これが”日常”
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2023年12月30日 23時06分02秒
それはスラムの中でもとびきりの”一等地”に立っていた。
バラックも多いこのスラムの中で、一際目を引く外観は『表』にあっても違和感のない立派な造りであり、建物の入り口に吊るされた特徴的な看板はここが酒場だということを示している。
「さあ、用事を済ませてしまおうか」
自身の陰から興味深げに建物を見つめる姉妹の姿を微笑ましく思いつつ、ヨル・スレイマンはナハシュに声をかけた。
「だな。夜になるとうるせーし」
答えたナハシュがドアをさっさと開けて中へと入っていく。
「さあ二人も一緒に。大丈夫、”怖い”場所じゃないから」
しっかりと警戒出来ている姉妹に声をかけたヨルは二人の背中を押してナハシュの後に続いた。
この日、ナーレとノーノの姉妹は、ご主人様と骨の人の誘いで『外』に出た。
普段見ることのない外の世界は、姉妹にとってとても新鮮だったのだろう、こんなにも薄汚い街でさえ少女たちは目を輝かせている。
そんな姉妹の姿に、二人は内心ほっと胸をなでおろしていた。この幼い姉妹には語るも辛い過去があり、『外』は恐怖の対象でしかないはずなのだ。
二人は少女たちの凄惨な記憶を呼び起すかもしれないと心配しつつ、いつまでも現状に甘えさせていては姉妹のためにならないと、姉妹を『外』へと連れだした。
結果的に、姉妹は『外』を楽しんでくれている。好奇心が恐怖を上回ってくれたと、二人は安堵した。
姉妹にスラムの歩き方や身の守り方を教えつつ、市を見て回った四人。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、陽も傾き始めた頃、今回の目的の場所へとたどり着いた。
「親父。とりあえず、エールな」
ヨルが姉妹を連れて店に入ると、すでにカウンターに取りついていたナハシュが酒を注文している。
「おい、ナハシュ――――まったく」
この店に来た目的を忘れるなと注意しようとしたヨルだったが、すぐに言っても無駄だと悟り、姉妹を空いている席へと案内した。
「まだ夕食には少し早いけど、折角だし俺たちも何か注文しようか。二人はなにか食べたいものはあるかい?」
「あっ。え、えっと……」
ヨルに言われノーノとナーレは慌てて上に向けていた視線を下ろす。
「気になるかい?」
「え……は、はい」
ようやく視線を合わせてくれたナーレに、ヨルが微笑みかけた。
ヨルには、少女たちが困惑する理由がよくわかる。いや、その視線の先を追えば一目瞭然か。
「あ、あの……このお店、屋根がありません」
「そうだね。なんでも、この間吹き飛んだらしい」
「へ……?」
そう、この酒場には屋根がない。壁と天井の境から、きれいさっぱり吹き飛んでいる。おかげで、茜色に染まってきた空が見放題というわけだ。
「まあ気にしない気にしない。それより何を食べる? こんなだけど、飯の味は悪くないんだよ」
「お菓子がいいっ!」
姉のナーレの困惑を他所に、歩き疲れてお腹がへっていたのか、ノーノが元気に答えた。
ヨルはよろしいと頷くと、姉妹を置いてカウンターで喋っているマスターとナハシュの元へと歩み寄る。
「マスター、子供たちに何かデザートを頼むよ」
「おいおい、ここは孤児院じゃねぇんだぞ。ガキが食うもんなんて置いてるわけねぇだろ」
「別に離乳食を出せと言ってるわけじゃないんだ。適当に刺激が少ない食べ物を頼む」
「そんなこと言って、なにだしゃ……」
「んなもん、その棚の奥に大切そーにしまってるブツを出せばいいじゃねーか。最近、食いすぎで腹の肉が随分重そうだぜ?」
「ばっ! あれは俺の楽しみ……ってか、ナハシュ、お前なんで知ってんだっ!?」
驚くマスターにナハシュはケラケラと笑い、酒を煽る。
そんな友人に苦笑しつつ、ヨルはマスターにそのブツを出してくれるように頼んだ。
マスターはしばらく考えるが、過剰摂取気味の自覚はあるのか、渋々そのブツを出してくれる。それは、シャルガネの『かすていら』という菓子だった。
●
姉妹は机に置かれた琥珀色のお菓子を不思議そうに見つめていたが、ヨルの「美味しいよ」の一声で恐る恐る口にしてみた。
「気に入ったようだね」
一度手を出せばもう止まらない。
ヨルは無心で『かすていら』に手を伸ばす姉妹に、追加で用意したホットミルクを差し出す――――その時だった。
「おい、親父。酒だ! 樽でもってこい!」
和やかなスイーツタイムを打ち破るだみ声が屋根のない酒場に響く。
声と共に店に現れたのは、ガシャガシャと金属鎧をかき鳴らす複数の男たちだった。
男たちは酒場を見渡し、他の客に威嚇の視線を向けると店の中央のテーブルに陣取る。
「……気にしないでいいからね、さあ食べて食べて」
大きな声に身体をすくませていた姉妹に、ヨルが声をかけた。姉妹はしばらく迷っていたが、ヨルの笑顔に安堵し食事を続けた。
一方店の中央では、運ばれてきた酒を乱暴に打ち鳴らし、男たちの宴会が始まった。
男たちの身なりから、どこかの兵士だと分かる。いや、身に着けた鎧の程度から兵士崩れか脱走兵といったところか。『表』では大っぴらに騒げないからこんな『裏』まで降りてきたのだろう。
「何だこの料理は! 腐ってんじゃねーのか! 酒も薄すぎて飲めたもんじゃねぇ!」
散々酒と料理を喰らってからのクレーム。典型的ないちゃもんだ。
しかし、マスターは男たちに謝罪し、新しいものを用意すると引き下がった。
これに気分を良くしたのか、男達の傍若無人っぷりのレベルがまた一段階上がることになる。
「いつにもましてお利巧ちゃんじゃねーか。あんな奴らおいだしゃいいのに」
料理の交換を終えて戻ってきたマスターをナハシュが煽ると鋭い視線が返ってきた。
「別にいいんだよ。文句言うだけで金は払ってるんだ。下手に暴れられるより100倍いい」
「はは、商売人の鑑だねぇ」
「うるせぇ。それよりナハシュ、くれぐれももめ事は起こすなよ」
「わーってるって、俺がそんなことするような野蛮な男じゃないのは知ってるだろ?」
「……いや、まったく知らんが?」
ジト目を向けてくるマスターに、ナハシュはケラケラと笑う。
「ああ? なんだ随分とくせぇと思ったら、ゴブリンのガキがいるじゃねぇか」
そんな中、男たちが店の隅で食事をしていた姉妹の存在に気付いた。
男たちはいい酒の肴を見つけたとでも思ったのか、姉妹に蔑みの視線と侮蔑の言葉を投げかける。姉妹は自分たちに向けられる”大人の視線”に怯え、食事の手を止め震えていた。
流石にこれ以上は看過できないと、ヨルが姉妹をかばう様に立ち上がろうとした――――その時。
「随分、景気がいいじゃねーか。いい儲け話でもあったのか?」
カウンターで飲んでいたナハシュが、男たちのテーブルにジョッキを叩きつけ空いている椅子に腰かけた。
「なんだてめぇ? ゴブリン風情が人様の言葉を喋るんじゃねぇ。ただでさえまずい酒がもっとまずくなんだろ」
「おお、まずいなら俺が飲んでやるぜ。寄こしな」
「あっ! てめぇなにしやがる!!」
「いやー、うめぇ! やっぱ、親父の酒は最高だぜ!」
「てめぇ、ゴブリンが! 人様の話を無視するとはいい度胸じゃねぇか!」
「あー? 酒の味も分からねぇような”ブタ”が何言ってやがる。ほら、そっちのも寄こせよ。お前らには勿体ねぇ代物だ」
「いい度胸だ……誰に喧嘩売ったか、わからせてやるぜ!」
「はぁ、結局こうなるのか。いっそ、安心感すら感じるよ」
酒の仇討ちだとばかりに始まった大乱闘に、ヨルは盛大なため息をつくと、姉妹を立たせ店の端へと移動するように促す。
「わかってるとは思うけど、俺が戻るまではできるだけ殺すな。遊ぶ分には任せる」
姉妹を避難させたヨルは、男たちの攻撃を大きく避けて自分の元に来たナハシュの背後を取ると彼に囁きかける。
「わかってるわかってる。一人は残しとけっていうんだろ? その方が後々楽しいもんなぁ」
「何を勘違いして……まあいい。ともかく、しばらく任せる」
ヨルはナハシュの背を肩で押し戦線へ復帰させると、自身は姉妹が避難しているカウンターへ向かった。
「大丈夫だったかい?」
「は、はい……!」
カウンター裏では、姉妹とマスターが仲良く頭を抱えて『災難』が過ぎ去るのを待っている。
「お、おい、ヨル!」
「わかってるよ、マスター。善処する」
「お、おまっ! 善処じゃなくて、全力で努力しろよ!? まだ、屋根の修理も――――」
顔面蒼白で憤慨しているマスターをなだめつつ、ヨルは懐から何かを取り出した。
「何もないとは思うけど、一応これを渡しておくよ」
「こ、これって……」
ナーレに手渡されたそれは、ズシリと重い剣だった。
「ナーレ君、今が考える時だ。聡明な君なら今何をすればいいのかわかるね?」
そう問いかけられて、ナーレは剣をぎゅっと胸に抱く。
「……ここに隠れて、邪魔にならないようにします。もし何かあれば、この剣でノーノを守ります」
「100点だ。ノーノ君もわかったね」
「うん……っ! ノーノ、おねえちゃんの言う事をちゃんと聞くねっ!」
「すばらしい。ノーノ君も100点だ」
カウンターの向こうからは、剣戟の音、男たちの怒声、悲鳴――――そして、野獣のごとき笑い声が聞こえる。
カウンターの分厚い板を隔てた向こうは、今まさに戦場、死地となっているというのに、この少女たちは実に冷静だ。いっそマスターのほうが狼狽しているくらいだ。
「二人ともけして頭を挙げない事。出来れば耳も塞いで居て欲しいけど、それだともしもの時判断が鈍るだろうから、そこは任せる。とにかく心配しなくていい、すぐに終わる」
姉妹の成長を肌で感じたヨルはそう言い残すとカウンターを飛び出した。
●
「ここの”礼儀”ってやつを教えてやるよ!」
狭い店内で大物を振り回してくる男の足をすくい転倒させると、肩関節にナイフを突き刺し――――断ち切った。
悲鳴を上げのたうち回る男から噴き出した血で手を濡らすと、隙をついて大剣の一撃を叩き込んでくる別の男に向け、血を振りかける。
仲間の血で突然真っ赤に染まった視界に男が怯んだ隙に、ナハシュは大剣使いの鎧の隙間にナイフの柄を突き込んだ。
「こんな狭い場所で振り回すには不便な代物だなぁ? 素人か?」
肺の空気を一瞬で奪われ嗚咽する男を蹴り飛ばし、ナハシュが残りの男たちを見渡す。
そこに先ほどまでの酔っぱらいの顔はなく、戦士の顔が並んでいた。
各々武器を取り、返り血の池の中へらへらとナイフで遊ぶナハシュをゆっくりと包囲し始める。
「へへ、纏めて来いよ。一人じゃ物足りねー……っておい、ヨル、邪魔すんじゃねーよ」
男たちのナハシュ包囲網が完成する間際、両者の間にヨルが割って入った。
「まったく、『遊ぶだけ』だって言っただろう。あの子たちがいることを忘れるな」
「だから、殺してねぇだろうが」
「遊び方にも”礼儀”がある。そうだろ?」
そう言ってヨルはナハシュへと近づくと、その首根っこを掴み上げた。
「さて、君達にもわかっただろう? これがここの”礼儀”だ」
「ぐえっ」と不格好な悲鳴を上げるナハシュを無視しつつ、ヨルが男たちに凄む。
「これ以上やるというのなら、またこの野獣を解き放つ。君達には懸命な判断を求めるよ」
「離せこの野郎!」と暴れるナハシュにチラリと視線を向けた男たちは、すぐに決断した。その見事な引き際は、やはり素人ではない。
男たちは負傷した仲間を回収し引きずりながら、ヨルとナハシュに視線を突き刺しながら店から出ていった。
●
「ほれ、土産だ」
「これって……はぁ、ほんと手癖が悪い奴だ」
自身の返り血の事など気にもせず、ナハシュが真っ赤に染まったいくつもの財布をカウンターに置いた。ヨルはナハシュの手際と手癖にため息をつく。
「これ、もらっていいの?」
「おう、好きに使えや」
「ちょ、ちょっとノーノ!?」
真っ赤な財布に怯むナーレとは対照的に、ナハシュからのプレゼントだとノーノは大喜び。
「さて、飲みなおしだ。おい、親父、店を護ってやったんだ、とっておきのを出せよ?」
「はぁ、なにが飲みなおしだ馬鹿野郎っ!! この有様どう落とし前つけてくれるんだぁぁ!!!」
さっきのひと悶着でさらにひどい有様となった酒場に、マスターの慟哭が響き渡ったのだった――――。
バラックも多いこのスラムの中で、一際目を引く外観は『表』にあっても違和感のない立派な造りであり、建物の入り口に吊るされた特徴的な看板はここが酒場だということを示している。
「さあ、用事を済ませてしまおうか」
自身の陰から興味深げに建物を見つめる姉妹の姿を微笑ましく思いつつ、ヨル・スレイマンはナハシュに声をかけた。
「だな。夜になるとうるせーし」
答えたナハシュがドアをさっさと開けて中へと入っていく。
「さあ二人も一緒に。大丈夫、”怖い”場所じゃないから」
しっかりと警戒出来ている姉妹に声をかけたヨルは二人の背中を押してナハシュの後に続いた。
この日、ナーレとノーノの姉妹は、ご主人様と骨の人の誘いで『外』に出た。
普段見ることのない外の世界は、姉妹にとってとても新鮮だったのだろう、こんなにも薄汚い街でさえ少女たちは目を輝かせている。
そんな姉妹の姿に、二人は内心ほっと胸をなでおろしていた。この幼い姉妹には語るも辛い過去があり、『外』は恐怖の対象でしかないはずなのだ。
二人は少女たちの凄惨な記憶を呼び起すかもしれないと心配しつつ、いつまでも現状に甘えさせていては姉妹のためにならないと、姉妹を『外』へと連れだした。
結果的に、姉妹は『外』を楽しんでくれている。好奇心が恐怖を上回ってくれたと、二人は安堵した。
姉妹にスラムの歩き方や身の守り方を教えつつ、市を見て回った四人。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、陽も傾き始めた頃、今回の目的の場所へとたどり着いた。
「親父。とりあえず、エールな」
ヨルが姉妹を連れて店に入ると、すでにカウンターに取りついていたナハシュが酒を注文している。
「おい、ナハシュ――――まったく」
この店に来た目的を忘れるなと注意しようとしたヨルだったが、すぐに言っても無駄だと悟り、姉妹を空いている席へと案内した。
「まだ夕食には少し早いけど、折角だし俺たちも何か注文しようか。二人はなにか食べたいものはあるかい?」
「あっ。え、えっと……」
ヨルに言われノーノとナーレは慌てて上に向けていた視線を下ろす。
「気になるかい?」
「え……は、はい」
ようやく視線を合わせてくれたナーレに、ヨルが微笑みかけた。
ヨルには、少女たちが困惑する理由がよくわかる。いや、その視線の先を追えば一目瞭然か。
「あ、あの……このお店、屋根がありません」
「そうだね。なんでも、この間吹き飛んだらしい」
「へ……?」
そう、この酒場には屋根がない。壁と天井の境から、きれいさっぱり吹き飛んでいる。おかげで、茜色に染まってきた空が見放題というわけだ。
「まあ気にしない気にしない。それより何を食べる? こんなだけど、飯の味は悪くないんだよ」
「お菓子がいいっ!」
姉のナーレの困惑を他所に、歩き疲れてお腹がへっていたのか、ノーノが元気に答えた。
ヨルはよろしいと頷くと、姉妹を置いてカウンターで喋っているマスターとナハシュの元へと歩み寄る。
「マスター、子供たちに何かデザートを頼むよ」
「おいおい、ここは孤児院じゃねぇんだぞ。ガキが食うもんなんて置いてるわけねぇだろ」
「別に離乳食を出せと言ってるわけじゃないんだ。適当に刺激が少ない食べ物を頼む」
「そんなこと言って、なにだしゃ……」
「んなもん、その棚の奥に大切そーにしまってるブツを出せばいいじゃねーか。最近、食いすぎで腹の肉が随分重そうだぜ?」
「ばっ! あれは俺の楽しみ……ってか、ナハシュ、お前なんで知ってんだっ!?」
驚くマスターにナハシュはケラケラと笑い、酒を煽る。
そんな友人に苦笑しつつ、ヨルはマスターにそのブツを出してくれるように頼んだ。
マスターはしばらく考えるが、過剰摂取気味の自覚はあるのか、渋々そのブツを出してくれる。それは、シャルガネの『かすていら』という菓子だった。
●
姉妹は机に置かれた琥珀色のお菓子を不思議そうに見つめていたが、ヨルの「美味しいよ」の一声で恐る恐る口にしてみた。
「気に入ったようだね」
一度手を出せばもう止まらない。
ヨルは無心で『かすていら』に手を伸ばす姉妹に、追加で用意したホットミルクを差し出す――――その時だった。
「おい、親父。酒だ! 樽でもってこい!」
和やかなスイーツタイムを打ち破るだみ声が屋根のない酒場に響く。
声と共に店に現れたのは、ガシャガシャと金属鎧をかき鳴らす複数の男たちだった。
男たちは酒場を見渡し、他の客に威嚇の視線を向けると店の中央のテーブルに陣取る。
「……気にしないでいいからね、さあ食べて食べて」
大きな声に身体をすくませていた姉妹に、ヨルが声をかけた。姉妹はしばらく迷っていたが、ヨルの笑顔に安堵し食事を続けた。
一方店の中央では、運ばれてきた酒を乱暴に打ち鳴らし、男たちの宴会が始まった。
男たちの身なりから、どこかの兵士だと分かる。いや、身に着けた鎧の程度から兵士崩れか脱走兵といったところか。『表』では大っぴらに騒げないからこんな『裏』まで降りてきたのだろう。
「何だこの料理は! 腐ってんじゃねーのか! 酒も薄すぎて飲めたもんじゃねぇ!」
散々酒と料理を喰らってからのクレーム。典型的ないちゃもんだ。
しかし、マスターは男たちに謝罪し、新しいものを用意すると引き下がった。
これに気分を良くしたのか、男達の傍若無人っぷりのレベルがまた一段階上がることになる。
「いつにもましてお利巧ちゃんじゃねーか。あんな奴らおいだしゃいいのに」
料理の交換を終えて戻ってきたマスターをナハシュが煽ると鋭い視線が返ってきた。
「別にいいんだよ。文句言うだけで金は払ってるんだ。下手に暴れられるより100倍いい」
「はは、商売人の鑑だねぇ」
「うるせぇ。それよりナハシュ、くれぐれももめ事は起こすなよ」
「わーってるって、俺がそんなことするような野蛮な男じゃないのは知ってるだろ?」
「……いや、まったく知らんが?」
ジト目を向けてくるマスターに、ナハシュはケラケラと笑う。
「ああ? なんだ随分とくせぇと思ったら、ゴブリンのガキがいるじゃねぇか」
そんな中、男たちが店の隅で食事をしていた姉妹の存在に気付いた。
男たちはいい酒の肴を見つけたとでも思ったのか、姉妹に蔑みの視線と侮蔑の言葉を投げかける。姉妹は自分たちに向けられる”大人の視線”に怯え、食事の手を止め震えていた。
流石にこれ以上は看過できないと、ヨルが姉妹をかばう様に立ち上がろうとした――――その時。
「随分、景気がいいじゃねーか。いい儲け話でもあったのか?」
カウンターで飲んでいたナハシュが、男たちのテーブルにジョッキを叩きつけ空いている椅子に腰かけた。
「なんだてめぇ? ゴブリン風情が人様の言葉を喋るんじゃねぇ。ただでさえまずい酒がもっとまずくなんだろ」
「おお、まずいなら俺が飲んでやるぜ。寄こしな」
「あっ! てめぇなにしやがる!!」
「いやー、うめぇ! やっぱ、親父の酒は最高だぜ!」
「てめぇ、ゴブリンが! 人様の話を無視するとはいい度胸じゃねぇか!」
「あー? 酒の味も分からねぇような”ブタ”が何言ってやがる。ほら、そっちのも寄こせよ。お前らには勿体ねぇ代物だ」
「いい度胸だ……誰に喧嘩売ったか、わからせてやるぜ!」
「はぁ、結局こうなるのか。いっそ、安心感すら感じるよ」
酒の仇討ちだとばかりに始まった大乱闘に、ヨルは盛大なため息をつくと、姉妹を立たせ店の端へと移動するように促す。
「わかってるとは思うけど、俺が戻るまではできるだけ殺すな。遊ぶ分には任せる」
姉妹を避難させたヨルは、男たちの攻撃を大きく避けて自分の元に来たナハシュの背後を取ると彼に囁きかける。
「わかってるわかってる。一人は残しとけっていうんだろ? その方が後々楽しいもんなぁ」
「何を勘違いして……まあいい。ともかく、しばらく任せる」
ヨルはナハシュの背を肩で押し戦線へ復帰させると、自身は姉妹が避難しているカウンターへ向かった。
「大丈夫だったかい?」
「は、はい……!」
カウンター裏では、姉妹とマスターが仲良く頭を抱えて『災難』が過ぎ去るのを待っている。
「お、おい、ヨル!」
「わかってるよ、マスター。善処する」
「お、おまっ! 善処じゃなくて、全力で努力しろよ!? まだ、屋根の修理も――――」
顔面蒼白で憤慨しているマスターをなだめつつ、ヨルは懐から何かを取り出した。
「何もないとは思うけど、一応これを渡しておくよ」
「こ、これって……」
ナーレに手渡されたそれは、ズシリと重い剣だった。
「ナーレ君、今が考える時だ。聡明な君なら今何をすればいいのかわかるね?」
そう問いかけられて、ナーレは剣をぎゅっと胸に抱く。
「……ここに隠れて、邪魔にならないようにします。もし何かあれば、この剣でノーノを守ります」
「100点だ。ノーノ君もわかったね」
「うん……っ! ノーノ、おねえちゃんの言う事をちゃんと聞くねっ!」
「すばらしい。ノーノ君も100点だ」
カウンターの向こうからは、剣戟の音、男たちの怒声、悲鳴――――そして、野獣のごとき笑い声が聞こえる。
カウンターの分厚い板を隔てた向こうは、今まさに戦場、死地となっているというのに、この少女たちは実に冷静だ。いっそマスターのほうが狼狽しているくらいだ。
「二人ともけして頭を挙げない事。出来れば耳も塞いで居て欲しいけど、それだともしもの時判断が鈍るだろうから、そこは任せる。とにかく心配しなくていい、すぐに終わる」
姉妹の成長を肌で感じたヨルはそう言い残すとカウンターを飛び出した。
●
「ここの”礼儀”ってやつを教えてやるよ!」
狭い店内で大物を振り回してくる男の足をすくい転倒させると、肩関節にナイフを突き刺し――――断ち切った。
悲鳴を上げのたうち回る男から噴き出した血で手を濡らすと、隙をついて大剣の一撃を叩き込んでくる別の男に向け、血を振りかける。
仲間の血で突然真っ赤に染まった視界に男が怯んだ隙に、ナハシュは大剣使いの鎧の隙間にナイフの柄を突き込んだ。
「こんな狭い場所で振り回すには不便な代物だなぁ? 素人か?」
肺の空気を一瞬で奪われ嗚咽する男を蹴り飛ばし、ナハシュが残りの男たちを見渡す。
そこに先ほどまでの酔っぱらいの顔はなく、戦士の顔が並んでいた。
各々武器を取り、返り血の池の中へらへらとナイフで遊ぶナハシュをゆっくりと包囲し始める。
「へへ、纏めて来いよ。一人じゃ物足りねー……っておい、ヨル、邪魔すんじゃねーよ」
男たちのナハシュ包囲網が完成する間際、両者の間にヨルが割って入った。
「まったく、『遊ぶだけ』だって言っただろう。あの子たちがいることを忘れるな」
「だから、殺してねぇだろうが」
「遊び方にも”礼儀”がある。そうだろ?」
そう言ってヨルはナハシュへと近づくと、その首根っこを掴み上げた。
「さて、君達にもわかっただろう? これがここの”礼儀”だ」
「ぐえっ」と不格好な悲鳴を上げるナハシュを無視しつつ、ヨルが男たちに凄む。
「これ以上やるというのなら、またこの野獣を解き放つ。君達には懸命な判断を求めるよ」
「離せこの野郎!」と暴れるナハシュにチラリと視線を向けた男たちは、すぐに決断した。その見事な引き際は、やはり素人ではない。
男たちは負傷した仲間を回収し引きずりながら、ヨルとナハシュに視線を突き刺しながら店から出ていった。
●
「ほれ、土産だ」
「これって……はぁ、ほんと手癖が悪い奴だ」
自身の返り血の事など気にもせず、ナハシュが真っ赤に染まったいくつもの財布をカウンターに置いた。ヨルはナハシュの手際と手癖にため息をつく。
「これ、もらっていいの?」
「おう、好きに使えや」
「ちょ、ちょっとノーノ!?」
真っ赤な財布に怯むナーレとは対照的に、ナハシュからのプレゼントだとノーノは大喜び。
「さて、飲みなおしだ。おい、親父、店を護ってやったんだ、とっておきのを出せよ?」
「はぁ、なにが飲みなおしだ馬鹿野郎っ!! この有様どう落とし前つけてくれるんだぁぁ!!!」
さっきのひと悶着でさらにひどい有様となった酒場に、マスターの慟哭が響き渡ったのだった――――。