストの剣術指南であった頃を思い出す。
あの華奢な体で……剣を持つことさえおぼつかなかったあの少年が、今や帝国復興の旗印だ。
「グリシス、銀髭公に伝令を頼めるか」
ゆっくりと瞳を開いたリカルダがグリシスを見た。
「調練に冒険者達の助力を請う。彼等の持つ新たな知恵、新たな技術、新たな戦術を組み入れ、兵達の調練に当たれ。精兵にするぞ、殿下の為にも、と」
リカルダの燃える様な赤い瞳に見つめられ、グリシスはこくりと頷いた。
こうして春を迎え更なる飛躍の時を得たイリオス。いずれ来たる帝都奪還の時まで、その牙を、爪を研ぎ、待つ――――。
解説
マスターより
リプレイ
「訓練の基礎は走り込みですわ」
その辺で拾ってきた小枝を教鞭に、バンビは湿地帯を走る新兵達に檄を飛ばす。
さすが北壁山脈近くの極地で育った者達だ、基礎体力は並の人間達よりもよほど高い。しかし、それはあくまで生活レベルで戦闘となれば話は違う。
バンビは重い背嚢を背負い、足場の悪い湿地帯を駆ける新兵達を見やった。
体力が増えれば増える程、出来る事に幅が出る。更に最速で動けるようになればいう事なし。それこそがハイスピードキャスターの極意である。
「そこ! その程度でへばりましたの? そんな事ではハイスピードキャスターへの道は遥か彼方ですわよ!」
新兵は別にキャスターでも何でもないのだが、そう信じてやまないバンビの熱血指導は続く――。
●
バンビが教練を始める数時間前。
居住地の中央にある指令所へ訪れたハリス・アル・ターミル。
ハリスは教練の責任者たち三人と会談を持ち、新兵の中でも指導力や知識・技術に長けた者の情報を得た。
これを仲間達に共有し、訓練の効率化を図ると共に、重点的な教導による成長、そして、その成長を見た他の兵への波及効果を狙う。
ハリスは三人の教導者と共に、綿密な訓練計画を組み立てていった。
「……なるほど、若い芽には力強い者達が含まれているな」
「ええ、極圏で生きる人々の命脈の輝き、実に素晴らしい」
三人より託された新兵のリストを手に、ハリスとフェイサル・セイフは仲間達の元へと急ぐ。
●
ハリスから手渡されたリストを見て『だわ』は、改めて目の前に整列する新兵達を見た。
不安と勝ち気が宿る若々しい力達。だわの脳裏に、以前この地を訪れた際に見た者達の顔が蘇った。
あいつらは五体満足でやっているだろうか。
一瞬、新兵達の中にその顔を探すが、すぐに止め、改めて調練の解説を始める。
「まず、武器の振り方からだ。最初は何も教えない、各々思うままに振ってみろ」
そう言われ新兵達は不安げに眼を泳がせながらも、一人二人と剣を振り始めた。
まるで統一感のない素振り。ある者は力だけで剣を振り、ある者は剣に振り回される。
だわはそれらを無言で見つめつつ、【武術知識】と【戦術眼】、そしてリストを見比べ、各々の力量や体力の限界値を手帳にしたためていった。
「よし、次は目の前に敵がいると思って振ってみろ」
続く指示に新兵達は互いに視線を交える。
「お前達の目の前には敵がいる。魔獣でもクリーパーでも賊でも、なんでもいい。それに向けて剣を振ってみろ」
次なるだわの指令に、兵士たちは戸惑いながらも、自ら考え剣を振っていく。
●
「ああ、そうそう。磨き上げた後はしっかり水分を拭き取れよー。錆びちゃ元も子もないからな」
後方支援に当たる訓練兵にその卓越した鍛冶知識を伝授しているのはサイラスだった。
サイラスは覚束ない手で武器に触れる新兵達に、武器の手入れの重要性とその整備方法を伝える。
「前に出る奴等は、武器や防具に命を預けて戦うからな。武具の整備不良で痛い目見たら、恨まれるのは整備担当だぞー」
後方支援だからと気を抜くな。前衛たちの命を預かる気持ちでやれと、サイラスは必死で剣を磨いている新兵達に声をかけた。
●
森を切り開いた広場に現れたトーラの姿に、新兵達がどよめいた。
斥候の調練だと聞いて集ったのに前に現れたのは、一見すれば子供のようなトーラ。新兵達から不安と侮りの声が漏れる。
「皆さんに斥候として一番大切な事を教えます。とりあえず、何人でも構いません、わたしにかかってきてください」
そんな新兵達の様子も気にせず淡々と話を進めるトーラに、ざわめきが大きくなる。
「遠慮なんていりませんからね。あ、もちろんわたしからは手を出しません」
この言葉に、ついに新兵の中から笑い声が漏れ始めた。
トーラはゆっくり歩きながら新兵達のど真ん中へ移動する。
「それじゃ、始めましょうか。あ、最初に触れられた人にはご褒美も用意しますよ」
それを舐めていると受け取ったのか、新兵達は一斉にトーラへと襲い掛かった。
●
「戦場における君達救護班の役割は、とにかく時間を稼ぐことだ」
ハリスがリスト化した新兵達の中から治療や介護に長けた者達を集めたフェイサル。
彼の講義内容は多岐にわたった。治療に際した心構えから始まり、包帯や衣類を使った止血法、添え木や武器の鞘での骨折固定法、寒冷地における凍傷への対処。消毒などの衛生観念迄、戦時に必要となるあらゆる知識を惜しみなく授けていく。
「では、皆に質問しよう。ヒューマンの成人男性が四肢を切られ大量出血した場合、何分で死に至ると思うかね?」
真剣な眼差しを向けてくる新兵達一人一人と視線を交わす。
「では、そこの君。わかるかな?」
「えっと、十分くらいでしょうか」
「ふむ、いい所をついた……と言いたい所だが、答えは三分だ」
フェイサルの回答に新兵達にどよめきが起こる。
新兵達は今までに治療を行う中で、それにかかる正確な時間を計測した事など無いのだろう。明確な時間を提示され、新兵達の顔に驚きの色が浮かぶ。
フェイサルはそれを頼もしく見つめながらも、話を続ける。
「しかし、それはあくまで放置した場合の事だ。適切な処置をできる限り素早く行えば、この三分はいくらでも延ばせる。いや、いくらでもは言い過ぎか。流石の私でも無理だな」
冗談を交えて説明するフェイサルに、新兵達から笑いが起こった。
「だが、時間を伸ばせるというのは本当だ。適切な技術と知識を学び、場数を踏む。それこそが、死と向き合う君達の武器となるだろう。
私の持てる技術と知識を君達に伝える。しっかりと学んでくれ」
真剣みを増したフェイサルの言葉に、新兵達は力強く頷いた。
●
「ふむ、確かに貴公の言う事も一理あるな」
リカルダの元を訪れていたキーゼは、新兵の訓練に際し提言をおこなっていた。
「混合での訓練は非効率――とまでは言いませんが、授恵者の訓練には些か不足でしょう。そもそも肉体レベルが違うのです、やはり調練は分けて行うべきではないですか」
キーゼは授恵者と非授恵者の混じる訓練を分離し、それぞれの身体能力に見合った調練を施すべきだと主張した。
「個々の能力を鍛える面では、貴公の言う通りわけて訓練するべきだろう」
「……ふむ、何か考えがおありだと」
返ってきた返事に他意ありと見て、キーゼは問いかける。
「考えという程のものではないが……戦場は授恵者だけのものではないと、私は思っている」
「それは当然ですね。――ああ、なるほど、個別の能力向上と戦略的連携、双方に重きを置けという事ですか」
「難しいか?」
「難しいですね。出来ればやりたくない程度には」
きっぱりとそう言ったキーゼを、リカルダは面白そうに見つめる。
「できないとは言わないところが面白いな、貴公は」
「僕は面白くも何ともありませんが。――ああ、そうだ、ついでにもう一つ提案を」
迷惑そうに首を振ったキーゼがふと顔を上げた。
「この居住地には文官が少なすぎます。そのうち破綻しますよ」
「はは、痛い所を突かれたな。やはりわかるか」
「ここの現状を見れば、誰でも気付きます。今のうちに有望そうな者を囲っておくことをお勧めします」
「忠告痛み入る。だが――――いや、貴公に泣き言を言っても仕方がないな。努力するとだけ答えておこう」
リカルダは少しだけ疲れたように笑った。
●
「おぉ! 流石、狩猟を生業とする極圏の民達だ!」
ハリスは小動物を解体していく新兵達の手際の良さに感嘆する。
後方支援の、特に兵站を担う者達で構成された隊を任されたハリスは、戦時下における糧食の重要性を説きつつ、実際の調理実習を行っていた。
「では、切り分けた肉をこちらへ」
と、一番食べ甲斐のある部分を脇に避けたハリスに、新兵達は首をひねる。
ハリスはそんな事もお構いなしに、新たな食材を机の上に置いた。それを見た新兵達からどよめきが起きる。
机の上にあるのは、解体した小動物の筋や骨、そしてハリスが出した乾燥した野菜や果実のみ。
一体それで何をするのかと訝しむ新兵達の視線を受けつつ、ハリスは木槌を取り出した。
「それでは、調理を始めます」
そう言うと、ハリスは骨に木槌を叩きつける。
新兵達が驚く中、ハリスは砕けた骨からどろりとした液体を取り出した。
「さて、材料は揃いました。では加工していきましょう――」
そう言うとハリスは、焚火の前へ移動し、すじ肉を炙り始めた。更には先ほど取り出した骨髄液を鍋にかける。
新兵達はその作業を興味深く眺めていた。
●
「現地にあるものを利用して、組み上げるんだ。わかったかー?」
森林地帯へと足を運んだサイラス達。今日の講義は野営地の設営方法だった。
サイラスは新兵を前に、キャンプの設営、燃料の調達、寝床の作り方など野営地に必要なものを実践形式で教えていく。
「物資も無限にある訳じゃ無いからな。現地で材料になりそうなものがあったら利用しろよー。あと、この野営地にどれくらい留まるかも見極めるんだ。一泊しかしないのに木組みのベッドなんていらねーからな」
鉈や斧を振るう新兵達の間を行き来しながら、サイラスは自らの技術を惜しみなく伝授していく。
「この軍は部族がバラバラだし、それぞれしきたり的なものもあると思う。その辺りもくみ取って設営してやれば喜ばれるし、トラブルも回避できるから、コミュニケーションはしっかりとれよー」
サイラスはモノづくりには使い手の満足こそが大切だと説いていく。
「よーし、竈作りが終わったら次は寝床だ。日没までに終わらせるぞー」
サイラスの号令に、新兵達は「応っ」と答えた。
●
険や弓などの基本的な武器の使い方や、体力作りの基礎の調練を終えただわは、休憩している新兵達を眺めつつ、メモを見返していた。
びっしりと文字が書き込まれた手帳には、新兵達の名前や能力などが事細かく記されている。
「……こんな所か」
一通り兵達のデータを纏め終えただわは、新兵達に訓練の終了を告げ、馬に跨る。
疲れ果て地面に座り込んだ新兵達を横目に、向かうのは指令所、リカルダの元。
「アーレンス卿はおいでか。……む、先客か」
リカルダの前へとやってきただわは、先客の姿を見つけた。
だわはベルクに目礼するとリカルダの元へ歩み寄る。
「報告だ。卿、新兵達の訓練は順調に進んでいる」
「そうか、貴公の働きにはいつも助けられるな」
「仕事だからな」
淡々とそう言っただわが、リカルダに報告書とは別の紙を見せた。
「……ふむ、合同訓練か」
「個々の調練も重要だが、新兵達の目指す所は『集団戦』だ。それにはやはり連携を確認する為の合同訓練が必要だろう」
紙には冒険者達が調練する各隊との合同訓練の提案が書かれている。
「丁度よかった。その件について、ベルクと話し合っていた所だ」
と、リカルダはだわの提案書を覗き込むベルクに視線を移した。
「どうやら考えは同じようだな」
ベルクはだわを見て口元に弧を描く。
彼女が提案したのもまさに『合同訓練』だった。ベルクは調練期間の総仕上げとして、各隊の連携と実力を測るための実戦訓練を提案していた。
「だわ殿の言う様に、目指す所が集団戦である以上、各隊の連携を確かめる訓練は必須だ。訓練期間から見てもやや尚早とも思うが、我々がこの地におれる期間を考えると、いたしかたあるまい」
ベルクは自分がリカルダへ提出した提案書をだわへ寄せた。
「……なるほど、魔獣相手か。俺もそれを想定していた」
「ほう、気が合うな。正直なところを言えば、各隊同士での対人戦闘や市街戦なども経験させたかったが、新兵達は隊を組んでまだ日も浅い。高度過ぎる訓練は逆に兵達の萎縮を招く結果になりかねないからな」
そう言うと、ベルクは別の紙を机に乗せる。
「そこでだ。事前に捕獲した狸型魔獣に、この様な目印をつける」
紙には絵が描かれている。リボンの結ばれた何とも言えぬ愛嬌のある狸の絵だ。
「この魔獣を斥候が探し出し、兵が討つという単純な訓練ではあるが、相手は魔獣だ。単純な狩りとはいかない。隊で連携を取り、確実に仕留めていかねば手痛い反撃を被ることになるだろう」
「兵の連携か……編成はどうする。バランスを見るのであれば、主力6名、支援3名、斥候1名で一隊あたりか」
「うむ、妥当だな。編成はそれでいこう」
二人は逐一リカルダの同意を得つつ、訓練の概要を詰めていった。
●
夜――。
灯りをともす事も許されず、僅かな月明かりだけを頼りに新兵達は森をいく。
早朝から荒野での走り込み、昼を挟んで川での水練。僅かな休憩を挟み、体幹の訓練を陽が落ちるまで。そして日没を迎えても、キーゼの訓練は終わらない。
――がさっ。
闇の中聞こえた物音に新兵達は体を強張らせる。
『ぐあっ!』
ついで聞こえた悲鳴に振り返る。
闇に目を凝らせば、兵の一人が腕を押さえうずくまっていた。
新兵達は負傷者を守る様に円陣を組むと、闇へ剣を向ける。
風鳴り、葉擦れ、虫の声――。
聞こえるものはそれだけ。
――カーンっ……。
突然響いた甲高い音に、新兵達はびくりと肩をすくませる。
『うわっ!!』
そして、響いた悲鳴。また一人、負傷者が出た。
その後も続く、闇からの襲来。時に閃光が、時に衝撃波が。そして――。
「残念ながら、試験は不合格です」
闇の中から黒衣の人影が現れた。
「殺されないと思いましたか? 兵士である以上、あなた方は常に死と隣り合わせの状況にある。成果を上げろとは言いません。せめて普段通りに動けるようにしてください」
黒衣の人影は、負傷兵をヒールしながら淡々と説く。
「明日も同様の訓練を行います。あなた方にかかる費用も安くないので犬死にされては困りますからね」
暗い森の中を平然と帰路に就くキーゼを、新兵達は絶望の内に見つめていた。
●
「さぁ皆様、始まるザますよ(訓練が)」
「行くでがんす(訓練に)」
「「「ふんが~(訓練に~)」」」
同じ釜の飯を食らっていた新兵とバンビ。食事を終え、いざ次の訓練へと向かう―――前に、皆で決めた合言葉を唱和した。
バンビは新兵達に厳しい訓練を課す傍ら、自らも率先して同等以上の訓練をこなして見せた。
時に礫地での(素足での)進軍方法を。
時に湿地帯での隠された地形の(素足での)見つけ方を。
時に長期行軍での(素足をいたわる)休息の取り方を。
そして何より、誰よりも(素足で)素早く動く為の考え方を。
しかし、まったく容赦のない厳しい訓練も、可愛らしい見た目とは裏腹な鬼教官っぷりも、新兵達にとっては苦痛ではなかった。それも、ひとえに苦楽を共にしてくれるバンビがいたからこそだ。
新兵達は彼女に全幅の信頼を寄せ、その指導を、そして考え方を吸収しようと努力する。
「あんた達は軍属に属する以上、どの様な状況下であっても戦えなければいけませんわ」
だから、バンビの厳しい言葉にも、新兵達は反感を抱くことなく従った。
「基礎体力が向上したら、次は合同での訓練となりますわ。ただただ自分を虐め抜いただけでは越えられない、精神的な戦いがそこにありますの」
新兵達はバンビとの訓練の終わりを予感し、寂し気に表情を曇らせる。
「でもあんた達なら心配はいりませんわ。なにせ、このオレが直々に教えた兵士ですもの。胸を張って――――はいっ!」
「「「ふんが~~~!!!」」」
共に決めた気合の言葉が、イリオスの空に響いた――。
●
「何ですか、もう終わりですか?」
息を切らし地にへたばる新兵達を見下ろし、トーラは溜息をついた。
トーラは宣言通り、新兵達へ一切手を出さず、全ての攻撃をかわして見せた。もちろんそれだけではない。トーラは周囲の森林を使い、新兵達を攪乱した。【壁歩き】などのスキルを駆使し、時に存在を感じさせ、時にまったく気配を消し、攪乱を行う。
中には授恵者の新兵もいたのだが、トーラの卓越した潜伏スキルに手も足も出なかった。
「さて、どうでしたか。わたしが言った『一番大切な事』は何かわかりましたか?」
息一つ切らしていないトーラを見上げ、新兵達は考える。
「見つからない事ですか?」
新兵の一人がおずおずと手を上げ答えた。
「惜しいけど違います。斥候で一番大切なのは無事に帰る事です。どんなに重要な情報を手に入れても、それを本隊へ持ち帰られなければ意味はありません」
トーラは一人一人と視線を合わせる。
「皆さんの攻撃をわざと受けたのも、先に動くとすぐに追いかけられるからです。相手の虚をつく事が肝要なんです。
一呼吸の差。それこそが戦場では生死を分けます。いかに相手にこちらの動きを悟らせないようにするか、そこが重要です。戦場では何が起きるかわかりません。どの様な事態が起きても冷静に対処できるよう、柔軟な思考を持ってください」
トーラは指を立て滔々と語る。
「偵察任務って華は無いですけど、とても重要なんですよ?」
おどけるように片眼を閉じたトーラ。そんな彼女を見つめる新兵の瞳に、最初に浮かんでいた嘲りの色は微塵もうかがえない。
「では、心構えがわかった所で、訓練を再開しますよ!」
すでにへとへとなのに今から訓練!? と目を見開く新兵達ににっこり微笑んで、トーラは訓練内容を語った。
●
「どうしました、その程度の進軍速度では味方が飢えてしまいますよ!」
ずぶずぶの湿地帯に悪戦苦闘する新兵達にハリスは檄を飛ばす。
ハリスが個々の特性を見極め、編成した後方支援班。特に兵站を担う者達へは厳しい訓練を課していた。
「糧食は最も敵の標的になりやすい。充分な護衛があれば最良。しかし、それも望めぬ時は自らを守らねばなりません! 自衛のための力、力を増幅させる連携、進軍ルートの選定や周囲の確認など、兵站を担う者はただの荷運びではありません! しっかりと頭を働かせてください!」
自らも湿地帯に入ったハリスは新兵達を教導しつつ先陣を切る。
「食は命の糧。飢えは最大の恐怖です! 例え大型クリーパーにさえ立ち向かう勇者であっても、飢えには勝てません! そうです! 貴殿等が部隊の生命線なのです!」
過酷な訓練に音を上げる寸前の新兵達はハリスの鼓舞に奮い立ち、重い足を前へと進める――。
「おらー、食料置いてけー」
「っ! 敵襲です! 陣形を整えてください!」
棒読みで現れたサイラス達の姿を確認したハリスは、すぐに新兵達に指示を送る。
新兵達は慌てて、武器を取り隊列を組みなおそうとするが……。
「とったぞー」
足並みのそろわない隊列変更は、サイラスが率いる遠隔部隊の矢の的でしかない。
新兵達は次々と矢じりを落とした矢に撃ち抜かれていった。
負傷した者達はフェイサル率いる救護班の治療を受ける。
「今の場合は、護衛につく者と荷を守る者に別れるのが正解です。重い荷を運びながらの戦闘は――――」
治療の終わりを待って、ハリスは新兵達へ向け講義を始めた。
講義は反省点の洗い出しから始まり、議論を経て、解決策を導き出させる。とにかく新兵達に頭で考えさせる事を重要視したものだった。
「後方支援が目立たぬ役割である事は事実です。しかし、その胸に誇りを持ってください。貴殿等は、軍の命を預かる誇り高き戦士なのですから」
とんと胸を打ったハリスに倣う様に、新兵達も胸に手を当てた。
「さぁ、明日からはいよいよ合同訓練です。貴殿等の訓練の成果、この目でしかと拝見しますよ」
●
「この訓練は実戦訓練だ」
編成した隊ごとに整列する新兵を前に、ベルクが声を上げた。
ここ数日間の冒険者達による調練で、見違えるほど精悍になった顔ぶれを満足げに見つめながらベルクは続ける。
「軍の仕事はただ単に何も考えずに手あたり次第相手を殺せばいいというものではない。そんな事をすればただの殺戮者となり果てる。規律ある行動を行ってこその軍であり、それこそが帝国を支える礎となる」
一息に話したベルク。
「それを踏まえて、今回の実戦訓練の相手は――――これだ」
そう言ってあのイラストを掲げたベルクに、新兵達からざわめきが起こった。
「静まれ! 敵は魔獣だ! 気を抜けばやられるぞ!」
一喝したベルクに新兵達は居住まいを正す。
再び静寂が戻ったことを確認したベルクは、作戦の概要を伝えた。
一つ、隊で協力し、森に放たれた魔獣を討伐する。
一つ、自衛以外での標的外の討伐は減点とする。
「減点に不満か? いいか、例えばの話だが、貴様らが盗賊を逃がして街へ逃げ込まれたとしよう。貴様らは盗賊を炙り出すのに住民ごと手当たり次第に殺すか? 違うだろう。
今回の訓練は標的外、標的だと思って対応しろ。
焦らず持てる力を発揮すれば貴様たちになら達成できると信じている。その為に辛く厳しい訓練に耐えたのだろう?」
そう問いかけたベルクに、新兵達は一斉に頷いた。
●
厳しい訓練を経て身に着けた力を合わせれば魔獣だろうと討伐が叶う。それは、新兵達に自信を植え付けた。
各隊に別れた新兵達は、だわやキーゼ、バンビから学んだ技術・連携・戦術を重んじ、トーラの確かな目を真似て、ハリス、フェイサル、サイラスから教えられた支援技術をもって敵と相対す。
中でもフェイサルが教練した救護班の躍動は、隊の大きな支えとなった。
「生きた人間が最良の教材なのは剣槍と変わらんよ。何より、君達も死と戦う戦士なのだからな」
「今のうちに血と肉の感触、あるいは這い寄る死の匂いに慣れておくことだ」
フェイサルの言葉を心に刻み、新兵達は怪我人の救護に当たる。
的確な治療と、衛生管理。そして、自分達が後ろにいるという安心感が、前線に立つ仲間達を鼓舞し、その力を最大限以上に引き出させた。
日没となり、合同訓練の終了を告げる笛が吹き鳴らされる。
疲労困憊の新兵達の前には、リボンを結ばれた魔獣が20匹。ベルク達が用意した魔獣の全てが討伐された。
整然と並んだ新兵達の顔には自信が満ち溢れている。
冒険者達は新兵――いや、兵士たちの顔を見つめ、その成長に賞賛を送ったのだった――。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年04月21日 15時52分12秒 公開
相談掲示板
トーラです。 よろしくお願いします! まだ人が集まっていませんけれど、訓練という事で希望を出しておきますね。 シーフなので斥候の訓練に行きたいと思っていますけど、希望が多いなら変更も可能です。
フェイサル・セイフだ、今回も宜しくお願いする。 さて、指導や教練との事だが……ひとまずは私も希望として。 私は今回後方支援にあたる者、その中でも救護兵の指導に手を貸せたら、と考えている。 一口に怪我や病気への対処と言っても前線と後方とではまた勝手が異なるし、 そうした部分の基本的な考え方や、使用する機会の多い技術について広められたら良いと思う。 具体的には患部の保護や適切な止血法、そして衛生面について考え方などだな。 欲を言えば応急処置などは全員に教えたい所だが、まずは希望する者に確実にだ。
ベルクだ、よろしく頼む。 教導とのことだし、我は実戦形式になるか? できるなら混成でやらせたいが無理ならシーフを、になるだろうか? 訓練としては狸型魔獣を何体か捕縛してリボンなり目印を付けてそれを集めさせる索敵と討伐の実践訓練を考えている。
ハリスと申します、どうぞ宜しく。 いやあ、イリオスも大きくなったものです。この居住地を造り始めた時とは見違えましたね。 この地が難民の方々への救援の要衝となり、多くの人命が救われるならば喜ばしい限りです。 >指導、教練 私は武芸については教えられるほど長けてはいませんので、やはり後方支援でしょうか。 補給兵に対してであれば、ディズルの兵站を担う我が故郷ターミルの知識が役立つかと。 また、今後救助のための遠征を視野に入れるのであれば、効率的な行動食も必要になりますね。 個人の戦闘技術でなく、全体の戦術に関してもある程度は提示できるかと思います。 その点も加味しつつオルグ殿や新兵の方々と共に組み立てていきたいところですね。 >戦闘訓練 戦闘技術はともかく、もし敵の誘引や壁役が必要であればいつでもお呼びください。 標的役としてでも大丈夫です。いくらでも耐えてみせますので!
だわと呼んでもらえれば。よろしく頼む。 ゆくゆくは帝都奪還を視野に入れた新兵の教練……ふむ。 当面の仮想敵は魔獣や小型クリーパー、賊などと捉えて問題ないだろうか。 俺は一般兵の方へ行こうと思う。 剣と弓は最低限扱えるようにして自己訓練方法を教えた上で、時間があれば初歩的な戦い方をいくつか。授恵者を核として斬り込む戦術と、引きながら守る戦術あたりでも。 ベルクも言うように合同での実戦訓練はやっておきたいところだな。一通り基礎を仕込んだ後に時間が許せば、になるか。
No.6
サイラスだ、よろしくなー 後方部隊かなと。武器の管理辺りが中心になると思う。
今のところ斥候の指導はわたしだけみたいですし、希望通りやらせて貰いますね。