幻郷の先へ
崎田航輝
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シナリオID:1873
オープニング
雄大な木々の並ぶ眺めを越えると、蔦で出来た不思議な道へ続く。
その先には美しい地下洞窟が伸び、まるで星空のような景色が広がっていた。
そんな眺めを楽しみつつ、歩む人々が賑わっている。その様子を――商人ヨーゼフは満足の面持ちで眺めていた。
「ここも、もう平和な環境になりましたね」
サウゼル大樹海西部。
そこから東へと伸びてゆく――嘗ての危険地帯、“幻郷”。
冒険者達の手によって整備が行われたそこは……あれから魔物の姿もなく、平穏な時間が流れていた。
冒険者が計画立てた開拓も順調に進み、最奥までの道も安全になっている。
各所には宿泊施設も建ち、馬車での行き来にも不足はない。
現在は、同盟の街クウェルツに所属している授恵者の同行のもとで……試験的な観光ツアーも行われ始めているところであった。
それなりの長い期間を、ここで滞在するスタッフも増えている。
そしてそれは、事業の展望が明るくなったのと同時に――ここが新たな探索の拠点となった事も意味していた。
●幻郷の先
「どうでしたか?」
幻郷内に建てられたレストハウス。
そう尋ねるヨーゼフの前に座っているのは……授恵者の面々。
初期の幻郷探検に冒険者達と同行した――若年剣士レザン・コットを始めとする調査隊である。
「はい、判った範囲のものを、纏めました」
そう応えてレザンが示すのは、数枚に渡る資料だった。
「『光の丘』の向こうは、しばらくただの森林でした。けれど……その先はまた、不思議な景色が広がっている事が判りました」
「なるほど」
ヨーゼフは期待の面持ちで、資料に目を通していく。
幻郷で一定期間を過ごせる環境が整ってから、暫く。
ヨーゼフは幻郷に隣接した“外”の場所がどうなっているかを、少しずつ調べ始めてもらっていた。
前々から考えてはいた事で、レザン達はいわば先遣隊。
レザンも資料を見ながら続けた。
「『光の丘』だけではありません。『花の海』や『色彩樹林』など、南下できる場所の先には、それぞれ違う環境がある事も判ったんです」
幻郷は、樹海の西側から東方向へと、おおよそ真っ直ぐに伸びる一帯だ。
それに隣接する形で、南と東にもまた美しい秘境がある、という事らしかった。
嘗て幻郷の最奥にいた“幻獣”と呼ばれた敵。
幻郷の景色の多くは、その魔獣が環境に影響を与える事によって生まれたと考えられていた。
そんな景色がまだ残っている、という事かも知れない。
「見ておくべきでしょうね――」
ヨーゼフは言いつつ、考える。
幻獣は大きく異形化していたと考えられていて、出処も類似種の魔獣がいるかどうかも判っていない。
それがどこから来たのか――気になっていたそのヒントにも近づけるかも知れない、と。
それからヨーゼフは改めて資料に視線を落とす。
「東以外の場所……南の一帯では、魔獣はいなかったんですね」
「はい。南方面の秘境は安全と言ってよさそうでした」
今回見つかった場所の多くが、平和になった幻郷の新たな一部とも言えるかも知れない――そうレザンは報告した。
「なるほど」
ならば、調査も順調に進むだろう。
何にしても、広くを知っておくに越したことはないし……未知を明かしたい思いは純粋なものでもあったから。
「ただ、やはり多くの手を借りる必要がありますね」
故に――冒険者に来てもらおう、とヨーゼフはすぐに決めた。
もし危険があればいつでも幻郷に戻って休んでもらえる。未知への歩みになるが、きっと気負わず挑んでもらえるはずだ、と。
ヨーゼフはそんな思いと共に、早速外へ歩み出す。
その先には美しい地下洞窟が伸び、まるで星空のような景色が広がっていた。
そんな眺めを楽しみつつ、歩む人々が賑わっている。その様子を――商人ヨーゼフは満足の面持ちで眺めていた。
「ここも、もう平和な環境になりましたね」
サウゼル大樹海西部。
そこから東へと伸びてゆく――嘗ての危険地帯、“幻郷”。
冒険者達の手によって整備が行われたそこは……あれから魔物の姿もなく、平穏な時間が流れていた。
冒険者が計画立てた開拓も順調に進み、最奥までの道も安全になっている。
各所には宿泊施設も建ち、馬車での行き来にも不足はない。
現在は、同盟の街クウェルツに所属している授恵者の同行のもとで……試験的な観光ツアーも行われ始めているところであった。
それなりの長い期間を、ここで滞在するスタッフも増えている。
そしてそれは、事業の展望が明るくなったのと同時に――ここが新たな探索の拠点となった事も意味していた。
●幻郷の先
「どうでしたか?」
幻郷内に建てられたレストハウス。
そう尋ねるヨーゼフの前に座っているのは……授恵者の面々。
初期の幻郷探検に冒険者達と同行した――若年剣士レザン・コットを始めとする調査隊である。
「はい、判った範囲のものを、纏めました」
そう応えてレザンが示すのは、数枚に渡る資料だった。
「『光の丘』の向こうは、しばらくただの森林でした。けれど……その先はまた、不思議な景色が広がっている事が判りました」
「なるほど」
ヨーゼフは期待の面持ちで、資料に目を通していく。
幻郷で一定期間を過ごせる環境が整ってから、暫く。
ヨーゼフは幻郷に隣接した“外”の場所がどうなっているかを、少しずつ調べ始めてもらっていた。
前々から考えてはいた事で、レザン達はいわば先遣隊。
レザンも資料を見ながら続けた。
「『光の丘』だけではありません。『花の海』や『色彩樹林』など、南下できる場所の先には、それぞれ違う環境がある事も判ったんです」
幻郷は、樹海の西側から東方向へと、おおよそ真っ直ぐに伸びる一帯だ。
それに隣接する形で、南と東にもまた美しい秘境がある、という事らしかった。
嘗て幻郷の最奥にいた“幻獣”と呼ばれた敵。
幻郷の景色の多くは、その魔獣が環境に影響を与える事によって生まれたと考えられていた。
そんな景色がまだ残っている、という事かも知れない。
「見ておくべきでしょうね――」
ヨーゼフは言いつつ、考える。
幻獣は大きく異形化していたと考えられていて、出処も類似種の魔獣がいるかどうかも判っていない。
それがどこから来たのか――気になっていたそのヒントにも近づけるかも知れない、と。
それからヨーゼフは改めて資料に視線を落とす。
「東以外の場所……南の一帯では、魔獣はいなかったんですね」
「はい。南方面の秘境は安全と言ってよさそうでした」
今回見つかった場所の多くが、平和になった幻郷の新たな一部とも言えるかも知れない――そうレザンは報告した。
「なるほど」
ならば、調査も順調に進むだろう。
何にしても、広くを知っておくに越したことはないし……未知を明かしたい思いは純粋なものでもあったから。
「ただ、やはり多くの手を借りる必要がありますね」
故に――冒険者に来てもらおう、とヨーゼフはすぐに決めた。
もし危険があればいつでも幻郷に戻って休んでもらえる。未知への歩みになるが、きっと気負わず挑んでもらえるはずだ、と。
ヨーゼフはそんな思いと共に、早速外へ歩み出す。
解説
●目的
大樹海、“幻郷”の先の調査。
●幻郷について
樹海の西方から中部方向に伸びる地帯です。
現在は魔獣がいなくなり、環境も穏やかになっています。
馬車が通れるようになり、しっかりとした道筋や宿泊施設が出来たことで、人が安全に行き来できるようになっています。
今回、幻郷の一部地域の南と東に新たな秘境がある事が発見されました。
●行う事
幻郷の一部の南または東へ冒険し、先に何があるかを確かめます。
安全な場所では景色や環境の調査、魔物がいる場所は撃退しつつ道を拓き、先を確認する事が目標になるでしょう。
体力が減ったり休憩が必要な際は、いつでも幻郷内の宿泊地へ戻れます。
●探索出来る場所について
南方向の秘境については、魔物の類は出現しません。
光の丘の東のみ敵性生物が確認されています。
・『花の海』の南
小島が増えて、ほぼ陸地のような状態になっています。
そこまで行くと、背の高い花が増え、花の天蓋の下を歩むような景色になります。
花の色は様々で、場所によって多い色が異なります。
・『色彩樹林』の南
南下するにつれ、食べられる植物のサイズや量が増えていきます。
特に既存の果物が巨大化したようなものが、多く垣間見られる環境になっています。
・『翠緑高地』の南
植物の高さが上がり、かなりの高度まで登れる環境になっています。
また空気を含んだ巨大な風船のような花が多数浮かんでおり、上に乗る事が出来ます。花は高地の外ではしぼんでしまうようです。
・『綿の庭園』の南
綿の花が少なくなり、穏やかな自然が広がる景色になっています。
庭園にいた動物の前身のような、綿毛でない普通のキツネやひよこ、猫など、人懐こい動物が多種存在しているようです。
・『夕日丘陵』の南
オアシスが増え、南国のビーチのような景色になっています。
水の綺麗な湖と、ヤシの木が生えている浜があり、休憩もしていけるような環境になっています。
・『光の丘』の東
光る胞子を生む花が絨毯のように広がる、薄暗い森になっています。
その先は洞窟です。壁全体から薄く水が湧いており、水鏡のようになっています。迷路状で、最奥は古いエーテルだまりの痕跡となっています。
森と洞窟では、馬に似た魔獣がランダムで出現します。強い敵意で襲いかかってくるでしょう。
洞窟を抜けた先には牧草の広がる美しい丘陵があります。魔獣の前身のような馬型の野生動物が多数います。
マスターより
嘗て冒険者が踏破した樹海の一地区の、更に先を探索するシナリオとなります。
探索は好きな場所を行って構いません。
全ての場所を網羅する必要はありませんし、未知のものを発見しないといけないわけでもありません。
ある程度先の環境を調べて帰ってこられれば成功となります。
ゆったりと調査したい場合は南方面に、戦闘も歓迎という場合は東に行ってみると良いでしょう。
なお、調査中はいつでも引き返して、幻郷内の安全な宿泊施設に戻る事が出来ます。
光の丘の東以外の場所は魔獣も出ないので、その場で長時間を過ごす事も可能でしょう。
なお幻郷そのものの地区については、前回のシナリオ「幻郷開拓記」を参考にして頂ければと思います。
皆様のプレイングを、心より楽しみにお待ちしております。
リプレイ
●庭園から楽園へ
長閑な空気の中を、ぱたぱたと駆けて――サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブは綿の庭園から南へと向かっていた。
「にゃ! 幻郷久しぶりだなぁっ」
「ええ」
柔らかに頷くコルネリウス・アーラもまた幻郷は久しくて。ふわふわと靡いている綿の花に視線を向けて、今日は高い所じゃない事に安堵の心持ち。
「この先ですね」
「うん!」
と、頷くサフィラが見据える先が今までの幻郷との境。そこを越えると――徐々に景色の風合いが変わってくる。
綿の花の代わりに増えるのは、素朴な色合いが可憐な野花だ。
背の低い草もさらさらと風に揺れていて。
「ふぁ……」
サフィラは青空の下、寛いだ気持ちで草のベッドに座り込み。
「綿の花もふもふしてて良かったけど、ここもサウゼルとは思えないくらい穏やかで気持ちのいい場所だねー!」
それから思わずごろんと寝転がる。
コルネリウスも微笑んで、並んで転がってみる、と。
「見てください、サフィラさん」
気づいて前方を指す。
植生の豊かな木立があるのだが……そこの草花ががさりと揺れたかと思うと、もそり。可愛らしいキツネが出てきたのだ。
「わぁっ、キツネ!」
「あっ、猫さんもいますよ」
「え? どこ……ってうわっ!?」
サフィラは驚く。見下ろしたすぐ傍に、にゃあ、と猫がいるのだった。
キツネも猫も仲間がいたのか、一匹だけではなく、連なるように二匹、三匹。次々に歩み出てきて――
「皆、集まってくる……!」
こちらに興味があるのかぽてぽてと近づいて、触れてくる。
「これは、もふもふ、気持ちいい……」
サフィラは思わず瞳を細めて頭やお腹を撫で撫で。
コルネリウスもその様子に笑みを零しつつ……自分も自然ともふもふとしているのだった。
「人懐っこいですね」
キツネはピンとした三角の耳が目を引き、毛は文字通りのきつね色。栄養状態も悪くないのか、丸みを帯びた体が愛らしい。
撫でると細く鳴いて心地良さ気な表情をするので、辞め時が見つからないほどだ。
一方、猫は模様も毛色もとりどり。茶トラにブチにサビ、灰猫に黒猫、皆こちらを警戒するでもなく、肉球でぺたぺたと触れてくる。
故にコルネリウスは、そんな猫を抱き上げて。
「ここで猫吸いをひとつ……」
すぅーと吸うと、隣のサフィラもまた、すーぅ。二人で暫し猫吸いが捗るのだった。
勿論、キツネもじゃれてくるので――
「ふぁ……ふにゃ」
サフィラがそんなキツネを吸うと、コルネリウスもまた存分にキツネ吸いを堪能する。
と、コルネリウスの傍らから……猫のまるこげが飛び出した。
「あ、まるこげちゃんも連れてきたんだね!」
「ええ。まるちゃん、あまり遠くに行っちゃだめですよ?」
まるこげは鳴いて応えつつ、親近感を得たのかどうか、黒猫達と追いかけっこをし始めた。
コルネリウスもそこに交じって、猫達を猫じゃらしでごろごろさせてみたりしつつ――勿論、調査もしっかりと行う。
「この環境はかなり先まで続いているようですね」
「じゃあ地図に描いていこっ!」
頷くサフィラも、仕事はきっちりこなしつつ。
「あっ、珍しい鳥が……!」
と、新種らしいものを見つければ、スケッチも丹念に行った。
気づくとまた猫が足元にすりすりと寄ってくるから。
「もーしょうがないなぁ」
またコルネリウスと二人、猫を吸って、じゃれあって。ゆったりと調査を続けてゆくのだった。
●色彩の未来
仄かに甘い風が香ってくる。
色彩樹林の南へと、エイル・アーティライトは足を伸ばしていた。
「成程――」
そこで目につくのは情報通り、巨大な果実だ。
赤い艶が映えるイチゴや、重量感のあるリンゴ。片手では持てぬほどのキウイ。
大きさに細かな差はあれど、それらが生る様は壮観と言っても良く。そんな景色を眺めつつ、エイルは採取と調査を始めた。
果実を切り、中を調べると……一つ頷く。
「物自体は、普通の果実とさほど変わらないようですね」
大ぶりだが、あくまで見た目通りの果実らしいと把握する。
「毒もなさそうですね」
注意深く口に運ぶと、味にも問題はなさそうだ。
勿論美味とは言えないものも中にはあった。だが無害には違いなく、これならば実用にも意識が向くところだ。
例えばこれを他所で育てられるならば、食糧問題にも貢献が出来そうだが――
「それも簡単に、とは行きませんか」
エイルは呟く。
調べているのは土壌だった。
どうやら外で見られるものに比べ、かなり栄養が豊富らしい。巨大な果実と、それを支える頑強な樹木が育つ要因はそこにありそうだった。
樹海特有の大地らしく――
「ここに適した形に進化した果樹なのでしょうね……」
この果実が外でそのまま育つ、とは考えにくそうだ。
ただ、既に育っている果実だけでも相応の量がある。
「幻郷に運ぶのは難しくないですし……そこから外に輸送すれば十分に活用はできそうですね」
この場所自体、観光資源にもなるだろう。
「ひとまずは、この程度でしょうか」
エイルは言いながらもサンプルを確保。持ち切れないものも果汁や種を採取して――また暫し周囲を見て回っていった。
●もふもふのある景色
「とっても長閑になりましたね!」
澄んだ青空の下、綿の庭園を歩み出すのはエルナ・クルプファルツ。
久しぶりに訪れたそこが、一層平和な空気になっているから――胸いっぱいに空気を吸って、その快さを味わう。
穏やかで、眠気を誘うほどの心地よい陽気に……コハクもふわ、とあくび。
「ここは良い場所ね……」
「先の方も安全みたいね」
と、南方を見つめるのはカメリア・ローレンス。
危険もないならと、早くも羽ペンを握って周囲を観察。記録に集中し始めた。
南方に進んで気づくのは、綿の花が少なくなっていく事だ。
それが疎らなる頃には――周囲は野花や小川の見える、穏やかな景色になる。
「ある意味ではこちらの方が普通の景色と言えそうね」
となれば、気になるのは動物だった。
庭園の方では、綿の花と共通したもふもふ具合が特徴的な生き物が多かったけれど、ここではどうなのか――と。
「あっ! 何か動きましたよ!」
そこでエルナが草むらに視線を向ける。
と、そこからがさりと音。見ていると……数匹の猫が出てきて近づいてきた。
「わぁ、猫さん!」
茶猫に三毛、サバトラ。
柄も様々なその数匹は、興味深そうにこちらの足元に前足を伸ばしてくる。
「可愛いですね!」
エルナは思わず抱き上げて、交感能力を発揮。こちらに懐いてきていると判れば、もふもふと撫でてあげるのだった。
猫がごろごろと心地良さげに喉を鳴らすと、カメリアも調査という名のもふもふ。こちらも交感能力を行使してコミュニケーションを取ってゆく。
「ここで普段から生活しているようね」
他の動物もいるようだが、餌になるものも沢山あるようで……動物間での争いもなく暮らす事が出来ているようだ。
「種としては、外の野生動物と大きくは変わらない形かしら?」
「でも、もふもふ感は強い気がします!」
エルナは程よい肉付きの猫を改めてもふもふ。毛並みの心地良さが幾分、普通の猫よりある気がした。
「ここの動物の特徴なのかも知れないわね」
カメリアは思考を巡らせる。
ここの動物は毛並みの進化に大きな伸びしろがあるのだろう。
その進化後の姿が、あの庭園で綿の花を餌にしてきた動物達なのかも知れなかった。
「向こうは元々魔獣も出る場所だったからね。毛並みが迷彩として働く個体が生き残っていった、という事なのでしょうね」
その発見もしかと書き留めながら……カメリアはもふもふも続けるのだった。
そこにいるのは勿論、猫だけではない。
「あっ、キツネさんです!」
エルナが瞳を輝かす先に、比較的小さなキツネがいた。
そのキツネもまた人懐こく、こちらに歩いてきてはじゃれついてくる。二匹、三匹と現れるのでエルナは次々ともふっていった。
「キツネさんのもふもふも、素晴らしいですね!」
「ええ」
カメリアも撫でつつ頷く。
キツネもこちらでは普通の見た目をしている。ただ思ったとおり、毛並みのもふもふ度合いは普通より強めだ。
「綿毛のふわふわもいいけれども、これはこれで良いもふもふね」
こうなると、とカメリアは傍らを向く
「コハクと動物達、どちらがよりもふもふなのか確かめる必要があるわね」
「……わふ?」
コハクは柔らかな芝の地面が気持ち良く、寝転がっている所。
エルナは「そうですね!」と頷いて。
「ここは一つ、もふもふ勝負を行っておきましょう!」
という訳で時間無制限もふもふ勝負。
コハクの豊かな尻尾をもっふりと撫でて……同時にキツネの尻尾や猫の毛並みもまたもふもふ度合いを確かめてゆく。
「これは難しいですね! 厳正な審査が必要です!」
「任せて頂戴」
と、カメリアもまたもふもふ。
コハクはくすぐったげにしながらも、陽気に当てられてまたゆっくり瞳を閉じていく。そんなコハクと動物を、カメリアとエルナで暫しもふった結果――
「これは、同率一位かしらね」
「そうですね! まさに天国ですね!」
「ええ……って、調査もしないと」
カメリアは頷きつつも、一応、コハクのもふもふ具合も参考データとして載せて……更に南へ。
樹海の森に景色が閉ざされるところまで、地形も含めて記録して。
「これで、かなり広範囲の地図が出来たわね」
「はい! 動物さんの情報もバッチリですね!」
エルナが確認すると、猫やキツネ、鳥などの分布も細かく記載されていて。更に新種と思われるものも見つけて……一行は十二分な成果と共に帰還するのだった。
●星下の美味
蒼い葉が空に映え、紅の幹が目を引く。
エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは、馬に荷を載せて――色彩樹林の南へ進んでいた。
「いつ来てもここはキレイな所だねー」
「本当ですね……!」
アルマが鮮やかな木々に視線を巡らすと、エヴァンも目移りしつつこくこくと頷く。
眺めるだけでも楽しい景色。ただ仕事もしっかりとこなすつもりだから……変化が見え始めると、状況を細かくメモし始める。
特に目につくのは――
「わぁ、おっきな果実!」
アルマも瞳を輝かす、果物の数々だ。
一際鮮やかなのは、真っ赤に実ったイチゴ。朝露に燦めく様が綺麗だけれど……驚くのは、両手でないと持てないほどの大きさだ。
「すごいですね……!」
エヴァンが感心の面持ちでスケッチしてゆくと、アルマも共感能力を交えつつ調査。健康に実った、無害な果実らしいと把握した。
「この辺り、植物がよく育つ環境なんだね。元は動物とかに運ばれてきた種みたいだけど……樹海に合わせて進化した感じかな?」
「確かに、土壌がすごく良さそうですね」
エヴァンは地面も調べつつ、生育状況と合わせて記録をとってゆく。
日のあたり方や、気温、栄養。特異な土壌の上に、様々な要因が組み合わさって……果物の木が固有の変化を遂げたのだろう。
「これ以上の詳細は、持って帰って調べましょう」
「うん」
という訳で採取。用意してきた袋にイチゴを入れ、マジカルポケットへ。
更に先を調べると――
「あっ、リンゴもあるー」
こちらもずっしりとした存在感の果実が生っている。
更にキウイやぶどう、オレンジを始めとした柑橘類も見つかった。
それらを収穫しつつ、サンプルには十分な量を得ると――
「後は、色々味見してみよっかー」
「はいっ!」
二人でわくわくと笑み合って。調理道具の準備もしてお料理タイムの始まりだ。
まずはそれぞれの果実をざっくりとカット。
最初に生で味見をしてみると――イチゴを齧ったアルマは「ん!」と思わず笑顔になった。
「これ、美味しいねー」
「そうですね。甘くほんのり酸っぱくて……」
と、エヴァンも同意の幸せ顔。
噛むとじゅぷりと果汁が溢れ、歯ごたえも丁度良い。新鮮な瑞々しさで美味だった。
ただ、続いて味見したぶどうはかなりの大味だ。
「これはイチゴと比べちゃうと、ですね……。キウイも、甘いですけど、ちょっとヒリヒリが強いです……」
「そうだねー」
エヴァンに対し、アルマはどれも美味しく頂いていたけれど、意見は分かる。
「こういうのこそ、手を加えたら変わるかな?」
「やってみましょう。こっちは干して、あとこっちもジャムに」
と、ぶどうやキウイはドライフルーツにして、イチゴの中でも味がよくなかったものは砂糖と一緒に煮てジャムに。
「リンゴは紅茶に合わせられそうかな?」
「美味しそうです……!」
エヴァンはそれに瞳をキラキラ。
リンゴは他にもバターでソテー。最後にバナナを牛乳と合わせてジュースにして。
「色々揃いましたね……!」
「出来上がりは、お夜食にしちゃおっか」
と、完成品を持ってテントの中へ。
少しテントの立て方をいじって、夜空も見えるようにして……二人で実食。
「頂きまーす。ん、リンゴ、いい感じだねー」
「香ばしくて美味しいです」
ソテーにはあえて大味なものを選んだけれど、バターの風味が加わるとクセがなくなり美味。
バナナジュースも甘やかで……各種ジャムも果実の風味が立っていた。
「こちらも、干すとイケますね――」
と、半日干したぶどうやキウイは味が凝縮され、格段に食べやすい。
「時間をかけてしっかりドライにすれば、すごく美味しくなりそうだねー」
「そうですね……あ、紅茶も美味しい……」
「ほんとだ」
アルマもフルーティな一杯を味わいつつ――捨てずにとっておいた皮を見る。
「これだけでも、スイーツの器として映えそうな感じもするからねー」
「きっと、とても豪華に見えますね」
そんな言葉を交わしつつ、夜も更けてきて。
空を仰げば満天の星。
「お星さまもとってもキレイだし」
幸せー、と。
アルマはエヴァンの手を握る。エヴァンも応じて、二人で仲良く手をつなぎ――ゆるりとした時間を送っていった。
●穏やかな未来へ
優しい風に、草花が撫ぜられている。
「平和な場所だね」
庭の庭園。その南方へと歩んで行きながら――エルシー・サリバンは流れるやわらかな空気に一つ、深呼吸をしていた。
ええ、と頷くネーヴェ・グラヌローザ同じ気持ちで。
「とても過ごしやすい場所ですわ」
この先にいると言われる動物達も、この環境に寛いでいるのだろうか。
思いながら歩みを進めていくと……綿の花が疎らになってくる辺りで、植物の間に動く影を発見した。
ゆっくりと出てくるそれは、猫だ。
夫婦と子猫なのか、三匹で連なって――こちらに近づいてくる。
ネーヴェはそっとしゃがみ、猫が伸ばしてくる脚に触れ、更に抱っこしてみる。
なー、と鳴いた猫は拒むでもなく。寧ろ懐くようにネーヴェに毛並みをすりすりと擦り付けていた。
エルシーはふふ、と笑む。
「ネネ、好かれてるね」
「とても人懐こい子達のようです」
ネーヴェが微笑みながら撫でると、猫はごろごろと気持ちよさげだ。
この機に、交感能力も発揮して意思疎通を図る事にした。すると猫達に敵愾心が全くなく……好いてくれている事が判る。
「可愛いなぁ。そうだ、私も」
と、エルシーはおやつを用意。
それを差し出してあげると……猫達はにゃあにゃあと鳴いて注目。はむはむと食べ始め――どこかから察知したのか、更に別の猫も集まってきた。
だけでなく、キツネやウサギも現れて――その皆が人懐こいようだと把握する。
ネーヴェはそれぞれに交感能力を働かせた。
「私達を物珍しがっているようですね」
「敵が居なくて、恐れを知らないからっていうのもありそうなの」
エルシーも動物達に構ってあげつつ、思考を巡らせる。
のびのびと暮らせる環境だからだろう、動物達は好奇心のまま爛漫に行動出来るのだ。
故にこそ、ネーヴェはしっかりと敵意が無い事を伝えて。
「彼らの住処を、侵さないようにしたいですわね」
「うん」
エルシーも応えながら、ひよこがやってくるのを見つけると……近くの親鳥が不安がっていない事を確認しつつ、優しく撫でてあげていた。
それから南下を続けつつ、夜になると野営。
黒汗馬から荷物を下ろしたエルシーは……立てた棒に毛布をかけ、ターフにしてその下で過ごす事にした。
「これでいいよね」
「ええ。では、百合茶をどうぞ」
と、ネーヴェが食料と共に樽ジョッキで供すると、エルシーはお礼を言って受け取って。休息を取りつつ、二人で打ち合わせを続ける。
「とりあえずは、動物みんなの住処と生活が分かるように記録して……道を作るならルートは考えないとね」
「そうですね。野営を許可出来る場所も、選定しておきましょうか」
全てはこの環境と、動物達の暮らしの為。
「この穏やかなひと時を、私達の手で壊す訳には参りませんものね」
「うん。観光する側にもきっちりルールを作っていかないと」
エルシーが言いつつ視線を下ろすと――そこで先刻懐いた猫が、丸くなって寝ていた。
表情を和らげて、エルシーは猫をそっと撫でる。
「穏やかな暮らしのまま居られるよう、守るからね」
猫は警戒心もなく、眠り続けている。
それにエルシーは瞳を細めて。
「さっ、明日からも頑張ろ?」
「そうですわね」
二人はその日は早めに就寝。
翌日からまた歩みを進め、その景色の終わりまでを探索。動物の暮らしと共に、人が取るべき進路についても綴っていった。
●静風
「素敵な所……」
エリカ・プレトリウスは綿の庭園から南へ歩みを進めていた。
快い風と、広がる自然の景色。それに惹かれてもいるのだろうか、フードからシマリスのネムが興味深げに顔を出していて。
「あっ――」
と、引き留めようと思う間もなく、次には飛び出して辺りへ歩き出してしまう。
「ネム、あんまり離れないでね」
声をかけると、ネムは囀るように鳴くけれど……今日はおやつを持ってきてもいないし、無理に引き止めるのも難しそうだ。
実際、ネムは草花の間をどんどん進んでいっている。
とはいえ、最後には戻ってきてくれるという信頼もあるから――エリカは慌てず周囲の観察も並行した。
「これが此処の綿……」
南の更に端まで行かなければ、綿の花はまだまだ多く生っている。
エリカはそんな一つに視線を近づけ、そっと触れてみた。
すると柔らかで優しい感触が伝わる。
非常に綿毛が豊かで、質も良く。植物自体強そうなので、これに関しては樹海の外でも栽培を試みる事が出来そうだ。
「……」
エリカはふと自身の後見であるシュルトハイス家の事を意識した。
そこでは綿花の栽培や加工をしている。けれど農耕の盛んな王国内では、決して珍しい事という訳でもなくて。
「こういう、珍しい物を取り扱えたら……」
あわよくば子爵領でそれを独占出来れば――唯一という価値も持てるのに、と。
ただ――流石にそれは絵空事。
何より自分が口にするには不遜が過ぎるから。
エリカはゆるく首を振ると、歩みを再開。
いつしかネムが戻ってくると、それに表情を和らげて。後は黙って、他の草花も調べ回って記録を続けていった。
●未来の為に
「穏やかで、のんびりできるね……」
歩めば、自然の匂いに満ちる景色が見える。
そんな綿の庭園南方を、ルーンス・ラグネルは訪れていた。
そこは多様な植物が生っていて、動物達の姿も目に留まる。こちらを見つけた猫やウサギは、興味深げに近づいてきて――すりすりと戯れてきた。
「人懐っこいね」
触れてみても、怖がらない。
撫でると心地良さげに鳴いていて。
「外敵が存在しないんだろうね」
そうすぐに理解出来た。
だからこそ、ルーンスは顎に指を当てる。
「これは……考えないと駄目だな」
平和な眺めで、ここを見る人々は喜ぶだろう。だからこそ、そこにはリスクも潜んでいるとルーンスには判る。
故に群れや分布を確認。必要な調査をした上で――幻郷の宿に戻った。
そこで、収穫されてきた果物も頂きながら……ヨーゼフに話をする。
「幻郷の各所に関所作った方がいいよ」
と、まずルーンスは提案したのはその事だった。
「関所、ですか」
「うん。物珍しい動植物を欲しがる考えなしは多いし……単純な観光でも、後先考えず、頭お花畑にやらかすのも多いから」
金になるからと乱獲されるだけじゃない。
幻郷以外の動植物が入ってもまた、今の姿は全て消えるだろ、と。
「人が安全に行き来できるようになるというのは、そういうことだよ」
「……成程。自然が壊れる要因は、常に生まれる危険性があるんですね」
ヨーゼフの言葉に、ルーンスは頷く。
「それでも、人が来てない今なら、対策出来る問題でもあるから」
保護についても並行して行ってほしい、と。
そうルーンスが伝えると、ヨーゼフはしっかりと頷いて、今後の指針にすると応えたのだった。
●果てのその先へ
深い木立を縫って行く。
その向こうに、幻郷の更に先がある。
「そろそろだね」
光の丘の東。荷を詰めたバックパックを背負うララベル・サン・ディーベルは、歩みながら前を見据えていた。
心にあるのは、まだ見た事のない景色への期待の思い。
ああ、と頷くのは横を歩むバーネット・フォーサイス。
「ただの森とは違うって場所に……着くはずだ」
言いながら、こちらも足取りは前向きだ。
更なる秘境を求めて、先へ進む事。それこそ冒険者冥利に尽きる仕事だから。
程なく、木々が僅かに疎らになると――辺りが暗くなってくる。
それから少し進むと――
「わぁ……」
ララベルは思わず立ち止まって視線を巡らせた。
見えるのは、薄闇の中で淡く地面が光る景色。
よく見れば灯る源は地面そのものではなく、絨毯のように群生する花だ。
「この胞子が光ってるんだ?」
と、足元の花を覗き込むのはスフィカ。
観察すると……ふわりふわりと、花から空気中に胞子が昇ってくるのが判る。それが薄っすらとした光を纏っているのだ。
一つの花が出す胞子は多くはない。
ただ、花は無数に咲き誇り――遠くまで仄かな光の絨毯が続いているように見えるのだ。
「美しい場所だな……」
と、木々から歩み出ただわもまた、声を零す。
深い藍色に沈んだ薄闇と、ぼんやりとした碧色の光が織りなす幻想的な眺め。幻郷の中に勝るとも劣らない美観だった。
出発前に目を通した資料によれば、先遣隊が確認したのはこの周囲だけだ。
「この先には何があるか、判っていないという事だな」
「うん。注意して進んでいこう」
スフィカはテラリウムのランタンを取り出す。
胞子があるが、明るいとまでは言えない眺めである。実際、灯りを腰にぶら下げると……格段に視界が良くなった。
そこで花を調べてみるのが――サイラスである。
数輪採取して、成程と呟く。
「確証はないけど、エーテルに影響受けてる感じなのかね?」
野花が変質したようなものらしいと把握すると……胞子もまた採集。
「こっちは、光の丘にあるものと似てるなー」
因果関係で言えば、こちらが先かも知れない。幻郷が広がる過程で、ここの環境の一部が光の丘にも流れ込んだのだろう、と。
そんな事も記録しつつ、皆と共に歩み出す。
一帯は道筋もない森だが、だわやバーネットがマッピングをする事で迷わず進行。スフィカも花の生育地をメモし、それが東方向に続いているらしいと見て取った。
「花の先には何があるのかな――」
呟きつつ、辿るように進んでいく……と。
スフィカはそこでふと気づく。定期的にエーテルの波を走らせていたのだが……そこに反応があったのだ。
ララベルも気づいている。
「あれは……魔獣だよ」
言った直後には、木立の奥からがさりと音が響く。
次の瞬間、闇から影が飛び出してきた。
「……馬に似てるな」
柄だけの状態の剣を握り――だわは僅かに腰を落としてそれに相対する。
こちらを睨むのは、長い四肢と尾を持つ魔獣だった。
確かに馬を彷彿とさせる姿で……騎士として馬に敬意を持ってきただわは少々、刃を振るうのに気が進まない。
だが、魔獣は既にこちらを獲物に定めていた。
戦いは避けられない――ならば。
「行くぞ」
決めれば迷いなく、だわは地を蹴って一閃。顕現させた剣身を奔らせ、鋭い斬撃を叩き込んでいた。
「うん!」
応えるララベルもまた疾い。
相手が動く前に疾駆すると、連続の刺突。一体を貫いて撃破すると、止まらずひらりと跳躍して二体目にも傷を刻む。
その魔獣は吼えながら駆けてくるが……放たれた体当たりを、サイラスは正面から防御。しかと受け止めると――三叉の穂先を持つ槍で反撃して倒した。
「後は、頼むな」
「任せて!」
声を返したスフィカも真っ直ぐに走る。
そのまま短剣を鮮やかに振るって一撃を加えると、続けて体を翻して二撃目。踊らせるように双剣を振るい、大きく体力を削り取った。
魔獣が反撃の様子を見せても、スフィカはその前に素早く飛び退いて間合いを取る。
それでも魔獣は殺意を収めず、走り込んでくるが――
「悪く思うなよ」
バーネットが杖を翳す。
そこから生まれる魔力の光球が、高速で飛翔。違わずに魔獣を貫いて撃破した。
皆は息をつき、互いの無事を確認する。
問題ないと判れば、サイラスは魔獣の亡骸を回収した。自身特有の能力に役立つからでもあるが――素材として有用でもあるから、と。
「……」
それを見ていただわも、魔獣の体の一部を持ち帰る事にする。
こちらは、生息情報の為だ。素材を余さず利用するなら、食用にしても良かったかも知れないが――
(人と馬だけは食えない)
見下ろしながら、改めて思って。だわはその肉と骨を切り取って、荷に加えた。
その後水源を見つけると、一時休憩。
ララベルが食べられる山菜や木の実を見つけてくると――持参した保存食も合わせて、即席のキャンプを張った。
「皆も、どうぞ」
「悪いな」
バーネットや皆がそれを受けとり、それから互いの食料も持ち寄って。
空腹を満たし、疲れも癒すと――行軍再開。
花が少なくなってきた場所で、代わりに見つけたのが……洞窟だった。
「わぁ、見て。水でキラキラ光ってるよ。綺麗」
ララベルが華やいだ表情になる。
そこは壁が水鏡となっている美しい空間だ。
ただ、バーネットは中を覗いて呟く。
「入り組んでそうだな」
先は細道で、複数に分岐していた。
それぞれが奥に続いているらしく……サイラスもそこから先へ視線をやる。
「分岐が更に分岐してるなー。これは闇雲には進めないかも」
言うと閃光塗弾の塗料を槍の先端に付けて……水の湧いてない天井に塗った。これで目印になる上に、遠目からでも確認出来る。
スフィカは手にした紙に、最初の分岐を書き込んでいた。
「目印があれば、地図も作りやすいね!」
「ああ。魔獣は出るかも知れないから、気を引き締めていこう」
バーネットが言って歩み出せば、皆も頷き探索開始。
幾つもの分かれ道をマッピングして、目印を付けて。同じ場所に戻ってきたと見れば、未踏の分岐を潰していく。
するとその内に――
「ここは今までと違うな」
だわが通路の大きさが僅かに違う場所を発見。
地図上で言えば一番東の部分に当たるらしく……出口が近いかも知れないと、皆で警戒して進んだ。
すると段々と、壁や通路が歪んでくるのが判る。
時にひび割れ、時に抉れていて。嘗て多くの魔獣がひしめいていた事も判る、そんな荒れた景色が連なってきて。
「まるでダンジョンの深部だね」
ララベルの零したその言葉が的を射ているとは、サイラスにも判った。
「エーテル溜まりの跡かな、ここは」
足を止めて見回す、その場所を中心に景色の変化が起こっていたようだ。
今はもう、何も感じるものはないけれど。
「ここは昔、ダンジョンそのものだったんだね」
スフィカもゆるりと回りながら視線を巡らす。
どれほど以前の事かは判らない。ただ、ここを中心に始まった変化が、あの花と光る胞子も生み出したのかも知れなかった。
それから東に進むと、徐々に歪みのない洞窟の景色に戻っていく。
そうして出口に辿り着き――
「わぁ――」
開けた視界に、ララベルがたたっと駆ける。
そこは青空の下、雄大な眺めが広がる丘陵だった。
牧草が風に緩やかに揺れており、敵の気配もない、穏やかな光景だ。
「絶景かな絶景かな……てやつだな、コレは」
バーネットが風景を絵に残し始めると――丘を歩む野生動物の姿も見えた。
先刻の魔獣に似た、馬のような動物だ。
サイラスは凶暴かどうかと、試しに目の前で牧草を齧ってみたりする。けれど……馬は温和なもので、ヒヒンと穏やかに鳴くばかりだ。
「全く無害な動物だなー」
「この馬が、あの環境で魔獣化してしまったのかも知れないな……」
だわは呟く。
エーテル溜まりとダンジョン。それに影響され、先刻の魔獣達は生まれた。
「だとしたら……幻郷を作ったっていう“幻獣”も、その魔獣が更に変化したものだったのかも知れないね」
スフィカは資料を手にしつつ言った。
即ち、あのエーテル溜まりが幻郷にまつわる原初だったという事だろう。
「そうだったんだ――」
ララベルはどこか、感慨を覚える。
それから高いところに登り、一帯を観察した。
丘陵は遠くで終わっている。そこから先はずっと、樹海の森が続いているようだ。
馬達も、ここで穏やかに生きているだけだ。
「幻郷は本当にここで終わり、だね」
「うん」
スフィカも軽く伸びをする。
歩き通しだったけれど……目的へ辿り着いた達成感が確かにそこにあった。
それから必要な情報を纏め、帰還すると……スフィカはレストハウスへ。
迎えてくれたスタッフに報告や挨拶をすると、ふひー疲れた、と椅子に座り込んで。
「戻ってすぐ休憩できるの最高かもしんない」
そんな実感と共に……供される食事も楽しみ、暫しゆっくりと過ごすのだった。
長閑な空気の中を、ぱたぱたと駆けて――サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブは綿の庭園から南へと向かっていた。
「にゃ! 幻郷久しぶりだなぁっ」
「ええ」
柔らかに頷くコルネリウス・アーラもまた幻郷は久しくて。ふわふわと靡いている綿の花に視線を向けて、今日は高い所じゃない事に安堵の心持ち。
「この先ですね」
「うん!」
と、頷くサフィラが見据える先が今までの幻郷との境。そこを越えると――徐々に景色の風合いが変わってくる。
綿の花の代わりに増えるのは、素朴な色合いが可憐な野花だ。
背の低い草もさらさらと風に揺れていて。
「ふぁ……」
サフィラは青空の下、寛いだ気持ちで草のベッドに座り込み。
「綿の花もふもふしてて良かったけど、ここもサウゼルとは思えないくらい穏やかで気持ちのいい場所だねー!」
それから思わずごろんと寝転がる。
コルネリウスも微笑んで、並んで転がってみる、と。
「見てください、サフィラさん」
気づいて前方を指す。
植生の豊かな木立があるのだが……そこの草花ががさりと揺れたかと思うと、もそり。可愛らしいキツネが出てきたのだ。
「わぁっ、キツネ!」
「あっ、猫さんもいますよ」
「え? どこ……ってうわっ!?」
サフィラは驚く。見下ろしたすぐ傍に、にゃあ、と猫がいるのだった。
キツネも猫も仲間がいたのか、一匹だけではなく、連なるように二匹、三匹。次々に歩み出てきて――
「皆、集まってくる……!」
こちらに興味があるのかぽてぽてと近づいて、触れてくる。
「これは、もふもふ、気持ちいい……」
サフィラは思わず瞳を細めて頭やお腹を撫で撫で。
コルネリウスもその様子に笑みを零しつつ……自分も自然ともふもふとしているのだった。
「人懐っこいですね」
キツネはピンとした三角の耳が目を引き、毛は文字通りのきつね色。栄養状態も悪くないのか、丸みを帯びた体が愛らしい。
撫でると細く鳴いて心地良さ気な表情をするので、辞め時が見つからないほどだ。
一方、猫は模様も毛色もとりどり。茶トラにブチにサビ、灰猫に黒猫、皆こちらを警戒するでもなく、肉球でぺたぺたと触れてくる。
故にコルネリウスは、そんな猫を抱き上げて。
「ここで猫吸いをひとつ……」
すぅーと吸うと、隣のサフィラもまた、すーぅ。二人で暫し猫吸いが捗るのだった。
勿論、キツネもじゃれてくるので――
「ふぁ……ふにゃ」
サフィラがそんなキツネを吸うと、コルネリウスもまた存分にキツネ吸いを堪能する。
と、コルネリウスの傍らから……猫のまるこげが飛び出した。
「あ、まるこげちゃんも連れてきたんだね!」
「ええ。まるちゃん、あまり遠くに行っちゃだめですよ?」
まるこげは鳴いて応えつつ、親近感を得たのかどうか、黒猫達と追いかけっこをし始めた。
コルネリウスもそこに交じって、猫達を猫じゃらしでごろごろさせてみたりしつつ――勿論、調査もしっかりと行う。
「この環境はかなり先まで続いているようですね」
「じゃあ地図に描いていこっ!」
頷くサフィラも、仕事はきっちりこなしつつ。
「あっ、珍しい鳥が……!」
と、新種らしいものを見つければ、スケッチも丹念に行った。
気づくとまた猫が足元にすりすりと寄ってくるから。
「もーしょうがないなぁ」
またコルネリウスと二人、猫を吸って、じゃれあって。ゆったりと調査を続けてゆくのだった。
●色彩の未来
仄かに甘い風が香ってくる。
色彩樹林の南へと、エイル・アーティライトは足を伸ばしていた。
「成程――」
そこで目につくのは情報通り、巨大な果実だ。
赤い艶が映えるイチゴや、重量感のあるリンゴ。片手では持てぬほどのキウイ。
大きさに細かな差はあれど、それらが生る様は壮観と言っても良く。そんな景色を眺めつつ、エイルは採取と調査を始めた。
果実を切り、中を調べると……一つ頷く。
「物自体は、普通の果実とさほど変わらないようですね」
大ぶりだが、あくまで見た目通りの果実らしいと把握する。
「毒もなさそうですね」
注意深く口に運ぶと、味にも問題はなさそうだ。
勿論美味とは言えないものも中にはあった。だが無害には違いなく、これならば実用にも意識が向くところだ。
例えばこれを他所で育てられるならば、食糧問題にも貢献が出来そうだが――
「それも簡単に、とは行きませんか」
エイルは呟く。
調べているのは土壌だった。
どうやら外で見られるものに比べ、かなり栄養が豊富らしい。巨大な果実と、それを支える頑強な樹木が育つ要因はそこにありそうだった。
樹海特有の大地らしく――
「ここに適した形に進化した果樹なのでしょうね……」
この果実が外でそのまま育つ、とは考えにくそうだ。
ただ、既に育っている果実だけでも相応の量がある。
「幻郷に運ぶのは難しくないですし……そこから外に輸送すれば十分に活用はできそうですね」
この場所自体、観光資源にもなるだろう。
「ひとまずは、この程度でしょうか」
エイルは言いながらもサンプルを確保。持ち切れないものも果汁や種を採取して――また暫し周囲を見て回っていった。
●もふもふのある景色
「とっても長閑になりましたね!」
澄んだ青空の下、綿の庭園を歩み出すのはエルナ・クルプファルツ。
久しぶりに訪れたそこが、一層平和な空気になっているから――胸いっぱいに空気を吸って、その快さを味わう。
穏やかで、眠気を誘うほどの心地よい陽気に……コハクもふわ、とあくび。
「ここは良い場所ね……」
「先の方も安全みたいね」
と、南方を見つめるのはカメリア・ローレンス。
危険もないならと、早くも羽ペンを握って周囲を観察。記録に集中し始めた。
南方に進んで気づくのは、綿の花が少なくなっていく事だ。
それが疎らなる頃には――周囲は野花や小川の見える、穏やかな景色になる。
「ある意味ではこちらの方が普通の景色と言えそうね」
となれば、気になるのは動物だった。
庭園の方では、綿の花と共通したもふもふ具合が特徴的な生き物が多かったけれど、ここではどうなのか――と。
「あっ! 何か動きましたよ!」
そこでエルナが草むらに視線を向ける。
と、そこからがさりと音。見ていると……数匹の猫が出てきて近づいてきた。
「わぁ、猫さん!」
茶猫に三毛、サバトラ。
柄も様々なその数匹は、興味深そうにこちらの足元に前足を伸ばしてくる。
「可愛いですね!」
エルナは思わず抱き上げて、交感能力を発揮。こちらに懐いてきていると判れば、もふもふと撫でてあげるのだった。
猫がごろごろと心地良さげに喉を鳴らすと、カメリアも調査という名のもふもふ。こちらも交感能力を行使してコミュニケーションを取ってゆく。
「ここで普段から生活しているようね」
他の動物もいるようだが、餌になるものも沢山あるようで……動物間での争いもなく暮らす事が出来ているようだ。
「種としては、外の野生動物と大きくは変わらない形かしら?」
「でも、もふもふ感は強い気がします!」
エルナは程よい肉付きの猫を改めてもふもふ。毛並みの心地良さが幾分、普通の猫よりある気がした。
「ここの動物の特徴なのかも知れないわね」
カメリアは思考を巡らせる。
ここの動物は毛並みの進化に大きな伸びしろがあるのだろう。
その進化後の姿が、あの庭園で綿の花を餌にしてきた動物達なのかも知れなかった。
「向こうは元々魔獣も出る場所だったからね。毛並みが迷彩として働く個体が生き残っていった、という事なのでしょうね」
その発見もしかと書き留めながら……カメリアはもふもふも続けるのだった。
そこにいるのは勿論、猫だけではない。
「あっ、キツネさんです!」
エルナが瞳を輝かす先に、比較的小さなキツネがいた。
そのキツネもまた人懐こく、こちらに歩いてきてはじゃれついてくる。二匹、三匹と現れるのでエルナは次々ともふっていった。
「キツネさんのもふもふも、素晴らしいですね!」
「ええ」
カメリアも撫でつつ頷く。
キツネもこちらでは普通の見た目をしている。ただ思ったとおり、毛並みのもふもふ度合いは普通より強めだ。
「綿毛のふわふわもいいけれども、これはこれで良いもふもふね」
こうなると、とカメリアは傍らを向く
「コハクと動物達、どちらがよりもふもふなのか確かめる必要があるわね」
「……わふ?」
コハクは柔らかな芝の地面が気持ち良く、寝転がっている所。
エルナは「そうですね!」と頷いて。
「ここは一つ、もふもふ勝負を行っておきましょう!」
という訳で時間無制限もふもふ勝負。
コハクの豊かな尻尾をもっふりと撫でて……同時にキツネの尻尾や猫の毛並みもまたもふもふ度合いを確かめてゆく。
「これは難しいですね! 厳正な審査が必要です!」
「任せて頂戴」
と、カメリアもまたもふもふ。
コハクはくすぐったげにしながらも、陽気に当てられてまたゆっくり瞳を閉じていく。そんなコハクと動物を、カメリアとエルナで暫しもふった結果――
「これは、同率一位かしらね」
「そうですね! まさに天国ですね!」
「ええ……って、調査もしないと」
カメリアは頷きつつも、一応、コハクのもふもふ具合も参考データとして載せて……更に南へ。
樹海の森に景色が閉ざされるところまで、地形も含めて記録して。
「これで、かなり広範囲の地図が出来たわね」
「はい! 動物さんの情報もバッチリですね!」
エルナが確認すると、猫やキツネ、鳥などの分布も細かく記載されていて。更に新種と思われるものも見つけて……一行は十二分な成果と共に帰還するのだった。
●星下の美味
蒼い葉が空に映え、紅の幹が目を引く。
エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは、馬に荷を載せて――色彩樹林の南へ進んでいた。
「いつ来てもここはキレイな所だねー」
「本当ですね……!」
アルマが鮮やかな木々に視線を巡らすと、エヴァンも目移りしつつこくこくと頷く。
眺めるだけでも楽しい景色。ただ仕事もしっかりとこなすつもりだから……変化が見え始めると、状況を細かくメモし始める。
特に目につくのは――
「わぁ、おっきな果実!」
アルマも瞳を輝かす、果物の数々だ。
一際鮮やかなのは、真っ赤に実ったイチゴ。朝露に燦めく様が綺麗だけれど……驚くのは、両手でないと持てないほどの大きさだ。
「すごいですね……!」
エヴァンが感心の面持ちでスケッチしてゆくと、アルマも共感能力を交えつつ調査。健康に実った、無害な果実らしいと把握した。
「この辺り、植物がよく育つ環境なんだね。元は動物とかに運ばれてきた種みたいだけど……樹海に合わせて進化した感じかな?」
「確かに、土壌がすごく良さそうですね」
エヴァンは地面も調べつつ、生育状況と合わせて記録をとってゆく。
日のあたり方や、気温、栄養。特異な土壌の上に、様々な要因が組み合わさって……果物の木が固有の変化を遂げたのだろう。
「これ以上の詳細は、持って帰って調べましょう」
「うん」
という訳で採取。用意してきた袋にイチゴを入れ、マジカルポケットへ。
更に先を調べると――
「あっ、リンゴもあるー」
こちらもずっしりとした存在感の果実が生っている。
更にキウイやぶどう、オレンジを始めとした柑橘類も見つかった。
それらを収穫しつつ、サンプルには十分な量を得ると――
「後は、色々味見してみよっかー」
「はいっ!」
二人でわくわくと笑み合って。調理道具の準備もしてお料理タイムの始まりだ。
まずはそれぞれの果実をざっくりとカット。
最初に生で味見をしてみると――イチゴを齧ったアルマは「ん!」と思わず笑顔になった。
「これ、美味しいねー」
「そうですね。甘くほんのり酸っぱくて……」
と、エヴァンも同意の幸せ顔。
噛むとじゅぷりと果汁が溢れ、歯ごたえも丁度良い。新鮮な瑞々しさで美味だった。
ただ、続いて味見したぶどうはかなりの大味だ。
「これはイチゴと比べちゃうと、ですね……。キウイも、甘いですけど、ちょっとヒリヒリが強いです……」
「そうだねー」
エヴァンに対し、アルマはどれも美味しく頂いていたけれど、意見は分かる。
「こういうのこそ、手を加えたら変わるかな?」
「やってみましょう。こっちは干して、あとこっちもジャムに」
と、ぶどうやキウイはドライフルーツにして、イチゴの中でも味がよくなかったものは砂糖と一緒に煮てジャムに。
「リンゴは紅茶に合わせられそうかな?」
「美味しそうです……!」
エヴァンはそれに瞳をキラキラ。
リンゴは他にもバターでソテー。最後にバナナを牛乳と合わせてジュースにして。
「色々揃いましたね……!」
「出来上がりは、お夜食にしちゃおっか」
と、完成品を持ってテントの中へ。
少しテントの立て方をいじって、夜空も見えるようにして……二人で実食。
「頂きまーす。ん、リンゴ、いい感じだねー」
「香ばしくて美味しいです」
ソテーにはあえて大味なものを選んだけれど、バターの風味が加わるとクセがなくなり美味。
バナナジュースも甘やかで……各種ジャムも果実の風味が立っていた。
「こちらも、干すとイケますね――」
と、半日干したぶどうやキウイは味が凝縮され、格段に食べやすい。
「時間をかけてしっかりドライにすれば、すごく美味しくなりそうだねー」
「そうですね……あ、紅茶も美味しい……」
「ほんとだ」
アルマもフルーティな一杯を味わいつつ――捨てずにとっておいた皮を見る。
「これだけでも、スイーツの器として映えそうな感じもするからねー」
「きっと、とても豪華に見えますね」
そんな言葉を交わしつつ、夜も更けてきて。
空を仰げば満天の星。
「お星さまもとってもキレイだし」
幸せー、と。
アルマはエヴァンの手を握る。エヴァンも応じて、二人で仲良く手をつなぎ――ゆるりとした時間を送っていった。
●穏やかな未来へ
優しい風に、草花が撫ぜられている。
「平和な場所だね」
庭の庭園。その南方へと歩んで行きながら――エルシー・サリバンは流れるやわらかな空気に一つ、深呼吸をしていた。
ええ、と頷くネーヴェ・グラヌローザ同じ気持ちで。
「とても過ごしやすい場所ですわ」
この先にいると言われる動物達も、この環境に寛いでいるのだろうか。
思いながら歩みを進めていくと……綿の花が疎らになってくる辺りで、植物の間に動く影を発見した。
ゆっくりと出てくるそれは、猫だ。
夫婦と子猫なのか、三匹で連なって――こちらに近づいてくる。
ネーヴェはそっとしゃがみ、猫が伸ばしてくる脚に触れ、更に抱っこしてみる。
なー、と鳴いた猫は拒むでもなく。寧ろ懐くようにネーヴェに毛並みをすりすりと擦り付けていた。
エルシーはふふ、と笑む。
「ネネ、好かれてるね」
「とても人懐こい子達のようです」
ネーヴェが微笑みながら撫でると、猫はごろごろと気持ちよさげだ。
この機に、交感能力も発揮して意思疎通を図る事にした。すると猫達に敵愾心が全くなく……好いてくれている事が判る。
「可愛いなぁ。そうだ、私も」
と、エルシーはおやつを用意。
それを差し出してあげると……猫達はにゃあにゃあと鳴いて注目。はむはむと食べ始め――どこかから察知したのか、更に別の猫も集まってきた。
だけでなく、キツネやウサギも現れて――その皆が人懐こいようだと把握する。
ネーヴェはそれぞれに交感能力を働かせた。
「私達を物珍しがっているようですね」
「敵が居なくて、恐れを知らないからっていうのもありそうなの」
エルシーも動物達に構ってあげつつ、思考を巡らせる。
のびのびと暮らせる環境だからだろう、動物達は好奇心のまま爛漫に行動出来るのだ。
故にこそ、ネーヴェはしっかりと敵意が無い事を伝えて。
「彼らの住処を、侵さないようにしたいですわね」
「うん」
エルシーも応えながら、ひよこがやってくるのを見つけると……近くの親鳥が不安がっていない事を確認しつつ、優しく撫でてあげていた。
それから南下を続けつつ、夜になると野営。
黒汗馬から荷物を下ろしたエルシーは……立てた棒に毛布をかけ、ターフにしてその下で過ごす事にした。
「これでいいよね」
「ええ。では、百合茶をどうぞ」
と、ネーヴェが食料と共に樽ジョッキで供すると、エルシーはお礼を言って受け取って。休息を取りつつ、二人で打ち合わせを続ける。
「とりあえずは、動物みんなの住処と生活が分かるように記録して……道を作るならルートは考えないとね」
「そうですね。野営を許可出来る場所も、選定しておきましょうか」
全てはこの環境と、動物達の暮らしの為。
「この穏やかなひと時を、私達の手で壊す訳には参りませんものね」
「うん。観光する側にもきっちりルールを作っていかないと」
エルシーが言いつつ視線を下ろすと――そこで先刻懐いた猫が、丸くなって寝ていた。
表情を和らげて、エルシーは猫をそっと撫でる。
「穏やかな暮らしのまま居られるよう、守るからね」
猫は警戒心もなく、眠り続けている。
それにエルシーは瞳を細めて。
「さっ、明日からも頑張ろ?」
「そうですわね」
二人はその日は早めに就寝。
翌日からまた歩みを進め、その景色の終わりまでを探索。動物の暮らしと共に、人が取るべき進路についても綴っていった。
●静風
「素敵な所……」
エリカ・プレトリウスは綿の庭園から南へ歩みを進めていた。
快い風と、広がる自然の景色。それに惹かれてもいるのだろうか、フードからシマリスのネムが興味深げに顔を出していて。
「あっ――」
と、引き留めようと思う間もなく、次には飛び出して辺りへ歩き出してしまう。
「ネム、あんまり離れないでね」
声をかけると、ネムは囀るように鳴くけれど……今日はおやつを持ってきてもいないし、無理に引き止めるのも難しそうだ。
実際、ネムは草花の間をどんどん進んでいっている。
とはいえ、最後には戻ってきてくれるという信頼もあるから――エリカは慌てず周囲の観察も並行した。
「これが此処の綿……」
南の更に端まで行かなければ、綿の花はまだまだ多く生っている。
エリカはそんな一つに視線を近づけ、そっと触れてみた。
すると柔らかで優しい感触が伝わる。
非常に綿毛が豊かで、質も良く。植物自体強そうなので、これに関しては樹海の外でも栽培を試みる事が出来そうだ。
「……」
エリカはふと自身の後見であるシュルトハイス家の事を意識した。
そこでは綿花の栽培や加工をしている。けれど農耕の盛んな王国内では、決して珍しい事という訳でもなくて。
「こういう、珍しい物を取り扱えたら……」
あわよくば子爵領でそれを独占出来れば――唯一という価値も持てるのに、と。
ただ――流石にそれは絵空事。
何より自分が口にするには不遜が過ぎるから。
エリカはゆるく首を振ると、歩みを再開。
いつしかネムが戻ってくると、それに表情を和らげて。後は黙って、他の草花も調べ回って記録を続けていった。
●未来の為に
「穏やかで、のんびりできるね……」
歩めば、自然の匂いに満ちる景色が見える。
そんな綿の庭園南方を、ルーンス・ラグネルは訪れていた。
そこは多様な植物が生っていて、動物達の姿も目に留まる。こちらを見つけた猫やウサギは、興味深げに近づいてきて――すりすりと戯れてきた。
「人懐っこいね」
触れてみても、怖がらない。
撫でると心地良さげに鳴いていて。
「外敵が存在しないんだろうね」
そうすぐに理解出来た。
だからこそ、ルーンスは顎に指を当てる。
「これは……考えないと駄目だな」
平和な眺めで、ここを見る人々は喜ぶだろう。だからこそ、そこにはリスクも潜んでいるとルーンスには判る。
故に群れや分布を確認。必要な調査をした上で――幻郷の宿に戻った。
そこで、収穫されてきた果物も頂きながら……ヨーゼフに話をする。
「幻郷の各所に関所作った方がいいよ」
と、まずルーンスは提案したのはその事だった。
「関所、ですか」
「うん。物珍しい動植物を欲しがる考えなしは多いし……単純な観光でも、後先考えず、頭お花畑にやらかすのも多いから」
金になるからと乱獲されるだけじゃない。
幻郷以外の動植物が入ってもまた、今の姿は全て消えるだろ、と。
「人が安全に行き来できるようになるというのは、そういうことだよ」
「……成程。自然が壊れる要因は、常に生まれる危険性があるんですね」
ヨーゼフの言葉に、ルーンスは頷く。
「それでも、人が来てない今なら、対策出来る問題でもあるから」
保護についても並行して行ってほしい、と。
そうルーンスが伝えると、ヨーゼフはしっかりと頷いて、今後の指針にすると応えたのだった。
●果てのその先へ
深い木立を縫って行く。
その向こうに、幻郷の更に先がある。
「そろそろだね」
光の丘の東。荷を詰めたバックパックを背負うララベル・サン・ディーベルは、歩みながら前を見据えていた。
心にあるのは、まだ見た事のない景色への期待の思い。
ああ、と頷くのは横を歩むバーネット・フォーサイス。
「ただの森とは違うって場所に……着くはずだ」
言いながら、こちらも足取りは前向きだ。
更なる秘境を求めて、先へ進む事。それこそ冒険者冥利に尽きる仕事だから。
程なく、木々が僅かに疎らになると――辺りが暗くなってくる。
それから少し進むと――
「わぁ……」
ララベルは思わず立ち止まって視線を巡らせた。
見えるのは、薄闇の中で淡く地面が光る景色。
よく見れば灯る源は地面そのものではなく、絨毯のように群生する花だ。
「この胞子が光ってるんだ?」
と、足元の花を覗き込むのはスフィカ。
観察すると……ふわりふわりと、花から空気中に胞子が昇ってくるのが判る。それが薄っすらとした光を纏っているのだ。
一つの花が出す胞子は多くはない。
ただ、花は無数に咲き誇り――遠くまで仄かな光の絨毯が続いているように見えるのだ。
「美しい場所だな……」
と、木々から歩み出ただわもまた、声を零す。
深い藍色に沈んだ薄闇と、ぼんやりとした碧色の光が織りなす幻想的な眺め。幻郷の中に勝るとも劣らない美観だった。
出発前に目を通した資料によれば、先遣隊が確認したのはこの周囲だけだ。
「この先には何があるか、判っていないという事だな」
「うん。注意して進んでいこう」
スフィカはテラリウムのランタンを取り出す。
胞子があるが、明るいとまでは言えない眺めである。実際、灯りを腰にぶら下げると……格段に視界が良くなった。
そこで花を調べてみるのが――サイラスである。
数輪採取して、成程と呟く。
「確証はないけど、エーテルに影響受けてる感じなのかね?」
野花が変質したようなものらしいと把握すると……胞子もまた採集。
「こっちは、光の丘にあるものと似てるなー」
因果関係で言えば、こちらが先かも知れない。幻郷が広がる過程で、ここの環境の一部が光の丘にも流れ込んだのだろう、と。
そんな事も記録しつつ、皆と共に歩み出す。
一帯は道筋もない森だが、だわやバーネットがマッピングをする事で迷わず進行。スフィカも花の生育地をメモし、それが東方向に続いているらしいと見て取った。
「花の先には何があるのかな――」
呟きつつ、辿るように進んでいく……と。
スフィカはそこでふと気づく。定期的にエーテルの波を走らせていたのだが……そこに反応があったのだ。
ララベルも気づいている。
「あれは……魔獣だよ」
言った直後には、木立の奥からがさりと音が響く。
次の瞬間、闇から影が飛び出してきた。
「……馬に似てるな」
柄だけの状態の剣を握り――だわは僅かに腰を落としてそれに相対する。
こちらを睨むのは、長い四肢と尾を持つ魔獣だった。
確かに馬を彷彿とさせる姿で……騎士として馬に敬意を持ってきただわは少々、刃を振るうのに気が進まない。
だが、魔獣は既にこちらを獲物に定めていた。
戦いは避けられない――ならば。
「行くぞ」
決めれば迷いなく、だわは地を蹴って一閃。顕現させた剣身を奔らせ、鋭い斬撃を叩き込んでいた。
「うん!」
応えるララベルもまた疾い。
相手が動く前に疾駆すると、連続の刺突。一体を貫いて撃破すると、止まらずひらりと跳躍して二体目にも傷を刻む。
その魔獣は吼えながら駆けてくるが……放たれた体当たりを、サイラスは正面から防御。しかと受け止めると――三叉の穂先を持つ槍で反撃して倒した。
「後は、頼むな」
「任せて!」
声を返したスフィカも真っ直ぐに走る。
そのまま短剣を鮮やかに振るって一撃を加えると、続けて体を翻して二撃目。踊らせるように双剣を振るい、大きく体力を削り取った。
魔獣が反撃の様子を見せても、スフィカはその前に素早く飛び退いて間合いを取る。
それでも魔獣は殺意を収めず、走り込んでくるが――
「悪く思うなよ」
バーネットが杖を翳す。
そこから生まれる魔力の光球が、高速で飛翔。違わずに魔獣を貫いて撃破した。
皆は息をつき、互いの無事を確認する。
問題ないと判れば、サイラスは魔獣の亡骸を回収した。自身特有の能力に役立つからでもあるが――素材として有用でもあるから、と。
「……」
それを見ていただわも、魔獣の体の一部を持ち帰る事にする。
こちらは、生息情報の為だ。素材を余さず利用するなら、食用にしても良かったかも知れないが――
(人と馬だけは食えない)
見下ろしながら、改めて思って。だわはその肉と骨を切り取って、荷に加えた。
その後水源を見つけると、一時休憩。
ララベルが食べられる山菜や木の実を見つけてくると――持参した保存食も合わせて、即席のキャンプを張った。
「皆も、どうぞ」
「悪いな」
バーネットや皆がそれを受けとり、それから互いの食料も持ち寄って。
空腹を満たし、疲れも癒すと――行軍再開。
花が少なくなってきた場所で、代わりに見つけたのが……洞窟だった。
「わぁ、見て。水でキラキラ光ってるよ。綺麗」
ララベルが華やいだ表情になる。
そこは壁が水鏡となっている美しい空間だ。
ただ、バーネットは中を覗いて呟く。
「入り組んでそうだな」
先は細道で、複数に分岐していた。
それぞれが奥に続いているらしく……サイラスもそこから先へ視線をやる。
「分岐が更に分岐してるなー。これは闇雲には進めないかも」
言うと閃光塗弾の塗料を槍の先端に付けて……水の湧いてない天井に塗った。これで目印になる上に、遠目からでも確認出来る。
スフィカは手にした紙に、最初の分岐を書き込んでいた。
「目印があれば、地図も作りやすいね!」
「ああ。魔獣は出るかも知れないから、気を引き締めていこう」
バーネットが言って歩み出せば、皆も頷き探索開始。
幾つもの分かれ道をマッピングして、目印を付けて。同じ場所に戻ってきたと見れば、未踏の分岐を潰していく。
するとその内に――
「ここは今までと違うな」
だわが通路の大きさが僅かに違う場所を発見。
地図上で言えば一番東の部分に当たるらしく……出口が近いかも知れないと、皆で警戒して進んだ。
すると段々と、壁や通路が歪んでくるのが判る。
時にひび割れ、時に抉れていて。嘗て多くの魔獣がひしめいていた事も判る、そんな荒れた景色が連なってきて。
「まるでダンジョンの深部だね」
ララベルの零したその言葉が的を射ているとは、サイラスにも判った。
「エーテル溜まりの跡かな、ここは」
足を止めて見回す、その場所を中心に景色の変化が起こっていたようだ。
今はもう、何も感じるものはないけれど。
「ここは昔、ダンジョンそのものだったんだね」
スフィカもゆるりと回りながら視線を巡らす。
どれほど以前の事かは判らない。ただ、ここを中心に始まった変化が、あの花と光る胞子も生み出したのかも知れなかった。
それから東に進むと、徐々に歪みのない洞窟の景色に戻っていく。
そうして出口に辿り着き――
「わぁ――」
開けた視界に、ララベルがたたっと駆ける。
そこは青空の下、雄大な眺めが広がる丘陵だった。
牧草が風に緩やかに揺れており、敵の気配もない、穏やかな光景だ。
「絶景かな絶景かな……てやつだな、コレは」
バーネットが風景を絵に残し始めると――丘を歩む野生動物の姿も見えた。
先刻の魔獣に似た、馬のような動物だ。
サイラスは凶暴かどうかと、試しに目の前で牧草を齧ってみたりする。けれど……馬は温和なもので、ヒヒンと穏やかに鳴くばかりだ。
「全く無害な動物だなー」
「この馬が、あの環境で魔獣化してしまったのかも知れないな……」
だわは呟く。
エーテル溜まりとダンジョン。それに影響され、先刻の魔獣達は生まれた。
「だとしたら……幻郷を作ったっていう“幻獣”も、その魔獣が更に変化したものだったのかも知れないね」
スフィカは資料を手にしつつ言った。
即ち、あのエーテル溜まりが幻郷にまつわる原初だったという事だろう。
「そうだったんだ――」
ララベルはどこか、感慨を覚える。
それから高いところに登り、一帯を観察した。
丘陵は遠くで終わっている。そこから先はずっと、樹海の森が続いているようだ。
馬達も、ここで穏やかに生きているだけだ。
「幻郷は本当にここで終わり、だね」
「うん」
スフィカも軽く伸びをする。
歩き通しだったけれど……目的へ辿り着いた達成感が確かにそこにあった。
それから必要な情報を纏め、帰還すると……スフィカはレストハウスへ。
迎えてくれたスタッフに報告や挨拶をすると、ふひー疲れた、と椅子に座り込んで。
「戻ってすぐ休憩できるの最高かもしんない」
そんな実感と共に……供される食事も楽しみ、暫しゆっくりと過ごすのだった。
マスターコメント
お疲れ様でした。
調査を進め、明らかになっていなかった部分を詳らかに出来ました。
幻郷の行く末についても知見を得られた事で、ヨーゼフとしても喜ばしい結果となった事でしょう。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準17 / 4〜25人
2022年02月04日 15時01分50秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー 東行くわ
こんにちは、エリカ・プレトリウスと申します。 私は『綿の庭園』の南へ。私の知る綿花とは違うものに出会えそうですし、種をよく調べてみたいですね。
アルマだよ、どーぞよろしくねー 今回もエヴァくんと『色彩樹林』の調査とかをする予定だよ
エヴァンです。ヨロシク。 アルマと『色彩樹林』の南で、採集や調理研究をしてきますね。
バーネット・フォーサイスだ。 まぁ、よろしく頼むわ。 俺も『光の丘』の東に向かうつもりだ。