重なる境界、その両岸に
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年09月06日 10時59分11秒
盛夏も過ぎ、うだるような暑さも落ち着いてきた頃。相変わらず日中の陽射しは強いものの、夜は秋虫の鳴き声が聞こえるようになってきた。
そんな晩夏と呼ぶべき季節。ゲルダ・クラインとナハティガル=ラーは偶然、市場で鉢合わせた。
「ナハティガル……様」
ゲルダは驚きに目を瞬かせつつ、自分よりもずっと背の高いナハティガルを見上げた。それにあわせ、ナハティガルはゲルダの方へ少し身を屈める。かなりの身長差のある二人だ、市場という喧騒の中では、ただでさえ聞き取りにくい声がかき消されてしまっていた。
「すまない、ゲルダ。今何か?」
「い、いえ! ご挨拶をと」
ゲルダは無意識のうちに少し踵を浮かせ、背筋を伸ばして声を張る。
「ナハティガル様もお買い物ですか?」
「まあ、そんなところだ。消耗品の補充と、装備の手入れを」
そういうナハティガルは、すでに紙袋をひとつ腕に抱えている。聞けばこれから鍛冶屋に向かうところだという。
「そうなのですね。わたしもこれから盾の手入れをお願いしようと――きゃっ」
言い終える前に、ゲルダは後ろからぶつかられてバランスを崩した。不安定な体勢だったこともあって、そのまま前につんのめってしまう。
そんなゲルダを、ナハティガルはすかさず受け止め、支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。失礼しました! あ……ありがとう、ございます」
近くに感じるナハティガルの気配、香り、体の逞しさ――あまりに多くの情報が頭になだれ込んできて、ゲルダは慌ててナハティガルから距離を取った。
(やっぱり、わたし……)
ゲルダはそっと胸の上に手をあてる。言葉を交わし、視線を交わし、そばにいるだけでどこか落ち着かないこの気持ち。そして彼のことを思うと、なんだか胸が苦しく、喉の奥がきゅっと狭まる、切なさと呼ぶべきもの。
ゲルダはそれを、ナハティガルに悟られたくないと思った。
「……ゲルダ?」
恋焦がれているのに、今すぐに逃げ出してしまいたいと思う不思議。ゲルダは思わず、ナハティガルから視線を逸らした。
「だいじょうぶ……です」
「……」
ナハティガルはそんなゲルダをじっと見つめていた。離れていったゲルダを追うように伸ばした手を、所在なさげに僅かに彷徨わせた後、はっと気づいてゲルダの肩を軽く引き寄せる。
「ナハティガル様?」
驚いたゲルダは、しかし抵抗しない。ナハティガルがふたたび通行人に揉まれそうになったゲルダを庇ったのだと、すぐに気付いたからだ。
「人通りが多いと思ったら、祭りがあるのか」
「そ、そうなんですね。確かに……いつもより賑やかです」
夏の終わりを惜しむ祭りは、夕方からはじまるという。それにあわせてなのか、今日は飲食店以外の店じまいが早い――ナハティガルからそんな話を聞きながら、ゲルダは自分の鼓動の高鳴りがナハティガルに伝わらないか、それだけを考えていた。
「……ゲルダ、目的地は同じだろう。一緒に」
どちらともなく体を離したふたりだったが、ナハティガルがゲルダの方へ手を差し出した。
「通りを抜けるまでだ」
ゲルダの反応が一瞬遅れたその間に、ナハティガルはひとことを差し込む。ゲルダはどきりとしたが、他意はないと自分に言い聞かせ、その手を取った。
ナハティガルの手は、大きかった。すっぽりとゲルダの手を優しく包み込む。同時に、少しこわばってもいた――ゲルダはふわふわとした心地の底に一抹の寂しさを覚える。
でも、これでいいのだ。
この気持ちは、わたしだけが知っていればいいのだから。
── ○ ──
ゲルダを受け止めた瞬間、ナハティガルは衝撃を受けた。
ハーフリング種族は小柄だ。それはゲルダも同じであり、そういうものだろうと認識していた。驚いたのは、想像していたよりもずっと、受け止めた少女の体は小さく華奢だったこと。こんなか弱い存在が、戦場で盾を構えて果敢に戦っているなどと、むしろそちらのほうを疑ってしまうほど。
ゆえにゲルダが体を離すと、不安が募った。予想通りまた人混みに揉まれそうになり、咄嗟に肩を抱き寄せて庇う。
しかしどこか様子のおかしいゲルダは、もしかしたら自分よりずっと体の大きいナハティガルを怖がっているのではないか――そんな余計なことまで考えてしまう。ゲルダという少女が、そのような性格ではないにしろ、だ。
通りを抜けるまで、はぐれないように繋いだ手もずいぶん小さく――ナハティガルはそこに、少女との世界の断絶を感じてしまう。
ナハティガルはこれまで、ゲルダに自分の過去を少しずつ話してきた。だが。
(これ以上踏み込むべきではないのかも、しれない……)
いや、踏み込ませないように、といったところが正確か。
お互いの違いを如実に感じとってしまえば、途端にそれが恐ろしくなる。
気づかれないようにと思う心は奇しくも重なり、揺れるのだった。
そんな晩夏と呼ぶべき季節。ゲルダ・クラインとナハティガル=ラーは偶然、市場で鉢合わせた。
「ナハティガル……様」
ゲルダは驚きに目を瞬かせつつ、自分よりもずっと背の高いナハティガルを見上げた。それにあわせ、ナハティガルはゲルダの方へ少し身を屈める。かなりの身長差のある二人だ、市場という喧騒の中では、ただでさえ聞き取りにくい声がかき消されてしまっていた。
「すまない、ゲルダ。今何か?」
「い、いえ! ご挨拶をと」
ゲルダは無意識のうちに少し踵を浮かせ、背筋を伸ばして声を張る。
「ナハティガル様もお買い物ですか?」
「まあ、そんなところだ。消耗品の補充と、装備の手入れを」
そういうナハティガルは、すでに紙袋をひとつ腕に抱えている。聞けばこれから鍛冶屋に向かうところだという。
「そうなのですね。わたしもこれから盾の手入れをお願いしようと――きゃっ」
言い終える前に、ゲルダは後ろからぶつかられてバランスを崩した。不安定な体勢だったこともあって、そのまま前につんのめってしまう。
そんなゲルダを、ナハティガルはすかさず受け止め、支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。失礼しました! あ……ありがとう、ございます」
近くに感じるナハティガルの気配、香り、体の逞しさ――あまりに多くの情報が頭になだれ込んできて、ゲルダは慌ててナハティガルから距離を取った。
(やっぱり、わたし……)
ゲルダはそっと胸の上に手をあてる。言葉を交わし、視線を交わし、そばにいるだけでどこか落ち着かないこの気持ち。そして彼のことを思うと、なんだか胸が苦しく、喉の奥がきゅっと狭まる、切なさと呼ぶべきもの。
ゲルダはそれを、ナハティガルに悟られたくないと思った。
「……ゲルダ?」
恋焦がれているのに、今すぐに逃げ出してしまいたいと思う不思議。ゲルダは思わず、ナハティガルから視線を逸らした。
「だいじょうぶ……です」
「……」
ナハティガルはそんなゲルダをじっと見つめていた。離れていったゲルダを追うように伸ばした手を、所在なさげに僅かに彷徨わせた後、はっと気づいてゲルダの肩を軽く引き寄せる。
「ナハティガル様?」
驚いたゲルダは、しかし抵抗しない。ナハティガルがふたたび通行人に揉まれそうになったゲルダを庇ったのだと、すぐに気付いたからだ。
「人通りが多いと思ったら、祭りがあるのか」
「そ、そうなんですね。確かに……いつもより賑やかです」
夏の終わりを惜しむ祭りは、夕方からはじまるという。それにあわせてなのか、今日は飲食店以外の店じまいが早い――ナハティガルからそんな話を聞きながら、ゲルダは自分の鼓動の高鳴りがナハティガルに伝わらないか、それだけを考えていた。
「……ゲルダ、目的地は同じだろう。一緒に」
どちらともなく体を離したふたりだったが、ナハティガルがゲルダの方へ手を差し出した。
「通りを抜けるまでだ」
ゲルダの反応が一瞬遅れたその間に、ナハティガルはひとことを差し込む。ゲルダはどきりとしたが、他意はないと自分に言い聞かせ、その手を取った。
ナハティガルの手は、大きかった。すっぽりとゲルダの手を優しく包み込む。同時に、少しこわばってもいた――ゲルダはふわふわとした心地の底に一抹の寂しさを覚える。
でも、これでいいのだ。
この気持ちは、わたしだけが知っていればいいのだから。
── ○ ──
ゲルダを受け止めた瞬間、ナハティガルは衝撃を受けた。
ハーフリング種族は小柄だ。それはゲルダも同じであり、そういうものだろうと認識していた。驚いたのは、想像していたよりもずっと、受け止めた少女の体は小さく華奢だったこと。こんなか弱い存在が、戦場で盾を構えて果敢に戦っているなどと、むしろそちらのほうを疑ってしまうほど。
ゆえにゲルダが体を離すと、不安が募った。予想通りまた人混みに揉まれそうになり、咄嗟に肩を抱き寄せて庇う。
しかしどこか様子のおかしいゲルダは、もしかしたら自分よりずっと体の大きいナハティガルを怖がっているのではないか――そんな余計なことまで考えてしまう。ゲルダという少女が、そのような性格ではないにしろ、だ。
通りを抜けるまで、はぐれないように繋いだ手もずいぶん小さく――ナハティガルはそこに、少女との世界の断絶を感じてしまう。
ナハティガルはこれまで、ゲルダに自分の過去を少しずつ話してきた。だが。
(これ以上踏み込むべきではないのかも、しれない……)
いや、踏み込ませないように、といったところが正確か。
お互いの違いを如実に感じとってしまえば、途端にそれが恐ろしくなる。
気づかれないようにと思う心は奇しくも重なり、揺れるのだった。