戦勝を祝う彼らの宴
キャラクターノベル(グループ)制作 夏八木ヒロ納品 2022年05月11日 16時24分54秒
良い匂いに釣られナハシュが食卓を覗けば、テーブルには所狭しと皿が並んでいた。
特筆すべきはそのメニューである。テール肉がごろごろ入ったスープに肉の串焼き、骨付き肉のステーキに肉団子のチーズシチュー。ナハシュの好きな肉料理のオンパレードだ。台所の奥を見れば、これらを作ったのであろうヨル・スレイマンが鼻歌交じりに調理器具を洗っている。
ひゅうと口笛を吹き、ナハシュは大ぶりな塊肉の串焼きを一つ手に取って座った。
ゴールディの質屋【トカゲのしっぽ】の現主人はナハシュであるが、こと料理に関しては三人の同居人に任せっきりである。
台所にはいつのまにかヨルがゴブリナの姉妹のために作った踏み台があり、調理器具もかなり増えているようだ。すっかりナハシュの知らない場所になりつつある。
とはいえ、ナハシュにとって彼らが勝手に料理を作ることには何ら不都合がなく、それ故に特に口を出すこともない。だが、メニューの半分が野菜や木の実になることには辟易していた。最近はヨルの真似なのか、姉妹もサラダだのを頻繁に作るようになってきている。バランス良い食事がうんたらかんたら。
つまりだ。肉ばかりが並ぶ今日は特別な日なのである。
「なあヨル、今日何かあったっけ? また誕生日か?」
以前の記憶を手繰りながらナハシュが串焼きに齧りつくと、焼きたての甘い肉汁が口の中に溢れた。焼き加減が程良く、香ばしい旨味が鼻を抜ける。
呼ばれて洗い物を切り上げたヨルが、それを見て呆れた声を出した。
「ナハシュ。つまみ食い」
「だってもう飯だろ。これ美味い」
「酒も出すからちょっと待ってよ。今日は沢山冷やしてあるんだ。何にする?」
「エール! って、やっぱ今日普通じゃねえな。マジでなんだ?」
酒があると聞いて、ナハシュはとりあえず食べかけの串を置く。ヨルは苦笑して、冷水に浸してあったエールの瓶を二本持ってきた。
「戦勝祝いだよ。辺獄の封印地点から生還した」
「あー。そっちか。お前、律儀だよな」
大きな戦いのたびにヨルはこの『戦勝祝い』をやるが、この生還を祝うという概念はナハシュにはやや不思議なものだ。そもそも、彼にとって生死の境は常に曖昧なものだから。けれど勿論、ご馳走と酒が並ぶのに文句の付け所はない。
「危険な任務の後は無事を盛大に祝うものだ。剣闘士は戦勝したら、それを祝って盛大にご馳走を食べるんだよ」
「闘技前も食うって、前にお前が言ってたぞ。食ってばっかじゃねえか」
けらけらと笑うナハシュに釣られるようにヨルが笑い、杯へなみなみとエールを満たす。
「乾杯!」と互いの杯を軽くぶつけるのも、もうすっかり慣れたものだ。
●
「そんであの皇帝野郎、かんっぜんに迷子になってやがったぜ! 爆笑もんだったなぁ!!」
本日の酒の肴は必然的にこうなった。
ぐびぐびとエールを飲み干したナハシュは、機嫌良く空になった杯でテーブルを叩く。爽やかな苦みの余韻の内に肉料理を頬張れば、いくらでも食べられる旨さだ。何せ端から端まで全てが好物、テンション上がるに決まっている。
「本当にね。彼、化け物みたいに強かったけど。やっぱり迷うものなんだな」
ヨルもまた、同じ記憶を思い出しながら杯を傾ける。彼らは皇帝ヨゼフ・バルダスの足止めをするため、洞窟内での誘導を試みた。結果、かの皇帝は想定より遙かに長く無駄な道のりをひたすら歩かされる羽目になったのだ。
「大変だったけどな。それの結果がこれなら上々だ。見たかよあの野郎の真剣な顔、あれで迷子なんだぜ。うける」
「うんうん。あれはちょっと胸がすく感じがした」
「だろうな。お前は貴族とか嫌いだもんな」
「向こうも俺のことは嫌いだろうからね。丁度良いんだよ」
ナハシュは機嫌が良かった。料理は美味いし酒も美味い。おまけに戦果は今思い出しても痛快だ。骨付き肉のステーキをフォークに刺し、口いっぱいに頬張る。この濃い味と合わせるなら火酒だな――と思いヨルの方を見ると、彼は彼で随分と機嫌が良いように見えた。
「ヨル。火酒あるか?」
「あるよ。ミードもワインもある。今夜は朝まで飲んだって良いんだ。途中で切れたら困るだろ」
笑いながら火酒の瓶を持ってくるヨルは、やはりいつもより緩んだ笑みだとナハシュは思う。
さてはよっぽど皇帝の迷子が嬉しかったのだろうか。それともヨルは酒が好きだから、久々に沢山飲めて舞い上がっているということなのか。そういえば飲むペースもいつもより早い。
(んー……)
人の『変化』を気にするのは、ナハシュの癖のようなものだ。それは概ねが変転の兆しだから――良い気分のところを台無しにされるのはすごく嫌だから、どうしても少し構えてしまう。
ナハシュの世界は害意に満ちていた。その害意の全てには、何らかの名前があるのだろう。恐怖、怒り、不快感――けれどそれらの名前を読むことが、ナハシュにはできない。あるのはいつも急な変転と、己に向く害意だけだ。
しかし、そこでナハシュは観察をやめた。ヨルに限ってそれはないのだ。彼から自身に向く感情に害意がないことだけは、ナハシュは良くわかっていた。
●
「ところでナハシュ。怪我の調子はどう?」
火酒の喉を焼くような酒精を味わいながら、ふと思い出したようにヨルが口を開いた。重体というほどではないが、気を失うほどの攻撃をナハシュは戦場で受けている。
「あ? 即行治したぜ。お前がな」
「そうだけど、何があるかわからないからね。怪我はともかく傷口から何か入って病気になる方が怖かったりするし」
「あー、無いな。無い。大丈夫」
鬱陶しそうに目を細めるナハシュに、ヨルは安心したように息を吐く。
「よかった。寝る前に包帯だけ換えておこうね」
「果たしてお前に換えられるかな。もうだいぶ酒飲んでできあがっちまったヨル君に」
「まだ酔ってない。それくらいはできる」
「酔ってるお前はいつもそう言うんだよ。部屋まで運ばねえからな俺は」
ヨルの頬には赤みが差していたし、口調もどこかゆったりしていた。こうなったヨルは、実はいつ寝落ちてもおかしくない。
ヒューマンにしては大きいこの図体を、ナハシュが引き摺って部屋に連れて行くのは骨が折れる。今日は労働の気分でもないし、今のうちにお開きにして部屋に帰してしまった方が良いかもしれない。そう思ったところで、ナハシュの目にある物が飛び込んできた。
「……ヨル。あれは?」
「ん?」
ナハシュが指す先を、ヨルはゆっくりと目で追う。
シェルフの上に飾るように置かれていたのは、ナハシュの“『魂喰らう黒泥晶』討滅戦光焔勲章”だ。
「お前が置いたのか?」
聞くまでもない。特に売れる物でもないので、帰ってすぐに放り出した。勝手にあんな場所に行くわけがない。でもなんで?
「うん。だって君、ちゃんと飾っとかないと失くすだろ」
のんびりとした口調でヨルが答えた。
「君の散らかった部屋に置いといたら二度と見つからなくなるよ」
ナハシュは目を瞬かせた。ヨルがわざわざそうする意味がわからないのだ。
ヨルのことは、日に日によくわからなくなる。かつて出会ったばかりの彼は、やはりあそこに勲章を飾ったのだろうか?
「いやぁ、でも何か邪魔じゃねえ……?」
「そうかい? 実は俺も店先の目立つところに置くか迷ったんだけど、そっちの方が良いかな。やっぱり」
一瞬の間もなく、ナハシュはぶんぶんと首を横に振った。
特筆すべきはそのメニューである。テール肉がごろごろ入ったスープに肉の串焼き、骨付き肉のステーキに肉団子のチーズシチュー。ナハシュの好きな肉料理のオンパレードだ。台所の奥を見れば、これらを作ったのであろうヨル・スレイマンが鼻歌交じりに調理器具を洗っている。
ひゅうと口笛を吹き、ナハシュは大ぶりな塊肉の串焼きを一つ手に取って座った。
ゴールディの質屋【トカゲのしっぽ】の現主人はナハシュであるが、こと料理に関しては三人の同居人に任せっきりである。
台所にはいつのまにかヨルがゴブリナの姉妹のために作った踏み台があり、調理器具もかなり増えているようだ。すっかりナハシュの知らない場所になりつつある。
とはいえ、ナハシュにとって彼らが勝手に料理を作ることには何ら不都合がなく、それ故に特に口を出すこともない。だが、メニューの半分が野菜や木の実になることには辟易していた。最近はヨルの真似なのか、姉妹もサラダだのを頻繁に作るようになってきている。バランス良い食事がうんたらかんたら。
つまりだ。肉ばかりが並ぶ今日は特別な日なのである。
「なあヨル、今日何かあったっけ? また誕生日か?」
以前の記憶を手繰りながらナハシュが串焼きに齧りつくと、焼きたての甘い肉汁が口の中に溢れた。焼き加減が程良く、香ばしい旨味が鼻を抜ける。
呼ばれて洗い物を切り上げたヨルが、それを見て呆れた声を出した。
「ナハシュ。つまみ食い」
「だってもう飯だろ。これ美味い」
「酒も出すからちょっと待ってよ。今日は沢山冷やしてあるんだ。何にする?」
「エール! って、やっぱ今日普通じゃねえな。マジでなんだ?」
酒があると聞いて、ナハシュはとりあえず食べかけの串を置く。ヨルは苦笑して、冷水に浸してあったエールの瓶を二本持ってきた。
「戦勝祝いだよ。辺獄の封印地点から生還した」
「あー。そっちか。お前、律儀だよな」
大きな戦いのたびにヨルはこの『戦勝祝い』をやるが、この生還を祝うという概念はナハシュにはやや不思議なものだ。そもそも、彼にとって生死の境は常に曖昧なものだから。けれど勿論、ご馳走と酒が並ぶのに文句の付け所はない。
「危険な任務の後は無事を盛大に祝うものだ。剣闘士は戦勝したら、それを祝って盛大にご馳走を食べるんだよ」
「闘技前も食うって、前にお前が言ってたぞ。食ってばっかじゃねえか」
けらけらと笑うナハシュに釣られるようにヨルが笑い、杯へなみなみとエールを満たす。
「乾杯!」と互いの杯を軽くぶつけるのも、もうすっかり慣れたものだ。
●
「そんであの皇帝野郎、かんっぜんに迷子になってやがったぜ! 爆笑もんだったなぁ!!」
本日の酒の肴は必然的にこうなった。
ぐびぐびとエールを飲み干したナハシュは、機嫌良く空になった杯でテーブルを叩く。爽やかな苦みの余韻の内に肉料理を頬張れば、いくらでも食べられる旨さだ。何せ端から端まで全てが好物、テンション上がるに決まっている。
「本当にね。彼、化け物みたいに強かったけど。やっぱり迷うものなんだな」
ヨルもまた、同じ記憶を思い出しながら杯を傾ける。彼らは皇帝ヨゼフ・バルダスの足止めをするため、洞窟内での誘導を試みた。結果、かの皇帝は想定より遙かに長く無駄な道のりをひたすら歩かされる羽目になったのだ。
「大変だったけどな。それの結果がこれなら上々だ。見たかよあの野郎の真剣な顔、あれで迷子なんだぜ。うける」
「うんうん。あれはちょっと胸がすく感じがした」
「だろうな。お前は貴族とか嫌いだもんな」
「向こうも俺のことは嫌いだろうからね。丁度良いんだよ」
ナハシュは機嫌が良かった。料理は美味いし酒も美味い。おまけに戦果は今思い出しても痛快だ。骨付き肉のステーキをフォークに刺し、口いっぱいに頬張る。この濃い味と合わせるなら火酒だな――と思いヨルの方を見ると、彼は彼で随分と機嫌が良いように見えた。
「ヨル。火酒あるか?」
「あるよ。ミードもワインもある。今夜は朝まで飲んだって良いんだ。途中で切れたら困るだろ」
笑いながら火酒の瓶を持ってくるヨルは、やはりいつもより緩んだ笑みだとナハシュは思う。
さてはよっぽど皇帝の迷子が嬉しかったのだろうか。それともヨルは酒が好きだから、久々に沢山飲めて舞い上がっているということなのか。そういえば飲むペースもいつもより早い。
(んー……)
人の『変化』を気にするのは、ナハシュの癖のようなものだ。それは概ねが変転の兆しだから――良い気分のところを台無しにされるのはすごく嫌だから、どうしても少し構えてしまう。
ナハシュの世界は害意に満ちていた。その害意の全てには、何らかの名前があるのだろう。恐怖、怒り、不快感――けれどそれらの名前を読むことが、ナハシュにはできない。あるのはいつも急な変転と、己に向く害意だけだ。
しかし、そこでナハシュは観察をやめた。ヨルに限ってそれはないのだ。彼から自身に向く感情に害意がないことだけは、ナハシュは良くわかっていた。
●
「ところでナハシュ。怪我の調子はどう?」
火酒の喉を焼くような酒精を味わいながら、ふと思い出したようにヨルが口を開いた。重体というほどではないが、気を失うほどの攻撃をナハシュは戦場で受けている。
「あ? 即行治したぜ。お前がな」
「そうだけど、何があるかわからないからね。怪我はともかく傷口から何か入って病気になる方が怖かったりするし」
「あー、無いな。無い。大丈夫」
鬱陶しそうに目を細めるナハシュに、ヨルは安心したように息を吐く。
「よかった。寝る前に包帯だけ換えておこうね」
「果たしてお前に換えられるかな。もうだいぶ酒飲んでできあがっちまったヨル君に」
「まだ酔ってない。それくらいはできる」
「酔ってるお前はいつもそう言うんだよ。部屋まで運ばねえからな俺は」
ヨルの頬には赤みが差していたし、口調もどこかゆったりしていた。こうなったヨルは、実はいつ寝落ちてもおかしくない。
ヒューマンにしては大きいこの図体を、ナハシュが引き摺って部屋に連れて行くのは骨が折れる。今日は労働の気分でもないし、今のうちにお開きにして部屋に帰してしまった方が良いかもしれない。そう思ったところで、ナハシュの目にある物が飛び込んできた。
「……ヨル。あれは?」
「ん?」
ナハシュが指す先を、ヨルはゆっくりと目で追う。
シェルフの上に飾るように置かれていたのは、ナハシュの“『魂喰らう黒泥晶』討滅戦光焔勲章”だ。
「お前が置いたのか?」
聞くまでもない。特に売れる物でもないので、帰ってすぐに放り出した。勝手にあんな場所に行くわけがない。でもなんで?
「うん。だって君、ちゃんと飾っとかないと失くすだろ」
のんびりとした口調でヨルが答えた。
「君の散らかった部屋に置いといたら二度と見つからなくなるよ」
ナハシュは目を瞬かせた。ヨルがわざわざそうする意味がわからないのだ。
ヨルのことは、日に日によくわからなくなる。かつて出会ったばかりの彼は、やはりあそこに勲章を飾ったのだろうか?
「いやぁ、でも何か邪魔じゃねえ……?」
「そうかい? 実は俺も店先の目立つところに置くか迷ったんだけど、そっちの方が良いかな。やっぱり」
一瞬の間もなく、ナハシュはぶんぶんと首を横に振った。