ローズトレリスの迷宮
キャラクターノベル(グループ)制作 広大野人納品 2023年03月30日 11時36分18秒
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暖かく優しい陽の光が降り注ぐ中、パンクリアース学園に続く通りに面したオープンテラスにシルヴィア・A・カペルとイザベラ・カペルの二人が午後の一時を過ごしていた。
一見すると美しい親子に見えるが、二人の関係は祖母と孫……である。シルヴィアが年相応にしても、イザベラが若く見えるからだ。そして、その美しさは通りを行き交う人々の目を引く。迂闊な者が声を掛けて来ないのは、テラスが貴族御用達だと知られているからだろう。
「……以上が事の顛末です。お祖母様」
それはシルヴィアが冒険者の仲間達や王国騎士、港町ウシタの人々と共に、ジード・ランスウッドが率いた組織の陰謀を阻止した話だった。
メドゥの指先『黄の中指』でありながら、元貴族という立ち位置を活かし、豊富な資金と人材を駆使して国家を揺るがす可能性があった陰謀を企てていた。タイミングが悪ければ王都での騒乱と重なり、大惨事に至る可能性があっただけに、祖母に直接報告しておきたかったのだ。
「ジード・ランスウッドの正体が……『神出鬼没』のジド・ケルジア卿。とても懐かしい名前ね」
「どのような御方だったのでしょうか?」
ある程度の人となりを、シルヴィアは調べているので、知りたい事は『記録』ではなく『見解』だった。祖母の目から見て、果たしてジド・ケルジアは如何なる人物だったのか。
「……世代的には二つ三つ上で直接の面識はないわ。ただ、人並み外れた『神出鬼没』の噂は聞いていたわよ」
王国各地を瞬間移動しているのではないかと思われる程のその行動力の正体は、ジド・ケルジアなる人物を3人で演じていたからだった。それは単に変装という類の話ではない。彼らは個を捨て、理想の為にジド・ケルジアになりきったのだ。
「そして、ケルジア卿が描いた理想が叶わなかった事も、ね」
祖母は淡々とそうも言い切った。
伝統を重んじるこの国では、ケルジア卿の理想は当時、夢物語だった。
シルヴィアはケルジア卿が記した文集の事を頭に思い浮かべる。
(『種族や身分、生まれに関係なく実力ある人が能力に見合った役割を果たす事によって、より良い国造りの礎となる』……)
それはある側面から見れば理に適っており、別の見方をすれば横暴な事かもしれない。
結局、ケルジア卿の言う、力とはなんだったのか。その力とは誰がどのように評価するものなのか。
そんな心の内を察し、イザベラが微笑む。
「ケルジア卿が描いた理想の一端をシルヴィアは既に垣間見ていると思うわ」
「理想の一端……ですか」
「彼がどのような陰謀を果たそうとしたのか……そこに振り返ってみれば、ね」
祖母からの助言にシルヴィアは頷くと、思案するように瞼をゆっくりと閉じた。
ジードは、メドゥの首領から授かったという『神実』なる植物を使って、『香り』や『力』『瞳』といった効力を発生する薬を作っていた。そして、港町ウシタで住民蜂起を狙い、王国各地の治政が良くない街を狙って住民達に決起を呼びかけようとしていたのだ。
その振り返りを経て、幾つか推測らしきものが浮かんだが、シルヴィアは首を振った。
違う……そんな気がしたからだ。目を開けると、祖母は微笑んだままだった。
「お祖母様……」
言いかけた台詞にイザベラが言葉を紡いで被せる。
「支配する側と支配される側。どちらが力を持っているかは明らかよね。けれど、住民が蜂起した時の力は時に、支配する側を排除する。力の有る無しとは一概には決められず、立場によっても異なる……もちろん、性別も年齢も血筋も種族も……ね」
「……あらゆる事が異なっていたとしても、力がある、と……」
「組織には授恵者以外の幹部もいたのでしょう。それが彼の理想を如実に表していると思わない」
イザベラがそう言いながらティーカップを口に運ぶ。
祖母の言葉を一語一句、何度も頭の中でシルヴィアは反芻した。
「誰にでも力はある……それも、色々な力が」
「そう……力ではなく力。人が一人ひとり、本来備え持っている力。それを蔑ろにするのではなく、活かす社会を彼は目指したのではないかと思うわ」
ケルジア卿が文集を残したのは彼が学園を卒業する時の事。
世間に理想を語った所で、一蹴されていても不思議ではない時代だったはずだ。イザベラのように解釈した者が果たして、幾程いたか……。
「もっとも、真実はケルジア卿しか知り得ない事。だから、シルヴィアが彼の理想を背負う必要はないわ。貴女の理想は貴女自身が創り上げるものだから。その中に、ケルジア卿だけではなく、国を想う人々の気持ちを、貴女に汲んで欲しい……そう願った人が居て、文集を託したと思うの」
「……知っておられたのですね」
文集を託した人物の事を。
「顔馴染程度のものよ。忌避とされた理想を、いつかきっと理解してくれる人が現れる事を信じ、彼は司書という道を選んだのだから」
春の暖かい日差しのように優しい微笑みを浮かべる祖母の言葉にシルヴィアは穏やかな気持ちでカップを手にした。
理想とは背負うものではなく、縁を紡ぎ繋ぎながら継いでいくものなのかもしれないと、今はそう思えたから。
●
「ああ、この薔薇まだあったんだ」
パンクリアース学園の薔薇園に少年の声が波紋にように響いた。
早咲きの白薔薇の見事な花を、古き作法の手本のような所作で触れる少年の姿は、ステンドグラスに描かれた美しい絵を感じさせる。
シルヴィアはその少年の姿を認め、息が止まった――既視感だ。
どこかで会った事がある? 似たような場面で? いつ? でも、忘れる訳が?
幾つもの疑問が降り注いでは頭の中に溜まっていく。だが、思い出そうとしても思い出せない。そもそも、その記憶すら正しいのかどうかも分からない。
「君は?」
だから、そう声を掛けた。
少年は口元を緩めて微笑を浮かべる。それは爽やかのようにも色気溢れるようにも見え、シルヴィアは改めて既視感を覚えた。これほど特徴的な人物を私は忘れてしまっているというのかと。
薔薇の事にもシルヴィアの事にも受け取れるように少年は応えた。
「この早咲きの薔薇は学園の成立から続くものだから、想い出深いんだよ。また、逢ったね、シルヴィア。久しぶり」
しかし、少年の事を思い出せないシルヴィアは少しばかり困惑する。
「すまない……私は君の事を……」
「謝る事ではないよ。僕が君を知っている事は……例えるのなら、そう、僕がこの薔薇を知っている事とさほど変わりはしないのだから」
その台詞の意味を測りかねるシルヴィア。
少年は手招きしながらももう片方の手で庭園の端、薔薇柵の迷宮の奥に佇む東屋を指さした。
「僕に追いついたら名前を教えてあげるよ」
妖精がふわりふわりと跳ねるような印象と共に、少年が東屋へと向かう。
その東屋をシルヴィアは知っていた。
祖父と祖母の二人が、この時期にだけ咲く薔薇を眺めて将来について言葉を交わし合っていたと聞かされていたから。
その想い出に重ねるつもりはないのだけど……。
「……失礼というもの、か」
言い訳のような独り言を呟き、シルヴィアは東屋へと続く薔薇柵の迷宮を進む。
先を行く少年は時折、楽しそうに振り返り、または無邪気に駆け、早咲きの白薔薇の香りに包まれた庭園を自由気ままに謳歌していた。
「これは素晴らしい」
少年からやや遅れてシルヴィアは東屋に到着したが、そこから広がっている光景に驚かされた。
東屋を半円に取り囲むように、早咲きの白薔薇が広がっていたからだ。
ベンチに座り左右の足を揺らしながら少年は告げる。
「聖母がベールを掛けると純白の花が咲いたという伝説から、花言葉は『純潔』。まるで、君のようだ、シルヴィア。あっと……そう、僕の名前だったね。ノアと呼んでくれればいいよ」
「ノア……私と君はどこかで会っていたのだろうか?」
「肯定するよ。けれど、大事なのは今。見せてくれるよね、君が残すべき書を」
それが剣術書の事を指しているとシルヴィアは疑問にも抱かなかった。
言われるがままに少年に書を渡す――と、顔に掛かった前髪を耳に掛けつつページを丁寧に捲り出した。
少年の赤い瞳が細かく揺れ、興味深く読み込んでいる事はすぐに分かった。
「なるほど。これは、君の“剣”への贈り物だね」
「ありがとう。実は内容がこれで良いかとまだ悩んでいてね」
シルヴィアの少し自信なさげな台詞に、少年は剣術書を捲り、ある頁を開いて見せた。
「攻防の流れを複数の絵で示し、剣術の体系を解説している。悪くない内容だと思うよ」
一つだけではなく二つ以上のアングルから示し、特に大事な所は拡大図を用いて細かく説明している。とても分かりやすくなっているのは誰の目にも明らかだった。
「なにか、不足はないのだろうか?」
その疑問に応えるように少年が一瞬でシルヴィアとの『間』を詰めた。
個人空間に入られた事よりも、目がついていけなかった動きに驚いてしまう。いや……違う。それ以上の本能的というべき所かもしれない。この少年に深入りしてはならない、魅入られてはならない……と。
少年が耳元でそっと囁く。
「技をどれだけ磨いても、心構えがなってなければ意味は無いと思うけど」
突然の事だったので、思わず体を引くシルヴィア。
「っ!?」
その反応が楽しかったのか、少年は笑みを絶やさずに手を振りながら東屋の外に向かって歩み出した。
「また、何処かで」
薔薇柵など存在していなかったような足取りで、少年が庭園を去っていく。
その姿をただ見届け続け――シルヴィアは知らぬ間に物思いに耽っていた。
今、誰かと共に居た気が?
「早咲きの白薔薇……確か、花言葉は……」
真っ白な記憶の中をぐるぐると巡りながら、シルヴィアは早咲きの白薔薇に囲まれた東屋で春の一時を過ごす。
まるで、薔薇柵の迷宮に囚われた玩具人形のように……。
暖かく優しい陽の光が降り注ぐ中、パンクリアース学園に続く通りに面したオープンテラスにシルヴィア・A・カペルとイザベラ・カペルの二人が午後の一時を過ごしていた。
一見すると美しい親子に見えるが、二人の関係は祖母と孫……である。シルヴィアが年相応にしても、イザベラが若く見えるからだ。そして、その美しさは通りを行き交う人々の目を引く。迂闊な者が声を掛けて来ないのは、テラスが貴族御用達だと知られているからだろう。
「……以上が事の顛末です。お祖母様」
それはシルヴィアが冒険者の仲間達や王国騎士、港町ウシタの人々と共に、ジード・ランスウッドが率いた組織の陰謀を阻止した話だった。
メドゥの指先『黄の中指』でありながら、元貴族という立ち位置を活かし、豊富な資金と人材を駆使して国家を揺るがす可能性があった陰謀を企てていた。タイミングが悪ければ王都での騒乱と重なり、大惨事に至る可能性があっただけに、祖母に直接報告しておきたかったのだ。
「ジード・ランスウッドの正体が……『神出鬼没』のジド・ケルジア卿。とても懐かしい名前ね」
「どのような御方だったのでしょうか?」
ある程度の人となりを、シルヴィアは調べているので、知りたい事は『記録』ではなく『見解』だった。祖母の目から見て、果たしてジド・ケルジアは如何なる人物だったのか。
「……世代的には二つ三つ上で直接の面識はないわ。ただ、人並み外れた『神出鬼没』の噂は聞いていたわよ」
王国各地を瞬間移動しているのではないかと思われる程のその行動力の正体は、ジド・ケルジアなる人物を3人で演じていたからだった。それは単に変装という類の話ではない。彼らは個を捨て、理想の為にジド・ケルジアになりきったのだ。
「そして、ケルジア卿が描いた理想が叶わなかった事も、ね」
祖母は淡々とそうも言い切った。
伝統を重んじるこの国では、ケルジア卿の理想は当時、夢物語だった。
シルヴィアはケルジア卿が記した文集の事を頭に思い浮かべる。
(『種族や身分、生まれに関係なく実力ある人が能力に見合った役割を果たす事によって、より良い国造りの礎となる』……)
それはある側面から見れば理に適っており、別の見方をすれば横暴な事かもしれない。
結局、ケルジア卿の言う、力とはなんだったのか。その力とは誰がどのように評価するものなのか。
そんな心の内を察し、イザベラが微笑む。
「ケルジア卿が描いた理想の一端をシルヴィアは既に垣間見ていると思うわ」
「理想の一端……ですか」
「彼がどのような陰謀を果たそうとしたのか……そこに振り返ってみれば、ね」
祖母からの助言にシルヴィアは頷くと、思案するように瞼をゆっくりと閉じた。
ジードは、メドゥの首領から授かったという『神実』なる植物を使って、『香り』や『力』『瞳』といった効力を発生する薬を作っていた。そして、港町ウシタで住民蜂起を狙い、王国各地の治政が良くない街を狙って住民達に決起を呼びかけようとしていたのだ。
その振り返りを経て、幾つか推測らしきものが浮かんだが、シルヴィアは首を振った。
違う……そんな気がしたからだ。目を開けると、祖母は微笑んだままだった。
「お祖母様……」
言いかけた台詞にイザベラが言葉を紡いで被せる。
「支配する側と支配される側。どちらが力を持っているかは明らかよね。けれど、住民が蜂起した時の力は時に、支配する側を排除する。力の有る無しとは一概には決められず、立場によっても異なる……もちろん、性別も年齢も血筋も種族も……ね」
「……あらゆる事が異なっていたとしても、力がある、と……」
「組織には授恵者以外の幹部もいたのでしょう。それが彼の理想を如実に表していると思わない」
イザベラがそう言いながらティーカップを口に運ぶ。
祖母の言葉を一語一句、何度も頭の中でシルヴィアは反芻した。
「誰にでも力はある……それも、色々な力が」
「そう……力ではなく力。人が一人ひとり、本来備え持っている力。それを蔑ろにするのではなく、活かす社会を彼は目指したのではないかと思うわ」
ケルジア卿が文集を残したのは彼が学園を卒業する時の事。
世間に理想を語った所で、一蹴されていても不思議ではない時代だったはずだ。イザベラのように解釈した者が果たして、幾程いたか……。
「もっとも、真実はケルジア卿しか知り得ない事。だから、シルヴィアが彼の理想を背負う必要はないわ。貴女の理想は貴女自身が創り上げるものだから。その中に、ケルジア卿だけではなく、国を想う人々の気持ちを、貴女に汲んで欲しい……そう願った人が居て、文集を託したと思うの」
「……知っておられたのですね」
文集を託した人物の事を。
「顔馴染程度のものよ。忌避とされた理想を、いつかきっと理解してくれる人が現れる事を信じ、彼は司書という道を選んだのだから」
春の暖かい日差しのように優しい微笑みを浮かべる祖母の言葉にシルヴィアは穏やかな気持ちでカップを手にした。
理想とは背負うものではなく、縁を紡ぎ繋ぎながら継いでいくものなのかもしれないと、今はそう思えたから。
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「ああ、この薔薇まだあったんだ」
パンクリアース学園の薔薇園に少年の声が波紋にように響いた。
早咲きの白薔薇の見事な花を、古き作法の手本のような所作で触れる少年の姿は、ステンドグラスに描かれた美しい絵を感じさせる。
シルヴィアはその少年の姿を認め、息が止まった――既視感だ。
どこかで会った事がある? 似たような場面で? いつ? でも、忘れる訳が?
幾つもの疑問が降り注いでは頭の中に溜まっていく。だが、思い出そうとしても思い出せない。そもそも、その記憶すら正しいのかどうかも分からない。
「君は?」
だから、そう声を掛けた。
少年は口元を緩めて微笑を浮かべる。それは爽やかのようにも色気溢れるようにも見え、シルヴィアは改めて既視感を覚えた。これほど特徴的な人物を私は忘れてしまっているというのかと。
薔薇の事にもシルヴィアの事にも受け取れるように少年は応えた。
「この早咲きの薔薇は学園の成立から続くものだから、想い出深いんだよ。また、逢ったね、シルヴィア。久しぶり」
しかし、少年の事を思い出せないシルヴィアは少しばかり困惑する。
「すまない……私は君の事を……」
「謝る事ではないよ。僕が君を知っている事は……例えるのなら、そう、僕がこの薔薇を知っている事とさほど変わりはしないのだから」
その台詞の意味を測りかねるシルヴィア。
少年は手招きしながらももう片方の手で庭園の端、薔薇柵の迷宮の奥に佇む東屋を指さした。
「僕に追いついたら名前を教えてあげるよ」
妖精がふわりふわりと跳ねるような印象と共に、少年が東屋へと向かう。
その東屋をシルヴィアは知っていた。
祖父と祖母の二人が、この時期にだけ咲く薔薇を眺めて将来について言葉を交わし合っていたと聞かされていたから。
その想い出に重ねるつもりはないのだけど……。
「……失礼というもの、か」
言い訳のような独り言を呟き、シルヴィアは東屋へと続く薔薇柵の迷宮を進む。
先を行く少年は時折、楽しそうに振り返り、または無邪気に駆け、早咲きの白薔薇の香りに包まれた庭園を自由気ままに謳歌していた。
「これは素晴らしい」
少年からやや遅れてシルヴィアは東屋に到着したが、そこから広がっている光景に驚かされた。
東屋を半円に取り囲むように、早咲きの白薔薇が広がっていたからだ。
ベンチに座り左右の足を揺らしながら少年は告げる。
「聖母がベールを掛けると純白の花が咲いたという伝説から、花言葉は『純潔』。まるで、君のようだ、シルヴィア。あっと……そう、僕の名前だったね。ノアと呼んでくれればいいよ」
「ノア……私と君はどこかで会っていたのだろうか?」
「肯定するよ。けれど、大事なのは今。見せてくれるよね、君が残すべき書を」
それが剣術書の事を指しているとシルヴィアは疑問にも抱かなかった。
言われるがままに少年に書を渡す――と、顔に掛かった前髪を耳に掛けつつページを丁寧に捲り出した。
少年の赤い瞳が細かく揺れ、興味深く読み込んでいる事はすぐに分かった。
「なるほど。これは、君の“剣”への贈り物だね」
「ありがとう。実は内容がこれで良いかとまだ悩んでいてね」
シルヴィアの少し自信なさげな台詞に、少年は剣術書を捲り、ある頁を開いて見せた。
「攻防の流れを複数の絵で示し、剣術の体系を解説している。悪くない内容だと思うよ」
一つだけではなく二つ以上のアングルから示し、特に大事な所は拡大図を用いて細かく説明している。とても分かりやすくなっているのは誰の目にも明らかだった。
「なにか、不足はないのだろうか?」
その疑問に応えるように少年が一瞬でシルヴィアとの『間』を詰めた。
個人空間に入られた事よりも、目がついていけなかった動きに驚いてしまう。いや……違う。それ以上の本能的というべき所かもしれない。この少年に深入りしてはならない、魅入られてはならない……と。
少年が耳元でそっと囁く。
「技をどれだけ磨いても、心構えがなってなければ意味は無いと思うけど」
突然の事だったので、思わず体を引くシルヴィア。
「っ!?」
その反応が楽しかったのか、少年は笑みを絶やさずに手を振りながら東屋の外に向かって歩み出した。
「また、何処かで」
薔薇柵など存在していなかったような足取りで、少年が庭園を去っていく。
その姿をただ見届け続け――シルヴィアは知らぬ間に物思いに耽っていた。
今、誰かと共に居た気が?
「早咲きの白薔薇……確か、花言葉は……」
真っ白な記憶の中をぐるぐると巡りながら、シルヴィアは早咲きの白薔薇に囲まれた東屋で春の一時を過ごす。
まるで、薔薇柵の迷宮に囚われた玩具人形のように……。