【極域】始まりの日

真柄 葉

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シナリオID:1168

オープニング


「私は……」

 室内でレイウェスト・バルダスは一人呟いた。
 エフレムが犯した大罪に、あの日以来胸の裡にこびり付ている無力感が、苦い。

――コンコン。

 一人悔恨に沈んでいたレイウェストは顔を上げる。
「……入れ」
 レイウェストは痛みをこらえノックに答えた。

「失礼いたします、殿下」
 
 聞こえた声にレイウェストは痛みも忘れ椅子から腰を浮かせる。

「リカルダ……リカルダ、なのか……?」

「はっ! リカルダ=アーレンス、御身の前へ!」
 真紅の甲冑に身を包む女性が赤髪朱眼の鮮烈な美貌を湛え、凛とそこに佇んでいた。
 リカルダと呼ばれた女はレイウェストへ歩み寄ると膝をつく。
「まさか、生きて……生きてくれて……いたのだな」
「はい、情けなくも長らく死の淵を彷徨っておりましたが……どうやら、天に私の居場所は無いようです」
「ふふ……そうだな、そなたの居場所は地上(ここ)にある」
 ニッと口元を上げる女傑にレイウェストは薄く微笑み返す。
「リカルダ、私の元で働いてくれるか」
「殿下がお望みとあらば」
「では望もう。今この時より将軍として、我が手足となり存分に働いてくれ」
「はっ!」
 レイウェストの命にリカルダは頭を下げた。

●
 リカルダ参陣より数日後、レイウェストの元へまた新たな来訪者があった。

「久しぶりだね、殿下。大変だったようじゃないか」
 レイウェストの護衛兵と共に入ってきたのは、リブラネスタの豪商、ヴィルジニア・テレーザ・セルッティだった。レイウェストにとっては、帝国奪還の重要なスポンサーの一人でもある。
 レイウェストは予想外の来客に、申し訳なさげに視線を切る。
「なにをしに来た……と聞くまでもないな。支援を打ち切る、という話か?」

「そんなわけないじゃないか」

 艶やかに笑うヴィルジニアは、『エフレムの離脱』という事情を知った上で、艶やかに笑い飛ばしてみせた。
「帝国の皇族は殿下しかいないのさ。アンタが折れていないなら、同盟(アタシたち)が降りる理由はないさね。まだまだ損切りには早すぎるとも。……とはいえ、土産も必要と思って、ね」
「土産、だと?」
「帝国領北方、フェンガリという村で、北へ向かう道が見つかったのさ」
「北……極北への道か。……しかし、それを何故私に。極北にあるという征竜は我が帝国の仇敵だ」
「いや違うね。前帝国(シル・ウァキア帝国)を襲った征竜と、いま極北にいるだろう征竜は別個体さね」
「……」
 レイウェストはじっとヴィルジニアを見つめ、笑顔の仮面の奥にある真意を探る。
「人類無比の強さを誇っていたエフレムは殿下の元を離れた。帝国兵は意気軒昂で、風向きも良いみたいだけど、駒不足は否めないだろう? 力を求めるなら、この上なく頼りになるんじゃないかい」
「力……だと。まさか、征竜に頼れとでもいうのか」
 返ってきた頷きに、レイウェストは呻くようにこぼした。
「そのあたりはもう殿下の心次第。だけどね、手を組む分には問題はないはずさね」
「……そなたの意図が見えないな」
「そんなに警戒しなくても別に悪巧みじゃあない。風通しを良くしたいだけさ」
 射貫くような視線を受け流し、ヴィルジニアは続ける。
「遥か昔、征竜を信仰し北壁山脈を越え極北へと至った信者達。長年その存在は謎に包まれていた。けれど、昨今その極北より来訪した者が現れた」
「征竜の巫女か」
「ご明察」
「……だが征竜が協力する保証など一つもないだろう。なにか心算でもあるのか?」
「残念ながら、無いとも。けれど、これ(征竜の協力)が通れば盤面は大きく傾くはずさね。どのみち、今動けないのなら、打てる手は打っておいたほうがいいんじゃないかい」
 ヴィルジニアはニコリと微笑んだ。
 帝国が健在だった時代、それは『王国』『帝国』『同盟』の三大国がそれぞれに牽制し合い、一定の平和を保ってきた。しかし、その一角が崩れた今、ロスガリア大陸の均衡(パワーバランス)は大きく乱れている。
「王国の横槍は、同盟(アタシ)らにとっても面白くはない、という本音もあるけどね」
「帝国の王国への従属の阻止。それが真意か」
「どうだろうね。でもね、同盟(アタシ)は、殿下のそういう弱気を挫いておきたいのさ」
 弱気、と言われたレイウェストは、ここで初めて苦笑をこぼした。彼女なりの激励なのだろうと受け取ってのことだ。
「……考えておこう」
 レイウェストは微笑むヴィルジニアにそう答えた。

●
 ヴィルジニアの案を受けたレイウェストは、その実現可能性を探るべく『征竜の巫女』ヒルルクを召喚した。
 極北から出てきたという彼女に、征竜との連絡手段とその移動ルートを尋ねるためでもあったが、前者はあっさりと否定された。そして、後者については――。

「征竜の背に乗って飛んできた、だと……?!」

「ええ。それがどうかしたの?」
 単身で極北を出てきたことを踏まえると、安全な隠れ道や魔法的手段を想像していたが、よもや征竜自身が運んできたとは予想だにしていなかった。
「で、あるならば。陸路で征竜のもとに向かう道についても……」
「ええ、知らないわね。私の故郷近くなら案内できない事もないけど、極北も広いから」
「……そうか。ふむ」
 質問する事の尽くが予想を上回る。レイウェストはヒルルクを前にじっと考え込んだ。
「なんで征竜さまに会いたいの?」

「……帝国の為、征竜の力が借りたい」

 レイウェストはゆっくりと言葉を絞り出した。
「帝国の皇子のあなたが征竜さまのお力を……なるほどね。それならちょっとだけ目を見せてくれる?」
「なに?」
 そう言うと、ヒルルクはレイウェストの許可も取らずその顔を覗き込む。

 しばらくして顔を離したヒルルク。
「……うん、いいわ。連れて行ってあげる」
「なに、どういう事だ」
「案内してあげるわ。それが征竜さまの意向に沿う事になるから」
「だからどういう……」
 と、レイウェストが問いかけるも、ヒルルクは笑顔を返すだけだった。

●
 ヒルルクの案内の確約は取り付けた。後は『道』を見つけ極北へと至るだけ、なのだが――。

 本来であればレイウェスト自ら乗り込むべき案件であるが、もし自身が不在となれば、ヴィントを含め帝国奪還や各国への対応が疎かになる。極北の探索にどれほどの時を要するかがわからない以上、簡単にこの場所を離れるわけにはいかなかった。
 となれば、征竜との相対までのルート確保をレイウェストの名代を兼ねられる指揮官に託す必要があるのだが……。
「バルディオンを今ヴィントから引き離すわけにはいかぬか……となれば」
 レイウェストは護衛の兵士にリカルダを呼ぶように命じた。

 数刻してやってきたリカルダがレイウェストの前で傅く。
「よく来てくれた」
「殿下からの招集なれば、例え極北の地からでも馳せ参じましょう」
「ふふ……そうか、極北からでもか」
 リカルダは冗談めかした口上に、レイウェストに小さな笑みが浮かんだ。
「リカルダ、そなたにやってもらいたいことがある」
 一転、表情を引き締めたレイウェストがリカルダに向かう。
「はっ! 何なりとお申し付けを。あ奴の首でも取って参りましょうか?」
「……いや、そなたには北へと行ってもらいたい」
「北、ですと?」
 意外な命令にリカルダは思わず聞き返した。
「……北に何かあるのですね。殿下に……帝国にとって大切な何かが」

「その通りだ、リカルダ。そなたを帝国北部方面総指揮官に任命する。私と征竜との会見を実現させてくれ」

 レイウェストはリカルダに命を下すと、その計画の全てを語った――。

解説

●目的 ・極北調査隊(仮)のベースキャンプ設営&施設の提案。 ・隊と協力し洞窟内を探索。 ●場所 フェンガリ: この季節でも降雪のある極北に近い雪豹のハーフビースト達が住まう村。 洞窟: フェンガリの北側にある岩山(約100m)の中腹に開いた洞窟。内部には征竜と思しき壁画や人が通った痕跡(階段)があったりと非常に怪しい洞窟で、一本道で奥まで続いています。 痕跡の存在と洞窟が向かう方角から、極北への道だとされています。 洞窟内に灯は無く、奥に行くとエーテルが変異した空間(空気が非常に薄い:標高5000m級)が広がっています。 さらに奥へと調査の手を広げるには、この空間を突破する必要があります。 ベースキャンプ設営場所: クルススの指示で洞窟のある岩山の麓に広い土地を確保しています。 ●人物 リカルダ=C=アーレンス レイウェストの名代として村を訪れた帝国の女将軍。隊の総指揮を務める。 ※詳しくはキャラクターページを! クルスス フェンガリの若き代表で依頼者。18歳の若さなのに禿げそうな苦労人。 ヒルルク 征竜の巫女。今回は特に出番がないので、クルススの家でお茶飲んでます。 ● 極北調査隊(仮): 隊には、総指揮官であるリカルダ、ゲストのヒルルク。選りすぐられた帝国軍兵士(一般人)が10名います。兵士たちは皆ある程度のサバイバル知識や土木・建築を身に着けていますが、本職はあくまで兵士です。 フェンガリ住民: キャンプ設営の為に力を貸してくれる雪豹のハーフビースト達です。 大工のクルートを筆頭に、若者たち十数名が力を貸します。 この村の住民は基本狩猟で生活していますので、その辺りのスキルは高いです。 ●補足 ・資金 内容次第ですが、資金が必要な案件があれば隊から出します。 ・資材 同盟によって提供された木材や石材、布などの建材が『程々』にあります。 持ち込んだ資材以外にも、フェンガリ周辺で調達することもできます。 ・食料 これも資材同様で、持ち込み分もありますが現地で調達も必要でしょう。 水は村の西側に流れている川で調達できます。 フェンガリの若者たちは皆様の指示に従い動きます。帝国側の兵士は基本リカルダの命に従います。ただ、協力的ですので普通に頼めば手伝ってくれるでしょう。 ベースキャンプに必要であるだろうと思う施設の提案&設営も可能です。きっと長丁場の調査になるので、色々な施設があるといいかもしれません。温泉(混浴)とかサウナ(混浴)とか。

マスターより

極北に行きたいかーーー!! お世話になっております、真柄です。 覆地翻天のロスガリアに第二シーズン到来!? 新NPCリカルダのお披露目も兼ねての、新連作【極域】の始動です!  目指す先は、もちろん極北! かの征竜が住まい、ヒトにとっての未踏の地。そして、『征竜の巫女』ヒルルクの故郷。 至る道は険しく、予期せぬ困難が多数待ち受けているでしょうが、皆様の知恵と勇気とぱぅわーがあればきっと大丈夫! フェンガリを拠点に、辛く険しい道程を踏破したその先に待っているものは何なのか。それは皆様自身の眼で確かめてください! 【ゆるぼ】 極北行き隊の名前を仮に【極北調査隊】と付けてますが、隊に正式な名前がまだありません。もしプレイングで素敵な名付けの提案を頂ければ、採用できるかもしれません! 確約はできませんが! 不明な点があれば相談板でご質問ください。お茶飲んでるヒルルクかリカルダおば……お姉様がお答えします。 ※フェンガリ村内の状況を詳しく知りたい場合は、お手数ですが過去のシナリオ『古き因習の慣れ果て』『古き因習と新しい風』をご覧ください! それでは! 極北の地へと至る旅路を、皆様と共にあらん事を願って!!

リプレイ

 帝国の北域、北壁山脈の袂にある村『フェンガリ』は、村の歴史の中でも類を見ないほどの賑わいを見せていた。

「ここをキャンプ地とする!」

 赤髪朱瞳、真紅の甲冑に身を包んだ女騎士が声を張り上げ、兵士達が敬礼と共に一斉に持ち場へ向かう。フェンガリの村の一角に用意された『極北調査隊』のベースキャンプとなる場所には、同盟(ヴィルジニア)によって手配された資材が山と積まれていた。
「まずは居住スペースの確保だ!」
 帝国軍将軍リカルダ=C=アーレンスの号令一下、部下達が簡易テントを組み上げていく。
「調査も長丁場になりそうだし、しっかりと体を休める事の出来る場所にしないと」
 そんなリカルダの横では、冒険者を代表してサニー・フォン・オルライト。
「それなら土台だな。建物の大きさにもよるが、石積みするとなると結構な労力がいるぞ」
 そして、村からクルートが参加していた。
「小さい建物を複数造るのと、大きな建物を二、三造るのとでは、どっちが効率的かな」
「そうだな……労力的には大型の方が簡単だが、小型のものを幾つか作る方がいいだろうな」
「なるほど、雪か」
「ああ、今は積もる程降らないが、冬はかなり降る。屋根が大きいと積雪に耐えられない」
「むむ、悩ましい所だね」
 三人は意見をぶつけ合いながらキャンプ地の計画を立てていく。

●
「えっと、あなたが村長さん?」
 ドアをノックし村長宅に顔を出した少女。
「ええ、クルススといいます。貴方は冒険者の方ですね。どうぞお入りください」
 クルススは席を立ち上がり、顔を覗かせる少女を室内へ招待した。
「ありがとう! あたしは地と人の神を信じているウォーリアのコルリスだよ! どうぞよろしくね!」
「え、ええ。よろしくお願いします」
 コルリスは家に入るなりクルススの前に立つと、その手を取りぶんぶんと振る。

「なになに、お客さん?」

 と、コルリスの元気な声が奥まで届いたのか、妹のクシェンが顔を出した。
「わわっ! 美人なハフビさん!」
「え、あ、初めまして?」
 クシェンの顔を見たコルリスはクルススとの握手を切り上げ、奥へと駆けていく。
「初めまして! あたしはコルリスだよ、よろしくね! あ、そうそう、これよかったらどうぞ!」
 と、コルリスはクシェンに一体の人形を差し出した。
「え? くれるの」
「あげないよっ!? これは雪豹人形! 貸してあげるから、村人モデルのやつを作って資金源として検討して! きっとバカ売れするよ!」
 首をかしげるクシェンにコルリスが人形の量産と販売の計画を語る。
「それじゃ、あたしは準備があるから行くね! またね! さー、やるぞ夢の郷!」
 そして、説明を終えたコルリスはさっさと家を後にしてしまった。

「……すごい元気な人だったね」
「あ、ああ」
 残された二人はまるで嵐のようなコルリスの訪問に呆気に取られていた。

●
 夏の盛りに入ろうかというこの時期にさえ、所々雪だまりが見られる。
「これも……これも雑草ですね。しかもどれもこれも根が浅い」
 ハリス・アル・ターミルは村の一角にある雑草が生い茂る場所に足を運び、その植生を調べていた。
「それにこの土」
 ハリスは剥き出しになった土を掬うと、ぺろりと舐める。
「何と痩せた土でしょう」
 ハリスはこの不毛の凍土を何とか実りある土地に変えられないかと腐心していた。
「……表層のすぐ下には凍土。おかげで草が分解さず、この地を不毛の地にしている」
 永久凍土とまではいかないが、それに近い不毛な土地であることをハリスは再認識する。
「この土に生気を吹き込み、命芽吹く土にかえええぇぇぇっっつめえぇぇ!?」
 そんな真面目に地質の調査をしていたハリスの背中に、突然雪玉が投入される。
「あはは、隙だらけだぞ、ハリスくん」
 投入犯はハリスの背後からからぴょんと飛び退ると、必死で背中の雪玉を取ろうとする彼を見てくすくすと笑っていた。
「はぁはぁ……ト ゥ ー リ 殿ぉ?」
 何とか雪玉を取り除いたハリスがゆっくりと犯人『トゥーリ』へ振り向く。
「はーい、トゥーリです!」
 トゥーリはハリスに挨拶を返しつつ、次弾を装填中。
「一体何を、とは最早聞きますまい。我々はここに何しに来たか、わかっておいでですよね?」
 ハリスはトゥーリを横目にゆっくりと歩き始める。
「うん、もちろんわかってるよ?」
「では、仕事をいたしましょう。まだまだすることは山積みだ」
 ハリスは建物前の雪だまりにしゃがみ込んだ。
「任せてよ! ちゃんと考えてるから!」
 隙を見せたハリスにトゥーリは一切の躊躇なく次弾を投擲する。

 ――ボフっ。

「ふっ、この毛皮にそのような攻撃が通用するとでも?」
 しかし、トゥーリの雪玉はハリスの纏う真っ白な毛皮に弾き返される。
「むむ! 何その防具! 反則!」
「反則? これは異な事を」
 言いつつ立ち上がったハリス。その手には雪だまりが丸ごと握られていた。
「え……あ、あの、ターミルさぁん……?」
「試合再開です」
「試合っ!? いやいやいや、試合じゃないから! ね、落ちつこ? 話せばわかると思うんだーーー!!」
 言いつつ、トゥーリはくるりと反転すると脱兎をかます。
「ふっ、やられっぱなしはターミル族の名折れ。お覚悟を」
「いーやーー! 待って! ごめん! うわぁ、助けてぇぇぇーー!!!」

●
「……あいつらは何をやってるんだ」
「あはは、楽しそうだね」
 そんな二人の追いかけっこを眺めながらクレア・エクレールとアーシェル・G・クラインは洞窟調査の準備を進めていた。
「まぁ、ずっと気を張ってやるのも大変だし、適度な息抜きは必要だと思うよ?」
「適度か、あれ……」
 相変わらずの鬼ごっこに二人は揃って苦笑い。
「ま、役割分担したんだしキャンプの方は任せて、ボク達は探検の準備を進めよ」
「ああ、そうだな。あんまり時間もかけてられないからな」
 事前情報では洞窟はかなり先まで広がっているとの事だ。どれだけ時間がかかるかわからない以上、出来るだけ迅速に調査を進めなければならない。

「うぅ……やっぱり寒いわね」

 と、二人が手際よく準備をしていたら、寒そうに肩を抱きながらヒルルクがやってきた。
「いや、お前もなにやってるんだ……」
「何って、呼ばれたから来たんじゃない」
 ヒルルクは不機嫌にぶーっと口を尖らせる。
「なになに? アーシェル君のお知り合い?」
 と、親しげに話す二人を交互に見て、クレアが問いかけた。
「うん? ああ、クレアは知らなかったか。こいつはヒルルク。一応『征竜の巫女』って奴らしい」
「へぇ、この人が噂の」
 クレアは「一応って何よ!?」とかブーブー言ってるヒルルクを見る。
 アーシェルから話は聞いていたが、そのなんというか……。
「普通だろ?」
「あはは、ほんと普通だね」
 アーシェルに言われクレアは頷く。
 征竜の巫女なんて大層な肩書を持っている割には、巫女らしい神々しさや威厳なんてものはまるで感じない。本当にどこにでもいそうな普通の少女だと思った。
「えっと、ヒルルクさん。ボクはクレア、よろしくね!」
「うん? ええ、わたしはヒルルクよ。よろしく!」
 差し出されたクレアの手を取り、二人は握手を交わす。
「……で、寒いんだけど」
 クレアとの挨拶を終えたヒルルクは改めてアーシェルに視線を向けた。
「はぁ……ったく、しゃぁねーな。北に来るのがわかったんだから、準備くらいしてこいっての」
 そんなヒルルクにアーシェルは呆れながらも羽織っていたコートに手をかけ――。

「あー、すみません。うちのヒルルクがご迷惑を」

 た瞬間。三人の元へトーラが駆けてきた。
「ほら、こんな所で油売ってないで、ちゃんと探索用の装備に着替えますよ! そんな薄着でうろついて……まったく世話が焼けるんですから」
 呆気にとられる二人を前に、トーラはヒルルクの首根っこをむんずと掴むと。
「えっ!? ちょっと、なに!! トーラ!? やめっ、ちょっ!!」
 バタバタと抵抗するヒルルクを、ずるずると引っ張っていった。

「うーん、残念だったね?」
「な、何がだよ……」
 遠ざかって食二人を見つめながら、クレアはアーシェルのわき腹を肘でツンツン突いた。

●

「熱……熱か」

 スヴァン=ウォルフ=ユーウェンは考えていた。
「だがしかし、この村に熱源があるはずもない」
 村の中を一人彷徨いながら想いを巡らせる。
「住居はここの家々を倣えばいい。だが……熱」
 スヴァンはぶつぶつと独り言を言いながら村を歩いた。
 時折、周りからひそひそ声が聞こえる。しかし、例え周りから奇異な目で見られようとそんなの関係ない。たわわに実ったあの果実の為ならば、些細な事だ。
「熱さえあれば……そうだ、熱さえあればいいんだ」
 この日の為に必死でお勉強してきた熱学。この不毛の大地で継続可能な熱を確保するには一体どうすればいいのか。
 スヴァンは考える。多分人生で一番考える。しかし、その答えは未だ靄の中だった――。

――むぎゅ。

「痛ぁぁぁっっっ!?!?」

 何やら聞こえた気がしないでもないが、今はそんな場合ではない。熱源が無ければこの計画はすべて水泡に帰す。
 スヴァンは再び深く深く考えながら歩き出そうとして――。
「スヴァン殿、無視はいけませんね、無視は」
 頭を鷲掴みにされた。
「この声はハリスか……む、ハリスだと? そうだ、ハリスいい所に居た。お前に聞きたいことがある」
「はい? 何でしょうか。尻尾を踏んだ事への謝罪でしたら受け付けますが」
「な、に……? 尻尾を、踏んだ、だと……? 馬鹿な、尻尾を……それは万死に値すぞ」
「ええ。まったくです」
「どこだ、そいつは。どこにいでででででっ!?」
「ここですよ」
 と、ハリスはスヴァンを掴んでいた腕に思い切り力を込めた――。

「それで話というのは?」
 ようやく解放されたスヴァンは、ハリスにとある計画を語る。
「なんと、この地でそれを目指すのですか。……その情熱、流石と申し上げましょう」
「そうか、なら」
「しかし、残念ながらそれには多大なる労力と恒久的な熱源が必要となる」
「……わかっている。しかし、お前がいれば実現は可能だ。違うか?」
「私の事を買ってくださるのは大変うれしく思いますが、私はしがない農夫でしかない」
 じっと見上げてくる視線にハリスは首を振る。しかし、スヴァンは諦めず話を続けた。
「そうだな。大陸一のしがない農夫だ」
 そう言われ、ハリスはスヴァンを見返した。その空色の瞳の奥には確かな情熱の炎(カカオ)が灯っている。
「……本気なのですね?」
「こんな事を冗談では言わん」
「ふむ……わかりました。どこまでお応えできるかはわかりませんが、やるだけの事はやってみましょう」
 ついにハリスはスヴァンの情熱(カカオ)に首を縦に振った。

●
「お家を建てるにしても、男女は別々の方がよくないかな。皆大人だし、色々あるでしょ?」
「気を遣ってもらうのはありがたいが、非効率ではないか? その分余計に建物がいる」
 トゥーリの進言にリカルダは逆に問い返す。
「もちろんそうなんだけど、長丁場の調査になるだろうし、少しでも調査隊の皆が心休まる場所にするのがいいと思うんだよね」
「ふむ……」
「せっかく作るんだからさ、快適にしようよ!」
「……そうだな、これは戦ではないのだからな」
 トゥーリの情熱が伝わったのか、リカルダはフッと表情を緩める。
「任せよう。我々が持ち込んだ資材は好きに使ってくれ。人員が必要であれば、私が村人達に交渉してもいい」
「おぉ、頼もしい! わかった、もし必要ならお願いするね!」
 トゥーリは調査隊の準備で忙しいリカルダの元を辞すと、キャンプ地で資材整理をしていたサニーの元へ駆け寄った。
「どう足りそう?」
「うーん、あんまり大きいのはできないね。大型化するなら、追加で資材を調達してこないといけないかも」
「ふむー」
 サニーは地面に書いたキャンプ地の予定図をトゥーリに見せる。
 岩山の麓の広場に整然と建物が並ぶ図面。各建物には『宿舎』『調理場』『資材集積所』など細かな役割が振られていた。
「……これってもう決定?」
「え? ううん、まだ案を出しただけ。クルート君にも意見を聞いてみないといけないし」
「あ、それじゃさ! ここをこーして……こんなのとかどうかな?」
 と、サニーの言葉を聞き、トゥーリが地面に絵を描き始めた。
「……円形?」
「そう、丸くするの。それで、真ん中におっきなストーブを置いて、周りを温めるんだよ」
 トゥーリは地面に描いた絵を枝で指しながら説明していく。
 それは中央に炉。そして、それを囲むように施設や住居を配置し、更に大外を石垣で囲むというものだった。
「この石垣で風とか寒さを少しでも和らげるようにしたら、どうかな?」

「ふむ、この極地では過ごすには理にかなった造りなのではないでしょうか」

 と、答えたのはいつの間にか合流していたハリスだった。
「しかし問題もある」
 ハリスは二人の頭越しに地面の図を見つつ、真ん中に書かれた『ストーブ』を指さす。
「熱源だな。俺にはわかるぞ」
 更にいつの間にか現れたスヴァンがうんうんと頷いていた。
「熱源かぁ。薪を燃やす……のじゃ、到底足りないよね」
 と、サニーが資材が積まれた一角に視線を移す。
 建設のために用意された材料は数あれど、中でも木材の数は圧倒的に少ない。
「木材はここから馬で1日ほど南下した林から採ってくるほかないそうです。この街の周辺ではすぐに手に入るわけではない。燃やし続けるのは難しいかもしれませんね」
「そうなんだね……あ、でも、それならこの村の人ってどうやって暖を取ってるの?」
 ハリスの説明にサニーが首をかしげる。
「そもそも、ここの住民は寒さに強い。僅かな火と狩りで得た毛皮を纏えば、暖は事足りる」
 と、答えたのはスヴァンだった。
「へぇ、よく知ってるね?」
 すらすらと答えたスヴァンに、トゥーリが首をかしげた。
「ともかく熱源だ。それが無ければあの計画が……」
 そんなトゥーリには答えず、スヴァンはグッと奥歯を噛みしめる。
「何かいい案はないか。熱源だ……熱源を探すんだ」
 やたら熱源に拘るスヴァンに、女性陣二人は首を傾げ、ハリスは納得の表情で頷いた。
「温泉でも湧出すれば一気に問題は解決するのでしょうが、残念ながらこの土地ではそれも望めそうにありません」
「うーん、それならやっぱりトゥーリくんの言う様にでっかいストーブを作るしかないんじゃない? ユーウェンくんが何をしたいのか知らないけど、調査隊の人達は特別寒さに強いわけじゃないから、暖房設備は必要だと思うよ」
 ハリスとサニーが地面に描かれた図を見つめる。
「うーんそうだねぇ……あっ! そうだ、いいこと思いついた。ちょっと将軍さんに聞いてくる!」
 と、トゥーリは突然そう言い残し、調査隊の元へ駆けていった。

●
「すまない、遅くなった。ベースキャンプの打ち合わせが少々長引いた」
 洞窟前に集っていた調査隊に、少し遅れてリカルダが合流した。
「リカルダさんは責任者さんだし、忙しいのは仕方ないよ」
 リカルダを迎えたコルリスがこっちだよと先頭に誘導する。
 コルリスと共に隊の先頭に立ったリカルダは、隊員へと振り向くと。

「これより、我々は人類未踏の地『極北』へと向かう。道中には様々な困難が待ち受けているだろうが、皆が手と力を合わせれば決して踏破できぬ道ではない! 共に進まん!」

 よく通る声で調査隊を、そして冒険者達を鼓舞する。その姿はまさに指揮官。人の上に立つ者の威厳を感じさせた。

「往くぞ! 『極北調査隊』改め『極行遣北使』(ノルデン・ボーテ)出発だ!」

 そして、最後に告げられた名前。それは冒険者達から寄せられた隊の名前候補を元に名付けられた、新しい呼称だった。
 冒険者達を加えた調査隊は、リカルダを先頭に慎重に洞窟を進む。中は相変わらず真暗であったが、コルリス達が持ち込んだ松明やランタンの灯で進むに不足はない。
「確かに人の手が加えられてるね」
「ああ、真っ直ぐだな」
 クレアとアーシェルが洞窟の造りを見て呟いた。
「情報ではこの先に壁画があるはずです」
 トーラが言う様にしばらく洞窟を進むと、以前発見された征竜の壁画がある場所に辿り着く。

「これだね、噂の壁画は」

 クレアが天井を見上げる。そこには確かに征竜と思しき壁画が描かれていた。
「これが本物の征竜なら、この道が極北に通じてる可能性が高くなるんだよな」
 クレアと共にアーシェルが天井を見上げる。
「うん、でも征竜なんて誰も見た事がないし、本物なのかどうやって――」
 と、クレアが悩ましげに呟くと。

「本物かどうかは、本物を知ってる人間に聞けば早いですよ」

 答えたのはトーラだった。
 トーラは一緒に連れて来たヒルルクを呼ぶと、天井を指さす。
「ヒルルク、この壁画は征竜様のものですか?」
「うーん……この絵を描いた人は多分征竜さまを見た事がないのね」
「え……という事はこれは征竜様じゃないんですか……?」
 壁画を見て首をひねるヒルルクに、トーラはまさかと驚いた。
「ううん、征竜さまの特徴は捉えてるわ。たぶん、人伝に聞いて描いたんじゃないかしら」
 そう答えたヒルルクに、一行は安堵する。
「それじゃ」
「ええ、本物だと思うわ。ちょっと雰囲気が違うから絶対かって言われたら困るけどね」
「いや、お前のその証言が何よりの道標だ。これで迷いなく進める」
 アーシェルはじっと壁画を眺めていたヒルルクの肩に手を置いた。
「確証が得られたようだな。やはり殿下の采配は正しかった」
 ヒルルクをこの場へと召喚した主人の事を思いリカルダが呟く。
「では進むぞ! ここから階段になっているはずだ、足元には細心の注意を払えよ!」
 一転、指示を出したリカルダが先頭となり、隊は再び洞窟を進み始めた。

●
「お話付けて来たよ!」
 トゥーリがキャンプ地に駆け戻ってきた。
「紋具、使っていいって!」
 乱れた息を整えたトゥーリは皆に向かってにかっと笑みを向ける。
「紋具……もしや、発熱用の紋具ですか?」
「うん! 暖房に使える紋具!」
 ハリスの問いに答えたトゥーリが改めて説明を始める。
 熱源として利用できる紋具がないかとリカルダに相談したトゥーリは、調理用紋具の使用許可を取り付けた。探索用にと持ち込まれた小型のものいくつかだが、それでも良ければとの話だった。
「探索用の小さいのだから火力はそんなに無いけど……使えそうかな?」
「そうだね。一先ずは薪との併用で火力を上げればいいんじゃないかな。本格的な冬が来る前にもう少しちゃんとした熱源を確保しないといけないかもだけど」
 トゥーリの問いにサニーが答える。
「そうか、紋具を熱源にか。これで熱源を確保できるのなら、あの計画が……」
「小型ですのでそこまでの効果は期待できないでしょうが、数を確保できればあるいは……」
 そして、二人の横ではスヴァンとハリスが光明を得たとばかりに話を進める。
「うん? いやしかし、熱源を確保できたとして、どうやって熱を建物に運ぶかですね。発熱させるだけでは、炉の周りしか温かくならない。各棟に置くのであればかなりの数の紋具が必要となる上に効率も……」
 と、ハリスはふと我に返り改めて考えた。
「うん、それね。ワタシ考えたんだけど、サウナを作ればどうかなって!」
「サウナ、ですか。中央に熱源を据えるのなら、それは悪くないアイデアだと思うのですが、それと暖房とはまた別の……はっ。もしや、水蒸気暖房をお考えですか?」
「すいじょうきだんぼう? なんだかよくわからないけど、サウナで出た温かいのをパイプか何かで回りの建物に運べないかな?」
 ハリスの言葉に首をかしげるトゥーリが図に放射状の線を引いていく。
「……悪くはない。それであれば予定通り熱源を一か所に固め火力を増せる。いや待て……どうやって熱を配分する? パイプの長さを考えると……」
 と、ハリスが図に視線を落とす。中央に熱源を設けても、その熱を運ぶ過程で冷えてしまう可能性が高かった。
「熱は上に向かうのだろう。ではこういう風にするのはどうだ」
 と、悩むハリスにスヴァンは地面に書かれた図とは別に、キャンプ地の断面図を描き始める。
「窪地……なるほど、流石スヴァン殿だ。熱源施設を土壁で覆い保温すると共に、配管を出来るだけ短くし最効率で各施設に熱を運ぶという訳ですね」
 詳しく解説してくれたハリスに頷いたスヴァンがさらに続けた。
「窪地を掘るにはかなりの人手が必要だろうが、それはここの住民をこき使……動員すれば何とかなるはずだ」
 スヴァンのアイデアにハリスは大きく頷く。
「何だか色々見えてきたね」
「うん、うまくいきそうな予感がするよ!」
 二人の建築巧者の表情を見て、サニーとトゥーリも頷き合った。

●
「ゆっくり慎重に進むよ!」
 コルリスを先頭に、調査隊は階段を慎重に下っていく。
 事前の調査で人工的な階段だと知らされていたが、その情報は違うことなく、実に歩きやすい。所々滑りやすい部分はあるが、コルリスが確認しながら下ってくれるおかげで、特にトラブルもなく奥へと進んでいた。

「リカルダ、少しいいか」
 隊の後方を歩いていたアーシェルがリカルダを呼ぶ。
「どうした、何か異変か?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ……その」
 自分で呼んでおいて言いよどむアーシェルにリカルダは首をかしげる。
 アーシェルはそんなリカルダを改めて見た。そして、その姿にふとある人物が重なる。
「気合を……入れてくれないか」
「随分突然だな」
 突然の申し出に一瞬驚いたリカルダだったが、アーシェルの瞳を見てすぐに頷いた。
「いいだろう、ただし手加減はできんぞ?」
「ふっ、望むところ――」

――バンッ!

「ぐふぉっ!?」
「ほう、折れないか。なかなか鍛えてるじゃないか」
 背中に手を回しうずくまるアーシェルに、リカルダは不敵に微笑みかける。
「アーシェル君大丈夫……?」
「あ、ああ……効いたぜ」
 ちょっと涙目なアーシェルに声をかけたクレアが手を差し出した。
「……リカルダ、ありがとうな。この恩は探索で報いる」
「ああ、期待しよう」
 立ち上がったアーシェルを見たリカルダは、今度は朗らかに笑った。

●
「見えたよ! 階段の終わり!」
 先頭のコルリスが声を上げる。
 階段を下り始めて30分ほど。一体何段下ったのかわからない程の距離を降ってきた。
「ここからは天然の洞窟のようですね」
 と、コルリスに並んだトーラがランタンを高々と掲げる。
 そこは天然の鍾乳洞だった。ランタンの光では天井がぼやける程に高い。
「でも道は続いてるみたいだね。これなら歩くのにもそんなに支障は無さそう」
 更に前に出てきたクレアが鍾乳洞の様子を見て呟いた。

 冒険者達は探索スキルを使い鍾乳洞を調べ始める。そして、鍾乳洞内に敵性体や罠などの危険はないと判明した。
 一行は調査結果に安堵し、再び前進を始めるが――。

――どさっ。

 突然、隊員の一人が前のめりに倒れる。
「えっ!? しっかりしてください! どうしました!?」
 トーラが慌てて駆け寄るも、隊員達は次々と膝を折り息を荒くしていた。
「……もしかしてガス? ううん、これは……空気が薄い?」
 トーラが隊員達の症状に原因を推測する。確かに少し息苦しくあった。
 様々な耐性を持つ授恵者であっても、徐々に息苦しくあるのだから、一般人である隊員達はさぞ苦しいだろう。一先ず、隊員達の安全を確保するために階段まで退いた調査隊は改めて今後の方針を話し合う。
「下って来たのに空気が薄いか……これはこの一帯のエーテルが変異しているのかもしれんな」
「環境に影響を与えるほどのエーテルの変異か……流石、極北に近い地というだけはあるな」
 リカルダの呟きにアーシェルが神妙に頷いた。後ろではヒルルクが「極北ならこんなの普通よ?」とか言ってるが、一先ず無視。
「空気が薄いって事は、火とか使わない方がいいのかな……?」
 コルリスは今まで辺りを照らしてくれていたランタンや松明を見る。
「そうだな。ここからは火の使用は控えた方がよさそうだ」
 リカルダの返事に頷いたコルリスは、ランタンを消そうとしてふと手を止めた。
「……そうだ! 階段の壁とかに設置して灯にするのはどうかな!」
 そして、改めて灯の使用方法を提案する。
「そうだな。何度も通る道だ。灯があるのは助かるな」
「だよね! それじゃ早速!」
 と、リカルダの賛成を得て、コルリスは階段と洞窟に照明を設置しに戻っていった。

「さて、問題はこの先だな」
 コルリスを見送り、残った者達は改めて鍾乳洞の奥を見る。
「ボクに提案があるんだけど」
 と、手を上げたのはクレアだった。
 クレアは単身先行しようと提案する。自身に呼吸耐性があり、照明用のスキルや索敵が可能だと添えて。
 アーシェルを筆頭に最初は反対意見も出たが、それ以上に有効な提案がなかったため、クレアの案が採用される事となった。

「いいな。絶対に無茶はするなよ。危険を感じたらすぐに戻ってくるんだ」
「もぉ、アーシェル君は心配性だなぁ。大丈夫だよ。ボクだって素人じゃないんだから」
「わかってる……お前の実力は俺が一番よくわかってる。だがな……」
「……ここにキミが居てくれるんでしょ?」
 と、クレアは不安に表情を歪ませるアーシェルを覗き込む。
「頼りにしてるからね」
 そう言ってアーシェルの身体に拳を当てたクレアは、ロープの端を手に取ると慎重に鍾乳洞を奥へと進んでいった。

●
「設置終わったよー! って、まだ戻ってきてないの?」
 クレアの帰りを待つ一行の元に、先にコルリスが戻ってきた。
「まだですね。ロープは出て行っているので無事進んでいるとは思うのですが」
 答えたトーラ。クレアが端を持って行ったロープは絶え間なく繰り出されている。
「もうすぐ500mか」
 ロープの端をじっと握りしめるアーシェルがぽつりと漏らす。持ち込んだロープも随分と心許なくなってきた。
「まだか……」
「焦るな。友なのだろう? ならば信じてやれ」
 リカルダがぐっとロープを握るアーシェルの肩に手を添えた、その時だった。

――クイッ。

 アーシェルの握るロープが力強く引かれる。
「……突破したのか!」
 アーシェルはそう声に出すと鍾乳洞の奥を見つめた。すると――。
「光(エンライト)です!」
 トーラが鍾乳洞の奥深くで灯る、エーテルの光を確認する。この二つの合図はクレアが事前に決めていた合図だった。
「よーし、それじゃロープを固定しちゃおう!」
 と、コルリスがロープの端を適当な太さの鍾乳石へと巻き付け固定する。これで、ロープを辿ればこのエリアを抜けられるはずだ。

 しばらくして、クレアが戻ってきた。
「あったよ。奥には――」
 どことなく元気がないように感じるのは無呼吸での行軍がたたったせいだろう。
 それでもクレアは鍾乳洞を突破した先にあったモノを報告し始めた。

「泉……?」
「うん、泉。飲める水だったよ」
 リカルダの言葉にクレアが頷く。
「水源を確保できるのはありがたいな。そこは前線基地になりそうだ」
「敵や罠はありませんでしたか?」
 トーラの問いに、クレアが首を振った。
「うん、居ない。中継地点としてはいいと思う。それにキャンプした痕跡もあったよ」
 継いで出た報告に辺りがざわついた。
 キャンプの痕跡という事は、ここを通り先へと進んだ者がいるという証左。
「あと、詳しくは見れなかったけど壁画っぽいものもあった。字も書いてあったけど、ごめん、読めないかった」
 と、クレアは続けて報告するが、だんだんと息が上がってくる。
「ごめん、ちょっとダウンする……」
「ああ、よくやった。ゆっくり休め」
 報告を終えたクレアは、アーシェルの腕に抱かれゆっくりと瞳を閉じた。
「……リカルダ。先は任せられるか」
「ああ、問題ない。連れて帰ってやれ。ついでにうちの奴等もキャンプに戻してやってくれると助かる」
「ああ、任された」
 アーシェルはクレアを腕に抱えると、階段で休んでいた隊員達を合流させキャンプ地へと戻っていった。

「さて、我々は先に進むか」
「そうですね、拠点にするとしても、出来るだけ情報を持ち帰って必要なものの算段を付けなければいけません」
 残ったのはリカルダ、トーラ、コルリスの三名。ヒルルクは既に村へと引き上げている。
 三人はリカルダを先頭にロープを伝い鍾乳洞を踏破し、クレアの報告にあった場所へと向かっていった。

●
 その日の夜――。
 集会場へ集まった面々は互いの成果を報告し合う。
 リカルダが中継地点となり得る場所の発見と、そこにあった痕跡を。
 クルートがキャンプ地の図を示しながら大まかな建設計画を。
 それぞれが報告した内容をトーラが報告書へと纏めていった。

「やっぱり司令部もいるかな、後、装備の整備場」
「整備場は欲しいね。きっと過酷な探検になるし」
 サニーの更なる提案にトゥーリが頷く。
「司令部はいずれ訪れる皇子殿下の為ですね」
「あと、防衛設備もいずれは必要かなって思うよ。皇子が絡んでくる案件だし、メドゥも動くかもしれない」
 ハリスの問いにサニーが答えた。

「エクレールさんは大丈夫そう?」
「ああ、クルススの家を借りて眠ってる。明日になれば回復するだろう」
「そっか、よかった」
 答えたアーシェルに、コルリスは安堵する。

「征竜か……本当にいるのだろうな」
「なによ、まだ疑ってるの?」
「お前の言葉を信じないわけではないが……この眼で見るまで信じられんたちでな」
 そう言ったスヴァンをヒルルクはしばらく見つめていた。

 こうして始まった極北を目指す旅。
 道行はまだ遠く果てしない。しかし、着実に一歩ずつ近づいている事もまた事実だった。
 これからどのような困難が『『極行遣北使』(ノルデン・ボーテ)』を待ち受けているのか、それはまだ誰も知らない――。

マスターコメント

依頼おつかれさまでした! OP中に温泉とか書いておきながら、ごめんなさい。あの辺りに温泉はわかないみたいです(土下座 代わりにサウナ案を採用させていただきました。某PC様が提案された施設の中央に熱源を配置する案は、目から鱗なアイデアでしたので、これは生かさねばと建築・土木持ちのお二方に頑張っていただきました。 熱源確保の目星はある程度つきましたが、やはり冬に向けての熱源としては弱いです。薪の調達がしにくい土地ですしね。『例の計画』を推進する為にも、もっと大きな熱源確保が必須になってくるでしょう(はい、シナリオアイデア生まれましたよ!) 探索の方は無事にエーテルが不安定なエリアを突破出来ました。しかし、こちらも課題が色々とありますね。授恵者は何とでもなりますが、一般人である隊員をどう踏破させるかも今後の課題の一つかと思います。まぁ、500mなので息止めて走ればいいんですけど、物資を運ぶとなると……。 それから、極北調査隊の名称に応募ありがとうございました! お二方から案をいただけたので、足して二で割ってからアドリブを振りかけて、あんな感じになりました! 行くぜ、『極行遣北使(ノルデン・ボーテ)』!
ショートEX

ショートEX普通 報酬:標準8 / 4〜8人

2021年07月27日 17時54分39秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. リカルダ=C=アーレンス

    極北調査隊(仮)の指揮官リカルダだ。 冒険者の諸君、よく来てくれたな。 共に未踏の地である極北を目指して邁進していこう。 よろしく頼むぞ。

  2. スヴァン=ウォルフ=ユーウェン

    ウォーリアのスヴァンだ、よろしく頼む。 洞窟、極北への道……と大々的に言っているようだが。 これで最後まで道が繋がっていなかったらどうするつもりだろうな。 まあ極北まで行けずとも……村が発展すれば良いに越したことはないのだろうが。 俺はカカオ農園を、いや、暖を取れるような施設があれば良いだろうか? 宿でも提案するか… ……ところで、俺の家で呑気に茶を飲んでいる奴がいるようだな……(ヒルルク)

  3. ヒルルク

    うん? 呼んだ? あ、スヴァンじゃない。いらっしゃい。お茶でも飲んでゆっくりしていくといいわ!

  4. トーラ

    トーラです。 よろしくお願いします! ここは寒いから熱いお茶が美味しいですねぇ。 あ。お邪魔してまーす。

  5. ヒルルク

    あ、いらっしゃい、トーラ。 狭い所だけど、ゆっくりしていってね(お茶出し

  6. クレア・エクレール

    シーフのクレアだよー、よろしくよろしくー!! 洞窟の探検楽しみだねぇ、極北冒険する為にも頑張るぞー! あ、ボクにもお茶ちょーだい♪ そんなわけでボク自身は洞窟内の探索の方に力入れようかなって思ってたけど、ベースキャンプの設営もちゃんと手伝うよー。 暖をとれる場所は欲しいよねぇ。 お宿に温泉なんかもついてると疲れた体を癒せそう! それと調理場的な場所と貯蔵庫作っておくと、保存食作りとか食料備蓄出来て良いかなって思ったよー。

  7. ハリス・アル・ターミル

    ハリスと申します、どうぞ宜しく。 フェンガリには以前足を運びましたが、いやはやこの村が極北へと通ずる玄関とは。 洞窟探索が首尾よく運べば、今後の展望も一気に開けるでしょう! >行動 一応暗視や発光なども持ってはおりますから、洞窟探索にも同行は可能ですね。 とはいえ探索に関しては専門的な技能を持つ方に任せるべきとは思いますが。 建築に関しては資材の活用や設計等についても一通りは心得ております。 私は大工仕事の側に回りつつ、洞窟では発光する前衛として活動しましょうか。 >ヒルルク殿、リカルダ将軍 交流会の方でもお会いしましたが、改めて宜しくお願い致します。 ああ、お茶は頂きます。この地はリザードマンにとっては本当に厳しいですね… (出処不明の毛皮を羽織りなおす(←

  8. ヒルルク

    >クレア いらっしゃい! えっと……クレアって言うのね。初めまして、ヒルルクよ! 狭い所だけど、どうぞどうぞ座ってって! >ハリス ハリス、ね。よろしく、ヒルルクよ! あなたも飲む? ええ、待ってて淹れてくるわ。 ……(毛皮チラッ

  9. サニー・フォン・オルライト

    ん、サニー・フォン・オルライト よろしくね? とりあえず必須なのは宿舎と物資集積所と調理場は最優先、かなぁ あとは司令部とか調査隊の装備を整備する所とか まぁその辺りは今後の調査隊の規模によって追々ね あ、そうだ Q1.解説欄に調査隊は10+2名って書いてあるけど、これ以上人員が増える予定はない? それとも今回のは先遣隊で、今後追加人員があり得る? あり得るならわかる範囲で規模を教えてもらえると嬉しいかな

  10. リカルダ=C=アーレンス

    サニーか、よろしく頼む。 A1: ああ、調査隊は我々11名、そしてヒルルクだけだな。 今の所追加要員の予定はない。ヴィントがあの状態だからな、悪いが帝国軍からはこれ以上の人員は割けない。 今度、どうしても帝国側の人員を必要とする案件が発生すればその限りではないが、今はないものと思ってくれ。

  11. トゥーリ

    トゥーリだよ、よろしく! キャンプの設営と洞窟の探索は出来るなら手分けをした方が効率が良さそうかな? 洞窟から設営に必要な石とかの資材が採れるといいね なんにしても、あったかいお茶とか休んだりするところが大事なのはもちろんだよね うーん、この間作った給仕リヤカーの改良版でも考えてみようかな?

  12. コルリス

    ドリームランド、フェンガリ♪ 即製ウォーリアのコルリスだよ。 宜しくね。

  13. リカルダ=C=アーレンス

    >トゥーリ >コルリス よく来てくれたな、歓迎するぞ。 確かに目的が二つある以上、どちらかに偏り過ぎるのもまずいだろう。 我々調査隊(帝国軍)は洞窟の調査をメインに行う。ベースキャンプの設営はフェンガリの住民達が主だってやることになるだろう。 どちらに就くかは各々に任せるので、頼んだぞ。

  14. コルリス

    リカルダさん、宜しくね。 あたしは、探索に行きたいなー。

  15. スヴァン=ウォルフ=ユーウェン

    ふむ、そうだな。目的が2つある以上、分担して効率良く動くべきだろう。 俺は……「極北調査隊(仮)のベースキャンプ設営&施設の提案」側に就くとしようか。 長期に渡る調査と探索が予想されるだろうから、ベースキャンプと言えどしっかり造らねば。 施設は……宿舎と物資&資材集積所、調理場、貯蔵庫に……浴場もあった方が良いだろう。 流石に建材が足らないだろうから村人をこき使っ……働いてもらうか。

  16. クレア・エクレール

    どっちかの行動に重きを置くならボクはやっぱり探索かなー。 まず明かりは必須でしょ。 あとは奥にあるエーテルのおかしな空間抜ける為に呼吸耐性とか用意しておこうかなって考えてる。 ただこのスキルデメリットも大きいんだよね。 動けなくなったところ何かに襲われても嫌だし、捜波走らせて敵影とかなさそうなのを確認してから進む予定ー。 道中の邪魔な石とかは建材として利用出来るかもしれないから、キャンプの方に送れるようにしておきたいね。 村人さんで手が空いてる人がいれば洞窟入口から運んで貰うの手伝って貰ったりとか。

  17. アーシェル・G・クライン

    挨拶が遅くなって悪ぃ。 アーシェルだ。よろしくな。 ……ヒルルクはスヴァンの家を自分の家だと思ってそうだな( リカルダはこっちでもよろしく頼む(硬い表情で軽く頭を下げる) >メイン ベースキャンプ関係と洞窟の探索はどちらかに重きを置く、だな。了解だ。 クレアが腹を冷やさねぇかとか、うっかりドジをやらかさねぇか心配だから、俺は洞窟の探索をメインに動かせてもらうな。 >ベースキャンプ 温泉はとてもいいな。 冷えた体を温められたら探索隊もフェンガリの住人も喜ぶと思う。 保存食と言ったら干し肉だな。 ハーブや調味料で味を変えたら飽きずに食えそうだ。 魚だと鮭は油も採れるしいいと思う。 カカオ園は寒くて木が凍りそうだが、小屋の中で温めながら育てれば希望はあるかもしれねぇな。 >洞窟探索 暗視と看破で怪しい場所や危険な場所を探してみようと思ってるが、超視覚か超聴覚と暗視を入れ替えるかもしれねぇ。 クレアが呼吸体制のデメリットで動けなくなった時に奇襲されたら、守ってやるから安心しろ。 抱えて移動するのもなんてことねぇしな。 石を建材として使うのはいいアイディアだな。 探索が終わって帰る時に入り口まで運ぶ力仕事は任せてくれ。 エーテルが濃い場所だと酸欠が心配だ。 適度に休憩を取りつつこまめに水分を補給するのが大事だな。 呼吸の仕方も鼻から吸って口をすぼめて強く息を吐くのがいいらしい。 それと体を冷やすのも血流が悪くなって酸欠になりやすくなる。 しっかりと防寒対策をしてかねぇとな。

  18. トーラ

    わたしも探索に行ってみようと思います。 エーテル変異の原因(変容させている紋具とか)が分かれば対策も取れそうですけど、探波だと射程が短いから調べるのは難しそうですね…。 空間事態が変異して対処後難しい場合、耐えて進む必要があったりするんでしょうか。 授惠者なら10ターン(非戦闘時で36ターン)無呼吸で行動できますけど、その間に抜けれてその先が安全ならいいんですけど…。 >ヒルルク あんまり我が物顔で振る舞わないようにね?(でもお茶は貰う)

  19. ヒルルク

    >アーシェル いらっしゃい、ゆっくりしていってね!(お茶ずずず >トーラ 寛いでくれたらいいって言ってくれたから、遠慮なく寛いでるわ。あなたも寛いでるじゃない?

  20. クレア・エクレール

    アーシェル君はフォローありがと! そうそう、エーテルが変質してる原因が空間の手前か中にあって、それをどうにか解除出来ればいいんだけど……それが問題の空間の先にある場合や見つけられなかった時、対処方法がわからなかった時はどうしても耐えて進まなきゃいけなくなると思う。 ただ抜けるだけなら10ターンで済むかもしれないけど、調査しながらだと厳しくなるかも。 空気の薄い場所なら走ったり、動き回ったり沢山喋ると消耗しやすいからハンドサインやテレパスで意思疎通したりするといいかな? うーん、スキルの取捨選択が悩ましいなぁ。 空間を抜けた後消耗した状態で更に調査進めるなら、この空間での調査は通過するついでに出来る範囲に留めて、なるべく消耗抑えた状態で空間を抜けること優先した方が良いかもしれない。 ただこの空間をどうにかする為には集中的に中を調べる必要があるかもだし、消耗具合や状況によって一旦休憩して更に進むか戻るかの判断は迫られそう。

  21. トゥーリ

    極北……さむいのかな? 寒いときにはサウナだって聞いたよ! 断熱しっかりしたら「ほどほど」な資材でも作れるかな、薪とか足りなくなっちゃうかな……

  22. コルリス

    スヴァンさん、交友受理ありがとね♪ 今までは、黒猫さんだと思ってたよ。 クレアさん、よろしくね。 洞窟内からの運搬は、兵士さんに要請するほうが良くないかなー?

  23. サニー・フォン・オルライト

    ん、じゃあエクレール君とトーラ君が洞窟の方に行ってくれるみたいだし、私は設営の方に向かおうか 一先ず追加人員の予定はないっていうから、生活設備に関しては調査隊+冒険者10人分くらいの設備があればよさそう。依頼を受けた人たちはここを使うだろうしね 私が指示する設備関しては前に挙げたものが主かな。物資集積所は目的種別毎に分けて、わかりやすいように サウナとか温泉とかの入浴施設に関してはそっちに任せちゃうね

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0