冒険者のある冬の日
広大野人
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シナリオID:1784
オープニング
●
受付嬢であるアーネリーは困っていた。
なんでも冒険者の事を記事にしたいという人物が訪れていたからだ。
ピシッと決まったスーツ姿で箒を立てたような逆毛の男は声を大にして力説する。
「これからの時代、冒険者は更に活躍する!」
積極的に広報活動を行う事で、冒険者達の活躍が多くの人々に知れ渡る。
その結果、冒険者に憧れる人達も出てこよう――中にはファンクラブだってできちゃうかもしれない。
「冒険者達の存在、そのものが、大きな市場になるのだ!」
奇想天外な自伝小説は王都の一部では売れ行きが良いらしい。
他にもグッズ化として半獣人冒険者のぬいぐるみなんかも企画しているとの事。
「だから、私はもっと、もっと、冒険者の事を知りたいのだ!」
「……あの……営利目的で冒険者の皆様に近づくのは――」
控え目に告げたアーネリーの言葉を、逆毛の男は遮った。
「単なる金儲けではない! 冒険者に対する正当な評価だ! 多くの人々が望んでいるのだから、それに応じるべきだろう!」
「冒険者の皆様にもプライバシーはありますので……」
「だから、依頼という形でお願いしているのだ!」
報酬は発生する。
依頼の主旨を理解した冒険者の自発的な参加なら――という事だ。
「分かりました。それではくれぐれも冒険者の皆様の邪魔になったり、プライベートを侵害しないようにして下さいね」
「当然だ!」
かくして、冒険者ギルドに一つの依頼が貼られた。
大きく描かれた募集題名にはこう記されていた。
『密着! 冒険者のある一日!』
●エクエスのある日
剣士エクエスはシャルガネ居住区に滞在していた。
夢を魅せる不思議な宝具は作動させると装着者でもあるリィミアのエーテルも同時に消費するらしく、連日続けての使用は難しいからだ。
そんな訳で次の機会まで暇になった訳だが、特に行き場がある訳でもないので、コゴウジ家に居候しているのだ。
「何か手伝いますよ」
と言ったものの、客人扱いされているので断られてしまった。
眠り続けているリィミアを起こせる人物……と、集落の人々からは認識されているのもあって、会う人誰もが丁寧に接してくる。
「このまま大人しくしておきますか」
独り言を口にすると部屋の中央に座った。
尋ねてくる人や用事がない限り、このまま過ごしていても問題はないだろう。
一般的な人間と違って、エクエスは食事の必要もないのだから。
(それにしても……夢で見た景色……あれは……)
自分が死ぬ夢を見た訳ではあるが、不思議な事ばかりだった。
本当に有り得た出来事だったのかそれとも想像の一部なのか。
(これから見る夢で他にも何か分かるのだろうか……)
自らが何者なのか。
もし、失われた記憶が蘇ったとして、その時、私はどうなるのだろうか――。
●エナハルトのある日
王国騎士エナハルト・ティルムは王都の本部に戻っていた。
港町ウシタでの一連の出来事の報告もあっての事だ。膨大な報告書を作り終え、一段落した時に人が訪れた。
「エナ、久しぶりだな?」
ぼさぼさの髪に無精髭の王国騎士は、エナハルトの先輩だった。
「イェルド先輩はお変わりないようで」
「俺はいつもの通りだからな」
遠慮なく部屋に入るとイェルド・ルリンは部屋を見渡した。
何かに追われるように仕事に専念するようになった後輩の部屋は資料や書籍で埋まっていたのだが、今は小奇麗に整頓されていたからだ。
「僕に用事があったのではないのですか?」
「あぁ……」
ポリポリと頭を掻いてから、イェルドは勝手にソファーに座ると一枚の許可状を取り出す。
「キリリウヌ出兵の許可が出た。それを告げに来た」
エナハルトとイェルドにとっての因縁の地は『帝国領の街』だ。
その為、勝手に出征する事は出来なかった。
今回、その地で行方不明となった者達の遺留品の探索という名目で許可が出たのだ。
「お前が行くかどうか分からないが……」
「行きますよ」
イェルドの台詞を遮ってエナハルトは力強く告げ、思いもしない後輩からの言葉に驚くイェルド。
「エナ……」
「このまま逃げていては、前に進めないので」
しっかりとした返事にイェルドは息を漏らしながら安堵した。
知らない間に、後輩は成長したと思う。きっと、良い出会いに恵まれたのだろう。
「分かった。出撃は年明け後だから、仕事の目処はつけておけよ」
「了解です、イェルド先輩」
爽やかな微笑を浮かべるエナであった。
●ジードのある日
港町ウシタからジード・ランスウッドらは『堕落と昂揚の街』ファナータへと戻っていた。
暗愚な領主として評判のリロ・ルエファナータ子爵が年末年始ぐらいは領地に戻っていないと形にならないからだ。
「フランセス死んじゃったの?」
リロの無邪気な質問に研究者であるトレイシーが質問で返す。
「寂しいの?」
「知らないわ。だって、人って誰でも死んじゃうでしょ?」
「まぁ、そうね……」
即答したリロにトレイシーは気の抜けた感想を漏らす。
そう――幼くして領主になった少女も、大きく『欠けて』いる事を改めて思い出した。
二人のやり取りを眺めつつ、フォーゲンがジードに訊ねる。
「補充は如何しますか?」
「ふむ……暫くは空席だな。7人いなければならない訳でもあるまい」
暖炉に火を入れながらジードは答えた。
組織の幹部の席は7つだが、常に全員が揃っていないといけない決まりはない。
例の王国騎士がその候補だったが……難しいのであれば諦めるしかないだろうか。
「ジード様。一連での収支をまとめました」
畏まりつつ書類を提出したのは一人の青年、ユーゲン・フォリングだ。
彼の役目は組織内での内政官。様々な品の取引などを担っているし、政をしないリロの代わりに領地経営にも取り組んでいる。
「うむ。それでユーゲンよ、倉庫にあったアレはどうした?」
「表向き、賊共の襲撃に遭い破壊された事にしました」
「それで良い」
青年の報告に淡々と告げるとジードは視線をフォーゲンではない中年の男性へと向ける。
「アレは使えるか?」
「癖がありますが、実戦での使用には充分かと」
腹に響くような声で答えたのは、組織の戦力を束ねるゾンバルダという名の男。実力はフォーゲンにも並ぶ強者だ。
そこへ重々しい扉が開くと、煌びやかなドレスを着た淑女が姿を現した。
「遅くなりましたわ、ジード様」
「ご苦労、スターシャよ。これで全員が集まった訳だ。それでは始めようか……我らが進むべき未来の為に」
ジードの宣言に、集った6人の幹部達はそれぞれ頷くのであった。
受付嬢であるアーネリーは困っていた。
なんでも冒険者の事を記事にしたいという人物が訪れていたからだ。
ピシッと決まったスーツ姿で箒を立てたような逆毛の男は声を大にして力説する。
「これからの時代、冒険者は更に活躍する!」
積極的に広報活動を行う事で、冒険者達の活躍が多くの人々に知れ渡る。
その結果、冒険者に憧れる人達も出てこよう――中にはファンクラブだってできちゃうかもしれない。
「冒険者達の存在、そのものが、大きな市場になるのだ!」
奇想天外な自伝小説は王都の一部では売れ行きが良いらしい。
他にもグッズ化として半獣人冒険者のぬいぐるみなんかも企画しているとの事。
「だから、私はもっと、もっと、冒険者の事を知りたいのだ!」
「……あの……営利目的で冒険者の皆様に近づくのは――」
控え目に告げたアーネリーの言葉を、逆毛の男は遮った。
「単なる金儲けではない! 冒険者に対する正当な評価だ! 多くの人々が望んでいるのだから、それに応じるべきだろう!」
「冒険者の皆様にもプライバシーはありますので……」
「だから、依頼という形でお願いしているのだ!」
報酬は発生する。
依頼の主旨を理解した冒険者の自発的な参加なら――という事だ。
「分かりました。それではくれぐれも冒険者の皆様の邪魔になったり、プライベートを侵害しないようにして下さいね」
「当然だ!」
かくして、冒険者ギルドに一つの依頼が貼られた。
大きく描かれた募集題名にはこう記されていた。
『密着! 冒険者のある一日!』
●エクエスのある日
剣士エクエスはシャルガネ居住区に滞在していた。
夢を魅せる不思議な宝具は作動させると装着者でもあるリィミアのエーテルも同時に消費するらしく、連日続けての使用は難しいからだ。
そんな訳で次の機会まで暇になった訳だが、特に行き場がある訳でもないので、コゴウジ家に居候しているのだ。
「何か手伝いますよ」
と言ったものの、客人扱いされているので断られてしまった。
眠り続けているリィミアを起こせる人物……と、集落の人々からは認識されているのもあって、会う人誰もが丁寧に接してくる。
「このまま大人しくしておきますか」
独り言を口にすると部屋の中央に座った。
尋ねてくる人や用事がない限り、このまま過ごしていても問題はないだろう。
一般的な人間と違って、エクエスは食事の必要もないのだから。
(それにしても……夢で見た景色……あれは……)
自分が死ぬ夢を見た訳ではあるが、不思議な事ばかりだった。
本当に有り得た出来事だったのかそれとも想像の一部なのか。
(これから見る夢で他にも何か分かるのだろうか……)
自らが何者なのか。
もし、失われた記憶が蘇ったとして、その時、私はどうなるのだろうか――。
●エナハルトのある日
王国騎士エナハルト・ティルムは王都の本部に戻っていた。
港町ウシタでの一連の出来事の報告もあっての事だ。膨大な報告書を作り終え、一段落した時に人が訪れた。
「エナ、久しぶりだな?」
ぼさぼさの髪に無精髭の王国騎士は、エナハルトの先輩だった。
「イェルド先輩はお変わりないようで」
「俺はいつもの通りだからな」
遠慮なく部屋に入るとイェルド・ルリンは部屋を見渡した。
何かに追われるように仕事に専念するようになった後輩の部屋は資料や書籍で埋まっていたのだが、今は小奇麗に整頓されていたからだ。
「僕に用事があったのではないのですか?」
「あぁ……」
ポリポリと頭を掻いてから、イェルドは勝手にソファーに座ると一枚の許可状を取り出す。
「キリリウヌ出兵の許可が出た。それを告げに来た」
エナハルトとイェルドにとっての因縁の地は『帝国領の街』だ。
その為、勝手に出征する事は出来なかった。
今回、その地で行方不明となった者達の遺留品の探索という名目で許可が出たのだ。
「お前が行くかどうか分からないが……」
「行きますよ」
イェルドの台詞を遮ってエナハルトは力強く告げ、思いもしない後輩からの言葉に驚くイェルド。
「エナ……」
「このまま逃げていては、前に進めないので」
しっかりとした返事にイェルドは息を漏らしながら安堵した。
知らない間に、後輩は成長したと思う。きっと、良い出会いに恵まれたのだろう。
「分かった。出撃は年明け後だから、仕事の目処はつけておけよ」
「了解です、イェルド先輩」
爽やかな微笑を浮かべるエナであった。
●ジードのある日
港町ウシタからジード・ランスウッドらは『堕落と昂揚の街』ファナータへと戻っていた。
暗愚な領主として評判のリロ・ルエファナータ子爵が年末年始ぐらいは領地に戻っていないと形にならないからだ。
「フランセス死んじゃったの?」
リロの無邪気な質問に研究者であるトレイシーが質問で返す。
「寂しいの?」
「知らないわ。だって、人って誰でも死んじゃうでしょ?」
「まぁ、そうね……」
即答したリロにトレイシーは気の抜けた感想を漏らす。
そう――幼くして領主になった少女も、大きく『欠けて』いる事を改めて思い出した。
二人のやり取りを眺めつつ、フォーゲンがジードに訊ねる。
「補充は如何しますか?」
「ふむ……暫くは空席だな。7人いなければならない訳でもあるまい」
暖炉に火を入れながらジードは答えた。
組織の幹部の席は7つだが、常に全員が揃っていないといけない決まりはない。
例の王国騎士がその候補だったが……難しいのであれば諦めるしかないだろうか。
「ジード様。一連での収支をまとめました」
畏まりつつ書類を提出したのは一人の青年、ユーゲン・フォリングだ。
彼の役目は組織内での内政官。様々な品の取引などを担っているし、政をしないリロの代わりに領地経営にも取り組んでいる。
「うむ。それでユーゲンよ、倉庫にあったアレはどうした?」
「表向き、賊共の襲撃に遭い破壊された事にしました」
「それで良い」
青年の報告に淡々と告げるとジードは視線をフォーゲンではない中年の男性へと向ける。
「アレは使えるか?」
「癖がありますが、実戦での使用には充分かと」
腹に響くような声で答えたのは、組織の戦力を束ねるゾンバルダという名の男。実力はフォーゲンにも並ぶ強者だ。
そこへ重々しい扉が開くと、煌びやかなドレスを着た淑女が姿を現した。
「遅くなりましたわ、ジード様」
「ご苦労、スターシャよ。これで全員が集まった訳だ。それでは始めようか……我らが進むべき未来の為に」
ジードの宣言に、集った6人の幹部達はそれぞれ頷くのであった。
解説
●目的
とある冬の日を過ごす
●状況
逆毛記者(スクサ・プカーゲ)からの依頼により冒険者達それぞれのある日が記録されます。
舞台は基本的にリーンエス王国内とシャルガネ居住区、都市ヌバッフとその周辺に限られます。
冒険者達の自然体が望まれていますので、記者が同行したり質問してくる事はありません。
何気ない日常の一幕をどこからか記録した結果が報告書という形になると思って下さい。
●過ごし方の例
『NPCとの関わり』を推奨致します。
『冒険者同士の日常風景』も依頼対象ですが、その際、双方のプレイングに互いの名前が記載されていないと迷子になります。
『ボッチで何かしている』も同様に依頼対象となります。
なお、いずれにしても、その行動が可能かどうかは判定を行った上で描写します。
あくまでも日常の様子を求めているので戦闘行為は華麗にスルーされます。
(筋トレや訓練、演習を否定しているものではありません)
●NPCとの関わり方の例
『直接会いにいく』
『偶然にも出会う』
(基本的に逢えるように頑張りますがプレイング内容で不可の場合はアドリブ対応とします)
『手紙を出す』
(受け取ったNPCの反応を描写しますので、送り主の描写は無いと思って下さい)
●NPC
当MSが管理する登録・非登録問わずNPC全員が対象となります。
場所に関しては、王国騎士は王都、ジードらはファナータ、エクエスはシャルガネになっていますが、必要なら別の所へ出向く事も可能です。
●質問
過ごしたいNPCと関われる行動が、可能かどうかで悩まれる際等、質問を可とします。エクエスが頑張って回答します。ただし、回答は描写を保証できるものではありませんので、参考程度にして下さい。
なお、ストーリー上に関係する質問に関しては、エクエスが分かる範囲で応えます(もっとも、エクエスが知り得る事は少ないですが……)。
●その他
ジードが紐付けされていますが、掲示板には挨拶も質問回答も致しません。
白紙は描写できませんのでご注意下さい。
迷子にならないようにご注意下さい。
アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
マスターより
こんばんわ。当依頼にて32作目となった広大野人です。
特にタグ付けていませんが、個人連作である【獗烙】【夢魅】【忌逝】などの延長線上にあると思っていただいて構いません。
NPCと関わりたい向けの日常シナリオであります。
冒険者同士でのイチャイチャやボッチの方のご参加もどうぞです。クリスマスや正月といった季節行事にこだわっていませんので、冬の一日をお過ごしいただければと思います。
なお、NPCはあれもこれも指定すると描写が薄くなるどころか『会った』だけで終わってしまう可能性もあるので、NPCと関わるのなら一人に絞る事をお勧めします。
白紙は描写ができなくなりますので、とりあえず『あけおめ』とだけでも入れていただければ、アドリブで何か上手くやっておきますね。
それでは、今年一年大変お世話になりました。
来年も皆様方と一緒に物語を紡いでいけるよう頑張りたいと思います。
リプレイ
●アルマ・ヴァレンタインからの手紙
年明けを祝う手紙が届き、エクエスは筆を取った。
返信をアルマに出そうと思ったからだ。
「……いざ、書こうとすると思い浮かばないんですよね」
そんな独り言を呟く。
エクエスにとってアルマは頼りになる冒険者の一人だ。
しばし、悩んでからエクエスはアルマが送ってきた手紙にもう一度、目を通した。
記憶について書かれていたので、それに対する返事を書こうと思い至る。
『手掛かりを得て、不思議な試練を受けていますが、今の所、成果はありません』
残念な事にまだ分からない事の方が多い。
けれど、他に手掛かりはないのでやるだけの事をやってみないと分からない。
『機会があれば、アルマさんも是非ともよろしくお願いします』
書き上げてから年始の挨拶を入れていない事にエクエスは気が付く。
ちょっと不格好かもしれないけど、アルマさんなら許してくれるかな――と思いながら、エクエスは初日の出の太陽をイメージとした絵と勇ましい虎の絵を描いた。
そして、書き終わった手紙を掲げて見て言った。
「アルマさん、あけましておめでとうございます」
遠くの地に向かって言葉を添えた。
その頃、王国騎士イェルド・ルリンもアルマへの手紙を認めていた。
直接的な関わりは、ヴォーンの街での出来事の時だったが、その後、エクエスを通じた依頼でドワーフ王国とメルトウォールとの戦において関わっていた冒険者でもあるので、イェルドもよく知っている。
『エクエスがいつもお世話になっている。本年もよろしくお願いすると共に、アルマ殿のより一層のご活躍をご祈念申し上げる』
普段はぶっきらぼうな態度のイェルドだが、それはあくまでも表向きの事だ。
書面に残す物はキチンとしていないと後で面倒になるから、どうしても丁寧になる――と同時に社交辞令のような内容になってしまう。
「アルマは冒険者だから、いつでも依頼を通じて会う事もあるだろうよ」
イェルドは近々、帝国領へと出立する予定だ。
これからも依頼を出し、共に戦う日が続くだろう。
ふと、伝えようとした事を思い出して、余白に書き加えた。
『山の砦の塔、修復工事が完了したので機会があれば見に行って下さい』
完璧に修理できているかどうか、イェルドは分からないが、修理が終わったと連絡は届いていた。
エクエスは記憶を取り戻す試練を受けているから、その内容如何によっては塔に帰るという選択もある訳だ。
「よし! これで良いか。つか、いつになっても書くのは慣れねぇな」
凝った肩を解すように両腕を回すイェルドであった。
ヴォーンの街に住まう老ドワーフ、グダドワはアルマからの手紙を読みながら酒を呷っていた。
「故郷の火酒か。楽しみじゃの」
正確に言うとグダドワの故郷はドワーフ王国ではない。
それでも一応、親族も住んでいるので故郷と言っても間違いではないだろうが。
「やはり、返事を出すべきかの? 東方の国ではオトシダマなるものをくれてやると聞いた……」
肝心のオトシダマが分からず酔った頭で考えていたが、大事な要件を思い出して声を挙げる。
そして、慌てて白紙と筆を散らかっている部屋の中から見つけ出した。
『実は塔を修理している時に壁に彫られた絵を学者に見て貰ったのだが』
それは重要な事であった。皆がエクエスと呼ぶ剣士の正体について、だ。
『確定ではないが、その剣士は』
そこまで記した所でグダドワの手が止まった。
暫く沈黙が続き、書いていた手紙をビリビリに破く。
(万が一にも誰か他の人に知られるとマズイかもしれんからのぅ……)
そこまで慎重になる事なのかと問われると首を傾げるが、余計な騒乱を招く恐れもあるのでグダドワも心配にはなる。
だから、新しい紙にはこう記したのであった。
『旨いの用意しておくから、その内、遊びに来ておくれ』
――と。
●
『堕落と昂揚の街』ファナータのとある鍛冶屋にサイラスは訪れていた。
知り合いから鍛冶材料の輸送を託されたからだ。
「ここでいいんだな」
マジカルポケットから取り出したのは使い古した武具のガラクタだ。
中古品としても使えないほど刃こぼれした剣や凹み過ぎて修復不能になった鉄兜や鎧。
「あぁ、助かるぜ。適当に転がしておいてくれ」
鍛冶職人が炉に向かって作業しつつ言い放つ。
その様子をサイラスは遠目から眺めた。この工房がどんな代物を扱っているのか興味もあったからだ。
幾人もの職人が忙しく準備に追われている。
火の管理、型の確認、水を用意……動作一つひとつに確認の為に声を出している様を見ていると、鍛冶屋というよりかはどこかの商会のようにも感じた。
「狭くてすまねぇな。工房を建て直したい所なんだ」
そんな鍛冶職人の冗談に、サイラスは真顔で応える。
「俺、鍛冶屋だぞ?」
「そりゃ、そうだ」
両肩を竦めてから鍛冶職人は受け取りのサインをした書類を手渡す。
それを受け取って大事に仕舞うと、改めてサイラスは工房の中を見渡した。
「数打ちか?」
工房内を観察して感じた事を訊ねた。
鍛冶職人は頷くと一つの箱を指差しながら答えた。
「そうさ。造られる品の質は劣るが大量の武器を生産する研究所を兼ねている」
指差された箱には、出来上がった剣が乱雑に放り込まれていた。そこからサイラスは一本取り出す。
軽く刀身を叩く――馴染んだ鉄の音がするが、響き方に違和感があった。
研がれている刃も甘い。これだと直ぐに切れなくなるだろう。
「クリーパー相手には心もとないな」
「バルバロイと戦う為だと聞いている。これなら万が一、奪われても困らないだろう?」
「なるほどだ」
相手が人間であれば武器が強奪される可能性は十分にある。
質の良い武器を持たせた兵士が賊にやられて奪われたら、賊の武装を強化させてしまう。
「……まぁ、技術としては画期的なアイデアが無いと人手がかかって仕方ないから、まだまだ途上だよ」
大量生産を可能とする方法を色々試しているのだろう。
そこへ学者帽を被った知的そうな青年が姿を現した。
「あまり部外者に話すな。技術の蓄積は我々の大事な財産なのだから」
「すみません、ユーゲン・フォリング様……作業に戻ります」
深々と頭を下げた鍛冶職人は逃げるように工房の奥へと消えた。
ユーゲンと呼ばれた青年はそれを見送るとサイラスに丁寧に頭を下げる。
「失礼した。私はユーゲン・フォリングという。この工房の後援者の一人だ」
「サイラスだ。冒険者と鍛冶師を兼ねている」
「貴方の事は知っているとも。禁制品である『神実の香り』の農場を焼き払った冒険者……と」
ニヤリと口元を歪めたユーゲン。
『神実の香り』に関する事件は、一時期かわら版で出回った事があるとはいえ、一介の冒険者の名前まで憶えている者は、普通居ない。
「何が言いたい」
警戒心を隠す事なくサイラスは告げる。
青年の眼光は鋭く、その表情からは何を考えているのか計り知れない。ただ者ではないのはすぐに理解できた。
「事実を述べただけで他意はない。ただ……我々が此処で行っている事は、鍛冶師である貴方とは対極にあるものではないかと」
ここで行われている事は己を高める為の鍛冶ではないのだ。
戦士も武器も研鑽して強くなるのではなく、戦士ではないような人間に命を奪う為の道具を大量に渡す為の工房だ。
ユーゲンが言う『対極』とはその事を指していた。
「なまくらでも1000人が持てば名刀1本を持つ戦士に勝てるのだから」
「そんなもの、やってみなければ分からない」
鍛冶職人を否定するような青年の物言いにサイラスは力強く応えるのであった。
●
微かに甘い香りが漂う貴賓室にルベア・ベルニは案内された。
ここは『堕落と昂揚の街』ファナータ。ルベアと年齢はさほど変わらない少女、リロ・ルエファナータ子爵が治めている街だ。
「一応確認するけれど、他の人達はいないの?」
半獣人の冒険者が発した質問に、案内してきたトレイシーは振り返って答える。
「ジード様は来客の対応中で、後は皆、それぞれ所用よ。それで、貴女は何の様かな?」
勧められたソファーには、リロが既に座って紅茶を飲んでいた。
横に座ると思っていたルベアがリロの前で立ち止まったので、子爵少女は顔を上げる。
「座らないの?」
「お礼を言いに来たのよ」
港町ウシタが山賊共に襲われた際、民兵への武装する為の資金援助をルベアはリロにお願いしたのだ。
リロはそれに応じた。ただ、本来は『別の用途』に使われるものだったはずだ。もっとも、その事について、今は追及するつもりは無いが。
「そんなの良いのに。だって、私達も危なかったのよ?」
「資金のおかげで助かったのは事実だから……ありがとう」
微笑みながら告げたルベアの言葉に、リロは照れ隠しなのか身を縮めて紅茶のカップに口に運ぶ。
こうして見るとどこにでもいるような少女だが、リロは組織の幹部だ。
礼を済ましたのでルベアはソファーに座る。
「でも……ジードまでもが普通に防衛の指揮に参加した事には、ちょっと裏を感じてしまうのよね。アナタたちも危なかったのは確かだけど、理由はそれだけ?」
「私は何も分からないわ?」
「そうよね……」
付き合いもそこそこ長くなってきたので、だんだんと分かって来た事がある。それは、リロからは『自発』や『自立』というものが感じられない事だ。それこそ、少女が抱えている『欠落』なのかもしれない。
そこへトレイシーが用意していた飲み物を持って来てルベアに渡して来た。
「助かったのはこちらもだけどね、『王子様』」
「その『王子様』は、いい加減やめてくれない?」
「そうかい? 私は気に入ってるけど……」
揶揄う様なトレイシーの態度に、ルベアは渡された茶のようなものを見つめる。
「私はそんな華やかで格好いい生き方、してないから」
生まれも育ちもこの国の貴族と比べられない。
左腕を服の上からなぞりながら、苦笑を浮かべた。
「自分に出来る事を必死にやって生きてるだけの、泥臭くてちっぽけなイキモノよ」
「……『泥中の蓮』って知っているかい?」
如何にも研究者らしく蘊蓄をトレイシーは語る。
美しいその華は、泥の中で咲くのだ。悩みや苦悩の中、必死に生きて来た人だからこそ、美しくなれる……らしい。
「私には君がそんな風に見えるよ。まぁ、嫌と言われたら自重はしようか」
「口説かれに来た訳じゃないんだけど」
やや照れながらルベアは甘い香りが仄かに感じられる茶を喉に流す。
甘さの中に爽やかさと若干の苦みも感じる不思議な味だ。
「何のお茶なの?」
「『神実』だよ」
即答したトレイシーの台詞に、思わずルベアは噴き出す。
「ちょっと、ナニ飲ますのよ!」
もう、半分ぐらい飲んでしまっているが。
この街の郊外では『神実の香り』が栽培されていたそうだし、港町ウシタでは『神実の力』を巡る騒動に巻き込まれた。
けれど『神実』の詳細については、まだまだ分からない事だらけだ。研究者であるトレイシー以外には。
「大丈夫。人体には無害のものだから」
ルベアの反応を楽しみながらトレイシーは同じものを飲み干してみせた。
そして、自信あり気に告げる。
「『神実』は台木で性質が大きく変わるのさ。理論的には『香り』や『力』は何度でも再現が出来る」
「そんな事、私に話していいの?」
「私以外には誰も再現できないからね」
余裕の表情を浮かべてトレイシーは新しく茶を注ぐのであった。
●
ミア=リゼルは清き乙女である。
冬のある日、少女は王国騎士に会いに行こうと思っていたのだが、気持ちが落ち着かず、向かった先は『堕落と昂揚の街』ファナータであった。
「私、変、ですね?」
その呟きに答える者は居ない。
今は形容し難い想いに戸惑っている場合ではないと己に言い聞かせた。
案内されているのは領主が住まう塔の一室。
重厚な造りの扉が開き、待ち構えるように佇んでいたのはジード・ランスウッドだった。
「如何なる要件か? ミアよ」
「メリーユールフェス、『お爺さま』」
装飾品が星々のように輝く漆黒のドレススカートを軽く持ち上げてミアは告げる。
「チェスでも一局いかが? 私も勉強してきましたから、今度は負けません」
「ふむ。受けて立とうか」
指差されたローテーブルには誰かと指した後のままになっている遊戯盤があった。
ミアは頷くと傍のソファーへと向かいながらボソっと呟いた。
「……それに貴方と指していると、何か思い出せそうで……」
「何か?」
「いえ、こちらの話です。それからこれは、プレゼント……というか、ええと」
ソファーに座る前にミアは紙袋の中から手袋を取り出した。檸檬模様が彫られた銀釦のついた黒い革手袋だ。
「貴族は勝負をするときに手袋を贈ると……」
「贈らないぞ」
無表情で遊戯盤の駒を直しながら言い放つジード。
ミアは手袋を手に持ったまま固まった。
「え? 違う? ……折角作ったのですが」
「遊戯料として頂いておこうか。ちょうど先刻、汚したばかりなのでな」
言われるがままにミアは手袋をジードに手渡した。
ジードは手袋を幾度か表裏を確認し、自分が座っているソファーに置いた。
「では、先行はミアに譲ろう」
「ご厚意感謝致します」
一礼してからジッと盤を見つめ、先行有利なので攻勢を維持できるような形で駒を動かす。
ミアの一手からジードは即、駒を指した。ミアの攻勢を予見していたのだろうか。
幾度かの交互に打った所でミアが唐突に話題を振った。
「……ウシタでの指揮はお見事でした。戦闘指揮を経験する立場でなければ『内地』の貴族では、ああはいかないでしょう」
「当然の事だ」
「王国の敵は内にも外にも多いですから」
怠けている、あるいは愚かな貴族は政争に負けて盤上から消えていく定めなのだろう。
ジードはミアの攻勢を凌ぎきると反攻を仕掛けるように駒を進めた。
ミアの悪手を誘っているのだが、簡単には乗らない。
「貴方がエナハルトさんの中に見るものは……貴方の、失ったもの? それとも、後悔?」
騎士を思い切って敵陣へ。
対してジードは気にせず、城兵を繰り出した。
「どちらでもない。駒として使えるか使えないか、同志になり得るかならないかだ」
淡々と続けながらジードは、手を止めジッとミアをみつめた。
そして、ニヤリと口元を緩めるとゆっくりとした口調で言う。
「年頃の娘としては気になる男という事か。まぁ、良い男であるのは確かだ。それにまだ家庭も持っておらんしな」
「そ、そんな事は……」
見透かされていたようで、思わぬ返しに蓋をしていた想いが揺れた。
気恥ずかしさで顔が熱い気がする。
「あ……」
良い勝負をしていたのに、気が付けばミアは両取りを受けていた。
そして立て直すのは難しいと悟る。まだジードと勝負するには足りないものがあるようだ。
「人は簡単には強くもならん。全てを捨て、我に弟子入りするのであれば、強くなれるかもしれんがな。せんせいとは呼べんだろう?」
「私は決めたばかりですので」
ミアは自身の頬に手を当てる。失われた記憶と過去に向き合うとエナハルトに告げたのだから。
勇気を出してミアは次の一手を繰り出すのであった。今はまだ届かなくとも、いつか必ず勝利を掴む事ができると信じているから。
●
厳かな境内の中、着物姿の冒険者が二人並んでお参りしていた。
エクエスが居候しているコゴウチ家から着物を借り、礼拝の方法を教えて貰ったのだ。
朝早いからか境内に他の参拝者の姿はない。寄り添うように二つの影が石畳に映る。
「ここにも、名も無き神がいるんですね」
お参りを済ませたエクエスが何気なく呟いた。
エミリア・シバは頷きながら近くの東屋へと向かう。
「確か、集落の人が言っていた景色の良い場所って、あそこよね」
踏みしめた霜がしゃりしゃりと音を立て、陽の光を浴びた雪が砕けて粉となりて舞う。
幻想的な雰囲気の中、東屋に到着すると集落と奥に広がる海が一望できた。
波が岩にぶつかって四散する音が響き、澄んだ空と海がどこまでも続いていて、心身共に洗われる気分になる。
「……エクエスちゃん。私が見た『最期の夢』ね」
爽やかな海風に髪が流れるが気にせずにエミリアはゆっくりと語り出した。
二人は先日、『想夢の宝玉』が魅せる夢の試練を受けていたからだ。
「正直、結構意外だったわ。自分は死なない努力はしても確定した死の前では、ダメだったわね……ぐらいだと思っていたから」
「辛い夢だったのですか?」
試練で魅た夢はある程度共有できるらしいが、エクエスは他人の夢も覚えていない。
だから、彼女が言い出した台詞の重みに、想像するしかなかった。
そんなエクエスの台詞に、エミリアは質問に首を横に振る。
「あっさり諦めると思っていた」
瞳を閉じると今でも思い出せる。
怨念が人の形となって幾度も向かってくる光景。決して避ける事がない定められた死が迫る感覚と間際に感じた覚悟。
そこへ陽の光が瞼に降り注ぎ、エミリアは眼を見開いた。
「……でも、あれが『私』の本当の一つで『欠けた』部分が一つ埋まったのだと思うわ」
夢であっても、その事に気がつけた事には大きな意味があった。
だから、一つの道を見せて貰えた事への感謝にエミリアはエクエスを誘ったのだ。
『私』と表現したエミリアに、話しを聴いていたエクエスは彼女の肩に触れるように寄り掛かる。
「それなら、良かったです」
「自己満足だけど、これからも好き勝手に人を助け続けるわ」
エミリアは微笑を浮かべて言い切ると、エクエスに視線を向ける。
「なので、もし、エクエスちゃんが記憶を取り戻して冒険者を続ける様な未来があれば、一緒に人助けの旅とか考えてみない?」
ここまで歩んできた旅路。
孤独ではなかったけれど、常に誰かと一緒ではなかった。
だから、そう思えた事にもきっと、意味があるのだろう。
眩しいほどの朝日がエクエスの黄金色の髪と瞳を輝かせる中、太陽を意匠化した装飾がされた鞘ごと、エミリアに手渡した。
「エミリアさんが望むままに。私は貴女の剣ですから」
握った柄を介して日差しのような温かさと共にエーテルが流れてくる事をエミリアは感じる。
これまでの関わりや出来事を通じても、結局、エクエスの正体は不明のままだ。だけど、分かった事はある。
それは、この手に持っている『剣』こそが、エクエスなのだと。
身体は『剣』を動かす為の器に過ぎない。それはエクエス自身が『身体はエーテルで出来ている』と過去に言った事もあるので、恐らく間違いない。握った剣の柄から言葉が聞こえるのも、『剣』が本体であるとすれば理に適う。
「不思議です。私は以前にも同じような事をした気がします」
「いいの? お姉さんに同じ事をして?」
小悪魔みたいな笑顔で返した言葉にエクエスは満面の笑みを浮かべた。
「誰でも良い訳ではないですよ。エミリアさんだからです」
鞘に当たった光が反射して、周囲の風景を煌びやかに照らすのであった。
●
北風が吹き抜けていく王都の一角。
半獣人らしい耳をピクっと動かしながらベルク・オスマットは人々の往来をぼんやりと眺めていた。
多いのは市民と商人か。ちらほらと騎士や兵士、冒険者の姿も見える。ゴトゴトと乗合馬車がベルクの眼前を通り過ぎていった。
それはヴィント行きの馬車らしい。人よりも荷物の方が多く載っている気がした。
王都で得られた情報をとある御方へとお伝えしようと思って、情報収集に勤しんだのだが、思った以上に成果が得られなかったからだ。
(難民のほとんどは既に帰還済み、か……)
帝国崩壊時になだれ込んで来たであろう難民の多くはキャンプや奪還された都市に戻っている。
僅かに残っている者は、王都に縁故がある者や足腰不自由で移動が困難になった者、何かの都合で帰ろうにも帰れない者達だ。
(王国軍の動きも分からず仕舞いだ)
もっとも、これはベルクが調べきれなかった為ではない。
軍の制度そのものが帝国と違うからだ。戦の際、王命により貴族に召集が掛けられ、各貴族が領地内で募兵を行うのが基本になっている。
故に王都内で帝国に対する軍の動員状況は調べようがなかったのだ。
王城内に忍び込めばその手の情報も得られるかもしれないが、流石のベルクもそんな愚行はしない。
(……それと、キリリウヌの方は……)
ベルクは聞き取りした事を思い出す。
調べた限りだと生存者は誰もいないという事だ。
恐らく、帝国崩壊時には王国内では知られていない数多の街や村が同じように全滅していたはず。
国境の街であったからこそ、街の存在を知っている人が居たのはせめてもの事かもしれない。
(あれは……)
偶然にしてはタイミングが良すぎるが、見知った王国騎士の姿を見つけてベルクは手を挙げながら声を掛けた。
「おや、騎士殿。ウシタではお疲れさまでしたな」
「ベルクさんもお疲れ様でした。山賊の頭領を討ち取った戦いはお見事でしたよ」
苦難を乗り越えたように爽やかな笑顔で応えるエナハルト・ティルム。
どことなく変わった雰囲気を確かめるようにベルクは尋ねる。
「何やら顔つきが変わられたような気がしますが、何かございましたかね? まあ悪い事があったようでは無いようですが」
「もし、そんな風に見えたのなら、それはきっと冒険者の皆さんのおかげですよ」
揺れていない水面のような落ち着いた声調。
港町ウシタでの事件や関わりを通じて、この騎士は成長したのだろう。
「そうだ、ベルクさんに一応、お伝えする事があります」
そんな前置きをしてからエナハルトはとある人物の事を告げた。
ベルクがウシタで助けた元山賊サーンゾの行方だ。
彼は生き残った敗残兵を誘導する形で根城がある山の方へと去って行った。その後、賊から抜け出したい者達と共に こっそりと町に戻ってきているというのだ。
そこそこの人数らしく、サーンゾも含め全員、港でお世話になっているらしい。
「強かなものだ」
話を聞いてベルクはそんな感想を口にした。
あの街では賊は死刑が慣例だったみたいだが、彼らは街を救った要因の一つでもあったので赦して貰えたのだ。
そこまで思い至った時、同時に疑問が浮かんだ。
「……その情報を得たというのは、騎士殿の部下はウシタにまだ残っていると?」
「ええ。気になる事がありますから」
港町ウシタは領主不在の状態で危機を脱した。
それは住民達の意識を変える切欠にもなっただろう。良い方向に進んで貰えればいいが……。
「ふむ。騎士殿には、あの街で再び騒乱が起こると?」
「可能性の話しはキリがない事ではありますが、ベルクさんもそんな気がしませんか?」
返された質問にベルクは港町がある方角へ視線を向けた。
きっとまた何かが起こる……そんな気持ちにさせるような暗雲が垂れ込めていた。
●
その日、だわはとある喫茶店へと足を運んでいた。
リーンエス王国には珍しい飲み物を幾つも提供しているという聞き込みをどこかで聞き知ったのもある。
「甘露茶……。ディズル大湿地帯産の紅茶にサウゼル大樹海から集めた香辛料と、希少なツボミツアリの恵みを合わせた飲み物か」
値段も相当なものだが、これだけの組み合わせは、確かに早々見られるものではない。
メニューには、ツボミツアリが妙にリアルな絵で表現されている。
これでは、よほど好きものの王国貴族でなければ注文したりしないだろう。というか、むしろ、安易に注文させるつもりは無いという店の意思表示だろうか。
もっとも、だわにとってはそんな事は対した事ではない。
「温まりそうだな、これを1杯貰おう」
「ご注文承りました。少々、お待ち下さい」
店員がニヤリと笑いながら注文を受ける。
だわは商品が出来上がるまで店内を見渡した。
今、激辛ものを推しているようであまり見かけない食材が並んでいる。土産に買っていくのもいいかもしれない。
「お待たせ致しました」
差し出された甘露茶のカップの縁にぐったりとしたツボミツアリが1匹乗っている。
生々しい様相だが、だわは表情を変える事なく、適当なテーブルへと向かった。
ひとくち飲んでから手帳を取り出した。幾つかパラパラとページをめくる。
(美味いな。醤油とかいう調味料も合うのでは……。いや、合わないか?)
首を傾げつつ、紅茶内容をメモに残して、一息つくとカップの縁でくたばっているツボミツアリを外して皿に置いた。
この甘さは花の蜜の香りがした。それも雑多な花ではない。
記憶の糸を辿るように手帳を確認していく。旅先で見知った数多くの食事が記されているのだ。
(穂状花序に咲く植物の花蜜だ。それだけを集めさせたツボミツアリか)
なかなか良いものと出逢っただろうか。
粛々と甘露茶を楽しみながら、だわは思案に耽る。
脳裏に浮かんでいるのはドワーフ王国の事だ。
もし、己が防衛をする側であったら……と考える。
「山岳を天然の要塞にして……」
静かにしているが知らずに口から言葉が漏れる。
そもそも戦は相手によって戦い方を変える必要がある。相手が空を自在に飛べる飛竜ならば、山岳は天然の要害には成り得る可能性は低い。
むしろ、機動力や補給の面で不利になるのは明らかだ。先のメルトウォール軍との戦いでも制空権を取られていた事もあり、ドワーフ王国軍は補給路を襲われていた事もあったらしい。
(兵器を増産して抑止力に……)
敵に制空権を奪われていた為か、対飛竜用の新兵器が幾つか作成された。
新型の巨大弩や投石器は、リーンエス王国や帝国にもまだ無いものだ。
これらの兵器と飛竜の習性を利用し、奴等を遠ざける……。
「……故郷に応用できそうなことはあまり無いか」
そもそも、兵器を扱うには訓練された兵士が必要だ。
敵を抑止するには相応の戦力がなければ意味がない。
それらを考えれば、かなりの数が必要となる。兵器の数が多ければ兵士も多くなるのは当然の事。それこそ、国単位で考えるような大規模な話になる。
「他の方法を模索するしかないか」
結果的に、この思案にはあまり意味はなかったかもしれない。
けれど、状況の整理にはなったと思う。無駄ではないのだ。
気を取り直すように甘露茶が入ったカップを口に運ぶ……が、既に中身は空だった。
どうやら、思案している最中に無意識で飲んでいたようだ。
(……)
だわはカップの中に残っていた甘い香りを最後に味わうとそっとテーブルに戻した。
そして、反芻するように余韻を感じながら、帰路につくため席から立ち上がるのであった。
●
人々が多く行き交う大通りに面しているカフェのテラスに、エナハルトがレティシア・レインフィールをエスコートする。
ギルドでの用事を済ましたレティシアが偶然にも王国騎士を見かけたのだ。
港町ウシタの様子や彼がどうしていたのか気になっていた事もあり、また、エナハルトも伝えておかねばならない事があるらしく、話をする為に適当な場所を見繕った訳で、逢引ではない。
「改めて、港町での件はありがとうございました」
飲み物を注文した後、エナハルトは丁寧な物腰で告げる。
それに対して、レティシアはやや影を浮かべ、僅かに頭を下げて応えた。
「……あの時、領主様の死を防げず、ご子息様の事まで気が回らなかった事が申し訳なかったです」
「レティシアさんの責任ではありませんよ」
誰も予想は出来なかったはずだ。
予兆があったかもしれないが、冒険者や王国騎士に何か出来る範疇でもない。
「せめて、街の人々を守らなければと力を尽くしたのですけれど……」
民兵を募集するというアイデアを出したのはエナハルトで、レティシアはそれに見事に応えた。
また、戦場に赴き、その力を持って戦線を支え、傷付いた民兵を癒した。その事に後悔は無いと話しを続ける。
「義兄や婚約者には、無茶をすると呆れられてしまいました」
脳裏に浮かんだ姿に苦笑するレティシア。
それに対し、エナハルトは微笑を浮かべて告げた。
「普通の伯爵令嬢では出来ない事ですから。ですが、とても素晴らしい行動だったと思います。 レティシアさんはきっと優れた貴族のご婦人になれられますよ」
「お褒め頂き光栄です。ですが、エナハルト様のお話は『別』でございますよね?」
そう此処からが本題。
王国騎士は微笑から真剣な表情へと変えた。
「……港町ウシタは領主の幼子が継ぐ事になります。隣領のキーリュロフ伯爵が後見となる方向で調整が進んでいます」
それはある程度予想されていた事ではあるが。
エナハルトの話しは続く。
「今回、功績が大きかったレティシアさんも候補の一人でしたよ。ただ、冒険者としての活動中の事なので候補からは早々に外れましたが」
この辺りの線引きは難しいものがあるが、冒険者として登録している貴族が、別領地内で行動した結果、支配に影響力を持たせてしまうと冒険者の存在意義が異なってしまうという事らしい。
「候補でなくなった……だけでは無いのでございますね」
領主候補だったという話し自体に意味は無いとすぐにレティシアは察し、エナハルトは頷く。
「どこからか、選定の話しが漏れてウシタの住民に広がったのです。住民の多くはレティシアさんを推し、後見となるキーリュロフ伯爵を退けたいみたいです」
「もしかしてと思っていましたが……」
「流石に、住民も気を遣ったのか、レティシアさんの名前は表に出さず、活躍した冒険者達にと連日、陳情が出ています」
冒険者が領主なるなど、今の王国制度上では前例がない事かもしれない。
「どうしたものでございましようか?」
「暫く経過を見るしかありません。住民達も冷静になるでしょうし。それに、私もキリリウヌへの出征もありますので」
いよいよ、王国騎士が因縁の地へと行く事になる。
そこに至る過程は遠かったが、とても大事な事だ。
「出兵の際は出来ればお手伝いしたく存じます」
「依頼には出す予定ですので都合があえば、よろしくお願いします」
「エナハルト様や他に遺された皆様の為にも……遺品の一つでも見付かれば、 きっと慰めにはなるはずです」
無意識に首飾りの装飾を手で握り締めながらレティシアはそう言った。
その様子に、エナハルトは寂しげに頷く。
「ええ……本当に。何か残っていればと思います」
彼の視線が首飾りにずっと向けられていた。
きっと、エナハルトにとって大切な人も同じように首飾りをしていたのかもしれない。そう思えるような視線だった。
●
「やぁ、エクエス。久しぶりだね」
シャルガネ居住区の小料理屋に呼ばれたエクエスにシルヴィア・A・カペルがそう声を掛けた。
慣れない様子で店内を見渡してからエクエスは一礼すると、呼び主の隣に座る。
「お久しぶりです、シルヴィアさん。ヴォーンの街以来でしょうか?」
「そうだな。折角だからお互いに近況報告といこうではないか」
手にしている酒瓶を軽く掲げた。
女将がエクエスの前にサッと酒杯を置いた。
シルヴィアは手慣れた手付きで注ぐ。
「私は最近、米酒が好きでね」
「私も一緒です」
二人は酒杯を挙げてから、乾杯するとクイっと飲み干した。
喉の奥にスッと入りながらも甘い返しが喉奥に広がる。これは良い酒だ。
次々にシャルガネ料理が並べられる中、エクエスが言う。
「どうぞ、シルヴィアさんから」
「そうか? なら……」
音を立てないように優雅な所作で杯を置き、シルヴィアは微笑んだ。
「恋人が出来たんだ。海のような色合いの瞳をした戦士だよ」
「おめでとうございます。貴族関係の……ですか?」
リーンエス王国の侯爵令嬢という立場でもあるので、エクエスがそう思うのも不思議ではない。
シルヴィアはゆっくりと首を横に振った。
「冒険者仲間だ。だが、お祖母様公認だよ」
もっと言うと複雑なのだが、簡単に告げる。
大事なのは、愛する人が出来たという事なのだから。
「混迷の時代だからこそ、大事にして下さいね。私も……恋人と言っていいのか分からないですが、一緒に居てくれる人が出来ました」
「それは素晴らしい事だ」
記憶を失い、己の存在が分からなくなっている時、支えてくれる人が居るという事は良い事だ。
新しく注いだ酒を口に運ぶと肴へと箸を伸ばす。
新鮮な魚の身をそぎ切りされたものだ。リーンエス王国の貴族達にとっては普段はあまり見かけない食事である。
「そういえば、君の記憶は戻ったのかい?」
生醤油の仄かな甘みと鮮魚の引き締まった身のベストな組み合わせを堪能しつつ、シルヴィアは訊ねた。
エクエスが、ここシャルガネ居住区に来ているのも、記憶の手掛かりがあるからだ。
「今の所、特には……試練で夢を見るのですが、夢の内容を断片的にしか覚えていなくて……」
「ふむ。ちなみにどのような試練なのかな?」
「自らの最期を見る夢でした」
そして、エクエスは断片的な記憶を告げる。
夢なので正しい記憶とは限らないが、何かの切欠ではあるかもしれない。
「最期はクリーパーに……」
深刻そうに言いながらエクエスは餅に悪戦苦闘していた。
助けるように空いた皿をスッと出すシルヴィア。
「そうか。君が何者なのか。芸術に携わる身としては興味があるけれど、それ位だよ」
話を聞く限り、エクエスは誰かの剣としてクリーパーと戦って力尽きる……ように推測できた。
引き続き、試練で別の夢を見れば、また何か分かる事もあるかもしれない。
「“王国を守ってくれる人々に感謝したい”……私の想いはそこにある」
エクエスの正体が何者であっても、そこが変わらないのであれば、その想いは変わらない。
穏やかな口調で告げるとシルヴィアは擦弦楽器を取り出した。
「今ここにいる君と私の縁を祝して、一曲奏でよう」
「ありがとうございます。音楽を聴いているとなんだか懐かしくなりますから」
奏でるのはシャルガネ居住区独特の曲調のもの。
種族も生まれも育ちも住んでいる場所すらも共通するものがなくとも芸術は繋がる。
人の縁も同じ。
きっとこれからも、縁は続くだろう。それがどの様な立場になっても。
「……あ、シルヴィアさん、式には呼んでくれるのですか?」
唐突なエクエスの質問に思わず手元がぶれそうになるシルヴィアであった。
●
スクサ・プカーゲという名前の逆毛記者が瞳を輝かせて冒険者ギルドに飛び込んできた。
「素晴らしい! どれもこれも、冒険者の何気ない日常が知れて!」
無常に飛んでくる唾から身を守る為に書類を盾にしていた受付嬢のアーネリーが整った顔をぴくつかせて応える。
「報告書として出来上がるまでお待ち下さい」
「すぐに欲しい! 今すぐだ! さぁ、すぐに書いて!」
ぐいぐいと受付嬢に迫るスクサだったが、その眼前にでかい板が唐突に置かれた。
「板ぁぁぁぁ!? なんでぇ?」
「オレの可愛い『妹』をあまり困らせないで下さいね」
颯爽と現れたのはロイ・アウレア。
凄みの効いた笑みに逆毛記者はたじろぐ。
「い、いもうと……」
一方のアーネリーも何かショックを受けているようだ。
「あぁ、家族のように大切な、という意味です」
「はい。大丈夫です。分かっています……って、あぁ!!」
逆毛記者からの唾を防ぐ為の盾となった書類が大事なものだったとアーネリーは気が付く。
その書類は唾の水分でインクが滲み、もはや、書類としては機能していない気がする。
「うぅ……」
「アーネリーさん、オレも手伝うから」
落ち込む受付嬢の肩をポンポンと叩き慰めるロイ。
そんな二人の様子に気まずくなった逆毛記者は逃げるように台詞を残して去っていった。
「……えっと、それじゃ、報告書が出来たら呼んで下さい!」
原稿に追われる作家ならぬ、報告書に追われる事になった受付嬢は涙目でロイを見上げる。
「ありがとうございます、ロイさん。でも、大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。頑張る人を見ると自分も、もっとと思えるんだよ」
アーネリーはドジな事も多いけど頑張っている。
その事をロイはよく知っている。だからこそ、自分自身も奮い立てる。
「それでは、この書類の複写をお願いします」
束になった物を渡されるロイ。
写し用の書類が適切な物なのか、二度三度とアーネリーは確認した。その様子に、ロイは少し感心する。
以前は確認して仕事を進めているように見えなかったからだ。
「業務には慣れた?」
「はいっ! ロイさんや皆さんのおかげで、少しずつですけど……以前よりかは、ミスが減ったと思います」
ふわふわとした金髪を揺らし、満面の笑みを浮かべてアーネリーは答えた。
それが実感できるだけ、良い事ではある。
彼女の脇には分厚い手順書が置かれていた。業務の流れ、手順を細かく一つひとつ丁寧に記録したものだろいう。
「これからも頑張って受付嬢を続けていきます」
「その手順書を見せて貰ってもいいだろうか?」
「どうぞ。私の手作りですけど」
ロイは大事に受け取ると中身をパラパラと確認した。
そして思わず声を出して感心した。
「……これ、アーネリーさんが一人で?」
「はい。上司や先輩、同僚に聞きながら作りました」
本人は簡単に言う……どうやら価値を理解していないようだ。
(書式の見本と記入の仕方から、書類が保管されている場所、管理の仕方と書類決裁までの流れまで、文章だけではなく、絵や図で書き込まれている……これなら、アーネリーじゃない新人が見ても一目で分かるんじゃないだろうか)
思わず生唾を飲み込んだ。
今、きっととんでもない代物を手にしているという気がしたからだ。
一般的に手順書の作成はかなりの労力を費やす。ここまで細かく、しかも丁寧に作れる技量は並大抵の事ではないはず。
「ロイさん、どうですか?」
「素晴らしいと思います。仕事に慣れても大事に保管しておいていい位に」
手順書を返しながらロイは告げた。
受付嬢として成長を続けるアーネリーに、自分ももっと頑張ろうと改めて思うロイであった。
年明けを祝う手紙が届き、エクエスは筆を取った。
返信をアルマに出そうと思ったからだ。
「……いざ、書こうとすると思い浮かばないんですよね」
そんな独り言を呟く。
エクエスにとってアルマは頼りになる冒険者の一人だ。
しばし、悩んでからエクエスはアルマが送ってきた手紙にもう一度、目を通した。
記憶について書かれていたので、それに対する返事を書こうと思い至る。
『手掛かりを得て、不思議な試練を受けていますが、今の所、成果はありません』
残念な事にまだ分からない事の方が多い。
けれど、他に手掛かりはないのでやるだけの事をやってみないと分からない。
『機会があれば、アルマさんも是非ともよろしくお願いします』
書き上げてから年始の挨拶を入れていない事にエクエスは気が付く。
ちょっと不格好かもしれないけど、アルマさんなら許してくれるかな――と思いながら、エクエスは初日の出の太陽をイメージとした絵と勇ましい虎の絵を描いた。
そして、書き終わった手紙を掲げて見て言った。
「アルマさん、あけましておめでとうございます」
遠くの地に向かって言葉を添えた。
その頃、王国騎士イェルド・ルリンもアルマへの手紙を認めていた。
直接的な関わりは、ヴォーンの街での出来事の時だったが、その後、エクエスを通じた依頼でドワーフ王国とメルトウォールとの戦において関わっていた冒険者でもあるので、イェルドもよく知っている。
『エクエスがいつもお世話になっている。本年もよろしくお願いすると共に、アルマ殿のより一層のご活躍をご祈念申し上げる』
普段はぶっきらぼうな態度のイェルドだが、それはあくまでも表向きの事だ。
書面に残す物はキチンとしていないと後で面倒になるから、どうしても丁寧になる――と同時に社交辞令のような内容になってしまう。
「アルマは冒険者だから、いつでも依頼を通じて会う事もあるだろうよ」
イェルドは近々、帝国領へと出立する予定だ。
これからも依頼を出し、共に戦う日が続くだろう。
ふと、伝えようとした事を思い出して、余白に書き加えた。
『山の砦の塔、修復工事が完了したので機会があれば見に行って下さい』
完璧に修理できているかどうか、イェルドは分からないが、修理が終わったと連絡は届いていた。
エクエスは記憶を取り戻す試練を受けているから、その内容如何によっては塔に帰るという選択もある訳だ。
「よし! これで良いか。つか、いつになっても書くのは慣れねぇな」
凝った肩を解すように両腕を回すイェルドであった。
ヴォーンの街に住まう老ドワーフ、グダドワはアルマからの手紙を読みながら酒を呷っていた。
「故郷の火酒か。楽しみじゃの」
正確に言うとグダドワの故郷はドワーフ王国ではない。
それでも一応、親族も住んでいるので故郷と言っても間違いではないだろうが。
「やはり、返事を出すべきかの? 東方の国ではオトシダマなるものをくれてやると聞いた……」
肝心のオトシダマが分からず酔った頭で考えていたが、大事な要件を思い出して声を挙げる。
そして、慌てて白紙と筆を散らかっている部屋の中から見つけ出した。
『実は塔を修理している時に壁に彫られた絵を学者に見て貰ったのだが』
それは重要な事であった。皆がエクエスと呼ぶ剣士の正体について、だ。
『確定ではないが、その剣士は』
そこまで記した所でグダドワの手が止まった。
暫く沈黙が続き、書いていた手紙をビリビリに破く。
(万が一にも誰か他の人に知られるとマズイかもしれんからのぅ……)
そこまで慎重になる事なのかと問われると首を傾げるが、余計な騒乱を招く恐れもあるのでグダドワも心配にはなる。
だから、新しい紙にはこう記したのであった。
『旨いの用意しておくから、その内、遊びに来ておくれ』
――と。
●
『堕落と昂揚の街』ファナータのとある鍛冶屋にサイラスは訪れていた。
知り合いから鍛冶材料の輸送を託されたからだ。
「ここでいいんだな」
マジカルポケットから取り出したのは使い古した武具のガラクタだ。
中古品としても使えないほど刃こぼれした剣や凹み過ぎて修復不能になった鉄兜や鎧。
「あぁ、助かるぜ。適当に転がしておいてくれ」
鍛冶職人が炉に向かって作業しつつ言い放つ。
その様子をサイラスは遠目から眺めた。この工房がどんな代物を扱っているのか興味もあったからだ。
幾人もの職人が忙しく準備に追われている。
火の管理、型の確認、水を用意……動作一つひとつに確認の為に声を出している様を見ていると、鍛冶屋というよりかはどこかの商会のようにも感じた。
「狭くてすまねぇな。工房を建て直したい所なんだ」
そんな鍛冶職人の冗談に、サイラスは真顔で応える。
「俺、鍛冶屋だぞ?」
「そりゃ、そうだ」
両肩を竦めてから鍛冶職人は受け取りのサインをした書類を手渡す。
それを受け取って大事に仕舞うと、改めてサイラスは工房の中を見渡した。
「数打ちか?」
工房内を観察して感じた事を訊ねた。
鍛冶職人は頷くと一つの箱を指差しながら答えた。
「そうさ。造られる品の質は劣るが大量の武器を生産する研究所を兼ねている」
指差された箱には、出来上がった剣が乱雑に放り込まれていた。そこからサイラスは一本取り出す。
軽く刀身を叩く――馴染んだ鉄の音がするが、響き方に違和感があった。
研がれている刃も甘い。これだと直ぐに切れなくなるだろう。
「クリーパー相手には心もとないな」
「バルバロイと戦う為だと聞いている。これなら万が一、奪われても困らないだろう?」
「なるほどだ」
相手が人間であれば武器が強奪される可能性は十分にある。
質の良い武器を持たせた兵士が賊にやられて奪われたら、賊の武装を強化させてしまう。
「……まぁ、技術としては画期的なアイデアが無いと人手がかかって仕方ないから、まだまだ途上だよ」
大量生産を可能とする方法を色々試しているのだろう。
そこへ学者帽を被った知的そうな青年が姿を現した。
「あまり部外者に話すな。技術の蓄積は我々の大事な財産なのだから」
「すみません、ユーゲン・フォリング様……作業に戻ります」
深々と頭を下げた鍛冶職人は逃げるように工房の奥へと消えた。
ユーゲンと呼ばれた青年はそれを見送るとサイラスに丁寧に頭を下げる。
「失礼した。私はユーゲン・フォリングという。この工房の後援者の一人だ」
「サイラスだ。冒険者と鍛冶師を兼ねている」
「貴方の事は知っているとも。禁制品である『神実の香り』の農場を焼き払った冒険者……と」
ニヤリと口元を歪めたユーゲン。
『神実の香り』に関する事件は、一時期かわら版で出回った事があるとはいえ、一介の冒険者の名前まで憶えている者は、普通居ない。
「何が言いたい」
警戒心を隠す事なくサイラスは告げる。
青年の眼光は鋭く、その表情からは何を考えているのか計り知れない。ただ者ではないのはすぐに理解できた。
「事実を述べただけで他意はない。ただ……我々が此処で行っている事は、鍛冶師である貴方とは対極にあるものではないかと」
ここで行われている事は己を高める為の鍛冶ではないのだ。
戦士も武器も研鑽して強くなるのではなく、戦士ではないような人間に命を奪う為の道具を大量に渡す為の工房だ。
ユーゲンが言う『対極』とはその事を指していた。
「なまくらでも1000人が持てば名刀1本を持つ戦士に勝てるのだから」
「そんなもの、やってみなければ分からない」
鍛冶職人を否定するような青年の物言いにサイラスは力強く応えるのであった。
●
微かに甘い香りが漂う貴賓室にルベア・ベルニは案内された。
ここは『堕落と昂揚の街』ファナータ。ルベアと年齢はさほど変わらない少女、リロ・ルエファナータ子爵が治めている街だ。
「一応確認するけれど、他の人達はいないの?」
半獣人の冒険者が発した質問に、案内してきたトレイシーは振り返って答える。
「ジード様は来客の対応中で、後は皆、それぞれ所用よ。それで、貴女は何の様かな?」
勧められたソファーには、リロが既に座って紅茶を飲んでいた。
横に座ると思っていたルベアがリロの前で立ち止まったので、子爵少女は顔を上げる。
「座らないの?」
「お礼を言いに来たのよ」
港町ウシタが山賊共に襲われた際、民兵への武装する為の資金援助をルベアはリロにお願いしたのだ。
リロはそれに応じた。ただ、本来は『別の用途』に使われるものだったはずだ。もっとも、その事について、今は追及するつもりは無いが。
「そんなの良いのに。だって、私達も危なかったのよ?」
「資金のおかげで助かったのは事実だから……ありがとう」
微笑みながら告げたルベアの言葉に、リロは照れ隠しなのか身を縮めて紅茶のカップに口に運ぶ。
こうして見るとどこにでもいるような少女だが、リロは組織の幹部だ。
礼を済ましたのでルベアはソファーに座る。
「でも……ジードまでもが普通に防衛の指揮に参加した事には、ちょっと裏を感じてしまうのよね。アナタたちも危なかったのは確かだけど、理由はそれだけ?」
「私は何も分からないわ?」
「そうよね……」
付き合いもそこそこ長くなってきたので、だんだんと分かって来た事がある。それは、リロからは『自発』や『自立』というものが感じられない事だ。それこそ、少女が抱えている『欠落』なのかもしれない。
そこへトレイシーが用意していた飲み物を持って来てルベアに渡して来た。
「助かったのはこちらもだけどね、『王子様』」
「その『王子様』は、いい加減やめてくれない?」
「そうかい? 私は気に入ってるけど……」
揶揄う様なトレイシーの態度に、ルベアは渡された茶のようなものを見つめる。
「私はそんな華やかで格好いい生き方、してないから」
生まれも育ちもこの国の貴族と比べられない。
左腕を服の上からなぞりながら、苦笑を浮かべた。
「自分に出来る事を必死にやって生きてるだけの、泥臭くてちっぽけなイキモノよ」
「……『泥中の蓮』って知っているかい?」
如何にも研究者らしく蘊蓄をトレイシーは語る。
美しいその華は、泥の中で咲くのだ。悩みや苦悩の中、必死に生きて来た人だからこそ、美しくなれる……らしい。
「私には君がそんな風に見えるよ。まぁ、嫌と言われたら自重はしようか」
「口説かれに来た訳じゃないんだけど」
やや照れながらルベアは甘い香りが仄かに感じられる茶を喉に流す。
甘さの中に爽やかさと若干の苦みも感じる不思議な味だ。
「何のお茶なの?」
「『神実』だよ」
即答したトレイシーの台詞に、思わずルベアは噴き出す。
「ちょっと、ナニ飲ますのよ!」
もう、半分ぐらい飲んでしまっているが。
この街の郊外では『神実の香り』が栽培されていたそうだし、港町ウシタでは『神実の力』を巡る騒動に巻き込まれた。
けれど『神実』の詳細については、まだまだ分からない事だらけだ。研究者であるトレイシー以外には。
「大丈夫。人体には無害のものだから」
ルベアの反応を楽しみながらトレイシーは同じものを飲み干してみせた。
そして、自信あり気に告げる。
「『神実』は台木で性質が大きく変わるのさ。理論的には『香り』や『力』は何度でも再現が出来る」
「そんな事、私に話していいの?」
「私以外には誰も再現できないからね」
余裕の表情を浮かべてトレイシーは新しく茶を注ぐのであった。
●
ミア=リゼルは清き乙女である。
冬のある日、少女は王国騎士に会いに行こうと思っていたのだが、気持ちが落ち着かず、向かった先は『堕落と昂揚の街』ファナータであった。
「私、変、ですね?」
その呟きに答える者は居ない。
今は形容し難い想いに戸惑っている場合ではないと己に言い聞かせた。
案内されているのは領主が住まう塔の一室。
重厚な造りの扉が開き、待ち構えるように佇んでいたのはジード・ランスウッドだった。
「如何なる要件か? ミアよ」
「メリーユールフェス、『お爺さま』」
装飾品が星々のように輝く漆黒のドレススカートを軽く持ち上げてミアは告げる。
「チェスでも一局いかが? 私も勉強してきましたから、今度は負けません」
「ふむ。受けて立とうか」
指差されたローテーブルには誰かと指した後のままになっている遊戯盤があった。
ミアは頷くと傍のソファーへと向かいながらボソっと呟いた。
「……それに貴方と指していると、何か思い出せそうで……」
「何か?」
「いえ、こちらの話です。それからこれは、プレゼント……というか、ええと」
ソファーに座る前にミアは紙袋の中から手袋を取り出した。檸檬模様が彫られた銀釦のついた黒い革手袋だ。
「貴族は勝負をするときに手袋を贈ると……」
「贈らないぞ」
無表情で遊戯盤の駒を直しながら言い放つジード。
ミアは手袋を手に持ったまま固まった。
「え? 違う? ……折角作ったのですが」
「遊戯料として頂いておこうか。ちょうど先刻、汚したばかりなのでな」
言われるがままにミアは手袋をジードに手渡した。
ジードは手袋を幾度か表裏を確認し、自分が座っているソファーに置いた。
「では、先行はミアに譲ろう」
「ご厚意感謝致します」
一礼してからジッと盤を見つめ、先行有利なので攻勢を維持できるような形で駒を動かす。
ミアの一手からジードは即、駒を指した。ミアの攻勢を予見していたのだろうか。
幾度かの交互に打った所でミアが唐突に話題を振った。
「……ウシタでの指揮はお見事でした。戦闘指揮を経験する立場でなければ『内地』の貴族では、ああはいかないでしょう」
「当然の事だ」
「王国の敵は内にも外にも多いですから」
怠けている、あるいは愚かな貴族は政争に負けて盤上から消えていく定めなのだろう。
ジードはミアの攻勢を凌ぎきると反攻を仕掛けるように駒を進めた。
ミアの悪手を誘っているのだが、簡単には乗らない。
「貴方がエナハルトさんの中に見るものは……貴方の、失ったもの? それとも、後悔?」
騎士を思い切って敵陣へ。
対してジードは気にせず、城兵を繰り出した。
「どちらでもない。駒として使えるか使えないか、同志になり得るかならないかだ」
淡々と続けながらジードは、手を止めジッとミアをみつめた。
そして、ニヤリと口元を緩めるとゆっくりとした口調で言う。
「年頃の娘としては気になる男という事か。まぁ、良い男であるのは確かだ。それにまだ家庭も持っておらんしな」
「そ、そんな事は……」
見透かされていたようで、思わぬ返しに蓋をしていた想いが揺れた。
気恥ずかしさで顔が熱い気がする。
「あ……」
良い勝負をしていたのに、気が付けばミアは両取りを受けていた。
そして立て直すのは難しいと悟る。まだジードと勝負するには足りないものがあるようだ。
「人は簡単には強くもならん。全てを捨て、我に弟子入りするのであれば、強くなれるかもしれんがな。せんせいとは呼べんだろう?」
「私は決めたばかりですので」
ミアは自身の頬に手を当てる。失われた記憶と過去に向き合うとエナハルトに告げたのだから。
勇気を出してミアは次の一手を繰り出すのであった。今はまだ届かなくとも、いつか必ず勝利を掴む事ができると信じているから。
●
厳かな境内の中、着物姿の冒険者が二人並んでお参りしていた。
エクエスが居候しているコゴウチ家から着物を借り、礼拝の方法を教えて貰ったのだ。
朝早いからか境内に他の参拝者の姿はない。寄り添うように二つの影が石畳に映る。
「ここにも、名も無き神がいるんですね」
お参りを済ませたエクエスが何気なく呟いた。
エミリア・シバは頷きながら近くの東屋へと向かう。
「確か、集落の人が言っていた景色の良い場所って、あそこよね」
踏みしめた霜がしゃりしゃりと音を立て、陽の光を浴びた雪が砕けて粉となりて舞う。
幻想的な雰囲気の中、東屋に到着すると集落と奥に広がる海が一望できた。
波が岩にぶつかって四散する音が響き、澄んだ空と海がどこまでも続いていて、心身共に洗われる気分になる。
「……エクエスちゃん。私が見た『最期の夢』ね」
爽やかな海風に髪が流れるが気にせずにエミリアはゆっくりと語り出した。
二人は先日、『想夢の宝玉』が魅せる夢の試練を受けていたからだ。
「正直、結構意外だったわ。自分は死なない努力はしても確定した死の前では、ダメだったわね……ぐらいだと思っていたから」
「辛い夢だったのですか?」
試練で魅た夢はある程度共有できるらしいが、エクエスは他人の夢も覚えていない。
だから、彼女が言い出した台詞の重みに、想像するしかなかった。
そんなエクエスの台詞に、エミリアは質問に首を横に振る。
「あっさり諦めると思っていた」
瞳を閉じると今でも思い出せる。
怨念が人の形となって幾度も向かってくる光景。決して避ける事がない定められた死が迫る感覚と間際に感じた覚悟。
そこへ陽の光が瞼に降り注ぎ、エミリアは眼を見開いた。
「……でも、あれが『私』の本当の一つで『欠けた』部分が一つ埋まったのだと思うわ」
夢であっても、その事に気がつけた事には大きな意味があった。
だから、一つの道を見せて貰えた事への感謝にエミリアはエクエスを誘ったのだ。
『私』と表現したエミリアに、話しを聴いていたエクエスは彼女の肩に触れるように寄り掛かる。
「それなら、良かったです」
「自己満足だけど、これからも好き勝手に人を助け続けるわ」
エミリアは微笑を浮かべて言い切ると、エクエスに視線を向ける。
「なので、もし、エクエスちゃんが記憶を取り戻して冒険者を続ける様な未来があれば、一緒に人助けの旅とか考えてみない?」
ここまで歩んできた旅路。
孤独ではなかったけれど、常に誰かと一緒ではなかった。
だから、そう思えた事にもきっと、意味があるのだろう。
眩しいほどの朝日がエクエスの黄金色の髪と瞳を輝かせる中、太陽を意匠化した装飾がされた鞘ごと、エミリアに手渡した。
「エミリアさんが望むままに。私は貴女の剣ですから」
握った柄を介して日差しのような温かさと共にエーテルが流れてくる事をエミリアは感じる。
これまでの関わりや出来事を通じても、結局、エクエスの正体は不明のままだ。だけど、分かった事はある。
それは、この手に持っている『剣』こそが、エクエスなのだと。
身体は『剣』を動かす為の器に過ぎない。それはエクエス自身が『身体はエーテルで出来ている』と過去に言った事もあるので、恐らく間違いない。握った剣の柄から言葉が聞こえるのも、『剣』が本体であるとすれば理に適う。
「不思議です。私は以前にも同じような事をした気がします」
「いいの? お姉さんに同じ事をして?」
小悪魔みたいな笑顔で返した言葉にエクエスは満面の笑みを浮かべた。
「誰でも良い訳ではないですよ。エミリアさんだからです」
鞘に当たった光が反射して、周囲の風景を煌びやかに照らすのであった。
●
北風が吹き抜けていく王都の一角。
半獣人らしい耳をピクっと動かしながらベルク・オスマットは人々の往来をぼんやりと眺めていた。
多いのは市民と商人か。ちらほらと騎士や兵士、冒険者の姿も見える。ゴトゴトと乗合馬車がベルクの眼前を通り過ぎていった。
それはヴィント行きの馬車らしい。人よりも荷物の方が多く載っている気がした。
王都で得られた情報をとある御方へとお伝えしようと思って、情報収集に勤しんだのだが、思った以上に成果が得られなかったからだ。
(難民のほとんどは既に帰還済み、か……)
帝国崩壊時になだれ込んで来たであろう難民の多くはキャンプや奪還された都市に戻っている。
僅かに残っている者は、王都に縁故がある者や足腰不自由で移動が困難になった者、何かの都合で帰ろうにも帰れない者達だ。
(王国軍の動きも分からず仕舞いだ)
もっとも、これはベルクが調べきれなかった為ではない。
軍の制度そのものが帝国と違うからだ。戦の際、王命により貴族に召集が掛けられ、各貴族が領地内で募兵を行うのが基本になっている。
故に王都内で帝国に対する軍の動員状況は調べようがなかったのだ。
王城内に忍び込めばその手の情報も得られるかもしれないが、流石のベルクもそんな愚行はしない。
(……それと、キリリウヌの方は……)
ベルクは聞き取りした事を思い出す。
調べた限りだと生存者は誰もいないという事だ。
恐らく、帝国崩壊時には王国内では知られていない数多の街や村が同じように全滅していたはず。
国境の街であったからこそ、街の存在を知っている人が居たのはせめてもの事かもしれない。
(あれは……)
偶然にしてはタイミングが良すぎるが、見知った王国騎士の姿を見つけてベルクは手を挙げながら声を掛けた。
「おや、騎士殿。ウシタではお疲れさまでしたな」
「ベルクさんもお疲れ様でした。山賊の頭領を討ち取った戦いはお見事でしたよ」
苦難を乗り越えたように爽やかな笑顔で応えるエナハルト・ティルム。
どことなく変わった雰囲気を確かめるようにベルクは尋ねる。
「何やら顔つきが変わられたような気がしますが、何かございましたかね? まあ悪い事があったようでは無いようですが」
「もし、そんな風に見えたのなら、それはきっと冒険者の皆さんのおかげですよ」
揺れていない水面のような落ち着いた声調。
港町ウシタでの事件や関わりを通じて、この騎士は成長したのだろう。
「そうだ、ベルクさんに一応、お伝えする事があります」
そんな前置きをしてからエナハルトはとある人物の事を告げた。
ベルクがウシタで助けた元山賊サーンゾの行方だ。
彼は生き残った敗残兵を誘導する形で根城がある山の方へと去って行った。その後、賊から抜け出したい者達と共に こっそりと町に戻ってきているというのだ。
そこそこの人数らしく、サーンゾも含め全員、港でお世話になっているらしい。
「強かなものだ」
話を聞いてベルクはそんな感想を口にした。
あの街では賊は死刑が慣例だったみたいだが、彼らは街を救った要因の一つでもあったので赦して貰えたのだ。
そこまで思い至った時、同時に疑問が浮かんだ。
「……その情報を得たというのは、騎士殿の部下はウシタにまだ残っていると?」
「ええ。気になる事がありますから」
港町ウシタは領主不在の状態で危機を脱した。
それは住民達の意識を変える切欠にもなっただろう。良い方向に進んで貰えればいいが……。
「ふむ。騎士殿には、あの街で再び騒乱が起こると?」
「可能性の話しはキリがない事ではありますが、ベルクさんもそんな気がしませんか?」
返された質問にベルクは港町がある方角へ視線を向けた。
きっとまた何かが起こる……そんな気持ちにさせるような暗雲が垂れ込めていた。
●
その日、だわはとある喫茶店へと足を運んでいた。
リーンエス王国には珍しい飲み物を幾つも提供しているという聞き込みをどこかで聞き知ったのもある。
「甘露茶……。ディズル大湿地帯産の紅茶にサウゼル大樹海から集めた香辛料と、希少なツボミツアリの恵みを合わせた飲み物か」
値段も相当なものだが、これだけの組み合わせは、確かに早々見られるものではない。
メニューには、ツボミツアリが妙にリアルな絵で表現されている。
これでは、よほど好きものの王国貴族でなければ注文したりしないだろう。というか、むしろ、安易に注文させるつもりは無いという店の意思表示だろうか。
もっとも、だわにとってはそんな事は対した事ではない。
「温まりそうだな、これを1杯貰おう」
「ご注文承りました。少々、お待ち下さい」
店員がニヤリと笑いながら注文を受ける。
だわは商品が出来上がるまで店内を見渡した。
今、激辛ものを推しているようであまり見かけない食材が並んでいる。土産に買っていくのもいいかもしれない。
「お待たせ致しました」
差し出された甘露茶のカップの縁にぐったりとしたツボミツアリが1匹乗っている。
生々しい様相だが、だわは表情を変える事なく、適当なテーブルへと向かった。
ひとくち飲んでから手帳を取り出した。幾つかパラパラとページをめくる。
(美味いな。醤油とかいう調味料も合うのでは……。いや、合わないか?)
首を傾げつつ、紅茶内容をメモに残して、一息つくとカップの縁でくたばっているツボミツアリを外して皿に置いた。
この甘さは花の蜜の香りがした。それも雑多な花ではない。
記憶の糸を辿るように手帳を確認していく。旅先で見知った数多くの食事が記されているのだ。
(穂状花序に咲く植物の花蜜だ。それだけを集めさせたツボミツアリか)
なかなか良いものと出逢っただろうか。
粛々と甘露茶を楽しみながら、だわは思案に耽る。
脳裏に浮かんでいるのはドワーフ王国の事だ。
もし、己が防衛をする側であったら……と考える。
「山岳を天然の要塞にして……」
静かにしているが知らずに口から言葉が漏れる。
そもそも戦は相手によって戦い方を変える必要がある。相手が空を自在に飛べる飛竜ならば、山岳は天然の要害には成り得る可能性は低い。
むしろ、機動力や補給の面で不利になるのは明らかだ。先のメルトウォール軍との戦いでも制空権を取られていた事もあり、ドワーフ王国軍は補給路を襲われていた事もあったらしい。
(兵器を増産して抑止力に……)
敵に制空権を奪われていた為か、対飛竜用の新兵器が幾つか作成された。
新型の巨大弩や投石器は、リーンエス王国や帝国にもまだ無いものだ。
これらの兵器と飛竜の習性を利用し、奴等を遠ざける……。
「……故郷に応用できそうなことはあまり無いか」
そもそも、兵器を扱うには訓練された兵士が必要だ。
敵を抑止するには相応の戦力がなければ意味がない。
それらを考えれば、かなりの数が必要となる。兵器の数が多ければ兵士も多くなるのは当然の事。それこそ、国単位で考えるような大規模な話になる。
「他の方法を模索するしかないか」
結果的に、この思案にはあまり意味はなかったかもしれない。
けれど、状況の整理にはなったと思う。無駄ではないのだ。
気を取り直すように甘露茶が入ったカップを口に運ぶ……が、既に中身は空だった。
どうやら、思案している最中に無意識で飲んでいたようだ。
(……)
だわはカップの中に残っていた甘い香りを最後に味わうとそっとテーブルに戻した。
そして、反芻するように余韻を感じながら、帰路につくため席から立ち上がるのであった。
●
人々が多く行き交う大通りに面しているカフェのテラスに、エナハルトがレティシア・レインフィールをエスコートする。
ギルドでの用事を済ましたレティシアが偶然にも王国騎士を見かけたのだ。
港町ウシタの様子や彼がどうしていたのか気になっていた事もあり、また、エナハルトも伝えておかねばならない事があるらしく、話をする為に適当な場所を見繕った訳で、逢引ではない。
「改めて、港町での件はありがとうございました」
飲み物を注文した後、エナハルトは丁寧な物腰で告げる。
それに対して、レティシアはやや影を浮かべ、僅かに頭を下げて応えた。
「……あの時、領主様の死を防げず、ご子息様の事まで気が回らなかった事が申し訳なかったです」
「レティシアさんの責任ではありませんよ」
誰も予想は出来なかったはずだ。
予兆があったかもしれないが、冒険者や王国騎士に何か出来る範疇でもない。
「せめて、街の人々を守らなければと力を尽くしたのですけれど……」
民兵を募集するというアイデアを出したのはエナハルトで、レティシアはそれに見事に応えた。
また、戦場に赴き、その力を持って戦線を支え、傷付いた民兵を癒した。その事に後悔は無いと話しを続ける。
「義兄や婚約者には、無茶をすると呆れられてしまいました」
脳裏に浮かんだ姿に苦笑するレティシア。
それに対し、エナハルトは微笑を浮かべて告げた。
「普通の伯爵令嬢では出来ない事ですから。ですが、とても素晴らしい行動だったと思います。 レティシアさんはきっと優れた貴族のご婦人になれられますよ」
「お褒め頂き光栄です。ですが、エナハルト様のお話は『別』でございますよね?」
そう此処からが本題。
王国騎士は微笑から真剣な表情へと変えた。
「……港町ウシタは領主の幼子が継ぐ事になります。隣領のキーリュロフ伯爵が後見となる方向で調整が進んでいます」
それはある程度予想されていた事ではあるが。
エナハルトの話しは続く。
「今回、功績が大きかったレティシアさんも候補の一人でしたよ。ただ、冒険者としての活動中の事なので候補からは早々に外れましたが」
この辺りの線引きは難しいものがあるが、冒険者として登録している貴族が、別領地内で行動した結果、支配に影響力を持たせてしまうと冒険者の存在意義が異なってしまうという事らしい。
「候補でなくなった……だけでは無いのでございますね」
領主候補だったという話し自体に意味は無いとすぐにレティシアは察し、エナハルトは頷く。
「どこからか、選定の話しが漏れてウシタの住民に広がったのです。住民の多くはレティシアさんを推し、後見となるキーリュロフ伯爵を退けたいみたいです」
「もしかしてと思っていましたが……」
「流石に、住民も気を遣ったのか、レティシアさんの名前は表に出さず、活躍した冒険者達にと連日、陳情が出ています」
冒険者が領主なるなど、今の王国制度上では前例がない事かもしれない。
「どうしたものでございましようか?」
「暫く経過を見るしかありません。住民達も冷静になるでしょうし。それに、私もキリリウヌへの出征もありますので」
いよいよ、王国騎士が因縁の地へと行く事になる。
そこに至る過程は遠かったが、とても大事な事だ。
「出兵の際は出来ればお手伝いしたく存じます」
「依頼には出す予定ですので都合があえば、よろしくお願いします」
「エナハルト様や他に遺された皆様の為にも……遺品の一つでも見付かれば、 きっと慰めにはなるはずです」
無意識に首飾りの装飾を手で握り締めながらレティシアはそう言った。
その様子に、エナハルトは寂しげに頷く。
「ええ……本当に。何か残っていればと思います」
彼の視線が首飾りにずっと向けられていた。
きっと、エナハルトにとって大切な人も同じように首飾りをしていたのかもしれない。そう思えるような視線だった。
●
「やぁ、エクエス。久しぶりだね」
シャルガネ居住区の小料理屋に呼ばれたエクエスにシルヴィア・A・カペルがそう声を掛けた。
慣れない様子で店内を見渡してからエクエスは一礼すると、呼び主の隣に座る。
「お久しぶりです、シルヴィアさん。ヴォーンの街以来でしょうか?」
「そうだな。折角だからお互いに近況報告といこうではないか」
手にしている酒瓶を軽く掲げた。
女将がエクエスの前にサッと酒杯を置いた。
シルヴィアは手慣れた手付きで注ぐ。
「私は最近、米酒が好きでね」
「私も一緒です」
二人は酒杯を挙げてから、乾杯するとクイっと飲み干した。
喉の奥にスッと入りながらも甘い返しが喉奥に広がる。これは良い酒だ。
次々にシャルガネ料理が並べられる中、エクエスが言う。
「どうぞ、シルヴィアさんから」
「そうか? なら……」
音を立てないように優雅な所作で杯を置き、シルヴィアは微笑んだ。
「恋人が出来たんだ。海のような色合いの瞳をした戦士だよ」
「おめでとうございます。貴族関係の……ですか?」
リーンエス王国の侯爵令嬢という立場でもあるので、エクエスがそう思うのも不思議ではない。
シルヴィアはゆっくりと首を横に振った。
「冒険者仲間だ。だが、お祖母様公認だよ」
もっと言うと複雑なのだが、簡単に告げる。
大事なのは、愛する人が出来たという事なのだから。
「混迷の時代だからこそ、大事にして下さいね。私も……恋人と言っていいのか分からないですが、一緒に居てくれる人が出来ました」
「それは素晴らしい事だ」
記憶を失い、己の存在が分からなくなっている時、支えてくれる人が居るという事は良い事だ。
新しく注いだ酒を口に運ぶと肴へと箸を伸ばす。
新鮮な魚の身をそぎ切りされたものだ。リーンエス王国の貴族達にとっては普段はあまり見かけない食事である。
「そういえば、君の記憶は戻ったのかい?」
生醤油の仄かな甘みと鮮魚の引き締まった身のベストな組み合わせを堪能しつつ、シルヴィアは訊ねた。
エクエスが、ここシャルガネ居住区に来ているのも、記憶の手掛かりがあるからだ。
「今の所、特には……試練で夢を見るのですが、夢の内容を断片的にしか覚えていなくて……」
「ふむ。ちなみにどのような試練なのかな?」
「自らの最期を見る夢でした」
そして、エクエスは断片的な記憶を告げる。
夢なので正しい記憶とは限らないが、何かの切欠ではあるかもしれない。
「最期はクリーパーに……」
深刻そうに言いながらエクエスは餅に悪戦苦闘していた。
助けるように空いた皿をスッと出すシルヴィア。
「そうか。君が何者なのか。芸術に携わる身としては興味があるけれど、それ位だよ」
話を聞く限り、エクエスは誰かの剣としてクリーパーと戦って力尽きる……ように推測できた。
引き続き、試練で別の夢を見れば、また何か分かる事もあるかもしれない。
「“王国を守ってくれる人々に感謝したい”……私の想いはそこにある」
エクエスの正体が何者であっても、そこが変わらないのであれば、その想いは変わらない。
穏やかな口調で告げるとシルヴィアは擦弦楽器を取り出した。
「今ここにいる君と私の縁を祝して、一曲奏でよう」
「ありがとうございます。音楽を聴いているとなんだか懐かしくなりますから」
奏でるのはシャルガネ居住区独特の曲調のもの。
種族も生まれも育ちも住んでいる場所すらも共通するものがなくとも芸術は繋がる。
人の縁も同じ。
きっとこれからも、縁は続くだろう。それがどの様な立場になっても。
「……あ、シルヴィアさん、式には呼んでくれるのですか?」
唐突なエクエスの質問に思わず手元がぶれそうになるシルヴィアであった。
●
スクサ・プカーゲという名前の逆毛記者が瞳を輝かせて冒険者ギルドに飛び込んできた。
「素晴らしい! どれもこれも、冒険者の何気ない日常が知れて!」
無常に飛んでくる唾から身を守る為に書類を盾にしていた受付嬢のアーネリーが整った顔をぴくつかせて応える。
「報告書として出来上がるまでお待ち下さい」
「すぐに欲しい! 今すぐだ! さぁ、すぐに書いて!」
ぐいぐいと受付嬢に迫るスクサだったが、その眼前にでかい板が唐突に置かれた。
「板ぁぁぁぁ!? なんでぇ?」
「オレの可愛い『妹』をあまり困らせないで下さいね」
颯爽と現れたのはロイ・アウレア。
凄みの効いた笑みに逆毛記者はたじろぐ。
「い、いもうと……」
一方のアーネリーも何かショックを受けているようだ。
「あぁ、家族のように大切な、という意味です」
「はい。大丈夫です。分かっています……って、あぁ!!」
逆毛記者からの唾を防ぐ為の盾となった書類が大事なものだったとアーネリーは気が付く。
その書類は唾の水分でインクが滲み、もはや、書類としては機能していない気がする。
「うぅ……」
「アーネリーさん、オレも手伝うから」
落ち込む受付嬢の肩をポンポンと叩き慰めるロイ。
そんな二人の様子に気まずくなった逆毛記者は逃げるように台詞を残して去っていった。
「……えっと、それじゃ、報告書が出来たら呼んで下さい!」
原稿に追われる作家ならぬ、報告書に追われる事になった受付嬢は涙目でロイを見上げる。
「ありがとうございます、ロイさん。でも、大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。頑張る人を見ると自分も、もっとと思えるんだよ」
アーネリーはドジな事も多いけど頑張っている。
その事をロイはよく知っている。だからこそ、自分自身も奮い立てる。
「それでは、この書類の複写をお願いします」
束になった物を渡されるロイ。
写し用の書類が適切な物なのか、二度三度とアーネリーは確認した。その様子に、ロイは少し感心する。
以前は確認して仕事を進めているように見えなかったからだ。
「業務には慣れた?」
「はいっ! ロイさんや皆さんのおかげで、少しずつですけど……以前よりかは、ミスが減ったと思います」
ふわふわとした金髪を揺らし、満面の笑みを浮かべてアーネリーは答えた。
それが実感できるだけ、良い事ではある。
彼女の脇には分厚い手順書が置かれていた。業務の流れ、手順を細かく一つひとつ丁寧に記録したものだろいう。
「これからも頑張って受付嬢を続けていきます」
「その手順書を見せて貰ってもいいだろうか?」
「どうぞ。私の手作りですけど」
ロイは大事に受け取ると中身をパラパラと確認した。
そして思わず声を出して感心した。
「……これ、アーネリーさんが一人で?」
「はい。上司や先輩、同僚に聞きながら作りました」
本人は簡単に言う……どうやら価値を理解していないようだ。
(書式の見本と記入の仕方から、書類が保管されている場所、管理の仕方と書類決裁までの流れまで、文章だけではなく、絵や図で書き込まれている……これなら、アーネリーじゃない新人が見ても一目で分かるんじゃないだろうか)
思わず生唾を飲み込んだ。
今、きっととんでもない代物を手にしているという気がしたからだ。
一般的に手順書の作成はかなりの労力を費やす。ここまで細かく、しかも丁寧に作れる技量は並大抵の事ではないはず。
「ロイさん、どうですか?」
「素晴らしいと思います。仕事に慣れても大事に保管しておいていい位に」
手順書を返しながらロイは告げた。
受付嬢として成長を続けるアーネリーに、自分ももっと頑張ろうと改めて思うロイであった。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
無事にお届けできてホっとしております(リアルで色々あった)。
皆様のさまざまな冬の一日。
誰かと関わったり、あるいは何かを得たり、ゆっくりと過ごしたり、言葉を交わしたり、有意義に過ごせたでしょうか?
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会があれば冒険者の方々のご参加の程、お待ちしております。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:標準10 / 4〜40人
2022年01月12日 16時49分29秒 公開
大成功
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー。 一人で色々回ったりがメインになるかな?と。一応NPC関係推奨なのでその余地とアドリブ御自由に入れておいてる
ミア=リゼルです。よろしくお願いしますね。 NPCとの関わりがメイン……とのことですので、私も今回おひとりさまの予定ですね。 まだどの方に会いにいく…というのは決まっていないのですが。みなさま、有意義な時間を過ごされますよう。
ロイ・アウレアです。 いつも通り過ごすと思う。 お会いする事は無い…だろうが、ヨロシク。
シルヴィアだ。今回はよろしく頼むよ。 私もいつも通りに過ごすと思う。久しぶりにエクエスと話してみたいという位かな。 皆、素敵な一日を過ごせますように。