君想ふ故に信ずることを

キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年01月18日 16時44分38秒

 死者は生者を裏切らない。
 確かにそれは——人が至る真実のひとつだろう。

 だが。

「——うっ!?」

 ギャメルの放った魔矢がオゴスの太腿を穿った。
 まぐれだ。俺(オゴス)の知っている坊ちゃん(ギャメル)は、そう確実に狙って攻撃を当てられるはずがないのだ。
 刃で、魔法で。少年は相手を傷つけるのを恐れた。目を瞑り、逃れようとした。仕方なく。オレのせいじゃない。傷つけたくない。

 そも、オゴスの提案で、この勝負は始まった。最初は気乗りでなかったギャメルも、オゴスが挑発してやれば面白いくらいに乗ってきた。威勢がいいのは最初だけだ、すぐに後悔することになる——そう構えていたのに。

 それが、どうだ。

「負けない」

 そう呟くギャメルの目は軽く伏せられたままだが、そこには確かな闘志が宿っている。盤上の駒を俯瞰するように、ギャメルはこの戦局を高みから見下ろしている。
 オゴスが魔乱印でギャメルの魔法の力を押さえ込んだ時も、ギャメルは慌てるそぶりを見せなかった。オゴスの攻撃を、ギャメルは盾に纏わせたエーテルでひとつひとつ確実に防いでいく。

(焦るな)

 オゴスは自分に言い聞かせた。思った以上に守りが堅いが、だからなんだというのだ。所詮は場数も少ない餓鬼の浅知恵。いずれ致命的な隙が生まれるだろう。
 それに、とオゴスは考える。冒険者になったばかりのギャメルに武器を扱いを教えたのは自分だ。怯え、震える出来の悪い生徒。それに、昏い感情を満足させていた。

 しかし、人は成長するのだ。オゴスは自身の理想をギャメルに押し付けるあまり、ギャメルの歩みを軽んじ、向き合おうとしてこなかった。もう、ギャメルがオゴスの教えから外れていることに、そう、それを日々感じて憤慨していたくせに——それが何を意味するのか、考えようとしてこなかった。

「オレはアンタに勝つ」
 ギャメルの勝利宣言に、オゴスは思わずカッとなった。
「餓鬼が、生意気を——!」
 オゴスは踏み込む。何度目かになるギャメルの攻撃を回避するためだ。
 しかし、がくりと膝が折れる。なんたる不運(ファンブル)。そしてそれは、致命的な隙だった。
 オゴスは手をつき、顔を上げる。攻撃が避けられなかったくらいで何を焦ることがある——その直後、オゴスは目を見開いた。
 寸前に迫るギャメルの手には、祭刀が握られている。眩いばかりの光(エーテル)を纏ったそれは、真っ直ぐにオゴスへと向かってきていた。
 赤い瞳が、射抜くようにオゴスを見据えている。眩しいと思ったのは、きっと錯覚だ。

── ○ ──

 青い空に、薄い雲が流れていた。顔に当たる小雨の感触で目を覚ましたが、空は晴れ渡っている。天気雨、というのだ——オゴスはぼんやりとそんなことを考えて、自身の置かれている状況を手繰り寄せる。
「オゴス、大丈夫か?」
 青い空の端から、ギャメルがひょっこりを顔を出す。
「悪い。オレじゃ支えるのが手一杯で……運んでいくのは、さ」
 恥ずかしそうな、申し訳なさそうなギャメルの表情に、オゴスは自分が負けたのだということを知った。
 信じられなかった。しかし意識を失う直前の、あの輝きを思い出せば、納得できるものがあった。
 あの輝きに、自分は隈なく照らし出されたのだ。夕暮れに伸びる影が、消えてしまうほど。
「助けさせてください、って……俺は頼んだじゃないですか」
「うん」
 恩に報いることでしか、自分の価値がわからないのに。そう呟くオゴスの言葉を、ギャメルはただ首肯する。
「ずっと考えてた。支え合うってどういうことなんだろうって」
 冒険者たちの中にも、強い絆で結ばれた者同士がいる。それを見かけるたびにギャメルは羨望を抱いたものだ。あのように、自分とオゴスも支え合うことができたら。
「オゴスがオレを助けることで満足することも、オレがオゴスと友達になりたいって迫って満足することも、結局は同じことなんじゃないかって」
 お互いの理想の関係を押し付け合っているだけ。だがそれではだめなのだ。力尽くで書き換えるだけでは、これまでと何も変わらない。
「……人魚姫のお伽噺、なんだけどさ」
 ギャメルは静かに口を開いた。突然何の話だと、オゴスは目を瞬く。
「人魚姫は、王子を殺せなくて、最後に泡になっちゃうだろ」
 それを確かな愛だという解釈もある。だが、ギャメルは違うのではないかと思っていた。
「人魚姫は、王子を信じることができなかったんだと思うんだよ」
「信じたから報われると?」
「そうじゃなくて……」
 人魚姫が信じたところで、王子が人魚姫に気づいたかどうか。そうじゃなくてさ、とギャメルは繰り返す。
「報われたいって思うのが、普通なんだろな。でも」
 だからこそ、人は間違えるのだ。
「……アンタがどうあろうと、オレはアンタのことを信じていたい。それがずっと、続けばいい」
 オゴスがいつか、ギャメルのことを信じることができるその時まで、そしてその後も。ギャメルはそう、笑った。
「……坊ちゃんはお人好しですね」
 そんな、なんの契約も利害も存在しない関係など、オゴスには恐ろしくて仕方ない。ギャメルはそれを、なんでもないことのように笑う。
 ……本当に?
 何の見返りも求めることなく信頼や愛情をかけることを、人は恐れながらも、選び続けているのだとしたら?
 それはきっと、とても勇気のいることで——何度も挫けそうになることもあって。だからこそ、尊いものになるのではないだろうか。
 オゴスの「坊ちゃん」は、いつの間にか立派に成長していたのだ。
 オゴスは目を閉じる。体を流れ落ちる雨は、オゴスの澱を洗い流していくようで。
「じゃあ、おまじないだ」
 ギャメルが握り込んだ手が、小指だけ立てた状態でオゴスに差し出された。
「今ここからずっと先まで、オレたちの友情が続きますように」
「……体が動きませんね」
「嘘つけ」
 最後の悪あがきも見透かされ、オゴスは観念して同じように手を伸ばす。恐々とした震えを悟られるのは気恥ずかしい思いもあったが、ギャメルは気にすることなく指を絡ませる。
 伝わってくる温もりが心地よい。ギャメルが嬉しそうに笑うのにつられて、オゴスもようやく、口元に笑みを浮かべた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0