おっさんズPUB

キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2023年09月09日 12時56分03秒

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 シルトラース帝国南部鎮守都市ヴィントには、数多くの酒場がある。
 秋口に差し掛かり、涼風が夜の街角を爽やかに通り抜ける様になった季節、ディレイン・オールドケイジが依頼を終えた疲れを癒そうと冒険者ギルド近くの酒場にひょいと顔を出すと、そこに幾つか見知った顔があることに気付いた。
「お、ディレインじゃないか。どうだ、一緒に飲まないか。奢るぞー」
 元帝国近衛連隊長マクシミリアン・ミルドが木製ジョッキ片手に大きく手を振ってきた。ただでさえ背が高い彼がオーバーアクションで掌を左右に揺らすと、それだけで恐ろしく目立ってしまう。
「お、すみませんねぇ。じゃあ遠慮無く……」
 ディレインはマクシミリアンと同席している他の面々にも知った顔があることから、ご相伴に預からせて貰うことにした。
 マクシミリアンの正面に座していた元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーが、軽く会釈しながら横にずれてディレインが座る為のスペースを空けた。
 その傍らで、フィルエス大森林の賢者フェアロス・アーラ・アスプロスが態々店員にひと言断りを入れて、ディレインの為に木椅子をひとつ持ってきてくれた。
「ミルド、お知り合いか?」
 銀狼半獣人のニコライ=ヴォルファングが問いかけると、マクシミリアンは俺の大事な情報参謀さ、と調子良さげに笑った。
 情報参謀ねぇ、と内心で苦笑を禁じ得ないディレイン。どちらかといえばマクシミリアンが己の情報弱者ぶりをカバーして貰う為に、お願いするという形を取りながら色々無理難題を吹っ掛けてくるというのが正しい解釈だろう。
 その際のマクシミリアンの態度は決して尊大ではなく、飽くまでも『頼むお願い助けて頂戴』という下手に出る平身低頭ぶりながら、その巨躯から発せられる圧は中々な迫力がある。
 ディレインもその圧に半ば屈する形で仕方無くマクシミリアンの頼みを聞いてやるのだが、結果的にディレイン自身の能力を最大限に引き出してくれることにもなるから、余り悪い気分でもなかった。
 そんなマクシミリアンがディレインをニコライに紹介した。
 ニコライは自身の息子がディレインと共に依頼に出ることがあるという話を聞くと、それはそれはと眉を開いて頭を下げた。
「いつも息子がお世話になっています。今後もどうぞ宜しく」
「いえいえ、こちらこそ。お世話になっているといえば、フェアロスさんのお嬢さんにもいつも助けて頂いて、大変お世話になっています」
 ディレインが水を向けると、フェアロスは穏やかに会釈を返した。フェアロス自身もディレインとは過去に依頼で同行したことがあり、お互いの技量はよく心得ている。
「娘ひとりの力ではどうしても限界が出てきます。そんな時にディレインさんにお力添え頂ければ、これ程に心強いことはありません」
 フェアロスのこのディレイン評は決して社交辞令などではなく、心からの信頼だ。
「そういえばうちの息子も、アーラ師のご息女にはいつも大変お世話になっていると、アクバー殿からお聞きしました。聞けばアーラ師は息子の立場から見ると、義姉殿の御父上ということになるとか」
 何ともややこしい関係性だが、ニコライは酒が入っている頭でもその点はしっかり把握していた。
 対するフェアロスは七盃目のジョッキを空けてから、こちらこそ娘がお世話になりありがとうございますと穏やかに返す。
「っていうかアーラ師、すんげぇザルだな」
 既に出来上がっているマクシミリアンは、淡々と八盃目をオーダーするフェアロスに驚嘆の念を隠そうともしなかった。

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 これは中々凄い面子が揃っている――ティーチャーは斜め後方の卓に顔を並べている男達に、興味をそそられた。
(近衛連隊長に帝国魔導院エスタル支部長といえば、帝国崩壊前なら雲の上のひとびとだよね)
 それ程のお歴々が、こんな下町の酒場で自然に寛いでいるというのは、余り見られない光景だ。一緒に盃を交わすことは出来なくとも、彼らの会話にはどうしても耳を傾けざるを得ない。
 ティーチャーはそれとなく席を移し、彼らの隣りのカウンターテーブルで、顔を見られぬ様に背を向けたままひとり酒を楽しむことにした。
 一応、仮面は装着したままだ。何かの拍子で教え子の友人(ディレイン)に顔を見られたら、それはそれで面倒なことになりそうだと直感していたからだ。
 尤も、店内でおひとり様を堪能する仮面のおっさんというのはそれだけで中々に不審者感全開なのだが、本人は余り気にしていない様子だった。
 周囲から若干奇異の視線が向けられているにも関わらず、ティーチャーの考察は続く。
(シルバーファング傭兵団の団長殿と、森の賢者殿はどちらも子持ち……これもまた興味深い!)
 精悍なイケメン銀狼と美貌の賢者が揃ってお父さん同士のパパ友というのは、きっと世の奥様方が放ってはおかないだろうなどと勝手な夢小説展開に浸るティーチャー。ちょっと想像力が逞し過ぎる。
 ところがこのティーチャーの存在に対し、件の卓のうち何名かは既に、奇妙な輩が居るということで多少意識を向ける様になっていた。
 フェアロスとニコライは胡散臭い男だと認識しつつも、敵意が無いことは明白だった為、特に何もいわずにそのまま受け流していた。
 一方、クライスは実のところ早い段階からその存在に気付いていた。が、矢張りフェアロスやニコライ同様、敵意の無い者には余り関心を示さない。他の客も居る中で、下手に騒ぎを起こしては拙いという大人の判断も働いてたのだろう。
 逆にマクシミリアンは相当に酒が入っている所為か、最初から気付いていなかった。
 今宵は飲み友達のニコライと久々に盃を交わすことが出来たし、お気に入り参謀のディレインとも宴の席を共にすることが出来た。加えてフェアロスもこの場で口説き落として自分の心の師に迎えようなどと虎視眈々と狙っているのが誰の目から見ても分かる。
 とてもではないが、ティーチャーにまで気が廻る余裕は無さそうだった。
 そして最後に気付いたディレインは――ほとんど一瞬で顔色を変えた。この野郎、こんなところで何をしているんだ、と。
(縛り上げて警備兵に突き出してやろうか)
 内心で腹を固めたディレインだったが、すぐさま隣りのクライスが、狭いテーブル下で偶々足がぶつかった体を装って制した。
 元々背の高い男達だから、足も長い。何度と無くお互いに足をぶつけ合っては苦笑を交わしていたが、今回は明らかに意図を感じさせるぶつけ方だった。
 クライスはニコライとフェアロスがお互いの子供達について言葉を交わし始めたタイミングを見計らい、ディレインに黒眼鏡の奥から、
(少しの間、俺に任せろ)
 とばかりに視線で合図を送ってきた。
 一体、この御仁は何をやろうとしているのか。
 ディレインは興味深く、クライスの行動を見守ることにした。

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 ニコライとフェアロス。
 それぞれ冒険者の息子と娘を持つ親同士。お互い、どうしても親近感が湧いてしまう。
 ふたりは初対面ながら子育ての大変さや、子供が成長する過程を見守ることの楽しさを語り合って、今後も期待を持って接していきましょうと笑みを交わした。
 その一方でマクシミリアンは、クライスの反応が少しばかり気になっていた。クライスは余り公には語っていないが、エスタルで妻子を失っている。ニコライやフェアロスの子供談義には内心で鬱屈したものを抱えているんじゃないかと多少心配になったが、しかし当のクライスはこの時、隣りのカウンターテーブルに意識を向けている様子だった。
「ちょっと失礼」
 クライスは店主から料理と酒について少し聞きたいことがある、などと適当な理由を付けて席を立ち、そしてカウンターテーブルに腰を据えた。
 思わず目を剥いたのはティーチャーだ。まさかクライスの方から自身の隣りの椅子に移動してくるとは思っても見なかった為、多少の驚きを禁じ得なかった。
「ディレインの知り合いか?」
「うん、まぁね。私の大事な生徒と仲良くしてくれてる御仁でね……ただ残念ながら、色々あって彼とは敵対する形にはなっちゃってるんだけど」
 そうか、と余り興味無さそうに頷き返すクライス。しかし黒眼鏡の奥では、その鋭い観察眼が既に機能し始めていることを、ティーチャーはそれとなく察した。
「もしかしてバレちゃってるのかな?」
「少なくともディレインにはな」
 クライスの応えを受けてちらりと後方に視線を流すと、ディレインから警戒の念を含んだ眼光が突き刺さってきていることに気付いた。ティーチャーは思わず、おやおやと苦笑を漏らす。
「後でじっくり話そう。あそこの個室を取って貰うから、興味があれば待っていてくれ」
 クライスはそこで一旦話を区切り、カウンター越しに店主と会話を交わし始めた。
 一方、ディレインはクライスが店内奥の個室をそれとなく指差してきたことで、その意図を察した。
(ははあ、成程)
 店主との会話を終えたクライスが、テーブルに戻ってきた。
「彼の名は?」
「ティーチャーって名乗ってるけど、本名は知らないなぁ」
 クライスに応じつつ、ディレインは腕を組んだ。逆に、クライスがティーチャーに対してどの様な心理戦を仕掛けてきたのかという点が、ディレインには大いに気になった。
「観察してきただけだ。ジョッキの持ち方やフォークの握り方から利き手、扱う武器、防御時の最初の挙動、その辺が大体分かる。それに会話の応じ方から目的第一か、愉快犯主体かの方向性も読める」
 あの短時間でそんなに分かるものなのかと、ディレインは舌を巻いた。
 格闘魔導師であると同時に卓越した研究者でもあり、一流の観察眼の持ち主という一面を覗かせたクライス。帝国魔導院エスタル支部長の肩書は伊達ではなかった。
 ティーチャーの方も背中越しに聞き耳を立てながら、こりゃ恐ろしい御仁だと苦笑を浮かべると同時に、敢えてティーチャー自身にも聞こえる様にと声を絞らなかった心理戦の巧妙加減に舌を巻いた。
 これは面白い人物だ――ティーチャーはクライスに対し、更なる興味を抱いた。

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 相変わらずマクシミリアンはティーチャーの存在には気付いていないし、クライスが本当にただ店主と話す為だけに少しの間だけ席を立ったと思っている。
 だからクライスが戻ってきた時には、マクシミリアンは未だ子供談義に花を咲かせているフェアロスを、今後は心の師として扱うけど構わないかと妙な申し入れをクライスにブッ込んできた。
「それを俺に訊いてどうする」
「いやだってお前、アーラ師とは何か良い感じのバディ感出してるじゃないか」
 話のネタにされたフェアロスは、そうなんですかと思わず小首を傾げた。ニコライも子供談義を中断し、何故か興味津々といった様子で両者の顔を見比べる。
 これはもしかしてジェラシーか、などと変な方向に妄想を膨らませている聞き耳親父のティーチャーなどは、違う意味で楽しくなってきた。
「ミルド、どうしたんだお前。歳食って今更師匠を求めるのか?」
「よく見ろニコライ。アーラ師のこの飲みっぷりを。お前も相当に酒は強いが、アーラ師の、この何事も無かったかの様な飲み方は精神の強靭さを物語っているぞ」
 そういえば、とニコライはフェアロスと重ねたジョッキの数を読んでみた。正確には覚えていないが、ふたり揃って二十以上の盃を空けたのは間違い無い。
「じゃあ俺もお前の心の師候補だな」
「いや、お前は駄目だ。酔うとすぐナンパに走る」
 マクシミリアンにばっさりと否定されたニコライだが、お前は分かっていないなぁとニヒルな笑みを浮かべて曰く。
「英雄色を好む、とかいうだろう?」
「今の台詞、奥方にバラしても文句はいうなよ」
 マクシミリアンからの思わぬ反撃を受け、ニコライはやめろ、それだけはやめろと近衛連隊長の軽装の袖をがっしと掴んでいた。
 ニコライの予想外の豹変ぶりに誰よりも驚いたのはディレインだった。こんなにも硬派っぽい人物に見えるのだが、変なところでナンパ師だったり、奥さんにチクられることを恐れていたりと、案外息子氏と同じ趣味、同じ発想の持ち主なのかも知れない。
 矢張り、血は争えないということか。そんなことを思いながらふと視線を流すと、フェアロスなんかは、まぁそういうのもひとそれぞれだ、といわんばかりの寛大な笑みを湛えていた。
 森の賢者、おっさん世代にはどこまでも心が広い。尚、愛娘に対しては色々と手厳しいところもあるらしいのだが、そこは父としての教育の一環なのだろう。
 話が、随分と逸れた。
「アーラ師、マックスが妙なことを口走るのは大体酒の所為なので、寛大に赦して頂けますと幸いです」
「心の師と呼んで頂けるのは大変光栄なことです。私は一向、構いませんよ」
 どこまでも穏やかなフェアロス。するとマクシミリアンはニコライに絡まれながらも、では早速と揉み手しながら嫌らしい笑みを浮かべた。
「あのですね、どうすればそんなに酒に強くなれるんですか?」
 マクシミリアンに問われたフェアロスは、そうですねぇと笑みを絶やさず思考を巡らせ始めた。
 が、クライスとニコライからは、
「お前、結局そこか」
「近衛連隊長ともあろうものが、賢者殿にお伺いするのが酒の話か」
 と非難轟々だった。

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 ニコライはクライスに、最近のマクシミリアンはこんな調子なのかと呆れ顔で訊いた。
「任務の際はいつもの通り脳筋です。私やディレインに頼りっきりで。そして今回はアーラ師という新しい寄る辺を得たことで、ますます調子に乗るでしょうな」
「……結局、昔と大して変わってはおらんということですか」
 よくこんなので近衛連隊長にまで昇りつめたな、とニコライは更に呆れてかぶりを振る。
「任命書類の最終承認欄にサインしたのは、あのヨゼフですからな」
「あぁ、成程。だからか。合点がいきました」
 クライスの微妙に毒を含んだひと言に納得するニコライ。
 対するマクシミリアンは、お前らそれどういう意味だと思いっきり唾を飛ばしながら抗議していた。
「近衛連隊長と帝国魔導院支部長と、シルバーファング傭兵団長……微妙な空気感だねぇ」
「とても仲が良さそうで、何よりですよ」
 何ともいえぬ神妙な表情のディレインに対し、フェアロスは相変わらず穏やかな笑み。尚、握っているジョッキはもう15盃目だ。
(森の賢者殿……何というザル)
 恐らく、一番驚いていたのはティーチャー。ひとは外見によらぬとはいうが、端正な顔立ちと落ち着いた雰囲気のフェアロスが一番の酒豪というのは、もうここまで来ると驚きを通り越してしまう。
 そのティーチャーは、先程クライスに示された個室に、そろそろ移動しようかと考えた。クライスが何か面白い話を聞かせてくれるのかと期待しながら。
 クライスは、やけ酒に近い飲み方をし始めたマクシミリアンを完全シカトしつつ、ディレインに目線で合図を送った。
 直後、個室からティーチャーの困惑した声が響いてきた。
「あれー? ディレインくーん? ちょっと、これは何かなー? 出してー!」
 個室の内側に、他の客の目につかぬ様にと配置して召喚した光柱の内部で、ティーチャーが幾分慌てた様子で懇願してきた。
「どなたか、騒いでいる様ですが」
「あ、気にしない気にしない。ちょっと不審者がおイタしないうちに、懲らしめてやっただけなんで」
 小首を傾げるフェアロスに、ディレインは取って付けた様な説明で適当に誤魔化した。
 クライスも我関せずと知らんぷりをキメ込んでいるので、フェアロスも気にしないことにした。森の賢者としては、仕事の相棒たるクライスが黙っているのなら大丈夫なのだろうという判断基準があるらしい。
 寧ろフェアロスが気になったのは、マクシミリアンの痛飲ぶりだった。もうすっかり、べろんべろんに酔っ払っている。恐らくこのままでは、まともに立ち上がれそうにもない。
「マックスさん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、ではなさそうだな」
 フェアロスの問いかけに横から応じる形で、ニコライが呆れて肩を竦めた。

 ひとりが酔い潰れたので、今宵の宴はお開き、ということになった。
 フェアロスはニコライと一緒に、左右から肩を貸してマクシミリアンを何とか立たせてやった。
「仕方無いなぁ……じゃあ俺は、その辺で適当な荷馬車を借りてくるよ」
 ディレインが酔い覚ましを兼ねて、涼しい風に吹かれながら夜道を歩いてゆく。
 ただひとり、暇そうだったクライスは懐からペンを取り出し、マクシミリアンの額にシャルガネ文字でいうところの『肉』という意味の文字を落書きしていた。
「今日はお誘い下さって、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ……改めて、うちの息子を今後とも宜しく」
 間にマクシミリアンを挟む格好で互いに感謝の意を述べ合うフェアロスとニコライ。
 年齢や人種は違えど、子を思う気持ちは全ての親に共通する普遍の願いであろう。
 やがて、ディレインが一台の荷馬車を引いてきた。
 一同は酒場を後にした。
 今宵酌み交わした盃は、彼らに新たな絆を生み出したことだろう。

「おーい、ディレインくーん! 何か忘れてないかなー?」

 ティーチャー、まさかの放置プレイ。
 恐らく、誰も覚えていない。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0