おかえりの代わりに

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年06月28日 12時00分00秒

 雨期のゴールディは常に蒸し暑く湿度が高い。
 穏やかい過ごすには適さない気候の中、路地裏の質屋『トカゲのしっぽ』では――。

「はぁ、やっぱり落ち着くね。ここは」
 空になったジョッキを机に戻すと、ヨル・スレイマンは酒臭い息を吐いた。
「ったく、結局戻ってきやがって。あの時の俺の真心を返しやがれ」
 机の向かいでジョッキを煽るのは、この店の主ナハシュだった。
「まぁまぁ、それは言いっこなしだろ? 俺と君の仲じゃないか」
「何だよ、俺と君の仲って」
 言いつつナハシュは空いたヨルのジョッキに新しい果実酒を注ぐ。
 この酒はヨルが土産だと持ち込んだ物。ヨル好みの甘く薫り高い酒だ。
 ナハシュは「こんなジュース持ってきやがって」と悪態をついていたが、一口飲んで考えを改めたらしい。
「ちゃんと家賃と労働力は提供するんだから、かまわないだろ?」
 そんなナハシュに向けジョッキを持ち上げたヨル。
「……まぁ、部屋を空けとくよりはいいけどよ」
 掲げられたジョッキに自分のものを重ね合わせ、ナハシュは一気に煽った。
「いい飲みっぷりだね。また少し強くなったか?」
「どうだかな。一緒に酒を飲む奴なんていねぇし」
「……ふむ、一匹狼(ボッチ)なのは相変わらずか」
「うるせぇよ。そっちこそ一言余計なのは変わってねぇな」
「落ち着くだろ?」
「はっ! 言ってろ」
 一見憎まれ口をたたき合っている風にしか見えない会話。しかし、それが二人にとっての『普通』だった。
「しかし、これは変わり映えしないね」
 と、ヨルはテーブルに置かれたつまみを見た。つまみは簡単な干し果実(ドライフルーツ)や干し肉、ナッツ類だけ。いつものといえばいつものだ。
「あ? 用意させておいて文句かよ。気に食わねぇなら自分で作ればいいだろ」
「ふむ、それもそうだね。あの子達ばかりに負担をかけるのも悪いし、久々に作るかな」
 と、ヨルは部屋の隅に視線を向けた。そこにはお盆を抱えじっと給仕のタイミングを伺っている姉妹の姿。
「負担ってな……別に頼んでねぇし、あいつらが勝手にやってるだけだ」
 ナハシュに視線を向けられ妹の方が咄嗟に姉の背に隠れた。
「君はもうちょっと彼女たちの献身に感謝するべきだと思うけどね」
「あぁ? 屋根裏提供してるじゃねぇか。ギブアンドテイクだ」
「うーん……まぁ、いいか。厨房を借りるよ」
 この友人は心のどこかが壊れてしまっている事をヨルは理解している。彼がヒトの情というものを理解する事はない――だから姉妹が彼に向ける感情が何であるのか、理解できる日は来ないのだろうな、と。
 ヨルはすれ違いざまに姉妹の頭に手を添え「おつかれさま」と声をかけると、奥の厨房へと向かっていった。

●
「さて、何を作るかな」
 厨房に立ったヨル。ナハシュ一人だった頃はそれはもうひどい有様だったが、あの姉妹が住み込んでから見れる様になった。とは言っても、碌な調理道具は揃っていないし、水がめの中身は雨どいから垂れてくる雨水だ。
「まぁ、野宿よりはましか」
 相変わらずの実情に苦笑しつつ、ヨルは慣れた手つきで窯に火を起こす。
 火が起こるのを待って、雨水を煮沸。
「酒が甘いから、しょっぱいものの方がいいかな」
 湯が沸く間に、大量にあったナッツを拝借。油を引いた鍋に投入し焦がさないように炒めていく。更に湧いた湯にくぐらせた干し肉も投入し、塩をして味を調えた。
「……うん、悪くないな」
 炒め合わせたものを一口、あの甘い果実酒によく合う塩味が効いたつまみが完成する。
「しかし、これだけだと味気ないね」
 調理はしたが結局材料はつまみと変わらない。ヨルは他に何かないかと厨房を見渡した。
「あ、あの……」
 すると、姉の方が声をかけてくる。
「どうかしたかい? 手伝いなら不要だよ?」
 休んでいなさいと言葉に含ませて、ヨルは姉を見た。
 すると姉は籠に入った拳大の果実を差し出す。
「よかったら、使ってください」
「いいのかい? それは君たちの食事なんじゃ」
 ヨルは問いかけるが、姉はぶんぶんと首を振った。
「……そうか、それじゃ遠慮なく頂くとするよ」
 ヨルは差し出された果実を受け取ると、ナイフで切り分ける。
「ふむふむ、この味なら」
 垂れだした果汁をひと舐めして味を確認したヨルは、頭の中でレシピを考えた。
 少し酸味が強いこの果実に合うのは――。
「あれがあったね、そういえば」
 と、ヨルは厨房を出ると自室へと戻る。そして、鞄の中から包みを取り出し再び厨房へ。
「これならきっと合うはずだ」
 包みの中身は山羊のチーズ。そして、蜂蜜。ヨルはチーズを薄くスライスすると果実に乗せ、上から蜂蜜をかけた。
「――よし、こんな所かな」
 ヨルは出来上がった料理を見下ろし満足げに頷く。
 見た目にも爽やかな果実とチーズの蜂蜜デザートの完成だ。
「さて、運ぶのを手伝ってもらえるかい?」
 ヨルの料理の手際を食い入るように見ていた姉に声をかけ、皿はテーブルへと運ばれる。

「お待たせ。さぁ、召し上がれ」
「おっ、待ってました」
 ヨルがつまみを調理している間にも一人で呑み進めていたのだろう、テーブル脇には空瓶が何本か増えている。
「随分気に入ってもらえたようで、選んできた甲斐があったよ」
「別に。酒なら何でもいい」
 そう言いつつ、空になった瓶から最後の一滴まで絞り出そうとするナハシュを、ヨルは微笑ましく見つめた。
「口に合うといいけどね」
 ヨルの合図で、姉がつまみをテーブルに置く。
「うん? なんだよ、結局ナッツと干し肉じゃねぇか」
「おいおい、君の眼は節穴か? 材料は確かにナッツと干し肉だけど、それもちゃんと手をかければ――」
 と、ヨルは作ってきたつまみを匙で掬って口に運んだ。
「続けて――」
 更に果実酒を流し込む。
「――うん、いい塩梅だ」
 口の中でもぐもぐと咀嚼しながら満足げに頷いたヨル。
「……まぁ、そこまで言うなら食うけどよ」
 そんなヨルの表情をちらちらと見ていたナハシュは匙でつまみを掬った。
「……しょっぺぇな!?」
「ほら、酒を」
 ナハシュの反応を予想していたのか、ヨルは新しい瓶を開けるとジョッキに注いでやる。
「んんん……ぷはぁ! お、おお? おぉ……まぁ、いいんじゃねぇか」
 口の中の塩っ辛さを流し込むようにジョッキをあおったナハシュ。つまみの塩気と果実酒の甘みが口の中で見事に調和し、二つの味をいっそ引き立てる。
「うまいだろ?」
「まぁ、悪くはねぇ」
 なんて答える素直になれない友人を微笑ましく見つめつつ、ヨルもつまみと酒を進めていく。
「で、そっちのは?」
「ああ、こっちか。こっちはデザートにとでも思ったんだけど、食べるかい?」
「酒と合うのか?」
「いや、これは果実酒に合わすには甘すぎる。もう少し辛い酒があればいいんだけどね」
「ふむ……」
 ヨルに言われナハシュはしばし考え込むと、姉妹に視線を向けた。
「おい、地下室に置いてある、あの蒸留酒を持ってこい。右の棚のやつだ」
 姉妹はナハシュに言葉に頷くと、文句も言わず小走りで地下室へと向かう。
「もう少し優しくしてあげたらいいのに」
「あんくらいのガキは甘やかしたらつけあがるからな。これくらいでちょうどいいんだ」
「へぇ、甘やかしたらつけあがる。なるほどねぇ」
 と、ヨルはナハシュをじっと見つめた。
「……なんだよ、俺の顔になんかついてるのか」
「いや、何にも?」
 ムスッと見返してくる友人にヨルはとぼけるように肩を竦める。


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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0