【夢魅】偽りの願いでも
広大野人
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シナリオID:1797
オープニング
●
剣士エクエスは不可思議な空間に来ていた。
夢の案内人ともいえるリィミアのエーテルが回復し、再び夢に挑む事が出来るようになったからだ。
「それでは冒険者に依頼を出してきます」
「準備が整ったら、また此処に」
リィミアの返事にエクエスは頷く。
授恵者である冒険者達に同行しないとエクエスは夢が見られないようだからだ。
その理由は分からない。リィミアが言うには『人ではない』との事だが……。
「そういえば、エクエス殿は夢の内容を覚えているのでござろうか?」
「それが、覚えていなくて……」
断片的には覚えているがそれも霞みのようなものだ。
意識に残ったのは言い知れぬ不安だけだ。
起きた後の行動は今思えば、情けない気もする。
「それなら、リィミアが教えよう」
自信満々に彼女は胸を張った。
けれど、エクエスは静かに首を横に振る。
「……ありがとうございます。ですが、大丈夫です。全ての夢を見た後、それでも分からない時で」
「ふむ。既に何か分かっていると?」
「まだまだですけど、なんとなく、です」
答えを濁した。
まず、自分が『一般的な人』とは違う事は既に理解している。
身体の構造からして違うのだから、当たり前ではあるが……エクエスが気になっているのは、 自分が『人』だったかどうかだ。
「リィミアが起きたら、記憶探しを手伝うでござろう」
「はい。その時はよろしくお願いします」
そう告げてエクエスは不可思議な空間から目覚めるのであった。
●
リィミアの不可思議空間に集った冒険者達。
今回も表向きはエクエスからの依頼となっている。
『眠り姫』と呼ばれ、ずっと眠ったままのリィミアを、『想夢の宝玉』から解放する為の依頼だ。同時に、夢は失った記憶に触れる切欠でもあった。
もっとも、夢はあくまでも夢。
嘘か真かは誰にも判別はできない。
「……今回の試練は『願いが叶った夢』でござろう」
「願いが……叶う?」
エクエスは言葉を繰り返した。
当面の願いは喪失した記憶を取り戻す事にある。
それが叶うというのは……どんな事なのだろうか。
困惑するエクエスにリィミアは言う。
「難しく考える必要はないでござろう。ここで言う『願い』とは、一般的な希望や未来のみならず、実現不可能な『願い』も試練の中に入る。もっというと、そうした容易には実現しない事、叶うはずがない願いが叶った事を観る事に意味がある」
長々とした説明だが、どこかしか歯切れが悪い気もする。
しかし、エクエスは敢えてそこに触れる事は止めた。
追及した所で、どんな夢を見るかとはあまり関係ない事なのだから。
「私はあんまり願いという願いはないですが……頑張ってきます」
エクエスの台詞にどことなく寂し気にリィミアは微笑んだ。
そして、冒険者達一同を見渡す。
「……夢は必ず醒めるでござろう。それだけは覚えていて欲しい。では、良い夢を」
●約束の欠片
それは誰なのか。
自分自身の姿なのか、それとも、約束した人なのか。
いや、もしかして、冒険者の誰かかもしれない。
分かる事は自身にとってとても大切な人。約束を守るべき人だ――その人が棺の中で眠っている。
「安らかに……」
葬儀の参列者が告げると『掴んでいた』エクエスを、棺の中の人物に握らせた。
骸からは温もりを感じないが、それでも安堵する。
これでずっと一緒にいられるのだから。
「お疲れ様でした。ゆっくり、お休みください」
仰々しい声と共に棺に蓋がされる。
真っ暗になるが不安は微塵も無い。
ドサッドサッ……と土が被せられていく音が棺の中に響いた。
薄れていく意識の中、エクエスはこれが『夢』だと思い出した。
(……これが、私の願い? この人と一緒に棺に入る事が? あれ……でも、この人は誰?)
記憶を失っている影響からか、それとも、不可思議な夢によるものか、相手が誰なのか分からない。
むしろ、相手が誰かという事よりも、このような死を望んでいる事が『願い』だったという事に、意味があるのではないかとエクエスは感じた。
(とにかく夢から醒めないと……)
夢なのでこのまま死んでしまう事はないだろうが、特にこの『願い』の中に居たい訳でもない。
エクエスは自分自身を何度も呼び繰り返すと――やがて、光る霧のようなものが意識を覆い、夢から醒めるのであった。
●
冒険者達を送り出した後、不可思議な空間でリィミアがただ一人残されていた。
試練の臨んだ冒険者達の『夢』が奔流となって意識の中に流れ込んでくるが、慌てる事はなく慣れた様子だった。
「死と同じ位……厄介でござろう」
そんな言葉をリィミアは呟く。
エクエスの願いは『死』だった。それも『大切な人と一緒に死ねる事』だ。
そこに何の意味があるのか、残念ながらリィミアには分からない。エクエスにはエクエスの都合というものがあるのだろう。
「……というか、それだと、あんまり試練の意味がないんだよね……他の冒険者達に期待した方が良いでござろうか」
今回の夢のもっとも大事な部分。
それは願いが叶った後の事だ。
前回の夢とは違い、試練に臨んだ者達は、願いが叶った夢の中で、それが『夢』だと気が付く。
『夢』だと気が付いたその時、どの様な想いを抱くか――それが求められている。
「それにしても酷い試練だ。人の気持ちをかき回して……」
叶った事が偽りだと気が付いた時の喪失感。
あるいは現実に戻らなくてはいけないという哀しさ。
「……偽りと決別しても良いし、縋ってもいい。高潔であっても無様であっても……夢、でござろうから」
『想夢の宝玉』が淡い光を放ち続けていた。
剣士エクエスは不可思議な空間に来ていた。
夢の案内人ともいえるリィミアのエーテルが回復し、再び夢に挑む事が出来るようになったからだ。
「それでは冒険者に依頼を出してきます」
「準備が整ったら、また此処に」
リィミアの返事にエクエスは頷く。
授恵者である冒険者達に同行しないとエクエスは夢が見られないようだからだ。
その理由は分からない。リィミアが言うには『人ではない』との事だが……。
「そういえば、エクエス殿は夢の内容を覚えているのでござろうか?」
「それが、覚えていなくて……」
断片的には覚えているがそれも霞みのようなものだ。
意識に残ったのは言い知れぬ不安だけだ。
起きた後の行動は今思えば、情けない気もする。
「それなら、リィミアが教えよう」
自信満々に彼女は胸を張った。
けれど、エクエスは静かに首を横に振る。
「……ありがとうございます。ですが、大丈夫です。全ての夢を見た後、それでも分からない時で」
「ふむ。既に何か分かっていると?」
「まだまだですけど、なんとなく、です」
答えを濁した。
まず、自分が『一般的な人』とは違う事は既に理解している。
身体の構造からして違うのだから、当たり前ではあるが……エクエスが気になっているのは、 自分が『人』だったかどうかだ。
「リィミアが起きたら、記憶探しを手伝うでござろう」
「はい。その時はよろしくお願いします」
そう告げてエクエスは不可思議な空間から目覚めるのであった。
●
リィミアの不可思議空間に集った冒険者達。
今回も表向きはエクエスからの依頼となっている。
『眠り姫』と呼ばれ、ずっと眠ったままのリィミアを、『想夢の宝玉』から解放する為の依頼だ。同時に、夢は失った記憶に触れる切欠でもあった。
もっとも、夢はあくまでも夢。
嘘か真かは誰にも判別はできない。
「……今回の試練は『願いが叶った夢』でござろう」
「願いが……叶う?」
エクエスは言葉を繰り返した。
当面の願いは喪失した記憶を取り戻す事にある。
それが叶うというのは……どんな事なのだろうか。
困惑するエクエスにリィミアは言う。
「難しく考える必要はないでござろう。ここで言う『願い』とは、一般的な希望や未来のみならず、実現不可能な『願い』も試練の中に入る。もっというと、そうした容易には実現しない事、叶うはずがない願いが叶った事を観る事に意味がある」
長々とした説明だが、どこかしか歯切れが悪い気もする。
しかし、エクエスは敢えてそこに触れる事は止めた。
追及した所で、どんな夢を見るかとはあまり関係ない事なのだから。
「私はあんまり願いという願いはないですが……頑張ってきます」
エクエスの台詞にどことなく寂し気にリィミアは微笑んだ。
そして、冒険者達一同を見渡す。
「……夢は必ず醒めるでござろう。それだけは覚えていて欲しい。では、良い夢を」
●約束の欠片
それは誰なのか。
自分自身の姿なのか、それとも、約束した人なのか。
いや、もしかして、冒険者の誰かかもしれない。
分かる事は自身にとってとても大切な人。約束を守るべき人だ――その人が棺の中で眠っている。
「安らかに……」
葬儀の参列者が告げると『掴んでいた』エクエスを、棺の中の人物に握らせた。
骸からは温もりを感じないが、それでも安堵する。
これでずっと一緒にいられるのだから。
「お疲れ様でした。ゆっくり、お休みください」
仰々しい声と共に棺に蓋がされる。
真っ暗になるが不安は微塵も無い。
ドサッドサッ……と土が被せられていく音が棺の中に響いた。
薄れていく意識の中、エクエスはこれが『夢』だと思い出した。
(……これが、私の願い? この人と一緒に棺に入る事が? あれ……でも、この人は誰?)
記憶を失っている影響からか、それとも、不可思議な夢によるものか、相手が誰なのか分からない。
むしろ、相手が誰かという事よりも、このような死を望んでいる事が『願い』だったという事に、意味があるのではないかとエクエスは感じた。
(とにかく夢から醒めないと……)
夢なのでこのまま死んでしまう事はないだろうが、特にこの『願い』の中に居たい訳でもない。
エクエスは自分自身を何度も呼び繰り返すと――やがて、光る霧のようなものが意識を覆い、夢から醒めるのであった。
●
冒険者達を送り出した後、不可思議な空間でリィミアがただ一人残されていた。
試練の臨んだ冒険者達の『夢』が奔流となって意識の中に流れ込んでくるが、慌てる事はなく慣れた様子だった。
「死と同じ位……厄介でござろう」
そんな言葉をリィミアは呟く。
エクエスの願いは『死』だった。それも『大切な人と一緒に死ねる事』だ。
そこに何の意味があるのか、残念ながらリィミアには分からない。エクエスにはエクエスの都合というものがあるのだろう。
「……というか、それだと、あんまり試練の意味がないんだよね……他の冒険者達に期待した方が良いでござろうか」
今回の夢のもっとも大事な部分。
それは願いが叶った後の事だ。
前回の夢とは違い、試練に臨んだ者達は、願いが叶った夢の中で、それが『夢』だと気が付く。
『夢』だと気が付いたその時、どの様な想いを抱くか――それが求められている。
「それにしても酷い試練だ。人の気持ちをかき回して……」
叶った事が偽りだと気が付いた時の喪失感。
あるいは現実に戻らなくてはいけないという哀しさ。
「……偽りと決別しても良いし、縋ってもいい。高潔であっても無様であっても……夢、でござろうから」
『想夢の宝玉』が淡い光を放ち続けていた。
解説
●目的
夢の中で想いと向き合う
●状況
冒険者達はそれぞれ別々に『想夢の宝玉』の力によって不思議な夢を魅ます。
題材は『願いが叶った夢』となります
願いはどの様な夢でも構いませんが、実現する事が困難な夢や実現不可能な夢の方が『想夢の宝玉』のエーテルをより消費させる事ができます。
夢なので多少、突拍子のない夢でも大丈夫です。願いの内容はプレイングで大まかに決める事ができます。
例として幾つか提示している中から選んでも構いません。
・神や皇帝、国王になる
・(内容を指定した上で)世界一となる
・死者が生き返る。あるいは死ななかった世界線
・失った何かを取り戻す
・なんとなく幸せな日々を過ごしている
ただし、描写が困難になるケースについてはアドリブ対応とさせていただきます。
また、夢の途中で『夢を見ていると理解』します。
その時にどのような心境や行動を見せるかも『想夢の宝玉』のエーテルを消費させます。
●条件
『夢』なのでそれが真か嘘かは誰にも判別できません(もっと言うと普段から願っている必要性もありません)。
『夢』なので死ぬ事はありませんし、必ず起きます(起こします)。
『夢』なので設定に多少無理があってもなるべく沿うようにしますが困難な場合はアドリブ対応とします。
能力や武装などは寝る時の状態が反映されていますが、夢の内容によっては変更可能です。
●重要
夢の中で、NPCや他PCを登場させたい場合、名前表記はせずにふんわりと表現します。なお、このシナリオに限り、当MSが管理するNPC以外のNPCを指定させたい場合は、参照リプレイを指定して下さい。
描写は原則、個人毎にシーンを分けます。
『夢』の内容は参加した冒険者全員に共有される事になります(覚えているかいないかは自由です)。
●その他
状況によってはアドリブ対応が多くなる場合もありますのでご了承下さい。
エクエスが紐付けされていますが、相談卓では質問への回答も含め挨拶は致しません。
マスターより
あけましておめでとうございます。当依頼にて33作目となった広大野人です。
新しい年、私の最初の依頼は個人連作である【夢魅】(ゆめみ)の2話目です。全5話を予定していますが、これまでの連作に参加されていなくとも問題はありません。
今回は『願いが叶う』夢。ただし、途中で夢だと理解する夢です。
夢から醒めたくないと思うのか、偽りだと知り悲しむのか、あるいは、何か思い至るのか……起きるまで夢を満喫するのか……そもそも、どのような願いなのか……。
前回同様、PC設定の掘り下げとしてご参加いただいても大丈夫です(キャラノベと違い、内容はともかく、そんな夢を見たという事自体は正史扱いになりますし)。
ご参加、お待ちしております。
リプレイ
●ゲルダ・クライン
偉大なる交易商“リトルビッグマン”の後継者と目されれば、使い古された机の上に積み上げられた書類の意味は誰にでも理解できるだろう。
ゲルダが大地の上を走り回っていたのは過去の懐かしい話で、今は筆を走らせ続ける、クライン商会の次期商会長としての毎日を過ごしていた。
「お茶をお持ち致しました」
サラっとした銀髪の女性が発した声でゲルダは作業の手を止める。
朧げに見覚えのある秘書は、腕も器量もある元騎士で頼りになる存在だった……秘書に付けるには勿体ない人材だ。
(お父様の心配性も変わらないですよね)
思わず苦笑を浮かべる。一番近くに付けるのだから、護衛も兼ねさせたかったのだろう。
秘書は丁寧な動作でお茶を机の上に置いた。
「お嬢様は、騎士を目指していたのだと思っておりました」
半ば家出のような形で実家を飛び出したのは昔の事。
学園を卒業し、帝都崩壊に紐づく騒乱も終結した。
冒険者として、駆け続ける事は無くなっていたのだ。
「憧れていたことは、ありました」
気分が安らぐような茶香を楽しみながらゲルダは応える。
幾つもの冒険と戦い。信頼できる仲間達との絆――それでも、家に戻らないつもりはなかった。
(ただ、あの時のわたしは、何も知らなかったから……わたしは、わたしの夢を知りたかった)
若さ故だったかもしれない。
記憶に刻み込まれた眩いばかりの騎士の姿が、駆り立てていたのだろう。
「騎士という道は『誰かを護る』ための手段であって……」
目的ではないと続けながら、ゲルダはこれが『夢』だと気が付いた。
未来にあり得るかもしれない夢だ。もっとも、これは予知夢でない事も理解はしている。
香りがしなくなった茶を置いて、代わりに先程まで書き続けていた書類を手に取った。
そこにはクライン商会が主催する慈善活動の報告――孤児院での食事会――が記されている。
「わたしは、どんな場所でも……誰かを護れる、わたしであれる」
叶うべき願いは既に、己の中にあったのだ。
そう思いながら、ゲルダは夢から醒めるのであった。
●コルネリウス・アーラ
赤銅色のショートボブの小さい女の子が村の中を元気に走り回っていた。
遠くから『両親』の声が聞こえる。知らない名前を呼んでいるが、それが自分の事だとまだ気がつきもしない。
女の子は身軽な動きで広場の木に登った。
そこはお気に入りの場所。エルフの里が一望できるからだ。
「♪~」
鼻歌と共に身体を揺らす。
今日、きっと『あの人』がやって来る。そんな気がしたからだ。
数え切れない程、また会う約束をした『あの人』。大好きな『あの人』。
その姿が見え、女の子は飛び降りて駆け出した。両手をおもいっきり振って、想いを全身で表しながら。
「――!」
星の数よりも多く呼んだ『あの人』の名前。
優し気に微笑んだ『あの人』へ抱きつくように飛び込んだ。
陽の光のような温かさを感じつつ、女の子は顔を見上げる。
「あのね、私大きくなったら、お嫁さんに……」
「――」
『あの人』からの呼ばれた名前に、コルネリウスは我に返る。
彼からは「ネリー」と呼ばれているはずで……『両親』から聞こえる名も、父さんが付けてくれた「コルネリウス」ではない。
なにより、私に『両親』はいない。私の親は、父さんだけなのだから。
そう……これは夢だ。
コルネリウスは周囲を見渡した。
エルフの里は平和そのもので、緩やかで穏やかな木漏れ日に包まれている。
「約束は守りましたよ、――」
柔らかい声と抱擁にコルネリウスは視線を彼へと戻し、顔を埋めた。
子供の頃に出逢っても、やっぱり大好きで愛おしい。一緒に居続ける事が『夢』となって願ったのだろうか。
けれど、釈然としない。
その理由をコルネリウスは分かっていた。
(父さんと出逢えないのは嫌……)
この世界では、父は父ではない。取り替え子だったからこそ、父と出逢えた。
共に暮らしたその日々は、幸せだったから……そして、彼にも出逢えたのだから。
「――」
愛する人から呼ばれる名前にコルネリウスは首を横に振る。
私が呼ばれない名はそれではないのだ。私が私である名を。
「『ネリー』って、私の名を呼んで欲しい……」
直後、視界の全てが真っ白に埋め尽くされていくのであった。
●サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ
いつだって太陽の光は変わらない。幸せに満ちた日も哀しみに暮れる日も、照らし続けるのだから。
白い壁が光を反射し、部屋の中は幻想的なほど明るかった――今にも消えてしまいそうな命があるのに……。
握っているのが骨と皮だけのやせ細った手である事にサフィラは気が付いた。
見れば、手だけではない。腕も足も今にも折れそうで……勇壮な赤い顔は皺だらけ。
凛々しく天を向いていた狼の耳も、毛が抜けてまだらに皮膚が見えていた。
(ああ、そうだ……)
この人が誰なのかを、サフィラは直感的に理解した。
赤い肌の愛おしいあの人。
(思い出した……あたしはこの人と結婚して……)
共に戦場を駆け、冒険に挑み、一緒に過ごしてきた。
愛し合って、子どもも何人も生まれ……幸せな日々を過ごして。
(分かっていたのに……)
永遠の離別が訪れようとしていた。
時の流れは残酷だ。種族の違いによる寿命はどう足掻いても埋められないのだから。
だから、エルフである自分が、ゴブリンである彼を看取るのは、最初から分かっていた。覚悟していた……はずなのに。
それなのに、どうして……先に逝ってしまうのか。
「いかないで! いかないで!」
これから旅立とうとしている彼に酷な事を叫ぶ。
心の中を埋め尽くす想いがそうさせているのだ。
「あたしを……あたしをおいていかないで!」
貴方が居ない世界で、この先、私はどうすればいい。
孤独な日々を命続く限り過ごさないといけないというのか。
「おいて……」
溢れ出る哀しみ応えるように、彼の手がピクっと動いた気がした。
けれど、そこまでだった。徐々に力が抜けていく手。そして……彼の唇が微かに動き、最期の言葉を紡ぐ。
「……」
「……うん」
愛する人の言葉に鹽らしく頷いた。
もう、離れる事はないのだ。
彼の命は尽き、肉体は朽ちて大地に還る。でも、彼と過ごした日々と思い出は、いつまでもこの胸に残り続ける。太陽よりも輝かしい記憶と共に。
だから、サフィラはこの命が尽きるまで、子供や孫達に彼の話を語り続けようと思う。
彼の魂は、私の中で生き続けるのだから。
●ララノア
懐かしい声の子守歌が心の中に染みていく。
ここは何処か。見えるのは真新しい天井と己を取り囲む編物。不安を覚えて発する言葉は赤子の泣き声のみ。
「おやおや、お嬢様。すぐにお父様とお母様を呼んで参りますね」
オババ様の声が聴こえる。
程なく、誰かが近づいてくる足音が響いた。それも二人。
「ララノア……不安げな声だな……」
「怖い夢でも見たのかしら」
視界に入ったのは、新緑色の瞳を持った男性と、親近感のある柔らかな長い髪の女性だった。
(私によく似て……?)
見覚えが全くない知らない人。
けれども、知っている人……私にとって、とても大切な人……。
言葉にならない想いが、泣き声となって放たれ続けると、女性が手を伸ばしてきて、ララノアを大事そうに抱き上げる。
「大丈夫よ」
心の底から暖まるような声と肌の温もり。そして、華憐に咲く花の心地良い香りが広がる。
ゆっくりと揺られながら優しい歌声が紡がれた。
その歌をララノアは知っている。オババ様が歌ってくれた母様の歌……『幸せの祈り歌』だと。
(そうです……これは……おババ様と私の両親の夢……)
夢を見ているのだとララノアは意識を掴んだ。
穏やかに心を満たす歌と包まれるように撫でる大きな手。そして、全てを受け入れてくれるような微笑み。
これが想像なのか、願望なのか、遠い日の記憶なのか、なんにせよ、例え夢と分かっていても、嬉しくて幸せになれる。
(オババ様、父様、母様……私、お外でたくさんの経験をしました)
幾つもの冒険と出逢いを。
共に歩む仲間を――けれど、言葉として伝える事は適わず。
だから……ララノアはぎゅっと抱き着き、精一杯の笑顔を向ける。
(夢の中で、私は……確かにそこにあった愛を、知る事ができました……)
深く安らかな日があったかもしれない。
「私達もララノアの笑顔が大好きですよ」
魂に反響していく想いを感じながら、ララノアは夢から醒めるのであった。
●エミリア・シバ
ごく普通の家で生まれ育ち、冒険者に憧れて旅に出る。
肩を並べ苦楽を共にする信頼できる仲間達と依頼を受け、見た事も無い土地、もの、文化に触れ、美味しい食事とお酒、色々な人々とのめぐり逢いを楽しむ日々。
それは、エミリアが見る『私』が願う夢。
誰も傷つけず、奪わず、平凡だけど、全うな人生の歩み。
(人生のパートナーなんかもできていたりもして……)
穢れの無い純白の花嫁衣裳を纏った『私』が深紅の絨毯を進む。
きっと、このままゆっくりと歳を重ねていくのだろう。
過ぎ去っていく幸せな日々を、まるで他人事のように、エミリアは眺めていた。
(……『私』が奪った命もなかったことになるのだから)
楽しいだけの思い出を抱えられるのなら。
早々にこれが『想夢の宝玉』が魅せる夢だとエミリアは気が付いた。
「酷い試練……そうね。確かに夢だと気が付きたくなかったわね」
気が付かなければ、満たされた時間を過ごせたと思う、自分の浅ましさに気づいてしまうのだから。
これは、『私』が願い止まなかった今の『おねえさん』の理想の光景なのだろう。
確かに夢だと知っていても、ずっと見守っていたいとさえ感じる。
血で汚れた己の過去を無かった事に出来るのだから。
「幸せを掴みたいという気持ちを捨てきれないのかしらね」
悔しそうに拳に力を込めた。
前回、『想夢の宝玉』で見た夢で、自身がやるべき事を見定めたというのに、それを全て台無しにするような、縋りたいほど甘い夢なのだ。
「……自分で頬っぺた抓ったら起きられるかしら?」
エミリアは試しにやってみたが、早々簡単に目覚めるものではないようだ。
早く起きなければいけないと思う。
英雄や聖人ではないのだ。
幸せな夢という美酒佳肴に沈み溺れたい自分がいる事を自覚しているからこそ、すぐに起きたい。
「夢であっても、捨ててはいけないものがあるから」
自らを取り戻すように太陽に伸ばした腕先から、エミリアは現実の世界へと戻るのであった。
●ミア=リゼル
タタタッ……。
柔らかい茶色の髪を揺らして少女が走る。
穏やかな海面に反射した陽の光が果樹園を照らしていた。
木々には白い花が咲き、独特の香りを発している。
「せんせい!」
少女が呼ぶと、やたら背筋が伸びた長身の爺が穏やかな表情で振り返った。
爺が持つ籠の中には早摘みの檸檬が幾つも入っている。そして、これから料理を作ろうか……と少女を誘った。
「はい。楽しみです」
にっこりと笑う少女は無邪気そのものだった。
早摘み檸檬はすっぱいし苦みもあるし、それでも、『せんせい』の手に掛かれば美味しくなる。
それは少女にとっては魔法のようで……爺がゆっくりとした口調で訊ねてきた話に、少女は笑顔のまま応える。
「すっぱいのも、少し苦いのも、今は好き」
だって、『せんせい』との大切な思い出なのだから。
種を蒔いて、花が咲いて、実が生ったら一緒に料理する。そんな静かで穏やかな日々。
『せんせい』と二人、あたたかく過ごす時間。
「わたし、ようやく叶えられたの? せんせい……」
籠を持って先に進む『せんせい』の後ろ姿に少女は呟いた。
本当なら叶う事が無いはずの願いを――そこに至り、少女はこれが“夢”だと認知した。
「……」
何かが崩れ落ち、心の中に反響していく。
「これは『夢』なんですね。そう……なんですね……」
気がついてしまった事が辛い。
醒めたくない。この“夢”こそが本当の世界なのだと思いたい。
「わたし、ずっとここに居たいです……」
笑顔を失くした顔でみつめる。
先を行く『せんせい』が振り返った。太陽の光が差し込み、その顔はもう見られない。
一歩進みだした少女が尋ねた。
「せんせい、おしえて……せんせいがくれた名前と……せんせいの名前を……」
そしたら、今度は絶対に忘れないから。
続いた言葉は音にならず、けれど、『せんせい』には届いたようだった。
「ミア=リゼル、ツィトリ。何度でも聴かせてあげよう――」
優し気な声が爽やかに吹き抜けた風によって途切れた。
直後、夢は唐突に終わったのであった。
●願いを越えて
軽い勢いで夢に飛び込んだサフィラだったが、夢から醒めると、見ていた内容をすっかりと忘れていた。
ただ、頬が驚くほど濡れており、首を傾げながら拭う。
ものすごく哀しい夢を見た気がして、落ち着かない。
「はぁ……なんか、すごくハヤトに会いたくなっちゃったなぁ……」
困惑されるかもしれないが、ぎゅぎゅっと抱き締めたい感じというべきだろうか。
一方、エミリアはガバっと背を起こしていた。醒めろ醒めろと念じただけあって勢いがついたのかもしれない。
「起きられたわね……」
醒ましてしまえば一瞬の事だったような気がする。
気配を感じて隣の寝台に視線を向けると、エクエスが目をパチクリとさせていた。
「……あれ、やっぱり、夢の内容が朧気でほとんど覚えていないようです」
授恵者でも夢の内容を覚えていられるかどうかなので、エクエスでは覚えていられないのは仕方ない事かもしれない。
記憶を取り戻す切欠が少しでも得られれば良いが……。
ララノアは前回と同様、落ち着いた表情を浮かべていた。
(私、ずっとずっと……忘れませんから……)
流れる涙と共に目覚めたが、不思議と気持ちが温かった。
きっと、これからも歩いていける気がする、そんな目覚めだった。
良い目覚めというのであれば、ゲルダも同様だったかもしれない。
(――ああ、そうだったんだ)
夢の中、自身が発した言葉で己の願いの本質に気がついたからだ。
知っていたけれど、知らなかった事。本当に叶うべき夢を。
そんな二人とは対照的に、コルネリウスは真剣な顔で一点をみつめていた。
(父さん……)
コルネと自身を呼ぶ義父の姿を思い描く。
改めて、出逢えた事に、そして、育ててくれた事に感謝をした。
それぞれが夢に想いを馳せながら過ごす中、ミアだけが俯いて震える両手を凝視していた。
夢は終わった。叶わない夢だって分かっていた。けれど……。
「私は、わたしは……ツィトリよ」
せんせいがくれた名前を、少女は記憶を辿るように呟くのであった。
偉大なる交易商“リトルビッグマン”の後継者と目されれば、使い古された机の上に積み上げられた書類の意味は誰にでも理解できるだろう。
ゲルダが大地の上を走り回っていたのは過去の懐かしい話で、今は筆を走らせ続ける、クライン商会の次期商会長としての毎日を過ごしていた。
「お茶をお持ち致しました」
サラっとした銀髪の女性が発した声でゲルダは作業の手を止める。
朧げに見覚えのある秘書は、腕も器量もある元騎士で頼りになる存在だった……秘書に付けるには勿体ない人材だ。
(お父様の心配性も変わらないですよね)
思わず苦笑を浮かべる。一番近くに付けるのだから、護衛も兼ねさせたかったのだろう。
秘書は丁寧な動作でお茶を机の上に置いた。
「お嬢様は、騎士を目指していたのだと思っておりました」
半ば家出のような形で実家を飛び出したのは昔の事。
学園を卒業し、帝都崩壊に紐づく騒乱も終結した。
冒険者として、駆け続ける事は無くなっていたのだ。
「憧れていたことは、ありました」
気分が安らぐような茶香を楽しみながらゲルダは応える。
幾つもの冒険と戦い。信頼できる仲間達との絆――それでも、家に戻らないつもりはなかった。
(ただ、あの時のわたしは、何も知らなかったから……わたしは、わたしの夢を知りたかった)
若さ故だったかもしれない。
記憶に刻み込まれた眩いばかりの騎士の姿が、駆り立てていたのだろう。
「騎士という道は『誰かを護る』ための手段であって……」
目的ではないと続けながら、ゲルダはこれが『夢』だと気が付いた。
未来にあり得るかもしれない夢だ。もっとも、これは予知夢でない事も理解はしている。
香りがしなくなった茶を置いて、代わりに先程まで書き続けていた書類を手に取った。
そこにはクライン商会が主催する慈善活動の報告――孤児院での食事会――が記されている。
「わたしは、どんな場所でも……誰かを護れる、わたしであれる」
叶うべき願いは既に、己の中にあったのだ。
そう思いながら、ゲルダは夢から醒めるのであった。
●コルネリウス・アーラ
赤銅色のショートボブの小さい女の子が村の中を元気に走り回っていた。
遠くから『両親』の声が聞こえる。知らない名前を呼んでいるが、それが自分の事だとまだ気がつきもしない。
女の子は身軽な動きで広場の木に登った。
そこはお気に入りの場所。エルフの里が一望できるからだ。
「♪~」
鼻歌と共に身体を揺らす。
今日、きっと『あの人』がやって来る。そんな気がしたからだ。
数え切れない程、また会う約束をした『あの人』。大好きな『あの人』。
その姿が見え、女の子は飛び降りて駆け出した。両手をおもいっきり振って、想いを全身で表しながら。
「――!」
星の数よりも多く呼んだ『あの人』の名前。
優し気に微笑んだ『あの人』へ抱きつくように飛び込んだ。
陽の光のような温かさを感じつつ、女の子は顔を見上げる。
「あのね、私大きくなったら、お嫁さんに……」
「――」
『あの人』からの呼ばれた名前に、コルネリウスは我に返る。
彼からは「ネリー」と呼ばれているはずで……『両親』から聞こえる名も、父さんが付けてくれた「コルネリウス」ではない。
なにより、私に『両親』はいない。私の親は、父さんだけなのだから。
そう……これは夢だ。
コルネリウスは周囲を見渡した。
エルフの里は平和そのもので、緩やかで穏やかな木漏れ日に包まれている。
「約束は守りましたよ、――」
柔らかい声と抱擁にコルネリウスは視線を彼へと戻し、顔を埋めた。
子供の頃に出逢っても、やっぱり大好きで愛おしい。一緒に居続ける事が『夢』となって願ったのだろうか。
けれど、釈然としない。
その理由をコルネリウスは分かっていた。
(父さんと出逢えないのは嫌……)
この世界では、父は父ではない。取り替え子だったからこそ、父と出逢えた。
共に暮らしたその日々は、幸せだったから……そして、彼にも出逢えたのだから。
「――」
愛する人から呼ばれる名前にコルネリウスは首を横に振る。
私が呼ばれない名はそれではないのだ。私が私である名を。
「『ネリー』って、私の名を呼んで欲しい……」
直後、視界の全てが真っ白に埋め尽くされていくのであった。
●サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ
いつだって太陽の光は変わらない。幸せに満ちた日も哀しみに暮れる日も、照らし続けるのだから。
白い壁が光を反射し、部屋の中は幻想的なほど明るかった――今にも消えてしまいそうな命があるのに……。
握っているのが骨と皮だけのやせ細った手である事にサフィラは気が付いた。
見れば、手だけではない。腕も足も今にも折れそうで……勇壮な赤い顔は皺だらけ。
凛々しく天を向いていた狼の耳も、毛が抜けてまだらに皮膚が見えていた。
(ああ、そうだ……)
この人が誰なのかを、サフィラは直感的に理解した。
赤い肌の愛おしいあの人。
(思い出した……あたしはこの人と結婚して……)
共に戦場を駆け、冒険に挑み、一緒に過ごしてきた。
愛し合って、子どもも何人も生まれ……幸せな日々を過ごして。
(分かっていたのに……)
永遠の離別が訪れようとしていた。
時の流れは残酷だ。種族の違いによる寿命はどう足掻いても埋められないのだから。
だから、エルフである自分が、ゴブリンである彼を看取るのは、最初から分かっていた。覚悟していた……はずなのに。
それなのに、どうして……先に逝ってしまうのか。
「いかないで! いかないで!」
これから旅立とうとしている彼に酷な事を叫ぶ。
心の中を埋め尽くす想いがそうさせているのだ。
「あたしを……あたしをおいていかないで!」
貴方が居ない世界で、この先、私はどうすればいい。
孤独な日々を命続く限り過ごさないといけないというのか。
「おいて……」
溢れ出る哀しみ応えるように、彼の手がピクっと動いた気がした。
けれど、そこまでだった。徐々に力が抜けていく手。そして……彼の唇が微かに動き、最期の言葉を紡ぐ。
「……」
「……うん」
愛する人の言葉に鹽らしく頷いた。
もう、離れる事はないのだ。
彼の命は尽き、肉体は朽ちて大地に還る。でも、彼と過ごした日々と思い出は、いつまでもこの胸に残り続ける。太陽よりも輝かしい記憶と共に。
だから、サフィラはこの命が尽きるまで、子供や孫達に彼の話を語り続けようと思う。
彼の魂は、私の中で生き続けるのだから。
●ララノア
懐かしい声の子守歌が心の中に染みていく。
ここは何処か。見えるのは真新しい天井と己を取り囲む編物。不安を覚えて発する言葉は赤子の泣き声のみ。
「おやおや、お嬢様。すぐにお父様とお母様を呼んで参りますね」
オババ様の声が聴こえる。
程なく、誰かが近づいてくる足音が響いた。それも二人。
「ララノア……不安げな声だな……」
「怖い夢でも見たのかしら」
視界に入ったのは、新緑色の瞳を持った男性と、親近感のある柔らかな長い髪の女性だった。
(私によく似て……?)
見覚えが全くない知らない人。
けれども、知っている人……私にとって、とても大切な人……。
言葉にならない想いが、泣き声となって放たれ続けると、女性が手を伸ばしてきて、ララノアを大事そうに抱き上げる。
「大丈夫よ」
心の底から暖まるような声と肌の温もり。そして、華憐に咲く花の心地良い香りが広がる。
ゆっくりと揺られながら優しい歌声が紡がれた。
その歌をララノアは知っている。オババ様が歌ってくれた母様の歌……『幸せの祈り歌』だと。
(そうです……これは……おババ様と私の両親の夢……)
夢を見ているのだとララノアは意識を掴んだ。
穏やかに心を満たす歌と包まれるように撫でる大きな手。そして、全てを受け入れてくれるような微笑み。
これが想像なのか、願望なのか、遠い日の記憶なのか、なんにせよ、例え夢と分かっていても、嬉しくて幸せになれる。
(オババ様、父様、母様……私、お外でたくさんの経験をしました)
幾つもの冒険と出逢いを。
共に歩む仲間を――けれど、言葉として伝える事は適わず。
だから……ララノアはぎゅっと抱き着き、精一杯の笑顔を向ける。
(夢の中で、私は……確かにそこにあった愛を、知る事ができました……)
深く安らかな日があったかもしれない。
「私達もララノアの笑顔が大好きですよ」
魂に反響していく想いを感じながら、ララノアは夢から醒めるのであった。
●エミリア・シバ
ごく普通の家で生まれ育ち、冒険者に憧れて旅に出る。
肩を並べ苦楽を共にする信頼できる仲間達と依頼を受け、見た事も無い土地、もの、文化に触れ、美味しい食事とお酒、色々な人々とのめぐり逢いを楽しむ日々。
それは、エミリアが見る『私』が願う夢。
誰も傷つけず、奪わず、平凡だけど、全うな人生の歩み。
(人生のパートナーなんかもできていたりもして……)
穢れの無い純白の花嫁衣裳を纏った『私』が深紅の絨毯を進む。
きっと、このままゆっくりと歳を重ねていくのだろう。
過ぎ去っていく幸せな日々を、まるで他人事のように、エミリアは眺めていた。
(……『私』が奪った命もなかったことになるのだから)
楽しいだけの思い出を抱えられるのなら。
早々にこれが『想夢の宝玉』が魅せる夢だとエミリアは気が付いた。
「酷い試練……そうね。確かに夢だと気が付きたくなかったわね」
気が付かなければ、満たされた時間を過ごせたと思う、自分の浅ましさに気づいてしまうのだから。
これは、『私』が願い止まなかった今の『おねえさん』の理想の光景なのだろう。
確かに夢だと知っていても、ずっと見守っていたいとさえ感じる。
血で汚れた己の過去を無かった事に出来るのだから。
「幸せを掴みたいという気持ちを捨てきれないのかしらね」
悔しそうに拳に力を込めた。
前回、『想夢の宝玉』で見た夢で、自身がやるべき事を見定めたというのに、それを全て台無しにするような、縋りたいほど甘い夢なのだ。
「……自分で頬っぺた抓ったら起きられるかしら?」
エミリアは試しにやってみたが、早々簡単に目覚めるものではないようだ。
早く起きなければいけないと思う。
英雄や聖人ではないのだ。
幸せな夢という美酒佳肴に沈み溺れたい自分がいる事を自覚しているからこそ、すぐに起きたい。
「夢であっても、捨ててはいけないものがあるから」
自らを取り戻すように太陽に伸ばした腕先から、エミリアは現実の世界へと戻るのであった。
●ミア=リゼル
タタタッ……。
柔らかい茶色の髪を揺らして少女が走る。
穏やかな海面に反射した陽の光が果樹園を照らしていた。
木々には白い花が咲き、独特の香りを発している。
「せんせい!」
少女が呼ぶと、やたら背筋が伸びた長身の爺が穏やかな表情で振り返った。
爺が持つ籠の中には早摘みの檸檬が幾つも入っている。そして、これから料理を作ろうか……と少女を誘った。
「はい。楽しみです」
にっこりと笑う少女は無邪気そのものだった。
早摘み檸檬はすっぱいし苦みもあるし、それでも、『せんせい』の手に掛かれば美味しくなる。
それは少女にとっては魔法のようで……爺がゆっくりとした口調で訊ねてきた話に、少女は笑顔のまま応える。
「すっぱいのも、少し苦いのも、今は好き」
だって、『せんせい』との大切な思い出なのだから。
種を蒔いて、花が咲いて、実が生ったら一緒に料理する。そんな静かで穏やかな日々。
『せんせい』と二人、あたたかく過ごす時間。
「わたし、ようやく叶えられたの? せんせい……」
籠を持って先に進む『せんせい』の後ろ姿に少女は呟いた。
本当なら叶う事が無いはずの願いを――そこに至り、少女はこれが“夢”だと認知した。
「……」
何かが崩れ落ち、心の中に反響していく。
「これは『夢』なんですね。そう……なんですね……」
気がついてしまった事が辛い。
醒めたくない。この“夢”こそが本当の世界なのだと思いたい。
「わたし、ずっとここに居たいです……」
笑顔を失くした顔でみつめる。
先を行く『せんせい』が振り返った。太陽の光が差し込み、その顔はもう見られない。
一歩進みだした少女が尋ねた。
「せんせい、おしえて……せんせいがくれた名前と……せんせいの名前を……」
そしたら、今度は絶対に忘れないから。
続いた言葉は音にならず、けれど、『せんせい』には届いたようだった。
「ミア=リゼル、ツィトリ。何度でも聴かせてあげよう――」
優し気な声が爽やかに吹き抜けた風によって途切れた。
直後、夢は唐突に終わったのであった。
●願いを越えて
軽い勢いで夢に飛び込んだサフィラだったが、夢から醒めると、見ていた内容をすっかりと忘れていた。
ただ、頬が驚くほど濡れており、首を傾げながら拭う。
ものすごく哀しい夢を見た気がして、落ち着かない。
「はぁ……なんか、すごくハヤトに会いたくなっちゃったなぁ……」
困惑されるかもしれないが、ぎゅぎゅっと抱き締めたい感じというべきだろうか。
一方、エミリアはガバっと背を起こしていた。醒めろ醒めろと念じただけあって勢いがついたのかもしれない。
「起きられたわね……」
醒ましてしまえば一瞬の事だったような気がする。
気配を感じて隣の寝台に視線を向けると、エクエスが目をパチクリとさせていた。
「……あれ、やっぱり、夢の内容が朧気でほとんど覚えていないようです」
授恵者でも夢の内容を覚えていられるかどうかなので、エクエスでは覚えていられないのは仕方ない事かもしれない。
記憶を取り戻す切欠が少しでも得られれば良いが……。
ララノアは前回と同様、落ち着いた表情を浮かべていた。
(私、ずっとずっと……忘れませんから……)
流れる涙と共に目覚めたが、不思議と気持ちが温かった。
きっと、これからも歩いていける気がする、そんな目覚めだった。
良い目覚めというのであれば、ゲルダも同様だったかもしれない。
(――ああ、そうだったんだ)
夢の中、自身が発した言葉で己の願いの本質に気がついたからだ。
知っていたけれど、知らなかった事。本当に叶うべき夢を。
そんな二人とは対照的に、コルネリウスは真剣な顔で一点をみつめていた。
(父さん……)
コルネと自身を呼ぶ義父の姿を思い描く。
改めて、出逢えた事に、そして、育ててくれた事に感謝をした。
それぞれが夢に想いを馳せながら過ごす中、ミアだけが俯いて震える両手を凝視していた。
夢は終わった。叶わない夢だって分かっていた。けれど……。
「私は、わたしは……ツィトリよ」
せんせいがくれた名前を、少女は記憶を辿るように呟くのであった。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
前回に引き続き、私の涙腺が崩壊しかけましたが、ほんとうに皆様の色々な願いや想いに触れられました。キチンと応えられたか心配ではありますが……。
依頼としては『大成功』。今後の展開、是非ともお気になさっていただけると幸いです。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会があれば冒険者の方々のご参加の程、お待ちしております。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準6 / 4〜6人
2022年01月18日 17時54分28秒 公開
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