コーヒータイム
キャラクターノベル(グループ)制作 そうすけ納品 2021年06月14日 10時35分25秒
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人々でにぎわう陸橋の下をぬけて路地に入り、古い家が立ち並ぶ一角に出た。路の脇には小さな植木鉢が並び、石畳は打ち水で湿っている。
オゴスは携えた手土産をぶらり、ぶらり、と揺らしながら静けさに満ちた道を歩き、つきあたりで勾配のキツイ坂をあがった。
コーヒーを入れてくれると聞いていたので、お菓子が美味しいと評判の店に出向き、焼きたてのビスケットを買ったのだ。ちょっと甘いらしいが、そのほうがコーヒーのお供にいいだろう。
鳥のさえずりや羽ばたき、虫の羽音。遠くに聞こえる子供たちの笑い声。パタパタと遠ざかっていく足音。
街路樹が頭上を覆う小道の先に二階建て長屋の一部が見えてきた。
辺りに植物が多いせいなのか、花の香りがする。ここは冬を除いて、いつも花の香がするのだ。来年も、そのまた次の年も、ずっとこの小道には恩人が愛した花の香が優しく漂っていることだろう。
我が家のドアの前を通り過ぎ、坊ちゃんの家へ。色あせたドアの色に時の流れを感じた。恩人が残した子供たちと隣同士になったのは、果たして偶然なのだろうか。それとも――いまでも時々考えてしまう。
思考に沈むオゴスの足元を、ピンと尾を立てた白黒猫が警戒心も見せずのんびりと通り過ぎていった。
ノックする前に勢いよくドアがひらかれて、小柄な少年――坊ちゃんことギャメルに出迎えられた。
「いらっしゃい。さあ、入ってくれ」
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「普段コーヒーは飲まねぇ。でも、豆を売る店の人からいれ方は聞いたぞ」
オゴスはギャメルのあとについて二階の居間兼寝室にあがった。
床にはおもちゃが散らばり、壁にはギャメルの弟妹が描いた絵がはられ、二人掛けのソファーには折りたたまれたカラフルな子供服が積みあげられている。開け放たれた窓からは、初夏の爽やかな風が入ってくる。
ローテーブルの上にはコーヒーを入れる小鍋とカップ、小さな火鉢が置かれていた。火鉢にかけられた金網の下をのぞきこむ。炭に火がついていた。
「本当に何も手伝わなくてよろしいんで?」
「いいから座って。くつろいでくれ」
ギャメルが井戸の水を汲みあげにおりていくと、オゴスは子供服のタワーを倒さないよう気をつけながらソファーの端に腰をおろした。
静かだ。
家中静まり返っている。どうやらギャメルの弟妹たちは外で遊んでいるらしい。
待っているあいだソワソワして尻が落ち着かず、立ち上がって床に散らばるオモチャを拾い集める。
(おや、これは……)
緑色の塗装が薄くなった木彫りのゴブリン突撃兵は、オゴスがむかしギャメルに作ってあげたものだ。いまは弟妹の遊び相手になってくれているらしい。
大切にされていると知り、口元がほころぶ。
ゴブリン突撃兵は手ぶらだった。木の槍もどこかに落ちているはずだ。
床にひざをついて集めたオモチャを脇におき、ローテーブルの下をのぞき込む。
あった。
「なにやってんだ?」
ギャメルの声に驚いて頭をあげたとたん、ローテーブルの天板にぶつかった。ゴンと重い音がした。
「木の槍を探して……あいたた」
笑われながら、ゴブリン突撃兵の手の穴に木の槍を差し込んだ。
(兵隊さん、お勤めご苦労さまです。これからも坊ちゃんたちのことを守ってください)
ゴブリン突撃兵を棚にたて、ほかのオモチャたちを箱に戻してからソファーに腰掛ける。
ギャメルは火鉢に砂を入れた浅い鍋を置いた。
「準備できた。よし、コーヒーを入れるぞ!」
使い古された柄杓状の小鍋を熱した砂に浅く埋め、冷水を注ぐ。つぎに粒がなくなるまで豆をひいた粉と砂糖を入れる。
ギャメルの真剣な表情と慎重な手つきは、まるで錬金術の実験をしているかのようだ。
「沸騰させずにゆっくり煮出していくんだ。火の加減がけっこう難しいんだぜ」
そういいながら、鉢の下の口から炭を出したり入れたりする手つきが危なっかしい。はらはらする。
しばらくすると、小鍋のフチから黒褐色の細かい泡が出てきた。
ギャメルがスプーンで泡をすくってカップに移す。
「まだ出来上がりじゃない。ここで弱火にして、沸騰しそうになったらコーヒーの小鍋を砂からだす。落ち着いたらまた火にかける、を繰り返すんだ」
「坊ちゃん、噴きこぼれに気をつけてくださいね。思っているより早く沸騰するようですから」
つい口が出た。
それだって、子供扱いするな、と言わんばかりの目に封じられたのだが。
オゴスは、手だしはもちろん口出しも我慢して、二人分のコーヒーが出来るのをじっと待った。
●
ギャメルは粉をこさず、静かにカップへコーヒーを移した。
「できたぜ!」
カップの中のコーヒーは煤のように黒い色をしている。持ち上げて顔に近づけると、しっかりと立った強い香が鼻をくすぐった。これは胃にきそうだ。コーヒーは、胃液の活動を活発にする。
「かんぱーい、はコーヒーではしねぇのか。そっか」
そのまま口にカップを運ぼうとしたギャメルを、オゴスはあわてて止めた。
「せめてミルクを入れてはいかがです?」
「そうやってすぐ子供扱いするけどさ。オレは十一歳。れっきとした成人ゴブリン男性だぜ」
「ですが坊ちゃん――」
「それそれ。坊ちゃんは恥ずかしいから名前で呼んでくれよ」
オゴスは、それは、と語尾を濁してうつむいた。
(……俺にとって坊ちゃんは坊ちゃんですから)
口にせずとも伝わることがある。
オゴスにとって自分は恩人の息子でしかないと知れた。何度も一緒に戦って、死線をくぐり抜けてきたのに。自分はいつまでたっても恩人の息子でしかないのだ。
ネガティブな感情を目の前に座る大男にぶつけることもできず、ギャメルは唇をかんだ。
(オレが冒険者としてもっと成果をあげたら、対等に見てもらえるのかな――ダメだ。落ち込むな、オレ)
きょうのこの時間はオゴスを労うためにある。このまま気まずくなって台無しにしたくない。
気持ちを切り替えると、不自然にならないようにあっけらかんとした声をだす。
「仕方ねぇよなー」
顔をあげたオゴスがあからさまにほっとしているのを見て、ギャメルはついっと横へ目をそらした。
ここで笑顔を返せるほど、まだ大人になり切っていない。
未熟さを悟られないうちに、熱いコーヒーをひと口すする。
「あちっ! ……うへえ、にがっ!」
「ほら、いわんこっちゃない」
「……だな。ミルク取ってくる」
ギャメルは素直にミルクを入れることを認めた。
「あ、お土産にもらった甘いお菓子、出し忘れている! ごめん、すぐだすよ」
オゴスは優しい顔で微笑んだ。
「お願いします」
「先に二人で食べたこと、弟たちには内緒だぜ」
ギャメルがハシゴをおりていくと、オゴスは坊ちゃんが入れてくれたコーヒーをゆっくりすすった。
ふと思う。恩人が入れるコーヒーはどんな味だったのか。こうして坊ちゃんにコーヒーを入れてもらうたびに、想像を巡らせるのだろう。どんなに望もうともう飲むことができないコーヒーの味を。
(御長男が授恵者となったのは喜ぶべきことだったのでしょうか)
ちち、という囀りに眼を向けると、スズメが一羽、窓枠にとまっていた。オゴスは心が明るみ、スズメの動きを眼で追った。愛らしいしぐさが、幼かったギャメルのしぐさと重なる。
(せめて危険がないよう俺が目を光らせています)
窓の外に広がる空は清々しく晴れ渡り、明るい光がギャメル家の居間に降り注いでいる。
人々でにぎわう陸橋の下をぬけて路地に入り、古い家が立ち並ぶ一角に出た。路の脇には小さな植木鉢が並び、石畳は打ち水で湿っている。
オゴスは携えた手土産をぶらり、ぶらり、と揺らしながら静けさに満ちた道を歩き、つきあたりで勾配のキツイ坂をあがった。
コーヒーを入れてくれると聞いていたので、お菓子が美味しいと評判の店に出向き、焼きたてのビスケットを買ったのだ。ちょっと甘いらしいが、そのほうがコーヒーのお供にいいだろう。
鳥のさえずりや羽ばたき、虫の羽音。遠くに聞こえる子供たちの笑い声。パタパタと遠ざかっていく足音。
街路樹が頭上を覆う小道の先に二階建て長屋の一部が見えてきた。
辺りに植物が多いせいなのか、花の香りがする。ここは冬を除いて、いつも花の香がするのだ。来年も、そのまた次の年も、ずっとこの小道には恩人が愛した花の香が優しく漂っていることだろう。
我が家のドアの前を通り過ぎ、坊ちゃんの家へ。色あせたドアの色に時の流れを感じた。恩人が残した子供たちと隣同士になったのは、果たして偶然なのだろうか。それとも――いまでも時々考えてしまう。
思考に沈むオゴスの足元を、ピンと尾を立てた白黒猫が警戒心も見せずのんびりと通り過ぎていった。
ノックする前に勢いよくドアがひらかれて、小柄な少年――坊ちゃんことギャメルに出迎えられた。
「いらっしゃい。さあ、入ってくれ」
●
「普段コーヒーは飲まねぇ。でも、豆を売る店の人からいれ方は聞いたぞ」
オゴスはギャメルのあとについて二階の居間兼寝室にあがった。
床にはおもちゃが散らばり、壁にはギャメルの弟妹が描いた絵がはられ、二人掛けのソファーには折りたたまれたカラフルな子供服が積みあげられている。開け放たれた窓からは、初夏の爽やかな風が入ってくる。
ローテーブルの上にはコーヒーを入れる小鍋とカップ、小さな火鉢が置かれていた。火鉢にかけられた金網の下をのぞきこむ。炭に火がついていた。
「本当に何も手伝わなくてよろしいんで?」
「いいから座って。くつろいでくれ」
ギャメルが井戸の水を汲みあげにおりていくと、オゴスは子供服のタワーを倒さないよう気をつけながらソファーの端に腰をおろした。
静かだ。
家中静まり返っている。どうやらギャメルの弟妹たちは外で遊んでいるらしい。
待っているあいだソワソワして尻が落ち着かず、立ち上がって床に散らばるオモチャを拾い集める。
(おや、これは……)
緑色の塗装が薄くなった木彫りのゴブリン突撃兵は、オゴスがむかしギャメルに作ってあげたものだ。いまは弟妹の遊び相手になってくれているらしい。
大切にされていると知り、口元がほころぶ。
ゴブリン突撃兵は手ぶらだった。木の槍もどこかに落ちているはずだ。
床にひざをついて集めたオモチャを脇におき、ローテーブルの下をのぞき込む。
あった。
「なにやってんだ?」
ギャメルの声に驚いて頭をあげたとたん、ローテーブルの天板にぶつかった。ゴンと重い音がした。
「木の槍を探して……あいたた」
笑われながら、ゴブリン突撃兵の手の穴に木の槍を差し込んだ。
(兵隊さん、お勤めご苦労さまです。これからも坊ちゃんたちのことを守ってください)
ゴブリン突撃兵を棚にたて、ほかのオモチャたちを箱に戻してからソファーに腰掛ける。
ギャメルは火鉢に砂を入れた浅い鍋を置いた。
「準備できた。よし、コーヒーを入れるぞ!」
使い古された柄杓状の小鍋を熱した砂に浅く埋め、冷水を注ぐ。つぎに粒がなくなるまで豆をひいた粉と砂糖を入れる。
ギャメルの真剣な表情と慎重な手つきは、まるで錬金術の実験をしているかのようだ。
「沸騰させずにゆっくり煮出していくんだ。火の加減がけっこう難しいんだぜ」
そういいながら、鉢の下の口から炭を出したり入れたりする手つきが危なっかしい。はらはらする。
しばらくすると、小鍋のフチから黒褐色の細かい泡が出てきた。
ギャメルがスプーンで泡をすくってカップに移す。
「まだ出来上がりじゃない。ここで弱火にして、沸騰しそうになったらコーヒーの小鍋を砂からだす。落ち着いたらまた火にかける、を繰り返すんだ」
「坊ちゃん、噴きこぼれに気をつけてくださいね。思っているより早く沸騰するようですから」
つい口が出た。
それだって、子供扱いするな、と言わんばかりの目に封じられたのだが。
オゴスは、手だしはもちろん口出しも我慢して、二人分のコーヒーが出来るのをじっと待った。
●
ギャメルは粉をこさず、静かにカップへコーヒーを移した。
「できたぜ!」
カップの中のコーヒーは煤のように黒い色をしている。持ち上げて顔に近づけると、しっかりと立った強い香が鼻をくすぐった。これは胃にきそうだ。コーヒーは、胃液の活動を活発にする。
「かんぱーい、はコーヒーではしねぇのか。そっか」
そのまま口にカップを運ぼうとしたギャメルを、オゴスはあわてて止めた。
「せめてミルクを入れてはいかがです?」
「そうやってすぐ子供扱いするけどさ。オレは十一歳。れっきとした成人ゴブリン男性だぜ」
「ですが坊ちゃん――」
「それそれ。坊ちゃんは恥ずかしいから名前で呼んでくれよ」
オゴスは、それは、と語尾を濁してうつむいた。
(……俺にとって坊ちゃんは坊ちゃんですから)
口にせずとも伝わることがある。
オゴスにとって自分は恩人の息子でしかないと知れた。何度も一緒に戦って、死線をくぐり抜けてきたのに。自分はいつまでたっても恩人の息子でしかないのだ。
ネガティブな感情を目の前に座る大男にぶつけることもできず、ギャメルは唇をかんだ。
(オレが冒険者としてもっと成果をあげたら、対等に見てもらえるのかな――ダメだ。落ち込むな、オレ)
きょうのこの時間はオゴスを労うためにある。このまま気まずくなって台無しにしたくない。
気持ちを切り替えると、不自然にならないようにあっけらかんとした声をだす。
「仕方ねぇよなー」
顔をあげたオゴスがあからさまにほっとしているのを見て、ギャメルはついっと横へ目をそらした。
ここで笑顔を返せるほど、まだ大人になり切っていない。
未熟さを悟られないうちに、熱いコーヒーをひと口すする。
「あちっ! ……うへえ、にがっ!」
「ほら、いわんこっちゃない」
「……だな。ミルク取ってくる」
ギャメルは素直にミルクを入れることを認めた。
「あ、お土産にもらった甘いお菓子、出し忘れている! ごめん、すぐだすよ」
オゴスは優しい顔で微笑んだ。
「お願いします」
「先に二人で食べたこと、弟たちには内緒だぜ」
ギャメルがハシゴをおりていくと、オゴスは坊ちゃんが入れてくれたコーヒーをゆっくりすすった。
ふと思う。恩人が入れるコーヒーはどんな味だったのか。こうして坊ちゃんにコーヒーを入れてもらうたびに、想像を巡らせるのだろう。どんなに望もうともう飲むことができないコーヒーの味を。
(御長男が授恵者となったのは喜ぶべきことだったのでしょうか)
ちち、という囀りに眼を向けると、スズメが一羽、窓枠にとまっていた。オゴスは心が明るみ、スズメの動きを眼で追った。愛らしいしぐさが、幼かったギャメルのしぐさと重なる。
(せめて危険がないよう俺が目を光らせています)
窓の外に広がる空は清々しく晴れ渡り、明るい光がギャメル家の居間に降り注いでいる。