香の由縁
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年05月26日 10時50分57秒
砂の享楽都市キサナ。ヨル・スレイマンとナハシュのふたりは、その街で伝説の調香師「シバ」と出会い、屋台飯と引き換えにシバ手ずから調香した香水を手に入れた。
「良いものを貰えたね」
ヨルはナハシュとともに宿に戻ると、寝台脇の机の上に香水瓶を2本置く。
「どちらの香りも素敵だ。君もたまにつけるといいよ。お洒落の一環だと思えばいい」
「お洒落ね……」
ナハシュは自分宛に作られたものを取ると、蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
「……変な感じだが、学園でつけりゃあ服代わりにはなるかね」
「ああ、それはいいね。量もそう多くはないし……この種類の香は確か、2、3時間で香りが失われるものだとシバが言っていたね。学園で偉い人と食事をする時とか、気を遣うと良いかもしれない。首筋や手首や足首、そういう場所につける。体温で香りが広がるから」
「なるほど」
ナハシュはヨルの助言が右から左に抜けないようにしっかりと頭に留めた。
シバの話では、香水には他にもいろいろと種類があるらしい。
「これがなくなったら……シバをまた見つけるのも大変そうだし。調香記録紙から似たようなものを作ってもらえるかもしれないけれど」
ヨルは懐に押し込んでいた調香記録紙を引っ張り出すと広げる。
「タレイアに……グラハ、か」
● 花盛りの女神
『……ご説明しますね』
調香を終え、シバは香料の入った瓶をひとつずつ並べていく。
『お二人とも異邦人のように思われましたので、まず異郷の木々の香りを取り入れました。白檀と杉松ですね。いい香りでしょう?』
ヨルは白檀の香りを嗅いでみた。蠱惑的な、しかし艶やかさは感じさせない、気品のある香りだ。
『君から見ると、俺はこう見えているということかな』
『そうですね。でも、これは最後に香るものですから……本質と言えどもそれは、その人の一部分に過ぎませんので』
『というと?』
ヨルが首を傾げると、シバは残るみっつの香料を示した。
『こちらから、茉莉花、香檸檬、そしてこちらは橙花です」
いずれも甘やかな花々だ。しかし香りそのものはしつこくない。前述の白檀と同じく、気品のある華やかさである。
『なんだか照れるな。俺は……』
そんなお行儀の良い人間ではない。その言葉を飲み込む。お互い初対面なのだ、そこまで踏み入ったり、踏み入れられたりするべきではない。ましてこの先また会えるかもわからない人物だ。
『タレイアというのは?』
ヨルはごまかすように、瓶のラベルタグに手書きで書かれた文字を指し示す。ヨルの知る限り、聞きなれない言葉だ。
『それは遥か昔の話、神々の一柱の名です』
シバによれば――それは美を司る神々のうち、とある乙女神の侍女三姉妹【美麗】のひとりだという。
タレイアは豊かさと開花を司る。繁栄、豊穣、花盛り――そんな言葉と共に語られた。
『……俺、そんなに綺麗?』
なにやらどこぞの都市伝説めいた聞き方をしてしまったが、つい真剣に聞いてしまう。シバは小さく笑った後、頷いた。
『あなたの中に開いた想いの花。その気持ちさえ忘れなければ、あなたの心は春の楽園の如く暖かな陽射しが降り注ぎ――』
『まっまっ待、待って待って』
ヨルは慌ててシバを止め、ナハシュを振り返った。ナハシュは周囲の煌びやかな景色をぼんやり見つめるまま、聞いていなかったようである。ほっとしたような、取り越し苦労をした気持ちのような。
『恋、とは違う』
『恋などとはひとことも』
きりりと答えるシバに、ヨルは頭を抱えたくなった。
● 異郷の星よ
「君はあの時聞いていなかっただろうから、グラハについても教えてあげよう」
戻って、現在。ヨルは『タレイア』の由来について最後をさりげなくぼかしながら、こほんと咳払いする。
「ああ、俺のな」
ナハシュは香水瓶の蓋を一旦閉めて、陽の光に翳してみる。精緻な細工が施されたガラス瓶がきらきらと光を反射した。
「グラハは東方大陸の一地域に伝わる神話において、『星』を意味する言葉なんだって」
「星? またなんで星なんだ?」
ヨルの語りに、ナハシュは首を傾げた。この香水はヨルがナハシュの分もとシバに頼んだもので、その時にヨルはイメージになるものを伝えていたはずだからだ。
「それは……」
ヨルはどう答えたものか迷う。
「いつか一緒に星を見たことを――思い出してさ」
覚えているか、と聞こうとして、ヨルは考え直した。わずかな逡巡の間は、ナハシュには勘付かれなかったようだ。
「星と聞いてシバが何をイメージするのかと思ったけど……」
ヨルはナハシュの分の調香記録紙を広げる。それをナハシュも覗き込んだ。
「葡萄柚、岩楓、芍薬、焚香、木香……聞き覚えのあるやつもあるが……」
まず広がるのは葡萄柚。最初に香るものは、香水の第一印象と言われている。時間が経過すると、香水の核となる香りが続く。ここでは岩楓と芍薬だ。一説には東方由来とも伝えられる芍薬と、柔らかな岩楓の香りが、最後に上品な木々の香りに包まれて消える――というリードである。
「星って感じはしねえけど……??」
ナハシュは目を瞬いた。
「もっとこう、きらきらしてねえ?」
「そうかな。そうかもな……でも俺は、夜闇の心地良さっていうのかな、そういう……静けさの中に瞬く星は、」
――綺麗だと思う。
そう言いかけて、ヨルは気づく。
シバは、『ヨルが考えるナハシュ』を『星』として表現したのだと。
そう思うとなんだか途端に気恥ずかしい思いで、ヨルは口をつぐまざるを得なかった。
「なんだよ、急に黙って」
「いや……なんか、いい表現が思いつかなかった。でもそれは、君に似合うよ」
● 秘密の力
「シバは、『香りを身にまとうことで、前へ進める助けとする』……とかなんとか言ってたな」
「ナハシュ、彼女の話をきちんと聞いてたのか……」
「印象に残ってただけだって」
目を丸くして驚くヨルに、ナハシュはルームサービスの焼き鳥の串を片付けながら答える。
「香りひとつで、そういうもんなのか?」
「そうだなあ、状況にもよるかもしれないけど」
たとえば、恋愛ごとにおいては。相手の気を引くだけではない、特別な自分だけの香りを纏うことで、『いつもと違う自分』に変身し――勇気を出すこと。そして恋愛ごとに限らず、シバは望みに臆病な人々の背を、そうやって押してきたのだろう。
「いつもと違う自分なら、大それたこともできるかもしれないって思うんだよ」
「ふーん?」
釈然としない様子のナハシュだったが、「まあいい香りなのはわかるぜ」と笑う。
「今度は俺からなんかやる。肉とかな」
「良いものを貰えたね」
ヨルはナハシュとともに宿に戻ると、寝台脇の机の上に香水瓶を2本置く。
「どちらの香りも素敵だ。君もたまにつけるといいよ。お洒落の一環だと思えばいい」
「お洒落ね……」
ナハシュは自分宛に作られたものを取ると、蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
「……変な感じだが、学園でつけりゃあ服代わりにはなるかね」
「ああ、それはいいね。量もそう多くはないし……この種類の香は確か、2、3時間で香りが失われるものだとシバが言っていたね。学園で偉い人と食事をする時とか、気を遣うと良いかもしれない。首筋や手首や足首、そういう場所につける。体温で香りが広がるから」
「なるほど」
ナハシュはヨルの助言が右から左に抜けないようにしっかりと頭に留めた。
シバの話では、香水には他にもいろいろと種類があるらしい。
「これがなくなったら……シバをまた見つけるのも大変そうだし。調香記録紙から似たようなものを作ってもらえるかもしれないけれど」
ヨルは懐に押し込んでいた調香記録紙を引っ張り出すと広げる。
「タレイアに……グラハ、か」
● 花盛りの女神
『……ご説明しますね』
調香を終え、シバは香料の入った瓶をひとつずつ並べていく。
『お二人とも異邦人のように思われましたので、まず異郷の木々の香りを取り入れました。白檀と杉松ですね。いい香りでしょう?』
ヨルは白檀の香りを嗅いでみた。蠱惑的な、しかし艶やかさは感じさせない、気品のある香りだ。
『君から見ると、俺はこう見えているということかな』
『そうですね。でも、これは最後に香るものですから……本質と言えどもそれは、その人の一部分に過ぎませんので』
『というと?』
ヨルが首を傾げると、シバは残るみっつの香料を示した。
『こちらから、茉莉花、香檸檬、そしてこちらは橙花です」
いずれも甘やかな花々だ。しかし香りそのものはしつこくない。前述の白檀と同じく、気品のある華やかさである。
『なんだか照れるな。俺は……』
そんなお行儀の良い人間ではない。その言葉を飲み込む。お互い初対面なのだ、そこまで踏み入ったり、踏み入れられたりするべきではない。ましてこの先また会えるかもわからない人物だ。
『タレイアというのは?』
ヨルはごまかすように、瓶のラベルタグに手書きで書かれた文字を指し示す。ヨルの知る限り、聞きなれない言葉だ。
『それは遥か昔の話、神々の一柱の名です』
シバによれば――それは美を司る神々のうち、とある乙女神の侍女三姉妹【美麗】のひとりだという。
タレイアは豊かさと開花を司る。繁栄、豊穣、花盛り――そんな言葉と共に語られた。
『……俺、そんなに綺麗?』
なにやらどこぞの都市伝説めいた聞き方をしてしまったが、つい真剣に聞いてしまう。シバは小さく笑った後、頷いた。
『あなたの中に開いた想いの花。その気持ちさえ忘れなければ、あなたの心は春の楽園の如く暖かな陽射しが降り注ぎ――』
『まっまっ待、待って待って』
ヨルは慌ててシバを止め、ナハシュを振り返った。ナハシュは周囲の煌びやかな景色をぼんやり見つめるまま、聞いていなかったようである。ほっとしたような、取り越し苦労をした気持ちのような。
『恋、とは違う』
『恋などとはひとことも』
きりりと答えるシバに、ヨルは頭を抱えたくなった。
● 異郷の星よ
「君はあの時聞いていなかっただろうから、グラハについても教えてあげよう」
戻って、現在。ヨルは『タレイア』の由来について最後をさりげなくぼかしながら、こほんと咳払いする。
「ああ、俺のな」
ナハシュは香水瓶の蓋を一旦閉めて、陽の光に翳してみる。精緻な細工が施されたガラス瓶がきらきらと光を反射した。
「グラハは東方大陸の一地域に伝わる神話において、『星』を意味する言葉なんだって」
「星? またなんで星なんだ?」
ヨルの語りに、ナハシュは首を傾げた。この香水はヨルがナハシュの分もとシバに頼んだもので、その時にヨルはイメージになるものを伝えていたはずだからだ。
「それは……」
ヨルはどう答えたものか迷う。
「いつか一緒に星を見たことを――思い出してさ」
覚えているか、と聞こうとして、ヨルは考え直した。わずかな逡巡の間は、ナハシュには勘付かれなかったようだ。
「星と聞いてシバが何をイメージするのかと思ったけど……」
ヨルはナハシュの分の調香記録紙を広げる。それをナハシュも覗き込んだ。
「葡萄柚、岩楓、芍薬、焚香、木香……聞き覚えのあるやつもあるが……」
まず広がるのは葡萄柚。最初に香るものは、香水の第一印象と言われている。時間が経過すると、香水の核となる香りが続く。ここでは岩楓と芍薬だ。一説には東方由来とも伝えられる芍薬と、柔らかな岩楓の香りが、最後に上品な木々の香りに包まれて消える――というリードである。
「星って感じはしねえけど……??」
ナハシュは目を瞬いた。
「もっとこう、きらきらしてねえ?」
「そうかな。そうかもな……でも俺は、夜闇の心地良さっていうのかな、そういう……静けさの中に瞬く星は、」
――綺麗だと思う。
そう言いかけて、ヨルは気づく。
シバは、『ヨルが考えるナハシュ』を『星』として表現したのだと。
そう思うとなんだか途端に気恥ずかしい思いで、ヨルは口をつぐまざるを得なかった。
「なんだよ、急に黙って」
「いや……なんか、いい表現が思いつかなかった。でもそれは、君に似合うよ」
● 秘密の力
「シバは、『香りを身にまとうことで、前へ進める助けとする』……とかなんとか言ってたな」
「ナハシュ、彼女の話をきちんと聞いてたのか……」
「印象に残ってただけだって」
目を丸くして驚くヨルに、ナハシュはルームサービスの焼き鳥の串を片付けながら答える。
「香りひとつで、そういうもんなのか?」
「そうだなあ、状況にもよるかもしれないけど」
たとえば、恋愛ごとにおいては。相手の気を引くだけではない、特別な自分だけの香りを纏うことで、『いつもと違う自分』に変身し――勇気を出すこと。そして恋愛ごとに限らず、シバは望みに臆病な人々の背を、そうやって押してきたのだろう。
「いつもと違う自分なら、大それたこともできるかもしれないって思うんだよ」
「ふーん?」
釈然としない様子のナハシュだったが、「まあいい香りなのはわかるぜ」と笑う。
「今度は俺からなんかやる。肉とかな」