陰日向の花
くわの
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シナリオID:36
オープニング
その日あなた達のもとを尋ねたのは、あるハーフリングの女性だった。
どこか野暮ったい風貌で、化粧っけもなく、見れば手指に皸が走っている――――ミシェーラと名乗る彼女は、都市同盟のはずれにある村落で、調薬業を営んでいるという。
「お薬の原料を切らしてしまったんです」
曰く、それは深い森の中――――サウゼル大樹海にしか咲かぬ花の花びらである。
それはゴブリンたちの自治領ゴールディを南に越えた先に広がる、温かな森だ。
件の花が採れるのは幸いにして森の入り口側、探索の容易な一帯である。
問題はここから。その花は、日陰にしか根を張らない。
それでいて木々の間から日差しの入るような温かい場所を好み、昼日中に花を咲かせるのだ。
つまり日中、陰の間をつぶさに調べていかなくてはならない。
ミシェーラの村へ行商人が来るのはひと月先。
もしその間に病人が出てしまったらおおごとだけれど、かといって小柄な彼女ひとりではとても採りにゆけない。
「授恵者さま、普段は恐ろしい竜や怪物と戦っていらっしゃるのでしょう。たくさんの人びとを救って……だからこんなお遣いみたいなこと、お願いするのはとても申し訳ないのですが」
どうかお助け下さい。
そう言って、懸命に頭を下げる女。
……あなた達の胸中には、それぞれ異なる色があるだろう。しかしいまこの時より、目的を同じとする仲間となった。
あなた達は南へ向かう。
小さな村の小さな命が、些細なことで失われるかもしれない。
その芽を摘み取るべく、南の大樹海へ。
解説
マスターより
リプレイ
一行は大樹海の小道を、はぐれぬよう固まって進む。依頼人――――ミシェーラの教えてくれた場所へ向かうには、生い茂る樹々の間を通る必要があった。
幸いにしてランタンは不足なし。森林自体には詳しくないものの、フィーレン・ステオラーズの細やかな気遣いが奏功した。彼の用意した火打箱が、十分に灯りを提供してくれる。これからの探索は無論のこと、戻りの道にも心配はなさそうだ。
「方角はこっちで合ってるかなあ」
そっと振り返るのはランタンと同じ、橙色の眸。先頭をゆく少女、スフィカだ。山育ちの経験を活かして難なく歩いてはゆくものの、暗くなるほど深い森に分け入るのはこれが初めてだった。
「大丈夫ですよ。植物の生え方が変わってきてます」
柔らかく頷くのは、マリイ・パルティス。一見するとお洒落好きの少女。しかし彼女は、森で生き残るためのすべをよくよく知っている。
「問題なかろう。あの鳥の声がゆく方を追うのだ」
応じたのは、巨躯に赤い鱗を備えた彼――――ハヤールだ。彼の示す“あの鳥”が指すのは、樹々の間を通る不思議な鳴き声。彼らはよく日の当たる場所に巣を作るのだという。
「音でしたら私にもお手伝いできそうですわ。どうかお任せくださいませ」
「俺も、……よく、見ておく」
少女が一歩進み出ると、しなやかな銀髪が揺れる。ローレシア・ルエイン。侍女を名乗る少女である。エンデ・エトル・シャリオンの褐色の喉からは淡々とした、けれど冷たさのない声が紡がれた。
鳥の鳴き声や梢を通る風、葉のざわめきを伴って、密やかながらも会話が弾む。植生にいっとう詳しいのはハヤール、森の道に慣れているのはマリイ。不慣れでも手伝いたいと願い出たローレシアに、経験を活かせると考えて志願したエンデ。スフィカは鼻唄さえ聴こえそうなほど足取り軽く、フィーレンは興味深げに植物や昆虫を目だけで追う。
みな年齢も生まれ育ちもバラバラで、当然専門分野も違う。けれど、誰かを、人を助けたいと願う心は同じだ。
●大樹海探索
果たして今彼らの前に広がっているのは、ミシェーラに教えられた通りの場所。クラヤミソウの生える条件を備える一角“日差しと日陰が共にある、あたたかで開けた場所”であった。
マリイとスフィカが大まかに地形を観察し、それぞれ意見を交換し合う。
「うちはあっちの低いとこを探そうかな。何か隠れてそう」
「私、あちらの日当たりのよいところの影を探してみます」
「採り切れないくらい見つけたら教えるから!」
「ふふふ、私もそうしますね」
……と、話し合いの結果。各自得意とするところを手分けして探すこととなった。
体力や森の歩き方を必要とする巨木周辺と、観察眼や感知力を求められる低木や草叢のふたつの組に分かれるのだ。
●巨木
子ども程度の高さの影が、軽い蹄の音と共に走り去っていく。「うわっ」と、フィーレンの赤い双眸が見開かれるが、既にそこには何もいない。
「びっくりした……小鹿か何かか?」
「そのくらいの大きさでしたねぇ」
「怯えさせてしまったのだろうな。元々ここは彼らの領域であるからして」
マリイが走らせたエーテルは、けものがとうに群れの元まで逃げてしまったと教えてくれる。その群れも遠く離れていったことも。
「あまりお邪魔していてはいけないようです」
「だな。なるべく元通りにしやすいよう探そう」
……といっても、俺はそういうのはめっきりなんだが。フィーレンは僅かばかりばつの悪そうな顔を作るが、すぐに視線をまっすぐ、森の先達に向ける。知恵は武器となり、武器は勝利を齎す。根っこは負けず嫌いな彼のこと、こうした機会すらも何らかを得るための糧とするのだろう。
「どこを探せばいい?」
「まずは巨木の影であろうな。ステオラーズ殿、山登りの経験は?」
「思い当たらないな……」
「足をこう、しっかり樹の根に引っ掛けて歩くのがコツですよ」
当然のことのように聞こえても、これがかなり大事になる。大樹の根は不揃いで、歩くだけでも一苦労だ。バランスの取り方を教わりながら、マリイと共に木の根の間を探してゆく。そうするうち、フィーレンはあることに気づいた。
巨木の枝はもちろんのこと、葉も大きく育っているのだ。落ちている葉はまだ瑞々しい。……確か、バックパックの中に麻の紐があったはず。
「……よし、上手く出来た!」
「あら、扇ですか」
「マリイはコルデラとのエーテルリンクに集中してくれ。匂いについては俺が少しずつ仰いでみるよ」
「任せてください。さあ、コルデラ。お願いしますね」
彼女が頼るのはランタンの灯りと、獣の瞳。よくよく可愛がられた狼は主の命――――というより、対等なお願いに近いそれに応じるべく身を低める。そして木の根の間へ鼻先を埋めるようにしてつぶさに確認してゆく。マリイは僅かな隙間をランタンで照らし、その手助けを。
フィーレン手製の扇は、思いのほか効果がある。手応えは十分、夏場なら涼を取れそうなほど。これは彼の閃きだ。優等生として振る舞えるのも、この頭の回転のよさがあってのこと。
――――そっと目立たぬ陰におり、けれどあたたかな光に惹かれるかのように咲く花。
自分に似ているかもしれない。なんて、感傷に浸りかけた己を内心で嗤う。こんな考え、柄にもないな。甘ったるい……甘ったるい匂いがする。
コルデラも同じ匂いを嗅ぎ取ったらしい。マリイが丁寧にランタンをかざしてゆき、木の根の間の影に二株。更に似たような条件の影が、少し離れたところにある倒木のそばにある。
「まず掘り起こしてみませんか? 根っこにも薬効があるかもしれません」
「俺も同じことを考えてた。根を使う薬もあるからな」
ではお任せください、とナイフを取り出すマリイ。フィーレンもやり方を学ぶべく、邪魔にならない程度にランタンで辺りを照らした。
まず、木製の鞘を使って大まかにまわりを掘る。細かいところは先のやわらかな枝で、丁寧に。掘るもの、すぐ傍の株、どちらの根にも傷がつかないよう慎重に掘り出していく。
「綺麗ですねぇ……ほら、根も黒いですよ」
「変なにおいじゃなくてよかったよ」
「森にはすごいのがありますよ。今度いっしょに森歩きをしましょうか?」
「興味はあるけどすごいにおいの花はやめてくれないかな」
次はやや離れたところにある、倒木の影へ向かう。近づくほど、その大きさが分かってくる。とても、すごく、大きい。手の付けようを考えるほどに。
このポイントにある目印めいた巨木に比べれば細いが、それはここの巨木が規格外なのであって、大樹海の外でこれが倒れたら間違いなく大騒ぎになる。
「どうしましょう?」
「どうしような……」
「パルティス殿、ステオラーズ殿か?」
倒木のうろから現れたのは、ハヤールの顔。いかついはずなのに、大倒木に対しては小さく見える。
「いやはや全く、珍重な機会を得られたもの。このうろの中にはサウゼルヒカリゴケが群生している」
「ヒカリゴケ、ですか? それって」
「左様。暗く、暖かいのだ。故にこの中に咲いていてもおかしくはないのだがな」
やはりある程度日差しを感じられねばならぬようだ。あてが外れてしまった。
「こっちでは一株見つけたよ」
「素晴らしい! これは我輩も負けてはいられぬな」
うろの縁は巨体が乗りかかっても軋むことなく、ハヤールはあっさりと倒木のそばに降り立つ。
「御両人、その……日なたにまで離れていただきたい」
「あの辺りかな。行こう、マリイ」
「え? あ」
なまじ森の知識がある分、かの竜人が何をしようとしているか分かってしまうマリイだ。
ハヤールはひとつ息をつき、苔むした樹の肌をがしりと掴んで、身体ごと引き上げたのだ!
「御両人から見て右。南側に群生地があると考えているが、如何か」
「本当。たくさんありますねぇ」
「我輩はこうして支えておこう。御両人なれば理解できておろうが、根こそぎ採ってはならぬぞ」
「ほら、ステオラーズさん。さっきのやり方を試してみましょう。もう一株くらいは掘り起こしても大丈夫そうですよ」
「……なあ」
“森ではこういうやり方が普通なのか?”
喉から飛び出しかけた疑問を飲み込んだ。無言でマリイについてゆき、悪戦苦闘したものの根を掘り出す。その他に三輪ほど丁寧に摘み取ったあとは、倒木を元の位置に戻す作業だ。残った花々を潰さないよう、ふたりで巨躯の竜人へ、細かな指示を出してゆく。そうして、まったく同じ位置に再び樹が倒れた。
●低木
さて、こちらは低木の生息帯。そこへ行き当たると共に、ふとローレシアが振り返る。生き物の気配が消えたのだ。ひとつひとつが小さな命。けれど間違いなくこちらの様子を窺っていた。邪魔をするようなら自分が身を張り、追い払うつもりであったが……その必要はなさそうだ。ローレシア、と己を呼ぶ声がして、手を振るスフィカの方へ向かう。
「お待たせ致しました」
「ぜんぜん! 何かあったの?」
「いえ。大事ございませんわ」
ふわふわとして表情の掴みにくい顔で、微かに微笑む。森の探索に役立てられる技能のない分、鍛えた反射神経や細やかな気配りでパーティの支援をする。そう決めてきた彼女だ。不安を煽りかねないようなことを言うほど不調法ではない。
「それじゃ、頑張りますか!」
「はい、参りましょう」
頷く彼女らのやり取りを傍に、エンデはしばし思索に耽っていた。さあ始まろうというとき、「少しいいか」と声を掛ける。
「……足元の温度を探るのは、どうだ」
「足元、でございますか?」
促すようなスフィカとローレシアの眼差し。ああ、と答えて、エンデは己の導き出した解を言葉にしてゆく。
「暖かい場所に生えるなら、顔だけが温まるようなところじゃない……はずだ」
「じゃあ、そうだなね。あの辺かな。行ってみよう!」
スフィカが一帯を眺め、そして示したのは、とくべつ日の当たる場所にある低木だ。屈んで手を差し入れると、ただの木陰よりずっと暖かい。
一見してクラヤミソウが生えるには大胆だが、日中は低木が影になってくれる。差し込んだ日の温度を保ったまま、夜になる。
ただし、問題がひとつ。エンデの細い声には、僅かばかり残念がる響きがあるかどうか。
「カンテラで探すのは……、難しい、な」
育ちすぎてしまっているのだ。枝葉をめくって照らせなくはないのだが、熱でまわりの草木が焦げてしまうかもしれない。万一バランスを崩して火種が落ちてしまえば、ぼやが起こるだろう。
どうしたものかと考えるふたりの間に、ふわりと風が起こる。ローレシアのマントが起こす風だ。それと同時に、仄かな香りが立ち上る。ハッとした顔で振り返るのは、スフィカ。そうかとこぼすのはエンデだ。
「お邪魔でしたでしょうか……」
「まさか! 助かったよ!」
「俺も仰いでみよう。スフィカは、目がいいんだろ?」
生えていそうな場所を探してほしい。そうぽつぽつとこぼすと、エンデは枝を集め始めた。手持ちの布と合わせて扇を作れば、風の強さも調整しやすい。ローレシアの教えてくれる風向きにそって、彼もぱたぱたと扇いでいく。
入り組んだ枝葉の間。そよ風よりも強く、けれど繊細な空気の流れ。そのやさしさに応じるかのよう、甘やかな香りが漂ってくる。
「見つけた! 一輪、二輪……ううん、もっとある!」
「流石です。おふたりの読み通りですわね」
「どうだ。採れそうか?」
届きそうで、届かない。無理矢理引きちぎってはきっと良くない。雑にちぎられた苗からは、いびつな茎と葉しか伸びてこないのだ。野生生物に荒らされた畑を思い出す。
「指は触るんだけど、キレイに摘めそうにないや」
ふーっと息をつくと、伸ばしきった腕と胴体をひといきに戻した。「お疲れ様でした」とローレシアが差し出した水袋から、ほんの少しだけ水を飲む。もちろん他の場所だって探す気だけれど……。
「あったぞ。ここに、隙間がある」
砂漠にも森にも、植物の幹を齧る動物がいる。聞くだけならばただの害獣だが、病にかかった部位や瘤を取り除いてくれるのだ。先にローレシアが察知したのは、この低木を食料とする栗鼠の群れである。これまで流浪したなかで得た知識を活かし、齧られた――――おそらく大きな瘤があったのだろう横穴を、エンデが覗き込んでいた。女子供の小柄な身なら、地べたに伏せれば分け入れそうだ。
「俺では、……難しいな。スフィカ、行けるか」
「わ、すご! このくらいなら余裕余裕!」
この狭い中、多くたくましく育った黒い花が見える。一株だけ掘り起こして、あとはナイフで綺麗に切り取っていく。
匍匐前進のように進み、かくれんぼに似たひそやかな作業。兄や姉に遊んでもらった子どもの頃みたいだ。だから、どろんこだって慣れていた。これにかこつけて新しい服を買ったっていいかも……なんて考えながら、仲間のもとへ帰ってゆく。
●陰日向の花
集められた花の数は、ひと月の調剤に十分。
思わずと言った風、ローレシアのかんばせが僅かに綻ぶ。ハヤールはその爪でモノクルをかけ直し、しなやかな花弁や茎をつぶさに観察する。
「確かに独特な香りであるな」
「そう。お花でもあって、お砂糖でもあって」
「分かるよ。変に甘い薬の匂いだ」
ふんわり笑うマリイに対し、フィーレンは苦い顔になる。液薬の甘い味が口に広がるようだ。
「これをこう、包んで」
「……分けて持とう」
スフィカが布で包んだばかりの花ひとつ、エンデがそっと手に取る。
六人の間には、共通点がふたつある。一つは、依頼人への想いだ。救えない命を救える。薬師は貴い務めだと、みなが考えていた。
もう一つは、森のすがたを残すこと。採りすぎない。分け入った枝の間は歪なく戻す。掘り起こした箇所には丁寧に土をかけた。
クラヤミソウを確りとしまい込んだ彼らは、来た道を戻ってゆく。
――――旅のさなか、人びとの営み。薬はどんな場所でも、等しく命を支える。
それと同じく、この森にも生命がめぐるように。新たに咲く花が強く美しく育つよう願いながら。
マスターコメント
ショートシナリオ易しい 報酬:少ない6 / 4〜6人
2020年10月16日 22時57分12秒 公開
相談掲示板
ウォーリアのハヤールと申す。 此度の依頼では宜しく頼もうぞ。
お初にお目にかかります。 メイドの……、ではなくて、ヒューマンのシーフ、「ローレシア・ルエイン」と申します。 この度はどうぞ、宜しくお願い致します。
はじめましての人ばっかりかな。 シーフのスフィカだよ、今回はよろしくね。
私も皆さん初めましてですね。 シューターのマリイと申します。よろしくお願いしますね。
エンデ。シーフ。よろしく。準備は…これから。
ヒーラーのフィーレンだ。宜しく。 さて、どうやって探したものか……匂い?
灯りはランタンを持っていく。 探すのは…サバイバル知識をなんとか活用してみるつもりだ。
ううむ、日の当たらない場所であるか…。 場所は森林である事だし、木陰や倒木の裏などが候補であろうか…? その辺を中心に当たってみるとしよう。 明かりは我輩もランタンを持っていくつもりである。
日の当たらない場所ですから、皆様のご意見通り、私もランタンを持参致しますね。 空気の流れに反応して特徴的な香りでございますか……。 暗い場所や日の当たらない場所に生える、真っ黒な花とのことですので、似たようなものを見つけましたら、煽って風立たせてみて、香りが立ち上るか試してみますね。
うちもあかりはランタンに頑張って貰う予定。ついでに看破が効いてくれると嬉しいな。 ハヤールさん言ってる倒木裏とか、後は地形で影になってそうな場所がないかをざっくりと探していこと思う。 んー。匂い出させれば効率良さそうだし、空気の流れに反応して発するってあるからどうにか……マントとか振って風起こして、風下に誰か居てもらったら匂いわかったりしないかなぁ。
被っちゃったごめんね! そしてなるほど。見つけたときの確認としても風を与えてみるのは有用だね、参考にさせてもらおっ。
私もサバイバル知識がございますので、活かせたらいいなと思いつつ。狼も連れて行く予定なので、低い目線で探ることはできそうでしょうか。 今回は自然の風に頼るのはちょっと難しそうですもんね。私も参考にさせていただいて、布か何か扇げそうなものを持っていこうと思います。目視が難しそうな場所の確認に便利そうですし。 他ので個人的に気になることといえば、採取した後の扱いですかねぇ。繊細そうなお花ですけど、念のため陽の光が当たらないように気を遣うとかすれば充分でしょうか。