Ordinary days
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年10月30日 11時42分46秒
雲一つない夜空に広がる無限の光点。それをぼーっと眺めるのが好きだった。
だが、今日は煌々と輝く満月に隠れて、お留守番らしい。
天を見上げている間だけは、余計な事を何も考えずにいられる。ただただ綺麗なものだけを眺めていられるこの一時の為だけに、俺は――。
「あの木邪魔だな。切るか」
「いやいや、あの木があるからこその趣だろう?」
不機嫌そうに呟いた店長様に、ヨル・スレイマンは苦笑した。
冒険者稼業の合間を縫って、久しぶりに戻ってきた質屋『トカゲのしっぽ』。二人のホームともいえるこの場所に戻って来た時は、決まって屋上で祝杯を挙げる。
「しかしよぉ、もうちっとましな酒はなかったのかよ。水みたいじゃねぇか」
「酒に文句があるのなら、チビちゃん達に言うんだね。これは俺が用意したものじゃない」
「……ちっ」
そんなにまずいなら飲まなくてもいいだろうと思うものの、ジョッキを口から離さないナハシュに、ヨルは肩を竦めた。
チビちゃん達の名前を出すと店長様は決まって閉口するのが面白い。
「それにしても、チビちゃん達の成長には目を見張るものがあるね」
「ああ?」
「この間、伝書鳩で手紙が来たんだ」
「は?」
ようやくジョッキから唇を離し、ぽかーんと口を開けるナハシュに、ヨルは思わず吹き出しそうになる。
「君が抜かれるのも時間の問題かもね」
「おい、ちょっと待て、いつの間に字を――ってか、なんでお前のとこに手紙が来て、俺のとこに来てねえんだよ!」
「さぁ? というか、手紙が欲しいのかい?」
「ち、ちがっ……! 阿保かっ! んな面倒なもんいらねえよ!」
「そうか、それは残念だ。せっかく君宛の――」
と、ヨルが懐の物を手に取ろうと手を差し込んで――動きを止めた。
「ナハシュ」
「ああ……」
ジョッキの残りを一気にあおったナハシュが、くるりと辺りを見渡した。
屋根の上からでは地上の殆どは死角になって見る事が出来ない。だが、彼にはもう一つの眼がある。
ナハシュはすっと瞳を閉じ――――数秒して口を開いた。
「6、いや7だな」
「やれやれ、君のところは本当にいい治安をしてるね」
「言ってろ」
肩を竦めるヨルを置いて、ナハシュは音もなく立ち上がると、屋根の縁から下を覗き込んだ。
「最近、店を空ける事が多かったし、目を付けられたのかな」
「んなことはどうでもいい。久しぶりの客だ、もてなしてやらねえとな」
「まぁ、それに異存はないけど……どうするんだい、俺達は無手だ」
屋根の縁で敵の出方を伺っているナハシュに、ヨルは両手を上げて問いかける。
「途中で拾えばいい……ってか、素手でもやれんだろ?」
「嫌だよ、手が痛くなるだろ?」
「お前なぁ……」
ひらひらと両手を振るヨルに、ナハシュは盛大な溜息をついた。
「んじゃ、適当に屋根裏から入れよ」
「ふむ……そうだね、チビちゃん達の身の安全も確保しないといけないし、上手くいけば挟み撃ちにもできる」
「んな小細工なくてもヤれるけどな」
「まぁまぁ、そこはスマートに行こう」
そう言うとヨルも立ち上がり、屋根の天辺を乗り越える。
「それじゃ、また後で」
「ヘマすんじゃねえぞ」
ナハシュの嫌味には答えず、手を振って返事をしたヨルは、屋根に突き出た小さな窓から室内へと身を滑り込ませた。
●
「おや、起きていたのかい」
出来るだけ音を立てないように屋根裏へ滑り込んだはずだったが、ここの主達は寝床の上で肩を寄せ合っていた。
「大丈夫、何も心配する事はないよ。ちょっとだけ騒がしくなるけど、下は見ないようにね?」
ヨルは不安そうに見つめてくる二人の視線に笑顔で返す。
「もし見てしまったら…………怖い骨のおばけが出るかもしれないから、ここでじっとしているんだよ」
そう言って少しおどけて見せたら、二人して本気で怖がられた。
ヨルは予想とは違った反応に苦笑すると、二人を残し梯子を降っていく――。
●
「……あいつは入ったか、さて」
【捜波】でヨルの動向を確認したナハシュは、改めて地上を見下ろす。
店主の不在を狙っての強盗だとは思うが、なんでこんな寂れた質屋を狙うのか。
これだけの人数を用意するなら、もうちょっとましな襲撃場所もあるだろう。こんな実入りの少なそうな店をターゲットにする理由は――。
と、ナハシュが相手の目的を推察していたら、カチリと乾いた音が闇夜に響いた。
「ちっ、俺の作った鍵を開けるのかよ。なかなかやるじゃねえか」
大陸でもトップレベルで物騒なエリアだ。店を守る為にいろいろ手を入れている。もちろん、鍵もその一つ。そんじょそこらの鍵師には手も足も出ない代物――。
「だと思ってたのによ。自身無くすぜ、ったく」
ドアを開け、土足で店に踏み入ってくる強盗を見下ろしながら悪態をつく。
ぞろぞろと店内へと入った強盗は6人。1人は残って見張りをしていた。
「さて――」
ナハシュは何をするでもなく再び屋根に寝転がると、ヨルが残していったジョッキを一気にあおった。
●
「ああ、そこはチビちゃん達が頑張って掃除した所だ。入るなら土を払ってくれないと困るよ」
突然店の暗がりから聞こえた声に、強盗達は一斉に身構えた。
「でもね。今日の営業は終わってるから、また明日来てくれると嬉しいんだけどね」
緊張感の欠片もない文句に、強盗達はごくりと喉を鳴らす。
彼等は焦っていた。ここの店主と店員の動向は事前に調べ尽くしてある。その人数も、そして腕っぷしも。
店主の方か店員の方かは暗がりでわからないが、どちらもすこぶる腕が立つ。それだけはわかっていた。
強盗達はリーダー格と思しき人物の指示で、すぐさま陣形を整える。
「……へぇ、ただの強盗じゃなさそうだ。一体誰の差し金だい?」
そんな強盗達の前に、床板に足音を響かせながら、ヨルが姿を現した。
窓から差し込む月明かりにきらりと刀身を光らせる、売り物の剣を携えて。
「返事は……まぁ、無いよね。それじゃ仕方ないか」
せめて何か喋ってくれるかなと、少しだけ期待していたが、どうやらその期待も裏切られた。
ヨルは借り物の剣を持ち上げると、切っ先をリーダー格へと向ける。
「本当は少し話がしたかったんだけど……悪いね。――皆殺しだ」
愉悦に歪んだ口元を月明かりが照らし出す――。
●
「ノーノ、大丈夫だから」
「うん……」
妹が小刻みに震えている。だから、頭からすっぽりと毛布をかぶせた。
下から大きな音や叫び声が聞こえてくる。それがノーノの耳に届かないように、頭をぎゅっと抱きしめた。
「すぐに終わるって、骨の人が言ってたでしょ。ごしゅじんさまもいるから、大丈夫」
毛布の隙間から妹だけに聞こえる声で囁きかける。
そうしたら、妹の震えがゆっくりと収まってきた。
「お歌をうたってあげる。骨の人が教えてくれた子守唄」
ナーレは妹の毛布に潜り込むと、ノーノのほっぺをムニムニと揉む。
恐怖で強張った妹の頬に、二ッコリと笑顔を作ってあげた。
そして、ナーレは口を開き、喉の奥から掠れるような小さな歌声を紡ぎ出す。
二人だけの小さな家に、響く小さな子守唄。
ここは怖くない世界。二人を大切にしてくれる優しい場所。
お空の巨星に守られて。
心配事なんて何もない。
二人にとっての優しい世界――。
だが、今日は煌々と輝く満月に隠れて、お留守番らしい。
天を見上げている間だけは、余計な事を何も考えずにいられる。ただただ綺麗なものだけを眺めていられるこの一時の為だけに、俺は――。
「あの木邪魔だな。切るか」
「いやいや、あの木があるからこその趣だろう?」
不機嫌そうに呟いた店長様に、ヨル・スレイマンは苦笑した。
冒険者稼業の合間を縫って、久しぶりに戻ってきた質屋『トカゲのしっぽ』。二人のホームともいえるこの場所に戻って来た時は、決まって屋上で祝杯を挙げる。
「しかしよぉ、もうちっとましな酒はなかったのかよ。水みたいじゃねぇか」
「酒に文句があるのなら、チビちゃん達に言うんだね。これは俺が用意したものじゃない」
「……ちっ」
そんなにまずいなら飲まなくてもいいだろうと思うものの、ジョッキを口から離さないナハシュに、ヨルは肩を竦めた。
チビちゃん達の名前を出すと店長様は決まって閉口するのが面白い。
「それにしても、チビちゃん達の成長には目を見張るものがあるね」
「ああ?」
「この間、伝書鳩で手紙が来たんだ」
「は?」
ようやくジョッキから唇を離し、ぽかーんと口を開けるナハシュに、ヨルは思わず吹き出しそうになる。
「君が抜かれるのも時間の問題かもね」
「おい、ちょっと待て、いつの間に字を――ってか、なんでお前のとこに手紙が来て、俺のとこに来てねえんだよ!」
「さぁ? というか、手紙が欲しいのかい?」
「ち、ちがっ……! 阿保かっ! んな面倒なもんいらねえよ!」
「そうか、それは残念だ。せっかく君宛の――」
と、ヨルが懐の物を手に取ろうと手を差し込んで――動きを止めた。
「ナハシュ」
「ああ……」
ジョッキの残りを一気にあおったナハシュが、くるりと辺りを見渡した。
屋根の上からでは地上の殆どは死角になって見る事が出来ない。だが、彼にはもう一つの眼がある。
ナハシュはすっと瞳を閉じ――――数秒して口を開いた。
「6、いや7だな」
「やれやれ、君のところは本当にいい治安をしてるね」
「言ってろ」
肩を竦めるヨルを置いて、ナハシュは音もなく立ち上がると、屋根の縁から下を覗き込んだ。
「最近、店を空ける事が多かったし、目を付けられたのかな」
「んなことはどうでもいい。久しぶりの客だ、もてなしてやらねえとな」
「まぁ、それに異存はないけど……どうするんだい、俺達は無手だ」
屋根の縁で敵の出方を伺っているナハシュに、ヨルは両手を上げて問いかける。
「途中で拾えばいい……ってか、素手でもやれんだろ?」
「嫌だよ、手が痛くなるだろ?」
「お前なぁ……」
ひらひらと両手を振るヨルに、ナハシュは盛大な溜息をついた。
「んじゃ、適当に屋根裏から入れよ」
「ふむ……そうだね、チビちゃん達の身の安全も確保しないといけないし、上手くいけば挟み撃ちにもできる」
「んな小細工なくてもヤれるけどな」
「まぁまぁ、そこはスマートに行こう」
そう言うとヨルも立ち上がり、屋根の天辺を乗り越える。
「それじゃ、また後で」
「ヘマすんじゃねえぞ」
ナハシュの嫌味には答えず、手を振って返事をしたヨルは、屋根に突き出た小さな窓から室内へと身を滑り込ませた。
●
「おや、起きていたのかい」
出来るだけ音を立てないように屋根裏へ滑り込んだはずだったが、ここの主達は寝床の上で肩を寄せ合っていた。
「大丈夫、何も心配する事はないよ。ちょっとだけ騒がしくなるけど、下は見ないようにね?」
ヨルは不安そうに見つめてくる二人の視線に笑顔で返す。
「もし見てしまったら…………怖い骨のおばけが出るかもしれないから、ここでじっとしているんだよ」
そう言って少しおどけて見せたら、二人して本気で怖がられた。
ヨルは予想とは違った反応に苦笑すると、二人を残し梯子を降っていく――。
●
「……あいつは入ったか、さて」
【捜波】でヨルの動向を確認したナハシュは、改めて地上を見下ろす。
店主の不在を狙っての強盗だとは思うが、なんでこんな寂れた質屋を狙うのか。
これだけの人数を用意するなら、もうちょっとましな襲撃場所もあるだろう。こんな実入りの少なそうな店をターゲットにする理由は――。
と、ナハシュが相手の目的を推察していたら、カチリと乾いた音が闇夜に響いた。
「ちっ、俺の作った鍵を開けるのかよ。なかなかやるじゃねえか」
大陸でもトップレベルで物騒なエリアだ。店を守る為にいろいろ手を入れている。もちろん、鍵もその一つ。そんじょそこらの鍵師には手も足も出ない代物――。
「だと思ってたのによ。自身無くすぜ、ったく」
ドアを開け、土足で店に踏み入ってくる強盗を見下ろしながら悪態をつく。
ぞろぞろと店内へと入った強盗は6人。1人は残って見張りをしていた。
「さて――」
ナハシュは何をするでもなく再び屋根に寝転がると、ヨルが残していったジョッキを一気にあおった。
●
「ああ、そこはチビちゃん達が頑張って掃除した所だ。入るなら土を払ってくれないと困るよ」
突然店の暗がりから聞こえた声に、強盗達は一斉に身構えた。
「でもね。今日の営業は終わってるから、また明日来てくれると嬉しいんだけどね」
緊張感の欠片もない文句に、強盗達はごくりと喉を鳴らす。
彼等は焦っていた。ここの店主と店員の動向は事前に調べ尽くしてある。その人数も、そして腕っぷしも。
店主の方か店員の方かは暗がりでわからないが、どちらもすこぶる腕が立つ。それだけはわかっていた。
強盗達はリーダー格と思しき人物の指示で、すぐさま陣形を整える。
「……へぇ、ただの強盗じゃなさそうだ。一体誰の差し金だい?」
そんな強盗達の前に、床板に足音を響かせながら、ヨルが姿を現した。
窓から差し込む月明かりにきらりと刀身を光らせる、売り物の剣を携えて。
「返事は……まぁ、無いよね。それじゃ仕方ないか」
せめて何か喋ってくれるかなと、少しだけ期待していたが、どうやらその期待も裏切られた。
ヨルは借り物の剣を持ち上げると、切っ先をリーダー格へと向ける。
「本当は少し話がしたかったんだけど……悪いね。――皆殺しだ」
愉悦に歪んだ口元を月明かりが照らし出す――。
●
「ノーノ、大丈夫だから」
「うん……」
妹が小刻みに震えている。だから、頭からすっぽりと毛布をかぶせた。
下から大きな音や叫び声が聞こえてくる。それがノーノの耳に届かないように、頭をぎゅっと抱きしめた。
「すぐに終わるって、骨の人が言ってたでしょ。ごしゅじんさまもいるから、大丈夫」
毛布の隙間から妹だけに聞こえる声で囁きかける。
そうしたら、妹の震えがゆっくりと収まってきた。
「お歌をうたってあげる。骨の人が教えてくれた子守唄」
ナーレは妹の毛布に潜り込むと、ノーノのほっぺをムニムニと揉む。
恐怖で強張った妹の頬に、二ッコリと笑顔を作ってあげた。
そして、ナーレは口を開き、喉の奥から掠れるような小さな歌声を紡ぎ出す。
二人だけの小さな家に、響く小さな子守唄。
ここは怖くない世界。二人を大切にしてくれる優しい場所。
お空の巨星に守られて。
心配事なんて何もない。
二人にとっての優しい世界――。