夏の終りに、仲間達と
キャラクターノベル(グループ)制作 STANZA納品 2021年10月10日 16時18分58秒
BBQは食材の調達から始まる。
肉は野生の獣を狩り、野菜や穀物はタネから育て、燃料となる炭もまた木を切り倒して焼く所から――
(いや別に普通に買えば良くない?)
サイラスは思ったが、口には出さなかった。
野宿の共としての「現地調達の食材を焼くだけ煮るだけ簡単調理」がレジャーになったのは、最近の事であるらしい。
ならば変容の過程で様々なネタや誤解や勘違いが生まれるのは不可抗力、何なら間違ったまま固定された方が楽しいまである。
集まった面子はいずれも腕に覚えのある冒険者、肉や魚の調達に不安はない。
野菜や穀物も、既にタネから育てている農家がいるから問題ない。
ならば自分が走るのはネタか。
いやその前に……と、サイラスは自宅地下の工房へ降りて行く。
「とりま金物は必要だよね?」
鉄板と金網、それにコンロでも作っておこうか。
(なるほど、BBQとは強者の料理なのですね)
ガルシアは理解した。
ならば肉の調達は、日頃から狩りで獲物を捕らえて喰らうワイルドライフを実践している己の他に適任がいるだろうか。
(場所はリブラネスタでしたね、それでしたら……)
狩った獲物を運ぶ手間と距離を考え、狩場を近くの森に定めた。
この時期に獲れる獲物はイノシシやシカ、それにウサギあたりと見当を付け、まずはウサギ用の罠を仕掛ける。
狩猟用の弓とナイフを手に森を進むと、行く手の藪がガサガサと音を立てた。
(イノシシでしょうか)
体当たりを警戒し、手近な木の枝に飛び乗る。
現れたのは、大きなクマだった。
(要するに、ただのアウトドア料理よね)
大きな壺を抱えたルベア・ベルニは、白い波濤が岩を打ち付ける海岸に立つ。
タコが食べたかったのに、市場には影も形もなかった。
だが、なかったら狩ればいい。
海底の岩陰に壺を沈め、目当ての獲物が潜り込むのを待つ間に磯でアワビやサザエを獲り、海藻をむしり、釣った魚を適当にシメて。
「ま、こんなもんでしょ」
大漁に気を良くしたルベアは、重たい網を担いで意気揚々と引き上げ――
「あれ? 何か忘れてるような……?」
トマトにナス、ピーマン、トウモロコシ、オクラ、ズッキーニ、さやいんげん、それにカボチャ。
カゴの中は夏野菜でいっぱいだ。
キャベツやレタスなどの葉物野菜もある。
「ノイアン、これも貰って良いかな」
スイカ畑から聞こえた声に、エル=バ=ノイアンは腰に手を当てて伸ばしながらそちらを見た。
まだ腰痛に悩む歳ではないが、収穫作業は若くても腰に来る。
シルヴィア・A・カペルが手伝いを申し出てくれたのは素直に有り難かった。
「ああ、ちょうど今が食べ頃だ、ひとり一個でも構わないぞ」
「さすがにそれは食べ切れないよ」
柔らかな笑みを漏らしながら、シルヴィアは畑を覗き込む。
「どのあたりが良いかな」
「待ってろ、甘いやつを選んでやる」
「ありがとう」
収穫はノイアンに任せ、シルヴィアは少し下がってその作業を見守る。
「BBQ、海辺でやるんだよね。スイカ割りとか盛り上がりそうだ」
「そうだな」
大きなスイカが三個、カゴの仲間に加わった。
「あとは……モモとブドウ、それにナシも行けそうだな」
「すごい、君の畑は何でも出来るんだね」
「何でもはないが……まあ、色々と手は出してるな」
「イチゴは?」
「あるぞ、今は季節じゃないが」
「そうか」
ちょっと残念そうな顔を見せたシルヴィアに、イチゴが好きなのかとノイアンは思う。
が、それを口には出さず……ただ心で、来年は少し栽培面積を増やしてみようか、などと考えるのだった。
BBQ、それは東方の文化……ではない筈だが、海神・江流は何故かBBQに造詣が深かった。
だが仲間の勘違いを正したりはしない。
だって特に害はないし、その方が面白そうだし。
「肉や魚や野菜はもう用意があるみたいだし、ここはシャルガネ人らしく米を提供しようか」
と言っても野外調理で米を炊くのは難しい。
出来ない事はないが、火加減や時間の調整が普段の調理とは違ってくるため、満足の行く出来になるとも限らない。
「シャルガネ人の誇りにかけて、ここだけは妥協を許さないよ」
まあ実際はわりと妥協の連続だったりもするけれど、そこはそれ。
「うん、おにぎりがいいな。適当にぱくつきやすいだろうし」
米を炊き、合わせた茶碗の中で転がして丸める。
「野郎の手握りはちょっと……とは言わせんよ?」
誰にともなく呟きながら、江流はまん丸おにぎりを作り続けた。
ユズのマジカルポケットには、以前の依頼で手に入れたナマモノが入れっ放しになっていた。
放置していたわけではない。
「みんなで、食べたいなって、思って」
この不思議空間に入れておけば、謎の法則によって食品の鮮度が落ちる事はないのだ。
「お店で売られるの、多分ないし」
他にもホタテやツブ、ウニ、それに氷が詰め込まれている。
「暑さで、溶けそうな人……いるから」
今はもう涼しいから必要ないか、とも考えたけれど、念の為――
その気配りが、後にギーゼラを救う事となる。
BBQは河原か海辺で行うものという謎ルールのもと、会場はここ、リブラネスタ郊外の砂浜と決められた。
辺りに秋の気配が漂い始めても、晴れた日の海辺は水面や砂の照り返しによってかなりの高温になる。
暑さが苦手なギーゼラならずとも、焼けた鉄鍋に放り込まれた気分になるだろう。
「くそだるい」
そんな呟きを漏らす事さえ、くそだるい。
溶ける、って言うかもう溶けて液体になってる、そのうち蒸発して消えるんだ。
その頭上から、ザラザラバラバラと降って来る突然の雹――ではない。
「ギーゼラさん、だいじょぶ?」
ユズが氷をぶちまけていた。
「だいじょばない……けど生き返りましたぁ!!」
ギーゼラは固体に戻った。
「あぁユズさん! 素晴らしいですねぇ!!」
ありがとう救いの神よ、海鮮と一緒に入っていた氷なので多少生臭……いえ、暑さを凌げるなら何でも構いませんとも!!
「フフフフフ、氷に埋もれながら食べるご飯は最高に美味しくなりそうです!」
って言ってるそばから氷がどんどん溶け出してるんですけど!
これ一旦救っておいてまた地獄に突き落とす系の罰ゲームか何かですか!?
「あ、だいじょぶ……みんなで、日陰、作ってる」
ユズに言われて顔を上げると、いつの間にか揃っていたメンバーが総出で準備を始めていた。
ノイアンとシルヴィアが厚手の布を張って屋根を作り、その下にサイラスがコンロと調理台、それに細長いテーブルをセットして――椅子を持ち込む余裕はなかったので、これにて設営完了。
BBQだもの、立食でいいよね。
「あ、下に入るとけっこう涼しいですね」
これなら溶けずに済みそう……と思ったら今度は炭火が熱いんですけど!
「それだけ近付けば、そりゃ熱いよね。ギーゼラちゃんの丸焼きって美味しいのかな?」
「美味しくないですぅ!」
火起こし担当の江流が団扇でパタパタ扇ぐと、ギーゼラはその風に押されるようにフラフラと火から離れて行った。
「そうそう、それくらい離れれば大丈夫」
食べ専の人は焼き上がるまで大人しく見ててねー。
「さあ、網奉行は誰だ?」
仲間も揃い、サイラス謹製の焼き網も良い具合に熱くなってきた所で、江流はこれまたサイラス謹製のトングをカチカチ鳴らしながら皆の顔を見る。
「あみぶぎょー……とは、何ですか?」
「BBQの仕切り役、みたいなものかな」
首を傾げたガルシアに、江流が答える。
「皆で好き勝手に焼いていくと、焼きすぎて焦げたり生焼けだったり、色々カオスになるからね。統率する人が必要なんだ」
統率、つまりリーダー。
じっ。
全員の視線が一点に集まった。
「……俺?」
視線の集中砲火を浴びて、ノイアンが目を丸くする。
「いや、俺より江流の方が詳しいだろ」
「こういうのは知識よりもノリの問題だよ」
はい、と江流がトングを手渡し――いや、押し付けたと言った方が正しいか。
「……とにかく、焼けば良いんだな?」
諦めたノイアンは、予め下拵えを済ませておいた野菜達を網の上に並べ始めた。
野菜ファーストとは、さすが農家。
「お肉もありますよ」
肉好きガルシアが背後を指差す。
そこには荷車に乗せられた黒くて大きな塊が!
「……クマ?」
江流が微妙に遠い目で呟いた。
「どうしたの、あれ……って言うか丸ごと?」
「大丈夫です、血抜きはしてありますから。今から解体しますね」
「ここで!?」
「はい、慣れていますから」
そういう問題、なのだろうか。
「でもよく仕留めたね、こんな大きなクマ……」
「それがですね」
肉切り包丁を振り回しながら、ガルシアは熱弁をふるう。
「最初はイノシシやシカを狙っていたのです。ですが木の上に身を潜めていますと、このクマがいきなり体当たりをしてきまして……」
クマが木を揺らすと、ドングリがバラバラと落ちた。
蜂の巣も落ちて来た。
「振り落とされまいと枝にしがみついた私は、隙を見てドングリを貪るクマの頭上から襲いかかり――あ、ついでにハチミツも採れました」
ガルシアはそれをシルヴィアに差し出す。
「うん、ありがとう。ジュースに使わせてもらうよ」
でもクマ肉の確保にはまだ少しかかりそうだから、買っておいた肉を先に焼いておくね。
薄切り肉が網の上でジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが食欲をそそる。
その隣に――ドンッ!
巨大な肉の塊が乗せられた。
「サイラス、それは……?」
「ん? ベーコンエクスプロージョンだが?」
解説しよう、ベーコンエクスプロージョンとは大量の肉やベーコン、ソーセージなど脂たっぷりの食材を、大量のベーコンで巻いたカロリーモンスターである。
「BBQにはこれが定番って聞いた」
それを作るのに、特別な料理の才能は必要ない。
ベーコン敷いて、乗せて巻いて、焼くだけだ。
「まあそれだけだとなんか芸がないし?」
ちょっと工夫してみるかねって事で、アレンジバージョンも作ってみましたドン。
油で死ねそうだからソーセージをハラペーニョ系にして、肉もジビエにしてみようか。
そうそう、あとスッポンとか。
チーズも入れたいし、トリュフも少々混入した方が良さげ?
そんな感じで全部精力とか媚薬関連のアレでナニしてみましたが、レシピは秘密です。
面白そうなのでやった、後悔はしていない。
結果は食べてのお楽しみ。
「私も市場でお肉を仕入れて来たわ。あと海産物も獲って来たわよ」
ルベアが広げた袋の中には、牛豚鶏の肉の他、アワビやサザエ、種類不明の海藻類の他に、イシダイやアジなどの魚が入っていた。
それにもちろん、大きなタコも。
「下拵えもしてあるから、あとは焼くだけよ」
冒険者になる前は一人で生き延びてきた時間がそこそこ長いため、料理などの生活に必要な技能は一通り習得している。
ただしその生活はワイルドかつアウトドアなものだった。
故に料理に関しては「お腹を壊さなければOK」という価値基準のもと、火だけはしっかり通すが、それ以外はカットも味付けも大雑把、見た目も気にしないという、非常に漢らしいものとなったのである。
つまり肉も魚もブツ切り一択、鱗を取って三枚下ろしにするという発想もない。
「手癖でこうなっちゃうのよね、どうしても……」
でも大丈夫、しっかり火を通せば食べられないものなんてないから――毒は別だけど。
中まで火が通る頃には表面が黒焦げだけど気にしない、焦げたの食べても私は元気です。
「だから大丈夫、皆どんどん食べてね」
タコは刺身でもいいし、串焼きにするのもいい。
「……これ、クラーケンの、腕」
ユズがそ〜っと差し出したそれは、見た目はタコに似ている。
ただしデカい。超デカい。
大きいから大味かと思えば、ユズの感想によれば「味は、イカっぽい。大丈夫、美味しい」らしい。
それをシルヴィアに頼んで一口大に切ってもらい、串に挿して網に乗せた。
「だいぶ品が増えたな。賑やかでいい」
ノイアンがそう声をかけると、ユズはぴゃっとテーブルの下に隠れてしまった。
ここにいる皆は知らない顔ではない――それどころか、ヴィント奪還作戦で一緒に戦った仲間だった。
けれど、一番頼りにしていた友達が都合で来られなくなってしまったため、ユズの不安は指先でつついただけでも破裂しそうなまでに膨れ上がっていた。
お守りになるかと思ってチョコ友の代わりにカカオ豆を持って来たけれど、それをぎゅっと握り締めても不安は消えない。
隠れ場所からそっと顔を出すと、ノイアンはちょっぴり寂しそうな顔をしていた。
「いや、うん、大丈夫」
怖がられるのは慣れていると、ノイアンは苦笑い。
(違う、の。怖いわけじゃ、なくて)
ただ超が付くほどの恥ずかしがり屋で人見知りなだけ――と、言いたいけれど言えない。
テーブルの下から顔を出す事さえままならない。
けれど、ユズのそんな思いを調理台でフルーツジュースを作っていたシルヴィアが代弁してくれた。
「ユズは恥ずかしがりなんだよ」
それだけ言って、出ておいでとも言わずに作業に戻る。
その距離感が丁度良い。
やっぱり安心できる人だと、ユズは思った――比較的、ではあるけれど。
やがてそろそろと出て来たユズは、クラーケンの串焼きの隣にホタテとツブ、ウニを殻付きのまま置いて焼き始める。
火が通り始めると、煙と一緒に魚介の旨味が辺りに立ち込めた。
「お米の人としては、海産物には醤油一択だよねえ」
醤油の瓶を手にした江流が、それを遠巻きに眺めてウズウズしている。
「海産物の旨味と焦げた醤油の香ばしさ……もう想像だけで白いご飯が何杯もいける」
「シャルガネ的にはやはり醤油か」
ノイアンが思案げに頷く。
「いや、別に塩とかソースとか……ケチャップでも何でも構わないよ?」
その呟きに、江流は「何でも好きなもので食べればいいと思うよ」と笑った。
「そういうものか……いや、折角だからシャルガネ料理のコツでも聞いておこうかと思ったんだが」
「コツねえ……味噌とか醤油とか使えば何でもシャルガネっぽくなるんじゃない?」
「そうれはそうかもしれないが、あるだろう、こう、地元ならではのアレンジとか」
具体的には和風のタレを作りたいのだが!
「ああ、それなら……」
と、江流は手元にある調味料を混ぜ始めた。
出汁醤油に酢醤油、生姜醤油、ワサビ醤油、砂糖醤油、etc.
胡麻味噌、酢味噌、辛子酢味噌に田楽味噌……
「何も混ぜなくても充分美味しいけどね」
寧ろそのままが良い。
焼きおにぎりに塗って食べれば間違いない。
ということで、作ってきたおにぎりを片っ端から網に並べる。
「魚介類にはバター醤油も良いよね」
その独り言はユズにも聞こえたようだ。
焼けた魚介の上にバターを乗せ、上から醤油をじゅわぁーーーーー。
あー、もーたまらん。
「よし、食材も大体焼き上がったな」
シルヴィアが布で濾した特製のフルーツジュースを配り終えると、ノイアンはそのカップを手に乾杯の音頭をとる。
「お疲れ様。皆大活躍だったな」
彼等のチームは吸血鬼姉妹の片割れを見事撃破した。
「こうして全員無事に帰還できたこと……そして勝利を祝おう」
残念ながら、この場には来られなかった仲間も――いや、ちゃんと来ているかと、ノイアンはユズの傍らにそっと置かれたカカオ豆を見た。
「乾杯!」
声と共に、全員のカップが高く掲げられる。
そして隣同士、或いは正面、遠くの相手には腕を伸ばし、場所を変え、互いのカップを軽く触れ合わせた。
「また仲間と共に杯を交わすなんて、できすぎた幸運だよ」
ノイアンは皆のはしゃぐ様子を見つめて、しみじみと呟く。
ハチミツ入りのフルーツジュースは、とろけるほどに甘かった。
そこから先は、皆が自由に飲んだり食べたり、追加で肉を焼いたり野菜を焼いたり魚介を焼いたり世話を焼いたり――
「いや世話はいいだろ」
ノイアンに言われても、江流は焼きおにぎりを布教したかった。
(こういう機会に顔覚えて貰っておこうね、人脈は宝だからね)
なんて下心はあるにしても、悪い事ではないのだから遠慮の必要もあるまい。
江流は醤油と味噌の焼きおにぎりを両手に持って、いそいそとギーゼラに近付く。
特に声をかけなくても、焼きたてのおにぎりから立ち昇る香ばしい香りが充分にギーゼラの気を引いてくれた。
くんくん、くんくん……
暑さで再びしんなり萎びかけていたギーゼラが鼻を鳴らす。
目の前に差し出されたそれにかぶりつく様子は、まるでじっと獲物を待ち伏せていたウツボの如く。
「なにこれおいしい!」
思わず口調が変わった。
あっという間にふたつとも平らげ、おかわりを期待しつつ気を落ち着かせたギーゼラは、元の口調に戻って深々と頷いた。
「おにぎりを焼くと言う発想はありませんでした。美味しいです」
わざわざこの暑い中で焚き火めいた事をするなんて、正気の沙汰ではないと思っていたけれど。
「焼いてすぐ食べるのがこんなに美味しいならBBQも悪くないですねぇ」
待ってもおかわりが来ないので、自らコンロに近付いた。
そこから放たれる熱に怯みつつも、食欲には勝てない。
ひょいぱく、ひょいぱく。
指や口を火傷しそうになりながら、ギーゼラは戦い続ける――この敵を駆逐するまで。
餌付けの成果に満足した江流は、次なる標的に向かった。
「ガルシアさんはお肉が好きだから、こんなのはどうかな?」
焼きおにぎりに、薄切り肉を巻いてみました!
「美味しいです、とても」
でもお肉が厚い方がもっと美味しい気がすると、ガルシアはおにぎりを分厚いステーキ肉でサンドしてみた。
普通逆じゃないかって? それじゃ手が汚れるだろうって?
気にしない気にしない。
(江流の作ってくれたおにぎりはどことなく特別な味がする……ような、そんな気がします)
何が特別なのか、その正体を探るためという大義名分のもと、ガルシアはギーゼラと競うように焼きおにぎりをお腹に詰め込んで行く。
他の皆は特に薦められなくても、網に乗った食材を満遍なく口にしていた。大人だ。
「やはり炭火で焼いたおにぎりは格別だな」
向こうではノイアンが、シルヴィアに炭火焼きの良さを滔々と説いている。
その姿を見て、江流は思った。
(そういえばシルヴィとノイアンの距離が最近近いね)
ちょっと突付いてみようかと、悪戯心と好奇心にお節介と親切心が入り交じる自称おっさん。
その企みを見抜いたかのように、サイラスが何気ないふりをして、輪切りにした超弩級肉巻きを二人に差し出す。
それが媚薬入りバージョンである事は、もちろん内緒だ。
「ありがとう、美味しそうだね」
カロリーは特に気にしないらしく、シルヴィアは何の疑いもなくかぶりつく。
ノイアンも、まだ脂に負ける歳ではないとばかりにぺろりと平らげ――
「あれ、変だな……」
手にしたジュースに疑いの目を向ける。
「これ普通のジュースだよな?」
「私のはフルーツカクテルだけどね」
シルヴィアは無意識にノイアンの手からカップを取り、一口飲んだ。
「うん、ただのジュースだよ」
それが間接キスである所に、二人とも気付いていない。
「でも、何だろう……クラクラする」
そう言ってシルヴィアを見たノイアンの目が、何だか妙に熱を帯びていた。
「少し休んだ方が良いね」
シルヴィアが肩を貸し、ノイアンを岩陰へと誘う。
これは昼間から夜の展開になるかと思いきや――
どさり、砂にめり込むように倒れ込んだノイアンは、そのまま安らかな寝息を立て始めた。
どうやら薬が効き過ぎたようだ。
一方のシルヴィアは、全く平気な顔で戻って来る。
こちらは酒や薬に強いらしく、何の影響も受けていなかった。
(ま、そう簡単に出来上がっても面白くないしねぇ)
サイラスは喉に葡萄酒を流し込みながら思う。
恋愛など適当に茶々を入れて観劇感覚で楽しむだけだ。
(他人なんて、ねぇ?)
くっつきそうでくっつかない、このじれったさを楽しめるのは今だけだし?
何にしても、葡萄酒で流せば赦されよ赦されよして赦される筈。
別に赦されなくても構わないけれど。
シルヴィアが輪に戻ると、ルベアが決戦での武勇伝を披露している所だった。
そこから話は近況や、受けた依頼の思い出になり――
シルヴィアは、まだ焼かれていないタコやクラーケンの腕を見て、何か思い付いたようだ。
「前に食べたタコ焼きは美味しかったな……ここでも出来ないかな」
「そんな事もあろうかと作っておいた」
サイラス謹製タコ焼き鉄板、どうぞご自由にお使いください。
「さすが気が利くね」
シルヴィアは手早く準備を始める。
それを見てルベアが何やら微妙な顔になるが、誰も突っ込んでくれないので秒で忘れた。
って言うか泣き出した。
「あれぇ、るべあさまろーしたんれすかぁ?」
ガルシアが呂律の回らない声で尋ねる。
最近二十歳になったばかりの彼女は、これが初めての飲酒経験。
シルヴィアがそれも考慮して、軽めのフルーツカクテルを選んでくれたのだが……ほろ酔い気分を楽しむ間もなく、こてんと寝てしまった。よわよわだ。
なおルベアは酒に弱くはないが強くもなく、酔ってしまうと泣き上戸になるらしい。
しくしく泣き続けるルベアを「よしよし」しながら、江流は酔い潰れたガルシアを膝枕。
両手に花とか、そんな事じゃないよ、介護してるだけだよ。
岩陰に放置されたノイアンとの格差とか気にしてはいけない。
「あれ……どうしようか。まだタコ焼きも出来てないし、デザートのチョコレートフォンデュもまだなのに」
あとスイカ割りもやってない。
「そのうち酔いがさめれば起きてくるよ」
少し困った様子のシルヴィアに、江流が笑いかける。
「二次会だね」
その時の為に準備だけは進めておこうと、シルヴィアが笑い返した。
そんな中、ユズは隅っこでちょこちょこと色々なものを少しずつ摘みながら、楽しい空気を味わっていた。
好き嫌いは特にないが、多くは食べられない。
だから何でも半分こして、カカオ豆の前に置かれた皿に取り分けてあげた。
「こういうの、陰膳て、言う」
大事な友達が、今日も元気でありますように。
そうして、彼等の祝勝会は食材のある限り続くのだった。
なお、それは三日かけても食べ切れなかったとか――
肉は野生の獣を狩り、野菜や穀物はタネから育て、燃料となる炭もまた木を切り倒して焼く所から――
(いや別に普通に買えば良くない?)
サイラスは思ったが、口には出さなかった。
野宿の共としての「現地調達の食材を焼くだけ煮るだけ簡単調理」がレジャーになったのは、最近の事であるらしい。
ならば変容の過程で様々なネタや誤解や勘違いが生まれるのは不可抗力、何なら間違ったまま固定された方が楽しいまである。
集まった面子はいずれも腕に覚えのある冒険者、肉や魚の調達に不安はない。
野菜や穀物も、既にタネから育てている農家がいるから問題ない。
ならば自分が走るのはネタか。
いやその前に……と、サイラスは自宅地下の工房へ降りて行く。
「とりま金物は必要だよね?」
鉄板と金網、それにコンロでも作っておこうか。
(なるほど、BBQとは強者の料理なのですね)
ガルシアは理解した。
ならば肉の調達は、日頃から狩りで獲物を捕らえて喰らうワイルドライフを実践している己の他に適任がいるだろうか。
(場所はリブラネスタでしたね、それでしたら……)
狩った獲物を運ぶ手間と距離を考え、狩場を近くの森に定めた。
この時期に獲れる獲物はイノシシやシカ、それにウサギあたりと見当を付け、まずはウサギ用の罠を仕掛ける。
狩猟用の弓とナイフを手に森を進むと、行く手の藪がガサガサと音を立てた。
(イノシシでしょうか)
体当たりを警戒し、手近な木の枝に飛び乗る。
現れたのは、大きなクマだった。
(要するに、ただのアウトドア料理よね)
大きな壺を抱えたルベア・ベルニは、白い波濤が岩を打ち付ける海岸に立つ。
タコが食べたかったのに、市場には影も形もなかった。
だが、なかったら狩ればいい。
海底の岩陰に壺を沈め、目当ての獲物が潜り込むのを待つ間に磯でアワビやサザエを獲り、海藻をむしり、釣った魚を適当にシメて。
「ま、こんなもんでしょ」
大漁に気を良くしたルベアは、重たい網を担いで意気揚々と引き上げ――
「あれ? 何か忘れてるような……?」
トマトにナス、ピーマン、トウモロコシ、オクラ、ズッキーニ、さやいんげん、それにカボチャ。
カゴの中は夏野菜でいっぱいだ。
キャベツやレタスなどの葉物野菜もある。
「ノイアン、これも貰って良いかな」
スイカ畑から聞こえた声に、エル=バ=ノイアンは腰に手を当てて伸ばしながらそちらを見た。
まだ腰痛に悩む歳ではないが、収穫作業は若くても腰に来る。
シルヴィア・A・カペルが手伝いを申し出てくれたのは素直に有り難かった。
「ああ、ちょうど今が食べ頃だ、ひとり一個でも構わないぞ」
「さすがにそれは食べ切れないよ」
柔らかな笑みを漏らしながら、シルヴィアは畑を覗き込む。
「どのあたりが良いかな」
「待ってろ、甘いやつを選んでやる」
「ありがとう」
収穫はノイアンに任せ、シルヴィアは少し下がってその作業を見守る。
「BBQ、海辺でやるんだよね。スイカ割りとか盛り上がりそうだ」
「そうだな」
大きなスイカが三個、カゴの仲間に加わった。
「あとは……モモとブドウ、それにナシも行けそうだな」
「すごい、君の畑は何でも出来るんだね」
「何でもはないが……まあ、色々と手は出してるな」
「イチゴは?」
「あるぞ、今は季節じゃないが」
「そうか」
ちょっと残念そうな顔を見せたシルヴィアに、イチゴが好きなのかとノイアンは思う。
が、それを口には出さず……ただ心で、来年は少し栽培面積を増やしてみようか、などと考えるのだった。
BBQ、それは東方の文化……ではない筈だが、海神・江流は何故かBBQに造詣が深かった。
だが仲間の勘違いを正したりはしない。
だって特に害はないし、その方が面白そうだし。
「肉や魚や野菜はもう用意があるみたいだし、ここはシャルガネ人らしく米を提供しようか」
と言っても野外調理で米を炊くのは難しい。
出来ない事はないが、火加減や時間の調整が普段の調理とは違ってくるため、満足の行く出来になるとも限らない。
「シャルガネ人の誇りにかけて、ここだけは妥協を許さないよ」
まあ実際はわりと妥協の連続だったりもするけれど、そこはそれ。
「うん、おにぎりがいいな。適当にぱくつきやすいだろうし」
米を炊き、合わせた茶碗の中で転がして丸める。
「野郎の手握りはちょっと……とは言わせんよ?」
誰にともなく呟きながら、江流はまん丸おにぎりを作り続けた。
ユズのマジカルポケットには、以前の依頼で手に入れたナマモノが入れっ放しになっていた。
放置していたわけではない。
「みんなで、食べたいなって、思って」
この不思議空間に入れておけば、謎の法則によって食品の鮮度が落ちる事はないのだ。
「お店で売られるの、多分ないし」
他にもホタテやツブ、ウニ、それに氷が詰め込まれている。
「暑さで、溶けそうな人……いるから」
今はもう涼しいから必要ないか、とも考えたけれど、念の為――
その気配りが、後にギーゼラを救う事となる。
BBQは河原か海辺で行うものという謎ルールのもと、会場はここ、リブラネスタ郊外の砂浜と決められた。
辺りに秋の気配が漂い始めても、晴れた日の海辺は水面や砂の照り返しによってかなりの高温になる。
暑さが苦手なギーゼラならずとも、焼けた鉄鍋に放り込まれた気分になるだろう。
「くそだるい」
そんな呟きを漏らす事さえ、くそだるい。
溶ける、って言うかもう溶けて液体になってる、そのうち蒸発して消えるんだ。
その頭上から、ザラザラバラバラと降って来る突然の雹――ではない。
「ギーゼラさん、だいじょぶ?」
ユズが氷をぶちまけていた。
「だいじょばない……けど生き返りましたぁ!!」
ギーゼラは固体に戻った。
「あぁユズさん! 素晴らしいですねぇ!!」
ありがとう救いの神よ、海鮮と一緒に入っていた氷なので多少生臭……いえ、暑さを凌げるなら何でも構いませんとも!!
「フフフフフ、氷に埋もれながら食べるご飯は最高に美味しくなりそうです!」
って言ってるそばから氷がどんどん溶け出してるんですけど!
これ一旦救っておいてまた地獄に突き落とす系の罰ゲームか何かですか!?
「あ、だいじょぶ……みんなで、日陰、作ってる」
ユズに言われて顔を上げると、いつの間にか揃っていたメンバーが総出で準備を始めていた。
ノイアンとシルヴィアが厚手の布を張って屋根を作り、その下にサイラスがコンロと調理台、それに細長いテーブルをセットして――椅子を持ち込む余裕はなかったので、これにて設営完了。
BBQだもの、立食でいいよね。
「あ、下に入るとけっこう涼しいですね」
これなら溶けずに済みそう……と思ったら今度は炭火が熱いんですけど!
「それだけ近付けば、そりゃ熱いよね。ギーゼラちゃんの丸焼きって美味しいのかな?」
「美味しくないですぅ!」
火起こし担当の江流が団扇でパタパタ扇ぐと、ギーゼラはその風に押されるようにフラフラと火から離れて行った。
「そうそう、それくらい離れれば大丈夫」
食べ専の人は焼き上がるまで大人しく見ててねー。
「さあ、網奉行は誰だ?」
仲間も揃い、サイラス謹製の焼き網も良い具合に熱くなってきた所で、江流はこれまたサイラス謹製のトングをカチカチ鳴らしながら皆の顔を見る。
「あみぶぎょー……とは、何ですか?」
「BBQの仕切り役、みたいなものかな」
首を傾げたガルシアに、江流が答える。
「皆で好き勝手に焼いていくと、焼きすぎて焦げたり生焼けだったり、色々カオスになるからね。統率する人が必要なんだ」
統率、つまりリーダー。
じっ。
全員の視線が一点に集まった。
「……俺?」
視線の集中砲火を浴びて、ノイアンが目を丸くする。
「いや、俺より江流の方が詳しいだろ」
「こういうのは知識よりもノリの問題だよ」
はい、と江流がトングを手渡し――いや、押し付けたと言った方が正しいか。
「……とにかく、焼けば良いんだな?」
諦めたノイアンは、予め下拵えを済ませておいた野菜達を網の上に並べ始めた。
野菜ファーストとは、さすが農家。
「お肉もありますよ」
肉好きガルシアが背後を指差す。
そこには荷車に乗せられた黒くて大きな塊が!
「……クマ?」
江流が微妙に遠い目で呟いた。
「どうしたの、あれ……って言うか丸ごと?」
「大丈夫です、血抜きはしてありますから。今から解体しますね」
「ここで!?」
「はい、慣れていますから」
そういう問題、なのだろうか。
「でもよく仕留めたね、こんな大きなクマ……」
「それがですね」
肉切り包丁を振り回しながら、ガルシアは熱弁をふるう。
「最初はイノシシやシカを狙っていたのです。ですが木の上に身を潜めていますと、このクマがいきなり体当たりをしてきまして……」
クマが木を揺らすと、ドングリがバラバラと落ちた。
蜂の巣も落ちて来た。
「振り落とされまいと枝にしがみついた私は、隙を見てドングリを貪るクマの頭上から襲いかかり――あ、ついでにハチミツも採れました」
ガルシアはそれをシルヴィアに差し出す。
「うん、ありがとう。ジュースに使わせてもらうよ」
でもクマ肉の確保にはまだ少しかかりそうだから、買っておいた肉を先に焼いておくね。
薄切り肉が網の上でジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが食欲をそそる。
その隣に――ドンッ!
巨大な肉の塊が乗せられた。
「サイラス、それは……?」
「ん? ベーコンエクスプロージョンだが?」
解説しよう、ベーコンエクスプロージョンとは大量の肉やベーコン、ソーセージなど脂たっぷりの食材を、大量のベーコンで巻いたカロリーモンスターである。
「BBQにはこれが定番って聞いた」
それを作るのに、特別な料理の才能は必要ない。
ベーコン敷いて、乗せて巻いて、焼くだけだ。
「まあそれだけだとなんか芸がないし?」
ちょっと工夫してみるかねって事で、アレンジバージョンも作ってみましたドン。
油で死ねそうだからソーセージをハラペーニョ系にして、肉もジビエにしてみようか。
そうそう、あとスッポンとか。
チーズも入れたいし、トリュフも少々混入した方が良さげ?
そんな感じで全部精力とか媚薬関連のアレでナニしてみましたが、レシピは秘密です。
面白そうなのでやった、後悔はしていない。
結果は食べてのお楽しみ。
「私も市場でお肉を仕入れて来たわ。あと海産物も獲って来たわよ」
ルベアが広げた袋の中には、牛豚鶏の肉の他、アワビやサザエ、種類不明の海藻類の他に、イシダイやアジなどの魚が入っていた。
それにもちろん、大きなタコも。
「下拵えもしてあるから、あとは焼くだけよ」
冒険者になる前は一人で生き延びてきた時間がそこそこ長いため、料理などの生活に必要な技能は一通り習得している。
ただしその生活はワイルドかつアウトドアなものだった。
故に料理に関しては「お腹を壊さなければOK」という価値基準のもと、火だけはしっかり通すが、それ以外はカットも味付けも大雑把、見た目も気にしないという、非常に漢らしいものとなったのである。
つまり肉も魚もブツ切り一択、鱗を取って三枚下ろしにするという発想もない。
「手癖でこうなっちゃうのよね、どうしても……」
でも大丈夫、しっかり火を通せば食べられないものなんてないから――毒は別だけど。
中まで火が通る頃には表面が黒焦げだけど気にしない、焦げたの食べても私は元気です。
「だから大丈夫、皆どんどん食べてね」
タコは刺身でもいいし、串焼きにするのもいい。
「……これ、クラーケンの、腕」
ユズがそ〜っと差し出したそれは、見た目はタコに似ている。
ただしデカい。超デカい。
大きいから大味かと思えば、ユズの感想によれば「味は、イカっぽい。大丈夫、美味しい」らしい。
それをシルヴィアに頼んで一口大に切ってもらい、串に挿して網に乗せた。
「だいぶ品が増えたな。賑やかでいい」
ノイアンがそう声をかけると、ユズはぴゃっとテーブルの下に隠れてしまった。
ここにいる皆は知らない顔ではない――それどころか、ヴィント奪還作戦で一緒に戦った仲間だった。
けれど、一番頼りにしていた友達が都合で来られなくなってしまったため、ユズの不安は指先でつついただけでも破裂しそうなまでに膨れ上がっていた。
お守りになるかと思ってチョコ友の代わりにカカオ豆を持って来たけれど、それをぎゅっと握り締めても不安は消えない。
隠れ場所からそっと顔を出すと、ノイアンはちょっぴり寂しそうな顔をしていた。
「いや、うん、大丈夫」
怖がられるのは慣れていると、ノイアンは苦笑い。
(違う、の。怖いわけじゃ、なくて)
ただ超が付くほどの恥ずかしがり屋で人見知りなだけ――と、言いたいけれど言えない。
テーブルの下から顔を出す事さえままならない。
けれど、ユズのそんな思いを調理台でフルーツジュースを作っていたシルヴィアが代弁してくれた。
「ユズは恥ずかしがりなんだよ」
それだけ言って、出ておいでとも言わずに作業に戻る。
その距離感が丁度良い。
やっぱり安心できる人だと、ユズは思った――比較的、ではあるけれど。
やがてそろそろと出て来たユズは、クラーケンの串焼きの隣にホタテとツブ、ウニを殻付きのまま置いて焼き始める。
火が通り始めると、煙と一緒に魚介の旨味が辺りに立ち込めた。
「お米の人としては、海産物には醤油一択だよねえ」
醤油の瓶を手にした江流が、それを遠巻きに眺めてウズウズしている。
「海産物の旨味と焦げた醤油の香ばしさ……もう想像だけで白いご飯が何杯もいける」
「シャルガネ的にはやはり醤油か」
ノイアンが思案げに頷く。
「いや、別に塩とかソースとか……ケチャップでも何でも構わないよ?」
その呟きに、江流は「何でも好きなもので食べればいいと思うよ」と笑った。
「そういうものか……いや、折角だからシャルガネ料理のコツでも聞いておこうかと思ったんだが」
「コツねえ……味噌とか醤油とか使えば何でもシャルガネっぽくなるんじゃない?」
「そうれはそうかもしれないが、あるだろう、こう、地元ならではのアレンジとか」
具体的には和風のタレを作りたいのだが!
「ああ、それなら……」
と、江流は手元にある調味料を混ぜ始めた。
出汁醤油に酢醤油、生姜醤油、ワサビ醤油、砂糖醤油、etc.
胡麻味噌、酢味噌、辛子酢味噌に田楽味噌……
「何も混ぜなくても充分美味しいけどね」
寧ろそのままが良い。
焼きおにぎりに塗って食べれば間違いない。
ということで、作ってきたおにぎりを片っ端から網に並べる。
「魚介類にはバター醤油も良いよね」
その独り言はユズにも聞こえたようだ。
焼けた魚介の上にバターを乗せ、上から醤油をじゅわぁーーーーー。
あー、もーたまらん。
「よし、食材も大体焼き上がったな」
シルヴィアが布で濾した特製のフルーツジュースを配り終えると、ノイアンはそのカップを手に乾杯の音頭をとる。
「お疲れ様。皆大活躍だったな」
彼等のチームは吸血鬼姉妹の片割れを見事撃破した。
「こうして全員無事に帰還できたこと……そして勝利を祝おう」
残念ながら、この場には来られなかった仲間も――いや、ちゃんと来ているかと、ノイアンはユズの傍らにそっと置かれたカカオ豆を見た。
「乾杯!」
声と共に、全員のカップが高く掲げられる。
そして隣同士、或いは正面、遠くの相手には腕を伸ばし、場所を変え、互いのカップを軽く触れ合わせた。
「また仲間と共に杯を交わすなんて、できすぎた幸運だよ」
ノイアンは皆のはしゃぐ様子を見つめて、しみじみと呟く。
ハチミツ入りのフルーツジュースは、とろけるほどに甘かった。
そこから先は、皆が自由に飲んだり食べたり、追加で肉を焼いたり野菜を焼いたり魚介を焼いたり世話を焼いたり――
「いや世話はいいだろ」
ノイアンに言われても、江流は焼きおにぎりを布教したかった。
(こういう機会に顔覚えて貰っておこうね、人脈は宝だからね)
なんて下心はあるにしても、悪い事ではないのだから遠慮の必要もあるまい。
江流は醤油と味噌の焼きおにぎりを両手に持って、いそいそとギーゼラに近付く。
特に声をかけなくても、焼きたてのおにぎりから立ち昇る香ばしい香りが充分にギーゼラの気を引いてくれた。
くんくん、くんくん……
暑さで再びしんなり萎びかけていたギーゼラが鼻を鳴らす。
目の前に差し出されたそれにかぶりつく様子は、まるでじっと獲物を待ち伏せていたウツボの如く。
「なにこれおいしい!」
思わず口調が変わった。
あっという間にふたつとも平らげ、おかわりを期待しつつ気を落ち着かせたギーゼラは、元の口調に戻って深々と頷いた。
「おにぎりを焼くと言う発想はありませんでした。美味しいです」
わざわざこの暑い中で焚き火めいた事をするなんて、正気の沙汰ではないと思っていたけれど。
「焼いてすぐ食べるのがこんなに美味しいならBBQも悪くないですねぇ」
待ってもおかわりが来ないので、自らコンロに近付いた。
そこから放たれる熱に怯みつつも、食欲には勝てない。
ひょいぱく、ひょいぱく。
指や口を火傷しそうになりながら、ギーゼラは戦い続ける――この敵を駆逐するまで。
餌付けの成果に満足した江流は、次なる標的に向かった。
「ガルシアさんはお肉が好きだから、こんなのはどうかな?」
焼きおにぎりに、薄切り肉を巻いてみました!
「美味しいです、とても」
でもお肉が厚い方がもっと美味しい気がすると、ガルシアはおにぎりを分厚いステーキ肉でサンドしてみた。
普通逆じゃないかって? それじゃ手が汚れるだろうって?
気にしない気にしない。
(江流の作ってくれたおにぎりはどことなく特別な味がする……ような、そんな気がします)
何が特別なのか、その正体を探るためという大義名分のもと、ガルシアはギーゼラと競うように焼きおにぎりをお腹に詰め込んで行く。
他の皆は特に薦められなくても、網に乗った食材を満遍なく口にしていた。大人だ。
「やはり炭火で焼いたおにぎりは格別だな」
向こうではノイアンが、シルヴィアに炭火焼きの良さを滔々と説いている。
その姿を見て、江流は思った。
(そういえばシルヴィとノイアンの距離が最近近いね)
ちょっと突付いてみようかと、悪戯心と好奇心にお節介と親切心が入り交じる自称おっさん。
その企みを見抜いたかのように、サイラスが何気ないふりをして、輪切りにした超弩級肉巻きを二人に差し出す。
それが媚薬入りバージョンである事は、もちろん内緒だ。
「ありがとう、美味しそうだね」
カロリーは特に気にしないらしく、シルヴィアは何の疑いもなくかぶりつく。
ノイアンも、まだ脂に負ける歳ではないとばかりにぺろりと平らげ――
「あれ、変だな……」
手にしたジュースに疑いの目を向ける。
「これ普通のジュースだよな?」
「私のはフルーツカクテルだけどね」
シルヴィアは無意識にノイアンの手からカップを取り、一口飲んだ。
「うん、ただのジュースだよ」
それが間接キスである所に、二人とも気付いていない。
「でも、何だろう……クラクラする」
そう言ってシルヴィアを見たノイアンの目が、何だか妙に熱を帯びていた。
「少し休んだ方が良いね」
シルヴィアが肩を貸し、ノイアンを岩陰へと誘う。
これは昼間から夜の展開になるかと思いきや――
どさり、砂にめり込むように倒れ込んだノイアンは、そのまま安らかな寝息を立て始めた。
どうやら薬が効き過ぎたようだ。
一方のシルヴィアは、全く平気な顔で戻って来る。
こちらは酒や薬に強いらしく、何の影響も受けていなかった。
(ま、そう簡単に出来上がっても面白くないしねぇ)
サイラスは喉に葡萄酒を流し込みながら思う。
恋愛など適当に茶々を入れて観劇感覚で楽しむだけだ。
(他人なんて、ねぇ?)
くっつきそうでくっつかない、このじれったさを楽しめるのは今だけだし?
何にしても、葡萄酒で流せば赦されよ赦されよして赦される筈。
別に赦されなくても構わないけれど。
シルヴィアが輪に戻ると、ルベアが決戦での武勇伝を披露している所だった。
そこから話は近況や、受けた依頼の思い出になり――
シルヴィアは、まだ焼かれていないタコやクラーケンの腕を見て、何か思い付いたようだ。
「前に食べたタコ焼きは美味しかったな……ここでも出来ないかな」
「そんな事もあろうかと作っておいた」
サイラス謹製タコ焼き鉄板、どうぞご自由にお使いください。
「さすが気が利くね」
シルヴィアは手早く準備を始める。
それを見てルベアが何やら微妙な顔になるが、誰も突っ込んでくれないので秒で忘れた。
って言うか泣き出した。
「あれぇ、るべあさまろーしたんれすかぁ?」
ガルシアが呂律の回らない声で尋ねる。
最近二十歳になったばかりの彼女は、これが初めての飲酒経験。
シルヴィアがそれも考慮して、軽めのフルーツカクテルを選んでくれたのだが……ほろ酔い気分を楽しむ間もなく、こてんと寝てしまった。よわよわだ。
なおルベアは酒に弱くはないが強くもなく、酔ってしまうと泣き上戸になるらしい。
しくしく泣き続けるルベアを「よしよし」しながら、江流は酔い潰れたガルシアを膝枕。
両手に花とか、そんな事じゃないよ、介護してるだけだよ。
岩陰に放置されたノイアンとの格差とか気にしてはいけない。
「あれ……どうしようか。まだタコ焼きも出来てないし、デザートのチョコレートフォンデュもまだなのに」
あとスイカ割りもやってない。
「そのうち酔いがさめれば起きてくるよ」
少し困った様子のシルヴィアに、江流が笑いかける。
「二次会だね」
その時の為に準備だけは進めておこうと、シルヴィアが笑い返した。
そんな中、ユズは隅っこでちょこちょこと色々なものを少しずつ摘みながら、楽しい空気を味わっていた。
好き嫌いは特にないが、多くは食べられない。
だから何でも半分こして、カカオ豆の前に置かれた皿に取り分けてあげた。
「こういうの、陰膳て、言う」
大事な友達が、今日も元気でありますように。
そうして、彼等の祝勝会は食材のある限り続くのだった。
なお、それは三日かけても食べ切れなかったとか――