虹を探しに

キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2023年04月13日 21時36分48秒

 ふわふわの柔らかな毛をブラシが撫でる。
「ゲルダの毛並みは本当に綺麗ね」
 青空の下。
 赤屋根が美しい家で、マンチカンのゲルダ(ゲルダ・クライン)は飼い主と長閑な一時を過ごしていた。
「ありがとうございます。お母様」
 ゲルダの返す声はお母様――人(ヒト)の飼い主には『にゃあ』としか聞こえない。それでもお母様は察するように微笑んで。
「新しいのも買ってきたのよ」
 と、パステル柄の枕を見せる。
 すべらかな生地の高級品だ。
 だけでなく、専用の部屋に戻ると……ゲルダの家具やおもちゃが勢揃い。
 そう、ゲルダは大切に育てられた箱入り猫。日々お母様の溺愛を受けて、平和に暮らしていた。
 外になんて出ず送る、何不自由無い生活。
 そんな幸せをくれるお母様の事がゲルダも大好きだった。
 けれど。

 それは変化のない日々でもあって。
 ゲルダは本当に時々……この暮らしを窮屈に思う事もあった。
 ひとりになると窓の外を眺める。
 すると遠い街角に“虹”が見えた。
「……」
 ずっとそこにあるから本物の虹とは違う。
 でも心を踊らすその色彩が、前から気になっていた。
 ――あの虹は何だろう。
(今なら……)
 それはほんの思いつき。
 好奇心と冒険心のひとかけら。
 お母様が出かけた間に戻ってくれば良いから、と。ゲルダはよじよじと前脚を伸ばし……窓の隙間から外に滑り出たのだ。
 そこに予想せぬ冒険があると知らずに。

●出会い
「どうしよう……」
 ゲルダは迷子になったのを自覚した。
 虹の場所は、判っているつもりだった。
 道も最初は家から見える範囲だったから、歩みは順調だった。
 けれど知らぬ裏路地に入ると方向が怪しくなって。
 一人で遠出した事のないゲルダは……猫には高い塀と暗がりに立ち往生してしまったのだ。
 それでも心を強く持ち、一度引き返そうとする。
 ――と。
 そこに威圧的な影がかかった。

「見ねえ猫だな」
 乱暴な声に仰ぐと、居たのは野犬だった。
 顔に傷を持つ姿は……ゲルダより一回り以上大きい。
 実は路地に迷い込んだのは 何か危うい気配に追われた気がしたからでもあった。
 それがこの野犬だったのだ。
「あの。私、迷ってしまって」
 相手が友好的でないとは感じながらも、ゲルダは言うが――
「へえ。なら都合がいい」
 良い見せしめになる、と。
 笑うと同時、野犬は牙を剥いて飛びかかってきた。
 ゲルダははっとする。
 でも、一瞬の事に体が動かず。ただ、立ち竦んでしまいそうになった。
 が、その直前。
 宙に美しいシルバーの影が跳んだ。

 靭やかな跳躍で現れたのは、一匹の猫だった。
 ベンガルらしい見目の雑種、だけれどシルエットの流線が美しく。見事なレオパード模様を有し、胸元の長い毛はふわりと靡いて。
(綺麗……)
 ゲルダは目を奪われる。
 するとその猫は野犬の鼻先を踏んで転ばせて。
「トップに伝えろ。ここで暴れるなら容赦はしない」
 野犬は、その言葉に恐れをなして逃げ去った。
 あっという間の事。
 ゲルダがぼうっとしていると、猫が振り返った。
「平気か」
「は、はいっ。ありがとうございました!」
 ゲルダはぴんと背筋を伸ばす。
「ゲルダです。二番街の家に住んでいます」
「ナハティガル。野良だ」
 そう告げたナハティガル(ナハティガル=ラー)は、犬の去った方を見た。
「あれはギャングの一員だ」
「ぎゃんぐ?」
「この辺りの猫と対立している。殆どは俺が抑えているが」
 と、途中でナハティガルは声を切って、意外そうな表情を見せた。
 ゲルダがギャング自体を知らないと、今判ったように。
「……警戒心もない訳だ」
「え?」
「因みにどこへ行く予定だ」
「迷ってしまって。まずは広い場所に出ようと」
 ゲルダはこれ以上心配をかけまいと、歩み出す、が。
「……そっちは逆方向だ」
 えっ? と驚くゲルダに、ナハティガルは息をつく。
 その箱入りぶりを、すぐに理解したのだ。
「案内してやる」

(不思議な事になったな)
 ナハティガルはゲルダを連れつつ思う。
 こんな猫に会った事はない。
 子猫時代から一匹で生き抜いてきたナハティガルにとって、見知らぬ相手は警戒し、警戒されるもの。
 だからこそ、今の自分があるのだから。
「――ボス。向こうの動きが怪しいようで」
 と、顔を見せて告げるのは数匹の猫。
「ああ、助かる」
 ナハティガルの言葉に猫達が去ると――ゲルダは尋ねた。
「今の方達は?」
「仲間の野良だ。辺りを見張ってくれている」
 そう、ナハティガルは近隣一帯の猫を統べる“ボス猫”。犬の動向を把握しているのも、情報が入ってくるからだった。
 説明を聞いたゲルダは――ほんの少し怖さも感じた。
(でも……)
 彼の仲間への接し方はあたたかで。
 歩きながら自分を守ってくれているとも判るから――
(このひとは優しいんだ)
 だから離れたいとは思わなくて。
「本当に、案内してもらって良いんですか?」
「言ったからにはやるさ」
 そんな言葉も、嬉しく思えた。

●虹
 そうして二匹は街を行く。
 道中、ナハティガルは――人混みでははぐれぬよう距離を狭め。段差があれば、茂みから木の板を出してゲルダの為に坂を作る。
「気をつけろ。アンタの歩みは危なっかしい」
「はっ、はい!」
 ゲルダは慌てて渡る。
 ただそんな一瞬一瞬の全てが初めてで。知らず心がうきうきとしていた。
 ――けれど。

 ナハティガルが立ち止まる。
 前方に大きな影がいた。
 それは先刻の野犬よりも巨大で、獰猛な野犬。
「ギャングのトップか」
「うちのシマを荒らしてくれたな。直々に相手になってやる」
 野犬は吠え声で走りくる。
 それでもナハティガルは――
「街は誰のシマでもない。それでもこちらを害するなら」
 容赦はしない、と。
 跳ぶと宙で回転。尻尾で犬の頬を打つ。
 どこまでも優雅な身のこなしに、ゲルダは目を離せない。
 すると野犬はゲルダに狙いを移し……塀の上のバケツを倒した。
 部下に用意させたのだろう。水がゲルダを襲う、が。
 直前、ナハティガルがゲルダの首元を優しく咥えて跳躍していた。
「アンタは目が離せないな」
 ゲルダを高台に置くと、ナハティガルは跳んで――野犬の尻尾を踏む。ふぎゃ、と鳴いた野犬は……逃げ帰っていくのだった。
 ゲルダはまだ鼓動が高鳴っている。
「広場に出るぞ」
 目を向けたナハティガルは、前を示す。
 慌てて歩んだゲルダは――はっとする。
 そこに虹があった。

 それは色とりどりのタイルアートだった。
 虹の話をしたゲルダに、ナハティガルが「心当たりがある」と先導したのだ。
 本物の虹じゃない。
 けれど、壁まで彩るそれは艶めく色彩で。長い思いが叶った感慨を、ゲルダは抱いた。
「綺麗な虹……」
 どうしても来たかった。
 それは――これをお母様に教えてあげたいという気持ちもあったから。
「これが虹か。アンタの心も同じように綺麗なんだろうな」
 ナハティガルは呟くと、歩み出す。
「家までは送る」
 ゲルダは「はい」と続く。
 嬉しくて、でもそこには寂しさがあった。
 それはきっと、この時間が終わってしまうから。
「あの……」
 何か言いたくて、言葉が出ない。
 ただ、ナハティガルがふと言った。
「家猫と野良じゃ身分が違う。本来は住む場所も」
 だが、と。
「また迷子になったら、手は貸す」
 それにゲルダは笑顔を浮かべて……お礼を言うのだった。

 これはロスガリアではないどこかの、あり得たかもしれない、いつかの話。
 今日も猫達は空の下、日々を過ごしている。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0