はるけき揺蕩う、空花の下
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2023年03月30日 12時30分26秒
●銀鬼は春に惑う
「確か『学園』は年末試験も終わり休みに入っている筈だな?」
「はい、そう聞いておりますが何か?」
『王都』グランスパーダ、表通りの一角。高位貴族御用達の高級喫茶店。
道行く人々は、其処に座った両名を一度流し見てぎょっとし、もう一度見直す。
注目を浴びながら平然と果実水を掻き混ぜるのは、褐色肌のシャルガネ系美女。
それだけなら如何にも絵になると言えようが、当の彼女は据わった眼差しで対面を見遣った。
其処に道行く人々が二度見直す理由が脚を組んで座っている。
銀髪の美丈夫である。しかし、その額の上には確かに二本の角が天を指していた。
――――小鬼。店の格を考えれば、相当に有り得ない話だと言って良い。
血族主義の強い王国貴族界隈は、家臣団すら唯人が絶対的な多数派を占める。
ましてや、半獣と並んで一段劣等と見られる小鬼など。
さりとて見られている当人はそんな眼差し何処吹く風と、素知らぬ顔で言葉を続ける訳だが。
「日和も良い事なので、花見を計画しようと思うのだが」
「前から思っていましたがさてはナハティガル様、無茶振りの権化ですね?」
前略、主様。最近『王都』に居ると若様の厄介保護者に面倒事を押し付けられます候。
そろそろこのお目付け役の任、特別手当など付けても罰は当たらないのではないでしょうか。
と、果たして彼女が思ったかは神のみぞ知るにせよ。ともあれ、王国二大公爵家の一角。
『黒鋼竜』直下の女行商人シズルは、暫しの黙考の末嘆息混じりに頷く。
「商人に、貸しを積み上げる事を、もう少し恐がって下さい」
「すまんな、頼む」
下手に断り強行突破を試みられるよりは、自身の監督下で実施した方が手間が少ない……とか。
『イダの刻印を克服せし者』ナハティガル=ラーの見立てでは、その辺に着地したようだ。
やはり公爵家の次期後継者ともなれば、外を出歩くのも一朝一夕ではないのだろう。
場所の手配からいざと言う時の為の警戒網、移動ルートの策定まで作業量のほどは想像が付く。
だが、折角の休みに家に篭ったままでは如何にも良い事とは思えない。
特にあの仔竜は、誰も何も求めなければ無限に思索に耽っている様なタイプの人間だ。
それでは世界を知る事は出来ない。それは結局の所巡り巡って仔竜の未来を災うに違いない。
かつて、帝国妃の刻印すら克服したナハティガルは、謎の使命感に駆られ拳を握る。
果たして、それが過保護以外の何物でも無い気がするシズルの呆れた眼差しには気付かぬまま。
●仔竜は晴を厭う
「週末に花見……? 何の意図が有ってだ?」
自習者の集う『学園』図書室。『黒の後継』アルベイル・ライゼンナクトは怪訝の色で問い返す。
彼にとってその興味関心は如何にこの国の次代を"生かすか"に集約されている。
その組織的実験例を構築しては『学園』と言う閉鎖社会を通し再現してみる。
そんなことばかりしている為、信奉者は多くとも対等な友人との交友など当然望むべくも無く。
「過日――――名も知れぬ小鬼が神座に至った。と言う話は覚えているな」
「ああ、なかなか興味深い話ではあった」
「結果、小鬼はヒトになったのだと言う。が、そうは言っても……だ」
じっと、竜の仔の赤い瞳が銀髪鬼へと向く。良くも悪くも、アルベイルは聡い。
此度の花見。確かに彼を連れ出す意図は有れ。それだけでないことも察したのだろう。
「何かと思えば。存外詰まらん事を気にする」
「過去は変えられん。例えそれがどれほど忌まわしい物であってもだ」
「そうだな。だがラー。変わろうと変わらずとも貴公は貴公だ」
その瞳は初めて出会ったその時から、ただただ事実だけを汲み上げる。
透徹した眼差しを居心地が悪いと捉える者も居るだろう。けれど、其処には一片の悪意も無く。
「……誰もが、そう割り切れれば良いのだがな」
「割り切れぬならば黙って呑み下せ」
「無茶を言う。人の器は一律ではないだろう」
「解を待つ問を他者に問うな」
一方通行で再び書に視線を戻す竜の仔の態度は、ナハティガルをしてすら不愛想この上ないが。
彼は自らが庇護するこの青年が、意外と付き合いが良い事を良く知っているのだった。
■
「という事で、絶好のお花見日和ですよ!」
「はい! 今日は宜しくお願いしますっ!」
「良いご挨拶ですねゲルダ様! その調子です!!」
「……何だこの騒がしさは」
きゃいきゃいと騒ぐ竜の行商人シズルと『攻城兵器』ゲルダ・クライン。
それらを一瞥して黙すアルベイルの空気感は相変わらず普段通りながら。
女性陣の盛り上がりっぷりに、主催者のナハティガルは完全に置いて行かれている。ぼやきも出る。
主従の2人に女2人を加えた計4名は『王都』郊外にある丘の上で野外ラグを広げるも、周囲に人気は無い。
『竜』脅威の人払い術とかではない。『学園』が長期休暇中とは言え、誰が態々郊外まで出て丘に登ると言うのか。
行為としては酔狂以外の何物でもなく。好き好きに花を見上げる4人は紛れもなく酔狂者そのものだった。
「知っていますか、こちらの樹。シャルガネ産で王国ではあまり見かけない"ヤマザクラ"なる珍種なのですよ!」
「同じシャルガネ産ならば、酒器の一組でも持ち込めば良かった物を」
「ナハティガル様がお花が見たいって言ったんじゃなかったですっけー!?」
勝手な言い分に衝撃を受けるシズルの傍ら。ゲルダはと言えば周囲に咲き誇る花々にそわそわが止まない。
竜の仔と遊興に、と聞けば半端な装いでは失礼に当たると、しっかり彼女なりに着飾って来た物の。
白を基調とした盛装は、視界を埋める彩の洪水の前では如何にも目立たず。
透過処理はどちらかと言えば本意ながら、折角お洒落したら気付いて欲しい複雑怪奇な乙女心である。
「ゲルダ・クライン。今日は陽射しが強いな」
「!? あ、はい、そう……ですね? あ! 御進級おめでとうございますっ!」
「それは貴公もだろう?」
そんな彼女に、ラグに腰を下ろしながら声を掛けたのはアルベイル。
シズルとナハティガルが丁々発止と言い合っている為に、逸れた者同士と言うだけの話ではあるが。
突然杯を向けられたゲルダはと言えば元々備える貴族への苦手意識もあり。
覚悟を固めていない場面で話し掛けられると、どうにも多少焦ってしまう事は避け得ない。
「すまないが、ラーに、日傘の用意は無いのかと注文を付けて来てくれるか。
……何であれば2人で取りに戻ってくれても構わん。これでは文字も追えん」
「! は、はいっ! 分かりました……っ!」
そんな命に立ち上がった彼女が踵を返すと、彼の視線は手にした書ではなく鮮やかに咲く花々へ向かう。
世話の焼ける護衛だ――――と。そんな呟きが聞こえたのは果たして、ゲルダの気の所為だったか。
●小人は遥か願う
頭上に咲く花は、もう途切れる事が無いのではないかと言う程。
春の盛り、もう少しすれば花も散る。そう分かっていて、時の流れの速さに眩暈がする。
少し駆けると、ナハティガルが木々の隙間から空を見上げていた。
瞳を細めるその仕草は、眩い物を見るようで。陽の下に在る事を恐れるようで。
一瞬、まるでそのまま消え行ってしまいそうな感覚に襲われたのは、果たして何の悪戯だろう。
「ナハティガル様……っ!」
その呼び掛けに、気付いた銀髪鬼が視線を向け直す。射していた木漏れ日はざあっと吹いた風に翳り。
出した声の思った以上の大きさに、自分で驚いて口元を抑えたゲルダの頭へと――――
「動くな。髪に」
延ばされた手が。自分よりずっと高い位置からの中途で止まっていた。
瞬くゲルダの視線の先で、普段超然として見える事も多いナハティガルの指先が。瞳が、迷う。
小人である彼女には分からない。小鬼として生まれると言うことの意味が。
商家の生まれである彼女には、分からない。天涯孤独に生きると言うことの、難しさが。
けれど、それが今彼を苛んでいる物の正体である事は分かった。
それが――――今、ナハティガルが、ゲルダに手を伸ばす事を躊躇った理由である事なら分かった。
何故だろう、それが。どうしてだろう、こうも痛く、哀しいのは。
それは憤りに似て。怒りに似て。苦しさに似て。――――覚悟にも、似て。だから。
どうか 誰か この優しい人が ――――
「嫌ではないです」
ゲルダはその手を取って自らの髪に載せる。瞳は逸らさないまま、どんな花にも負けないように。
「嫌ではないです、貴方に触れられることは」
伝わらないのだ。想っているだけでは。それを、彼女はこの数年で嫌と言う程思い知った。
伝えなければならないのだ――――後悔、したくないならば。
理屈ではなく。衝動に近く。無意識ですらあったけれど、胸に自然と降って落ちた。
毀れた言葉に、ナハティガルが驚いた様に眼を見開いている事に気付き。
――――改めて、よくよく自分がした事を考えて頭が真っ白になった。
「あ……ああ。花弁が、な」
「わ、あぁぁぁ花弁ですよねそう分かってましたはい! ごめんなさい! あ、お花! 綺麗ですねっ!!」
勝手に火照る頬とか、泳ぐ視線とか。暴れる驚愕と同質量の羞恥心などなどに振り回され。
差し当たり緊急避難として頬を抑え俯いたゲルダは気付くことはない。
取られたその掌をじっと見つめ、瞳を伏せたナハティガルがどんな表情をしていたのかなど。
罪を重ね、罰を解す。銀髪の鬼がどれほど救われたのか、など。
春は盛り。芽吹く。或いは、時に風と散ろうとも、めぐる季節に花は等しく咲く。
例え穢れた掌の上であれ、其処に咲く花の美しさにいささかの違いも在ろう筈が無い。
――――色とりどりの奇跡に、幸あれ。
「確か『学園』は年末試験も終わり休みに入っている筈だな?」
「はい、そう聞いておりますが何か?」
『王都』グランスパーダ、表通りの一角。高位貴族御用達の高級喫茶店。
道行く人々は、其処に座った両名を一度流し見てぎょっとし、もう一度見直す。
注目を浴びながら平然と果実水を掻き混ぜるのは、褐色肌のシャルガネ系美女。
それだけなら如何にも絵になると言えようが、当の彼女は据わった眼差しで対面を見遣った。
其処に道行く人々が二度見直す理由が脚を組んで座っている。
銀髪の美丈夫である。しかし、その額の上には確かに二本の角が天を指していた。
――――小鬼。店の格を考えれば、相当に有り得ない話だと言って良い。
血族主義の強い王国貴族界隈は、家臣団すら唯人が絶対的な多数派を占める。
ましてや、半獣と並んで一段劣等と見られる小鬼など。
さりとて見られている当人はそんな眼差し何処吹く風と、素知らぬ顔で言葉を続ける訳だが。
「日和も良い事なので、花見を計画しようと思うのだが」
「前から思っていましたがさてはナハティガル様、無茶振りの権化ですね?」
前略、主様。最近『王都』に居ると若様の厄介保護者に面倒事を押し付けられます候。
そろそろこのお目付け役の任、特別手当など付けても罰は当たらないのではないでしょうか。
と、果たして彼女が思ったかは神のみぞ知るにせよ。ともあれ、王国二大公爵家の一角。
『黒鋼竜』直下の女行商人シズルは、暫しの黙考の末嘆息混じりに頷く。
「商人に、貸しを積み上げる事を、もう少し恐がって下さい」
「すまんな、頼む」
下手に断り強行突破を試みられるよりは、自身の監督下で実施した方が手間が少ない……とか。
『イダの刻印を克服せし者』ナハティガル=ラーの見立てでは、その辺に着地したようだ。
やはり公爵家の次期後継者ともなれば、外を出歩くのも一朝一夕ではないのだろう。
場所の手配からいざと言う時の為の警戒網、移動ルートの策定まで作業量のほどは想像が付く。
だが、折角の休みに家に篭ったままでは如何にも良い事とは思えない。
特にあの仔竜は、誰も何も求めなければ無限に思索に耽っている様なタイプの人間だ。
それでは世界を知る事は出来ない。それは結局の所巡り巡って仔竜の未来を災うに違いない。
かつて、帝国妃の刻印すら克服したナハティガルは、謎の使命感に駆られ拳を握る。
果たして、それが過保護以外の何物でも無い気がするシズルの呆れた眼差しには気付かぬまま。
●仔竜は晴を厭う
「週末に花見……? 何の意図が有ってだ?」
自習者の集う『学園』図書室。『黒の後継』アルベイル・ライゼンナクトは怪訝の色で問い返す。
彼にとってその興味関心は如何にこの国の次代を"生かすか"に集約されている。
その組織的実験例を構築しては『学園』と言う閉鎖社会を通し再現してみる。
そんなことばかりしている為、信奉者は多くとも対等な友人との交友など当然望むべくも無く。
「過日――――名も知れぬ小鬼が神座に至った。と言う話は覚えているな」
「ああ、なかなか興味深い話ではあった」
「結果、小鬼はヒトになったのだと言う。が、そうは言っても……だ」
じっと、竜の仔の赤い瞳が銀髪鬼へと向く。良くも悪くも、アルベイルは聡い。
此度の花見。確かに彼を連れ出す意図は有れ。それだけでないことも察したのだろう。
「何かと思えば。存外詰まらん事を気にする」
「過去は変えられん。例えそれがどれほど忌まわしい物であってもだ」
「そうだな。だがラー。変わろうと変わらずとも貴公は貴公だ」
その瞳は初めて出会ったその時から、ただただ事実だけを汲み上げる。
透徹した眼差しを居心地が悪いと捉える者も居るだろう。けれど、其処には一片の悪意も無く。
「……誰もが、そう割り切れれば良いのだがな」
「割り切れぬならば黙って呑み下せ」
「無茶を言う。人の器は一律ではないだろう」
「解を待つ問を他者に問うな」
一方通行で再び書に視線を戻す竜の仔の態度は、ナハティガルをしてすら不愛想この上ないが。
彼は自らが庇護するこの青年が、意外と付き合いが良い事を良く知っているのだった。
■
「という事で、絶好のお花見日和ですよ!」
「はい! 今日は宜しくお願いしますっ!」
「良いご挨拶ですねゲルダ様! その調子です!!」
「……何だこの騒がしさは」
きゃいきゃいと騒ぐ竜の行商人シズルと『攻城兵器』ゲルダ・クライン。
それらを一瞥して黙すアルベイルの空気感は相変わらず普段通りながら。
女性陣の盛り上がりっぷりに、主催者のナハティガルは完全に置いて行かれている。ぼやきも出る。
主従の2人に女2人を加えた計4名は『王都』郊外にある丘の上で野外ラグを広げるも、周囲に人気は無い。
『竜』脅威の人払い術とかではない。『学園』が長期休暇中とは言え、誰が態々郊外まで出て丘に登ると言うのか。
行為としては酔狂以外の何物でもなく。好き好きに花を見上げる4人は紛れもなく酔狂者そのものだった。
「知っていますか、こちらの樹。シャルガネ産で王国ではあまり見かけない"ヤマザクラ"なる珍種なのですよ!」
「同じシャルガネ産ならば、酒器の一組でも持ち込めば良かった物を」
「ナハティガル様がお花が見たいって言ったんじゃなかったですっけー!?」
勝手な言い分に衝撃を受けるシズルの傍ら。ゲルダはと言えば周囲に咲き誇る花々にそわそわが止まない。
竜の仔と遊興に、と聞けば半端な装いでは失礼に当たると、しっかり彼女なりに着飾って来た物の。
白を基調とした盛装は、視界を埋める彩の洪水の前では如何にも目立たず。
透過処理はどちらかと言えば本意ながら、折角お洒落したら気付いて欲しい複雑怪奇な乙女心である。
「ゲルダ・クライン。今日は陽射しが強いな」
「!? あ、はい、そう……ですね? あ! 御進級おめでとうございますっ!」
「それは貴公もだろう?」
そんな彼女に、ラグに腰を下ろしながら声を掛けたのはアルベイル。
シズルとナハティガルが丁々発止と言い合っている為に、逸れた者同士と言うだけの話ではあるが。
突然杯を向けられたゲルダはと言えば元々備える貴族への苦手意識もあり。
覚悟を固めていない場面で話し掛けられると、どうにも多少焦ってしまう事は避け得ない。
「すまないが、ラーに、日傘の用意は無いのかと注文を付けて来てくれるか。
……何であれば2人で取りに戻ってくれても構わん。これでは文字も追えん」
「! は、はいっ! 分かりました……っ!」
そんな命に立ち上がった彼女が踵を返すと、彼の視線は手にした書ではなく鮮やかに咲く花々へ向かう。
世話の焼ける護衛だ――――と。そんな呟きが聞こえたのは果たして、ゲルダの気の所為だったか。
●小人は遥か願う
頭上に咲く花は、もう途切れる事が無いのではないかと言う程。
春の盛り、もう少しすれば花も散る。そう分かっていて、時の流れの速さに眩暈がする。
少し駆けると、ナハティガルが木々の隙間から空を見上げていた。
瞳を細めるその仕草は、眩い物を見るようで。陽の下に在る事を恐れるようで。
一瞬、まるでそのまま消え行ってしまいそうな感覚に襲われたのは、果たして何の悪戯だろう。
「ナハティガル様……っ!」
その呼び掛けに、気付いた銀髪鬼が視線を向け直す。射していた木漏れ日はざあっと吹いた風に翳り。
出した声の思った以上の大きさに、自分で驚いて口元を抑えたゲルダの頭へと――――
「動くな。髪に」
延ばされた手が。自分よりずっと高い位置からの中途で止まっていた。
瞬くゲルダの視線の先で、普段超然として見える事も多いナハティガルの指先が。瞳が、迷う。
小人である彼女には分からない。小鬼として生まれると言うことの意味が。
商家の生まれである彼女には、分からない。天涯孤独に生きると言うことの、難しさが。
けれど、それが今彼を苛んでいる物の正体である事は分かった。
それが――――今、ナハティガルが、ゲルダに手を伸ばす事を躊躇った理由である事なら分かった。
何故だろう、それが。どうしてだろう、こうも痛く、哀しいのは。
それは憤りに似て。怒りに似て。苦しさに似て。――――覚悟にも、似て。だから。
どうか 誰か この優しい人が ――――
「嫌ではないです」
ゲルダはその手を取って自らの髪に載せる。瞳は逸らさないまま、どんな花にも負けないように。
「嫌ではないです、貴方に触れられることは」
伝わらないのだ。想っているだけでは。それを、彼女はこの数年で嫌と言う程思い知った。
伝えなければならないのだ――――後悔、したくないならば。
理屈ではなく。衝動に近く。無意識ですらあったけれど、胸に自然と降って落ちた。
毀れた言葉に、ナハティガルが驚いた様に眼を見開いている事に気付き。
――――改めて、よくよく自分がした事を考えて頭が真っ白になった。
「あ……ああ。花弁が、な」
「わ、あぁぁぁ花弁ですよねそう分かってましたはい! ごめんなさい! あ、お花! 綺麗ですねっ!!」
勝手に火照る頬とか、泳ぐ視線とか。暴れる驚愕と同質量の羞恥心などなどに振り回され。
差し当たり緊急避難として頬を抑え俯いたゲルダは気付くことはない。
取られたその掌をじっと見つめ、瞳を伏せたナハティガルがどんな表情をしていたのかなど。
罪を重ね、罰を解す。銀髪の鬼がどれほど救われたのか、など。
春は盛り。芽吹く。或いは、時に風と散ろうとも、めぐる季節に花は等しく咲く。
例え穢れた掌の上であれ、其処に咲く花の美しさにいささかの違いも在ろう筈が無い。
――――色とりどりの奇跡に、幸あれ。