骨兜と黒鬼のスイミング・レッスン
キャラクターノベル(グループ)制作 紀藤トキ納品 2021年07月18日 11時21分34秒
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実はヨル・スレイマンが泳げないという話が出たのは偶然だった。いや、シルバードの冒険者ギルドに寄った時だから偶然ではない。季節柄か海や川の依頼が多く出ていたし、ドワーフ肝入りの戦闘に使える水着が売り出されているとも聞いた。故にそれが話題に出るのは必定、嘘を吐く気のないヨルが自白するのも必然。
「やっぱり、泳げないと困るかな?」
頼りなげに肩を落としたヨルに、教えてやろうかとナハシュが申し出たのも、気まぐれではあれど偶然ではないだろう。
「でも、どこで教えてくれるんだ?」
「ん。どこがいいかな。まあ任せとけ」
人が居る所だとうるさいが、今の季節は良い海も川も人が居そうだ。そうヨルは考えたが、ゴールディに流れ着いて十数年のナハシュにはあてがあった。ちなみに、ナハシュの知識が大活躍しないケースもほどほどにあるのだが、居候のヨルは空振りもまたよしとばかりに粛々とついていく。シルバードを出て街道を行き、ほどほどに離れた所で道を逸れた。
「森に入るんだ」
「あっちの方に良い湖があるんだけど、浜が無いから水遊びには向かねえんだ」
ゴールディが観光立国を目指すなら嬉しくないロケーションかもしれないが、今回の2人にとってはうってつけの場所である。
「そういえば君はなんで泳げるの? やっぱそこで練習した?」
「いや? 俺はガキの頃には泳げるようになってたからな。この街に来るずっと前だぜ」
「へぇ。そんな昔に泳げるようになったのはなんで?」
「そりゃ、魚を獲る為だ。腹減った時に、橋の下に何か食える奴が見えてたからさ。しくじったら溺れ死ぬかもしれないけど、飯にありつけるなら、そりゃ行くだろ」
なかなか壮絶な理由でのチャレンジだった。ナハシュと似たような境遇のゴブリンがいつの間にか居なくなっていた事もあったから、多分溺れて死ぬ者もいたのだろう。
「コツを掴んでからは、旅の間のメシはだいぶ楽になったぜ?」
「なるほど。俺も釣り竿があれば魚獲りは何とかなるかもしれないけど……。水に飛び込むのはちょっと」
ヨルにしてみれば、水は鬼門だ。そもそも鍛え上げられた剣闘士の肉体は筋肉量が多すぎる。ふわふわ柔らかなお姉さんなら水に浮きそうな気もするが、自分の腕や足を見てみれば、どうにも骨兜の下の眉毛が下がった。
「そもそも人体は水に浮くのか……?」
「浮くだろ。死んだら浮かぶんだし」
ナハシュがしれっと怖い事を言う。ヨルも学がある訳ではないので、腐ってガスがどうとか難しい事は考えない。それもそうかと納得してしまった。つまり、人体は浮くのだ。しかし自分は沈む。ということは自分は人体ではない……?
「ついたぞー。ま、その前に昼飯だがな」
「はっ、いつの間に! おお。綺麗な所だね」
お昼ご飯は、街でついでに買ってきた軽食だ。ちょうど座るのによい石に腰かけて水面を眺めれば、ばしゃんと魚が跳ねるのが見えた。
「お。夕飯はアレだな」
「獲れそうなのか。凄いね」
当たり前のように言うナハシュを、ヨルは感嘆の目で眺めている。見事に普段と生活能力が逆転していた。食事を食べ終えたら、ようやく練習の始まりだ。
「いや、その前に着替えだね」
ごそごそ脱いで、サーフパンツとラッシュガードに着替えれば準備万端。それをナハシュはボーっと見守っている。
「着替えないの?」
「なんで?」
泳ぐのにわざわざ専門の服が必要だという事が分からない、と疑問顔のナハシュに、後日水着を買いに行かねばとヨルは決意した。着衣のまま泳げるにしても、身動きがとりやすくはないだろう。ちょうど良い礼になるとも思った。
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夏だというのに、森の湖の水は肌に冷たい。ゆっくり慣らしながら入っていると、ナハシュが水袋に空気を入れて膨らませていた。口を厳重に縛ってから水の上に放る。
「最初は何か支えがあった方がいいだろ」
「ああ、それは助かる」
足がつくところでも、横になるのはヨルにはまだ怖い。いや、怖れはないがきっと沈むと確信していた。死体は浮くのに自分が沈むのは、何か理由があるのだろうか。罪なき魂は天へ向かうというから、重ねた罪が枷にでもなっているのか。段々思考が悲観的になっていくと、ヨル自身も自覚しつつも止まらない。
「まだ何も始まってないのに変な顔してるな……。まずは水に慣れるところからな」
ナハシュがヨルの手を取った。仰向けに体の重さを預けつつ、おずおずと体を伸ばしていく。胴が沈み掛けるが、浮き袋に頼ってなんとか浮力を確保した。
「次、息を止めて水に沈んでみろ。別に怖くねえってわかるから」
「おお、意外とちゃんとした教え方だ」
「俺は誰かに教わった事がないからわからねえが、これであってんのかねえ」
ヨルの称賛の声に、ナハシュはへらりと笑いながら手を離した。浮袋が一瞬抵抗を見せたがすぐにずれてしまい、どぶん、と体が沈む。息は止めているので苦しくはないが、視界が青から紺へ、さらに暗くなる。沈んでいく。見上げれば、陽光が遠く光っていた。
(確かに、怖くはないなあ……)
30ほど数えた頃に、ナハシュが引っ張り上げた。だらりと脱力して身体を預けたヨルの様子に、なんでこれで浮かないのかと疑問に思うナハシュ。
「今くらい脱力してれば、浮くだろ。普通……」
「いや、こんなに力抜いてるのは支えてもらってるからだよ?」
「……ほい」
前置き無しに支えを外されたが、少し沈んだだけで止まった。もう一度手を引っ張って貰えば、さっきより早く水面へ戻る。胴や頭は水面下に没したが、腕や足は沈まなかったような気がした。
「人体、浮くのか」
「浮くんだぜ」
脱力。ひたすらに脱力。あと浮き袋を手放さない。コツさえつかめば、浮かぶのは簡単にできるようになった。空を見上げて、ぷかぷかと浮いているだけなのだが、ヨルは随分進歩した気がした。しかし、教える側のナハシュはまだ全く満足していない。
「次は泳ぎ方だな……」
「え? 今泳いでるよね」
「浮くのと泳ぐのは全然違うだろ。見てろ」
いつの間にか手にしていた枯れ枝を手に、ざぶんと水を蹴ったナハシュの動きを見ると、ヨルとはだいぶ違った。自分は浮かんでいるだけではある。そもそも両脇に抱えた浮き袋に頼らずに浮かべるようにならねば、浮いているとすら胸を張って言えないのではないか。
「……一つ、外してみるかね」
人体は水に浮く。そう念じながら浮袋を手放してみれば、少し沈んだだけでまだ鼻や口は水面の上に出ていた。不沈艦ヨル号の進水式である。いや、そう名乗るにはもう一つの浮袋を外さねばなるまいが、最後の支えを失うにはまだ勇気が足りない。ぷかぷか浮かび、緊張が取れてきた頃にもう一歩。ちょっと顎を突き出せば、呼吸は続く。
「おお、浮かべるようになったじゃねえか」
いつの間にか戻って岸にいたナハシュが手を叩いて賞賛した。獲ってきた魚を捌いたり色々処理していたらしい。きっと血の匂いがしたはずだが、不思議と気が付かなかった。今日は警戒心が迷子になっていたようである。そのまま沈まないように慎重に手で水をかくと、頭を岸へ向ける事が出来た。そのままゆっくり進めば上陸だ。
「泳げるようになったら、確かに移動の便は良くなるな」
「いや、それ泳げるって言わねえから」
まだ先は長いようだが、それでもいいか、と2人とも思っているようだった。
実はヨル・スレイマンが泳げないという話が出たのは偶然だった。いや、シルバードの冒険者ギルドに寄った時だから偶然ではない。季節柄か海や川の依頼が多く出ていたし、ドワーフ肝入りの戦闘に使える水着が売り出されているとも聞いた。故にそれが話題に出るのは必定、嘘を吐く気のないヨルが自白するのも必然。
「やっぱり、泳げないと困るかな?」
頼りなげに肩を落としたヨルに、教えてやろうかとナハシュが申し出たのも、気まぐれではあれど偶然ではないだろう。
「でも、どこで教えてくれるんだ?」
「ん。どこがいいかな。まあ任せとけ」
人が居る所だとうるさいが、今の季節は良い海も川も人が居そうだ。そうヨルは考えたが、ゴールディに流れ着いて十数年のナハシュにはあてがあった。ちなみに、ナハシュの知識が大活躍しないケースもほどほどにあるのだが、居候のヨルは空振りもまたよしとばかりに粛々とついていく。シルバードを出て街道を行き、ほどほどに離れた所で道を逸れた。
「森に入るんだ」
「あっちの方に良い湖があるんだけど、浜が無いから水遊びには向かねえんだ」
ゴールディが観光立国を目指すなら嬉しくないロケーションかもしれないが、今回の2人にとってはうってつけの場所である。
「そういえば君はなんで泳げるの? やっぱそこで練習した?」
「いや? 俺はガキの頃には泳げるようになってたからな。この街に来るずっと前だぜ」
「へぇ。そんな昔に泳げるようになったのはなんで?」
「そりゃ、魚を獲る為だ。腹減った時に、橋の下に何か食える奴が見えてたからさ。しくじったら溺れ死ぬかもしれないけど、飯にありつけるなら、そりゃ行くだろ」
なかなか壮絶な理由でのチャレンジだった。ナハシュと似たような境遇のゴブリンがいつの間にか居なくなっていた事もあったから、多分溺れて死ぬ者もいたのだろう。
「コツを掴んでからは、旅の間のメシはだいぶ楽になったぜ?」
「なるほど。俺も釣り竿があれば魚獲りは何とかなるかもしれないけど……。水に飛び込むのはちょっと」
ヨルにしてみれば、水は鬼門だ。そもそも鍛え上げられた剣闘士の肉体は筋肉量が多すぎる。ふわふわ柔らかなお姉さんなら水に浮きそうな気もするが、自分の腕や足を見てみれば、どうにも骨兜の下の眉毛が下がった。
「そもそも人体は水に浮くのか……?」
「浮くだろ。死んだら浮かぶんだし」
ナハシュがしれっと怖い事を言う。ヨルも学がある訳ではないので、腐ってガスがどうとか難しい事は考えない。それもそうかと納得してしまった。つまり、人体は浮くのだ。しかし自分は沈む。ということは自分は人体ではない……?
「ついたぞー。ま、その前に昼飯だがな」
「はっ、いつの間に! おお。綺麗な所だね」
お昼ご飯は、街でついでに買ってきた軽食だ。ちょうど座るのによい石に腰かけて水面を眺めれば、ばしゃんと魚が跳ねるのが見えた。
「お。夕飯はアレだな」
「獲れそうなのか。凄いね」
当たり前のように言うナハシュを、ヨルは感嘆の目で眺めている。見事に普段と生活能力が逆転していた。食事を食べ終えたら、ようやく練習の始まりだ。
「いや、その前に着替えだね」
ごそごそ脱いで、サーフパンツとラッシュガードに着替えれば準備万端。それをナハシュはボーっと見守っている。
「着替えないの?」
「なんで?」
泳ぐのにわざわざ専門の服が必要だという事が分からない、と疑問顔のナハシュに、後日水着を買いに行かねばとヨルは決意した。着衣のまま泳げるにしても、身動きがとりやすくはないだろう。ちょうど良い礼になるとも思った。
●
夏だというのに、森の湖の水は肌に冷たい。ゆっくり慣らしながら入っていると、ナハシュが水袋に空気を入れて膨らませていた。口を厳重に縛ってから水の上に放る。
「最初は何か支えがあった方がいいだろ」
「ああ、それは助かる」
足がつくところでも、横になるのはヨルにはまだ怖い。いや、怖れはないがきっと沈むと確信していた。死体は浮くのに自分が沈むのは、何か理由があるのだろうか。罪なき魂は天へ向かうというから、重ねた罪が枷にでもなっているのか。段々思考が悲観的になっていくと、ヨル自身も自覚しつつも止まらない。
「まだ何も始まってないのに変な顔してるな……。まずは水に慣れるところからな」
ナハシュがヨルの手を取った。仰向けに体の重さを預けつつ、おずおずと体を伸ばしていく。胴が沈み掛けるが、浮き袋に頼ってなんとか浮力を確保した。
「次、息を止めて水に沈んでみろ。別に怖くねえってわかるから」
「おお、意外とちゃんとした教え方だ」
「俺は誰かに教わった事がないからわからねえが、これであってんのかねえ」
ヨルの称賛の声に、ナハシュはへらりと笑いながら手を離した。浮袋が一瞬抵抗を見せたがすぐにずれてしまい、どぶん、と体が沈む。息は止めているので苦しくはないが、視界が青から紺へ、さらに暗くなる。沈んでいく。見上げれば、陽光が遠く光っていた。
(確かに、怖くはないなあ……)
30ほど数えた頃に、ナハシュが引っ張り上げた。だらりと脱力して身体を預けたヨルの様子に、なんでこれで浮かないのかと疑問に思うナハシュ。
「今くらい脱力してれば、浮くだろ。普通……」
「いや、こんなに力抜いてるのは支えてもらってるからだよ?」
「……ほい」
前置き無しに支えを外されたが、少し沈んだだけで止まった。もう一度手を引っ張って貰えば、さっきより早く水面へ戻る。胴や頭は水面下に没したが、腕や足は沈まなかったような気がした。
「人体、浮くのか」
「浮くんだぜ」
脱力。ひたすらに脱力。あと浮き袋を手放さない。コツさえつかめば、浮かぶのは簡単にできるようになった。空を見上げて、ぷかぷかと浮いているだけなのだが、ヨルは随分進歩した気がした。しかし、教える側のナハシュはまだ全く満足していない。
「次は泳ぎ方だな……」
「え? 今泳いでるよね」
「浮くのと泳ぐのは全然違うだろ。見てろ」
いつの間にか手にしていた枯れ枝を手に、ざぶんと水を蹴ったナハシュの動きを見ると、ヨルとはだいぶ違った。自分は浮かんでいるだけではある。そもそも両脇に抱えた浮き袋に頼らずに浮かべるようにならねば、浮いているとすら胸を張って言えないのではないか。
「……一つ、外してみるかね」
人体は水に浮く。そう念じながら浮袋を手放してみれば、少し沈んだだけでまだ鼻や口は水面の上に出ていた。不沈艦ヨル号の進水式である。いや、そう名乗るにはもう一つの浮袋を外さねばなるまいが、最後の支えを失うにはまだ勇気が足りない。ぷかぷか浮かび、緊張が取れてきた頃にもう一歩。ちょっと顎を突き出せば、呼吸は続く。
「おお、浮かべるようになったじゃねえか」
いつの間にか戻って岸にいたナハシュが手を叩いて賞賛した。獲ってきた魚を捌いたり色々処理していたらしい。きっと血の匂いがしたはずだが、不思議と気が付かなかった。今日は警戒心が迷子になっていたようである。そのまま沈まないように慎重に手で水をかくと、頭を岸へ向ける事が出来た。そのままゆっくり進めば上陸だ。
「泳げるようになったら、確かに移動の便は良くなるな」
「いや、それ泳げるって言わねえから」
まだ先は長いようだが、それでもいいか、と2人とも思っているようだった。