国境は易く越えれど
鮎川 渓
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シナリオID:486
オープニング
●経緯
『俺達は帝国につく』
ドン・ゴーフルが放ったこの一言は、各国の代表者達を驚愕させた。
各国が帝国への支援を惜しまないのは、なにも人道的な理由ばかりではない。帝国の領土を奪還したあかつきには、見返りとしてその領土を頂こうという腹積もりだ。その分配を巡り牽制し合っていたところへ、ドン・ゴーフル――マフィア『ブラックデス』の首領であるばかりでなく、ゴールディの影の王――が乗り込んできたのである。
限られたパイを分ける相手は少ないほど良い。新たな参入者の登場は、当の帝国以外には歓迎されざるものだった。
●小難しい話はさておいて
一羽のビッグオウムが、帝国・ヴァイセントラフ砦方面を指して飛んでいく。それを繰るのは、冒険者ギルドへビッグオウムの世話役として派遣されている、ブラックデスの構成員・ゴブチィだ。
けれど、今回運んでいるのは冒険者達ではない。帝国への支援のひとつとして、ゴールディから送られてきた一組の人足達だった。
上空の風は身を切るように冷たい。温暖な大樹海出身者には堪えるだろうと(彼女自身もそうなのだが)、ゴブチィは人足達へ声を張る。
「凍えないように、チっかり毛布被ってるンよ!」
人足達は毛布を頭まで被って俯き、顔を上げる者はない。ゴブチィは密かに溜息を零した。
ドン・ゴーフル、そしてブラックデスの手引で帝国へ向かう人足達だが、彼らは構成員ではなく少々ワケアリのゴールディ市民。そしてゴブリン種であるが故に、他種族から差別を受けた経験を持っていた。
住み慣れたゴールディを離れ、帝国の最前線へ送られる彼らの憂悶の深さは如何ばかりか。
(まあ、不安なキモチは分かるケド)
それでもドン・ゴーフル配下の者として、ゴブチィは言っておかねばならなかった。
「皆は言ってみれば、あのドン・ゴーフルさまの名を背負って来てるンよ。チっかりお勤めに励むン!」
すると、「ゴギャギャッ」と粗野な笑い声が返った。毛布から顔を突き出したのはホブゴブリンの兄弟だ。
「ブラックデスの姐さんよぉ。今更ンな事言われんでも、オラ達みぃんなゴールディにゃ居場所がねぇから来てんだ」
「んだ、何としてもこっちでうまくやってやんべよ」
それに、と兄弟は拳を握る。
「帝国ってのは、力がありゃ種族に関わらず立身出世が叶うんだべ? それがお題目じゃねぇってんならよぉ……ゴブリンでも叶うはずだよなぁ? オラ達ぁやるだ!」
「バリバリ働いて、オラ達を見下してた他種族見返してやるだ!」
「えぇっと、」
ゴブチィは人足達の経歴を思い返す。このホブゴブリン兄弟は、博打打ちのゴズゥとメズゥ。ブラックデス管轄の賭場で負けが込み、膨れ上がった借金のカタとして人足となった。負けん気で不安を跳ね除けるのは構わないが、他種族憎しで問題を起こしては堪らない。
「見返すのは働きぶりでね? 手を出チたら絶対にダメなンよ!」
とゴブチィは念押しした。すると緑肌のゴブリナもおずおずと顔を上げる。
「ゴールディから逃してくれたドンやサチコ様には感謝してるわ……精一杯頑張って帝国で生きていくつもりよ」
このゴブリナはナジ。小さな飯屋を切り盛りしていたが、別のマフィアがさる国の要人に薬物を卸す現場を目撃したがため、命を狙われる羽目になってしまった。マフィアに目をつけられた小市民が、ゴールディで生き抜くことは難しい。そこで、より大きなマフィアであるブラックデスの手を借り、人足となることで密かに出領を果たしたのだった。
持ち前の誠実さで不運と不安を乗り越えようとするナジに、ゴブチィはしっかりと頷き返す。
(ナジは大丈夫。ゴズゥとメズゥの兄弟も、仕事はちゃんとするハズ。気がかりなのは……)
ゴブチィは毛布を被ったまま身じろぎもしない4名へ視線をやり、また小さく溜息をつく。
ゴブチィ自身も、彼らの受け入れ先である砦の工兵達がどんな人々か分からない。差別思想の強い人々なのか、それとも――
間もなく帝国領に差し掛かる。ビッグオウムは強靭な翼で、ヒトが引いた国境をいとも容易く越えていく。
(……きっとだいじょぶなン)
ゴブチィは出立前、自らの出向先である冒険者ギルドへ依頼を出してきていた。
――『人足達が砦の人達に馴染めるよう、作業初日に立ち会ってください』と。
●こっちだって不安なんだが?
「来たぞ、ビッグオウムだ!」
一方、彼らの受け入れ先である工兵小隊、そして建前としては「作業手伝い」の名目でやってきた冒険者達は、ヴァイセントラフ砦からほど近い小さな砦にいた。
この小砦はヴァイセントラフ砦近郊に散らばる砦群のひとつで、傷んで使えなくなっていたものの、直そうにも人手が足らず放置されてきた。人足が来るとのことで、ようやく修繕に着手できる運びとなったのである。
工兵のひとりがボソリと言った。
「ゴブリン種か……大丈夫ですかね?」
それを皮切りに不安の声があがる。
「俺、これまでゴブリン何体射てきたか分かんねぇよ……」
「言葉は通じるんだよな?」
囁き交わされる部下達の言葉に、老兵のジン小隊長は呵呵と笑った。
「なぁに、このクソ忙しいクソ危険な前線に働きに来てくれるんじゃ、悪餓鬼だろうが札付きだろうが有り難いわい。この小隊で仲良くやっとるクセに、小っさい事で悩むな」
小隊にはジンと同じヒューマンの他、ドワーフやハーフビーストの姿もある。種族間の垣根は最初こそ多少はあったものの、今では隊員同士の信頼も厚い。「さりとてなぁ」とジンは白髭を撫で独りごちる。
「何せワシらにとって、冒険者以外のゴブリン種は、言葉の通じぬ敵でしかなかったからの……これまで乗り越えてきた『種族間の垣根』とは、いささか勝手が違うでな。共に作業していく中で、うまいこと”こみゅにけーしょん”が取れれば良いんじゃがの」
ジンはちらりと冒険者達を見た。その視線には、明らかに期待が込められていた。
『俺達は帝国につく』
ドン・ゴーフルが放ったこの一言は、各国の代表者達を驚愕させた。
各国が帝国への支援を惜しまないのは、なにも人道的な理由ばかりではない。帝国の領土を奪還したあかつきには、見返りとしてその領土を頂こうという腹積もりだ。その分配を巡り牽制し合っていたところへ、ドン・ゴーフル――マフィア『ブラックデス』の首領であるばかりでなく、ゴールディの影の王――が乗り込んできたのである。
限られたパイを分ける相手は少ないほど良い。新たな参入者の登場は、当の帝国以外には歓迎されざるものだった。
●小難しい話はさておいて
一羽のビッグオウムが、帝国・ヴァイセントラフ砦方面を指して飛んでいく。それを繰るのは、冒険者ギルドへビッグオウムの世話役として派遣されている、ブラックデスの構成員・ゴブチィだ。
けれど、今回運んでいるのは冒険者達ではない。帝国への支援のひとつとして、ゴールディから送られてきた一組の人足達だった。
上空の風は身を切るように冷たい。温暖な大樹海出身者には堪えるだろうと(彼女自身もそうなのだが)、ゴブチィは人足達へ声を張る。
「凍えないように、チっかり毛布被ってるンよ!」
人足達は毛布を頭まで被って俯き、顔を上げる者はない。ゴブチィは密かに溜息を零した。
ドン・ゴーフル、そしてブラックデスの手引で帝国へ向かう人足達だが、彼らは構成員ではなく少々ワケアリのゴールディ市民。そしてゴブリン種であるが故に、他種族から差別を受けた経験を持っていた。
住み慣れたゴールディを離れ、帝国の最前線へ送られる彼らの憂悶の深さは如何ばかりか。
(まあ、不安なキモチは分かるケド)
それでもドン・ゴーフル配下の者として、ゴブチィは言っておかねばならなかった。
「皆は言ってみれば、あのドン・ゴーフルさまの名を背負って来てるンよ。チっかりお勤めに励むン!」
すると、「ゴギャギャッ」と粗野な笑い声が返った。毛布から顔を突き出したのはホブゴブリンの兄弟だ。
「ブラックデスの姐さんよぉ。今更ンな事言われんでも、オラ達みぃんなゴールディにゃ居場所がねぇから来てんだ」
「んだ、何としてもこっちでうまくやってやんべよ」
それに、と兄弟は拳を握る。
「帝国ってのは、力がありゃ種族に関わらず立身出世が叶うんだべ? それがお題目じゃねぇってんならよぉ……ゴブリンでも叶うはずだよなぁ? オラ達ぁやるだ!」
「バリバリ働いて、オラ達を見下してた他種族見返してやるだ!」
「えぇっと、」
ゴブチィは人足達の経歴を思い返す。このホブゴブリン兄弟は、博打打ちのゴズゥとメズゥ。ブラックデス管轄の賭場で負けが込み、膨れ上がった借金のカタとして人足となった。負けん気で不安を跳ね除けるのは構わないが、他種族憎しで問題を起こしては堪らない。
「見返すのは働きぶりでね? 手を出チたら絶対にダメなンよ!」
とゴブチィは念押しした。すると緑肌のゴブリナもおずおずと顔を上げる。
「ゴールディから逃してくれたドンやサチコ様には感謝してるわ……精一杯頑張って帝国で生きていくつもりよ」
このゴブリナはナジ。小さな飯屋を切り盛りしていたが、別のマフィアがさる国の要人に薬物を卸す現場を目撃したがため、命を狙われる羽目になってしまった。マフィアに目をつけられた小市民が、ゴールディで生き抜くことは難しい。そこで、より大きなマフィアであるブラックデスの手を借り、人足となることで密かに出領を果たしたのだった。
持ち前の誠実さで不運と不安を乗り越えようとするナジに、ゴブチィはしっかりと頷き返す。
(ナジは大丈夫。ゴズゥとメズゥの兄弟も、仕事はちゃんとするハズ。気がかりなのは……)
ゴブチィは毛布を被ったまま身じろぎもしない4名へ視線をやり、また小さく溜息をつく。
ゴブチィ自身も、彼らの受け入れ先である砦の工兵達がどんな人々か分からない。差別思想の強い人々なのか、それとも――
間もなく帝国領に差し掛かる。ビッグオウムは強靭な翼で、ヒトが引いた国境をいとも容易く越えていく。
(……きっとだいじょぶなン)
ゴブチィは出立前、自らの出向先である冒険者ギルドへ依頼を出してきていた。
――『人足達が砦の人達に馴染めるよう、作業初日に立ち会ってください』と。
●こっちだって不安なんだが?
「来たぞ、ビッグオウムだ!」
一方、彼らの受け入れ先である工兵小隊、そして建前としては「作業手伝い」の名目でやってきた冒険者達は、ヴァイセントラフ砦からほど近い小さな砦にいた。
この小砦はヴァイセントラフ砦近郊に散らばる砦群のひとつで、傷んで使えなくなっていたものの、直そうにも人手が足らず放置されてきた。人足が来るとのことで、ようやく修繕に着手できる運びとなったのである。
工兵のひとりがボソリと言った。
「ゴブリン種か……大丈夫ですかね?」
それを皮切りに不安の声があがる。
「俺、これまでゴブリン何体射てきたか分かんねぇよ……」
「言葉は通じるんだよな?」
囁き交わされる部下達の言葉に、老兵のジン小隊長は呵呵と笑った。
「なぁに、このクソ忙しいクソ危険な前線に働きに来てくれるんじゃ、悪餓鬼だろうが札付きだろうが有り難いわい。この小隊で仲良くやっとるクセに、小っさい事で悩むな」
小隊にはジンと同じヒューマンの他、ドワーフやハーフビーストの姿もある。種族間の垣根は最初こそ多少はあったものの、今では隊員同士の信頼も厚い。「さりとてなぁ」とジンは白髭を撫で独りごちる。
「何せワシらにとって、冒険者以外のゴブリン種は、言葉の通じぬ敵でしかなかったからの……これまで乗り越えてきた『種族間の垣根』とは、いささか勝手が違うでな。共に作業していく中で、うまいこと”こみゅにけーしょん”が取れれば良いんじゃがの」
ジンはちらりと冒険者達を見た。その視線には、明らかに期待が込められていた。
解説
【目的】
表向きは「小砦の修繕作業手伝い」としてやって来た冒険者です。しかしてその実態は。
ゴブリン種の人足7名が、受入先の工兵小隊と上手くやっていけるよう、作業初日に立ち会いサポートしてください。
【場所】
帝国・ヴァイセントラフ砦近郊にある砦群のひとつで、石壁と空堀に囲まれた小さな砦
【人足】
ゴールディからやって来たゴブリン種達。全員非授恵者
●ゴズゥ・メズゥ兄弟(ホブゴブリン)
元博打打ち。力もやる気もありますが短慮で短気。彼らなりに防寒対策をしてきたところ、獣の毛皮をごてごて巻きつけており、野生のゴブリンと見紛うような外見
●ナジ(ゴブリナ)
不運な事情からゴールディに居られなくなってしまった一般市民。真面目に頑張ろうとしますが、力はありません
●その他のゴブリン達
ゴブリン3名、ホブゴブリン1名。他種族、特にヒューマンから手酷い差別扱いを受けてきた面々で、とにかく萎縮し怯えています。言いつけられた仕事は必死にやりますが、自ら口を開くことはないでしょう
【工兵小隊】
人足達の受入先である工兵小隊
ヒューマン・ドワーフ・ハーフビーストで構成されており、種族間の垣根はありません
しかし、ゴールディから遠く離れた帝国暮らしのため「話が通じるゴブリン」に接した経験が乏しく、「ゴブリン=敵性種族」という固定観念があり戸惑っているようです
(冒険者のゴブリン種に関しては、種族よりも『冒険者』という立場で認識しているようです)
●ジン小隊長(ヒューマン)
白髭を蓄えた老兵。工兵畑一筋で、剣よりもスコップや槌を振るう方が得意
●ドルマー(もぐらのハーフビースト)
小隊唯一の女性工兵
【当日の流れ】
昼食を挟み、午前~日暮れまで2班に分かれ作業に当たります
・空堀班→ジン小隊長指示のもと、空堀に溜まった土砂を掻き出し、砦外へ運んで捨てます
・兵舎班→ドルマー指示のもと、修繕期間中の寝床を確保すべく、兵舎の清掃や壊れた備品の処分をします
人足達の班分けは、ホブゴブリン→空堀班、ゴブリン・ゴブリナ→兵舎班へと、ジンは考えているようです。冒険者達も基本的にはどちらかの班で作業となりますが、人足達の班分けも含め、やりたいこと・試したいことなどの提案があれば柔軟に受けつけます
【昼食について】
食料が乏しい現状ですが、心尽しの貴重なチキン入りスープとパンの用意があります
マスターより
鮎川と申します。久しぶりの依頼で緊張気味ですがよろしくお願いします。
さて、先達て公開されたリプレイ『ドンだけど何か質問ある? 俺ァある。(ムジカ・トラスMS)』、そしてTOPページでの各国代表者達の会合の流れを受けて、ゴールディから帝国へとゴブリン種の人足達がやって来ました。
小難しいことはさておいて、ともあれ人足側・受入側も戸惑いや不安があるようです。1日作業していく中で、両者がうまくやっていけるようそれとなくサポートしてあげてください。上記依頼への参加不参加は問いません。どなたでも大歓迎です。
人足側・工兵側どちらに働きかけるのか、どちらの班と行動を共にするかなど、分担するのも手です。やりたいことをしてみてください。
ちなみに、人足達を連れてきたゴブチィは、ギルドでの仕事があるため同席しません。
それでは、皆様のご参加・プレイング、心よりお待ちしております。
リプレイ
●邂逅
人足達を乗せたビッグオウムが舞い降りると、翼が起こす風が地吹雪となり視界を遮る。――と、
「ゴギャギャ、やるぞぉ!」
雪煙を突き破り、2人のホブゴブリンがこちらへ突進してきた。ゴズゥとメズゥの兄弟だ。おまけに兄弟が、毛皮を巻きつけただけの野性味溢れる出で立ちだったものだから、工兵達は色めきだった。
「敵なのか!?」
「畑を荒らすゴブリンそのものじゃないかっ」
兵の何人かが得物に手をかけようとするのを見、ミーミル・ロッポラとベルク・オスマットは即座に駆け出す。何かあれば体を張ってでも止めようと決めていたミーミルは、自分の倍もありそうな体躯の兄弟の前へ怯まず飛び出し、にっこり笑って腕を広げた。
「待ってたよ! ビッグオウムで来て、寒かったんじゃない? ボクも冒険者ギルドからお仕事受ける時はあれに乗ったことがあるんだけど、その時はもう凍えちゃってさー」
「お、おう」
ミーミルの朗らかな笑顔と話しぶりに、勢いづいていた兄弟もすっかり呑まれた。足が止まる。すかさずベルクが脇へ回り込み、兄弟の腕をポンと叩く。
「さてはて、深森より来たりし民が森の外縁より引き離されて、どこまで士気を保てることやら――と、少々気を揉んだが杞憂だったようだな」
でもな、と声を潜め、2人に耳を傾けさせる。
「その勢いでは工兵達を驚かせてしまうぞ? 体力は作業が始まるまでとっておくと良い」
「ンだな!」
2人が兄弟を宥めている間に、ネーアとユーリス・レインフォードは残りの人足達を迎えに行く。ナジが同じゴブリナのネーアを見てホッと頬を緩める一方、くたびれた外套姿のゴブリン3人とホブゴブリンは、人間のユーリスを認めるや怯えて俯いてしまう。
参ったなとユーリスは密かに苦笑した。
(皆何某か抱えているようだとは思っていたけど……この4人が抱えているものは相当根深いようだ。……まあ、焦らずにいこうか)
ユーリスは彼らを怯えさせないよう、下がった位置から気をつけて降りるよう声かけするに留めた。
全員が降りて離れると、ゴブチィは冒険者達へ密かに目配せし飛び立っていく。それにしっかり頷いて応えたネーアは、オレンジキャンディのような瞳をくりくりさせて、ナジ達を小隊のもとへ案内する。
「ドン・ゴーフルさまのお使いで帝国のお手伝いに来たなんて、みんなすごいよねえ!」
「そ、そうかしら」
「うん! 早く馴染める様にネーアもお手伝いがんばるよー!」
「心強いわ」
そうしてやってくる各々の様子を、Speak Easyは小隊長ジンの傍らで見守っていた。と、
「これ、人足達に失礼じゃぞ」
ジンが抜剣した部下を窘めるのを聞き、胸を撫で下ろす。現場のトップである彼に、人足達を尊重する向きがあるのは喜ばしいことだ。
(その気持ちを、上手く示してあげられると良いんだけどなぁ……)
手始めに、人足達へ班の希望を聞いてみてはどうかと提案してみる。
「小隊長の考えに基本異論はないけど、どうせ働くなら適材適所で気持ち良くが良いしね」
するとジンは少々面食らった風だった。
「お、おお。種で一絡げに決めつけてはいかんよな。羊の、お主の言う通りじゃ」
(ヤツガレは鹿なんだけどなぁ)
彼が醸すまったりとした空気に勘違いしたようだが、ともあれ。差別感情はなさそうなジンでも、このように固定観念が染み付いている。渋々得物を収めている隊員達は更にだろう。
(これは大変そうだ……まあ、仲間もいることだし、協力しつつ出来る限りのことをやろうか)
そうして一同が集まると、軽い挨拶を経て早速希望の聞き取りを行う。兄弟とナジは目を丸くしつつも――恐らく、自分達に選択権が与えられるとは思ってもみなかったのだろう――予め仮組みされていた班を選んだ。
ところが。
「お主らはどうじゃ?」
例の怯えた4人はただコクコクと頷くのみ。見かねたミーミルが助け舟を出す。
「えっと、仮組みのままでいいってこと、かな?」
4人はまた黙って頷く。目を合わそうともしない。上官の問いに答えぬ彼らに苛立ち、隊員の間から舌打ちが漏れた。どうしたものかと視線を交わす冒険者達の横で、ジンは思案気に空を見上げる。
「では、早速で悪いが作業に移るとしよう。冬の晴れ間はクソ貴重じゃからの」
そうしてぎこちない雰囲気の中、班毎の作業が始まった。
●空堀にて
「うわー、いっぱいだねぇ」
空堀を覗いたミーミルは目を丸くする。土砂や枝葉が厚く堆積し、ミーミルとベルクが下りてみると、小柄な2人の腰程の深さしかなかった。これでは堀の用をなさない。雪は工兵達が予め退けておいてくれたようだ。
ミーミルは人懐こい笑みでホブゴブリン達を振り返る。
「いっしょに頑張ろうね。ボクはミーミルって言うんだ。よろしくね! ゴズゥとメズゥと……お名前、聞いても良いかな?」
尋ねると、相手は黙ったまま視線を泳がせた。しょんぼりしたミーミルだったが、顔には出さずぱたぱた手を振る。
「あっ、べつに答えたくないならそれでも良いよっ? ゆっくりでも仲良くしてくれたらうれしいな」
すると、そんな彼女の肩をゴズゥとメズゥが掴んだ。
「ミーミル、おめぇ可愛いしイイヤツだな!」
「よぉし、バリバリ働くべ!」
「あ、ありがと、えへへ。さっそくお仕事の話を聞きに行こっか」
ミーミルと兄弟が駆けていくのを見、
「我らも行くとするか」
ベルクはうっそり佇んだままのホブゴブリンへ声をかける。彼は黙ってベルクの後に従った。
ジンの説明に耳を傾けつつ、ベルクは紅眼を細め彼を注視する。その顔に浮かぶのは恐怖と怯えの色。彼女はこうした表情に覚えがあった。他者に己の生殺与奪権を握られた者、恐怖と屈辱に心が摩耗した者の表情だ。忌々しい記憶が蘇りかけ、頭を振って追い払う。
ベルクは作業道具を借り受けると、手押しの一輪車を彼へ渡した。持ち前の話術でできるだけ親しみを込めて言う。
「我は今日だけの仲間だがよろしく頼むぞ、土砂運びは重労働だからな。腕自慢がいてくれて頼もしい限りだ」
すると初めて彼が顔を上げた。
「仲間? おれのこと、デスカ?」
「いかにも」
ようやく口をきいてくれたなと悪戯っぽく笑いかけると、彼はハッとなって頭を下げ、土砂を集めに行ってしまった。ベルクは少し離れてこちらの様子を窺っていたSpeak Easyを見やる。彼は手にしていた一輪車を指して頷いた。
『運び役同士、ヤツガレも彼から話を聞いてみよう』
大方そんな意味だろう。ベルクが頷き返すと、聞き手は語り手を求め追いかけて行った。――と、
「掘るだ掘るだぁ!」
「ゴズゥ、スコップ振り回したら危な、」
「おいゴブ野郎ッ、泥が飛んできたぞ!」
「あンだ猪野郎ッ、文句あんならオラ達より早く掘ってみろ!」
少し目を離している間に騒動が起きていた。兄弟のやる気が空回り、スコップぶんぶん振り回し、土や泥を飛び散らせたのだ。工兵達も応戦し始めてしまい、辺りは泥土が飛び交う事態に。
「落ち着いてったらー!」
折り悪くジンは土砂捨場の案内に出てしまっている。大人げない大人達の間を、年少のミーミルが懸命に宥めて回っていたが――べしゃっ。誰かが飛ばした泥が、彼女の頬に当たった。
「あっ」
大人達は「しまった」とようやく我に返った。
「ミーミル大丈夫だか!?」
「す、すまない!」
狼狽する大人達へ、ミーミルは手の甲でぐいっと頬を拭って笑う。
「あはは、みんなどろんこ! おそろいだね」
言われて見れば、人間も半獣もドワーフも、誰も彼もが土色だ。
「あ、でも誰が1番早く掘れるか競争するのは、はりあいが出て楽しいかも? ほらほら、よーいどんっ!」
「勝負か、負けねぇべ!」
「工兵の力見せてやる!」
こうしていがみ合いから始まった泥試合は、意地をかけた泥堀り勝負へ。和気藹々とはいかないものの、何とも平和的な勝負である。
「やれやれ」
ベルクは苦笑して競争の輪に加わった。
その間Speak Easyは、無口な彼とともに空堀と捨場を往復していた。彼が己の存在に慣れた頃合いを見計らい、何度目かの土砂を捨てるとその場でうんと伸びをする。
「なかなかの重労働だね。一休みしないかい?」
彼は困惑顔で振り返る。
「小隊長も『休み休みやってくれ』って言ってたよ?」
「デモ……戻りマス、仕事しないと。ゴールディに帰されたら困るんデス」
「困る?」
Speak Easyは手近な岩に腰を下ろし、彼にも座るよう勧めた。
「ヤツガレで良ければ、話を聞かせてくれないかな? 話せば不安も少しは和らぐものだからね」
「……デモ、余計な事は言うなって、ヌイ達に言われてるノデ」
「ヌイ達? もしかして兵舎へ行った3人のことかな? 友達同士だったんだね。……ああ、大丈夫。詮索したいわけじゃないんだ、緊張しないで。さあ、気楽に話そう――」
聞き手が作りだす陽だまりのような空気にほだされ、彼はここに来た経緯をたどたどしく話し始めた。Speak Easyは決して急かさず、柔らかな相槌で応じた。
●兵舎では
一方、兵舎班の作業は概ね順調に進んでいた。
「砦でみんなが気持ちよく過ごせるように、お掃除頑張ろー! お部屋や寝床は綺麗な方が気持ちいいもんね!」
「ええ」
ネーアとナジのゴブリナコンビは、力を合わせてきぱきと掃除していく。その様子に班長のドルマーは感心しきりで、
「助かるわぁ。私女だからっていつも中仕事を任されるんだけど、本当は料理も掃除も苦手なの」
「そうだったの? ネーア、調理も出来るから厨房のお手伝いも出来るよ! 食べ物の差し入れ持ってきたんだ。お腹いっぱいの方がお仕事もはかどるかなって!」
「私もお手伝いします」
「いや助かるわぁ~!」
それならと、ユーリスは頭上の換気口を指す。
「高い所は俺が。終わったら不用品を外へ出してこよう。昼食の準備はおまかせして良いかい?」
ゴブリナコンビももぐらのドルマーも、皆あまり背が高くない。
「分かりましたユーリスさん」
「頑張ろーねナジ!」
「はい、ネーアさん」
「ネーアでいいよー」
得手を持ち寄り、互いの苦手を補い合う。信頼が置けるネーアがいたことも大きかったが、種族を越えて自然と協力し合う姿は、どんな言葉よりも雄弁に兵達の胸に響いた。
けれど、全てが順風満帆かと言えばそうではない。
(うーん……)
ユーリスは横目で例のゴブリン3人を窺う。彼らは仕事を黙々とこなしている。働きぶりに問題はない。けれどユーリスはどうも気にかかっていた。
(一生懸命と言うより、必死と言うか……人間や他の種族が怖いようだから、気を張ってしまうのも無理はないんだろうが)
ナジに対しては態度が軟化してきた兵達も、一心不乱といった様子の3人には近付きがたいのか、遠巻きに指示するに留まっている。
気になって目で追っていると、1番小柄なゴブリンが棚の上の木箱へ手を伸ばす。
「これかい?」
ユーリスが木箱を下ろそうとすると、彼は飛び上がりそうな程驚き、
「いやっ、オイラの仕事だから!」
「別にきみの仕事を取るつもりは……、」
ユーリスの言葉を最後まで聞かず無理矢理箱に手をかけたが、支えきれずひっくり返ってしまった。派手な音がし、周りで作業していた兵達が一斉に振り返る。
「大丈夫かい!? 怪我は、」
「ヒッ!」
助け起こそうとユーリスが手を伸ばした途端、彼は両腕で頭を抱えた。否、咄嗟に頭を守ったのだ。彼が見せた反応に愕然としていると、2人のゴブリンが彼を庇うように飛び込んできた。
「ヌイをぶたないでくれ!」
ユーリスは全てが腑に落ちた気がした。同時にやるせなさが込み上げる。
「……そうか。きみ達は、今まで他の種族から……人間から、そういう扱いをされてきたんだね」
ユーリスはさっと兵達を見渡した。ヘマに怒っている者などいない。畑を荒らすゴブリンと同じように見える彼らに庇い合う心があること、そんな彼らを虐げられる者がいることを知り、衝撃を受けているようだった。
「ここには色んな種族がいるけれど、そんな事をするヒトはいないよ。さあ、手当をしよう」
「何か食堂の方が騒がしいね?」
厨房にいたネーアとナジ、ドルマーは、何も知らず昼食の支度をしていた。ドルマーが様子を見に行こうとした時、鍋の蓋を開けたネーアが声をあげる。
「わぁ、お肉だ!」
それは小隊の方で用意していたチキンスープだった。
「すごーい! 帝国は今食料が足りなくって、お肉はとっても貴重なんだよね?」
「そうなんですか?」
ふたりに見つめられ、ドルマーは照れ臭そうに頬を掻く。
「ああ、それはねぇ――」
●氷解
昼時。
空堀班が食堂に来て全員が揃うと、Speak Easyとユーリスの提案で、食事の前に話をする時間が設けられた。互いに不安な気持ちがあるのは、互いを知らないためだからと。
兵達は事前に不安に思っていたことなどを腹を割って話し、人足達は冒険者の口添えを得ながら、誤解や偏見を解いていった。
また、人足達は各々がここへ来た事情を正直に話した。怯えていた4人は一緒に大樹海のガイドをしていたが、悪い人間の客に捕まり、2年間奴隷のような扱いを受けていたという。命からがら逃げ出したものの、ゴールディにいては見つかってしまう。それで人足の話に乗ったのだと。
「何ともはや……お主らそんな事情があったとは」
グズグズと洟を啜るジン。ミーミルは眉をハの字に寄せた。
「そんなに怖い思いをしたのに、他の種族がたくさんいる知らない土地へ来て……心細かったよね? 午後は4人とも同じ班にしてもらったらどうかな?」
「それは良い、少しは安心できるだろう」
ベルクも頷き後押しする。異論は上がらない。張り詰めていた空気が緩んだところで、ネーアはポンッと手を叩く。
「それじゃあご飯にしよっか! 出来るだけ美味しい物用意しようと、ネーア達頑張ったんだよー!」
そうして卓には、ネーアが持ってきたチーズを乗せて焼いたパンに干し肉、あつあつのチキンスープが並んだ。
「「うおおぉ肉だ!」」
ゴズゥメズゥ兄弟と工兵の幾人かが異口同音に叫んだため、卓は笑いに包まれた。
「こんなごちそう、オイラ達も食べていいの?」
「勿論!」
たじろぐゴブリン達に、ネーアはにっこり笑顔で言う。
「遠くから来た皆に、初日くらいはしっかり食べさせてあげたいって、隊長やドルマーさんが頑張って調達してくれたんだって!」
「やだ、言わない約束だったでしょ!?」
「言って良かったとヤツガレは思うなぁ」
上手くやっていきたいと思っていても、きちんと相手側に示さなければ伝わらない。種族も文化も違うのだから尚の事。
「働いた後にみんなで食べるご飯って美味しいね! 午後も頑張ろうねっ!」
「おうよ!」
皆で同じ卓を囲む光景に、ユーリスは目を細める。
(あとは、彼らの心に託す事になるけれど――この様子なら)
明るい兆しを見出し、ますます目を細めたのだった。
人足達を乗せたビッグオウムが舞い降りると、翼が起こす風が地吹雪となり視界を遮る。――と、
「ゴギャギャ、やるぞぉ!」
雪煙を突き破り、2人のホブゴブリンがこちらへ突進してきた。ゴズゥとメズゥの兄弟だ。おまけに兄弟が、毛皮を巻きつけただけの野性味溢れる出で立ちだったものだから、工兵達は色めきだった。
「敵なのか!?」
「畑を荒らすゴブリンそのものじゃないかっ」
兵の何人かが得物に手をかけようとするのを見、ミーミル・ロッポラとベルク・オスマットは即座に駆け出す。何かあれば体を張ってでも止めようと決めていたミーミルは、自分の倍もありそうな体躯の兄弟の前へ怯まず飛び出し、にっこり笑って腕を広げた。
「待ってたよ! ビッグオウムで来て、寒かったんじゃない? ボクも冒険者ギルドからお仕事受ける時はあれに乗ったことがあるんだけど、その時はもう凍えちゃってさー」
「お、おう」
ミーミルの朗らかな笑顔と話しぶりに、勢いづいていた兄弟もすっかり呑まれた。足が止まる。すかさずベルクが脇へ回り込み、兄弟の腕をポンと叩く。
「さてはて、深森より来たりし民が森の外縁より引き離されて、どこまで士気を保てることやら――と、少々気を揉んだが杞憂だったようだな」
でもな、と声を潜め、2人に耳を傾けさせる。
「その勢いでは工兵達を驚かせてしまうぞ? 体力は作業が始まるまでとっておくと良い」
「ンだな!」
2人が兄弟を宥めている間に、ネーアとユーリス・レインフォードは残りの人足達を迎えに行く。ナジが同じゴブリナのネーアを見てホッと頬を緩める一方、くたびれた外套姿のゴブリン3人とホブゴブリンは、人間のユーリスを認めるや怯えて俯いてしまう。
参ったなとユーリスは密かに苦笑した。
(皆何某か抱えているようだとは思っていたけど……この4人が抱えているものは相当根深いようだ。……まあ、焦らずにいこうか)
ユーリスは彼らを怯えさせないよう、下がった位置から気をつけて降りるよう声かけするに留めた。
全員が降りて離れると、ゴブチィは冒険者達へ密かに目配せし飛び立っていく。それにしっかり頷いて応えたネーアは、オレンジキャンディのような瞳をくりくりさせて、ナジ達を小隊のもとへ案内する。
「ドン・ゴーフルさまのお使いで帝国のお手伝いに来たなんて、みんなすごいよねえ!」
「そ、そうかしら」
「うん! 早く馴染める様にネーアもお手伝いがんばるよー!」
「心強いわ」
そうしてやってくる各々の様子を、Speak Easyは小隊長ジンの傍らで見守っていた。と、
「これ、人足達に失礼じゃぞ」
ジンが抜剣した部下を窘めるのを聞き、胸を撫で下ろす。現場のトップである彼に、人足達を尊重する向きがあるのは喜ばしいことだ。
(その気持ちを、上手く示してあげられると良いんだけどなぁ……)
手始めに、人足達へ班の希望を聞いてみてはどうかと提案してみる。
「小隊長の考えに基本異論はないけど、どうせ働くなら適材適所で気持ち良くが良いしね」
するとジンは少々面食らった風だった。
「お、おお。種で一絡げに決めつけてはいかんよな。羊の、お主の言う通りじゃ」
(ヤツガレは鹿なんだけどなぁ)
彼が醸すまったりとした空気に勘違いしたようだが、ともあれ。差別感情はなさそうなジンでも、このように固定観念が染み付いている。渋々得物を収めている隊員達は更にだろう。
(これは大変そうだ……まあ、仲間もいることだし、協力しつつ出来る限りのことをやろうか)
そうして一同が集まると、軽い挨拶を経て早速希望の聞き取りを行う。兄弟とナジは目を丸くしつつも――恐らく、自分達に選択権が与えられるとは思ってもみなかったのだろう――予め仮組みされていた班を選んだ。
ところが。
「お主らはどうじゃ?」
例の怯えた4人はただコクコクと頷くのみ。見かねたミーミルが助け舟を出す。
「えっと、仮組みのままでいいってこと、かな?」
4人はまた黙って頷く。目を合わそうともしない。上官の問いに答えぬ彼らに苛立ち、隊員の間から舌打ちが漏れた。どうしたものかと視線を交わす冒険者達の横で、ジンは思案気に空を見上げる。
「では、早速で悪いが作業に移るとしよう。冬の晴れ間はクソ貴重じゃからの」
そうしてぎこちない雰囲気の中、班毎の作業が始まった。
●空堀にて
「うわー、いっぱいだねぇ」
空堀を覗いたミーミルは目を丸くする。土砂や枝葉が厚く堆積し、ミーミルとベルクが下りてみると、小柄な2人の腰程の深さしかなかった。これでは堀の用をなさない。雪は工兵達が予め退けておいてくれたようだ。
ミーミルは人懐こい笑みでホブゴブリン達を振り返る。
「いっしょに頑張ろうね。ボクはミーミルって言うんだ。よろしくね! ゴズゥとメズゥと……お名前、聞いても良いかな?」
尋ねると、相手は黙ったまま視線を泳がせた。しょんぼりしたミーミルだったが、顔には出さずぱたぱた手を振る。
「あっ、べつに答えたくないならそれでも良いよっ? ゆっくりでも仲良くしてくれたらうれしいな」
すると、そんな彼女の肩をゴズゥとメズゥが掴んだ。
「ミーミル、おめぇ可愛いしイイヤツだな!」
「よぉし、バリバリ働くべ!」
「あ、ありがと、えへへ。さっそくお仕事の話を聞きに行こっか」
ミーミルと兄弟が駆けていくのを見、
「我らも行くとするか」
ベルクはうっそり佇んだままのホブゴブリンへ声をかける。彼は黙ってベルクの後に従った。
ジンの説明に耳を傾けつつ、ベルクは紅眼を細め彼を注視する。その顔に浮かぶのは恐怖と怯えの色。彼女はこうした表情に覚えがあった。他者に己の生殺与奪権を握られた者、恐怖と屈辱に心が摩耗した者の表情だ。忌々しい記憶が蘇りかけ、頭を振って追い払う。
ベルクは作業道具を借り受けると、手押しの一輪車を彼へ渡した。持ち前の話術でできるだけ親しみを込めて言う。
「我は今日だけの仲間だがよろしく頼むぞ、土砂運びは重労働だからな。腕自慢がいてくれて頼もしい限りだ」
すると初めて彼が顔を上げた。
「仲間? おれのこと、デスカ?」
「いかにも」
ようやく口をきいてくれたなと悪戯っぽく笑いかけると、彼はハッとなって頭を下げ、土砂を集めに行ってしまった。ベルクは少し離れてこちらの様子を窺っていたSpeak Easyを見やる。彼は手にしていた一輪車を指して頷いた。
『運び役同士、ヤツガレも彼から話を聞いてみよう』
大方そんな意味だろう。ベルクが頷き返すと、聞き手は語り手を求め追いかけて行った。――と、
「掘るだ掘るだぁ!」
「ゴズゥ、スコップ振り回したら危な、」
「おいゴブ野郎ッ、泥が飛んできたぞ!」
「あンだ猪野郎ッ、文句あんならオラ達より早く掘ってみろ!」
少し目を離している間に騒動が起きていた。兄弟のやる気が空回り、スコップぶんぶん振り回し、土や泥を飛び散らせたのだ。工兵達も応戦し始めてしまい、辺りは泥土が飛び交う事態に。
「落ち着いてったらー!」
折り悪くジンは土砂捨場の案内に出てしまっている。大人げない大人達の間を、年少のミーミルが懸命に宥めて回っていたが――べしゃっ。誰かが飛ばした泥が、彼女の頬に当たった。
「あっ」
大人達は「しまった」とようやく我に返った。
「ミーミル大丈夫だか!?」
「す、すまない!」
狼狽する大人達へ、ミーミルは手の甲でぐいっと頬を拭って笑う。
「あはは、みんなどろんこ! おそろいだね」
言われて見れば、人間も半獣もドワーフも、誰も彼もが土色だ。
「あ、でも誰が1番早く掘れるか競争するのは、はりあいが出て楽しいかも? ほらほら、よーいどんっ!」
「勝負か、負けねぇべ!」
「工兵の力見せてやる!」
こうしていがみ合いから始まった泥試合は、意地をかけた泥堀り勝負へ。和気藹々とはいかないものの、何とも平和的な勝負である。
「やれやれ」
ベルクは苦笑して競争の輪に加わった。
その間Speak Easyは、無口な彼とともに空堀と捨場を往復していた。彼が己の存在に慣れた頃合いを見計らい、何度目かの土砂を捨てるとその場でうんと伸びをする。
「なかなかの重労働だね。一休みしないかい?」
彼は困惑顔で振り返る。
「小隊長も『休み休みやってくれ』って言ってたよ?」
「デモ……戻りマス、仕事しないと。ゴールディに帰されたら困るんデス」
「困る?」
Speak Easyは手近な岩に腰を下ろし、彼にも座るよう勧めた。
「ヤツガレで良ければ、話を聞かせてくれないかな? 話せば不安も少しは和らぐものだからね」
「……デモ、余計な事は言うなって、ヌイ達に言われてるノデ」
「ヌイ達? もしかして兵舎へ行った3人のことかな? 友達同士だったんだね。……ああ、大丈夫。詮索したいわけじゃないんだ、緊張しないで。さあ、気楽に話そう――」
聞き手が作りだす陽だまりのような空気にほだされ、彼はここに来た経緯をたどたどしく話し始めた。Speak Easyは決して急かさず、柔らかな相槌で応じた。
●兵舎では
一方、兵舎班の作業は概ね順調に進んでいた。
「砦でみんなが気持ちよく過ごせるように、お掃除頑張ろー! お部屋や寝床は綺麗な方が気持ちいいもんね!」
「ええ」
ネーアとナジのゴブリナコンビは、力を合わせてきぱきと掃除していく。その様子に班長のドルマーは感心しきりで、
「助かるわぁ。私女だからっていつも中仕事を任されるんだけど、本当は料理も掃除も苦手なの」
「そうだったの? ネーア、調理も出来るから厨房のお手伝いも出来るよ! 食べ物の差し入れ持ってきたんだ。お腹いっぱいの方がお仕事もはかどるかなって!」
「私もお手伝いします」
「いや助かるわぁ~!」
それならと、ユーリスは頭上の換気口を指す。
「高い所は俺が。終わったら不用品を外へ出してこよう。昼食の準備はおまかせして良いかい?」
ゴブリナコンビももぐらのドルマーも、皆あまり背が高くない。
「分かりましたユーリスさん」
「頑張ろーねナジ!」
「はい、ネーアさん」
「ネーアでいいよー」
得手を持ち寄り、互いの苦手を補い合う。信頼が置けるネーアがいたことも大きかったが、種族を越えて自然と協力し合う姿は、どんな言葉よりも雄弁に兵達の胸に響いた。
けれど、全てが順風満帆かと言えばそうではない。
(うーん……)
ユーリスは横目で例のゴブリン3人を窺う。彼らは仕事を黙々とこなしている。働きぶりに問題はない。けれどユーリスはどうも気にかかっていた。
(一生懸命と言うより、必死と言うか……人間や他の種族が怖いようだから、気を張ってしまうのも無理はないんだろうが)
ナジに対しては態度が軟化してきた兵達も、一心不乱といった様子の3人には近付きがたいのか、遠巻きに指示するに留まっている。
気になって目で追っていると、1番小柄なゴブリンが棚の上の木箱へ手を伸ばす。
「これかい?」
ユーリスが木箱を下ろそうとすると、彼は飛び上がりそうな程驚き、
「いやっ、オイラの仕事だから!」
「別にきみの仕事を取るつもりは……、」
ユーリスの言葉を最後まで聞かず無理矢理箱に手をかけたが、支えきれずひっくり返ってしまった。派手な音がし、周りで作業していた兵達が一斉に振り返る。
「大丈夫かい!? 怪我は、」
「ヒッ!」
助け起こそうとユーリスが手を伸ばした途端、彼は両腕で頭を抱えた。否、咄嗟に頭を守ったのだ。彼が見せた反応に愕然としていると、2人のゴブリンが彼を庇うように飛び込んできた。
「ヌイをぶたないでくれ!」
ユーリスは全てが腑に落ちた気がした。同時にやるせなさが込み上げる。
「……そうか。きみ達は、今まで他の種族から……人間から、そういう扱いをされてきたんだね」
ユーリスはさっと兵達を見渡した。ヘマに怒っている者などいない。畑を荒らすゴブリンと同じように見える彼らに庇い合う心があること、そんな彼らを虐げられる者がいることを知り、衝撃を受けているようだった。
「ここには色んな種族がいるけれど、そんな事をするヒトはいないよ。さあ、手当をしよう」
「何か食堂の方が騒がしいね?」
厨房にいたネーアとナジ、ドルマーは、何も知らず昼食の支度をしていた。ドルマーが様子を見に行こうとした時、鍋の蓋を開けたネーアが声をあげる。
「わぁ、お肉だ!」
それは小隊の方で用意していたチキンスープだった。
「すごーい! 帝国は今食料が足りなくって、お肉はとっても貴重なんだよね?」
「そうなんですか?」
ふたりに見つめられ、ドルマーは照れ臭そうに頬を掻く。
「ああ、それはねぇ――」
●氷解
昼時。
空堀班が食堂に来て全員が揃うと、Speak Easyとユーリスの提案で、食事の前に話をする時間が設けられた。互いに不安な気持ちがあるのは、互いを知らないためだからと。
兵達は事前に不安に思っていたことなどを腹を割って話し、人足達は冒険者の口添えを得ながら、誤解や偏見を解いていった。
また、人足達は各々がここへ来た事情を正直に話した。怯えていた4人は一緒に大樹海のガイドをしていたが、悪い人間の客に捕まり、2年間奴隷のような扱いを受けていたという。命からがら逃げ出したものの、ゴールディにいては見つかってしまう。それで人足の話に乗ったのだと。
「何ともはや……お主らそんな事情があったとは」
グズグズと洟を啜るジン。ミーミルは眉をハの字に寄せた。
「そんなに怖い思いをしたのに、他の種族がたくさんいる知らない土地へ来て……心細かったよね? 午後は4人とも同じ班にしてもらったらどうかな?」
「それは良い、少しは安心できるだろう」
ベルクも頷き後押しする。異論は上がらない。張り詰めていた空気が緩んだところで、ネーアはポンッと手を叩く。
「それじゃあご飯にしよっか! 出来るだけ美味しい物用意しようと、ネーア達頑張ったんだよー!」
そうして卓には、ネーアが持ってきたチーズを乗せて焼いたパンに干し肉、あつあつのチキンスープが並んだ。
「「うおおぉ肉だ!」」
ゴズゥメズゥ兄弟と工兵の幾人かが異口同音に叫んだため、卓は笑いに包まれた。
「こんなごちそう、オイラ達も食べていいの?」
「勿論!」
たじろぐゴブリン達に、ネーアはにっこり笑顔で言う。
「遠くから来た皆に、初日くらいはしっかり食べさせてあげたいって、隊長やドルマーさんが頑張って調達してくれたんだって!」
「やだ、言わない約束だったでしょ!?」
「言って良かったとヤツガレは思うなぁ」
上手くやっていきたいと思っていても、きちんと相手側に示さなければ伝わらない。種族も文化も違うのだから尚の事。
「働いた後にみんなで食べるご飯って美味しいね! 午後も頑張ろうねっ!」
「おうよ!」
皆で同じ卓を囲む光景に、ユーリスは目を細める。
(あとは、彼らの心に託す事になるけれど――この様子なら)
明るい兆しを見出し、ますます目を細めたのだった。
マスターコメント
何が起こるか分からない、異文化異種族同士の初対面・しかもワケアリ。
人足・工兵双方不安があったわけですが、冒険者さん達がうまく寄り添い、引き出してくれたお陰で、大きなトラブルもなく初日を終えることができました。
お互いに上手くやっていきたいという気持ちを持っているのだと分かったので、この先は擦り合わせながら何とか上手くやっていってくれることでしょう。
ご参加ありがとうございました、お疲れ様でした。
ショートシナリオ普通 報酬:標準5 / 4〜5人
2021年02月04日 11時49分42秒 公開
成功
相談掲示板
ネーアはネーアだよ、よろしくね! ドン・ゴーフルさまのお使いで 帝国のお手伝いに行くなんてすごいよねえ! 早く馴染める様にネーアもがんばるよー! ネーアは兵舎班へ行こうと思ってるよ。 あと、食料が乏しいって話だから 食べ物を差し入れしようかなーって。 お腹いっぱいの方が仲良くなりやすいと思うし。 調理も出来るから厨房のお手伝いも出来るかなー。
ドワーフのミーミルだよっ! ゴブリンの受け入れっていうのがホントの目的なんだよね。 よーし、頑張るよー。 空堀班はたぶん力仕事になるよね? それじゃあ、ボクは空堀班に回ろうかな。
スピーク・イージーだよ。よろしくね。 受け入れの立ち会いサポートかぁ。 『適材適所への割り振り』『異なる文化に対する認識のすり合わせ』以外にも色々とやる必要がありそうだね。 ヤツガレは持ち場は決めずにあっちこっちでフラフラしていようかなと思っているよ。
ベルクという。よろしく頼む。 我は空堀班で働こうと思う。
すまない、遅くなったかな。 ユーリス・レインフォードだ。今回はよろしく頼むよ。 現状の分担だと…俺は兵舎班に回るのが良さそうかな。 さて…コミュニケーションの手助けになれると良いのだけれどね。