背徳の根は深く
コースケ
コメント 1
シナリオID:1835
オープニング
●楽しみを知らない子供たち
ディズル大湿地帯はギシュム族のリザードマンの集落。その一角で、子供のリザードマン達が遊んでいた。
棒切れを振り回して戦いの真似事をしたり、歓声を上げて走り回ったりと子供らしくはしゃぎ回っている。
そんな中、遊んでいる子供達から離れ、十数人のリザードマンの子供がそれを眺めていた。
「あなた達も遊んできたら?」
世話役の女性が声をかける。彼らは最近この集落に引き取られた子供たちであり、新しい場所に馴染める様にと他の子供達のところへ連れてきたのだ。
「あそんでいいの?」
「ええ、勿論よ。新しいお友だちをたくさん作るといいわ」
一人の子供の言葉に、世話役が笑顔で応じる。だが、子供たちの反応は予想とは逆のものだった。
「あそんだりしたら、タマシイのケンサンのじゃまになるんだよ?」
●大酋長の苦悩
「よもやそこ迄とは……」
世話役からの報告を受け、ギシュム族の酋長、アシムベート・グリオウは眉間に皺を寄せる。
保護した子供たちは狂信の村で育てられ、洗脳と言ってもよい程に歪んだ教えを叩き込まれていたのだ。
苦行を善しとし、楽しむことを悪とする。そうやって修行と言う名の労働を強いられ、時には魂を磨く修行として奴隷として売られ、生け贄に捧げられることすらあったという。しかも、村の大人は子を産まず、他所の集落から拐ってきた卵から孵った子供を育てる事で村の人口を維持していたのだ。
「全ては竜へ至るため、か」
「はい。私も子供たちにそう言われると強く否定できず……」
幼少から教え込まれた思想の矯正は難しい。特に、竜に至らんとする求道的な考えを持つ者が多いリザードマンでは、子供たちの洗脳を解くのは苦労するだろう。
「皆言われたことは守る良い子達なのですが、そうしなければ折檻を受けていた様子で大人しく従う様になっているのだと思います」
「儂らが遊びや楽しみを勧めても、村の大人と同じ強制にしかならんという訳か……」
世話役の言葉にアシムベートはため息をつく。
「子供たちに必要なのは、自ら考える力を身に付ける事だが、それには柔軟な考えを持つ者らと接するのが良かろう。ならば冒険者が適任だ。ギルドへ使いを出せ」
こうして、冒険者ギルドに依頼が貼り出される事となった。
●悔恨
「僕はどうなるんだろう」
軟禁された住居で、狂信の村の授恵者で唯一生き残ったリザードマンの少年ランドは天井を見つめていた。
大人達の言うままに奴隷の少女を斬ったことが罪なのは理解した。ならば自分は罰を受けるべきだと征竜様への生け贄に志願したが、そんなことをする必要はない、生きて償えと言われたのだ。
「どうすればいいのかな……」
考えることに慣れないランドには難しかったが、幸い時間はいくらでもあった。
ディズル大湿地帯はギシュム族のリザードマンの集落。その一角で、子供のリザードマン達が遊んでいた。
棒切れを振り回して戦いの真似事をしたり、歓声を上げて走り回ったりと子供らしくはしゃぎ回っている。
そんな中、遊んでいる子供達から離れ、十数人のリザードマンの子供がそれを眺めていた。
「あなた達も遊んできたら?」
世話役の女性が声をかける。彼らは最近この集落に引き取られた子供たちであり、新しい場所に馴染める様にと他の子供達のところへ連れてきたのだ。
「あそんでいいの?」
「ええ、勿論よ。新しいお友だちをたくさん作るといいわ」
一人の子供の言葉に、世話役が笑顔で応じる。だが、子供たちの反応は予想とは逆のものだった。
「あそんだりしたら、タマシイのケンサンのじゃまになるんだよ?」
●大酋長の苦悩
「よもやそこ迄とは……」
世話役からの報告を受け、ギシュム族の酋長、アシムベート・グリオウは眉間に皺を寄せる。
保護した子供たちは狂信の村で育てられ、洗脳と言ってもよい程に歪んだ教えを叩き込まれていたのだ。
苦行を善しとし、楽しむことを悪とする。そうやって修行と言う名の労働を強いられ、時には魂を磨く修行として奴隷として売られ、生け贄に捧げられることすらあったという。しかも、村の大人は子を産まず、他所の集落から拐ってきた卵から孵った子供を育てる事で村の人口を維持していたのだ。
「全ては竜へ至るため、か」
「はい。私も子供たちにそう言われると強く否定できず……」
幼少から教え込まれた思想の矯正は難しい。特に、竜に至らんとする求道的な考えを持つ者が多いリザードマンでは、子供たちの洗脳を解くのは苦労するだろう。
「皆言われたことは守る良い子達なのですが、そうしなければ折檻を受けていた様子で大人しく従う様になっているのだと思います」
「儂らが遊びや楽しみを勧めても、村の大人と同じ強制にしかならんという訳か……」
世話役の言葉にアシムベートはため息をつく。
「子供たちに必要なのは、自ら考える力を身に付ける事だが、それには柔軟な考えを持つ者らと接するのが良かろう。ならば冒険者が適任だ。ギルドへ使いを出せ」
こうして、冒険者ギルドに依頼が貼り出される事となった。
●悔恨
「僕はどうなるんだろう」
軟禁された住居で、狂信の村の授恵者で唯一生き残ったリザードマンの少年ランドは天井を見つめていた。
大人達の言うままに奴隷の少女を斬ったことが罪なのは理解した。ならば自分は罰を受けるべきだと征竜様への生け贄に志願したが、そんなことをする必要はない、生きて償えと言われたのだ。
「どうすればいいのかな……」
考えることに慣れないランドには難しかったが、幸い時間はいくらでもあった。
解説
PCはアシムベート・グリオウ大酋長から、子供たちの情操教育を手伝って欲しいという依頼を受け集落へ訪れました。
子供たちは特殊な環境に居たため、感情の起伏が乏しく思考停止の状態です。
方法は自由です。楽しむことを肯定し、様々な経験をさせて、自分で考え行動する力を付けるきっかけを作ってあげてください。多少悪い遊びを教える位でもいいかもしれません。
また、急な受け入れであることと、狂信の村の事件の処理などに手を取られ人手が足りないため、以下の事を手伝って貰える人手も募集しています(ギシュム族の者も働いているため必須ではありません)
・子供たちの住居の作成
現在数戸の住居にすし詰め状態です。本人達は不満に思っていません。また、子供たちは作業を手伝おうとして来ます。
・保護した卵の親探し
10個の卵が保護されています。孵化が近いものもあり、その期間と卵の模様が手がかりになります。卵の移動は出来ません。
・保護された奴隷の娘のケア
名前はエア。14歳のヒューマンで非授恵者です。背徳の村で卵や子供の世話をさせられていたため、リザードマンに対して身構えた様子を見せます。天涯孤独で帰る所はありませんが、ディズルを出たいと考えている様です。
・その他
なにか案があれば提案してみてください。ただし、実行が難しいものは却下される可能性があります。
●子供たち
・戦士見習い5人
10~15歳くらいの少年少女です。多少反抗的な態度を取りますが、不安の裏返しです。
・年長組7人
8~15歳くらい。反抗的な態度はありませんが、言われた事に盲目的に従います。
・年少組9人
0~8歳くらい。ほぼ普通の子供ですが、上の子ほど思考が歪められています。
・ランド
13歳。授恵者。反抗する様子はありませんが、一人だけ隔離された住居でじっと考え込んでいます。
マスターより
お世話になっております。コースケです。
特殊な環境で育った子供たちへ情操教育を出来ないかと思い、シナリオを出させて頂きました。
情操教育といっても難しいことは考えず、一緒に遊んだり美味しいものを食べさせたり、お洒落をするなど、楽しいことを教えて貰えたらと思います。
リザードマン以外の募集のように見えるかもしれませんが、子供たちに何かしたいと考える方なら種族は問わず歓迎ですので、遠慮なく参加して頂けたらと思います。
子供たちが育った村は私のシナリオ「背徳の村は紅く」に出てきますが、既に焼失し、大人達も討伐されているため参照する必要はありません。
分からないことがあれば(顔を見ても泣かれないので)リザードマンの子供は割と好きなオッターが答えます。
以上、よろしければ参加お願いします。
リプレイ
●顔合わせの前に
依頼を受けた冒険者達は、子供たちの世話役の女性に案内され子供たちのところへ向かっていた。
「先日助けたあの子供達に、新しい居場所が出来たのは良かったですけれど……。子供らしさを取り戻させるのは容易ではないのですね」
世話役から子供たちの様子を聞き、スィーリーンはオレンジの瞳を伏せ表情を曇らせる。
「あの場では時間がなく軽い説得に留まったが……この状況は見過ごせないね」
「……我々が、彼らを放置する事は許されまい」
ルチル・プルメリア・グレイハーツも被った頭蓋骨の下で眉をひそめ、フェイサル・セイフは自らの決意を口にする。
依頼を受けた者の多くは狂信の村から子供たちを保護した事件に関わっており、子供たちの行く末を気にかけていたのだろう。
そこへ、レイヤ・ダライ=カホールが宣言する。
「研鑽を、そして世界を彼らに教えねばなりません! ゆえに、ケーキをみんなで食べましょう。話はそれからです!」
母親がリザードマンであるレイヤは、魂の研鑽を行う一方で、彼女の故郷に伝わる人魚の神を崇めている。教義にはケーキを用いた例えが多いためか、彼女はケーキに強い思い入れがあるようだ。
「……ケーキ???」
そんなレイヤの発言に目を白黒させる世話役だったが、レイヤは大真面目に頷くとごそごそと荷物からケーキを取り出……ごそごそ、ごそご……そうとしたが出てこなかった。
「そ、そんな。わたしとしたことがケーキを忘れるなんて……!」
「それでしたら、子供たちと一緒にお作りになられては? きっとよい経験になるのではないでしょうか」
見かねて声をかけたレティシア・レインフィールの提案に、レイヤがハッとして顔を上げる。
「そ、そうですよね。無かったら作れば良いんです。ありがとうございます。これも人魚の神の思し召しでしょう!」
涙目だった目尻を擦って気を取り直したレイヤは、ケーキの材料を用意するために駆け出して行く。呆気に取られていた世話役の横でルチルが咳払いをした。
「子供たちにはああいう子も必要だよ。あの子は暗かった空気を吹き飛ばしてくれただろう? アタイ達じゃ重苦しいままだったろうからね」
「なるほど。大酋長はそこまで考えていらっしゃったんですね……?」
「…………」
ルチルの苦笑は、骸骨のお陰で世話役には気付かれなかった。
●再教育
子供たちへの教育は、ルチルの教導から始まった。
「そも背徳の村の大人が説いたのは導きではなく都合のいい道具を作るための洗脳だよ。もっとギシュムの者達に目を向けてくれ。研鑽以外の物事を考える余裕がある」
「……?」
(ここまで考える力を奪われてるとはね)
言われた言葉を理解しようとする子供たちだったが、言った内容が半分も届いていないのを感じる。ルチルはため息をこらえ、子供たちの顔を見回す。
「アンタらのそれは魂の研鑽って目的のためにしか動けない道具だよ。心が伴わない、それじゃあ遠い」
「こころ……?」
「ああ。アンタらは竜になるための研鑽を強いられて来た。だが、竜になって何をするつもりだい?」
「えっと、竜になって世界を守るため……?」
「何の為に世界を守るんだい?」
「それは……」
口ごもる子供を、骸骨の下から金色の眼光が見据える。答えを返せない子供は、怯えたように肩を竦める。こういう時、大人からどういう扱いを受けていたかが見え、ルチルは顔を歪めた。
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、叱るつもりじゃなかったんだがね。罰も与えないから安心していい。だが、心が伴わないってのはこういうことさ。自分で考え、決めたことでなければいざという時脆いのさ。だから遠い」
ルチルの言葉に、子供達が不安げにザワつき出す。ルチルは再び子供たちの顔を見回し、意味ありげな笑みでこう締めた。
「さて、これから他の冒険者からの話もあると思うが、心が伴った行動というものがどんなものかよく見とくんだね」
●乙女の嗜み
スィーリーンは年頃の子供たちを集め、色とりどりの布や簡素な装飾品を広げていた。
「綺麗!」
「それにいい匂い」
質素な生活を強いられていた子供たちには珍しく、魅力的に映るのだろう。スィーリーンは手に取って身につけるよう薦めてみる。
「いいのかな……」
「良いのですよ。身嗜みを整えることは、相手に礼を尽くす事なのですから」
「れいをつくす……?」
「そうですね……『あなたと仲良くしたいです』と伝える事でしょうか。逆に、身嗜みが整っていないと『あなたに興味がありません』と言っているようなものなのです」
「そうなんだ?」
スィーリーンは微笑んで頷きながら、肩掛けを女の子にかけてやる。女の子は目を輝かせ、肩掛けをぎゅっと抱き締める。
「うわぁ、うわぁ……!」
「お似合いですよ。こういった服飾や工芸にも興味が広がれば手に職をつけるのにも役立ちますし、興味があるなら集落の方にお伝えしてみてはいかがでしょう?」
「いいの?」
「ええ。実現するかは頑張り次第ですが、あの村を出た貴女たちは好きな職を目指していいんです」
「いいんだ……」
女の子はぎゅっと手を握って肩掛けに目を落としている。
好きな事を好きにやれない環境で育った彼女にとって、将来を選ぶ事に不安や戸惑いがあるだろう。だが、それ以上の興奮が胸を高鳴らせているのをスィーリーンは感じていた。
●胸中
一方、住居の資材である葦を束ねながら、サイラスは胸中で呟いていた。
(……仕留め損なった上仕留めれないんだよな……仕事だから見せないし殺らないけど)
子供たちと同じ背徳の村で育てられたサイラスは、村を出て交流を断ったはぐれ者だった。いつか村を滅ぼしてやろうと考えていたのだが、それも中途半端に終わったため不満が残っていたのだ。
「やはり、気になっているのですか?」
同じく建築を手伝っていた友人のハリス・アル・ターミルが、サイラスの様子に声をかけて来る。
「そりゃあね。鏖にするつもりだったし……そんな顔しなくてもやらないよ」
ハリスの困った顔にサイラスは苦笑する。依頼を受けた以上仕事はこなすのがサイラスという男だ。
「ただ、その辺で手伝ってる子供たちは引き受けて貰えるかな。思わず手が出るとまずいし」
(思いのほか冷静な様ですが……)
子供の相手を引き受けたハリスは、作業に戻るサイラスの背中を見る。
鍛冶の腕や様々な事に通じる多芸さを持つ尊敬する友人と思っていたのだが、先日の事件では背徳の村に抱く暗い想いを知り驚かされた。もしかしたら、それが一番深い背徳の根かもしれない。
だが、それもサイラスを形作るものなのだろう。
(ならば、否定することは出来ません。私にとって農業がそうであるように、サイラス殿の根幹を成すものの一部であるなら、その想いを否定すれば全てを否定することになりかねません)
もし、その想いにより道を外しそうであれば、友人としてやるべきことをやれば良い。そう考え、ハリスは子供たちへ向き直った。
●奴隷の少女
「はじめまして。レティシアと申します。お話をよろしいでしょうか?」
レティシアは、背徳の村で奴隷として扱われていた少女、エアのところへ訪れていた。
いかにも貴族然としたレティシアに、スラム育ちだというエアは最初戸惑っていたが、レティシアの柔らかい物腰と話術に、幾らか警戒を解いたようだった。
(この小さな身体で過酷な生活を送られて来たのですね……)
話しながら、レティシアはエアの様子を見る。14歳程だというが、身体は小さい上に手足も細く、栄養状態も良くなかったのだろう。そして、身体の各所に傷跡があり、特に左足は正常な歩行が困難な程に深い傷を遺していた。
癒し手として高い能力を持つレティシアだったが、その彼女でも歪んで繋がった骨を正常に繋ぎ直す事は出来ないだろう。その事に力不足を痛感する。
「気にしなくて良いよ。この傷のお陰でここのリザードマンが面倒を見てくれるって言うしさ。自分たちがやった訳じゃ無いのにね」
「!? ですが、エア様はここを出たいと考えているのでしょう?」
「……この足じゃ何も出来ないよ。確かにリザードマンにいい思い出は無いけど、ここで卵の世話でもしてれば生きていける。これまでと一緒だよ」
表に出したつもりは無かったが、エアは視線や言葉の端からレティシアの心中を察したらしい。歳に似合わぬ観察力と諦観に、レティシアの胸がぎゅっと締め付けられる。
「エア様、貴女はもっと我が儘になって構わないと私は思います。どうか、未だある未来を自ら閉ざさぬよう、もう少し考えて頂けないでしょうか」
「未来……?」
レティシアの言葉に、エアは思ってもみなかったといった様子で首を傾げた。
●悔悟と希望
「貴方は……」
「ああ、名乗りがまだだったな。私はフェイサル・セイフ。君がどうしているか気になってな。困り事などないか?」
フェイサルは背徳の村の戦士見習いの少年、ランドの元へ訪れていた。先の事件で倒れたランドの傷を癒し、歪んだ思想を正すべく声をかけていたからだ。
「! 教えて下さい。僕はどうすればいいんですか? ずっと考えたけど、善いことも悪いことも僕には分からない……。エアを斬ったことが悪いというのなら、どうして僕は罰を受けないんですか……?」
ランドの目には不安や怯えといった感情が浮かんでいた。
「君なりに考えたのだな。それで良い。どうすればいい、か……そうだな。あの日、彼女に刻まれていた君の太刀筋には躊躇があった。つまり君は命の尊さを魂では知っている筈だ」
「命の尊さ……?」
「生きていることを大切に思うことだ。君は彼女を斬ったが、助ける為にも動いた。それは、君の意思だったのだろう?」
「……そうか。僕は、エアに生きていて欲しいと思ったんだ……。だけど、僕はエアに……」
ゆっくりと、だが確実に言葉がランドの中に染み入ってゆく。同時に、それは自らの罪を正しく認識することでもあった。
「……う、うう」
ランドが嗚咽を漏らし床を濡らす。フェイサルはその背中をじっと見つめ、落ち着くのを待って声をかける。
「ならば君は、その尊い物を世の不条理から守る事を考えてみると良い。それは世界を守る征竜様の在り様にも通じる。……あそこでは、そういう物は無かったのだろう?」
「尊いものをまもる……? でも、僕は……」
罪悪感が胸中に渦巻いているのだろうランドの肩に手を置き、フェイサルは口を開く。
「間違いは誰にでもあるものだ。だが、それで止まってはならぬ。世界は広く、君はまだ若い。多くのものに触れ、どうすれば善いか考え続けるのだ。それが、いつか償いとなる日も来るだろう」
「間違いは誰にでも……止まってはならぬ……」
反芻するようにフェイサルの言葉をランドは繰り返す。
兆しは見えた。時間はかかろうとも、いつかこの少年はそれを達成するだろう。そう確信し、フェイサルは大きく頷いた。
●昼食
「……食うといい。美味いぞ」
だわは野外活動の経験を活かして捕らえた水鳥と、採取した野草(水草?)でスープを作っていた。鳥を骨ごとぶつ切りにして取った出汁に、野草が香る野趣溢れる一品となっている。
恐る恐るといった様子で口に運んでいた子供たちだが、育ち盛りである。あっという間に平らげてしまった。
「お代わりもあるぞ。もっと食うといい」
「……でも、ゼイタクやたのしみはケンサンのじゃまになるって」
スープの鍋をチラチラと気にしつつも、子供たちは器を出そうとはしない。そこへ同席していたハリスが声を上げる。
「子供はもっと食べなければ。野菜も肉も野菜も魚も野菜もよく食べ、大きな身体を作るのです。でなければ立派な農民や戦士にはなれませんぞ!」
「いや野菜多いよ。ハリスらしいが」
「確かにハリス様は立派なお身体をされていますものね。あなた達もハリス様を見習って食べてみてはいかがでしょう? それに、お料理を大事に頂くのも、作ってくれた方や食材へ感謝を表す立派なことなのですよ?」
同じく同席していたルチルが突っ込み、それに微笑みながらレティシアが提案する。子供たちは顔を見合わせると、おずおずと器を差し出した。
それを受け取っただわは、スープを一杯に注いでやる。
「かつては俺も無趣味だったが、腐れ縁にまんまと食の魅力を教え込まれてな。……今のは駄洒落じゃない」
「?」
「……世界にはもっと美味いものが沢山ある。楽しまねば損だ」
不思議な顔をする子供たちに、冷めない内に食べるように促す。鍋の中身はほぼ空になっていた。
●子守唄
昼食後の休みに、レティシアは子供たちに囲まれていた。見聞きしたロスガリア各地の様子や、収穫祭や聖霊節といった様々な催しの話をしたところ、外の世界に興味のある子供たちが集まってきたからだ。
「砂漠って本当に水がないの?」
「その学園ってみんなで修行するの?」
「ええ、一面乾いた大地で大湿地帯とは正反対の土地ですわね。学園は……」
レティシアはそれに丁寧に答えてゆく。
「…………」
その様子を、離れた場所からエアが眺めていた。
「あんたが生き残りの奴隷?」
「……っ!?」
急に現れたサイラスに声をかけられ、エアは警戒の視線を向ける。
「そう構えなくていいよ。村の裏切者だから気になって声かけた的な?」
そう言ってサイラスは首の後ろを見せる。そこには背徳の村の因習によって付けられた傷痕があった。
「裏切者……、村を出たの?」
「そうだよ。俺もあんたみたいな女性に育てられたからさ。村の奴等は滅べと思ってるけど、あんたは別だ」
警戒を解くエアだが、僅かに身体が強張っている。
(やっぱり染み付いた不信感は消えんよね)
リザードマンに奴隷として扱われ、殺されかけたのだから無理はない。やはり、ここにいるのは辛いのだろう。
「んでどうする気? やっぱり同族の所に帰りたい?」
「……リザードマンの集落には居たくない。でも、私には帰る場所が無いから」
「そうか。ウチに来いって言うわけにもいかんしねぇ」
レティシアと話したからか、素直に自分の気持ちを口にするエア。
サイラスもリザードマンである自分の店へは来たくなかろうと首を捻っていた所へ、フェイサルが現れる。
「二人が見えたので寄らせて貰った。私はフェイサル・セイフ。先の騒動に居合わせた者だ」
「……?」
フェイサルの意図が読めないエアは不思議がっているが、サイラスは「警戒しなくてもいいのに……」とぼやいている。
「君の勇気ある行動に敬意と感謝を。それを伝えたかった。そして同族がすまないことをした。申し訳なく思う」
「別に、あそこから出たくてやったことだから。それに、非道は貴方がやったことじゃないわ」
「それでも、君の行動が多くの子供たちを救ったのだ。それについては感謝させて欲しい」
「そう……」
一同に沈黙が流れる。その時、澄んだ歌声が聴こえて来た。
眠れ愛し子 波に揺れ――
流れ浮島 何処へ行く――
「これは……、レインフィールか」
見ればレティシアが子供たちへ歌を聴かせていた。
子守唄を聴いたことも無い子供たちだったが、染み入るように穏やかな歌声に、昼食後の気怠さも合わせて微睡みに落ちていく。
風の導き 今日は北――
流れ揺りかご 何処へ行く――
「…………あさん」
ぽつりとエアが呟く。その目には涙が浮かんでいた。母親との想い出を思い出したのだろうか。少女は歌声が続く間、じっとそこへ佇んでいた。
そしてまた、ルチルとハリスも眠る子供たちを眺めていた。
「だいぶうち解けてきたんじゃないかね。いい傾向だ」
「全くです。やはり子供はよく食べよく寝てよく遊ばなければ! しかし、少々意外でしたな。ルチル殿は何というか、子供とはいえ無償で情報を教える事はない思っていたのですが」
痛いところを突かれたルチルはハリスを睨むが、ため息を付いて内心を溢す。
「ほっとけばアタイに物事を教えてくれた師父達が黙ってなかろうと思ってね」
●至上にして至高
「それでは始めましょう!」
集落中を駆け回って食材を集めてきたレイヤが溌剌と宣言する。調理場には子供たちの他に、手の空いていただわも監修として立っていた。
「生地は混ぜ過ぎないように。ナッツやドライフルーツは粉を入れる途中で混ぜて、生地に粘りが出ないように気を付けて下さい!」
「上手くいかん様だな。貸してみろ」
レイヤが手順を示し、だわが苦戦している子供たちに手本を見せる。そうやって出来た生地を型に流し込み、窯に入れると、やがてふんわりとケーキの焼ける香りが漂う。
「いい匂い……!」
やがてパウンドケーキが焼き上がり、冷ましてから型から取り出すが、初めて子供たちの作ったケーキは不格好で、中には失敗したものもあるようだ。
「これ食べれないの?」
上手く膨らまず生焼けになったケーキを前に、それを作った子供たちが泣きそうになっている。レイヤは残念ですがと言って、代わりに自分が焼いたケーキを半分持たせてやる。
「混ぜすぎて上手く膨らまなかったみたいですね。でも、これはよい経験になったと思いませんか?」
「失敗したのに……?」
「ええ! 失敗したぶん、次はもっと上手に出来るでしょう?」
「黒焦げになった訳では無いしな。温度の低いところで火を通せば食えるようになるだろう」
だわが生焼けのケーキを窯に戻す。
そして完成したケーキを前に、レイヤが講義を再開する。
「このケーキ一つをとってもその陰には多くの人の手があります。それはたった今体験したばかりでしょう? 多くの工夫と追求。遊びの中でしか学べないものもあり、苦行の中でこそ見いだせるもの、失敗で知ることもある」
レイヤの言葉を子供たちは真剣に聞いている。ケーキを忘れて作ることになったが、実際に作ったからこそ、子供たちに響く部分もあったようだ。それを感じたレイヤは満足気に胸を張って続ける。
「その結晶を、なんだか誇らしく美しいその輝きをヒトは、研鑚と呼ぶのですよ! さあ、それではケーキをいただきましょう!」
レイヤが人魚に祈りを捧げ、子供たちもそれに倣って祈りを捧げたあとケーキに手を伸ばす。初めてのケーキに、子供たちの顔に驚きと笑顔が広がった。
「それでは、わたしが見たせかいを、今日までの冒険譚を聞かせましょう」
レイヤが話す冒険の数々に耳を傾ける子供たちの表情は、ここへ来たときと比べものにならないほど明るくなっていた。
●親探し
孵化場でだわは保護された卵の様子を観察し、特徴的な模様などを革張りの手帳に記入していく。だわは一人、ギシュム族有志の卵の親探しに同行するため、少しでも手がかりになる情報を集めようとしていたのだ。
孵化の近付いた卵からは心音や鳴き声が漏れてくるのもあり、そういった卵の項には注釈も入れた。
「良かった。出発前に間に合いましたわね」
振り返ると、レティシアが孵化場の入口に立っていた。急いで来たのか、髪が僅かに乱れている。
「そろそろ発とうと思っていた」
何しに此処へ? と目で問うと、レティシアは紙片を差し出す。
「エア様から預かって参りました。卵の特徴と、拐われて村に来た大まかな日付だそうです。生まれた村を探す重要な手がかりになるかと」
「そうか。助かる。その娘にも礼を言っておいてくれ」
「承りました。だわ様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
だわは頷き、紙片を手帳に挟んで懐に入れると歩き出した。
●心の芽吹きを
依頼期間も終わりが近付き、ハリスとサイラスによる住居の建築も終わりが見えてきた。
「強さを磨けば弱きを守り、知恵を磨けば実りをもたらす。研鑽によって培われた力は世界を守る為にあると私は思います」
ハリスは手を動かしながら、手伝う子供たちに自らの思う生き方を説いていた。
「そして、研鑽の道は一つではない。誰かに強制されるでもない。私は戦いに依らず、農民として多くの糧を人々へ届けることこそ己の研鑽と信じています」
農耕を重視する部族であるターミルの若者は、糧を得て初対面より生気に満ちる子供たちを満足気に見ると、住居建築の仕上げにかかった。
「すぐに見出すのは難しいでしょう。しかし……時間をかければ必ずや、自分なりの形ができあがります。そう、このように!」
ハリスの示す先には、束ねた芦が湿地に浮かび、その上に芦を組んで造られた家が建っていた。
「これがディズルの民が研鑽の末に生み出した芦の家屋です。ここがあなた達の家ですよ」
「凄い、広い!」
「ここ私が手伝ったのよ!」
子供たちは歓声をあげ家屋を眺めている。所々手伝ってはいたが、こうして形になり、更に自分達の家になるとなると感慨深いものだろう。
「彼らは上手くやってくれたようだな」
「はい。初めは不安もありましたが、冒険者とは私達に足りない視点を多く持っているのですね」
子供たちの様子を見に来ていたアシムベートに、世話役も安心した様子でそれを眺めている。
そうやっている所へ、だわが一組のリザードマンの夫婦を連れて戻ったと知らせが入る。想像以上の働きに、アシムベートは満足気に頷いた。
依頼を受けた冒険者達は、子供たちの世話役の女性に案内され子供たちのところへ向かっていた。
「先日助けたあの子供達に、新しい居場所が出来たのは良かったですけれど……。子供らしさを取り戻させるのは容易ではないのですね」
世話役から子供たちの様子を聞き、スィーリーンはオレンジの瞳を伏せ表情を曇らせる。
「あの場では時間がなく軽い説得に留まったが……この状況は見過ごせないね」
「……我々が、彼らを放置する事は許されまい」
ルチル・プルメリア・グレイハーツも被った頭蓋骨の下で眉をひそめ、フェイサル・セイフは自らの決意を口にする。
依頼を受けた者の多くは狂信の村から子供たちを保護した事件に関わっており、子供たちの行く末を気にかけていたのだろう。
そこへ、レイヤ・ダライ=カホールが宣言する。
「研鑽を、そして世界を彼らに教えねばなりません! ゆえに、ケーキをみんなで食べましょう。話はそれからです!」
母親がリザードマンであるレイヤは、魂の研鑽を行う一方で、彼女の故郷に伝わる人魚の神を崇めている。教義にはケーキを用いた例えが多いためか、彼女はケーキに強い思い入れがあるようだ。
「……ケーキ???」
そんなレイヤの発言に目を白黒させる世話役だったが、レイヤは大真面目に頷くとごそごそと荷物からケーキを取り出……ごそごそ、ごそご……そうとしたが出てこなかった。
「そ、そんな。わたしとしたことがケーキを忘れるなんて……!」
「それでしたら、子供たちと一緒にお作りになられては? きっとよい経験になるのではないでしょうか」
見かねて声をかけたレティシア・レインフィールの提案に、レイヤがハッとして顔を上げる。
「そ、そうですよね。無かったら作れば良いんです。ありがとうございます。これも人魚の神の思し召しでしょう!」
涙目だった目尻を擦って気を取り直したレイヤは、ケーキの材料を用意するために駆け出して行く。呆気に取られていた世話役の横でルチルが咳払いをした。
「子供たちにはああいう子も必要だよ。あの子は暗かった空気を吹き飛ばしてくれただろう? アタイ達じゃ重苦しいままだったろうからね」
「なるほど。大酋長はそこまで考えていらっしゃったんですね……?」
「…………」
ルチルの苦笑は、骸骨のお陰で世話役には気付かれなかった。
●再教育
子供たちへの教育は、ルチルの教導から始まった。
「そも背徳の村の大人が説いたのは導きではなく都合のいい道具を作るための洗脳だよ。もっとギシュムの者達に目を向けてくれ。研鑽以外の物事を考える余裕がある」
「……?」
(ここまで考える力を奪われてるとはね)
言われた言葉を理解しようとする子供たちだったが、言った内容が半分も届いていないのを感じる。ルチルはため息をこらえ、子供たちの顔を見回す。
「アンタらのそれは魂の研鑽って目的のためにしか動けない道具だよ。心が伴わない、それじゃあ遠い」
「こころ……?」
「ああ。アンタらは竜になるための研鑽を強いられて来た。だが、竜になって何をするつもりだい?」
「えっと、竜になって世界を守るため……?」
「何の為に世界を守るんだい?」
「それは……」
口ごもる子供を、骸骨の下から金色の眼光が見据える。答えを返せない子供は、怯えたように肩を竦める。こういう時、大人からどういう扱いを受けていたかが見え、ルチルは顔を歪めた。
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、叱るつもりじゃなかったんだがね。罰も与えないから安心していい。だが、心が伴わないってのはこういうことさ。自分で考え、決めたことでなければいざという時脆いのさ。だから遠い」
ルチルの言葉に、子供達が不安げにザワつき出す。ルチルは再び子供たちの顔を見回し、意味ありげな笑みでこう締めた。
「さて、これから他の冒険者からの話もあると思うが、心が伴った行動というものがどんなものかよく見とくんだね」
●乙女の嗜み
スィーリーンは年頃の子供たちを集め、色とりどりの布や簡素な装飾品を広げていた。
「綺麗!」
「それにいい匂い」
質素な生活を強いられていた子供たちには珍しく、魅力的に映るのだろう。スィーリーンは手に取って身につけるよう薦めてみる。
「いいのかな……」
「良いのですよ。身嗜みを整えることは、相手に礼を尽くす事なのですから」
「れいをつくす……?」
「そうですね……『あなたと仲良くしたいです』と伝える事でしょうか。逆に、身嗜みが整っていないと『あなたに興味がありません』と言っているようなものなのです」
「そうなんだ?」
スィーリーンは微笑んで頷きながら、肩掛けを女の子にかけてやる。女の子は目を輝かせ、肩掛けをぎゅっと抱き締める。
「うわぁ、うわぁ……!」
「お似合いですよ。こういった服飾や工芸にも興味が広がれば手に職をつけるのにも役立ちますし、興味があるなら集落の方にお伝えしてみてはいかがでしょう?」
「いいの?」
「ええ。実現するかは頑張り次第ですが、あの村を出た貴女たちは好きな職を目指していいんです」
「いいんだ……」
女の子はぎゅっと手を握って肩掛けに目を落としている。
好きな事を好きにやれない環境で育った彼女にとって、将来を選ぶ事に不安や戸惑いがあるだろう。だが、それ以上の興奮が胸を高鳴らせているのをスィーリーンは感じていた。
●胸中
一方、住居の資材である葦を束ねながら、サイラスは胸中で呟いていた。
(……仕留め損なった上仕留めれないんだよな……仕事だから見せないし殺らないけど)
子供たちと同じ背徳の村で育てられたサイラスは、村を出て交流を断ったはぐれ者だった。いつか村を滅ぼしてやろうと考えていたのだが、それも中途半端に終わったため不満が残っていたのだ。
「やはり、気になっているのですか?」
同じく建築を手伝っていた友人のハリス・アル・ターミルが、サイラスの様子に声をかけて来る。
「そりゃあね。鏖にするつもりだったし……そんな顔しなくてもやらないよ」
ハリスの困った顔にサイラスは苦笑する。依頼を受けた以上仕事はこなすのがサイラスという男だ。
「ただ、その辺で手伝ってる子供たちは引き受けて貰えるかな。思わず手が出るとまずいし」
(思いのほか冷静な様ですが……)
子供の相手を引き受けたハリスは、作業に戻るサイラスの背中を見る。
鍛冶の腕や様々な事に通じる多芸さを持つ尊敬する友人と思っていたのだが、先日の事件では背徳の村に抱く暗い想いを知り驚かされた。もしかしたら、それが一番深い背徳の根かもしれない。
だが、それもサイラスを形作るものなのだろう。
(ならば、否定することは出来ません。私にとって農業がそうであるように、サイラス殿の根幹を成すものの一部であるなら、その想いを否定すれば全てを否定することになりかねません)
もし、その想いにより道を外しそうであれば、友人としてやるべきことをやれば良い。そう考え、ハリスは子供たちへ向き直った。
●奴隷の少女
「はじめまして。レティシアと申します。お話をよろしいでしょうか?」
レティシアは、背徳の村で奴隷として扱われていた少女、エアのところへ訪れていた。
いかにも貴族然としたレティシアに、スラム育ちだというエアは最初戸惑っていたが、レティシアの柔らかい物腰と話術に、幾らか警戒を解いたようだった。
(この小さな身体で過酷な生活を送られて来たのですね……)
話しながら、レティシアはエアの様子を見る。14歳程だというが、身体は小さい上に手足も細く、栄養状態も良くなかったのだろう。そして、身体の各所に傷跡があり、特に左足は正常な歩行が困難な程に深い傷を遺していた。
癒し手として高い能力を持つレティシアだったが、その彼女でも歪んで繋がった骨を正常に繋ぎ直す事は出来ないだろう。その事に力不足を痛感する。
「気にしなくて良いよ。この傷のお陰でここのリザードマンが面倒を見てくれるって言うしさ。自分たちがやった訳じゃ無いのにね」
「!? ですが、エア様はここを出たいと考えているのでしょう?」
「……この足じゃ何も出来ないよ。確かにリザードマンにいい思い出は無いけど、ここで卵の世話でもしてれば生きていける。これまでと一緒だよ」
表に出したつもりは無かったが、エアは視線や言葉の端からレティシアの心中を察したらしい。歳に似合わぬ観察力と諦観に、レティシアの胸がぎゅっと締め付けられる。
「エア様、貴女はもっと我が儘になって構わないと私は思います。どうか、未だある未来を自ら閉ざさぬよう、もう少し考えて頂けないでしょうか」
「未来……?」
レティシアの言葉に、エアは思ってもみなかったといった様子で首を傾げた。
●悔悟と希望
「貴方は……」
「ああ、名乗りがまだだったな。私はフェイサル・セイフ。君がどうしているか気になってな。困り事などないか?」
フェイサルは背徳の村の戦士見習いの少年、ランドの元へ訪れていた。先の事件で倒れたランドの傷を癒し、歪んだ思想を正すべく声をかけていたからだ。
「! 教えて下さい。僕はどうすればいいんですか? ずっと考えたけど、善いことも悪いことも僕には分からない……。エアを斬ったことが悪いというのなら、どうして僕は罰を受けないんですか……?」
ランドの目には不安や怯えといった感情が浮かんでいた。
「君なりに考えたのだな。それで良い。どうすればいい、か……そうだな。あの日、彼女に刻まれていた君の太刀筋には躊躇があった。つまり君は命の尊さを魂では知っている筈だ」
「命の尊さ……?」
「生きていることを大切に思うことだ。君は彼女を斬ったが、助ける為にも動いた。それは、君の意思だったのだろう?」
「……そうか。僕は、エアに生きていて欲しいと思ったんだ……。だけど、僕はエアに……」
ゆっくりと、だが確実に言葉がランドの中に染み入ってゆく。同時に、それは自らの罪を正しく認識することでもあった。
「……う、うう」
ランドが嗚咽を漏らし床を濡らす。フェイサルはその背中をじっと見つめ、落ち着くのを待って声をかける。
「ならば君は、その尊い物を世の不条理から守る事を考えてみると良い。それは世界を守る征竜様の在り様にも通じる。……あそこでは、そういう物は無かったのだろう?」
「尊いものをまもる……? でも、僕は……」
罪悪感が胸中に渦巻いているのだろうランドの肩に手を置き、フェイサルは口を開く。
「間違いは誰にでもあるものだ。だが、それで止まってはならぬ。世界は広く、君はまだ若い。多くのものに触れ、どうすれば善いか考え続けるのだ。それが、いつか償いとなる日も来るだろう」
「間違いは誰にでも……止まってはならぬ……」
反芻するようにフェイサルの言葉をランドは繰り返す。
兆しは見えた。時間はかかろうとも、いつかこの少年はそれを達成するだろう。そう確信し、フェイサルは大きく頷いた。
●昼食
「……食うといい。美味いぞ」
だわは野外活動の経験を活かして捕らえた水鳥と、採取した野草(水草?)でスープを作っていた。鳥を骨ごとぶつ切りにして取った出汁に、野草が香る野趣溢れる一品となっている。
恐る恐るといった様子で口に運んでいた子供たちだが、育ち盛りである。あっという間に平らげてしまった。
「お代わりもあるぞ。もっと食うといい」
「……でも、ゼイタクやたのしみはケンサンのじゃまになるって」
スープの鍋をチラチラと気にしつつも、子供たちは器を出そうとはしない。そこへ同席していたハリスが声を上げる。
「子供はもっと食べなければ。野菜も肉も野菜も魚も野菜もよく食べ、大きな身体を作るのです。でなければ立派な農民や戦士にはなれませんぞ!」
「いや野菜多いよ。ハリスらしいが」
「確かにハリス様は立派なお身体をされていますものね。あなた達もハリス様を見習って食べてみてはいかがでしょう? それに、お料理を大事に頂くのも、作ってくれた方や食材へ感謝を表す立派なことなのですよ?」
同じく同席していたルチルが突っ込み、それに微笑みながらレティシアが提案する。子供たちは顔を見合わせると、おずおずと器を差し出した。
それを受け取っただわは、スープを一杯に注いでやる。
「かつては俺も無趣味だったが、腐れ縁にまんまと食の魅力を教え込まれてな。……今のは駄洒落じゃない」
「?」
「……世界にはもっと美味いものが沢山ある。楽しまねば損だ」
不思議な顔をする子供たちに、冷めない内に食べるように促す。鍋の中身はほぼ空になっていた。
●子守唄
昼食後の休みに、レティシアは子供たちに囲まれていた。見聞きしたロスガリア各地の様子や、収穫祭や聖霊節といった様々な催しの話をしたところ、外の世界に興味のある子供たちが集まってきたからだ。
「砂漠って本当に水がないの?」
「その学園ってみんなで修行するの?」
「ええ、一面乾いた大地で大湿地帯とは正反対の土地ですわね。学園は……」
レティシアはそれに丁寧に答えてゆく。
「…………」
その様子を、離れた場所からエアが眺めていた。
「あんたが生き残りの奴隷?」
「……っ!?」
急に現れたサイラスに声をかけられ、エアは警戒の視線を向ける。
「そう構えなくていいよ。村の裏切者だから気になって声かけた的な?」
そう言ってサイラスは首の後ろを見せる。そこには背徳の村の因習によって付けられた傷痕があった。
「裏切者……、村を出たの?」
「そうだよ。俺もあんたみたいな女性に育てられたからさ。村の奴等は滅べと思ってるけど、あんたは別だ」
警戒を解くエアだが、僅かに身体が強張っている。
(やっぱり染み付いた不信感は消えんよね)
リザードマンに奴隷として扱われ、殺されかけたのだから無理はない。やはり、ここにいるのは辛いのだろう。
「んでどうする気? やっぱり同族の所に帰りたい?」
「……リザードマンの集落には居たくない。でも、私には帰る場所が無いから」
「そうか。ウチに来いって言うわけにもいかんしねぇ」
レティシアと話したからか、素直に自分の気持ちを口にするエア。
サイラスもリザードマンである自分の店へは来たくなかろうと首を捻っていた所へ、フェイサルが現れる。
「二人が見えたので寄らせて貰った。私はフェイサル・セイフ。先の騒動に居合わせた者だ」
「……?」
フェイサルの意図が読めないエアは不思議がっているが、サイラスは「警戒しなくてもいいのに……」とぼやいている。
「君の勇気ある行動に敬意と感謝を。それを伝えたかった。そして同族がすまないことをした。申し訳なく思う」
「別に、あそこから出たくてやったことだから。それに、非道は貴方がやったことじゃないわ」
「それでも、君の行動が多くの子供たちを救ったのだ。それについては感謝させて欲しい」
「そう……」
一同に沈黙が流れる。その時、澄んだ歌声が聴こえて来た。
眠れ愛し子 波に揺れ――
流れ浮島 何処へ行く――
「これは……、レインフィールか」
見ればレティシアが子供たちへ歌を聴かせていた。
子守唄を聴いたことも無い子供たちだったが、染み入るように穏やかな歌声に、昼食後の気怠さも合わせて微睡みに落ちていく。
風の導き 今日は北――
流れ揺りかご 何処へ行く――
「…………あさん」
ぽつりとエアが呟く。その目には涙が浮かんでいた。母親との想い出を思い出したのだろうか。少女は歌声が続く間、じっとそこへ佇んでいた。
そしてまた、ルチルとハリスも眠る子供たちを眺めていた。
「だいぶうち解けてきたんじゃないかね。いい傾向だ」
「全くです。やはり子供はよく食べよく寝てよく遊ばなければ! しかし、少々意外でしたな。ルチル殿は何というか、子供とはいえ無償で情報を教える事はない思っていたのですが」
痛いところを突かれたルチルはハリスを睨むが、ため息を付いて内心を溢す。
「ほっとけばアタイに物事を教えてくれた師父達が黙ってなかろうと思ってね」
●至上にして至高
「それでは始めましょう!」
集落中を駆け回って食材を集めてきたレイヤが溌剌と宣言する。調理場には子供たちの他に、手の空いていただわも監修として立っていた。
「生地は混ぜ過ぎないように。ナッツやドライフルーツは粉を入れる途中で混ぜて、生地に粘りが出ないように気を付けて下さい!」
「上手くいかん様だな。貸してみろ」
レイヤが手順を示し、だわが苦戦している子供たちに手本を見せる。そうやって出来た生地を型に流し込み、窯に入れると、やがてふんわりとケーキの焼ける香りが漂う。
「いい匂い……!」
やがてパウンドケーキが焼き上がり、冷ましてから型から取り出すが、初めて子供たちの作ったケーキは不格好で、中には失敗したものもあるようだ。
「これ食べれないの?」
上手く膨らまず生焼けになったケーキを前に、それを作った子供たちが泣きそうになっている。レイヤは残念ですがと言って、代わりに自分が焼いたケーキを半分持たせてやる。
「混ぜすぎて上手く膨らまなかったみたいですね。でも、これはよい経験になったと思いませんか?」
「失敗したのに……?」
「ええ! 失敗したぶん、次はもっと上手に出来るでしょう?」
「黒焦げになった訳では無いしな。温度の低いところで火を通せば食えるようになるだろう」
だわが生焼けのケーキを窯に戻す。
そして完成したケーキを前に、レイヤが講義を再開する。
「このケーキ一つをとってもその陰には多くの人の手があります。それはたった今体験したばかりでしょう? 多くの工夫と追求。遊びの中でしか学べないものもあり、苦行の中でこそ見いだせるもの、失敗で知ることもある」
レイヤの言葉を子供たちは真剣に聞いている。ケーキを忘れて作ることになったが、実際に作ったからこそ、子供たちに響く部分もあったようだ。それを感じたレイヤは満足気に胸を張って続ける。
「その結晶を、なんだか誇らしく美しいその輝きをヒトは、研鑚と呼ぶのですよ! さあ、それではケーキをいただきましょう!」
レイヤが人魚に祈りを捧げ、子供たちもそれに倣って祈りを捧げたあとケーキに手を伸ばす。初めてのケーキに、子供たちの顔に驚きと笑顔が広がった。
「それでは、わたしが見たせかいを、今日までの冒険譚を聞かせましょう」
レイヤが話す冒険の数々に耳を傾ける子供たちの表情は、ここへ来たときと比べものにならないほど明るくなっていた。
●親探し
孵化場でだわは保護された卵の様子を観察し、特徴的な模様などを革張りの手帳に記入していく。だわは一人、ギシュム族有志の卵の親探しに同行するため、少しでも手がかりになる情報を集めようとしていたのだ。
孵化の近付いた卵からは心音や鳴き声が漏れてくるのもあり、そういった卵の項には注釈も入れた。
「良かった。出発前に間に合いましたわね」
振り返ると、レティシアが孵化場の入口に立っていた。急いで来たのか、髪が僅かに乱れている。
「そろそろ発とうと思っていた」
何しに此処へ? と目で問うと、レティシアは紙片を差し出す。
「エア様から預かって参りました。卵の特徴と、拐われて村に来た大まかな日付だそうです。生まれた村を探す重要な手がかりになるかと」
「そうか。助かる。その娘にも礼を言っておいてくれ」
「承りました。だわ様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
だわは頷き、紙片を手帳に挟んで懐に入れると歩き出した。
●心の芽吹きを
依頼期間も終わりが近付き、ハリスとサイラスによる住居の建築も終わりが見えてきた。
「強さを磨けば弱きを守り、知恵を磨けば実りをもたらす。研鑽によって培われた力は世界を守る為にあると私は思います」
ハリスは手を動かしながら、手伝う子供たちに自らの思う生き方を説いていた。
「そして、研鑽の道は一つではない。誰かに強制されるでもない。私は戦いに依らず、農民として多くの糧を人々へ届けることこそ己の研鑽と信じています」
農耕を重視する部族であるターミルの若者は、糧を得て初対面より生気に満ちる子供たちを満足気に見ると、住居建築の仕上げにかかった。
「すぐに見出すのは難しいでしょう。しかし……時間をかければ必ずや、自分なりの形ができあがります。そう、このように!」
ハリスの示す先には、束ねた芦が湿地に浮かび、その上に芦を組んで造られた家が建っていた。
「これがディズルの民が研鑽の末に生み出した芦の家屋です。ここがあなた達の家ですよ」
「凄い、広い!」
「ここ私が手伝ったのよ!」
子供たちは歓声をあげ家屋を眺めている。所々手伝ってはいたが、こうして形になり、更に自分達の家になるとなると感慨深いものだろう。
「彼らは上手くやってくれたようだな」
「はい。初めは不安もありましたが、冒険者とは私達に足りない視点を多く持っているのですね」
子供たちの様子を見に来ていたアシムベートに、世話役も安心した様子でそれを眺めている。
そうやっている所へ、だわが一組のリザードマンの夫婦を連れて戻ったと知らせが入る。想像以上の働きに、アシムベートは満足気に頷いた。
マスターコメント
お待たせしました。
皆さんの働きにより、子供たちは歪んだ教育を脱し、生きていくための大きな手がかりを掴んだことでしょう。
皆さんそれぞれ最大限に自分の出来ることをされたと判断して、大成功を贈らせて頂きました。
補足ですが、エアはディズルを出たい事をアシムベートに伝え、行き先を選んでいる最中です。
また、リザードマンは産卵して卵を孵化場に預けた後、その子供は集落全体の子として血縁を意識しない場合もあるそうなので、最後に登場した夫婦は血縁を意識する夫婦ということになります。
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準8 / 4〜25人
2022年01月31日 09時40分10秒 公開
大成功
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー 主に建築手伝いしようかと?