日々を奏でるCordes
キャラクターノベル(グループ)制作 伊治納品 2022年05月03日 10時49分56秒
●
ヴェルクリエで彫金師をしている弟に誕生日プレゼントを届けてほしい。
ギルドの依頼に至らない、ごく個人的な頼みを懇意のギルド職員から請けたのはつい先日のこと。
「すぐに終わるとはいえ、依頼を請けるのは難しいし、かと言って学園に戻れるような時間でもない。休日にするしかないかな」
「それなら――」
海神・江流へシルヴィア・A・カペルは、ある提案をした。
●
「朝一番で渡すようにと言われただけあったね」
「……朝食食べたらすぐ工房だったな」
シルヴィアが先ほど職員の弟に誕生日プレゼントを渡した時のやり取りを思い出し、苦笑する。
江流も突風のようだったと軽く笑う。
「ヴェルクリエらしいんじゃない?」
「……そうだな」
彼らの会話に加わったのは、ヴィナスとカッシア。
カッシアの言葉が少ないのは、去年ヴェルクリエらしい(と聞いた)依頼とその後日談を思い出したからだ。
ヴィナスとカッシアが何故ここにいるか。
――それこそが、シルヴィアの提案だった。
依頼を通して、2人は自身が所持する楽器のルーツが同じ工房、ヴェルクリエにあるルーガル工房にあることを知った。
そして、カッシアのリュートも同じ工房をルーツに持っていた。
この休日を利用して足を運ばないか。
シルヴィアに誘われ、ヴィナスとカッシアは是非と伝えた。
ヴィナスはちょうどメンテナンスの時期だったし、カッシアも一度職人に見てもらいたいという希望があったのもある。
「俺のはだいぶ古くてな」
「確かに2人に比べると、年代物だな」
カッシアがリュートを見せると、江流が手入れはされているが時間の流れを感じるリュートを見る。
リュートの表面板には狼と月の焼き印があり、この焼き印が工房出身者の証なのだとか。
「カッシアのは初代工房長がヴェルクリエに来る前のものだからね、かなり古いと思うよ」
「私とヴィナスの楽器はかなりの後輩だね」
解説したヴィナスに続き、シルヴィアが大よその年代を伝えると、江流は「それはかなりだな」と時を越えても尚音を奏でるリュートを感心して見る。
(どれだけの想いを音にしてきたんだろうな)
縁があって手にした多くの誰かの想いの全てをこのリュートだけが知っている。
やがて、ルーガル工房でヴィナスとカッシアの楽器をメンテナンスで預けると、夕方ヴィナスの楽器を手掛けたという工房長との面会を約束して、表に出た。
(工房のルールなら仕方ない)
説明で見学の申し出を断念したカッシアは心の中で残念そうに呟いた。
●
頼みごとをしてきた職員は勿論、纏まった時間を取って会うことになる工房長へのお土産もという話にもなり、4人であちこちを巡り出す。
「職員の土産は好みや仕事のことを考えると、香りがあるものは止めた方が良さそうだよね。今つけてる香水も人によってはアウトだろうし」
ヴィナスが雑貨の一つを手にし、鼻を近づけている。
ハーブのサシェらしく、リラックス効果を見越したものらしいが、香りには個人の好き嫌いがある上、多くの冒険者と接する職員は中々難しいだろう。
(俺はこの香りは好きだけどな)
カッシアはヴィナスと同じ香りを身に纏う心情を隠すようにフードを被り直す。
サシェに目がいっているヴィナスの背後で行われているその所作もヴィナス以外にはよく見えており、カッシアの背後の2人は察したが、彼らの距離感を慮り、そのことは口にしない。
「家で楽しめるものの方がいいかもしれないね」
「職場に持ち込まないものなら、少し幅が広がりそうだな」
「それなら、お茶はいかが?」
会話に加わったのは、雑貨店の店主だ。
「妹が嫁いだ家が通りを一つ挟んだ所にある料理屋なんだけど、妹はそこでお茶を扱ってるのよ。癖のないものも多いし、値段も結構お手軽よ」
教えてくれた店主に感謝として友人の土産を購入すると、4人は教わった料理屋へ向かった。
刻限は、間もなく昼。
昼食にはちょうどいい時間だ。
件の料理屋でお昼にしよう。
●
創作料理屋らしい料理屋は、混み合う直前だったようで、待つことなく席に案内された。
「折角だし、それぞれ大皿のものを頼んで、それを分け合わないか?」
「いいね」
江流の提案にあっさり賛成するヴィナス。
冒険者になるまでそんなことしたことなかったカッシアは、今となっては当たり前になってると思いつつ、「それなら俺はカレーピッツアを選ぶ」と絵を指し示した。
「じゃあ、俺は春野菜のサラダピッツア」
「私は川魚とポテトのフライセット。魚が岩魚と虹鱒というのが興味深い」
ヴィナス、シルヴィアが続くと、江流はふと何かに気づいた。
「皆羊肉って平気?」
「俺は問題ないよ」
ヴィナスが見回すと、シルヴィア、カッシアも同じ反応。
江流は安心して、羊肉の串焼きを頼んだ。
次々に料理が運ばれてくる。
「カッシア、カレーの辛さはどう?」
「まあまあだ」
ヴィナスへ突き放すように答えるカッシアとしてはもう少し辛い方が好みだが、万人が好む辛さと言うのも熟知している。
カッシアの手は羊肉の串焼きに伸びており、一口食べて眉を動かす。
「俺は羊肉にシャルガネの要素が出てくるとは思わなかった」
「俺も。驚いたよ」
江流が見たのは、ピリ辛の味噌に漬け込んだ羊肉の串焼きだった。
カッシアの知識の中にはなかったもので、知識の更新は地味に嬉しい。
会話を聞いたヴィナスもシルヴィアも続いて食べてみて、思った以上の相性の良さに「これは美味しい」と一言。
「驚いたと言えば、岩魚や虹鱒をこうやって食べることかな」
江流の中では塩焼きのイメージが強いそうで、フライにして酢と塩で食べるのは新鮮らしい。
だからこその創作料理なのだろうとシルヴィアは笑う。
「ちょっと目先を変えるだけで色々見えてくるのもあるのだろう。例えばこのサラダピッツアだって野菜が苦手な子も頑張れそうな気がするし」
食後に春の気配を感じる桜の紅茶を飲み、最後に職員のお土産にもそちらを購入し、4人は店を出た。
●
時は流れ去り、手を汚さないで済むよう春らしい果物のジャムを使ったクッキーを購入、再びルーガル工房を訪れると、工房長が待っていた。
「ではこちらへ」
工房長は笑って応接間へ案内していく。
(仕事場で話さないのか)
江流はシルヴィア、カッシアと同じように周囲を見回すと、楽器が幾つか目に入る。
シャルガネにも楽器はあるが、竹笛などは判るが、王国で見たような値打ちのものがあるのかと聞かれてもよく判らない。以前シルヴィアのフィドルの装飾、焼き印を見せてもらっていたが、価値など皆目見当がつかない。
(流石ヴェルクリエ、弦楽器以外もある)
王国の芸術観とは違うが、創ることに溢れている。
時折奥から聞こえてくる音色は弦楽器だけでなく、フルートや太鼓のような打楽器も聞こえてくる。
(彼女の弟もフルートを奏でていた。才女と呼ばれる彼女自身もきっと――)
――などという想いは、「今日は随分興奮してるな」という工房長の声で遮られるのだけど。
「私のフィドルを作った職人もああいう感じかもしれない」
「セテスの奴は元気にやってますか」
「とても」
シルヴィアの呟きを拾った工房長、最初の自己紹介を覚えていたらしく話を向けてくれる。
この前メンテナンスに訪れた時も丁寧に扱ってくれていると感激して奏でまくっていた。
(工房長は奏でないのだろうか)
カッシアは素朴な疑問を持ってヴィナスを見たが、ヴィナスは何か生温い顔をしたので、多分工房長もやる。
●
応接間は試演もできるように設計されているからか、思ったよりも広かった。
まず、ヴィナスが自身のハーディングフェーレを受け取る。
「雑な扱いはしていないようで何より」
「怒られますよ」
ヴィナスは怒られたくないのか、苦笑が浮かんでいる。
(商人だしな)
江流は依頼を通じて彼の弟の本名を知る機会を得た。
必然的にヴィナスの正体に近づくものでもあったが、江流は彼らが話すまでは聞かないことに決めている。
「元々いい状態ではなかったとのことですが、だいぶ持ち直していただいたようで」
カッシアにそう言って渡されたのは、ルーガルのリュートだ。
手にしたカッシアが僅かに目を見開いた程状態は良くなっている。
「初代の帝都時代の作品が工房を訪れたと知ったら、初代が出てきそうですよ」
「初代の話は聞いたことあるのだけど、初代を支えた商人の話は殆ど伝わってないとか」
シルヴィアが話を向けると、工房長は「初代の遺言だそうです」と苦笑した。
初代工房長ルーガルが唯一、真実の愛を捧げた相手。
言うまでもなくルーガルを支えた商人だ。
けれど、その記録は全く残っていない。
理由は、ルーガルの独占欲だった。
(真実の愛なんてそりゃ重いし独占欲の塊だと思ってたけど)
江流は心の中で呟く。
ルーガルは死の床で先だった商人の人となりが判る記録は自身が見ている前で全て破棄するように強く言ったという。
この為商人の人となりが判る記録は全て破棄された。
ただし、弟子達のルーガルと商人に対するぼやきなどは人となりを判断するに至らない為残っているそうだが、これもルーガルの強い意向でルーガルの試験をクリアした者だけが記録に触れることができるらしい。
とは言え、記録を見た者が信頼できる者に話すのは辛うじてセーフだそうで、今回は不思議な縁もあることから話しているそうだ。
「私は『この工房に専門はない。あいつがひとつの楽器で表現できると思ってるのか』という記述でルーガルの真実の愛重いと思いましたね」
(『奏者へ自らの大切な想いを託し、時を越えよ』という教えなら……)
何らかの事情で独身を貫いたルーガルは死して尚、真実の愛を謳っているというのか。
シルヴィアは弟子達の記録を見ることすら試験合格を条件にするルーガルには参った。
だからこそ、その志を持つ彼を選び、このフィドルを得たのだろうと思う。
(凄まじいまでの惚気だ)
カッシアは従姉には絶対聞かせてはいけないと戦慄する。
それくらいの想いがあったから、今も楽器として生きているのだろう。
間違っても、ガラクタ扱いされてよいものではなかった。
(今の俺の象徴)
お前を作った奴の重さが伝染したらどうしてくれる。
カッシアを見、ヴィナスは自身のハーディングフェーレを見た。
月と鷹、勿忘草の焼き印。
(俺は絶対忘れない。夜ですら逃さない……工房長に言ったら、自分の重さを焼き印に準えるなって怒られそう)
けれど、俺はルーガルと対抗できるんじゃないかって程に独占欲強い。
――そう言うには、俺も存外勇気がないけどね。
また、音楽が遠くから聞こえてくる。
全てではないが、感情が高ぶると奏でる系の職人も結構いるそうで、さっきのとは違う楽器だ。
(ひとつの楽器で表現できると思ってるのか)
どの楽器にも思い入れがあってのものだと思うが、弟子達がぼやくのも判る気がする。
江流は想いを重ねていく。
(独占欲ってそんなに露骨に出しても大丈夫なもんなのかな)
少し羨ましく思ってみたりするなど。
●
「ここで音を合わせていいですか?」
シルヴィアの問いに工房長は快く頷いた。
それだけでなく、習作ではあるが、シャルガネ出身の職人が作ったという胡弓を借りてきてくれ、江流も音合わせに参加することとなった。
胡弓に見つけた焼き印は――江流は不思議な縁を感じて苦笑した。
江流とカッシアが出だしを奏でる。
静かな夜明けから、朝が訪れるように。
カッシアの音が遠ざかると入れ替わりにシルヴィアが朝を軽快に奏で始める。
しばしシルヴィアがソロで演奏した後江流がまた加わり、けれど昼前にヴィナスの音色へ交替し、昼食部分のパートをヴィナスがソロで奏でる。
昼下がり、徐々にシルヴィアの音色が遠ざかっていくと、ヴィナスの音色にカッシアの音色が加わる。
夕暮れのパートでカッシアのソロとなり、夕飯時はシルヴィアとカッシアがテンポよく紡ぎ上げていく。
夜が更けていく静けさを江流とヴィナスが奏で、やがて江流の音色が一日の終わりを告げる。
曲の終わりと同時に応接間のドアが勢いよく開いた。
「工房長狡い!!」
「狡くない!!」
どうやら、やってきた職人達に付き合うことになりそうだ。
4人は覚悟を決めた。
在りし日も、これからの日も――理屈を越えて音色は紡がれていく。
ヴェルクリエで彫金師をしている弟に誕生日プレゼントを届けてほしい。
ギルドの依頼に至らない、ごく個人的な頼みを懇意のギルド職員から請けたのはつい先日のこと。
「すぐに終わるとはいえ、依頼を請けるのは難しいし、かと言って学園に戻れるような時間でもない。休日にするしかないかな」
「それなら――」
海神・江流へシルヴィア・A・カペルは、ある提案をした。
●
「朝一番で渡すようにと言われただけあったね」
「……朝食食べたらすぐ工房だったな」
シルヴィアが先ほど職員の弟に誕生日プレゼントを渡した時のやり取りを思い出し、苦笑する。
江流も突風のようだったと軽く笑う。
「ヴェルクリエらしいんじゃない?」
「……そうだな」
彼らの会話に加わったのは、ヴィナスとカッシア。
カッシアの言葉が少ないのは、去年ヴェルクリエらしい(と聞いた)依頼とその後日談を思い出したからだ。
ヴィナスとカッシアが何故ここにいるか。
――それこそが、シルヴィアの提案だった。
依頼を通して、2人は自身が所持する楽器のルーツが同じ工房、ヴェルクリエにあるルーガル工房にあることを知った。
そして、カッシアのリュートも同じ工房をルーツに持っていた。
この休日を利用して足を運ばないか。
シルヴィアに誘われ、ヴィナスとカッシアは是非と伝えた。
ヴィナスはちょうどメンテナンスの時期だったし、カッシアも一度職人に見てもらいたいという希望があったのもある。
「俺のはだいぶ古くてな」
「確かに2人に比べると、年代物だな」
カッシアがリュートを見せると、江流が手入れはされているが時間の流れを感じるリュートを見る。
リュートの表面板には狼と月の焼き印があり、この焼き印が工房出身者の証なのだとか。
「カッシアのは初代工房長がヴェルクリエに来る前のものだからね、かなり古いと思うよ」
「私とヴィナスの楽器はかなりの後輩だね」
解説したヴィナスに続き、シルヴィアが大よその年代を伝えると、江流は「それはかなりだな」と時を越えても尚音を奏でるリュートを感心して見る。
(どれだけの想いを音にしてきたんだろうな)
縁があって手にした多くの誰かの想いの全てをこのリュートだけが知っている。
やがて、ルーガル工房でヴィナスとカッシアの楽器をメンテナンスで預けると、夕方ヴィナスの楽器を手掛けたという工房長との面会を約束して、表に出た。
(工房のルールなら仕方ない)
説明で見学の申し出を断念したカッシアは心の中で残念そうに呟いた。
●
頼みごとをしてきた職員は勿論、纏まった時間を取って会うことになる工房長へのお土産もという話にもなり、4人であちこちを巡り出す。
「職員の土産は好みや仕事のことを考えると、香りがあるものは止めた方が良さそうだよね。今つけてる香水も人によってはアウトだろうし」
ヴィナスが雑貨の一つを手にし、鼻を近づけている。
ハーブのサシェらしく、リラックス効果を見越したものらしいが、香りには個人の好き嫌いがある上、多くの冒険者と接する職員は中々難しいだろう。
(俺はこの香りは好きだけどな)
カッシアはヴィナスと同じ香りを身に纏う心情を隠すようにフードを被り直す。
サシェに目がいっているヴィナスの背後で行われているその所作もヴィナス以外にはよく見えており、カッシアの背後の2人は察したが、彼らの距離感を慮り、そのことは口にしない。
「家で楽しめるものの方がいいかもしれないね」
「職場に持ち込まないものなら、少し幅が広がりそうだな」
「それなら、お茶はいかが?」
会話に加わったのは、雑貨店の店主だ。
「妹が嫁いだ家が通りを一つ挟んだ所にある料理屋なんだけど、妹はそこでお茶を扱ってるのよ。癖のないものも多いし、値段も結構お手軽よ」
教えてくれた店主に感謝として友人の土産を購入すると、4人は教わった料理屋へ向かった。
刻限は、間もなく昼。
昼食にはちょうどいい時間だ。
件の料理屋でお昼にしよう。
●
創作料理屋らしい料理屋は、混み合う直前だったようで、待つことなく席に案内された。
「折角だし、それぞれ大皿のものを頼んで、それを分け合わないか?」
「いいね」
江流の提案にあっさり賛成するヴィナス。
冒険者になるまでそんなことしたことなかったカッシアは、今となっては当たり前になってると思いつつ、「それなら俺はカレーピッツアを選ぶ」と絵を指し示した。
「じゃあ、俺は春野菜のサラダピッツア」
「私は川魚とポテトのフライセット。魚が岩魚と虹鱒というのが興味深い」
ヴィナス、シルヴィアが続くと、江流はふと何かに気づいた。
「皆羊肉って平気?」
「俺は問題ないよ」
ヴィナスが見回すと、シルヴィア、カッシアも同じ反応。
江流は安心して、羊肉の串焼きを頼んだ。
次々に料理が運ばれてくる。
「カッシア、カレーの辛さはどう?」
「まあまあだ」
ヴィナスへ突き放すように答えるカッシアとしてはもう少し辛い方が好みだが、万人が好む辛さと言うのも熟知している。
カッシアの手は羊肉の串焼きに伸びており、一口食べて眉を動かす。
「俺は羊肉にシャルガネの要素が出てくるとは思わなかった」
「俺も。驚いたよ」
江流が見たのは、ピリ辛の味噌に漬け込んだ羊肉の串焼きだった。
カッシアの知識の中にはなかったもので、知識の更新は地味に嬉しい。
会話を聞いたヴィナスもシルヴィアも続いて食べてみて、思った以上の相性の良さに「これは美味しい」と一言。
「驚いたと言えば、岩魚や虹鱒をこうやって食べることかな」
江流の中では塩焼きのイメージが強いそうで、フライにして酢と塩で食べるのは新鮮らしい。
だからこその創作料理なのだろうとシルヴィアは笑う。
「ちょっと目先を変えるだけで色々見えてくるのもあるのだろう。例えばこのサラダピッツアだって野菜が苦手な子も頑張れそうな気がするし」
食後に春の気配を感じる桜の紅茶を飲み、最後に職員のお土産にもそちらを購入し、4人は店を出た。
●
時は流れ去り、手を汚さないで済むよう春らしい果物のジャムを使ったクッキーを購入、再びルーガル工房を訪れると、工房長が待っていた。
「ではこちらへ」
工房長は笑って応接間へ案内していく。
(仕事場で話さないのか)
江流はシルヴィア、カッシアと同じように周囲を見回すと、楽器が幾つか目に入る。
シャルガネにも楽器はあるが、竹笛などは判るが、王国で見たような値打ちのものがあるのかと聞かれてもよく判らない。以前シルヴィアのフィドルの装飾、焼き印を見せてもらっていたが、価値など皆目見当がつかない。
(流石ヴェルクリエ、弦楽器以外もある)
王国の芸術観とは違うが、創ることに溢れている。
時折奥から聞こえてくる音色は弦楽器だけでなく、フルートや太鼓のような打楽器も聞こえてくる。
(彼女の弟もフルートを奏でていた。才女と呼ばれる彼女自身もきっと――)
――などという想いは、「今日は随分興奮してるな」という工房長の声で遮られるのだけど。
「私のフィドルを作った職人もああいう感じかもしれない」
「セテスの奴は元気にやってますか」
「とても」
シルヴィアの呟きを拾った工房長、最初の自己紹介を覚えていたらしく話を向けてくれる。
この前メンテナンスに訪れた時も丁寧に扱ってくれていると感激して奏でまくっていた。
(工房長は奏でないのだろうか)
カッシアは素朴な疑問を持ってヴィナスを見たが、ヴィナスは何か生温い顔をしたので、多分工房長もやる。
●
応接間は試演もできるように設計されているからか、思ったよりも広かった。
まず、ヴィナスが自身のハーディングフェーレを受け取る。
「雑な扱いはしていないようで何より」
「怒られますよ」
ヴィナスは怒られたくないのか、苦笑が浮かんでいる。
(商人だしな)
江流は依頼を通じて彼の弟の本名を知る機会を得た。
必然的にヴィナスの正体に近づくものでもあったが、江流は彼らが話すまでは聞かないことに決めている。
「元々いい状態ではなかったとのことですが、だいぶ持ち直していただいたようで」
カッシアにそう言って渡されたのは、ルーガルのリュートだ。
手にしたカッシアが僅かに目を見開いた程状態は良くなっている。
「初代の帝都時代の作品が工房を訪れたと知ったら、初代が出てきそうですよ」
「初代の話は聞いたことあるのだけど、初代を支えた商人の話は殆ど伝わってないとか」
シルヴィアが話を向けると、工房長は「初代の遺言だそうです」と苦笑した。
初代工房長ルーガルが唯一、真実の愛を捧げた相手。
言うまでもなくルーガルを支えた商人だ。
けれど、その記録は全く残っていない。
理由は、ルーガルの独占欲だった。
(真実の愛なんてそりゃ重いし独占欲の塊だと思ってたけど)
江流は心の中で呟く。
ルーガルは死の床で先だった商人の人となりが判る記録は自身が見ている前で全て破棄するように強く言ったという。
この為商人の人となりが判る記録は全て破棄された。
ただし、弟子達のルーガルと商人に対するぼやきなどは人となりを判断するに至らない為残っているそうだが、これもルーガルの強い意向でルーガルの試験をクリアした者だけが記録に触れることができるらしい。
とは言え、記録を見た者が信頼できる者に話すのは辛うじてセーフだそうで、今回は不思議な縁もあることから話しているそうだ。
「私は『この工房に専門はない。あいつがひとつの楽器で表現できると思ってるのか』という記述でルーガルの真実の愛重いと思いましたね」
(『奏者へ自らの大切な想いを託し、時を越えよ』という教えなら……)
何らかの事情で独身を貫いたルーガルは死して尚、真実の愛を謳っているというのか。
シルヴィアは弟子達の記録を見ることすら試験合格を条件にするルーガルには参った。
だからこそ、その志を持つ彼を選び、このフィドルを得たのだろうと思う。
(凄まじいまでの惚気だ)
カッシアは従姉には絶対聞かせてはいけないと戦慄する。
それくらいの想いがあったから、今も楽器として生きているのだろう。
間違っても、ガラクタ扱いされてよいものではなかった。
(今の俺の象徴)
お前を作った奴の重さが伝染したらどうしてくれる。
カッシアを見、ヴィナスは自身のハーディングフェーレを見た。
月と鷹、勿忘草の焼き印。
(俺は絶対忘れない。夜ですら逃さない……工房長に言ったら、自分の重さを焼き印に準えるなって怒られそう)
けれど、俺はルーガルと対抗できるんじゃないかって程に独占欲強い。
――そう言うには、俺も存外勇気がないけどね。
また、音楽が遠くから聞こえてくる。
全てではないが、感情が高ぶると奏でる系の職人も結構いるそうで、さっきのとは違う楽器だ。
(ひとつの楽器で表現できると思ってるのか)
どの楽器にも思い入れがあってのものだと思うが、弟子達がぼやくのも判る気がする。
江流は想いを重ねていく。
(独占欲ってそんなに露骨に出しても大丈夫なもんなのかな)
少し羨ましく思ってみたりするなど。
●
「ここで音を合わせていいですか?」
シルヴィアの問いに工房長は快く頷いた。
それだけでなく、習作ではあるが、シャルガネ出身の職人が作ったという胡弓を借りてきてくれ、江流も音合わせに参加することとなった。
胡弓に見つけた焼き印は――江流は不思議な縁を感じて苦笑した。
江流とカッシアが出だしを奏でる。
静かな夜明けから、朝が訪れるように。
カッシアの音が遠ざかると入れ替わりにシルヴィアが朝を軽快に奏で始める。
しばしシルヴィアがソロで演奏した後江流がまた加わり、けれど昼前にヴィナスの音色へ交替し、昼食部分のパートをヴィナスがソロで奏でる。
昼下がり、徐々にシルヴィアの音色が遠ざかっていくと、ヴィナスの音色にカッシアの音色が加わる。
夕暮れのパートでカッシアのソロとなり、夕飯時はシルヴィアとカッシアがテンポよく紡ぎ上げていく。
夜が更けていく静けさを江流とヴィナスが奏で、やがて江流の音色が一日の終わりを告げる。
曲の終わりと同時に応接間のドアが勢いよく開いた。
「工房長狡い!!」
「狡くない!!」
どうやら、やってきた職人達に付き合うことになりそうだ。
4人は覚悟を決めた。
在りし日も、これからの日も――理屈を越えて音色は紡がれていく。