主従と師弟の奇妙な関係

キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2021年05月28日 13時14分39秒

●
 どこかで、乾いた爆音が鳴り響いた。
 何の予兆も無く、いきなり生じた震動に、ナタリア・フィッツジェラルドは思わず足を止めて振り返った。
 周囲には、帝都崩壊から逃げ延びてきた無数の難民達が、息も絶え絶えに必死の逃避行を続ける姿が溢れていた。そして遙か南方には、国境を形成する山岳地帯の稜線を望むことが出来る。平時であればのどかで穏やかな風景ともいえる草原は、今は大勢の難民達の力無い足取りに踏み荒らされ、無駄に広い死の荒野の如き様相を呈していた。
 中天からやや西へと傾き始めた陽光の中、ナタリアは東の方角に白煙が立ち昇るのを見た。爆音は、丁度その付近から響いてきたものと思われる。
(一体、何だ?)
 人為的な何かを感じたナタリアは、周囲の難民達をざっと見廻す。誰ひとりとして、爆音が鳴り響いた方角に足を向けようとはしていない。今の彼らには南方へ逃げることが第一であり、それ以外のことに関わっている余裕は無さそうであった。
 だが、ナタリアだけは今も立ち昇り続ける白煙目指して、一気に足を走らせた。
 敵であるならば対処しなければならないし、誰か負傷者が居るのであれば治療の手が必要だろう。帝国が崩壊する前までは従軍治癒師の肩書を持っていたナタリアとしては、いずれの可能性であったとしても放っておくことは出来なかった。
 十数分、ひたすら駆け続けた。周辺の景色はやがて雑木林へと変わり、視界が幾らか悪くなる。それでも、何かが焼け焦げる臭いは確実に強くなってきた。現場は近いと察したナタリアは、僅かに速度を緩めて警戒態勢に入った。
 程無くして、雑木林が急に開けた。その一帯だけは樹々が焼き払われ、爆心地と思しい地点には漆黒の消し炭と化した幾つもの何かが、まばらに横たわっていた。
 だが、奇妙だ。その黒焦げの群れのすぐ傍らの一角だけは、何故か下生えが残っている。
 辺りを警戒しながらその地点に近づいてみると、真紅の影がそこに横たわっていた。
 どう見ても、少女である。薄汚れている為、ひと目見ただけではそうとは分からないが、上質の紅い外衣を纏っていた。
 気を失っている――訳では無さそうだが、仰臥したまま両の瞼を閉じ、その呼吸は少しずつ弱まっている。
 このまま放っておけば、いずれ心肺停止に陥るかも知れない。
 ナタリアは迷わず治療術を施した。
 ひと通りの手順を終えてから、ナタリアは囁く様な声で問いかけた。
「聞こえるか? 名前はいえるか?」
 しかし、返ってきたのは予想外のひと言だった。
「……余計なことを」

●
 ネーベルベルク家はシルトラース帝国内に於いては、数ある武門貴族の中でも屈指の名家であるとして、その武勇が各地に知れ渡っていたという。
 だがその誉れ高き血統は、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクにとってはいつしか重荷となって、その小さな両肩にずしりと圧しかかる様になっていた。
 アウレーリアは生まれつき病弱だった。屋外といえば邸宅周辺の散策地や中庭の花壇が全てであり、日頃は読書や音楽、歴史文化の習得などで静かな生活を送り続けてきた。
 父や兄は武門の名に恥じぬ頑健な体躯と強靭な精神力を誇り、いずれ劣らぬ武技はその辺の冒険者などまるで寄せ付けぬ程の技量を誇った。だが家族は、体の弱いアウレーリアを決して蔑まず、愛情をたっぷり注いでいつでも大事にしてくれた。
 家士も侍従も女給らも、優しい笑顔を絶やさなかった。それはアウレーリアにとっては嬉しく思う一方で、いささかの物足りなさを彼女の中に燻ぶらせていた。
 いつの日か自分の足で、麦畑とその向こうに広がる丘まで自由に駆け巡ってみたい。
 それが、彼女が次第に抱き始めていたささやかな願いだった。
 しかし――。

 地獄の劫火の如き紅蓮の炎が、住み慣れた邸宅を見る間に呑み込んでいった。
 そこで生活を共にしていた全てのひとびとが、瞬く間に命を落としてゆく。
 帝国崩壊のその日、アウレーリアは恐るべき蹂躙の嵐によって、自らの足で飛び出す自由を得た。こんな形で外の世界へ羽ばたくなど、皮肉以外の何物でもない。
 だがそれは、絶望と苦痛と悲しみに満ちた逃避行の序曲であり、アウレーリアがかつて願った幸福としての解放劇とは、まるで違った。
 十数年間、彼女に愛情を注いでくれた全てのひとびとが永久に居なくなった。彼女を閉じ込めていたとばかり思っていた邸宅は、思い返せば唯一の拠り所であり、彼女を守ってくれる大切な城であった。
 その全てが、消えた。一瞬で失われた。
 アウレーリアは最早、何も考えられなかった。
 ただ本能のままに足を動かし、劫火に背を向け、ひたすらに野を走った。鍛錬とは無縁だった小さな体はすぐに悲鳴を上げ始めたが、それでもアウレーリアは駆け続けた。
 命がけで自分を助けてくれた父や兄の最期の願いを、絶対に損なってはならぬという使命感と共に。
 しかし過酷な運命はアウレーリアをひとりでは放っておかなかった。
 足がもつれ、呼吸が乱れながらも何とか荒野や森林の間を駆け続けた彼女の前に、野犬の群れが立ちはだかった。既に四方を囲まれており、逃げることも叶わない。
 あらゆる希望が閉ざされた。
「……皆、燃えてしまえば良い。お前も、わたしも、何もかも」
 その瞬間、何が起こったのかアウレーリア自身にも理解出来なかった。
 覚えているのは、絶望と諦観が彼女の心を支配し、自暴自棄にも似た怒りの念がアウレーリアの全身を覆い尽くした時、爆炎が弾けたという、その一瞬の光景だけであった。

●
 少女の名乗りを受けて、ナタリアは眉間に皺を寄せた。
(ネーベルベルク? あの、ネーベルベルク家か?)
 だが少女の身にまとっている衣服の上質な素材や、彼女の凛とした表情、瞳の奥から滲み出る気品は確かに、貴族のそれだ。その表情から見ても、嘘をついている様には思えない。
 そしてナタリアが見たところ、この娘――アウレーリアは授恵者として覚醒し、まだ然程の経験を積んでいない様だ。
(しかし、素質は抜きんでている)
 この爆炎の跡を見せつけられては、そう認めざるを得ない。
 ナタリアの心の内に、久々に追求心が湧き起こってきた。帝国崩壊以来とてもそれどころでは無かったが、彼女の本来の気質がアウレーリアという格好の素材を得たことで、再び目が覚めた。
(この娘の力を借りれば、或いは帝国奪還も……)
 そんなことを一方的に考えながら、ナタリアは頭ひとつ分程の身長差がある少女に視線を落とした。
 アウレーリアは自らの足で立ち上がる程度には回復していたが、彼女が受けた打撃は肉体という物理面よりも精神的なものの方が大きい様に見受けられた。
 ともすれば、己の命を省みない行動にも出かねない危なっかしさを孕んでいる。ナタリアの発想からすれば、これ程の逸材を簡単に手放すのは余りに勿体無かった。
 ならば、取るべき方法はひとつか。
 ナタリアは取引を持ちかけた。
「私を従者につける気は無いかね? 君さえ良ければの話だが、私ならば君のその力を存分に引き出せる様に手伝ってやれると思う」
 思わぬ申し出に、アウレーリアは怪訝な視線を返した。
 だが、何を迷う必要があるのか、とも思う。全てを失った今の彼女には、復讐の為の力を獲得する以外に生きる目標など見いだせない。
 僅かな逡巡の後、ネーベルベルク家の唯一の生存者は腹を固めた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0