文武合同納涼会

キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2023年08月30日 21時47分04秒

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 シルトラース帝国にも、夏はある。
 但し、その温度差は地域によって様々だ。極北に近いところとリーンエス王国に近いところでは、季節が半分程ずれているのではないかと思える空気感の違いを感じることもあるとか、無いとか。
 そんな中にあってアウレーリア・フォン・ネーベルベルクの出身地たる帝国南東部は、夏は矢張り暑い部類に入る様だ。
 ネーベルベルク領の復興集落ノイエンドルフもその例外ではなく、最近になってやっと酷暑から脱した様子は伺えたものの、日中はまだまだ残暑の厳しい陽射しが容赦無く降り注いでいる。
 そしてこの日も、幾分斜めに傾き始めた陽光は相変わらず、突き刺す様な熱光を大地に落としていた。
 この暑さに辟易しつつ、鮮やかな緑から黄金色へと模様替えした小麦畑を片目に見遣りながら、ネーベルベルク家の家令テオドール・ブフマンは簡素な造りの執務棟へと足を運んだ。
 高温の外気の中を急ぎ足で進んできた所為か、屋内に入ると一気に汗が噴き出してくる。幸い蒸し暑さを感じる程ではないから、うだるような熱気に悩まされるという訳でも無かったが。
 ともあれ、汗を拭いつつテオドールが一階の最も奥まった一室――アウレーリア専用の執務室に足を踏み入れると、丁度ふたりの客人を迎えてアウレーリアが何事かを相談しているところだった。
「お嬢様、失礼致します……あ、これはナタリア様、お久しゅう御座います。それから……キリアン様で御座いましたね。いつもお嬢様がお世話になっております」
 テオドールがいつもの様にびしっと背筋を伸ばしたまま一礼すると、執務机前の木椅子から美貌の姉弟も立ち上がり、帝国軍式の礼を返して挨拶を述べた。
 姉はナタリア・フィッツジェラルド、そして弟の方はキリアン・フィッツジェラルド。
 アウレーリアは自領内での領地経営業務時は紅いワンピース姿が多いが、この日はナタリアとキリアンも冒険者ではなく、貴族子女子息の落ち着いた普段着姿だった。
「ブフマン卿は相変わらず、忙しそうだな」
 同じアウレーリアの従者として、テオドールは上司或いは先輩に当たるナタリアからすれば、もっと部下や同僚を使えば良いのにと内心で苦笑を禁じ得ない。
 そしてその部下や同僚という範疇には、ナタリア自身も含まれていた。
 ナタリアは帝国崩壊後にアウレーリアの従者としての立ち位置を確立したが、テオドールはそれ以前からのネーベルベルク家の家令だ。その知識や経験はナタリアの数倍以上ともいえる。
 もっとぞんざいに、そして気安くナタリアに指示を出して貰っても良さそうなものなのだが。
「お嬢様、今年度の新規採用者と在籍者の文武合同納涼会の予算案で御座います」
 執務机の横に廻り込んでテオドールが二枚組の文書を差し出すと、アウレーリアはさっと目を通してから、一部の数字をその場で書き換えた。
「半分くらい私費で出すわよ。いつも頑張ってくれてる皆の為ですもの」
 宜しいのですか、と僅かに目を丸くするテオドール。
 建付けは兎も角、中身は普通の慰労会だ。それ故、名目上だけでも公費で賄える様にしておこうと考えた訳だが、アウレーリアは気にしないでと微笑を返した。

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 室を辞していったテオドールを見送ってから、ナタリアとキリアンは再び木椅子に腰を下ろした。
「矢張りブフマン卿は、無理矢理にでも休ませなければならないな」
 ナタリアの苦笑に、アウレーリアも同じ苦笑で応じた。
 これまではネーベルベルク領内の唯一といっても良い状況での文官ということもあり、その労力が尋常ではないであろうことはナタリアも同じ文官として理解している。
 だからこそ今回、キリアンをテオドールの手足となって働ける実行役武官として紹介しようと思い立った。
 キリアン自身も姉ナタリアのとりなしがあったとはいえ、今回改めてテオドールに自己紹介と売り込みを果たしたいと考えていた。
「ブフマン卿は本当にお疲れのご様子でしたね……かの御仁はもっと肉をつけるべきです」
 そういうキリアンも決してガタイが良い方とはいえない。寧ろ細身な体格だが、彼は局地戦とサバイバルの心得を身に着けている元帝国軍野戦猟兵だ。
 童顔故の覇気の乏しさから実力等を疑問視されがちだし気風も穏やかだが、その実力は相当なものである。
 実際彼は相応規模の戦争に於ける正規兵というよりも、テロ防止等を目的とする非対称戦争での治安維持を主眼としてテオドールの下に就こうと考えている辺り、その辺の自警団員などよりも余程に戦術的思考に長けている人物といえるだろう。
 これ程の実力者が武官に就任してくれるなら、アウレーリアとしても願ったり叶ったりだ。
「で、ジビエを提供してくれるって?」
「はい。僕がこの先の山間で狩りを行い、人数分の肉を持ち帰ります」
 趣味と実益を兼ねたキリアンのジビエハンティングはそれだけで大いに歓迎されるものであったが、更には料理の腕も抜群だというから、これは期待出来そうだ。
「私は鮭と茸の仕入れと、後はハーブティーだな」
 ナタリアはナタリアで、冒険者以外の面でも色々と学んできたことを披露したいという思いがあるらしい。
 実際、彼女自慢のハーブティーはこれまで培ってきた園芸知識の集大成といえるものになるだろう。
「私は……そうね。今回は余り出しゃばらずに、後方腕組み領主にでもなっておくわ」
 文武合同納涼会の主役は飽くまでも武官と文官達。
 いつもはあれだこれだの指示ばかりだから、今回ぐらいは金は出しても口は出さぬ、というスタンスでいこうという訳だ。
 しかし、多少の挨拶ぐらいはしておく。外部での仕事が多く、不在領主の如き状態になりつつあるのを、アウレーリア自身も少し気にしていた。
「たまには領に戻って家臣や民に顔見せておかないと、忘れられちゃったら困るしね」
 流石にそこまでいくことはないだろうが、日頃からテオドールやナタリアといった面々が、アウレーリアの手が廻り切らないところをケアしてくれている為、彼らの存在感の方が大きいのは事実だ。
 しかしその一方で、万事そつなく、領主アウレーリアの意を汲んで先回りで全てを上手く進めてくれる彼らの働きには、アウレーリアは改めて感謝の意を抱く思いでもあった。
 帝国崩壊以降実に様々なことがあったが、矢張り自分は恵まれているのだろう、と思う。
「これでもう少し外が静かなら、もっと皆に楽をさせてあげられるのに」
 帝国も王国も色々と面倒な事態が多い昨今。
 せめてこの文武合同納涼会ぐらいは、皆で楽しいひと時を過ごしたいというのがアウレーリアの偽らざる本音であった。

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 翌日。
 ノイエンドルフの中央広場では盛大な宴が催され、歌やダンスといった出し物も披露された。
 そこかしこで笑顔や嬌声が弾け、誰もが楽しそうに酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打つ。
 中でもキリアンお手製のジビエ料理は絶品で、武官文官問わず、皆が我先にありつこうと必死な姿を見せる程であった。
「はいはい、大丈夫ですよ。ちゃあんと皆さんがお腹一杯食べられる量は、確保してありますからね」
 屈託の無い笑顔を浮かべつつ、慣れた手つきで次々と美味そうに焼けた肉料理を取り分け、ひとびとに振る舞ってゆくキリアン。
 また、ナタリアが用意したハーブティーは女性官職や、招待客である職員家族らには特に好評だった。
 冒険者としての経験を積む一方、独学も含めて園芸に関する知識を重ね続けたナタリア。その実力が大いに発揮された場面であった。
 そしてナタリア自身は子供達相手に披露した文学写本ドゥジン版の読み聞かせが、意外な人気を博した。
「昔々、あるところに……」
 その内容はというと、最初は悲劇に向かいそうだったお話が、主人公が突如として授恵者に覚醒してあれよあれよと全ての不幸を薙ぎ倒してゆくチート展開で、傍で聞いている大人たちはびっくりしたが、子供達には大うけだった。
 美貌のナタリアがトンチキストーリーを淡々と読み上げるその姿は、少しばかりシュールだった。
 一方、多くの武官文官、そしてその家族達が料理や酒、出し物などで楽しいひと時を過ごす中、アウレーリアは流石に何もしないというのは暇過ぎたらしく、最初は皆の楽しむ姿を眺めているだけだったのだが、いつの間にか裏方で手を動かす様になっていた。
 以前のアウレーリアなら貴族子女ということで雑用は余り手に付かなかったかも知れないが、冒険者として自活するうちに様々な生活技能が身に付いており、それが今この場で役に立つ格好となっていた。
 驚いたテオドールが慌てて駆け寄ってきて彼も手伝おうとしたが、アウレーリアはぴしゃりと撥ね付けた。
「駄目よ。今日は仕事一切厳禁」
「そうですよ。ほらブフマン卿、もっとお肉を召し上がって頂かないと」
 アウレーリアの機微を察したキリアンが、テオドールを食卓へずるずると引き摺って行った。兎に角テオドールにはゆっくりして貰わなければならない。
「ははは……ま、休むのも仕事の内だといい聞かせるしかないかな」
 子供達への読み聞かせを終えてひと息入れたナタリアが、その様を眺めて可笑しそうに肩を揺すった。
 ナタリアとしてもこの日に限っていえば、何かとテオドールの為に世話を焼いている。ナタリアにとっては大事な上司であり先輩でもあるのだ。ここで過労死でもされたら溜まったものではない。
「ブフマン卿はリアにも領民にも欠かせない存在だ。今日は何が何でもリラックスして頂く」
 変なところで気合を入れるナタリア。
 顔つきが、ギュッと締まっていた。

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 すっかり静まり返った、ノイエンドルフの夜の中央広場。
 文武合同納涼会は無事に終了し、武官文官、そしてその家族達は皆、楽しい思い出を胸にそれぞれの帰路に就いていった。
 テオドールは後片付けに入っている一部の有志達のてきぱきとした所作を眺めつつ、どこか満足げな表情を浮かべていた。
「またこうして、この様な宴を開くことが出来る程の余裕が生まれてきた、ということで御座いますね」
 誰に語り掛けるともなく、そんな台詞が口を衝いて漏れ出してきた。
 昨年から頑張ってきた成果が、完璧な形で披露することが出来た。
 小麦の収穫も順調で、少しずつではあるが、以前の様な平和な生活風景も見られる様になってきた。
 元々、そんなに激務が大好きだったという訳ではない。
 可能であればこのまま以前の、適度な仕事量で一日を終える立場に戻ることが出来れば、とも思う。
 以前ならいざ知らず、今はナタリアとキリアンという有能過ぎる程の文官と武官の姉弟が力を貸してくれているのだから、少しぐらいは希望を持っても良いのではないだろうか。
「ブフマン卿、ジビエ料理は如何でしたか?」
 手を洗い終えたキリアンが、自身も満足そうな表情で問いかけてきた。
 もう最高でした、と答えるテオドール。確かに、ここ何カ月かの中では最も美味い料理だった。
「ブフマン卿、私のチート無双おとぎ話は如何だったかな?」
 妖艶ともいえる程の美しい笑みを湛えるナタリア。いってる内容は凄まじく明後日の方向にすっ飛んでいるのが何とも度し難い。
 だが、ふたりの力添えには心の底から満足だ。テオドールは良き同僚を得たと改めて安堵の思いだった。
 これならばきっと、以前の様な安穏とした文官生活に戻れるかも知れない。
 などと思いながら、ふとアウレーリアに視線を向けたテオドール。恐らく彼女は今後もしばらくは、冒険者としての激しい戦いに身を投じていくことになるのだろう。
 となれば、矢張りネーベルベルク領の差配はテオドールの肩に重く圧し掛かることになる。
 残念ながら、アウレーリアは一度目をかけた有為の人材をそう簡単に手放したりはしない。
(この領も僕の人生も、全て前と同じに戻ることはないだろうか)
 しかし不思議と、心地良い疲労感が漂う。
 こういう生き様も悪くない――決して負け惜しみでも強がりでもなく、本心からそう思える。
 授恵者への覚醒という劇的な変化を遂げたアウレーリア、ナタリア、そしてキリアン達だったが、テオドールの中にもあの三人に劣らぬ成長が垣間見ることが出来た。
 今はその事実を、嬉しく思うことにしよう。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0