君想ふ故に願い、
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年01月18日 16時44分31秒
死者は生者を裏切らない。
それはオゴスにとって、確かな真実のひとつだ。
今日のゴールディの雨は、少し重い。あるいは、水分を含んだ衣服の重さかもしれない。
どんよりと低く垂れ込める雨雲は、お互いの心を映し出すようだ。
では波紋を散らす水たまりには、何が映るはずだったのだろう。
天と地の間には鏡があり。
2人の間には越えられない壁があり。
それを示すように——ギャメルはオゴスと対峙している。
「オレが勝ったら、オレの言い分を認めてくれる。本当だな?」
ギャメルの声は、まだ幼く高い。そしてそれに、オゴスは二度は答えなかった。
負けるつもりなどないのだろう。いつものように、オゴスはギャメルのことを庇護の——あるいは、支配の対象だと思っている。
基本的に、オゴスはギャメルに親切だ。だが、それは恩人の息子として。そしてギャメルが自身の理想から外れれば、それを拒絶する。
そんな関係は嫌だと、ギャメルは望んだ。
恩人の息子ではなく、友として。手を引いて、引かれて歩くのではなく、並んで歩めるように。
まったく同じ景色が見たいとまでは言わない。ただ——お互いが見てきた世界を、理解できるように。お互いが歩んできた道を、受け入れられるように。
一日二日でどうこうしようというわけではない。この取引ははじまりにすぎない。だからこそ、この勝負は負けられないのだ。
「坊ちゃん、」
オゴスはギャメルの言葉には頷かないまま、言葉を発する。
「坊ちゃんが望むものは、あまりにも儚い」
儚く、脆い。
それに比べて死者は、決して裏切らない。自身の望みを映し続ける。
「そうだろうな」
ギャメルは、オゴスの怯懦を肯定する。
「オゴス。オレは……母さんとは違う」
「ええ、本当に。腹が立つくらいですよ」
「ああ。だってオレは、生きてるから」
生きているから、信じあうことができる。
それを伝えるために、ギャメルは武器を掲げた。
しかし行動はオゴスのほうが早い。美しくもどこか憂鬱な雰囲気の魔導書が開かれると、練り上げられた光弾が勢いよくギャメルに向かって飛んでいく。
「くっ!」
それを、ギャメルは盾で受け止めた。やりようによっては、避けることもできた。だがそれをしなかった——したくなかった。
「オレは——」
負けない。ギャメルの赤い瞳が燃える。祭刀を掲げ直し、魔矢を放つ。
真っ直ぐにオゴスに向かっていったそれは、しかし、ひらりと躱されてしまった。
(シーフ相手に当てるのがそもそも難しいか)
ギャメルは奥歯を噛む。当てることができなければ、負かすも何もない。
そんな悔しげな表情のギャメルを、オゴスは嘲笑った。
「口ばかり。所詮は餓鬼の虚勢です」
「違うッ!」
うるさいだとか、黙れだとか、感情に任せてそう叫ぶこともできた。
だが、それではお互いの関係は変わらない。
「証明してみせる」
ギャメルは意識を集中させた。オゴスの動きを見切る目に。エーテルを導くイメージを、もっと疾く、疾く。飛び回れる足場を奪ってしまえ。
ギャメルは堅実にオゴスの攻撃を防ぎつつ、オゴスの足元の地面を狙い続けた。オゴスはそれを、照準が定まらないせいだと思い込んだ。オゴスにとってギャメルは未熟で、自分には敵わないだろうと見ていたからだ。
その油断が、一瞬の隙を生む。
「——ッ!?」
オゴスは、魔矢が穿った、ぬかるんだ地面の隆起に足を取られた。オゴスは咄嗟に近くの塀の上へ飛び上がろうとしたが、老朽化が進んでいたのだろう、煉瓦の一部が崩れて体勢を崩した。
その胸を、ギャメルの渾身の一撃が貫く。
「オゴス……ッ!?」
とった、と思うと同時に、急所は避けるだろうとギャメルは思っていた。ゆえに無防備に倒れ込んだオゴスの姿に動揺してしまう。反射的に駆け寄ろうとして、まだ勝負の途中だ、と足を止める。
だが——だが。じわりと地面に広がっていく赤黒い滲み。鈍い動きで悶え、起き上がらないオゴス。ギャメルの全身から血の気が引いた。まるで自分が、大怪我をしたみたいに。
「なんで……!!」
結局、ギャメルはオゴスのそばに跪いていた。オゴスの手から魔導書を引き剥がそうとするも、オゴスはそれを手放そうとしない。
「あのな! 早くケガ治さねぇとだろ!」
ギャメルは怒鳴りつつ、魔導書を引っ張り続ける。やがて指先に力が入らなくなったのか、オゴスはようやくそれを手放した。すかさず、ギャメルはオゴスの手を包み込むようにして握ると、治癒魔法を唱える。
自身を介して、天地のエーテルを生命力として相手に送り込む魔法。どのような大怪我も、瞬く間に治してしまう力だ。それを受けて、オゴスの胸に開いた傷はみるみるうちに塞がっていく。
「坊ちゃん……」
「アンタが死んだら、意味ないんだ。アンタがそれを望んでも」
オゴスはしばし、ギャメルの瞳を見つめた。
「……そう、ですか」
そうして、オゴスは身を起こそうとする。それを、ギャメルは慌てて助けた。
「まだ動くなよ」
「ええ……でも」
オゴスはギャメルの体をそっと抱きしめた。伝わってくる温もりに、小さく息をつく。
「勝負はまだ終わっていないので」
次の瞬間、ギャメルのうなじに鈍い痛みが走った。
「え、——あ?」
訳もわからないまますべての感覚が遠のき、ギャメルはぬかるんだ地面に倒れ込む。
「人魚姫は失敗しましたが、俺はそうじゃない」
ギャメルはなんとか目だけを動かして、オゴスを見上げた。ギャメルを抱き上げるオゴスの手には、暗針が隠されていたのだ。
「ああ——ひどい怪我です。すぐ手当て致します。無力で臆病な俺の坊ちゃん」
ギャメルを憐れむ言葉とは裏腹に、声はどこか喜びを噛み締めるように弾んでいる。それを、ギャメルは急速に薄れていく意識の外で聞いていた。
漂うのは、オゴスのつけている香水の香りか。
ゴールディの雑踏をおもわせる、どこか懐かしい香り。蠱惑的な甘さのなかに、荒々しい、あるいは退廃的な物寂しさを感じさせるもの。
ああ、結局、この人を救えなかった。オゴスが抱える闇に飲まれるように、ギャメルは目を閉じる。
それでも最後に、なんとか伝えたくて。まだ動く指先に力を込めて、オゴスの小指を掴んだ。
(ごめんな)
この手が掴めたものは、紛い物ばかりで。
少なくともこれからはそうじゃないと、証明するはずだったのに——。
ギャメルの意識はそこで途切れた。
紛い物に堕した自身の価値は、ただオゴスの渇きを満たすためだけにあるのだ。
それはオゴスにとって、確かな真実のひとつだ。
今日のゴールディの雨は、少し重い。あるいは、水分を含んだ衣服の重さかもしれない。
どんよりと低く垂れ込める雨雲は、お互いの心を映し出すようだ。
では波紋を散らす水たまりには、何が映るはずだったのだろう。
天と地の間には鏡があり。
2人の間には越えられない壁があり。
それを示すように——ギャメルはオゴスと対峙している。
「オレが勝ったら、オレの言い分を認めてくれる。本当だな?」
ギャメルの声は、まだ幼く高い。そしてそれに、オゴスは二度は答えなかった。
負けるつもりなどないのだろう。いつものように、オゴスはギャメルのことを庇護の——あるいは、支配の対象だと思っている。
基本的に、オゴスはギャメルに親切だ。だが、それは恩人の息子として。そしてギャメルが自身の理想から外れれば、それを拒絶する。
そんな関係は嫌だと、ギャメルは望んだ。
恩人の息子ではなく、友として。手を引いて、引かれて歩くのではなく、並んで歩めるように。
まったく同じ景色が見たいとまでは言わない。ただ——お互いが見てきた世界を、理解できるように。お互いが歩んできた道を、受け入れられるように。
一日二日でどうこうしようというわけではない。この取引ははじまりにすぎない。だからこそ、この勝負は負けられないのだ。
「坊ちゃん、」
オゴスはギャメルの言葉には頷かないまま、言葉を発する。
「坊ちゃんが望むものは、あまりにも儚い」
儚く、脆い。
それに比べて死者は、決して裏切らない。自身の望みを映し続ける。
「そうだろうな」
ギャメルは、オゴスの怯懦を肯定する。
「オゴス。オレは……母さんとは違う」
「ええ、本当に。腹が立つくらいですよ」
「ああ。だってオレは、生きてるから」
生きているから、信じあうことができる。
それを伝えるために、ギャメルは武器を掲げた。
しかし行動はオゴスのほうが早い。美しくもどこか憂鬱な雰囲気の魔導書が開かれると、練り上げられた光弾が勢いよくギャメルに向かって飛んでいく。
「くっ!」
それを、ギャメルは盾で受け止めた。やりようによっては、避けることもできた。だがそれをしなかった——したくなかった。
「オレは——」
負けない。ギャメルの赤い瞳が燃える。祭刀を掲げ直し、魔矢を放つ。
真っ直ぐにオゴスに向かっていったそれは、しかし、ひらりと躱されてしまった。
(シーフ相手に当てるのがそもそも難しいか)
ギャメルは奥歯を噛む。当てることができなければ、負かすも何もない。
そんな悔しげな表情のギャメルを、オゴスは嘲笑った。
「口ばかり。所詮は餓鬼の虚勢です」
「違うッ!」
うるさいだとか、黙れだとか、感情に任せてそう叫ぶこともできた。
だが、それではお互いの関係は変わらない。
「証明してみせる」
ギャメルは意識を集中させた。オゴスの動きを見切る目に。エーテルを導くイメージを、もっと疾く、疾く。飛び回れる足場を奪ってしまえ。
ギャメルは堅実にオゴスの攻撃を防ぎつつ、オゴスの足元の地面を狙い続けた。オゴスはそれを、照準が定まらないせいだと思い込んだ。オゴスにとってギャメルは未熟で、自分には敵わないだろうと見ていたからだ。
その油断が、一瞬の隙を生む。
「——ッ!?」
オゴスは、魔矢が穿った、ぬかるんだ地面の隆起に足を取られた。オゴスは咄嗟に近くの塀の上へ飛び上がろうとしたが、老朽化が進んでいたのだろう、煉瓦の一部が崩れて体勢を崩した。
その胸を、ギャメルの渾身の一撃が貫く。
「オゴス……ッ!?」
とった、と思うと同時に、急所は避けるだろうとギャメルは思っていた。ゆえに無防備に倒れ込んだオゴスの姿に動揺してしまう。反射的に駆け寄ろうとして、まだ勝負の途中だ、と足を止める。
だが——だが。じわりと地面に広がっていく赤黒い滲み。鈍い動きで悶え、起き上がらないオゴス。ギャメルの全身から血の気が引いた。まるで自分が、大怪我をしたみたいに。
「なんで……!!」
結局、ギャメルはオゴスのそばに跪いていた。オゴスの手から魔導書を引き剥がそうとするも、オゴスはそれを手放そうとしない。
「あのな! 早くケガ治さねぇとだろ!」
ギャメルは怒鳴りつつ、魔導書を引っ張り続ける。やがて指先に力が入らなくなったのか、オゴスはようやくそれを手放した。すかさず、ギャメルはオゴスの手を包み込むようにして握ると、治癒魔法を唱える。
自身を介して、天地のエーテルを生命力として相手に送り込む魔法。どのような大怪我も、瞬く間に治してしまう力だ。それを受けて、オゴスの胸に開いた傷はみるみるうちに塞がっていく。
「坊ちゃん……」
「アンタが死んだら、意味ないんだ。アンタがそれを望んでも」
オゴスはしばし、ギャメルの瞳を見つめた。
「……そう、ですか」
そうして、オゴスは身を起こそうとする。それを、ギャメルは慌てて助けた。
「まだ動くなよ」
「ええ……でも」
オゴスはギャメルの体をそっと抱きしめた。伝わってくる温もりに、小さく息をつく。
「勝負はまだ終わっていないので」
次の瞬間、ギャメルのうなじに鈍い痛みが走った。
「え、——あ?」
訳もわからないまますべての感覚が遠のき、ギャメルはぬかるんだ地面に倒れ込む。
「人魚姫は失敗しましたが、俺はそうじゃない」
ギャメルはなんとか目だけを動かして、オゴスを見上げた。ギャメルを抱き上げるオゴスの手には、暗針が隠されていたのだ。
「ああ——ひどい怪我です。すぐ手当て致します。無力で臆病な俺の坊ちゃん」
ギャメルを憐れむ言葉とは裏腹に、声はどこか喜びを噛み締めるように弾んでいる。それを、ギャメルは急速に薄れていく意識の外で聞いていた。
漂うのは、オゴスのつけている香水の香りか。
ゴールディの雑踏をおもわせる、どこか懐かしい香り。蠱惑的な甘さのなかに、荒々しい、あるいは退廃的な物寂しさを感じさせるもの。
ああ、結局、この人を救えなかった。オゴスが抱える闇に飲まれるように、ギャメルは目を閉じる。
それでも最後に、なんとか伝えたくて。まだ動く指先に力を込めて、オゴスの小指を掴んだ。
(ごめんな)
この手が掴めたものは、紛い物ばかりで。
少なくともこれからはそうじゃないと、証明するはずだったのに——。
ギャメルの意識はそこで途切れた。
紛い物に堕した自身の価値は、ただオゴスの渇きを満たすためだけにあるのだ。