祝宴、鬼が笑う時
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2023年06月29日 15時03分24秒
●もう一つの戦い
日暮れ時、『王都』グランスパーダ――――冒険者ギルド。
「く、肝心な時に留守か……!」
『無想の銀鬼』ナハティガル=ラーは戦慄していた。ギルドに行っても馴染みの女行商人が居ない。
勿論、行商人である以上居ない場合もあるのが当然だ。仕入れもあれば出稼ぎも有る。
しかし、ここぞという時は何故か当然顔で待ち構えているのが彼女の存在証明という物だと。
ナハティガルは何故かそんな事を漠然と信じていた。滅茶苦茶勝手かつ一方通行の信頼である。
何故か彼はすっかり忘れていた。現在『王都』内は先の襲撃以降何処か漠然と浮足立った空気のまま。
『帝都』崩壊前から、まさか戦火に見舞われる事など『王都』住人の誰もが想定していなかったのだから。
こんな空気感では同都市における新規の商業的成功にはさほど期待出来ず。
現状特需が転がっているのは『王国』よりむしろ『同盟』だ。機に聡い商人がこれを見逃す理由もない。
さて。こうなると諸に降り掛かってくるのはナハティガルの持っている交友網の狭さだ。
裏社会にはある程度顔が利く。後ろ暗い情報屋なら一定顔を見れば分かる。
だが――――高位貴族御用達の高級料理店となると。まるでツテがない。皆無にして絶無である。
表通りの大衆酒屋位であれば何度も出入りしているが、流石に優勝祝いにそれはないだろう。
幸い、誘った相手は現在『王都』到着直後で、いわゆるお色直しの真っ最中。
多少であれば時間は有る。が、ツテもコネも無く即日飛び込みで予約など効く物か……?
(ええい、侭よ――――!)
「く、黒の公爵家直属の騎士様、ですか……少々、お待ち下さい」
権力を傘に着てしまった……と、設えた礼服に添えた『竜』の家紋印を一瞥する。
あくまで“内定”に過ぎない立場からすれば、正しく竜の威を借る何とやら。小言の一つは覚悟せねばなるまい。
だが使える物は使う。手段は選ばない。でなければ生きては来れなかった……と。哀愁を漂わせるナハティガル。
だがまあ、ともかくとして待つこと暫し。店の支配人だと言う格好良い髭の紳士によると。
一時間ほどの待ち時間で席を空けてくれるという事だった。なるほど、権力は携帯しておいて損はない。
いつしか、今日は不在の女行商人も言っていたか……世界が変わると。あまり分かりたくは、ない物だが。
深く考えると酷い結論に至りそうだった為、まあ結果オーライという事で銀髪鬼は考えるのをやめた。
■
「改めて、二連覇おめでとう。まぁ予想の範囲内ではあったがな」
「そ、そんな事は……えへへ……」
盛装に着替えた『天剣』ゲルダ・クラインは袖飾りを弄りながら照れて俯く。
父親に連れられこういった類の店に来た事は何度もあるが、異性と2人となれば話は変わる。
大商人の息女としては、きちんと作法に気をつけないと。と言う方面にも自然と意識が向くが。
視界に映った金の杯に。そわついた気持ちは急降下して、すん……と視線が落ちる。
「うん? どうした。ああ、林檎の果実水は好みに合わなかったか」
「いえ、その。武闘祭の日に――――」
優勝杯を受け取る際、執政府で伝えられた"殿堂入り"という一言が引っ掛かる。
一体何処の殿堂に絵姿が飾られるのか、という不安もさる事ながら。それはつまり――――
「――――次回大会以降は参戦禁止、か」
「やっぱり、そうなんでしょうか……」
ゲルダは、自身が特別強い授恵者であるとは考えていない。負け筋も幾つか想定している。
勝利出来たのは綿密な準備と、時の運。力量を研ぎ澄ました冒険者であれば、皆横並びだと思っている。
一方で、ナハティガルはそうではない。"力"と言うのは如何なる場合も"結果"と同義だ。
似た力量でも厳密に勝敗が付くならば。勝者は即ち強者であり、敗者は即ち弱者でしかない。
(俺ならばどう戦った、か……)
戦う者として、やはり頂点には興味を持たざるを得ない。ゲルダを眺める鋭い眼差しに。
小人の少女の方がどことなく恥ずかしそうに肩を竦めるが。
まさか対面の亜人が脳内で実戦試行している等とは思うまい。
最近、共に在る事で温かな物を感じる。位の情緒は育って来たナハティガルではあるが。
如何せん、元々が殺伐とした世界で生きてきた都合上。どうしても戦闘脳からは逃れ難い。
「例えば、盗賊の火力で戦士は撃破可能か?」
「やりように依ると思います。少なくとも"誘い"は必須かと」
「誘い、か。それはつまり回避すると言う前提か?」
「勝機に備えるなら、攻め手側は攻撃精度を極限まで研ぎ澄ましますから。
それを避け得るのは盗賊だけかなって。最後は火力との両立が課題になると思いますけど」
乗っかるゲルダもゲルダではあるが。戦術論を語り合う2人は何故だか大変楽しそうだった。
「此方前菜の"萵苣と黄青椒の天火蒸し"でございます」
……と、そうこうしている間に運ばれてきた前菜が、机の上を赤と緑で鮮やかに彩ると。
「ともあれ、今は勝利を祝うとするか」
「はいっ! いただきます……!」
低く、高く、金と赤。2つの洋杯は交わり、澄んだ音を響かせる。
■
「"熟成帝国黒毛牛の炙り焼き"でございます」
並べられた料理はまさに高級店、と云うべきか。何かに付けて趣向が凝らされた物ばかりだったが。
昨今ようやく"食を愉しむ"という事が理解出来て来たナハティガルはともかくも。
ゲルダもその小柄な体躯の一体何処にこれだけの量が……と思わせる程平然と良く食べた。
「流石に慣れているな」
てきぱきと銀食器を操り薄く切られた牛肉を切り分けるゲルダの淀みない仕草に。
育ちの良さを垣間見て、金の瞳が感心と共に淡く笑いを描く。
その視線を追い掛け、自分が只管もくもくと主皿と格闘していた。
と、言う事に気付いたゲルダの手がぴたりと止まるも。既に口元近くまで運んだ最後の肉は誤魔化せない。
止む無くそのまま頬張り数度咀嚼の後口元を拭いては漸く声を上げようとするも。
いや、一体今の状況でどんな言い訳が通るだろうかと考えると、頬に朱が射すのは止む無い話。
「だ、めでしたでしょうか……っ」
「いや、何も駄目ではない。食事は愉しむ物……だからな」
何でも美味しそうに食べてくれれば、それ以上はない。と、至極当たり前の。
けれど、ナハティガルにとってはこれまでまるで当たり前で無かった事を告げると。
傾けた赤い果実酒の甘さと苦みを確かめるように瞳を閉じる。
そんな銀髪鬼の姿は何処か孤独で。彼がこれまで、誰かと食を共にする……という機会。
それそのものを厭い、避けて来たのだろうことがゲルダには分かった。
慣れないとは違う。ぎこちない訳でもない。けれど何処か――――心が、此処に無いような。
「ナハティガル様」
思わず、と。そう名を呼ぶとナハティガルが視線を戻すが。
彼女自身、何故突然そうしたのか。けれどそれでも、今言うべきことが有った事を思い出す。
「お祝い、ありがとうございます。嬉しいです」
それが正解だったのかは今も分からない。ただ、確かなことは一つだけ。
けれどそれはとても稀有なことで、他の何物にも替え難く。もしもこれが勝利の報酬だと言われたら。
ゲルダは一瞬の躊躇いも無く――――喜んで受け取ったことだろう。
「いや、機会があればまた誘わせてくれ」
彼女の言葉に鬼が笑う。今は……それだけで十分だ、と。