食前酒
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年09月30日 11時14分35秒
ゴールディにおいて、『金』以上に価値のあるものはない。
『金』があれば白も黒になる。『金』がなければ、それに抵抗することはできない。ゴールディで暮らす者であれば、それは骨身に染み渡った感覚だ。
暴力にせよ、策謀の結果にせよ、賄賂にせよ――最終的に社会に自らの意を通したものが勝ちだ。そしてそのやり方を認められなければ、路傍で人知れず息を引き取ることになるだろう。
とはいえ、俺は死にたくないから、仕方なくそれに適応しているのではない。
これがゴールディの日常であるから、受け入れているだけ。
手段を選り好みするなんてことは、愚図のやることだ。
俺のやり方は、主に殴って分からせることだ。金を渡すのもいいが、正直、ずる賢い取引はできても賢い選択には自信がない。相手の方が上手で逆に騙されるとなれば、大きな損失を伴うだろう。それに比べて暴力はわかりやすい言語だ。
だが、問題がひとつある。力で敵わない相手が、俺の生活を脅かす時だ。例えば――そう、授恵者であるとか。
俺は裏路地にある質屋の前に立ち、出窓に並べられた品物を見るふりをして、中を覗き込んだ。
カウンターには二人。俺と同じゴブリンの男と、動物の骨を被った……、……種族がわからんが、おそらく男だ。ゴブリンのほうが、店長。骨男は留守を預かるほかは、掃除や雑務をこなす。ふたりとも授恵者であり、俺が真正面から挑んで敵う相手ではない――というのが、ここ数週間かけて『質屋を前に悩む貧相な男』を演じて得られた情報だ。
オヤジから振られなければ、俺の生活に関わってはこなかった奴らではある。オヤジが邪魔だと言ったから、俺にとっても邪魔になった。それだけだ。
「よう、ようやく来たな」
石造りの建屋に嵌められた扉を押し開ける。すると、暇そうに姿勢を崩していた店主が片手を挙げて応じた。
「あ、なんつーんだっけか。ようこそ、【トカゲのしっぽ】へ」
覚えたての挨拶だが面倒臭いものだと言わんばかりに、店主の台詞は棒読みだ。
「最近ずっと見てたろ。さっさと入ってこねーのかなって話してた」
店主に指差された骨男は、しかし無言だ。
「で、なんだ。持ち込みか?」
「あ……と。これを……いくらになるか……」
背中を丸め、小胆者を装ってカウンターへ。鞄から物を取り出そうとしたところで、骨男に止められる。
「査定は奥の部屋ですることになっているんだ。案内するよ」
そういうことらしい。まあ、俺としてもそのほうが助かる――外から見える状況で騒ぎを起こすのはあまり上手いとは言えない。
それにしても、表情が見えないだけあって不気味だ。演技も織り交ぜながら怯えた視線を向けるも、骨男は小首をかしげるだけである。
店主が準備のために奥の部屋に向かったあと、少し時間を置いてから、骨男の後に続く形で部屋に入る。……薄暗い。室内を照らす明かりはテーブルランプのみだ。
「じゃ、見せてもらおうか」
店主がどっかりと椅子に腰掛けると、骨男が俺から袋を受け取る。店主は骨男が差し出した袋の中身を軽く確認してから、机の上に置いた。
店主は大小の箱に入った貴石をひとつひとつ、拡大鏡を手に検分していく。骨男はそのまま無言で部屋を――出ていかなかった。
想定外、というわけでもない。だが「気づかれたかもしれない」とは思った。骨男はそのまま部屋を出ていく手筈なのだ、普段ならば。
店主が検分に集中し、俺への注意が逸れる、その瞬間を狙おうと思っていたのに。振り向かなくてもわかる。骨男の視線は俺から動いていない。
「モノは悪くないな。出所もまあ、鑑定書の通りなら問題ない。となると」
機会を逃したまま、店主が検分を終えて口を開いた。
「なんでウチに?」
陽気そうな雰囲気のまま、薄暗さの中でぼんやりと照らし出される店主の瞳は、決して笑っていない。
口の中が渇く。この感覚を、俺は知っていた。『答えを間違えれば破滅』だ。
(ああ、こいつらは……手を出したらいけない)
弱肉強食の世界で生きていく上で備わった直感が警鐘を鳴らす。ここは当たり障りのない返事をして、気分が悪いのを理由に退店したほうがいい。
「おれとしては、今やってもいいと思うんだよなー」
貴石をひとつひとつ箱に収めながら、店主は部屋の入り口に立つ骨男に「どう思う?」と話しかける。俺は店主の言葉を頭の中で繰り返し、それが何を意味するのかを必死に考えた。
「仕事は一気に片付けた方が良いと思うかな。面倒だし」
俺は賢くない。だから、こいつらが交わす言葉の意味を理解できない。理解しなければいけないのに。
呼吸が浅くなる。首を絞められているような感覚すら覚えた、そのせいだ。
(なんなんだ、こいつらは)
ただ残忍な奴らなら、ゴールディにはごまんといる。だが、この二人は今まで会ってきたどの悪党とも違う。こいつらはまるで、夕飯の献立について話しているようだ。あるいは本当にそうなのかもしれない。
店主がちらと俺を見た。それに、俺はあからさまに肩を震わせてしまう。
「……まあ、たまには遊ぶのも悪くねえな!」
帰っていいぞ、と店主は続けた。そして、中身を詰め直した袋を俺の膝上に投げ寄越す。
その一言に、俺は「助かった」と思った。少なくとも今この瞬間は。そして愚かにも、巣に帰ることができればなんとかなるとさえ思っていた。
「二度目は無いと伝えておくと良い」
骨男は、俺を店の外まで見送る際にそう付け加えた。呆れたような、哀れむような声音だ。しかしそんなことはどうでもよかった。俺は弾かれたように駆け出していた。
あの店に、あの二人に関わらない方がいい。うまく伝えられるかはわからないし、オヤジは俺に失望するかもしれない。その場で俺を殺すかもしれない。
どうする? アジトの前まで来ておきながら、俺の頭の中はそれでいっぱいになった。このまま姿をくらましてしまうのが正解じゃないか?
そうして足を止めた瞬間、視界が不自然に揺れた。
「なるほど、ここかぁ」
胴体と頭が分たれたゴブリンの死骸を、ナハシュは足で軽く傍に寄せる。単にごちゃごちゃとした路地を歩くのに邪魔だったからなのだが、踏みつけるでもなく蹴り飛ばすでもなく――それがナハシュにとってほんの気まぐれだったとしても――他のゴブリンたちには異様に映ったらしい。
ナハシュは目の前の、瓦礫の山と言っていい建物を見上げた。
「前から邪魔だと思ってたんだよ、おれも」
ヨル・スレイマンは「閉店」と書かれた札を扉に下げた。
「ナハシュ、夕飯のことなんだけど――」
そして、店の奥へ声をかけた。が、返事がない。おやと思って部屋をひとつひとつ覗くが、ナハシュはどこにもいなかった。どうやら出かけたようだ。
「死んだかな。確かに一気に片付けた方がいいとは言ったけど」
誰とは言わないが。肩を竦めるだけでとりわけ同情もせず、ヨルは夕飯の献立を考え直すのだった。
――それが、ヨルとナハシュにとって当然の、変わらないもののはずだ。
『金』があれば白も黒になる。『金』がなければ、それに抵抗することはできない。ゴールディで暮らす者であれば、それは骨身に染み渡った感覚だ。
暴力にせよ、策謀の結果にせよ、賄賂にせよ――最終的に社会に自らの意を通したものが勝ちだ。そしてそのやり方を認められなければ、路傍で人知れず息を引き取ることになるだろう。
とはいえ、俺は死にたくないから、仕方なくそれに適応しているのではない。
これがゴールディの日常であるから、受け入れているだけ。
手段を選り好みするなんてことは、愚図のやることだ。
俺のやり方は、主に殴って分からせることだ。金を渡すのもいいが、正直、ずる賢い取引はできても賢い選択には自信がない。相手の方が上手で逆に騙されるとなれば、大きな損失を伴うだろう。それに比べて暴力はわかりやすい言語だ。
だが、問題がひとつある。力で敵わない相手が、俺の生活を脅かす時だ。例えば――そう、授恵者であるとか。
俺は裏路地にある質屋の前に立ち、出窓に並べられた品物を見るふりをして、中を覗き込んだ。
カウンターには二人。俺と同じゴブリンの男と、動物の骨を被った……、……種族がわからんが、おそらく男だ。ゴブリンのほうが、店長。骨男は留守を預かるほかは、掃除や雑務をこなす。ふたりとも授恵者であり、俺が真正面から挑んで敵う相手ではない――というのが、ここ数週間かけて『質屋を前に悩む貧相な男』を演じて得られた情報だ。
オヤジから振られなければ、俺の生活に関わってはこなかった奴らではある。オヤジが邪魔だと言ったから、俺にとっても邪魔になった。それだけだ。
「よう、ようやく来たな」
石造りの建屋に嵌められた扉を押し開ける。すると、暇そうに姿勢を崩していた店主が片手を挙げて応じた。
「あ、なんつーんだっけか。ようこそ、【トカゲのしっぽ】へ」
覚えたての挨拶だが面倒臭いものだと言わんばかりに、店主の台詞は棒読みだ。
「最近ずっと見てたろ。さっさと入ってこねーのかなって話してた」
店主に指差された骨男は、しかし無言だ。
「で、なんだ。持ち込みか?」
「あ……と。これを……いくらになるか……」
背中を丸め、小胆者を装ってカウンターへ。鞄から物を取り出そうとしたところで、骨男に止められる。
「査定は奥の部屋ですることになっているんだ。案内するよ」
そういうことらしい。まあ、俺としてもそのほうが助かる――外から見える状況で騒ぎを起こすのはあまり上手いとは言えない。
それにしても、表情が見えないだけあって不気味だ。演技も織り交ぜながら怯えた視線を向けるも、骨男は小首をかしげるだけである。
店主が準備のために奥の部屋に向かったあと、少し時間を置いてから、骨男の後に続く形で部屋に入る。……薄暗い。室内を照らす明かりはテーブルランプのみだ。
「じゃ、見せてもらおうか」
店主がどっかりと椅子に腰掛けると、骨男が俺から袋を受け取る。店主は骨男が差し出した袋の中身を軽く確認してから、机の上に置いた。
店主は大小の箱に入った貴石をひとつひとつ、拡大鏡を手に検分していく。骨男はそのまま無言で部屋を――出ていかなかった。
想定外、というわけでもない。だが「気づかれたかもしれない」とは思った。骨男はそのまま部屋を出ていく手筈なのだ、普段ならば。
店主が検分に集中し、俺への注意が逸れる、その瞬間を狙おうと思っていたのに。振り向かなくてもわかる。骨男の視線は俺から動いていない。
「モノは悪くないな。出所もまあ、鑑定書の通りなら問題ない。となると」
機会を逃したまま、店主が検分を終えて口を開いた。
「なんでウチに?」
陽気そうな雰囲気のまま、薄暗さの中でぼんやりと照らし出される店主の瞳は、決して笑っていない。
口の中が渇く。この感覚を、俺は知っていた。『答えを間違えれば破滅』だ。
(ああ、こいつらは……手を出したらいけない)
弱肉強食の世界で生きていく上で備わった直感が警鐘を鳴らす。ここは当たり障りのない返事をして、気分が悪いのを理由に退店したほうがいい。
「おれとしては、今やってもいいと思うんだよなー」
貴石をひとつひとつ箱に収めながら、店主は部屋の入り口に立つ骨男に「どう思う?」と話しかける。俺は店主の言葉を頭の中で繰り返し、それが何を意味するのかを必死に考えた。
「仕事は一気に片付けた方が良いと思うかな。面倒だし」
俺は賢くない。だから、こいつらが交わす言葉の意味を理解できない。理解しなければいけないのに。
呼吸が浅くなる。首を絞められているような感覚すら覚えた、そのせいだ。
(なんなんだ、こいつらは)
ただ残忍な奴らなら、ゴールディにはごまんといる。だが、この二人は今まで会ってきたどの悪党とも違う。こいつらはまるで、夕飯の献立について話しているようだ。あるいは本当にそうなのかもしれない。
店主がちらと俺を見た。それに、俺はあからさまに肩を震わせてしまう。
「……まあ、たまには遊ぶのも悪くねえな!」
帰っていいぞ、と店主は続けた。そして、中身を詰め直した袋を俺の膝上に投げ寄越す。
その一言に、俺は「助かった」と思った。少なくとも今この瞬間は。そして愚かにも、巣に帰ることができればなんとかなるとさえ思っていた。
「二度目は無いと伝えておくと良い」
骨男は、俺を店の外まで見送る際にそう付け加えた。呆れたような、哀れむような声音だ。しかしそんなことはどうでもよかった。俺は弾かれたように駆け出していた。
あの店に、あの二人に関わらない方がいい。うまく伝えられるかはわからないし、オヤジは俺に失望するかもしれない。その場で俺を殺すかもしれない。
どうする? アジトの前まで来ておきながら、俺の頭の中はそれでいっぱいになった。このまま姿をくらましてしまうのが正解じゃないか?
そうして足を止めた瞬間、視界が不自然に揺れた。
「なるほど、ここかぁ」
胴体と頭が分たれたゴブリンの死骸を、ナハシュは足で軽く傍に寄せる。単にごちゃごちゃとした路地を歩くのに邪魔だったからなのだが、踏みつけるでもなく蹴り飛ばすでもなく――それがナハシュにとってほんの気まぐれだったとしても――他のゴブリンたちには異様に映ったらしい。
ナハシュは目の前の、瓦礫の山と言っていい建物を見上げた。
「前から邪魔だと思ってたんだよ、おれも」
ヨル・スレイマンは「閉店」と書かれた札を扉に下げた。
「ナハシュ、夕飯のことなんだけど――」
そして、店の奥へ声をかけた。が、返事がない。おやと思って部屋をひとつひとつ覗くが、ナハシュはどこにもいなかった。どうやら出かけたようだ。
「死んだかな。確かに一気に片付けた方がいいとは言ったけど」
誰とは言わないが。肩を竦めるだけでとりわけ同情もせず、ヨルは夕飯の献立を考え直すのだった。
――それが、ヨルとナハシュにとって当然の、変わらないもののはずだ。