生きて、歩いていく
キャラクターノベル(グループ)制作 伊治納品 2021年11月21日 11時28分56秒
●
夕方、カッシアは冒険者ギルドから出て、のんびり歩いていた。
夜に吟遊詩人としての仕事はあるが、冒険者としては休みの日だった。
午前はだらだらと過ごし、昼過ぎにリュートの手入れ、手入れ後にギルドで次の依頼を探しに行ったという、カッシア的にはいつも通りの休日でもある。
「……」
カッシアは、視線の端に蹲っている誰かを捉えた。
具合が悪くて倒れているならば状況を把握して人を呼ぶ必要があるし、困りごとなら程度にもよるが最悪冒険者ギルドへ誘導すればいい。関わらない方がいいような場合であっても状況把握を怠ると、後で痛い目見る。経験則だ。
目だけ動かし、蹲っている誰かを確認したカッシアは、時を停めた。
「なんで」
30秒ばかり経過した後、カッシアは素直にそう言った。
蹲っている誰かは、別に具合が悪くて倒れていた訳ではない。冒険者向けの安い宿の軒先に置かれてあった木箱と木箱の隙間に向かって手を伸ばしている。
その人物は夢中になっている為、カッシアが影を作らないよう真後ろは避けながらも近寄っていることにも気づかない。
(お金……)
カッシアが隙間から見たのは、お金だ。しかも1G。
(見なかったことにするなんてしないけど)
もう会えないかもしれないと思っていた人。息災であってほしいと願っていた人。大切な、従姉。
星の雫を頂く木に紅白の飾り紐も結ばず、何も願わないことを選んでいたのに叶えるとは、地上の星も空の星もお節介な性分だ。……素直に感謝はしておく。
まだ、気づいていない。
カッシアは息を吸って吐くと、声を掛けた。
「やあ、久し振り」
先ほどのカッシアと同じく時を停めた彼女は、錆びた鉄の扉の如き動きでこちらへ顔を向ける。
声を上げなかったのはカッシアの今を気にしてか、それとも――
「無事で何より。――」
カッシアは、囁くようにその女性の名を呼んだ。
●
カッシアはその女性を連れ、夕方に仕事をすることになっていた酒場へ足を運んでいた。
シェアハウスのオーナー夫妻の友人がやっているもので、主も温厚な気質だ。多少融通は利く。
「少し早いですが、先に食事がしたくて」
「じゃあ、奥の席に行くといいよ」
カッシアが愛想のいい笑いを浮かべてそう言うと、開店したばかりの酒場にはまだ人もおらず、主はカッシアが身内らしい人物を連れてきたのに気を利かせてくれた。
奥の席へ行くと、カッシアは彼女の為に幾つか料理を頼んだ。自分の分、賄いのカレー以外は自腹になるが、気にしない。
客がいないこともあって料理はさほど待たずにやってきた。けれど、従姉は腹の音を鳴らしていても料理に手を付けない。
「仕事の時間までまだあるから、ゆっくり話そう」
「仕事……?」
カッシアの前置きに、従姉は不思議そうに反芻した。
「俺はカッシア。しがない吟遊詩人兼冒険者……ってことに今はなってるよ」
従姉は冒険者については想定の範囲内だったようだが、吟遊詩人は想定外だったようで「えっ」と口の中で小さく呟いた。
カッシアはカレーを食べながら、帝都を離れるまでは乗合馬車や個室に泊まっていたが、金が尽きた後は野宿もしたことなどを話した。
毒がないという知識だけで食べた雑草で口を切って治るのに数日かかったことや生木が燃えないことを寒い夜に知り凍死も覚悟したが運良く商人一行が通り掛かって難を逃れたことは今となっては笑い話だが、ダリアにとってはそうではないらしく、顔色が悪くなっていく。
けれど、カッシアは敢えて指摘しない。
カッシアが次はそちらと目線で促すと、彼女は小さい声で今を名乗った。
「私はダリア。……そう名乗っています」
カッシアを逃した後、ダリアは処刑を待つだけとなった。
けれど、帝国のとある貴族がダリアに利用価値を見出し、その死を偽ったのだそうだ。ほとぼりが冷めるまでは辺境に送られたらしい。主要都市だけでなく、ある程度の規模の街を避けて送られたとか。
が、国境付近の辺鄙な村に到着してすぐに状況が変わった。帝国が崩壊したのだ。
村人達と逃げて事なきを得たものの、腐りきった身内は勿論、その死を偽った貴族の生存も絶望的と知り、ダリアは唐突に自由の身となってしまった。
村人達と共に同盟へ向かったものの、難民を受け入れるにも限度があることより、本来の村人ではないダリアは各地を転々とするしかなかった。
転機が訪れたのは、帝国が崩壊してからだいぶ経過してからだ。そう、授恵者として覚醒していた。
今現在、授恵者に覚醒と冒険者ギルドへの登録は密接な関係を持っており、難民としてダリアを世話してくれた老シスターはダリアへ冒険者になるよう説いた。
そうしてリブラネスタへやってきて、今に至る。
「あの時は本当に、私の命はここまでという覚悟で貴方を逃がしたんです。結局生き延びて、醜態を晒してしまいましたけれど…」
ダリアにとって、カッシアは拠り所だった。
親族達が家を蝕んでいくのに何もできず、黙って見ていただけの自分を、侮らず尊敬してくれた。それだけでどれだけ救われたか判らない。腐敗を嫌悪するカッシアを巻き添えにしたくなくて告発もしたし、逃しもした。
処刑されていれば尊敬できる従姉のままでいられたのに。
「ねえ、俺は生きてて良かったって思ってるよ」
カッシアの声にダリアは顔を上げた。
「正直生きてるって思ってなかったし、探しもしなかった。でも、俺はやだったんだ。探して死んだ証拠見つけるのやだったんだ」
帝国は崩壊した。
時期的に処刑の執行予定日よりも前で、早まっていない限り処刑はされていない。
だが、処刑を待つ立場であった従姉が帝都から逃げられたかと聞かれたら、否と答えるしかなかった。
無事でいてと祈りつつも探せなかった。
「俺は助けを求めてくれなかったこと、辛かったよ。きっと役に立てなかっただろうけど、ダリアの口から何も聞けなかったの、辛かったよ」
ダリアはカッシアにとって尊敬できる従姉であろうとする余り、カッシアを見ていなかったことに気づいた。カッシアなら、気づかない訳がなかったのに。
そうして、気づいてくれるカッシアだから救われたというのに。
「ごめんなさい……」
「ダリア、それ以外に今日、何か言うべきことってあるんじゃないかな」
頭に思い浮かんだのは、それ以外に言うべき言葉はあるのかなという言葉だったが、拒絶と解釈されかねない。
そうではないのだと示すには、それ以外を待っていると言わなければならない。
「……貴方が、元気で良かった」
「また会えて、良かった」
ダリアの言葉にカッシアは少し口元を緩めた。
そこでちょうど、カッシアはカレーを食べ終わる。人の入りから見てももうすぐ仕事の時間になるだろうと思っていたら、呼ばれた。
そうして席を立つカッシアは、ダリアがやっと料理を食べ始めたのを見た。
「……美味しいわ」
「でしょう。俺に感謝して」
かつて強いと思っていた従姉に強くもないことは何でもないと笑ってやった。
「ここで少し待っていて。……君に、会わせたい奴もいるんだ。逃げないでよ」
「そうね、挨拶、しなきゃね」
これから生きていくんだもの。
小さく付け足された言葉にカッシアは満足して歩いていく。
燃える瞳の少年 風に彷徨う――
ダリアが見守る中、カッシアは最初の曲を奏で始めた。
夕方、カッシアは冒険者ギルドから出て、のんびり歩いていた。
夜に吟遊詩人としての仕事はあるが、冒険者としては休みの日だった。
午前はだらだらと過ごし、昼過ぎにリュートの手入れ、手入れ後にギルドで次の依頼を探しに行ったという、カッシア的にはいつも通りの休日でもある。
「……」
カッシアは、視線の端に蹲っている誰かを捉えた。
具合が悪くて倒れているならば状況を把握して人を呼ぶ必要があるし、困りごとなら程度にもよるが最悪冒険者ギルドへ誘導すればいい。関わらない方がいいような場合であっても状況把握を怠ると、後で痛い目見る。経験則だ。
目だけ動かし、蹲っている誰かを確認したカッシアは、時を停めた。
「なんで」
30秒ばかり経過した後、カッシアは素直にそう言った。
蹲っている誰かは、別に具合が悪くて倒れていた訳ではない。冒険者向けの安い宿の軒先に置かれてあった木箱と木箱の隙間に向かって手を伸ばしている。
その人物は夢中になっている為、カッシアが影を作らないよう真後ろは避けながらも近寄っていることにも気づかない。
(お金……)
カッシアが隙間から見たのは、お金だ。しかも1G。
(見なかったことにするなんてしないけど)
もう会えないかもしれないと思っていた人。息災であってほしいと願っていた人。大切な、従姉。
星の雫を頂く木に紅白の飾り紐も結ばず、何も願わないことを選んでいたのに叶えるとは、地上の星も空の星もお節介な性分だ。……素直に感謝はしておく。
まだ、気づいていない。
カッシアは息を吸って吐くと、声を掛けた。
「やあ、久し振り」
先ほどのカッシアと同じく時を停めた彼女は、錆びた鉄の扉の如き動きでこちらへ顔を向ける。
声を上げなかったのはカッシアの今を気にしてか、それとも――
「無事で何より。――」
カッシアは、囁くようにその女性の名を呼んだ。
●
カッシアはその女性を連れ、夕方に仕事をすることになっていた酒場へ足を運んでいた。
シェアハウスのオーナー夫妻の友人がやっているもので、主も温厚な気質だ。多少融通は利く。
「少し早いですが、先に食事がしたくて」
「じゃあ、奥の席に行くといいよ」
カッシアが愛想のいい笑いを浮かべてそう言うと、開店したばかりの酒場にはまだ人もおらず、主はカッシアが身内らしい人物を連れてきたのに気を利かせてくれた。
奥の席へ行くと、カッシアは彼女の為に幾つか料理を頼んだ。自分の分、賄いのカレー以外は自腹になるが、気にしない。
客がいないこともあって料理はさほど待たずにやってきた。けれど、従姉は腹の音を鳴らしていても料理に手を付けない。
「仕事の時間までまだあるから、ゆっくり話そう」
「仕事……?」
カッシアの前置きに、従姉は不思議そうに反芻した。
「俺はカッシア。しがない吟遊詩人兼冒険者……ってことに今はなってるよ」
従姉は冒険者については想定の範囲内だったようだが、吟遊詩人は想定外だったようで「えっ」と口の中で小さく呟いた。
カッシアはカレーを食べながら、帝都を離れるまでは乗合馬車や個室に泊まっていたが、金が尽きた後は野宿もしたことなどを話した。
毒がないという知識だけで食べた雑草で口を切って治るのに数日かかったことや生木が燃えないことを寒い夜に知り凍死も覚悟したが運良く商人一行が通り掛かって難を逃れたことは今となっては笑い話だが、ダリアにとってはそうではないらしく、顔色が悪くなっていく。
けれど、カッシアは敢えて指摘しない。
カッシアが次はそちらと目線で促すと、彼女は小さい声で今を名乗った。
「私はダリア。……そう名乗っています」
カッシアを逃した後、ダリアは処刑を待つだけとなった。
けれど、帝国のとある貴族がダリアに利用価値を見出し、その死を偽ったのだそうだ。ほとぼりが冷めるまでは辺境に送られたらしい。主要都市だけでなく、ある程度の規模の街を避けて送られたとか。
が、国境付近の辺鄙な村に到着してすぐに状況が変わった。帝国が崩壊したのだ。
村人達と逃げて事なきを得たものの、腐りきった身内は勿論、その死を偽った貴族の生存も絶望的と知り、ダリアは唐突に自由の身となってしまった。
村人達と共に同盟へ向かったものの、難民を受け入れるにも限度があることより、本来の村人ではないダリアは各地を転々とするしかなかった。
転機が訪れたのは、帝国が崩壊してからだいぶ経過してからだ。そう、授恵者として覚醒していた。
今現在、授恵者に覚醒と冒険者ギルドへの登録は密接な関係を持っており、難民としてダリアを世話してくれた老シスターはダリアへ冒険者になるよう説いた。
そうしてリブラネスタへやってきて、今に至る。
「あの時は本当に、私の命はここまでという覚悟で貴方を逃がしたんです。結局生き延びて、醜態を晒してしまいましたけれど…」
ダリアにとって、カッシアは拠り所だった。
親族達が家を蝕んでいくのに何もできず、黙って見ていただけの自分を、侮らず尊敬してくれた。それだけでどれだけ救われたか判らない。腐敗を嫌悪するカッシアを巻き添えにしたくなくて告発もしたし、逃しもした。
処刑されていれば尊敬できる従姉のままでいられたのに。
「ねえ、俺は生きてて良かったって思ってるよ」
カッシアの声にダリアは顔を上げた。
「正直生きてるって思ってなかったし、探しもしなかった。でも、俺はやだったんだ。探して死んだ証拠見つけるのやだったんだ」
帝国は崩壊した。
時期的に処刑の執行予定日よりも前で、早まっていない限り処刑はされていない。
だが、処刑を待つ立場であった従姉が帝都から逃げられたかと聞かれたら、否と答えるしかなかった。
無事でいてと祈りつつも探せなかった。
「俺は助けを求めてくれなかったこと、辛かったよ。きっと役に立てなかっただろうけど、ダリアの口から何も聞けなかったの、辛かったよ」
ダリアはカッシアにとって尊敬できる従姉であろうとする余り、カッシアを見ていなかったことに気づいた。カッシアなら、気づかない訳がなかったのに。
そうして、気づいてくれるカッシアだから救われたというのに。
「ごめんなさい……」
「ダリア、それ以外に今日、何か言うべきことってあるんじゃないかな」
頭に思い浮かんだのは、それ以外に言うべき言葉はあるのかなという言葉だったが、拒絶と解釈されかねない。
そうではないのだと示すには、それ以外を待っていると言わなければならない。
「……貴方が、元気で良かった」
「また会えて、良かった」
ダリアの言葉にカッシアは少し口元を緩めた。
そこでちょうど、カッシアはカレーを食べ終わる。人の入りから見てももうすぐ仕事の時間になるだろうと思っていたら、呼ばれた。
そうして席を立つカッシアは、ダリアがやっと料理を食べ始めたのを見た。
「……美味しいわ」
「でしょう。俺に感謝して」
かつて強いと思っていた従姉に強くもないことは何でもないと笑ってやった。
「ここで少し待っていて。……君に、会わせたい奴もいるんだ。逃げないでよ」
「そうね、挨拶、しなきゃね」
これから生きていくんだもの。
小さく付け足された言葉にカッシアは満足して歩いていく。
燃える瞳の少年 風に彷徨う――
ダリアが見守る中、カッシアは最初の曲を奏で始めた。