若き竜は天を仰ぎ
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2023年01月04日 14時31分59秒
●伝言ゲーム
「――――と言う事で、竜の仔を少しでも元気付けられればと思うのだが」
「うーん……? 仰ることは分かりますがナハティガル様。
若様にそんな真っ当な精神性を期待するのはこう……過保護が過ぎるかと」
「……ふむ?」
「仕草が若様に似て来ましたね……いえ、あの方は何と言うか目的地在りきで制止が効かない馬車と言いますか。
いわゆる動機に情緒が依存しない類の方ですから……多分、間違いなく、全然平気なのではないかと」
「そうは言って、実は2度の敗選で心を痛めていたら……いや、無いな。自分で言っていて無理を感じた」
「ですよねえ?」
王都『グランスパーダ』。褐色肌の女行商人がナハティガル=ラーの困惑顔に我が意を得たりと頷く。
彼女、シズルは『竜』直下。黒の公爵家の御用商人の一人である。いわゆる若き俊英、と言った所か。
主にナハティガルと『竜』との窓口役を担っており、遠方に行商に出ている間以外は大体王都に居る。
王国の庶民生活に疎い亜人の彼にとっては、丁度良い距離感の助言役なのだが……
「ま、良いですよ? 若様にも息抜きの時間くらい有って良いと思いますし。
御学友と街歩きする程度で目くじら立てるほど『竜』は狭量ではありません。お手伝いしましょう」
「む……そうか、助かる」
そう気軽に応じたシズルが、まるで何かを面白がるような眼をしていた事に若干の不安を覚えつつも。
それでも、自分が動くよりは上手くやるだろうと彼女に手筈を任せた――――それが、全ての発端だった。
■
――――パンクリアース学園郊外、果樹園。
「コルネリウス・アーラ」
「……はい? あ! わ、アルベイル様!? なん、こんな……えぇ!?」
学園の外れ。花壇で土質を調べていたコルネリウス・アーラはその突然の乱入者を二度見して。
三度見して驚き過ぎて尻餅をついた。平時であれば1000%こんな僻地には出没しない相手だからだ。
慌てて軍手を外すも。今現在の自分の服装が花壇作業用のそれと気付いて混乱は加速するばかり。
"ちょ、ちょっと待っていて下さい……!"と更衣室に駆け込む羽目になったのは最早誰が悪い訳でも無いが。
「明日、家臣の提案で学友を誘い王都を散策する事になった。貴公の妨げにならないなら、同道を頼みたい」
「……――――え?」
「? 何か他用が有ったか?」
「いえ、無いです……! 何も無いです……!!」
一瞬の空白など無かった、と言う様に重ねて強く訴えるコルネリウスに。
渦中の人物。アルベイル・ライゼンナクトは口元のみで淡く笑みを描き頷いた。
――――同学園内、第五学年空き教室。
「明日、何か用はあるか?」
「……? いえ、依頼も最近は落ち着いていますし、これと言って……」
ゲルダ・クラインは平然を装いながらも顔に血が昇っていくのを確かに自覚していた。
誤解、だとは思う。そういう意図は、無いのだと思う。しかし、とは言え――――である。
声を掛けて来たナハティガルの言は、まるで学園でも偶に耳にする遊興に誘う際のそれだ。
そんな言葉を憎からず想う異性から掛けられたなら。それは流石に冷静さを保ち続けるのは難しい。
「王都を散策したいのだが、俺はこの辺りには地の理が無い。付き合って貰えると助か「行きます」
「るのだ……が……うん? 良いのか?」
「はい、行きます……!」
戦闘依頼で鍛えられた、間髪入れずの即断即決だった。ゲルダの明日の予定が決まった!
■
――――同学園内、第二学年教室棟。
「リサちゃん……どうしよう……!!」
「あれ……どうしたんですか?」
リサ・ベイカーは今まさに帰路に着く寸前でゲルダに横合いから捕獲されていた。
その勢いから恐らく何か彼女にとって重大事件が起きた事は分かるが。
話の経緯を辿るだに、どうも確かに大事件が起きていることは何となく察せられた。
恋する乙女は気付いていない様だが、リサはその辺り俯瞰して見る事に慣れている。
話を聞くに従い、表情が怪訝に彩られていくのも仕方ない事だと言えるだろう。
「ええ……と。それ、私が一緒でも大丈夫なんですか?」
「だ――――大丈夫だと思……あれ、大丈夫……ですよね? え、普通は? どう? なんですか?」
普通、と言われても……残念ながらリサもそういった色恋沙汰は素人である。
商人として通り一遍の知識はあるが。そんな恋愛玄人みたいな質問をされても、その……何か、困る。
「まあ、何となく話が欠損している気がしますから……では、最悪お見送りだけでも」
かくして方々各人それぞれに、そんなこんなな紆余曲折の結果――――
「……? リサ・ベイカーに、ゲルダ・クライン?」
「「アルベイル様!?」」
「何だ、コルネリウスも呼ばれていたのか」
「え……っと、少し待って下さい。その、状況が良く……」
――――こうなった。
勿論、別に誰が悪かったでも何が悪かったでもない。これはささやかな。
そう、ちょっとした不幸な行き違いの結果である。
●仔竜の周囲とその交友
「それで、散策と聞いてはいるが目的はあるのか?」
「最近シャルガネ式の甘味処が人気だと聞いている。表通りから一本裏に入るが」
ナハティガルとのやり取りを見ても振る舞いは酷く事務的で、すべき事をなす以外の何物でもなく。
良く考えてみれば想定出来た事だ。知らない間柄でもないのだから……遊興に誘うなど、確かにらしくない。
――――が、だと、しても、だ。
(~~~~~~ッ!!!)
白い唾付き帽子とワンピースドレスに身を包み、手編籠を手にしたコルネリウスは。
自分の気合いの入れ様と現実との落差で瀕死寸前だった。防御が固くとも落下ダメージは受けるのである。
(……やっぱりリサちゃんに相談して正解でした)
(いえ、アルベイル様が一緒だと分かっていれば私ももう少し策を練って来たんですが……)
幸い同様にかなり服装に気を使って来たのだろうゲルダの存在に救われ、ギリギリ致死は免れたが。
2人で出掛けると勘違いしたまま突っ走ったら即死は不可避。危機一発の紙一重だ。
そんな中、1人しれっと普段着よりは小綺麗。位の服装を卒無く選んだリサの如才なさが羨ましい。
これが最新のお洒落では一歩先行く『同盟』商人御令嬢の実力である。
「あ、ナハティガル様行き過ぎ! こっち! こちらでーす! 早くしないと呼ばれちゃいますよー!?」
表通りから一本外に出て暫し。掛かった声に目線を向ければ黒髪褐色肌の美人が行列の中から手を振っていた。
藍色のドレスに黒いショール、その垢抜けた服装は王都に良く馴染んでいた。
これで男2に対し女4。比率がおかしい。何だかモヤモヤした心を抱え、コルネリウスはそっと瞳を伏せる。
■
「そう言えば、以前贈ったドン・ゴーフル人形はどうなっている?」
「? どう? 自室に飾ってあるが……それがどうかしたか」
「そうか。……飾ってあるのか……そうか」
そんな女性陣に降りかかった悲劇など露知らぬ男性陣達は、同じ卓袱台で雑談に興じている。
その様を一瞥し、ゲルダは心中で首を傾げた。何故、この男女比なのに男:女で席を分けたのだろう。
こういった場合、普通は配慮の範疇として。男性1に対し女性2を割り振るのではないだろうか。
物言いたげな眼差しでその分配を提案した女商人を見詰めるも。何処吹く風と笑って流されるばかり。
「そういえばゲルダ様は『王国』商家の出ですよね。将来はやはり商人を目指されるのですか?」
「いえ……それはまだ、はっきりとは……」
「リサ様とも仲が良い御様子ですし、商人同士横の繋がりは大事ですからねえ」
シズルは常時にこにこと一見人当りが良く感じる。けれど、ゲルダはリサから注意を受けていた。
油断してはいけない。この人は"場を自分に都合良く転がす事"に慣れている人だと。
「シズル様はリサちゃんと仲が良いんですよね?」
「いえ、色々お世話にはなっている気がしますけど……仲……?」
良いのだろうか? と何故か怪訝そうに応じたのは隣に座るリサの方。
その反応に、どうもこの2人の関係性は一概に良い、悪いで語れる物では無さそうだぞ……? と勘付くも。
「そうですねー……仲良しと言うより将来有望な一番弟子、と言った所でしょうか!」
「「そうだったんですか!?」」
何故か説明された側と質問を投げた側がハモって顔を見合わせると、それを見てシズルがころころと笑う。
商人の四方山話など大体幾らか盛っている物だ。額面通りに受け取ってはいけない。
■
さて、そんな商人sが和やかに(?)交流を深めている渦中。
コルネリウスは何処となく落ち着きなく甘味処のメニューと対話を果たしていた。
自らも花園を営む彼女は勿論、商売にもそれなりに興味はある。会話に混ざる事など造作も無い。
けれど、メニューで顔を隠しながら覗き見る竜の仔の視線が、時折自分の方を向いている事に。
一体何故気付いてしまったのか。其処で手にしていたメニューが放せなくなってしまったのは悲劇の類だ。
既にこの店の名物だと言うシャルガネの、小豆と海藻を使った不思議な甘味は注文済。
本来であればそっと横に置いて何喰わぬ顔で会話に参加すべきだと言うのに……
(いえ……いえ、いえ、いえ。アルベイル様の事だからきっと他意は無いに違いありません。
どうせ、また、私が空回っているだけで……う……何かおかしな事をしてたらどうしよう……)
気合いを入れ過ぎた服装と良い、どうにも普段冒険者としてこなしている依頼しごとと勝手が違い過ぎた。
形容し難いほど混乱する内面から目を逸らしつつ、鉄壁のエルフがまさかの自縄自縛で沈んで行く。
“……? どうした。先程から隣が気になっている様だが”
そうして、何故かそんな所ばかり目敏いナハティガルはと言えば。通路を挟んで隣に座っているコルネリウスが。
甘味処のメニューと一体化している事など何処吹く風と対する竜の仔の、瞳に僅かに滲んだ怪訝の意図を気取り。
周囲に聞こえない程に声を潜ませ問い掛ける。或いは、何か不都合な事実にでも気付いたか――――と。
しかしそうしたナハティガルの気遣いに。アルベイルは黙考する様に一度瞳を閉じ、やはり声を殺して応じる。
"……コルネリウス・アーラが入店以来ずっとメニューを手放さないのは。
追加注文したい物があるが、誘われた手前言い出し難い。と言う集団交流特有の気遣いが働いているのだろうか"
"……確かに授恵者の戦士には健啖家が多い。女子ともなれば余計に気になるだろう。
此処で、主催が指摘するのも些か哀れと言う物だ。了解した、俺に任せておけ"
視線と視線アイコンタクトで頷いたナハティガルは、当人的には到って何気なく。
そして、コルネリウス目線では大いなる誤解を元に的確に事態を処理しようと試みた。
「コルネリウス、金は『竜』から出る。思う存分飲み食いすると良い」
「!?」
「戦士は身体が資本だ。別に他の娘達に合わせる必要は無い。
例えアルベイルより良く食べても今更――――」
「ちが――――ちょ、一体私のことを何だと思ってるんですか……!?」
この後、コルネリウスに滅茶苦茶説教されたナハティガルは大変納得の行かない眼差しを周囲に向け。
困った顔で笑うゲルダを除く、リサとシズル。そして何故か竜の仔から大変胡乱気な眼差しを受け取ったと言う。
●血路を往く
甘味処を出て暫し。王都の治安、特に表通りのそれは高い水準で維持されている。
少なくとも公爵家の次期後継者が学友を連れて闊歩してもそれほど問題は起きない程度に――――だ。
しかし、とは行ってもつい先日メドゥの指先による襲撃が行われたという事実は大きく。
普段に比べれば人通りの少ない年の暮れ。行く先々で顔見知りに出会うなどという事もなく。
竜の仔は一般庶民も利用する文具店で何枚か絵葉書を購入し、貴重な経験を満足気に堪能していたと言う。
「リサ・ベイカー」
故、そろそろ陽が落ちつつ有るという頃合い。『学園』正門までもう少しと言う路地の角にて。
突然呼び止められたリサは、思わずぱちぱちと何度か差し出された物を確かめる羽目になった。
「シズルからの助言も含めて、となる事を赦せ。されど此度の同道心より感謝する。
その学生としては他に類を見ぬ商才を評し、以後とも友誼を望む物として贈り物をしたい」
差し出された葉書には王都の表通りが描かれる。価値にすれば銀貨の一枚にも満たない。
けれど彼の青年は無為を理由として行動しない。恐らくは、その行為そのものに意味があるのだろう。
「――ゲルダ・クライン」
次いで、呼ばれた小人の娘が視線を向ける。
差し出された葉書はリサの物同様。けれど王宮近郊、騎士団の詰め所が描かれたそれ。
「かつて示した意志と覚悟に、敬意を示す。しかし貴公は商人というより騎士向きと言えよう。
己が信じる正義を違わず、己が見定めた志を貫くと良い」
恐る恐る、と受け取ると。アルベイルの目線は次へと向けられる。
驚いた様に、けれど何処か落ち着きなく視線を合わせた森人の娘。
「――――コルネリウス・アーラ」
けれど、先2人同様に一枚の贈り物を携え一歩踏み込むと。続く言葉は予測を外す。
「……と、その前に。良ければ"それ"を受け取っても構わぬかな?」
「!!」
「既に多くを伝えた心算ではある。が、そうだな……であれば、残りは個人的な嗜好の話となるか。
俺は、貴公がいずれどの様な花を咲かせるか楽しみにしている。例え、生きる時間が異なろうとも」
散策、故に出しそびれていた手編籠を、耳が跳ねたまま慌ててそっと押し出すと。
押し付けられる様にお返しで渡されたのは、花咲く『学園』正門が描かれた絵葉書で。
籠の中の軽食は、どうも日の目を見そうだった。
「――――――ナハティガル=ラー」
そうして、最後に呼ばれた銀髪の鬼は"王都城門"の絵葉書を受け取ると同時に問い掛けた。
「今はあれこれ問わん。……が、確認したい事がある。
急劇な変革を多くの者は望むまい。それでも実行するのは何故だ? いや……"誰の為"だ?」
日暮れ時。竜の仔はまるで燐光を纏う様にその輪郭を赤に染め。
空を仰いで断言した。或いは彼のみならず、この場の誰にも届くようにと。
「時代には機と言う物がある。変動の時。歴史の節目。時と、人。2つが揃う事は滅多に無い。
"今"が、それだと俺は信ずる。或いは――――事の是非は後世の歴史家が評しよう」
未だ成らぬ。けれど竜とは、天を目指す物ならば。
「誰の為? 無論、俺の為だ。結果として、この国の全ての者の生き方を変えようとも」
青年は、傲岸なまでに。不遜なまでに。彼を取り囲む世界へその一言を投げ放った。
1222、年の暮れ。一つの年が終わり――――そうして、新たな年が、間もなくやって来る。
「――――と言う事で、竜の仔を少しでも元気付けられればと思うのだが」
「うーん……? 仰ることは分かりますがナハティガル様。
若様にそんな真っ当な精神性を期待するのはこう……過保護が過ぎるかと」
「……ふむ?」
「仕草が若様に似て来ましたね……いえ、あの方は何と言うか目的地在りきで制止が効かない馬車と言いますか。
いわゆる動機に情緒が依存しない類の方ですから……多分、間違いなく、全然平気なのではないかと」
「そうは言って、実は2度の敗選で心を痛めていたら……いや、無いな。自分で言っていて無理を感じた」
「ですよねえ?」
王都『グランスパーダ』。褐色肌の女行商人がナハティガル=ラーの困惑顔に我が意を得たりと頷く。
彼女、シズルは『竜』直下。黒の公爵家の御用商人の一人である。いわゆる若き俊英、と言った所か。
主にナハティガルと『竜』との窓口役を担っており、遠方に行商に出ている間以外は大体王都に居る。
王国の庶民生活に疎い亜人の彼にとっては、丁度良い距離感の助言役なのだが……
「ま、良いですよ? 若様にも息抜きの時間くらい有って良いと思いますし。
御学友と街歩きする程度で目くじら立てるほど『竜』は狭量ではありません。お手伝いしましょう」
「む……そうか、助かる」
そう気軽に応じたシズルが、まるで何かを面白がるような眼をしていた事に若干の不安を覚えつつも。
それでも、自分が動くよりは上手くやるだろうと彼女に手筈を任せた――――それが、全ての発端だった。
■
――――パンクリアース学園郊外、果樹園。
「コルネリウス・アーラ」
「……はい? あ! わ、アルベイル様!? なん、こんな……えぇ!?」
学園の外れ。花壇で土質を調べていたコルネリウス・アーラはその突然の乱入者を二度見して。
三度見して驚き過ぎて尻餅をついた。平時であれば1000%こんな僻地には出没しない相手だからだ。
慌てて軍手を外すも。今現在の自分の服装が花壇作業用のそれと気付いて混乱は加速するばかり。
"ちょ、ちょっと待っていて下さい……!"と更衣室に駆け込む羽目になったのは最早誰が悪い訳でも無いが。
「明日、家臣の提案で学友を誘い王都を散策する事になった。貴公の妨げにならないなら、同道を頼みたい」
「……――――え?」
「? 何か他用が有ったか?」
「いえ、無いです……! 何も無いです……!!」
一瞬の空白など無かった、と言う様に重ねて強く訴えるコルネリウスに。
渦中の人物。アルベイル・ライゼンナクトは口元のみで淡く笑みを描き頷いた。
――――同学園内、第五学年空き教室。
「明日、何か用はあるか?」
「……? いえ、依頼も最近は落ち着いていますし、これと言って……」
ゲルダ・クラインは平然を装いながらも顔に血が昇っていくのを確かに自覚していた。
誤解、だとは思う。そういう意図は、無いのだと思う。しかし、とは言え――――である。
声を掛けて来たナハティガルの言は、まるで学園でも偶に耳にする遊興に誘う際のそれだ。
そんな言葉を憎からず想う異性から掛けられたなら。それは流石に冷静さを保ち続けるのは難しい。
「王都を散策したいのだが、俺はこの辺りには地の理が無い。付き合って貰えると助か「行きます」
「るのだ……が……うん? 良いのか?」
「はい、行きます……!」
戦闘依頼で鍛えられた、間髪入れずの即断即決だった。ゲルダの明日の予定が決まった!
■
――――同学園内、第二学年教室棟。
「リサちゃん……どうしよう……!!」
「あれ……どうしたんですか?」
リサ・ベイカーは今まさに帰路に着く寸前でゲルダに横合いから捕獲されていた。
その勢いから恐らく何か彼女にとって重大事件が起きた事は分かるが。
話の経緯を辿るだに、どうも確かに大事件が起きていることは何となく察せられた。
恋する乙女は気付いていない様だが、リサはその辺り俯瞰して見る事に慣れている。
話を聞くに従い、表情が怪訝に彩られていくのも仕方ない事だと言えるだろう。
「ええ……と。それ、私が一緒でも大丈夫なんですか?」
「だ――――大丈夫だと思……あれ、大丈夫……ですよね? え、普通は? どう? なんですか?」
普通、と言われても……残念ながらリサもそういった色恋沙汰は素人である。
商人として通り一遍の知識はあるが。そんな恋愛玄人みたいな質問をされても、その……何か、困る。
「まあ、何となく話が欠損している気がしますから……では、最悪お見送りだけでも」
かくして方々各人それぞれに、そんなこんなな紆余曲折の結果――――
「……? リサ・ベイカーに、ゲルダ・クライン?」
「「アルベイル様!?」」
「何だ、コルネリウスも呼ばれていたのか」
「え……っと、少し待って下さい。その、状況が良く……」
――――こうなった。
勿論、別に誰が悪かったでも何が悪かったでもない。これはささやかな。
そう、ちょっとした不幸な行き違いの結果である。
●仔竜の周囲とその交友
「それで、散策と聞いてはいるが目的はあるのか?」
「最近シャルガネ式の甘味処が人気だと聞いている。表通りから一本裏に入るが」
ナハティガルとのやり取りを見ても振る舞いは酷く事務的で、すべき事をなす以外の何物でもなく。
良く考えてみれば想定出来た事だ。知らない間柄でもないのだから……遊興に誘うなど、確かにらしくない。
――――が、だと、しても、だ。
(~~~~~~ッ!!!)
白い唾付き帽子とワンピースドレスに身を包み、手編籠を手にしたコルネリウスは。
自分の気合いの入れ様と現実との落差で瀕死寸前だった。防御が固くとも落下ダメージは受けるのである。
(……やっぱりリサちゃんに相談して正解でした)
(いえ、アルベイル様が一緒だと分かっていれば私ももう少し策を練って来たんですが……)
幸い同様にかなり服装に気を使って来たのだろうゲルダの存在に救われ、ギリギリ致死は免れたが。
2人で出掛けると勘違いしたまま突っ走ったら即死は不可避。危機一発の紙一重だ。
そんな中、1人しれっと普段着よりは小綺麗。位の服装を卒無く選んだリサの如才なさが羨ましい。
これが最新のお洒落では一歩先行く『同盟』商人御令嬢の実力である。
「あ、ナハティガル様行き過ぎ! こっち! こちらでーす! 早くしないと呼ばれちゃいますよー!?」
表通りから一本外に出て暫し。掛かった声に目線を向ければ黒髪褐色肌の美人が行列の中から手を振っていた。
藍色のドレスに黒いショール、その垢抜けた服装は王都に良く馴染んでいた。
これで男2に対し女4。比率がおかしい。何だかモヤモヤした心を抱え、コルネリウスはそっと瞳を伏せる。
■
「そう言えば、以前贈ったドン・ゴーフル人形はどうなっている?」
「? どう? 自室に飾ってあるが……それがどうかしたか」
「そうか。……飾ってあるのか……そうか」
そんな女性陣に降りかかった悲劇など露知らぬ男性陣達は、同じ卓袱台で雑談に興じている。
その様を一瞥し、ゲルダは心中で首を傾げた。何故、この男女比なのに男:女で席を分けたのだろう。
こういった場合、普通は配慮の範疇として。男性1に対し女性2を割り振るのではないだろうか。
物言いたげな眼差しでその分配を提案した女商人を見詰めるも。何処吹く風と笑って流されるばかり。
「そういえばゲルダ様は『王国』商家の出ですよね。将来はやはり商人を目指されるのですか?」
「いえ……それはまだ、はっきりとは……」
「リサ様とも仲が良い御様子ですし、商人同士横の繋がりは大事ですからねえ」
シズルは常時にこにこと一見人当りが良く感じる。けれど、ゲルダはリサから注意を受けていた。
油断してはいけない。この人は"場を自分に都合良く転がす事"に慣れている人だと。
「シズル様はリサちゃんと仲が良いんですよね?」
「いえ、色々お世話にはなっている気がしますけど……仲……?」
良いのだろうか? と何故か怪訝そうに応じたのは隣に座るリサの方。
その反応に、どうもこの2人の関係性は一概に良い、悪いで語れる物では無さそうだぞ……? と勘付くも。
「そうですねー……仲良しと言うより将来有望な一番弟子、と言った所でしょうか!」
「「そうだったんですか!?」」
何故か説明された側と質問を投げた側がハモって顔を見合わせると、それを見てシズルがころころと笑う。
商人の四方山話など大体幾らか盛っている物だ。額面通りに受け取ってはいけない。
■
さて、そんな商人sが和やかに(?)交流を深めている渦中。
コルネリウスは何処となく落ち着きなく甘味処のメニューと対話を果たしていた。
自らも花園を営む彼女は勿論、商売にもそれなりに興味はある。会話に混ざる事など造作も無い。
けれど、メニューで顔を隠しながら覗き見る竜の仔の視線が、時折自分の方を向いている事に。
一体何故気付いてしまったのか。其処で手にしていたメニューが放せなくなってしまったのは悲劇の類だ。
既にこの店の名物だと言うシャルガネの、小豆と海藻を使った不思議な甘味は注文済。
本来であればそっと横に置いて何喰わぬ顔で会話に参加すべきだと言うのに……
(いえ……いえ、いえ、いえ。アルベイル様の事だからきっと他意は無いに違いありません。
どうせ、また、私が空回っているだけで……う……何かおかしな事をしてたらどうしよう……)
気合いを入れ過ぎた服装と良い、どうにも普段冒険者としてこなしている依頼しごとと勝手が違い過ぎた。
形容し難いほど混乱する内面から目を逸らしつつ、鉄壁のエルフがまさかの自縄自縛で沈んで行く。
“……? どうした。先程から隣が気になっている様だが”
そうして、何故かそんな所ばかり目敏いナハティガルはと言えば。通路を挟んで隣に座っているコルネリウスが。
甘味処のメニューと一体化している事など何処吹く風と対する竜の仔の、瞳に僅かに滲んだ怪訝の意図を気取り。
周囲に聞こえない程に声を潜ませ問い掛ける。或いは、何か不都合な事実にでも気付いたか――――と。
しかしそうしたナハティガルの気遣いに。アルベイルは黙考する様に一度瞳を閉じ、やはり声を殺して応じる。
"……コルネリウス・アーラが入店以来ずっとメニューを手放さないのは。
追加注文したい物があるが、誘われた手前言い出し難い。と言う集団交流特有の気遣いが働いているのだろうか"
"……確かに授恵者の戦士には健啖家が多い。女子ともなれば余計に気になるだろう。
此処で、主催が指摘するのも些か哀れと言う物だ。了解した、俺に任せておけ"
視線と視線アイコンタクトで頷いたナハティガルは、当人的には到って何気なく。
そして、コルネリウス目線では大いなる誤解を元に的確に事態を処理しようと試みた。
「コルネリウス、金は『竜』から出る。思う存分飲み食いすると良い」
「!?」
「戦士は身体が資本だ。別に他の娘達に合わせる必要は無い。
例えアルベイルより良く食べても今更――――」
「ちが――――ちょ、一体私のことを何だと思ってるんですか……!?」
この後、コルネリウスに滅茶苦茶説教されたナハティガルは大変納得の行かない眼差しを周囲に向け。
困った顔で笑うゲルダを除く、リサとシズル。そして何故か竜の仔から大変胡乱気な眼差しを受け取ったと言う。
●血路を往く
甘味処を出て暫し。王都の治安、特に表通りのそれは高い水準で維持されている。
少なくとも公爵家の次期後継者が学友を連れて闊歩してもそれほど問題は起きない程度に――――だ。
しかし、とは行ってもつい先日メドゥの指先による襲撃が行われたという事実は大きく。
普段に比べれば人通りの少ない年の暮れ。行く先々で顔見知りに出会うなどという事もなく。
竜の仔は一般庶民も利用する文具店で何枚か絵葉書を購入し、貴重な経験を満足気に堪能していたと言う。
「リサ・ベイカー」
故、そろそろ陽が落ちつつ有るという頃合い。『学園』正門までもう少しと言う路地の角にて。
突然呼び止められたリサは、思わずぱちぱちと何度か差し出された物を確かめる羽目になった。
「シズルからの助言も含めて、となる事を赦せ。されど此度の同道心より感謝する。
その学生としては他に類を見ぬ商才を評し、以後とも友誼を望む物として贈り物をしたい」
差し出された葉書には王都の表通りが描かれる。価値にすれば銀貨の一枚にも満たない。
けれど彼の青年は無為を理由として行動しない。恐らくは、その行為そのものに意味があるのだろう。
「――ゲルダ・クライン」
次いで、呼ばれた小人の娘が視線を向ける。
差し出された葉書はリサの物同様。けれど王宮近郊、騎士団の詰め所が描かれたそれ。
「かつて示した意志と覚悟に、敬意を示す。しかし貴公は商人というより騎士向きと言えよう。
己が信じる正義を違わず、己が見定めた志を貫くと良い」
恐る恐る、と受け取ると。アルベイルの目線は次へと向けられる。
驚いた様に、けれど何処か落ち着きなく視線を合わせた森人の娘。
「――――コルネリウス・アーラ」
けれど、先2人同様に一枚の贈り物を携え一歩踏み込むと。続く言葉は予測を外す。
「……と、その前に。良ければ"それ"を受け取っても構わぬかな?」
「!!」
「既に多くを伝えた心算ではある。が、そうだな……であれば、残りは個人的な嗜好の話となるか。
俺は、貴公がいずれどの様な花を咲かせるか楽しみにしている。例え、生きる時間が異なろうとも」
散策、故に出しそびれていた手編籠を、耳が跳ねたまま慌ててそっと押し出すと。
押し付けられる様にお返しで渡されたのは、花咲く『学園』正門が描かれた絵葉書で。
籠の中の軽食は、どうも日の目を見そうだった。
「――――――ナハティガル=ラー」
そうして、最後に呼ばれた銀髪の鬼は"王都城門"の絵葉書を受け取ると同時に問い掛けた。
「今はあれこれ問わん。……が、確認したい事がある。
急劇な変革を多くの者は望むまい。それでも実行するのは何故だ? いや……"誰の為"だ?」
日暮れ時。竜の仔はまるで燐光を纏う様にその輪郭を赤に染め。
空を仰いで断言した。或いは彼のみならず、この場の誰にも届くようにと。
「時代には機と言う物がある。変動の時。歴史の節目。時と、人。2つが揃う事は滅多に無い。
"今"が、それだと俺は信ずる。或いは――――事の是非は後世の歴史家が評しよう」
未だ成らぬ。けれど竜とは、天を目指す物ならば。
「誰の為? 無論、俺の為だ。結果として、この国の全ての者の生き方を変えようとも」
青年は、傲岸なまでに。不遜なまでに。彼を取り囲む世界へその一言を投げ放った。
1222、年の暮れ。一つの年が終わり――――そうして、新たな年が、間もなくやって来る。